62 遠ざかる波の音
夜にもなると、もうエルマノスの皆さんの盛り上がりっぷりは正直異常だなと俺は思いました。
…。
『おらァ少年!食えよ食えよー、もっと肉つけろ!』
『あーら、よく見たらカワイイ顔じゃないの少年。お姉さんたちと遊びましょー?』
『これ飲んどけ少年!安心しろ、海のヘビから煮出したスタミナのつくジュースだ!』
『アンタ、ニコラの連れなんだろー?ってことはアンタも戦ったら強いんじゃないのかい?俺と戦おうぜ!』
『一発芸大会、お前も参加するよな?主役クンよ!』
…。さっきから俺、エルマノスの皆さんに囲まれてるんだけどどうすればいいんだよ!しかも一部、酒臭い!ぎゃあああ俺の腰に触れるな!お姉さん誘惑するな!オッサン、俺はゲテモノは食わない!俺は戦わないし一発芸もしない!!
「やめてくれ!俺はこの目の前にある野菜サラダを満喫したいんだってば!」
「ステイト君、いちいち相手にしなくてもいいのよ」
だぁーっ!と耐えきれなくなって叫んだ俺に、隣で肉を切り分けてたミンミが声をかけてくれた。あぁミンミ、その優しい笑顔が俺にとっての一筋の光だ…!と思ったのに。
「けどせっかくの宴会だから!ほら、ステイト君も一発芸ぐらいやろうよっ!」
「そんなの俺にはないから!」
俺がこんなにもギャアギャア叫びまわっているのは決して俺のせいじゃなくてエルマノスのギルドメンバーのせいなんです俺は悪くないです!ったく、なんで俺とニコラの送別会名義でこんなに騒ぐんだよ皆さん…。
ベルータさんの気合いの入ったご馳走、ラグリマたちが昼に釣ってきてくれた新鮮な魚、会場を盛り上げるために始まったゼツイさんの琴の演奏やギルドメンバーの踊り子さんの舞…最初は良かったんだ。俺もわくわくしてたよ。
けど今の惨状はなんだ!もう日が落ちて宴会が始まってから数時間経つけど、最初はおとなしくモリモリとご飯食べたりお酒飲んでたギルドメンバーの皆さんがどんどんテンションあがってきて…。
一方俺はひたすらベルータさんの特製のご馳走に目を輝かせ、まったりのんびりお食事を…と思ってたのに案の定ギルドメンバーに絡まれてます!助けて!
美人なお姉さんに頬を突かれたり、食べかけの骨付き肉を差し出してくるお兄さんがいたり、何かゲッソリした色の瓶を押し付けてくるおっさんがいたり、もうキリがねぇ!
皆こんな感じなのかよ…?ほ、他の奴らは…。
ちら、とこの会場となった拠点の中でもワァワァ盛り上がってる方に目を移すと、ラグリマが手拭いをつけて変なダンス踊ってるし…。
『でたー!ラグリマ一発芸、ドジョウすくいだー!』『前の時はトランプタワー作ってたよね』『芸達者だな…』
「ほんと何やってんだラグリマ…」
「いいじゃないの!フーゴさん、こういうときに大活躍なの」
遠目に見守る俺とミンミ。ミンミが俺にしつこく絡んできたギルドメンバーをアッサリ散らせてから疲れたように息をつき、笑ってみせる。
「…ね?皆、楽しむことに必死なの。いつもこんな感じで、誰かの誕生日の時とかもこうやって大騒ぎするの」
「疲れねぇか?毎度毎度…こんなご近所迷惑なレベルで盛り上がっちまって」
「あはは!エルマノスだけじゃなくて、ロロターナの皆ならこれぐらい盛り上がって当然なのよ!」
さ、さすがロロターナ民…!これぐらいの宴会、なんてことないみたいだ。確かに準備の時も、マスターに一喝されてからは皆慣れてるように手際よく準備してたし、まだ誰もこのどんちゃん騒ぎに疲れた様子を見せてないな…。
俺はちょっと疲れたぞ?美味しいご馳走貰って、ちょっと皆に挨拶する機会があれば挨拶して、明日のためにも早く引き上げて寝るつもりだったけど…。
なんだか、まだ寝かせてもらえそうにないな。
俺がミンミの言葉に返事しようと口を開いとき、ワーッ!と更に一発芸大会の集まりが盛り上がったのが聞こえた。何事だ?今度はラグリマが逆立ちしながら座布団でも回すのか?
