6 馬車に揺られて
だんだん空が明るくなり始めた。ユハ行きの、俺たちが乗った馬車にはあと二人乗り込んできた。
俺とシルが座ってる席の前の長椅子に、行商人っぽいおばさんと全身黒マント黒フードの謎の旅人。
おばさんはいいとして、この黒マント黒フード…謎すぎるだろ!
でも実は案外謎の存在じゃない。実際、姿を見られたくない旅人ってのは多いわけだし。
運転手のおじさんが「そろそろ出るぞー」と声をかけると、俺もなんかわくわくしてきた。馬車かー、乗れると思ってなかったぜ。
カランカラン、と出発の鐘をおじさんが鳴らしたとき。
「ユハ行き、待ってくれーっ!」
お?
眠ってるシル以外の全員が、慌てた声に振り向いた。見ると広場から、でかい袋を背負ったなかなかゴッツイおっさんが走ってくるのが見えた。
どうやら運転手のおじさんも顔見知りらしく、「早く乗れ!出るぞ!」と笑いながら手を振っている。
ってことは、よく馬車を利用してる人ってことか?顎のひげとオールバックが特徴的なおっさんは、ふぅふぅ言いながら馬車に乗り込み、俺の隣に座った。
はぁー、とおっさんがでかい息をついたとき、いよいよ馬車が動き出した。おおっ、馬歩いてるすげーっ!いや、当たり前だな。馬も歩くよな。
馬車が動き出してもシルは相変わらず熟睡してるようだ。俺は、隣のおっさんを見てみる。
細くてムキムキというわけじゃなくて、とにかく背が高くて体格がいい。シルよりも高いな。当然俺よりも。
けっこう雑に手入れされてる髪やひげ、けっこうよれた服。そして、足元のデカい袋からは毛皮が見えた。
「おっさん、商人?」
俺が興味本位で、袋を指さして聞いてみるとおっさんが気さくに笑った。
「ああ。ユハから来て商売している、主に毛皮商人だ。坊主はどこから来た?」
「俺は王都。ちょっと見聞広めようってことで旅してる」
「つーと、そっちで眠りこけてるにーさんもか?」
「ああ、こいつはフィリナで会って、目的地が一緒だから二人で行くことになって」
もう一回つんつんとシルの頬をつついてみても「ぐぅ…」と声が漏れるだけ。それに俺とおっさんがアッハハハと笑う。
「見たとこ、あまり強そうじゃねーなお前ら。旅するんだったら魔物とか盗賊に気をつけろよ」
「あー、たぶん大丈夫。こいつ、結構強いからな」
「意外だな。数日前から魔物が増えてきて、商売もあがったりだ。ああ、名乗るのを忘れてたな。俺はガルデだ」
少し日に焼けたでかい手が俺に差し出される。俺も手を握り返して名乗り返した。
「俺はステイト。こいつはシル。ガルデさんでいいのか?」
「さん、なんかいらねぇよ。俺はユハから来てるから、ユハについて知りたいことがあるなら何でも聞いてくれ」
にかっとガルデが笑う。おおっ、気さくなオッサン商人!俺はけっこう人のめぐりあわせにツいてるみたいだな!
俺たちが話している間に、馬車はフィリナの関所を通り、また草原の道をガラガラと走り出した。ちらほらと歩く人や、草原を走り回る動物が見える。
はるか先まで青々とした新緑の草原に、デカい石が転がったり林、花畑が見えるくらいでしばらく景色も変わりはなさそうだ。
俺は初めての馬車旅にちょっとテンションを上げながら、どうせだしとガルデにユハのことを聞いてみることにした。
「なぁ、ユハってどんなとこなんだ?」
「とにかく、水の町だ。自然にあふれて、森に囲まれ、たくさんの川や湖がある。水の精霊が祀られてて、神子の一族もいるぜ」
「精霊!?すげっ。神子って何するんだ?」
すげー、精霊がいるとか!精霊はその属性の魔力がみなぎってる、自然の場所にしかいない。ユハの町なら水だろうけど。
神子一族ってのは水の精霊に仕えてる一族だな。俺の質問に、ガルデが楽しそうに答える。
「ユハは水の精霊だから、水害とかがないように祈ったり、まぁ町の安寧を願って精霊と会話したりだ」
「精霊ってどんなの?」
「精霊はいろいろいるが、ユハの精霊は水龍。今は神子一族の双子のガキンチョが神子の役割をしてる、…んだが」
とつぜんそこでガルデが言葉を濁した。顔を見上げると苦笑している。…何か困ったことでもあんのか?
