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ルキスの剣  作者: 夜津
第三章 魔と北の国へ
77/131

72 闇に閉ざされた地下室


 ―――ガシャンッ!


 聞こえたのは、皿か何かが割れるような音!暗い廊下を駆け抜ける俺たちの足は、その音に急かされるようにいっそう速くなる。

向かうのは食堂。俺たちを襲った仮面野郎は集団みたいで、廊下にも何人かうろついているのを発見している。


 逃げられそうなら逃げ、戦わなければいけない時は見事にシャムロック三兄弟が仮面野郎を倒していくんだけど…。…何もできずにその戦闘を見守る俺のふがいなさと言えば、もうね…。


 っと、そんなこと思い出している間に食堂が見えてきた!埃っぽく薄闇に包まれた廊下を走り抜け、まず俺の前を行く三兄弟が食堂に駆け込んだ!

そして俺は、必死に走ったのに息をつくこともできなかった。飛び込んできた景色は、食堂の隅に追い込まれて防戦一方になっているシェンユゥと、それを囲む仮面の集団が…おい、何体いるんだよ!?

少なくとも30は居そうなその集団っぷりに、俺は言葉を失った。シェンユゥはいくら戦闘に秀でていると言っても、こんなにたくさんの相手をまとめてできるはずもなく数に押されてるみたいだ…!


 「シェンユゥ!」

 「…!」


 思わず俺が叫ぶと、シェンユゥが俺に気づいた!片手のフライパンはもうぼこぼこにひしゃげて形が変わり、もう片手の包丁は…あ、赤い…!はっとして見ると、キッチンから机のスペースまで、何体もの仮面魔族が倒れ伏している。

その数はまさに大群。…もし俺がもう少し早起きして食堂に着いていたら……、いや。シェンユゥはそんな奴らを一人で相手して…!俺はすぐに三兄弟に叫んだ!


 「ショウ、ギン、ミィ!シェンユゥを援護してやってくれ!」

 「けど、トルメルはどうするのだ!?」「ほら、あいつらトルメルに気付いたぞ!」「黒頭巾もいないのに、誰が護衛をするの!?」

 「俺だって多少は自分の身くらい守れるから!お、あそこに手ごろなナイフ落ちてんじゃん!俺もここで戦う!」


 だから早くシェンユゥを助けてやれ!


 俺が叫ぶと同時に、三兄弟が部屋の隅の仮面魔族の群れへ走って行く!すぐに部屋中がビカッと眩しい光に包まれ、火と水、雷の魔法が発動する!それでも仮面たちも魔法で反撃するからもう…目が潰れそうだ!

俺も地面に転がってるナイフをすぐに拾い、どこから仮面野郎が襲ってきてもいいように構える。さすがに俺があの群れに突っ込んで行ったら本格的にマズイだろうから、ちょっと離れた場所だけど!


 すぐに仮面魔族が何人か襲ってきたのを、避けては蹴り、殴り、ナイフで切りつける!魔法を発動させられる前に、その体の急所を的確に素早く狙う!けど殺しなんてできる度胸は俺になく、昏倒させるので精一杯だ…!

ちょうど今俺の前にふらっと現れた仮面魔族は、ショートソードを俺に向けてきた。言葉もなく突然斬りかかるその攻撃を軽くステップを踏むように避け、敢えて隙ができるように攻撃を空振りさせる!

ひゅん、と特に大きく剣が俺のすぐ横を薙いだとき!俺は全力で下からそいつを蹴り上げた!…アゴを!


 ―――ガコッ!


 はい撃沈!ベリッと仮面を剥ぐと、やっぱり知らない奴だ。若そうな…でもローブの下に着ている服はそこそこ高そうな物だ。貴族の坊ちゃんか何かか?

ちら、とシェンユゥたちの方を見ると、三兄弟とシェンユゥがなんとかあの仮面の群れを倒そうと必死に戦っているのが見えた。俺もしっかりしなきゃ、と思った…そのとき!後ろに気配を感じ、俺は振り向きざまに伸びてきた手を掴んだ!