と、ミンミと同時にそっちの方を見て…ミンミは声を上げ、俺はポカーンとした。
『次はニコラにーさんの参加だぞー!』『来たぞ主役ー!』『おぉ、期待させるねぇ』
に、にににニコラさん!?え、お前いつの間に帰ってきてたんだよ、つか何で一発芸大会に巻き込まれてんだよ!?
俺は目を剥き、ミンミは俺をつんつんと突きながらにっこりして状況を見守る。ニコラは…お?なんか袋を持ってる。そこから飛び出て見えるのは…あれは綿と布か?
「ね、ステイト君、せっかくだし見に行こうよ?」
ミンミは疑問形で俺に聞きながらも既に俺の手を掴んで集団の方へ歩き始めていた!俺に拒否権ないのかよ!あっというまに広いロビーの一画で行われてる一発芸大会まで連れ出され、他のギルドメンバーの陰から俺もニコラを見た。
ニコラの隣ではラグリマが手拭いを外しながらニコラに話しかけてるのが見える。
「んで。何を準備してきたんだァ?」
「さっき夜の市場を見に行ったら、質のいい布を見つけたんだ。それで今から、人形を作ろうと思う。…つまり早縫いだ」
「ぶっは!ニコラにーさん、意外な一面見せてくれるんだなァ!お前ら、瞬きせずに見てろよォ!」
ニコラ、お前何をキリッと言ってんだ!お前どう見ても裁縫とかできるキャラじゃねーだろ…料理でさえ壊滅なのに…。ここで地獄の生き物みたいな人形作り上げたところでギルドの皆に引かれるだけだぞ…。
意外ー、と隣でミンミが声を上げてるけど、いやもう期待しない方がいいって…。俺はニコラが椅子に座って準備するのを呆れた表情で眺めた。
あぁもう、ギャラリーのギルドメンバーたちはすっごく期待してる眼差しでニコラを見つめてるし!俺はもう居たたまれない…。
はぁ、と俺がため息をついたと同時にラグリマが開始のベルを鳴らした!どーせニコラのお裁縫なんて料理のレベルで酷いに決まって…、
―――シュババババババッ!
「って何だアレ!?」
「うわー!シフィルハイドさんすごいー!糸が…針が踊ってるみたい!」
俺は再び目を剥いた!ちょ、お、おい何だこりゃ!ミンミの呟きはまさに正しく、ニコラはすごい勢いで布と布を糸で繋ぎ合わせて綿を詰め込んでいく!驚いたのはもちろんラグリマや他のギルドメンバーも同じで、ウオーッと声が上がった!
しかもちゃんと形になっていくぞ!?ニコラは他の音など聞こえてないようで、その集中は途切れず瞬き一つしないで手を動かし…。
ダンッ!
「できたぞ!」
『うおーっ!』『速すぎだろ!うちの女子メンバーで裁縫得意な奴でも敵わねーぞ…!』『ニコラ…あの男は何者なんだ…』
ニコラが音をたてて立ち上がり、その手にある人形を天へ掲げた!あ、あれは!まさしく…っ!
「「「テディ・ベアさん!」」」
俺たちの、つまりニコラの超裁縫術を呆気にとられて見つめていた全員の声が綺麗にハモった!ニコラが目を閉じ、フッと微笑む。
「特徴はこの口の部分を微妙にアレンジしてあることだ」
『お、おぉ…これは並のクマぬいぐるみではない…この微妙にほくそ笑んでるような口は…!』
『この目の刺繍の調整も…!』
『謎のふてぶてしいポーズも…!』
『テディ・ベアと普通に呼ぶには恐れ多い!これこそ、ハードボイルドダンディ・テディ・ベアさん!!』
―――ワアアアアァアアアッッ!!