ガルデがひげを触りながら、小さくこぼす。
「実はな、その水龍が数日前から様子がおかしくてな」
「へっ。精霊が?」
「ああ。なんつーか、今までは神子の言葉も町の人の言葉も聞いてくれてたのに、聞かなくなって。
双子の神子が困ってたな。まだあいつら、13歳だってのに…」
「神子って子供なのか…。その精霊、それからずっと変なのか?」
「いや、その数日前に俺は仕事でこっちの町に来てたからな。数日ぶりにユハに帰るんだが、どうなってることか…」
はぁ、とため息をついて頭をかくガルデ。そりゃ、心配だよな。精霊が暴走するなんて…。
でもなんで数日前?変なものでも精霊様が食べたとか?神子が何か失敗したとか?
数日前、数日前…。あ。
シエゼ・ルキスの城から剣がなくなった日か…!何か、影響してるに違いない。てか、それしか俺には思い浮かばない…。
じゃあ、ガルデは一刻も早くユハに帰って、その精霊がどうなってるか確かめたいんだな。それに、この馬車が予定通りユハについてももう夜だ。
俺もその精霊について何かできないかな…。いや、でもまず精霊がどんなものかも俺はまだ見たことない。
「ガルデ、俺も精霊って見えるのかな?」
「精霊は力が強いから誰でも見えるし会話できる。水龍はおとなしく高貴だが人好きで、町の皆にも人気だったんだ」
「俺も会いたいなぁ。けど、その水龍がどうなってるかだよな…。もし俺に手伝えることがあったら言ってくれよ。俺とシルは数日ユハで過ごすつもりだし」
「ああ。泊まる先がないなら俺の家に泊まればいい。もう子供も出て行って、俺と嫁しかいねぇからな」
「まじで!?じゃ、世話になるぜ!」
いよっしゃぁああっ!!お金使わなくてすむ!ガルデとガルデの奥さん、ありがとう!でもそれに見合った働きもしなくちゃな!
俺が喜ぶのを見てまたガルデも陽気に笑った。
「ま、子供は元気なのが一番だな」
「もう17ぐらいなんだけど俺」
そのあとは、ガルデにユハの名産品やユハから聖セレネへの道のりなどを軽く教えてもらいながら時間を過ごした。
ガラガラ、と車輪の回る音、馬の走る音を聞き、流れる穏やかな景色にぼーっとしたり、起きないシルの髪をいじったりしていた。
昼ごろになり、数軒ぽつぽつと家が立ち並ぶ、村というには小さすぎるエリアに来た。ここが旅の休憩所らしい。
食堂を借りてご飯を食べたり、ちょっと休んだりする場所。さすがにシルを起こし、ガルデの紹介とユハの精霊の説明をしながら昼飯を食べた。
「じゃあ、ガルデさんのところでお世話になって、その間に精霊さんの様子を見たり聖セレネへの行き方を考えたりするんだね」
「ああ。またお金も貯めねーとな。ユハにもフィリナの時みたいに、依頼掲示板はあるだろうし」
「うん。それにしても精霊さんの様子は気になるね…」
「…俺、聖剣が精霊のことにも関わってるんじゃないかと思う。聖剣がなくなったことで、人と魔族のバランスが崩れたんだし」
「可能性はあるかもしれない…。でも、まずは行ってみないとね。僕もガルデさんに話を聞くよ」
二人で話しながら、食堂を出る。あと少ししたらまた馬車は出る。俺たちはやることもなかったから、その辺の広い草原で遠くを見ていた。
もうフィリナの町は見えない。緩やかな丘が広がり、一面が淡い緑に覆われている。ところどころに鮮やかな花畑が見え、空は高く青く、そして白い雲が流れていく。
綺麗だなー。王都じゃ見られない景色ばかりだ。
ぽかぽかと暖かい午後の日差しに黙って当たっていると、ふいにシルが「あれ」と声を出した。
「ん?」
「あの丘の向こうの大きな岩の後ろ、なにかいたような…」
「動物じゃね?野良犬とか走り回ってるし」
「いや、なんだかそれにしては…」
少し離れた小高い丘の上に、牛ぐらいの大きさの岩がのしっとある。その後ろへ目を凝らしながら、シルが黙る。ん、なんか変なのか?
