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ルキスの剣  作者: 夜津
第三章 魔と北の国へ
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71 仮面の襲撃者達

 俺がぐうたらとこの城の隔離された棟で暮らし始めて一週間はとっくに過ぎちまっただろう、って頃。

すっかりここでの生活にも慣れてきちまってる自分がちょっと嫌になってくるな…。朝が来たらゾイに起こされて、食堂でシェンユゥの作る朝飯食べて、夜まで遊んで…だもん。

いい加減退屈だ。やりたいことも好きにさせてもらえないし、…それに俺にはやらなきゃいけないことがいっぱいあるんだっていうのに!


 だけど相変わらず『脱走』のタイミングは掴めず、こんな生活がいつまで続くんだろうとのらりくらり考えて…。…絶対に抜け出してやる!

と、朝日の差し込む窓に向かってガッツポーズをとってると。


 「なんだ、朝から元気そうじゃねーか。逃げる気でも起きたか?」

 「逃げていいなら逃げるけど?」


 一瞬その低くからかうような声にビクーッとしながら、俺は勢いよくベッドから跳ね起きた!部屋の入り口にはゾイが立ってて、ニィ、と犬歯を見せて意地悪そうに笑っていた。

今日もオールバック決まってますね。赤い目もギラッギラですね。俺は少しゾイを睨みながらさかさかと着替える。こいつ、暇人なのか?毎朝毎朝直接起こしに来やがるもんだから、下手なことできないじゃねーか。

 

 そういや数日前にも脱走の手掛かりはないか再び夜の棟内を歩き回ってたら、うっかりゾイに鉢合わせちゃってさ…。あのときは酷かった。朝まで手首足首に氷の枷をはめられたもん。まだ痛いし。

やっぱりゾイは俺を逃がす気はないらしく、俺の生意気な返事にも薄く笑うだけだった。

 

 「やれるもんならやってみろ。この棟に張り巡らされた結界をトルメルさんが破れるとは思わないがな」

 「その前にシェンユゥとノーリとシャムロック三兄弟が俺を止めにかかるだろうけどな」


 そう。脱走するときの強敵は何もゾイだけじゃない。何故か俺を気に入ってくれてるらしい怪力料理人シェンユゥの『千里を見通す目』や、ノーリの魔物たちの聴覚や嗅覚のサーチ、シャムロック三兄弟のしつこい尾行も高い壁だ。

まずシェンユゥは寝てる時は『目』を使えないはず。そしてシャムロック三兄弟もガキだから夜更かしはしない。つまり脱走するなら夜の方がやっぱり向いてるわけで。ただノーリなんだよな、問題は。あいつの魔物に昼夜は関係ないし…。

 そしてゾイだ。やっぱり魔王の称号は伊達じゃないんだろう。となると…。


 俺はまた簡素な服に着替えながらゾイをちらっと見てつぶやいた。


 「ゾイが出張か何かでいなくなれば逃げだせるかもなー」

 「…トルメルさん、言うじゃねぇか。じゃあいいニュースがある」

 「ん?」 


 ゾイが俺のわざとらしーい呟きに盛大に舌打ち!ん、ニュース?ゾイを見上げると、その赤い目がビームでも出しそうな勢いでギラッと輝いた。


 「…大変不本意だが。急な出張が入って俺はこの城を3日間留守にする」

 「え?マジ?マジで!?うわー!ゾイロス様も大変だなぁ!よーしよし、この城の平和は俺に任せろー!安心して行ってらっしゃい!一週間帰ってこなくていいぜ!」

 「やっぱり氷漬けにして倉庫に転がしてから行くか…」 

 「嘘です調子乗りましたやめてください」

 

 あででで!ゾイが一瞬で作り出した大きな氷柱をぐさぐさ俺の背中に刺してくる!つーか、マジかよ!魔王様に出張とかあるのかよ!冗談で言ってみたのにまさか本当になるとは…!