 ―――パシッ!


 「このヤロ…ッ、って、ジスランさん!?」

 「申し訳ありません、私としたことがはぐれてしまうなんて…!しかしご無事で何よりです!」


 振り返った先には、ロングソードを携えたジスランさんがいた。けど、その長い金髪はポニーテールのように一つに結われ、服には少しの血や傷が見える。…まさか、ジスランさんも襲われたのか!?

俺は驚いて手を離し、ジスランさんに慌てて聞いた。


 「その傷、ジスランさんも襲われたのか!?てか、こいつら一体何者なんだ…!?」

 「恐らく、魔王様に従わない反勢力が…魔王様の不在を狙ってこの棟を襲撃したものと思われます。さっき結界を確認しに行きましたが、ぼろぼろに破壊されていました…。

  魔王様が居ない今、強力な結界を張り直すのには時間がかかります。…ここは危険です、トルメルであるあなたを狙っているのかもしれません。私がお守りするので、ひとまず安全な場所に逃げましょう!」


 今度はジスランさんが俺の腕をつかんで廊下の方に強く引っ張った!うわ!こけそうになった俺はちょっと踏みとどまり、でも、と声を漏らす。


 「ここでシェンユゥやシャムロック三兄弟が頑張ってるのに、俺だけ逃げるなんて…!」

 「いいんです!彼らもあなたの監視であり、護衛なのです!ここの敵の相手をしてもらっている間に安全な場所へ逃げるのがあなたの誠意の見せどころではありませんか?」

 「そ…、それは…」

 

 俺が迷った、そのとき!ふらぁっと俺に襲い掛かった仮面の魔族をジスランさんが素早く攻撃した!剣を柄に入れたまま、柄でガツンと殴り飛ばすと一発で敵が倒れる。…ほら、とジスランさんが諭すような表情で俺を見た。


 「私も武の心得はありますし、あなたを隠すとっておきの場所を知っています。…行きましょう」

 「…分かった」


 ジスランさんは俺の返事に優しく微笑み、すぐに表情を真剣な物へ切り替える。俺の手を引き、食堂を出るとまた廊下を走る!薄暗い廊下の隅には既に倒れた仮面魔族たちがごろごろ転がってるけど、今のところ新手はいないみたいだ。

ほんと、馬鹿みたいに広い廊下だ。さっきはぐれちまったことを考えてか、ジスランさんは走ってる間もずっと俺の手を離さず掴んだままだった。それがちょっと走りにくくさせたけど、俺もおとなしくジスランさんについて行く。


 階段を上らず奥の廊下へと進み、とうとう廊下の行き止まりにきた。ランタンがパチッとときどき音を上げて点滅するのを俺は見上げ、またどこか不安な気持ちになる。

シェンユゥたちを置いて来ちまった罪悪感だ。あんなに敵がいたのに、あんなに必死に戦ってくれたのに!俺といえば、こんな誰も来ないようなところにこっそり逃げてきちまったんだから…。


 突然ガチャ、と音が響いたことで俺の意識が目の前に戻る。見ると、ジスランさんが大きな銀の鍵を持ち、目の前の壁に差し込んでいる。一目見ただけじゃただの石壁なんだけど、…なるほど、隠し扉か。

小さく鍵穴が開いていて、この薄闇じゃ何も知らなかったら鍵穴なんて見落としちまう。…隠し倉庫か何かだろうか?


 ジスランさんが石壁に触れると、ズズズッと重い音を立ててゆっくりと隠し扉が横にスライドしていく。う、うおお!なんか昔の遺跡の仕掛けっぽい!…あー、冒険に出たくなる…!

隠し扉の向こうを少し背伸びして覗き込む。…って、真っ暗じゃねーか。この廊下とは比べ物にもならない闇が広がってる。一歩でも進もうものなら奈落へ落ちてしまう気さえしてくるぞ?