と、思った時。
ゆら、と岩の後ろの空気が揺らめいたと思ったら何かが飛び出てきて、まっすぐこっちに走ってきた!
「ステイトッ!」
「分かってる!あれ、魔物だな!?」
「見た感じ、炎属性の犬型の魔物だ!下がって!」
大きさは野良犬、でもなんか真っ黒な体に赤々と燃える炎がついてる!シルが素早く杖を取り出して構え、俺も短剣を手に一歩下がる。
近くを見ると、馬車の乗客や旅人たちが集まってるところから距離があって、みんな気づいていないみたいだ。でも、相手はこの一匹。
燃え盛る体で突進する炎犬を、シルが杖で防ぐ。ギイィ、と魔物が唸り、シルが勢いよくその魔物を弾き返す。
「こいつは炎属性だから僕の魔法は効かないし、僕は炎以外の属性魔法はまだ苦手なんだ。体力勝負だね」
「分かった!俺にできることは?」
「僕がメインで戦うから、もし隙ができたりしたらサポートよろしくね!」
そういってシルが走り出す。杖を片手に思い切り間合いを詰め、相手が反撃に出る前に攻撃を叩きいれていく!
まず、頭、首筋、突き攻撃で胸、さらに杖をグルンと回してまた頭から攻撃してく。ぎ、ぎ、と変な音が魔物から漏れるのを、俺はけっこうビクビクして遠目に見る。
「こいつ、打撃に強いのか!?」
珍しくシルが声を荒げた。はっとしてみると、確かに魔物はうろたえたみたいだけどあまりダメージにはなってないみたいだ…!
ぐ、と俺が短剣を握りしめ…え、短剣?…切り裂き攻撃なら?
試す価値くらいはあるだろ!…恐いけど!
「シルッ、俺が前に出るから下がって!」
「ステイト、でも魔法防御は!?」
「耐性か?占ってもらったこともないし、魔法を受けたこともないから耐性は分からない!けど、避ければいいだろ!」
魔法には属性があって、個人によって得意不得意があるように、耐性も個人で違う。シルは炎属性の魔力が強いんだろう、だから炎にも耐えれる。
だけど俺は、自分の守護属性も知らない。これを知るには占い師に高い金払わねーと、だし。
すぐに俺は短剣を構え、さっきのシルの攻撃で隙ができた炎犬に突っ込んだ!ぼんやりと熱さを感じるけど、これくらいなんともねーよ!
「オラァッ!」
ヒュ、ヒュ、と次々に短剣を小刻みに突き刺していく。小さい傷だが、確実に効いてる!でもまた反撃の牙を炎犬がむいた。
ゴオォォウッと音を立てて犬の周りの炎が勢いをつけた。俺はできる限りの速さで犬の横に回り込み、短剣で深めの傷をつけていく。
ザシュッ、ザシュッと切りつけるたびに、傷口からは血じゃなくて炎が出てくる。けどすぐ力を失い、弱まる。このままいけば、俺でも倒せる!
そう思って、一度間合いを取るために後ろへ飛んだ瞬間。
「ステイト!!」
犬から、巨大な炎の塊が浮いて俺に襲い掛かった!
「げっ!?」
これが渾身の一発とでも言うのかワンコよ…チクショウ!!俺の体ぐらいの炎の球がすぐ目の前に迫り、
「…ッ(やべ…!)」
俺にぶち当たった。
…?ぶちあた…ん?あれ?消えた?俺…攻撃受けてないよな。服も燃えてないし、あ、術を使った魔物の本体が力尽きたとか?