多分俺、今すっごい悪い顔してると思う。すっごいゲスい笑い声が出せると思う!けど、ちょい待てよ?ぱっと俺は顔を上げ、腕を組んで不機嫌そうにしてるゾイを見た。


 「けど、何の用事?まさか、人間界を侵攻するとかじゃ…!?」 

 「それにはまだ早いが、それに関わる用件だ。いいか、俺がいないからと言って羽目外すんじゃねぇぞ。もし俺が帰ってきたときに何かやらかしてたら…」

 「…やらかしてたら?」

 「俺様特製の氷の棺桶に入れて百年眠らせてやる。大丈夫だ、俺にとっちゃ百年なんて一瞬のことだ…楽しみにしとけよ」


 げぇ。俺は抗議の声を上げようと目を半開きにした。ジト目でゾイを睨み、口を開けて…言葉を失う。その視線の先、ゾイの表情が真剣そのものだったから。

…まさか、こいつ本気か。俺もふざけた表情を止めて真顔でゾイを見つめた。しばらくそのまま無言が続き…やがてゾイがニヤ、といつもの笑いをこぼした。


 「言っとくが、冗談だと思うなよ。たった三日だ、おとなしくしとけ。トルメルさんは…ここで大人しく過ごしてりゃ、それでいい」

 「…それ、納得いかなかったんだよ。俺、何もできないのにここにいるだけでいいなんておかしいじゃねーか。飯も美味いし生活に不自由はない。だからこそ、なんでこんなに待遇がいいのか疑問なんだ」


 俺はゾイに一歩近づき、その目の裏の真意まで見えるように顔を近づけて覗き込む。その精悍で男らしい顔つきは、俺の疑問に動揺することなく余裕で笑って返した。


 「仕事が欲しいならまた話は聞いてやる。そろそろ俺は出る、くれぐれも変なことするんじゃねーぞ」


 ゾイは瞬きをしなかった。逆に心の内を見透かされたのは俺じゃないのか…そうとさえ思えちまう。す、とゾイは俺から離れ、ひらひらと片手を振りながら暗い廊下の奥へと消えていく。

やがてその足音が聞こえなくなった頃、俺はため息と共に苦く言葉を吐き出した。

 

 「…それ、答えになってねぇっつの」


 

 **


 俺は慌てて食堂への廊下を走っていた。あのゾイとのやりとりのせいでぼーっとしちまって、いつもの朝飯の時間を気付けば過ぎていた。シェンユゥ、怒ってねぇかな…。

窓のない薄暗い廊下にタッタッと俺の軽い足音が響く。靴は貰えたから裸足じゃないけど、サイズが微妙に合わない靴だからちょっと走りにくい。

 にしても、廊下長いんだよコノヤロウ、と俺が一階へ階段を駆け下りたとき。階段の下で、誰かが俺を待ち構えていた。ん、誰だ?


 タタ、と俺が数段飛ばして階段を下りると、そこで俺を待っていた人がフ、と小さく笑った。うわ、美男子!美青年!けど知らない奴だな。

長い金髪、白い軍服、高い背。軍帽のようなカッコいい帽子をかぶってて、その帽子と胸元には同じ金のピンバッジがついている。何かの花を模ってるみたいだ。

涼しげでキリッとした目は見る角度によって違う色に見えるけど、薄い赤色らしい。俺は相手に話しかけられるまで、そのニコニコした笑みをじっと見つめてしまった。


 「…あの、そんなに見つめられると照れます」

 「…あ!すいません、つい…えっと、誰ですか?」

 「あなたをお待ちしておりました、私はジスラン・カルパティエと申します。魔王様の代わりに三日間、身の回りのお世話をいたします。お見知りおきを」


 にこ、と微笑む美男子、ジスランさん。正統派美男子だ!ちょっとクサいことしちゃっても許されちゃう正統派美男子さんだ!と俺が思ってるとジスランさんが帽子を優雅にとってス、と胸元に回して添えた。貴族流の礼か…。

これにどうしていいか分からなくなったのは俺だ。薄暗い廊下でわたわたと慌てて両手を前にだし、すぐに首を振って見せる。そんな大仰な礼をされても困る!