 戸惑って俺がジスランさんを見上げると、ジスランさんは片手をぱっと広げて何かをぼそぼそと詠唱した。すると、その片手にヒュン、と音を立ててランタンが出てくる。おおーっ!


 「光の精霊石を利用した灯りです。小部屋くらいならしっかり照らせますし、一週間連続で使っても問題ない強力なランタンです。これでこの向こうへ進んでください。

  この先は螺旋階段がかなり下まで続いているので、まずはそれを降りきってください。一番下まで降りると、この棟の隠された地下室…以前はちょっとした研究に使っていた場所があります。

  そこなら暇をつぶせる本や面白い物もあるでしょう、それに魔物は住んでいないはずです。この地下室は今も管理されていますから。私はこの廊下でしばらく待機し、棟内が安全になれば迎えに行きます」


 渡されたランタンをまじまじと見つめると、…おおっ!ぼわっと光が!暗かった廊下がぱっと明るくなり、ちょっとだけほっとした。ジスランさんに小さく頭を下げると、またにこやかに微笑まれる。


 「じゃあ、俺…この向こうで待ってる。ジスランさんも気をつけて!」 

 「ええ、階段から足を踏み外さないようお気をつけて」


 こんだけランタンが明るいなら、何も不安なんてない!そもそも俺は盗賊だったんだぞ?ここよりも不気味な遺跡や建物なんていくつも知ってるし、幽霊屋敷に乗り込んだことも数知れず!

だけどどうしてかなぁ…やっぱりこう、ランタンを持つ手に力が入っちまうし、さっき食堂から拝借してきたナイフを何度も触って確かめちまう。普通の生活に慣れ過ぎたんだな、俺…。良くも悪くも。


 …恐くなんてないやい。ほんとだから!いや、全っ然恐くないしビビってないから!


 真っ暗な闇へ足を踏み入れる。カツーン、とよく響く足音。入ってすぐに、ずーっと下の方まで続く螺旋階段があって底が見えない。ぼわ、と映し出したのは煤と蜘蛛の巣で汚れたレンガの壁、おまけに蔦が絡んでる。

さぁ、降りてみるか。一度だけ後ろの廊下を振り返ると、ジスランさんが姿勢よく俺に頭を下げていた。やっぱり俺には合わない人だなぁ…、いちいち俺に丁寧だしさ。


 俺が階段へ一歩進むと、ジスランさんが申し訳なさそうにゆっくりと石の扉を閉めていた。開けてちゃ逃げ隠れる意味ないからいいんだけど、こう…なんだか閉じ込められる気分だ。いや、実際に閉じ込められるわけだけどさ!

だから俺はもう振り返らずにただ下を見ながら、ランタンを握りしめて階段を下りていくしかないわけで。かつーん、かつーんと足音だけがこの空間に反響していた。



 **


 「…お気をつけて。……ずっと、その底で安らかに」


 完全に石の扉を閉めきり、彼は微笑んだ。その笑みはさっきまで一緒に居たトルメルの少年に見せたものよりもっと落ち着き払い優しい。そして暗い光に満ちていた。

少年にはああやって説明したが、その一部に嘘が紛れ込んだことは誰に言わずとも良い。これで彼の計画はほとんど遂行されたようなものなのだから。


 さて、と彼は息をつく。今からまた食堂に戻り、あの少年を慕って守ろうとしていた『監視係』を消さねばならない。彼の計画には邪魔であり、その計画に必要だったのはあのトルメルの少年だけなのだから。

あの料理人、千里の目を持つ者は厄介だ。今はまだ自分の部下である『仮面の襲撃者』と戦っているだろうからその目の力を使う余裕はないはずだが。賞金首狩りとして魔界でも有名なシャムロック三兄弟も、ああ見えて手練れだ。

