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ルキスの剣  作者: 夜津
第三章 魔と北の国へ
69/131

64 魔界・ノイマーティア


 

 ぱち、と俺が目を開けると。あら不思議、全然知らない部屋の真っ白フカフカ綺麗なベッドで寝てました!


 …あれ?

 

 ゆっくりとベッドの上で周りを見回す。部屋は広い。俺の部屋よりけっこう広い。そんで、本棚、食器棚、黒く塗られた高価そうな机、赤いソファ、椅子、石の壁と床。床には絨毯が敷いてある。

あとは観賞用の植物とか、お、クローゼットもある。窓のカーテンは今閉められてるけど、床の絨毯と同じで、ものすごく凝った刺繍が施してあるぞ…?


 ……。高そうな宿の部屋ってところか。んで、ここどこなんだ?俺、なんでこんなところに?


 ずき、と頭が痛む。どうしてか体全体が重く、頭の中にもモヤがかかったような…。どうして俺、こんな部屋にいるんだ?知らない部屋…、…思い出せ。俺に何があったか。


 まず、南国コットリアからシエゼ・ルキスに戻ってきて。王に会って、ニコラと別れて、フェイさんからノイモントのことを聞いて、ヨーウェンさんの薬草屋を訪ねて。んで、俺の家に……あ!

そういえば俺、自分の部屋に戻った時に何か違和感を感じて、それで…いきなりふわってなった気がする。


 …で、どうしてここに?


 ベッドの上でそのまま動かず、うーんと一人唸る。ぼんやりと天井に吊るされた豪華な灯りを見ながら、うーんともう一回唸る。

…だ、ダメだ。何も思いつかない。ひとまずここでぼーっとしてるよりも、部屋の外へ出てみるか?


 そっと音もなくふかふかの布団を押しのけ、俺は部屋の出入り口らしい木のドアを見つめた。静かに足を動かしてベッドから出ようとする、と。


 ――チャリッ


 「どわっ!?」


 俺の足首辺りからチャリッと音がして、見事に俺は足だけベッドに残して上半身だけベッドから落ちた!痛っ!な、な、な、何だ!?

慌ててベッドの上にもう一度体を戻し、布団を全部剥がす!すると…ぉおおおっ!?


 …鎖だ。俺の足に、ぶっとい鎖がかかってる。鎖の先はベッドの端にあるけどガッシリとベッドに固定されてるみたいだ。…おファッ!?どうして鎖!?つ、つか…。

冷静になって俺は自分の状況を確かめた。まず着てる服がいつものじゃない。真っ白なワンピースみたいな、ズボンも何もない…あ、下着はあるな。ホッ。……じゃねぇよ!

待て待て待て!あれ!?俺の足首からも、指からも!トルメルの道具がなくなってる!腕の、リェンから貰った羽根飾りも、…ニコラに貰ったペンダントも!ないっ!…ありとあらゆる装備品が…なくなってる。


 ちょい待て。追剥ぎ?強盗?空き巣からの追剥ぎ強盗その上拉致監禁?…酷すぎる。俺が何をしたってんだ。この善良市民の俺が!うわああぁ、隠し武器も全部ボッシュートじゃねーか!


 本当にどうなってやがる。鎖…ダメだ、これはさすがに…専用の道具がないと外せそうにないな。指先だけじゃ解除は無理だ。…こういうときのための道具も隠し持ってたってのに…ああ、このっ!

……ん?待てよ。…俺はトルメルだぞ。いつも指輪とかに頼ってたけど、もう使い慣れたリウはすっかり自分のワザになってるはずだ!指輪が無くても発動できる!


 きっと何かの助けになる、俺は確信して鎖を引っ掴んで叫んだ!


 「凍てつけ、リウッ!」


 ―――……。


 …あれ?


 「い、凍てつけっ、リウ!!」


 ―――……。


 …あれれ?…俺の目に映る景色は何一つ変わらない。ただ、ぽつんと寂しい指先が鎖を掴んだまま。


 これ、失敗じゃない。まず発動できてない。俺がこうやって指示をすると、独特の感覚が体の中からグオッと押し寄せて外に放出される…それがいつもなんだけど。そのグオッすらない。…まるで、最初から使えなかったみたいに。

焦ったってどころじゃない。頭の中が真っ白になって、何度も発動を試みるけど…、結局何度やっても何も起きない。エスイルもラエアも同じで、うんともすんとも体が答えてくれない。


 「な、なんで?」

 「それは、今のトルメルが、トルメルじゃなくなったからなのだー!」


 突然の声!場違いな明るい声にぎょっとしてると、クローゼットから何か出てきたっ…って、こ、こいつら!