 「あの、俺そんな丁寧に扱われるような立場じゃないんで!その、なんつーかえっと、身の回りの世話とかもいいんです、自分でやりますから!」

 「お気軽にお話しください、私はあなたの使用人と同じなのですから。それに魔王様からの命令です、逆らうわけにはまいりません。私も喜んでお仕えいたします」


 …そんな風に微笑まれても扱いに困る!ここでやっと俺は理解した。俺の監視係…あいつらで良かった。シェンユゥは適度に俺を気遣ってくれるし、ノーリは適当でゆるいけどそこが安心できるし、シャムロック三兄弟はバカだし。

けど『忠実に従いますよ!』とワッショイされるのは慣れないというか、なんか合わないんだよ!俺が首を振ってもジスランさんは退かないし、結局俺は諦めちまった。うん、三日だけならいいか…仕方ない。


 「…分かった。じゃあ、ジスランさん。そんなに俺に気を使わなくたっていいから…。って、そうだ、朝飯!今から食堂行くんだけどジスランさんも来る?」


 ジスランさんを見上げると、一度だけ胸の懐中時計を取り出してニコッと微笑まれた。うわ、眩しい微笑み…。ロロターナの剣士ティグレさんに匹敵するレベルで優雅だ…俺には眩しすぎる…!

小さく頷いたジスランさんは時計をしまい、流れるような手つきで再び帽子をかぶった。少し陰になった綺麗な顔が、薄暗い中でほんのりと浮かび上がってるようにも見える。


 「では、有難く呼ばれることにしますね」


 俺が歩き出すのを待ってから少し後ろをついてくるのを見ると、俺には考えられないほどの上流階級の作法を学んでいるんだろう。上品で、やっぱり俺には合ってないや。もっと友達みたいに気軽に接することができる方が…。

と、ここで俺は少し引っかかった。待てよ、今更ゾイが俺に新しいお目付け役をつけるか?だってそれならシェンユゥたちがもういるから十分じゃねーか。

一度だけ素早くジスランさんを振り返ると、その表情は廊下の薄闇に遮られてよく見えなかった。するとすかさず後ろからジスランさんの落ち着いた声が聞こえてくる。


 「そういえば、食堂へ行く前にお見せしたいものがありました。少し私についてきていただけませんか?あぁ、暗いのではぐれないようにしてくださいね」

 「え…?あ、はい」


 な、なんだろういきなり。今度はジスランさんが数歩前を歩き、俺はその後ろを黙ってついて行くことになった。腰までありそうな長い金髪がしゃんと伸びた背の後ろで揺れるのを見ながら、俺はどこか不安な気持ちを抱えていた。

どうしてそんな気持ちになったかは分からない。ただ、どんどん食堂から遠ざかっていく気がして、漠然と不安になった。これ以上待たせたらシェンユゥにも悪いのによ…。どこに連れてかれるんだ?


 かつ、かつ、と足音だけが響く。廊下の天井にあるランタンがときどきパチパチとついたり消えたりするから余計に恐いじゃねーか!と、曲がり角だ。ふわ、とジスランさんが華麗な足取りで少し前の角を曲がる。

と同時に、後ろの方でパリンッと何かが割れるような音がした!うおっ!?危うく声出そうになったぞ!?お、お、驚かすなよ!け、けどやっぱり気になっちゃうよな…俺は足を止めて振り返ったけど、やっぱり何も見えない。

 それで前を改めて向いて慌ててジスランさんの後を追ったら…。


 あれ。廊下が三つ又に分かれてる。…じ、ジスランさんがどこに行ったか分からねぇ!さっきの音に気をとられてちゃんとついてくの忘れてた!あぁ、はぐれんなって言われたばかりなのに俺ってばおバカ…。

しかもその内二つの道は完全にランタンの光がきれて真っ暗。…だとしたらまだランタンが灯されている廊下しかねぇよな?ダメだ、足音も聞こえない。


 恐る恐る、俺はその廊下を進み始めた。けど、だんだん俺は早足になり、早足、もうちょい早足…なんだよこの廊下長すぎ!おまけにドアもないし!いやいや、まさかジスランさんってば暗い道を進んじゃってたり?