自分の姿はまだあのトルメルの少年以外には誰にも見られていないはず…そうとは言え、まだ警戒せねば。


 彼は隠し扉に、自分が使える結界術の最も強力なものをかけた。これを解くことができるのは、よほど力がある者に限られている。魔王には破られるだろうが、不在なら恐いものはない。


 フ、と小さく口角を上げた彼の背に、突如のんびりした声がかけられた。


 「なぁ、そこ。そこって、魔王様の許可がない限り、絶対に入っちゃいけない『禁忌の部屋』だったと思うんだけど」


 気配を感じなかった。彼はそれでも動揺を隠し、誰もを魅了する微笑みを作って振り返る。彼が見たのは、廊下に立ちふさがる黒頭巾とその相棒の巨大な黒狼の魔物だった。…成程、こいつが残っていたか。彼は心の中で舌打ちをする。


 「えぇ、私も知っています。魔王様の強力な結界魔法もかけてあるのですし、私なんかが入れるわけありませんよ。ですが、少し気になってしまい、見に来たのです。…あなたは?魔物使い、黒頭巾」

 「俺、嘘は嫌い。…さっき、あんたがスティをその中に閉じ込めたのを見た。…どんな結界でも破壊し、どんな鍵でも開けられる『聖銀の鍵』を使ったんだろ」

 「何の話でしょうか…、困ります」

 「困るのはこっち。…そこ、どいて。じゃないと…アディーンが、お腹空かせてる」


 ガルルル、と牙をむき出しにして黒狼が唸る。普通の兵士やコソ泥なら泣いて裸足で逃げるだろう、という迫力に彼は目を細めるだけだった。


 「魔物の成り上がりが調子に乗らないでください。元・黒狼のノーリ」

 「…なんで知ってんの。その事情知ってるの、魔王様だけだと思ってた。…あんた、見たことない。誰?」

 「ジスラン・カルパティエと申します」


 アディーンと呼ばれた黒狼が、彼の喉を目がけて地を蹴り、跳びあがる。彼は目を閉じたままロングソードを流麗な仕草で引き抜き、ガツンと黒狼の鋭い歯に押し当てた。だが、巨大な黒狼の力は強い。

厄介な邪魔が入った、と彼はため息をつく。魔物使いの『黒頭巾』、その存在を知っていても彼が何者であるかを知る者はほぼいない。ただ、彼はこの日の計画のためにリスクとなる存在を徹底的に調べ倒していたのだ。

 強い魔物を常に従え、たいていの魔物なら支配できる有名な魔物使い。その正体こそ『魔物』であり、ただ他の魔物よりもたくさんの命を吸収して『魔族』に成り上がっただけの存在だ。


 目の前の魔物も、黒狼と言えど所詮は獣。火魔法を使えば簡単に追い払える。剣を持っていない彼の片腕に、小さく赤い魔法陣が浮き上がる。


 「邪魔なんです。あなたこそ私の前から消えていただけませんか?」

 「そのジスなんちゃらって名前も偽名なんだろ?言ったよねぇ…俺、嘘は嫌い。それに、俺…スティには騙されたことあるけど…」


 ふ、と腕から赤い魔法陣が消えた。いや、かき消された。彼がそれに気づいたとき、目の前の黒狼がまた一度跳んで退く。しゅた、と大きな体を黒頭巾の傍に寄せ、ガルルル、と唸る。

彼が舌打ちするのを、黒頭巾は片腕を前に突き出したまま冷静に観察していた。黒頭巾の片腕は獣の腕に変わり、鋭い爪が光っている。ばさ、と落ちた黒のフードの下には黒い獣の耳が茶の髪に紛れて覗いていた。