バタンッとクローゼットから出てきたのは、そっくりもそっくりな少年たち!同じ黒い服に、クリーム色の紙、くりくりした赤い目、尖った耳…。…な、何故こんなところに!


 「サメロック三兄弟!?」

 「ちーがーうーのーだーっ!シャムロック三兄弟なのだっ!」


 クローゼットの前で決めポーズをとる3人の少年がずっこけ、一人が起き上がって地団太を踏む。あ、シャムロックだっけ。えっと、名前なんだっけな…忘れた。って、違うのはこっちだ!


 「何でお前らがここに!?つかここ、どこ!?」

 「兄貴ー!言っちまえー!」「そうだよお兄ちゃん!」

 

 うおっ、うるさい!こっちの二人が弟か!っつーことは、この地団太踏んでたのが長男?体勢を立て直したそいつが、ゲホン、と咳払いしてからズビシッとポーズを決めた!


 「魔界!なのだーっ!」「うおおおーっ、かっこいいぜ兄貴ー!」「お兄ちゃんさすがだよー!」


 「…魔界?」


 ぽ、ぽかん。…ここが、魔界?ばっと辺りをもう一度見まわす。…豪華な部屋。俺の足の鎖。消えた装備。この魔族の三兄弟がここにいること、…もしかして、王都の俺の部屋で待ち伏せていて…それで? 

…あ、…俺、捕まっちゃったのか。


 すぐに理解できてしまって俺はどうしていいか分からなくなった。選択肢その一、うるせーここから出せバカ野郎!!と三兄弟を脅す。その二、めそめそして同情させて鎖を外させてからボコッて逃げる。三、諦める。

どうすっかなと思ってると、ベッドの傍にシャムロック三兄弟が駆け寄ってきて勝手にワァワァと盛り上がる。


 「どうしたトルメル!今更嘆いても遅いのだー!」「そうだぜ!オレっちたちシャムロック三兄弟と、黒頭巾の手柄だからな!」「そうだよそうだよ!」


 う、うぜぇ…。って、黒頭巾?あの、ロロターナに行く途中に魔物の群れに会って、そのときにあそこにいた…。…あいつもこいつらと一緒に俺を捕まえたのか?

家が特定されてたのか、そこまで考えてなかった。…くっそ、迂闊。チッと舌打ちすると、更に三兄弟が調子に乗った。


 「悔しそうなのだー!」「トルメル、酷い顔ー!」「白ワンピースー!」

 「ワンピース関係ないだろ誰の趣味だよコレ早く脱がせろよ俺の着替え寄越せよ装備返せ元に戻せ鎖外せシエゼ・ルキスに帰らせろっ!!」


 だああーっ!子供に手を出すなんて酷いことできない、と思ってたけど…!もう我慢の限界だ!俺は兄弟の一人にぶん、と拳を振りかぶって、

 

 ―――ピタッ、とそいつが俺の拳を両手で受け止める。にや、として…ぽつりと呟いた。


 「ビリビリ、サンダー!なのだっ!」

 

 ―――ビビビビッ!

 

 「うっあああああ!?」


 突然、受け止められた手から、で、で、電流かコレ!?体中に、なんか、なんか!ビリビリビリバチバチバチッって!ちょ、ちょ、ちょっと、どどどどどういうことだ!?

その衝撃で俺の手を受け止めていたガキンチョの名前、思い出した!俺はまだビリビリして動けないまま、口だけぱくぱくと動かす。


 「お、お、お前…ショウだな!そっちのが、ギン…で、こっちがミィ…!」

 「おおーっ!ちゃんと覚えてる上に見分けるなんてスゴイのだ!やっぱり俺の雷魔法のオカゲか…じゃあもっとビリビリさせれば、」

 「じょ、冗談じゃねぇ!」


 ようやく動けるようになって、慌てて三つ子の長男…ショウから手を離す。こ、こいつ恐ろしい…!か、雷魔法なんて、…え?魔法?…俺が、魔法…食らった…?