…。……。あれ、ここって闘技場じゃねーよな?この大歓声、まるで無名の剣士がチャンピオンを倒したときの歓声みたいだ…。…って、現実を見ろ俺!男も女もオッサンも!皆の視線の先は!ハイッ、クマぬいぐるみ!
「ってなんでだよ!?俺まで場に呑まれるところだった!」
「何だステイト、欲しいのか?俺の自信作だ、名前は自由につけろ」
「いらねーよバカニコラ!」
ニコラが上機嫌で俺にテディベアさんを突き出してくるのを押し返しながら叫ぶと、ニコラが少し困ったように眉を寄せて小さくつぶやいた。
「…もう少し可愛い方が良かったか…?」
「なんでお前そんなにクマぬいぐるみについて情熱的なんだよ」
こいつ、やっぱりクマぬいぐるみ好きなんだ…。部屋にもリボンついてるのが飾ってあったし、エッケプレの屋台でも欲しいとか言ってたし…。…人の趣味って分からねぇもんだな…。
と俺が呆れて目を半開きにしてると、ミンミがぐいぐいと俺を突然前へ押した!うわ!?
「ミンミ!?」
「はいはーい!シフィルハイドさんが出たんだからステイト君も何かやってみるべきだよね!」
「おっ、ミンミちゃん言うこというなァ!ステイト、ここで何かしとかねェと後悔するぜ!」
「お、おいっ!お前らー!」
ミンミとラグリマの声に、他のギルドメンバーも調子に乗ってそうだそうだと声を上げてくる!ちょ、ちょっと待ってくれよ俺何も思いつかない…!だいたいこういうのって事前に知らされて準備するようなモノだろ!
けど必死に反抗するも虚しく、ズルズルと俺は前に引き出された。…うぐぅ…。…ど、どうしよう。
いきなり一発芸なんて言われても思いつかねーって!けどここでせっかく盛り上がってる皆をしらけさせるのも申し訳ないし…!
何かないか、何か、…と俺は慌てて辺りを見回す。大きな木の箱、小麦粉の入った袋、錆びたもう使えない武器の山、…うーん、何か使えそうなものは…。
ふと、まだテディベアさんをまじまじと見つめてるニコラがこっちを見た。ちょうど目が合って俺はあっち向け、と手をだしかけて……あ、そうだ。
そのまま出した手をちょいちょい、とする。ニコラが首をかしげながら、テディベアさんをそっと近くのテーブルに置いてから俺の隣に来る。おぉ、と期待のこもった歓声が周りから上がる。そ、そんなに期待するなよ!
「どうした?」
「ちょっと手伝ってほしいんだけどよ」
こそこそ…ひそひそ…。少し屈んでくれたニコラの耳元で俺の計画を小声で話すと、ニコラはすぐに頷いた。俺は拠点の壁際に並べられたデカい木箱を指さし、ラグリマに聞く。
「なぁラグリマ、あの木箱…まだ使うやつか?」
「あ、あれは明日捨てに行くやつなんだわ。使うなら好きに使っていいぜ」
おっしゃ。俺一人どころかもう一人、二人ぐらいは入れそうな大きな木箱をズルズルと引っ張り出し、皆の前に持ってくる。ゴト、と蓋を開けてそれをニコラに渡しながら俺は周りに説明した。
「じゃ、手品だ!俺が今からこの木箱の中に入る、んでニコラに魔法でこの箱を派手にぶっ壊してもらう!もちろん中にいる俺ごとな。俺はそこから無傷でまた現れる!って感じの」
「おいおい、ステイトよォ。ニコラにーさんが手加減したら、」
「それはない」
俺、即答。す、とニコラの方に手を向けると…うわ!ほんとに手加減する気ないなコイツ!ニコラの右手の上には真っ暗闇の閃光を散らす魔法のボールが浮いている…!ニコラも涼しい顔で言う。
「この闇魔法は対象とした範囲をそのまま闇に包み、集中した闇の魔力で範囲内を圧迫する魔法だ。俺がこれを発動すれば、箱は粉々になるし中にいるこのバカガキの命はない」
「おいバカ言うなバカニコラ」
「え、それやばいんじゃねーかァ!?す、ステイト、無茶は…!」
「あー、大丈夫大丈夫。タネも仕掛けもあるから手品なわけで」
ラグリマ、本気で心配してくれてる…!ミンミも口を手で覆ってハラハラとこっちを見守ってくれてるみたいだ。他のギルドメンバーもざわざわと囁きあっている。ふふん、驚くがいいぜ!俺の『実はタネも仕掛けも何もない』手品に!