 「俺、スティは好き。だから…罠にかけるあんたを、許せない。アディーンのエサになって。こいつももう少しで魔族に成長する」

 「私の魂と命を食らうのですか、汚らわしい獣。…相手の魔法をキャンセルさせる技なんて、小癪な真似を」

 「あんたの命だけ、食べさせる。あんたの魂は不味そう」


 アディーン、行け。


 ノーリの一言で、激しい戦闘が再び廊下の端で巻き起こる。それを、『禁忌の部屋』へ続く階段を降りるトルメルの少年は気付けるはずがなかった。



 **


 …この階段、長すぎるだろ。そろそろ足痛くなってきた。


 当然時計も何もないここでは、もう一体どれくらい俺がこの螺旋階段をぐるぐると降り続けてるかが分からない。ただ見上げても果てなく階段、見下ろしても底なしに階段。……もういい加減落ちたくなってきた。ひゅーんって。

袖に隠したナイフで石壁を少し削り、遥か下に思い切り投げる。これでカツーンと音がするまでの時間で遠いか近いかを感じ取りたいんだけどさ……、さっきからこれやってるけど音が聞こえないんだよ。…うん。


 ―――コーン…


 あっ、聞こえた!?ちょ、今聞こえた!やっと聞こえた!うっひょおおお!聞こえたぁぁぁ!テンションあがってきた!思わずナイフまで下に投げそうになるのを慌てて自制して、俺はスタタタと駆け下りる!

やっぱりこう、ゴールが見えてくるとやる気も倍増ってもんよ!あっヤベ足滑った!踏み外したっ…いてぇ!って気にしてられっか!


 俺は全力でぐるぐると螺旋階段を回り、駆け下りて、下りて、下りて…………。


 ―――ドサァッ!


 「つ……ついた……」


 階段の最下層になる頃には目もくらくら、足もふらふら!変わらない景色に酔いそうになりながら駆け下り、最後の段から床に着くころには倒れるように足をつけた。…まぁ倒れたんだけど。顔からズサァッって!

よろよろと起き上がり、思わず手放したランタンを拾い上げて改めて辺りを見回す。遥か上まで続く、さっきまで歩いてきた螺旋階段。そしてこの小部屋。やっぱり砂とホコリと蜘蛛の巣だらけで、長い間使われてないことが分かる。

一体何のための地下室なんだ?他には特に何も…、あ。端に机がある。その上に置いてあるのは…ノートか?けどぼろぼろで、文字も掠れて読めない。


 隣の部屋に続くらしい木の扉を恐る恐る開くと、またギィィって重い音がするから…べ、別に心細くなんてねぇし!俺を誰だと思ってんだよ、シエゼ・ルキス王都の元有名盗賊で…。


 ―――ガタンッ


 「…!!?」


 なんか聞こえました!?え!?聞こえた!?何何何やっぱこんなボロボロで廃墟同然の地下室にも住人が!?いやー、明かりの一つもないのに!?ランタンを握りしめる手に力が入るのは仕方ないよな!!?

俺はそのまま動かず気配を殺してじっとしていた。けど、もう音は聞こえない。ああああもうなんなんだよ!まずは隣の部屋を探索だ、とへっぴり腰のまま扉の向こうをそっと覗く…。…おっ?


 こっちの部屋は何だ?石のベッドみたいなのが2個?けど、妙なチューブやパイプ、壊れた何かの道具、石版、本…ごちゃごちゃと物が散らばってる。そんなに大きい部屋じゃないけど、なんだろう?

一歩その部屋に踏み出し、ランタンで部屋を照らす。もわ、と埃っぽい匂いが増し、俺は眉をひそめた。足元も石の床。…無機質で、なんだろう…この寂しさ。なんとなく…こう、退廃的なものを感じる。

そりゃ確かに、昔は何かに…研究とか?そういうのに使われてた部屋なのかもしれないけど、今はこの通り廃墟と言うか忘れられた地下室に成り下がってるわけだし。え?さっき音が聞こえたって?…ハイ考えない!


 ふと壁を見たとき、一部が不自然に抉れていたのが見えた。何だ?抉れてる、というよりは、何かで壁をひっかいて削ったようにも見えるぞ。そっと近づき、なんとなくそれを指でこすってみると。


 『妹だけでも逃がしてあげたかった…』

 

 頭に突然流れ込んでくるメッセージに俺は指を止めた。…これ、まさか。慌てて壁にかじりつくように近づいてよく見る!って、これ…!