そのときやっと理解した。…そりゃ魔族が俺を捕まえて魔界に連れて来たんなら、…俺の体質をどうにかするなんて当たり前だ。寝てる間に薬仕込まれたか、『針』と同じ効果を持つものを俺につけてるのか分からないけど…!

 

 これはまずい。どうやらトルメルの力は封印されて、魔法が効かないこの体質も…今は魔法の効果を受け入れてしまっている。…状況は完全に俺が不利、いや不利なんてモノじゃない。俺に打つ手がない。


 「完全に封じられてる…」

 「その通りなのだ!おとなしく観念するのだ!」「トルメルの今後は魔界が決めるんだぜ!」「だからここで待っててね!」

 「………。分かったよ。どうせ今頃魔族のエラいさんたちが俺の処遇を決めてるんだろ。俺には何もできないんだろ。じゃあ寝る。お前ら静かにしとけよ」


 がばちょ。


 俺は言いたいだけ言って、シャムロック三兄弟には目もあわさずもう一度布団をかぶって潜り込んだ。ぶっちゃけふて寝だ。策略も何もない。…だって本当に、今俺にできること何もないだろ!

俺にできることはただ待つだけ。じゃあ寝る。他に暇つぶしもできねぇし、こいつらにいちいち構ってたらそれこそ体力が…。


 「…あれ?トルメルー?」「寝るのか?」「えー、遊ぼうよトルメルー」

 「…」

 「そうだそうだ遊べトルメル!俺たちは監視員としてお前を見とかないとダメなのだ!」「でも暇だから!」「遊ぼうよー!」

 「…」

 「ぬぬっ…。…俺たちが出題するクイズに正解したら、く、鎖を一個ずつ壊してやってもいいのだ!」「そうだそうだ!」「やろーよ!」

 「乗った」


 がばちょ。勢いよく起き上がった俺の目に飛び込んできたのは、『それじゃーまずは…』と問題を相談する3人の姿………の、後ろ。


 扉が開いたんだ。


 ガチャ、と木の扉が開くと、入ってきたのはすっげぇ目つきの悪い青年。なんつか、ギラギラしてる。銀の髪はオールバック、目はやっぱりギラギラの赤。尖った耳には赤のピアス。

第一印象は『カンジ悪い』。いかにもガラの悪そうなそいつは大股に歩き、ベッドのサイドで仁王立ち。じろじろと無遠慮に俺を見てくる。


 なんだよコイツ、とシャムロック三兄弟に聞こうとすると、三人はそそくさと後ろに下がって黙り込んだ。少しつまらなさそうだけど、その目の中にこの青年への畏怖や尊敬を感じる。…こいつ、只者じゃねーな。


 俺もジロ、と青年を睨み返した。なんだよそのオールバック、キめてんのかコラ?みたいなことを言おうとして、…ひ、怯みました。ニヤァッ、と鋭い犬歯を見せてそいつがいきなり笑ったから!


 「よぉ。お前が噂のトルメルさんか。どうだ?この部屋は…俺様のおもてなしは気に入ったか?」

 「白いワンピースに鎖で監禁なんて趣味が悪いぜアンタ」

 「ほぉ…。それは一応、配慮したつもりだったんだがな。俺は、ずぶ濡れで連れ込まれたお前を風呂まで連れてって洗って、着替えさせてやったんだが?」

 「!!?」


 な、な、なんだと!?動揺を隠せずベッドの上で盛大に『引くわー』ってポーズとってたら、オールバック野郎が鼻で笑いやがった!


 「その鎖も、お前が勝手に出歩いてどこぞの魔族に食われるのを防いでいるだけだしなぁ?」

 「魔族に、食われる…って」

 「魔族にもいろいろいて、相手を食うことで強くなる奴もいる。トルメルさんなんて食ったら…まぁ、無限の可能性だろ。浪漫だ」

 「うわぁ」


 あ、頭からガジガジと…?…うわぁ。チャリ、と足元で鳴る鎖に少し感謝する気が起きた。…いや、そりゃ確かに自由にされてたら勝手にほっつき歩きまわって……って!