不思議と攻撃を受けず、ドッキリだったように消えた火球におろおろしながら俺は魔物を見る。でもそこには、力が少なくなり動けなくなった炎犬一匹。
つまり死んじゃいねぇ、と。まさかシルが?と思ったらシルは俺の後ろで呆然と立ち尽くしてる。
「…な、なんで消えたんだ?」
「す、ステイト、どうやって消したの?」
「俺じゃないって、なんか勝手に消え…あ」
チャリ、と俺の首元で鎖の音がした。忘れてた、これ、ニコラに貰ったペンダント…魔法攻撃を軽減するんだっけ?
「もしかして、これか…?」
「…でも、軽減するっていう道具は、かなりいいもので『半減』、お宝クラスで『大幅に軽減』ってだけで、こんなにきれいに消すなんてありえない」
ぽかんとしてシルが俺に駆け寄り、まじまじとペンダントを見る。俺は自分自身、どっか怪我してないかを確認。…やっぱ、無傷。
シルがじっくりペンダントを見てから、そういえば、とひらめいたように声を上げる。
「でもこういう道具って装備者との相性もあるし…。もしかしたらこの道具が、ステイトにすごく合うとかかもしれないよ」
「ま、まじで?うお…ニコラ、とんでもないものくれたんだな…」
ぎゅ、と鎖につながる飾りの石を握る。い、今だけ感謝してやるニコラ。くしゃみでもしてろ。ありがとうバーカ!
そのとき、視界の端で倒れていた炎犬が最後のあがきを見せて炎を噴出させた。俺に炎が効かないなら俺がやる!
また短剣を握り、まっすぐ魔物が突進してくるのを待ち構え、俺は短剣を思い切り前に突き出した。
短剣の刃が炎犬の額に刺さった瞬間。炎犬の体が炎に包まれて灰に変わり、風に攫われて消えていった。
コロン、と小さな赤色の宝石みたいなものが草原に転がる。あ、魔物のコアか。
売ったらいい金になるんだっけ。ふふふ、売ってやるぜ儲けてやるぜ!コアを拾いあげながら俺はあたりを見回した。
「…これで、ひとまず終わりか」
「うん。でも、そのペンダントは大事にしなくちゃね。僕が持ってもそこまで効果は発揮されないんだろうし…。
またニコラさんに出会ったらお礼言わないとね」
にっこりと微笑むシルに、俺は苦い微笑みを返した。う…ニコラにどんな顔して会えばいいんだろう。
ちょうどそのとき、みんなが集まってたところからガルデが走ってきて俺たちに手を振った。
「おーい、お前ら!どこに行ったのかと思ったぞ。そろそろ出発だそうだ」
「了解!行こうぜ、シル」
「うん」
すぐ馬車のほうへもどって行ったガルデを追いかけ、俺とシルは顔を見合わせた後走り出した。
しかし、このペンダント効果…。俺、もしかして魔法使い相手なら余裕で勝てるんじゃね…?
馬車に揺られて草原旅、午後の部。午前に乗ってたメンバーと変わらずでいる。
おばさんは編み物、黒づくめは微動だにせず、ガルデは相変わらず俺とシルにいろいろ教えてくれている。
午前と違うのは、シルが起きてて俺より熱心にガルデにいろいろ教えてもらってることかなー。
「…じゃあ、その双子の神子が朝と昼、交代で水龍に仕えてるんですね」
「そうだ。双子っつっても、姉と弟であまり似てないけどな。姉は気が強いし、弟はぼんやりな不思議くんとくる」
「でもユハの人に愛されてるんですよね」
「双子だけじゃないさ。ユハの子供から老人まで、町の人はみな家族みたいなもんだ」
「楽しそうですね」