 ―――削ってあるのは、トルメルの文字!


 間違いない。これ、トルメルの文字だ!おい、どうしてこんな魔王城の地下にトルメルの文字が?それに、なんだか悲しい響きの言葉だ。伝わってくる意思は深い悲しみと静かな怒り。

俺は壁という壁、床という床を調べることにした。もし、他にもメッセージが残ってるならちゃんと確認しないと!そうだ、俺、ジスランさんに連れてこられただけでここがどこかなんて分からないんだからさ…。


 案の定、他にも文字が見つかった。机の裏、壁の端、床の石のひび割れに似せた文字…、その全てが悲しみに暮れている。


 『どうして我らがこんな目に』『ああ、島に戻りたい』『皆、殺された。皆、連れて行かれた。次はもう…』


 そして最後に俺が見つけた言葉は、ベッドの傍に刻まれていた。その言葉は、『ここが地獄の実験場だ』って。…嫌な予感だ。けど、それ以上に…分かってしまったことがつらい。

 

 ――――この部屋は処刑場だ。

 

 いや、実験場、なんだろうか。昔に魔族がトルメルを捕らえたとき、実験を繰り返したって聞いてただろ。…ここのことだったんだ、きっと。

証拠になるかは分からないけど、この部屋の奥にあった扉の向こうは…長い廊下と、鉄格子の牢屋。…こんなところが、地下にあったなんて。遠い過去のことなのに、ここにはまだ深い『念』が残ってる。


 「実験場…か…」


 ちょっとだけ、小さく祈ろう。酷い実験の果てに死んでしまったトルメルの島の住人達に。俺、こんな形だけど弔えるかな…。花も何もなくて、ごめん。

じっとかがんで石のベッドに刻まれたトルメルの文字を見つめる。指でなぞっては離し、を繰り返して…。その指が、何故か苔むしてる一部にスススッと動いて当たる。…苔?

爪でガリガリと苔を削ると、…あれ、ここにも文字がある。けど、明らかに隠したって感じだ。ランタンがちゃんと部屋を照らしてくれてるのを確認してから、俺はそこをまた指でなぞった。


 『逃げ道を完成させた。私の独房、2の部屋の床下に文書を隠した』


 …逃げ道?…まさか、この城からの?慌てて奥の牢屋にすっ飛んで行って指定の部屋の床の石を外しては確認、それを繰り返して…あった!ごわごわした紙に、不思議と消えてない強い筆跡。何枚かに分けて文字が連ねてある!

すぐに俺は部屋に戻って、石ベッドの上に胡坐をかいてその紙束を読むことにする。…もしこれが城からの脱出方法なら、…俺は恐ろしいものを手に入れたことになるぞ!


 震える指で文字をなぞる。すると、堅い決意と強い意志を感じる文字から直接俺の体にメッセージが流れ込んでくる。


 『この棟の屋上に転送魔法陣を作った。魔法というものには全く知識のない我らだが、我らを捕らえた魔族から少しずつその術を学んだ、いや、聞き出したと言うべきか。

  夜な夜な監視の目を潜り抜けて屋上に上がり、我らは魔法陣を作り上げてそれを隠した。だが、我らには魔の力と恩恵が与えられないらしい。次に我らはその問題を解決することにした。

  この魔法陣の上に特製の箱を置く。その中に入り、魔法陣を発動させる。箱に入れば中身ごと転送されるように、特別な箱を我らは作った。もちろん数には限りがある、これも増やさねばならぬ。

  屋上の壁に銀のプレートを埋め込んだ。そこに鍵穴がある。対応した鍵はいくつか作り、私の独房の床下に同じように隠しておいた。鍵穴に鍵をいれれば、隠した箱が出てくるだろう。