 「だ、騙されないからな!俺を食おうとする魔族なんてグーパンでも蹴りでも何でも入れてぶっ飛ばすに決まってんだろ!鎖解けよ!」

 「お前の返答次第だ。俺の質問に、お前がハイと言うかイイエと言うか」

 「…何様だ、てめぇ」


 オールバック野郎を思い切り睨みつける。なんだこの調子乗り野郎は。ぐい、とそいつが前に身を乗り出し、ベッドに片手をつく。顔を俺の鼻に触れそうなほど近くに寄せて、鋭い歯を見せる。


 「魔王様だ、文句あんのか」

 

 …。え?……きた、チャンスだ!俺は余裕の笑みのオールバック野郎から素早く一度身を引いて、


 「そぉい!」

  

 ―――ゴインッ!


 俺はいきなり顔を近づけてきたそいつに、渾身の頭突き!クリティカルヒット!よっしゃ、こいつが魔王なら一発ここで反撃しとかねーと後でチャンスがない!

響いた鈍い音、俺のおでこにじわじわ広がる反動の痛み、下りる沈黙、…あ、視界の端に『ギャアアア』みたいな顔してるシャムロック三兄弟が見える。…ふんっ!


 「魔王様だかサンマだか知らねぇが、顔が近いんだよバカヤロウ!」

 「………」


 自由な両腕を組んで、逆に鼻で笑ってやる!いつかシャハンから聞いた、魔族は魔力こそ持ってるけど体は割と弱い説…きっと魔王を名乗ろうと魔族ならコイツも同じ…っ!

目の前のオールバック野郎は無言で顔を押さえてベッドに肘をついた。あわわわわと部屋の隅っこのシャムロック三兄弟が震えてる。ざまぁ、と俺が思ってると。


 急に部屋の温度が冷えた。どれだけ冷えたって、いきなりテーブルの上に霜が降りるほど!うわ、と思って慌てて布団を体に巻きつけようとするけど、がしっと俺の腕が野郎に押さえられた。つ、冷たい腕…!

顔を上げると、赤い目がギラギラと輝いてる。…この目は、どこかで…。…分かった!戦闘中のシルやニコラと同じ目だ!このまま強気でいくか素直に身を引くか一瞬考えるその隙に、魔王がニヤァッとまた笑って俺を怯ませる。


 「いい度胸だ、トルメルさんよぉ…気に入った。だがこっちのルールに従ってもらうぜ。お前に選ばせてやるだけ親切だと思え」


 そのまま俺の両腕をオールバック野郎が押さえた。バキバキバキ、と音がしたと思うと野郎の手から氷が発生し、俺の腕を拘束する。…こんなときに凍らせんな、…俺の得意技も氷なんだぞ。

それでも自分で作り出すリウの氷とは違い、すぐに鋭い痛みが腕に走った。冷たさはすぐに痛みに変わり、魔法に対して恐怖感が生まれる。…くそ!魔法って…こんな感じなのか。


 さっきのショウのビリビリとは強さが違う、詠唱もナシの氷魔法。歯を食いしばりながら目を開けると、銀髪オールバックがまた犬歯を見せた。


 「死にたいか、死にたくないか。それだけ選べ」

 「…ぐ、…っ、……ん、なの…死にたくないに、決まってんだろうが!」


 ラエア、ラエア!こんなときに発動できたらこんな氷、屁でもないってのに!何度念じてもやっぱり発動しない!ここで俺が歯向かうのはやっぱり得策じゃねぇってことかよ…。

ギラギラの赤い目に吐き捨てるように答えたとき、また急に部屋が暖かくなった。いや、ちょうど良くなったって感じの…。同時に俺の腕にガッシリ固まってた氷が融け、俺の腕が自由になる。…いてて、肌が紫になってんじゃねぇか。


 オールバック野郎は満足げに鼻で笑い、悠々と歩いて部屋のソファに座った。「緑茶」と呟くと、シャムロック三兄弟が敬礼をして部屋をバタバタ出て行く。…め、召使い?