悪いのはさっきの音だよチクショウ、と俺は舌打ちした。終わりのない薄暗い廊下。どこまで歩けば…と思った俺に悲報です。


 「…ハイ行き止まりー!くっそ、なんでだよ!あぁもう、ジスランさんってばどの廊下に…進んで……」


 目の前に壁!どう見ても壁です、と俺が一人で誰も聞いちゃいないのに叫んだ時。ピリ、とした感覚を背中に感じ、慌てて振り返ろうとした。…、殺気!?……おい、冗談じゃねぇぞ!


 ―――ガンッ!


 俺がその『嫌な感覚』を避けるように体を横へ捻ったのと、俺の前にある壁に一本の矢が突き刺さったのは同時だった。


 …おい、どうなってやがる!?いきなりなんだってんだ…!咄嗟に跳びあがると、今度は俺の足元にカカカッと3本の矢が続けざまに飛んでくる!うおおっ!?

まさかこんなときに敵襲!?ここで!?いや、おい、この棟の中って…安全じゃねーの!?


 「ちっ!」

  

 けど考えるのは後だ!俺は跳びあがった勢いで壁を蹴り、廊下を再び走って戻る!まさか罠にはめられたのか!?誰に、…誰に?この棟の中には俺とシェンユゥやノーリ、シャムロック三兄弟ぐらいしかいないのに!

あいつらがいきなり俺を襲うのか?いや、…違う。勢いよく壁を蹴り、廊下を駆け、俺はあっという間に矢を放った奴と距離を詰めた!薄暗い中で見えたその姿は…、俺の知ってる誰でもなかった。

黒いフードに黒いローブ、そして顔には不気味な白い仮面!けど手に弓と矢を持ってるから、さっきの攻撃はこいつが仕掛けてきたんだろ!無機質な表情の仮面の誰かがまた弓に矢をつがえたとき、俺は拳を振りかぶった!


 「誰だテメェは!」


 矢が弦を震わすのと、俺の拳が相手の頭に垂直に振り下ろされたのは恐らく同時。ぴり、と頬を矢が掠めたけど拳には確かな手ごたえ!ゴツンッといい音がして相手が沈んだ!

それでも油断はダメだ、こいつは明らかに敵意を持って俺を襲ってきた!それに今、俺は武器もなければトルメルの力も使えない。すかさず渾身の蹴りを倒れた仮面野郎に入れる!

 ドッといい音!クリティカルヒット!すぐに俺は他の敵の気配がないかを探り、安全を確認してから仮面野郎を見下ろした。…っはぁー!びっくりした!それにしても何だったんだよいきなり!


 仮面野郎はピクリとも動かない。だらんと服の裾から伸びた手は力なく、完全にのびてる。すぐに俺はそのローブとフード、仮面をひっぺがす!誰なんだ、この俺をいきなり襲いやがったのは!


 …と。そこから現れたのは全く知らないオッサンだった。オッサンというには少し若く、ローブの下の服は比較的簡素。顔も特にこう、目立つ箇所もなく…。魔族なのは間違いなさそうだけど、一言でいうと…誰だお前。

これには俺も困惑。…ゾイのザル警備!なぁーにが、この棟に居れば安全なんだよバカヤロウ!俺、今襲われたんですけど!魔族に!いきなり!

 とりあえずこのオッサンから事情を聴くしかないか。何かロープでもないかね、ちゃんと縛れるやつは…。


 す、とオッサンから目を離し、俺は薄暗い廊下を一歩踏み出した。ボゥ、と天井のランタンが不気味に揺れる。…そうだよ、ここ。この気味悪い廊下から出て早く食堂に行きたいのに。

かといってこのまま放置するには不安だ。…何かが起きようとしているのか?…さっきのジスランさんは無事だろうか。シェンユゥたちも…。


 俺が壁にとん、と背中をもたれかけたとき。壁からグオオッと音がして何かが生えてきた!え!?生えてきた!鞭のようにしなるそれは、俺が反応する前に俺の腕と脚、首に巻きついてきた!…って、嘘だろ!?