  発動の詠唱は一言、リベレイションと唱えればいい。我らに魔力はないが、その言葉に応じて魔法陣が発動するだろう。だが、ここに一つ大きな問題が見つかった』


 …おぉ、本格的。俺の頭がどこまでついていけるかが問題だな…って、問題?つつ、と俺が指を滑らせると…。


 『転送魔法の転送先を設定するのを忘れていた。今更途中で組み込めないので、場所はランダムにとばされる。海の底にとばされたら…すまない』


 「すまないじゃねーよ!どんな欠陥残してんだよ!?」


 な、な、何やってんだ!すげぇ、って素直に感心してた俺の立場は!?って、独り言がワンワン響く…。…続きにはこの一言だけ。


 『自らの運を信じよ。幸運を祈る』


 祈られたー!もういい!…けど、これは大きな前進だ!そういやノーリの相棒の魔物・アディーンに追いかけられたときに屋上で確かに銀のプレートを見たな。…あれか!地面には魔法陣なんて見えなかったけど、隠してあるのか?

けど、鍵は…。さっきこの紙束を見つけたときは鍵なんて一つも残ってなかった。過去に脱出できたトルメルの皆が使って、もう残ってないのかも…。屋上に落ちてないかな。


 …ん?鍵?そういえば、鍵…どこかで…。…あ!


 そうだ、このノイマーティアに連れてこられたばかりの時、…ロザが俺を見舞いにきたとき!いや、あれをお見舞いと呼んでいいのかはさておき、…俺、謎の鍵を拾ったんだ。もしかして、あの鍵使えるんじゃ…?

いや、鍵が合わなくても俺ならチョチョッといじって触れば開くかも…!


 思わず口元がにやつく。…おいゾイ様!俺、逃げられる気がしてきた!あとはシェンユゥたちの目を盗んで屋上に行って…って!


 そこでようやく俺は現実に追いついた。待て。俺、今この寂しい地下室に一人ぼっちじゃねえか。…ジスランさんが迎えに来るまで、おとなしく待てと?…それに、シェンユゥたちはまだあの襲撃者たちと戦ってるかも…!

まだ脱走どころじゃないか、とため息をつく。俺にできることは…今はない。あぁ、早く…。…ジスランさんたちが全滅したら、俺はずっとここに一人?いや、シェンユゥたちに限って負けるなんて…。


 ……これ、やばくね?


 と、そのとき。バチッとランタンが音を立てて点滅!うおおおおお!?何!?え!?え、消えるの!?それ良くない!嘘だろ、ジスランさんはこれ長持ちするよって言ってたじゃねえか!俺を裏切るのかランタンてめぇ!

けど、光の精霊石が疲れたようにバチ、バチと点滅を繰り返し始めたことで俺の心のゲージがゴリゴリ削られ始めます。あ、これダメなやつじゃん。不良品掴まされたパターンじゃん。…って、あああ!


 ―――バシュン…


 「…おいおい」


 消えました。ランタンさん、俺を完全に置いてきぼりにして力なく消えました。コンコン叩いても復活するわけないよな…、…真っ暗!どうすんだこれ!

暗闇の中で俺はフリーズ。…いや、だってさ、ここ…ほんとに灯りの一つもないし、いくら暗闇の中でも目が利くたってこんな真っ暗じゃどうにも…。…あぁくそ、こんなときにトルメルの力が使えたらラエアで照らせるのに!


 ひとまず目が慣れるまで、俺は石のベッドの上でじっとしていることにした。消えたランタンと手に入れた紙束だけを握りしめ、ジスランさんが来るのを待つ。…ほんと、いつ来てくれるんだろう?

けど上じゃ、ジスランさんやシェンユゥ、シャムロック三兄弟、もしかしたらノーリもどこかで戦ってるかもしれない。俺を守るために戦ってくれてるのに、早く迎えに来てよぉなんて言えるわけないだろ。


 ジスランさんは、ここには魔物はいないって言ってた。それを信じて、…お、お化けは出ない!いいか、幽霊とかそういうのは解明されてないけどたいがいアレはアンデッド系の魔物!ここには魔物はいない、いない、いない!