んでもこいつが本当に魔王なら、と考える。一部紫になった腕と野郎をちらちら見てると、すぐに三兄弟が戻ってくる。…あれは、急須と湯呑?あれ、シエゼ・ルキスじゃ高価なんだよな。俺も市場でしか見たことない。

茶葉が入った缶を受け取ると、野郎が三兄弟に比較的優しく微笑んだ。…比較的、優しくな。ガラが悪く見えるのは変わらない。


 「悪いな。トルメルさんの監視係、ご苦労さん。また後で報酬を贈るぜ」

 「「「はいっ!」」」


 ちっちゃい少年たちが部屋の入り口でピシッと背を伸ばしていいお返事。それから俺を見て口々に叫んだ。


 「トルメル!また遊びに来るから覚悟するのだ!」「次はトランプだぜ!」「クイズもするからね!」

 

 ドタタタタ…。…去って行った。速かった。あいつらすっげぇ足速いんだな。俺はまだベッドの上に座り込んだまま、呆然と扉の向こうへ去るシャムロック三兄弟を見送る。…そして、ため息。

どうやらこいつが魔王じゃないとしても、よっぽど上の立場の奴らしい。開いたままの扉を物言いたげに見つめてると、すっくと野郎が立ち上がって俺の傍に来た。…な、なんだよ。


 すっと差し出されたのは…ゆ、湯呑。青と白の陶芸、これは芸術的価値もありそうな…と思いながら、湯気をほわほわと出すそれを見つめる。飲め、とオールバック野郎が勧めてくる。


 「飲めよ。俺様の最近のお気に入りドリンクだ」

 「俺、ミルク紅茶派」

 「お子様だな、トルメルさんは」


 ムカッ。つか、さっきからトルメル『さん』って言い方が非常にイラッときます。…こいつもニコラ並のムカつき加減だ。いや、ニコラより酷いかも。

それでもリョクチャなんて普段飲まないからちゃっかり貰って飲む。…うお、不思議な味が…。けど、けっこうイケる。その温かさと不思議な香りにほっこりして表情を緩めてると、またあいつがニヤァ、と口が裂けるような笑みを見せた。


 「…なんだよ」

 「いや、魔族連中はこの味の良さをなかなか分かってくれねぇ。この渋みがいいんだよ」

 「お茶マニア?」

 「珍しいモンが好きなだけだ」


 またそいつはソファにふてぶてしく座り、自分の分の湯呑を手にする。あのギラギラした攻撃的で威圧感のある目が少し和らぐのが分かり、俺は少しだけそいつから目を逸らした。

…しばらくはコイツの話に付き合おう。それで、自分がどうなるのかを…状況を知らないと。

 俺はできるだけ敵意をなくして、けどフレンドリーにはなれないからぽつりと小さく呟くように聞いた。 

 

 「…何て呼べばいい?」 

 「魔王様」

 「お断りだ。もっとマシな名前ないのかよ」

 「…ならトルメルさん、お前が付けてくれればいいぜ」


 面白がってるな、こいつ。俺は空になってない湯呑を一瞬投げつけようかとも考えたけど…、そうだ、湯呑に罪はない。ここは素直に見た目からニックネームを考えてやろう。

俺はすんごく真面目な顔をして、部屋をぐるっと見まわしてからふーむ、ともったいをつけて唸る。そして、キリッと目を開いて…命名!


 「オールバック野郎!」

 「……。…ゾイロス・ノイマーティア・イスベルグ。ゾイ様でいい」

 

 さりげなく俺のニックネーム案が却下された件について。…いいよもう、なんかマトモな名前聞けたし。様はつけないけど。

ゾイが湯呑をテーブルに置いて、俺を見た。野性的で精悍な顔つきは自信に満ち溢れ、それこそ絶えることなく溢れ続ける泉をなんとなく思わせた。


 「トルメルさん、名前は?」

 「ありますー。ステイトだ」

 「…そっちじゃない。本名を聞きたい。…トルメルには大事な本名がある、それについては知っている。この俺様が名で呼ぶことを許したんだ、お前も教えて当然だろうが」

 「ヤです」


 キッパリお断りします。俺はベッドの上でぷいっと顔を横に背けた。…けど、ゾイは本名なのか。…トルメルについて知ってるってのは、過去に魔族がトルメルを捕らえて研究してたからだろう。

だからこそ俺を『魔法が効いてしまう体質』に変えることができているし、トルメルの力を封じることもできてる。随分魔族は研究熱心なんだな、と部屋の天井を見ながら俺は口の中で舌打ちした。