うわ、シルめちゃくちゃ楽しそう。これは、趣味で見聞を広めてるんだな。そもそも人好きだもんな。
シルがまだ城で暮らしてた時もよく下町に降りて町の人と遊んでたらしいし。
「坊主は王都出身じゃねぇな。赤い髪は珍しいし」
「アルギーク出身です。会いたい人がいるので旅してるんです」
にこにこして答える好少年にガルデが感心したように頷く。一方、俺はシルが何一つ嘘をついていないことに感心した。
出身地から目的まで。会いたい人ってのは、シルの兄弟だろう。
「おまえらもまだガキンチョのくせに立派だな。俺がお前らぐらいの時はまだユハから出たことがなかったな」
「僕もステイトも、これが初めての旅なんです」
「じゃあ、俺と出会えたのは運が良かったぞ。俺が初めて長い旅に出たときは、最悪な盗賊や詐欺師にバンバン出会ったからな」
ガハハ、と笑い飛ばすガルデにこくこくと頷くシルを見ながら、俺はだんだんうとうとしてきた。
ま、さっきはシルが寝たんだし俺が寝てもいいだろ…スヤスヤ…と俺が睡眠の扉を開きそうになったとき。
「ま、魔物だ!」
あ、あれは運転手さんの声!前に座ってるおばさんが悲鳴を小さく上げ、黒づくめもわずかに動いた。
ガルデが首を振り、困ったように笑む。
「やっぱりか。最近よく出るんだ。おーい、バルクス!聞こえるか!!」
ガルデの声に、運転手さんが返す。運転手さん、バルクスっていうのか。
「聞こえるぞ!こいつはだめだ、囲まれている!」
「どんな奴らだ!?」
「炎の犬だ!最近奴ら、この辺を縄張りにしてるみたいだ!」
ガルデとバルクスさんの会話を聞いて、俺とシルは顔を見合わせた。
「さっきのか!」
「みたいだね、でも数が多いみたい」
「…通り抜けられるか…?」
また俺たちは隣のガルデを見た。あれ?あまりガルデ、焦ってないな。これは大丈夫かも。
「どうだ!?走り抜けられるか!?」
「ちょっとだけ数が多いな!ガルデ、やってくれるか!?」
「おう、まかしとけ!」
瞬間。ガルデが椅子から立ち上がり、椅子をばんっと強く蹴って馬車の外に飛び出した!おい、大丈夫なのか?
馬車から身を乗り出した俺の肩を、ぽんとシルが叩いた。
「ガルデさんに任せておこう?」
「あ、…ああ」
そっか、ガルデは『なんとかできる』って出て行ったもんな。邪魔しちゃ悪いか。
馬車から身を乗り出してガルデの様子をうかがうと、特に武器も何も持ってないまま馬車の前まで歩いていく。
ちょうど馬車と馬の陰で、俺から見えない場所までガルデは進んだみたいだ。
「おー、けっこう大勢じゃねーか」
「さっさと頼むぞ、夜につきたいんだからな!」
ガルデとバルクスさんの会話が聞こえてくる。すると、ガルデの力強い「了解!」が聞こえてきた。
悪いけど、俺たちはお手並み拝見させてもらうぜ…!
と俺が少しだけ心配に、少しだけわくわくしながら見ていると。
ブワッと青い光が馬車の前方から炸裂し、ドドドッと音が聞こえた。その途端、一斉に『ギィィィッ!』と魔物の叫びが聞こえてくる。
…んで、沈黙。お、おい。何が起きてどうなった?
すると、用でも足してきたみたいな感じでのそのそっとガルデが戻ってきた。…え、まさか。
「が、ガルデ。さっき一発で…?」
「あんなちっこいワンコロ、相手じゃねーな」
お、お、おおおぅ!?えっ、もうやっちまったのか!?