昔はこれぐらい真っ暗な方が落ち着いてたのにさ、今じゃやっぱり不安になっちまう。このヒヤッとして、いつどこで何が起きるかもわからないような冷たい闇。


 けど、俺は知ってる。闇って言ってもいろいろで、不安にさせて恐がらせる闇もあれば…、包むように安心させてくれる闇もあるって。…残念ながら、この闇は前者だと思うけどな。


 しっかし、なかなか目が慣れてこない。いつまでたっても視界は真っ暗で、手を顔に近づけても指一本見えやしない。まいったな、…と思った時だった。



 ―――カツン……カツン……


 ……。…え?


 ―――カツ…カツ…


 …。あし、おと?…ジスランさん?


 ―――カツン………


 どうせ何も見えないから、と俺は目を閉じて聴覚を研ぎ澄ます。足音だ。一定のペースで落ち着いて歩いてる。…けど、ここでおかしな状況があります。その足音、俺が来たあの螺旋階段があった場所からじゃなくて…。

あの、その…奥の、この部屋の奥の…牢屋が続いてる廊下の方から聞こえてくるんだけど。…あの廊下、牢屋が続いてる以外には何もなくて…行き止まりだったんですよ。…誰もいませんでしたよ。じゃあ何で足音聞こえてくんの?


 …はい、深呼吸。吸ってー、吐いてー、吸ってーうわ埃っぽい、吐いて…。…ナイフは?あります。握りました。ランタンは?あります。こいつも武器にしよう。紙束は?服の内ポケットにこっそりしまいました。…よし!


 「…」


 ジスランさんじゃない誰かが、何者かが向こうからこっちに近づいてるってことは確かだ。俺はぼろぼろのナイフを右手に、ランタンを左手にぎゅっと握り、そいつが現れるのを待つ。気配は殺す、音は立てない、身動きしない。

そいつがどこにいるかは見えないけど、気配を探るんだ。先手必勝、すぐにランタンという名の鈍器で殴りつける。シュミレーション完了、…あと少し…!


 ―――カツン…カツン…


 「…!」


 今だ!俺はベッドを蹴り、跳んで『そいつ』がいるであろう場所にランタンを振り下ろし…!


 ―――ガシッ!


 「え!?」

 「うわあああああああ!誰だ誰だ誰だ!とうとうここに幽霊がーーーッ…って、あれ、手?ちょ、誰?」

 

 腕掴まれた!と思った瞬間そいつが痛いぐらいの勢いで俺に抱きついてきた!あ、派手な悲鳴がそいつの方で、俺は困惑してる方です…って、誰だよそっちこそ!

びくーっとしたのは俺の方だけどとりあえず幽霊じゃないんだな!?アンデッドの魔物でもない!…じゃあ、誰だ?こんな誰も寄らないって言う地下でこそこそ歩き回ってるのは…。


 「と、とりあえず離してくれよ!俺は幽霊じゃないから!」

 「…あれ?その声、どっかで聞いたな」


 そいつがゆっくりと俺を離し、ぼそ、と呟く。…そういえば、俺もこの声どこかで聞いたような。…誰だ?青年、って感じの声だけど。と、そいつが短く声を上げた。


 「あっ!俺、ライトの魔法使えるの忘れてた。…と、」


 フワッと音がして突然白い灯りが宙に浮く。ぼや、とランタンほどじゃないけどそれが部屋を照らし、俺とそいつの姿を暗闇に映し出した…、て、ああ!


 「セヴァダ!?」 

 「ありゃ!?ステイトくん!?」


 そこにいたのは、あの中庭の庭師。シャベルに紐をつけて背負い、バンダナを巻いて、やっぱり作業服。セヴァダが俺を指さし、ぽかーんとしたマヌケ面でそこに立っていた!


 …なんでお前こんなところにいるんだよ!?

 

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