 「、ぐっ…!?」


 ビタンッと壁に叩きつけられ、さらに首がしまる!くそ、息が!腕と足にもしっかり巻きつくそれは、目を凝らすと『闇』。ここにある影と闇がぎゅっと凝縮してできたような闇だ。

つまり魔法かよ…!オッサンの仕業か、と思うとあのオッサンはまだ倒れてる。…じゃあ、誰が…。ぎ、となんとか顔を動かすと…廊下の向こうに二人の仮面野郎!さっきのオッサンと同じ格好だ!なんだこいつら!

 反撃しようにも完全に封じられてる!腕が動かねぇ、指先が動かせたって何になるんだ!俺は苦しげに鳴る喉の音を極力相手に聞こえないようにして、そのローブ野郎を睨んだ。


 「…お、まえら……何なん、だよ…っ!?」

 

 俺の声に気が付き、仮面野郎の無機質な仮面が二つとも俺の方を見た。仮面の下から下卑た笑い声が聞こえる。


 「いともたやすく捕まえることができた。これであの方に差し出せば莫大な金がもらえるぞ」

 「力のないトルメルなど、ただの人間よりも脆弱。このような初級拘束魔法にも抗えぬとはのう」

 「しかし、このまま差し出すには少し遊び足りんと思わないか?なぁ…」

 「そうだな。顔は悪くない、何より生意気そうな表情。しつけをしておいた方があの方もお喜びになるだろう」


 …なんかすっげー腹立つこと言われてんぞ。あん?俺を捕まえて献上して賞金?脆弱?シツケ?…おいおいおい。お前ら何様だ!俺は反抗の声を上げようとするけど、きつく喉を締め上げられて息をするのも苦しい。

これじゃどうすることもできねぇだろうが!と、突然俺を縛る『闇』が宙へ伸びて、俺の体が二人の仮面野郎の前に持ち上げられる!うわわわ!?


 天井につきそうなほど上へ持ち上げられたかと思うと、今度はまた壁の隙間や濃い暗がりから次々に闇の鞭が伸びてくる!うえ、気持ち悪…!ヒュ、ヒュッと音を上げてしなる闇の鞭に、俺は瞬きができなかった。

まさか…まさか?あの鞭でパシーンッて?…くっそ!こいつら何が目的なんだよ!なんとか顔を捻って下にいる奴らを睨みつけると、クク、と片方が笑った。


 「怯える野良猫のようだ。死なない程度にいじめてやれ、どうせトルメルは傷の治りが早いんだからな」

 「だが今は魔王様にその力も奪われ、ただの人間同然なんだぞ。やりすぎると死んでしまう。殺すわけにはいかぬぞ、あの方の計画には…」

 「分かっている。が、あの方に届けたときにお手を煩わせるのは良くないだろう。大人しくさせる程度なら許されるだろうよ」

 

 …あの方の、計画?話の流れからして、『あの方』はゾイじゃないようだ。じゃあ誰が?俺を殺すつもりはないなら、こいつらは俺を何に利用するつもりだ?その質問の声すら出ない状況に俺は歯を食いしばるしかない。…畜生!

けど殺されないならまだいい。ここで大人しくしておいて『あの方』とやらの顔でも拝んだ方がいいかもな…。俺の知らないところで何かが起きようとしてるのは気に食わないけど!


 俺は気を失ったふりをして、がくっと体の力を抜いた。俺、自慢じゃないけど実は死んだふりとかすんげぇ得意なんだよなー!瞼すらも動かさない自信がある…これも盗賊時代に学んだ技術なんだけど。

このドッキリは子供たちにすっげぇ効果的だ。けどアリシアに一回仕掛けたら泣かれた。…うん、騙すのって良くないなってそのとき思ったもん…。ちなみにシャムロック三兄弟に仕掛けたらバレた。あれはあいつらの観察眼が鋭いから…。

と、失敗の多い俺の特技だけど一般人ぐらいなら十分騙せる。力が抜けて重くなった俺の体を闇の鞭がギュ、と支える。うお、いててて!おっと、力は抜かなきゃな…。表情はあくまで苦しそうに!俺ってば役者!