「こ、コア!拾ってこないのか?」
「いちいち倒す相手じゃねーってことだ。俺は水魔法が使えるからな、ちょっと脅かしてやっただけだ。ハッハ」
「…?」
得意げそうにガルデが言って俺が首をかしげたとき、また馬車が走り出した。シルが俺のほうに身を乗り出し、説明してくれる。
「あの魔物は火属性だから水にはかなり弱いでしょ?今回は倒すのが目的というよりは、道を通らせてもらうのが目的。
だから、ガルデさんは魔物に軽く威嚇しただけだよ」
「つってもちょっと攻撃したからしばらく動けないだろうがな!」
な、なんちゅーことだ。ただのうるさい商人だと思ったら、魔法使えるのかガルデ…。意外。
そんなに魔法って誰でも使えるモンなのかよ…。なんか、俺も使ってみたい…素質さえあれば…ちっくしょー。
ひとまずこれで道も通れるんだよな。もうデカい魔物とかでないように祈ろう…出ても俺戦える気しねーよ。
結局眠気はぶっ飛んで、またシルと雑談をしながら馬車に揺られることになった。
途中、うとうとしたりしてる間にけっこう風景が変わった。
なんか、ところどころに川が見えるようになった。広々と続いていた草原に木が立ち並び始めて、けっこう向こうには森が見える。
森の中へと続く一本道をガラガラと馬車は走り続けてる。川も森の中に続いてるみたいだ。
青く高い空は少しずつオレンジ色に染まってく。あー、この景色いい。この、だんだん夕方に変わってく感じ…。
風もさっきより涼しくなって、けっこう馬車が走り続けたんだなーって実感する。
ぼーっと空を見つめる俺に、ガルデが声をかけた。
「あの、トーシェの森を抜ければユハだ。森の入りに着くころはすっかり夕方になってるだろうな」
「森って魔物とか出たりするのか?」
それは困るんだけどなー、…とか。チラッとガルデを見ると、…ふげっ!ニヤついている!
「おー?やっぱ魔物は怖いか?」
「こ、怖いっていうか倒すのが面倒っていうか」
「ガッハッハ!そうだな、昼の魔物はまだいい。だが夜になればちょっと面倒だ。夜行性のは強いからな」
ガルデの『夜行性のは強い』の言葉にシルが反応した。ぴくっと動いてガルデに向き直る。あ、シルって好戦的だったよな結構…。
「強いってどんな魔物が出るんですか?」
「狼とか出たら厄介だな。あと、場所によってはアンデッドもいる。アンデッドはゾンビや幽霊だから光魔法でも使えねーと勝ち目は薄い。
この森はまだアンデッドは確認されてないが、デカい森だからどうだろうな。
まぁ、道をまっすぐ通ればだいたいは無事に通れるから安心しろ。よほど飢えてる動物か魔物ぐらいしか襲ってこんさ」
ほー、とシルが息をつく。俺はその様子を見てふー、とため息をつく。なんで目キラキラしてんだよシル。俺の目死んでるぞ。
戦わずして済むなら一番だろ!あんなファイヤーわんこならマシだけど、フィリナに着く前に出会った青い馬とか出たら泣くぞ俺。
だいたい盗賊業ってのはいかにうまく逃げられるかがキモで…。
…うっ。分かってますって。俺も強くなりたいなー、とは思うけどさ!
俺が一人で苦い顔をしているのにも気づかず、ガルデとシルの会話は続いてた。
「ただ、道から外れたらあとはそいつの責任だ。クマに食われても魔物に襲われても仕方ない」
「じゃあ、まだ森の調査とかは…」
「だいたいはされてるが、あえて危険に飛び込みたい奴はなかなかいねぇぞ」
まぁ、そうだろ。よっぽど物好きじゃないと…。
「あっ、でも森の奥の洞窟に、はるか昔に盗賊団が隠した財宝があるって噂が「マジで!!?」」
「…ステイト…」
お、お宝!はるか昔の盗賊団だろ!えっ、何があるんだろうっロマンじゃねーか!金銀宝石?武器?防具?魔法道具??
それとも魔物のコアがギッシリとかか!?それか、伝説上だけど、魔族の道具とかあるんじゃねーの!?
昔は人間と魔族で貿易とかしてたんだろ!今はもう、人間と魔族は互いに触れないことになってるけどさ!
失われたお宝かーっ!男のロマン!ぜひぜひこの俺がお目にかかりたいもんだぜ。
………ん?シル、なんでそんな微笑ましいって表情で笑ってるんだ?ガルデ、そのニヤニヤ何?
……あ。…ゴホン。
「…お宝、夢があるじゃんか…」
「そうだよね」
「ステイトはトレジャーハンターにでもなりてぇのか?ならまずは強くなるこった、ガッハッハッハ!」
ぐっ。二人の反応がなんか刺さる…。いいぜ分かったよもうこうなったらトレジャーハンター目指してやんよ…!
俺はシルとガルデの暖かいニヤニヤ笑いに見つめられながら、はるか先の森を睨みつけた。