よっこらしょ、っと!けっこうこの箱デカイな。俺が木箱に入るとすぐにニコラが蓋を閉めた。うわー、真っ暗だ。外からザワザワと落ち着きのないギルドメンバーたちの声が聞こえるけど、ニコラが気にせずカウントダウンを始める。
「それでは、始める。5、…4、…3…2…1………、トルトゥーラ!」
―――バキバキバキバキッ!
『うわあああっ!?』『ちょ、いきなり!?』『しょ、少年ーっ!』『ステイト君っ!!』
……。………。シュタッ!
「どやっ!」
『おおおおっ!?』『ぶ、無事だぞ少年!』『しかも無傷!?』『ど、どうなって…!?』
ジャンジャカジャーン!俺、見事生還!突然目の前が真っ暗闇になった時はちょっと焦ったけど、箱がバラバラに砕け散った瞬間には俺はすっくと立ち上がって決めポーズ!
ふっふっふ、俺の体質も便利だな!そんなえげつない闇魔法存在するのかよ、とひしひしと感じさせられたけどそれが全く効かないんだなこれが!周りがウオオオッと声を上げた!
『ど、どうやったんだ!?』『あんな魔法をまともに受けて無傷なんて!』『やっぱにーさんの連れだな、普通じゃねぇ!』
「な、だから大丈夫って言っただろ…あいたっ!」
「ステイトーッ!このォ!心配させやがってェーっ!」
「そうよそうよ!どんな仕組みなのっ!?」
突然ラグリマがチョップ入れながら肩を組んできて、頭をグリグリされる。ミンミも素早く駆け寄ってコナゴナバラバラの木箱を見つめて唖然としてる…ふふふ!良かった、ちゃんとネタにはなったみたいだな。
「手品だからな、仕掛けは企業秘密だ!」
「えーっ!?…でも、すごかったー!シフィルハイドさんも手加減してなかったし、私、もうどうなるかハラハラしちゃった」
「本当によォ!…さァ、こんなすっげェ手品見せられた後に、我こそはと一発芸のできるやつはいるかァ!?」
『いるわけねーだろうが!』『どんなプレッシャーよ!』『もう一発芸ってレベルじゃないだろ!』
ラグリマの声に、周りの皆が叫んだ。その様子を見ながら笑ってると、ニコラがそっと近寄ってきて小声で俺に聞いてきた。
「…いつまで参加するつもりだ?」
「あ、そっか。明日出発だもんな…今何時だっけ」
「まだ日付が変わるまで一時間ほどあるが、明日の朝も早いぞ」
「…うーん、キリのいい時に抜けられたらいいけど…」
そうだった。こんなに騒いでるけど、俺…明日にはもうロロターナを発ってシエゼ・ルキスに帰るんだ。あまり夜遅くまで騒いで疲れて、明日に起きれなくなるようじゃマズいよな…。
今なら抜けられるかも、と思ってミンミやラグリマたちの方を見ると…アレ。なんだかミンミたち…いや、全員が静まり返ってた。ん、とニコラも顔を上げて…黙り込む。
皆の視線の先には、ドッコラショイと言いながらものすごい量の瓦を運んできたギルドマスターの姿が…!こ、これはまさか…。
「若い奴らが一発芸大会してるんだからなぁ。ここはいっちょ、マスターの俺も…瓦割りなんかでどうだぁー?」
…まさかの一発芸大会、マスターも参加かよ!こ、これならギルドの他の皆も文句は言わないはず…って、あれ。何か皆、一歩後ろに下がってる…?
「ステイト、とにかく下がっときなァ」
「え?」
俺がラグリマの小さな声に首をかしげたとき。
「ふんぬっ!!」
―――ドガッシャアアアアンッ!!