 すぐに俺のぐったりした様子に仮面たちは気付いたらしい。おい、と囁き合ってるのが聞こえてくる。


 「トルメルの様子がおかしいぞ。まさか、これしきのことで気を失ったのか?」

 「なんだ、遊び甲斐のない。…まぁ、好都合。どれ、近くで顔でも見てやろう」


 …引っかかった!けどチャンスだ、油断している二人をこのままぶちのめせるかも!ひゅ、と闇の鞭が俺の体を廊下へおろし、俺の背が堅い廊下に当たる。拘束が外れた!…ごろ、と転がされた俺の体に誰かの手が触れる。

背を起こされても俺はまだじっと気絶してるふり。はは、と乾いた笑いが恐らく目の前にいるんだろう仮面二人から上がる。


 「なかなか上等だな。売るところに売ればいい値になるだろう」

 「なに、城の中の魔族連中に売ってもいい値どころかすごい値になるさ。あの方が羨ましい程だ」


 …この俺を売るたあいい度胸してやがるじゃねーかおい…。思わずヒクッとこめかみが引きつりそうになるのをなんとか我慢し、俺はおとなしくされるがままになる。ここでこいつらをぶちのめしても良かったけど、『あの方』が気になった。

ゾイも知らない何かが今、この城でうごめいている。それは確かだ。…シェンユゥたちは強いからきっと襲われても大丈夫なはず…、目的は俺みたいだし。ここらでちょっと、敢えて火に飛び込んでみるか。


 埃っぽい地面に再び体を降ろされ、うつぶせにさせられる。すぐに俺の背に何かが突き付けられた。これは杖か何かか?

 

 「転送魔法であの方の元に送るぞ。準備はいいか」

 「ああ」

 

 なるほど、転送魔法ね。目は閉じてるから見えないけど、仮面の男たちが薄ら笑いを浮かべてるのが見なくても分かっちまう。グリ、と俺の背に強く杖があてられた、と思った時。

  

 「俺たちの」

 「遊び道具に」

 「何してるの!」


 ―――ドガッシャン!


 突然何かが激しく壊れる音!思わず俺は目を開け、素早く顔だけを地面から起こした!な、何だ!?

目に飛び込んできたのは、ビッと人差し指をこっちに向ける小さな3人組…!と、慌てる仮面の二人の背中!あ、あいつらは!俺が声を上げる前にそっくりな声がきれいに重なった!


 「超ビリビリ・サンダー!」「超あちあち・ファイアー!」「超ヒヤヒヤ・アクアショット!」


 ―――バシュンッ!


 前へ突きつけている3人の指から一斉に魔法が飛び出たのを俺はしっかり見た!まずギンのファイアーが仮面野郎二人に炸裂!ローブに着火して慌てる二人にすぐ、ミィの放った大量の水が撃ち込まれる!今度はビショ濡れだ…!

そして最後にショウの、とても初級魔法とは思えない威力のサンダーがバチバチバチィッとスパーク!うっわ、あいつあんなに強いヤツ撃てるのかよ!

 見事に水浸しの男たちは雷攻撃に悲鳴を上げ、バターンッと倒れる!ギンとミィが倒れた男たちをすかさずロープで縛り上げ…って、あいつらロープ常備してるのかよ…さすが賞金首狩りだな…。


 俺はその一部始終を床に転がったまましっかり目に焼き付けていた。んで唖然。呆然。…あ、鮮やか!シャムロック三兄弟の息ピッタリの攻撃に、俺をピンチに追い込んでいた魔族たちはあっという間にダウン…!

まだ目の前の現実を受け入れられてない俺はそのままぼーっと前を見ていた。と、ふいに視界が暗くなる。俺の顔を覗き込んだのは…長男、ショウか。


 「トルメル!怪我はないか!」

 「あ、あぁ。ありがとな、ショウ。ギン、ミィも。よくここにいるって分かったな」

 「食堂のコックが、トルメルが来ないからそわそわしてたのだ。俺たち、それでずっとトルメルを探してたのだ!と思ったら怪しい奴がこの棟に!」

 「そうだ、そうなんだ!こいつらいったい何者なんだよ!?」


 がば、と俺が起きると、三つ子は顔を見合わせてウーン、と唸る。…こいつらも知らないのか。三兄弟の魔法攻撃にすっかりダウンした仮面野郎と、まだ廊下の端で気を失ってるオッサンに目をやる。…一体なんだってんだよ。

三兄弟は俺を襲った『刺客』が完全にぶっ倒れちまったのを確認してから、たたたっと俺の元へ駆け寄る。わ、押すな!