 「…一応、お前の身を預かるのはこの俺様だってことを理解しとけよ」

 「頼んでないもん」

 「…議会の意見は、トルメルであるお前を殺すのと生かすのと半々だ。危険になりかねないから殺すのと、新たな謎の解明をするために実験材料として生かすのと。

  一方俺はまた違う目的でお前を生かしたい。その理由はさっき言った」

 「…?」

 「珍しいモンが好きなんだよ」


 …俺、ペットじゃないんですが。


 反論したいのをぐっと押さえて、続くゾイの言葉に耳を傾ける。


 「俺はまだこの体になって一週間も経たない、新たな魔の王だ。だが、歴代の魔王の記憶と記録、知識はすべて受け継いでいる…魔の王。姓にこの魔界、ノイマーティアの名を名乗ることが許された唯一の存在だ」

 「ノイマーティア?」

 「この世界は大昔にノイモントという災害に食いつくされ、不安定になった。ノイモントの浸食した世界、だからノイモンティアと呼ばれていた。それが時代が流れて訛って、ノイマーティアになってんだよ。

  俗に魔界と呼ばれるこの世界・ノイマーティアを代表して統べる者…つまり魔王にはこの世界の名を名乗る権利があるっつーわけだ」

 「…本当に魔王なのか」


 さっきからそう言ってんだろ、とゾイが俺に赤い目を向けた。…やっぱ頭突きしといて正解だったな。この後魔王を殴る機会なんてなかなか巡ってこなさそうだし。…俺は正直なところ、大して驚いてない。だってもう、いろいろパンクしてんだ。

多分今からゆっくり休んでまた明日になったら、『えぇーっ!?お前が魔王!?うわっ、俺、頭突きしちゃったー!』ぐらいには思うんだろうけど…。いや、思わないか。


 それで、とゾイがまた立ち上がる。空になったらしい湯呑を机に置き、俺の方へ歩いてくるとベッドの端にゾイが腰掛けた。ぎし、と真っ白でふかふかなベッドが揺れる。


 「魔王である俺なら、小うるさい議会を黙らせることもできる。この俺様がお前の話を聞いて、多少は譲歩してやってもいいと言ってんだ。殺されるのと実験材料になるのと俺の傍にいるのと。どれがいい」

 「…まぁ、マシなのはゾイにつくことかな」

 「ゾイ様、だ。…なら、このノイマーティアで過ごす間は俺に恩を売るべきだと分かるな?…他の奴には言わないと約束してやるから、お前の本名を教えろ。トルメルさんよぉ」

 「…」


 俺には鎖がついてるから逃げ場はない。ここでゾイの機嫌を損ねれば、ゾイが俺に興味を持たなくなればきっとアッサリ俺は殺される。そうでなくともやっぱり魔界の議会は俺をよくは思ってない。…そりゃ当然だ。

目を閉じ、もう一度考える。俺のすべきこと、それは一刻も早くシエゼ・ルキスに戻る、それかこのまま魔界に残って情報を集めてから魔界を抜け出すこと。

 できるだけ早く戻りたいのはやまやまだけど、今の状況でそれが叶うとも思わない。俺に魔法が『効いてしまう』以上、これでも魔王であるらしいゾイに逆らうのは不利だ。…仮に撃退できても次の魔族が来る。


 …ここは焦らず機を待つしかねぇか。……仕方ない。俺は目を開き、ゾイの顔を少し下から覗き込むように睨んだ。



 「俺のもともとしてた装備、ちゃんと取ってあるんだろうな」

 「俺が管理している。装備品、武器、服、全て鍵付きの宝箱に入れて自室に置いている」

 「…分かった。…絶対に他の奴には教えるなよ」


 ゾイがまた犬歯を見せてニヤッとする。これは多分クセなんだろう、けどその迫力は相手を怯ませるのに十分だ。…お、俺だってちょっと怯えてる…のは気のせいだ気のせい!

俺は近くに座ったゾイに、好意的とは言えなくとも『共犯者』になったような気持ちで片手を出した。

 

 「テレステイア、だ。よろしくな、ゾイロス『さま』」

 「…なるほど、な。トルメルの言葉ではその名が何を意味するのかは知らないが、古代ノイマーティア語に該当する言葉があるぜ」

 「え?」


 ゾイがまた笑む。面白いものを見つけた、とその横顔がありありと語っていた。

 

 「テレステイアは、古代ノイマーティア語では『創生の主』だ」


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