 「トルメル!無事でよかったのだ!」「無事じゃなかったら」「ぼくちんたち、遊べないから暇だもん!」

 「お前ら…ちょっと感動した俺の気持ちを返してくれるか…?」


 なんだよ、ショウの『無事でよかった!』にちょっと心動かされそうになった俺が恥ずかしいだろうが!結局このワンパク坊主たちは自分たちのことしか考えてねぇ!

けど、俺の言葉にぶぅぶぅと騒ぐかと思われたシャムロック三兄弟は…あれ?静まり返ってる。互いの顔をじ、と見ては俺を見るのを繰り返してる。ん?俺、変なこと言ったか?

一人首を傾げる俺に、ショウがズバッと俺に指さしして叫んだ!


 「気になってたのだ!どうしてこのそっくりの俺たちを見分けられるのだ?」「そうそう!」「今まで見分ける人、そんなにいなかったのに!」


 そこかよ!もっとこう、馬鹿にしてくるのかと…。…確かに、シャムロック三兄弟はそっくり。顔や体格はもちろん、服までお揃いとくるからほんとに見分けがつかない。じゃあ俺は何故こいつらをあてられるようになったか?

ふふん、そこに俺の今までに培ってきた観察眼スキルが活用されてるわけですよ!俺はちょっと胸を張って得意気に三兄弟を見下ろした。


 「まず、なーんか構ってほしそうなオーラがずば抜けてすごいのがショウだろ。んで、こう見えて実はマジメなのがギン、どこか甘えん坊が抜けないのがミィ。

  見た目はそっくりだけどさ、こう…話し方とか雰囲気で分かっちまうというか。……どうしたお前ら」


 得意気に鼻高々にドヤ顔で語る俺、途中で停止。見ると、三兄弟が顔を見合わせてピシーッとフリーズしていた。…と思った次の瞬間!嬉しそうに目を輝かせる同じ顔が一斉に俺を見上げた!うお!?


 「トルメル、ちょっとは認めてやってもいいのだ!」「そうだ!けどちょっとだけな!」「ほんとにちょっとだよ!」


 な、なんだよこいつら相変わらず強気な…、と言い返そうとした俺は、ちょっとほっこりして表情を緩めるしかできなかった。…こんだけそっくりだったら、こいつらをちゃんと判別できる奴なんてそんなにいないはずだ。

上機嫌の三兄弟は揃って俺の数歩前へ出て、俺が来た方を指さす。


 「さぁ、食堂に戻るのだ!」「コックが待ってる!」「けど、危ないかもだから気をつけて!」


 口々に言うこいつらの言葉に俺ははっとした。…そうだ!あの仮面野郎たち、狙いは俺みたいだったけど…まだこの棟に残党がいるならシェンユゥやノーリたちにも襲い掛かってるかも!


 「分かった!急いで行こうぜ、食堂までの案内頼むぜ!俺迷子なんだよ!」

 「だらしないのだトルメル!」「仕方ないな!」「ついてきてね!」


 軽い足取りで三兄弟が走り出したのを俺は慌ててついて行く。そうだ、あいつら素早いの忘れてた!うっかりしてたらまた見失いそうな……。…そういえば、あの人はどうなったんだ?

 

 薄暗い廊下を走る三兄弟は振り返らない。俺も三兄弟を見失わないよう必死で走るけど、あの三つ又になっていた廊下の分かれ道まで戻ってくると一度だけ走りながら俺は振り返った。 

 

 ――――ジスランさん、どこに行っちまったんだろう?


 …いや、今は一刻も早く食堂に行って、シェンユゥやノーリの無事を確かめないと!くそ、朝から全力ダッシュとは…あー!腹減ったー!

しかも分からないことばかりだ。襲撃者は何者か、どんな集団なのか。『あの方』って誰なんだよ。


 俺は久しぶりの不安と緊張感に少し頭を痛めながら、それでも足をどんどん加速させて前に進むしかなかった。

 

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