…そのとき俺は衝撃波を感じた。うん、冷静に紹介していこう…。俺、ラグリマの声に振り返る。同時にマスターの気合い入れの声が聞こえる。すぐに瓦がすごい音を立ててマスターのどでかい拳に砕け散り…。
後は想像に易いはずだ。マスターの勢いはあの量の瓦を割ったにもかかわらず!全くかかわらず!木の床をメショッとへこませたうえに衝撃波まで出してビィンッと周囲に伝染する!
あらかじめ予想してたのか他の奴らはーっ!すっかり不意打ちにこの衝撃波を食らうことになった俺は衝撃波に吹っ飛ばされ…っ、うおっ!?
「ニコラ!?」
「世話が焼けるな」
よろめいた俺の腕をニコラの手がガシッと掴み、支えてくれる。あ、危なかったー!あのままだったら本当に吹き飛ばされてた!実際、後ろを振り返ると…あぁ…料理の並べられたテーブルの上がメッチャクチャになってる…!
フ、と衝撃波が鎮まり、マスターがふぃーっと息をつきながら体勢を整えたとき。…ようやく冷静にこの場を見回してみると…。…なんということでしょう。
まず、綺麗に装飾が施されてた壁はボロボロに!そしてあの美しい彩が並ぶ料理が置かれたテーブルもごちゃごちゃのメチャクチャ!コロコロと転がった水入りのグラスが次々に地面に落ちて割れていく音は楽器か何かかと!
ピタッと俺たちは全員動きを止め、冷や汗だ。…ど、どうすんだよこの状況…!ぽつり、とマスターがつぶやく。
「…気合い入れすぎたか?」
「入れすぎにも程があるだろォーっ!」
ラグリマが叫ぶと他のメンバーたちが現実に戻って、うわー、と思わず全員が同時に声を漏らした!俺もニコラに腕を掴まれたままフリーズして、ぽつりとつぶやく。
「これ、後片付けがしんどそうだな…」
「あ、あぁ…」
ニコラもそのままフリーズして……、あぁ、と虚ろに声を上げて俺に囁いた。
「今のうちに抜けるぞ。片づけを手伝っていたらそれこそ寝れなくなる」
「お、おう…!…ってなわけで!料理美味しかったです!一発芸大会もそこそこ吃驚仰天のスーパーパフォーマンスだったし!今日は俺たちのためにありがとうございましたーっ!」
俺はキリッといい表情を作って大声で周りに伝える!ニコラもさりげなくちゃんとテーブルの上に置いていたテディベアさんを回収して、ビシッと姿勢よく立つ。あァーっ、とラグリマの声が!
「ステイトたち、逃げるつもりだなァ!綺麗にまとめたって無駄だ、逃がすかァ!まだゼツイが帰ってきてなくてただでさえ人手不足なのによォーっ!」
「いやいやいやいや!俺たち明日の朝にはもう出発だからさ!後のことは任せるぜ!」
「逃がすか若造共!これをベルータが見たら…!」
「ギルドマスター、あんたがやったことでしょうが!ベルータさんに怒られたって俺たちの責任じゃないってば!い、行くぞニコラ、撤退だーっ!」
ドダダダダッ!
俺とニコラ、全力ダーッシュ!逃がすな、追えーっ、と結構マジな声が後ろから聞こえてくるんだけど!何で俺たちが巻き込まれなきゃならねぇんだよ!?
後ろから飛んでくるフォークや皿を素早くよけながら必死に出口まで走り、木の床を蹴る!ドバタンッと入り口の扉を開き外に飛び出る!、と…!
ちょうど扉の外にはベルータさんが!手に食材があるから、もしかしたら追加で買い物に出ていたのかも…!ベルータさんは慌てた様子で飛び出てきた俺たちに、首をかしげてにっこりする。
「あら?ちょうどお開きになったのかしら?今、デザートの材料を買って来たのだけれどー…」
「すみませんベルータさん!俺たち、実は明日の朝、早くて…もう寝なきゃ起きれなくなります!」
「まぁ!じゃあ宿に戻ってゆっくり休んで!デザートは明日の朝に用意するわ」
「ありがとうございますおやすみなさい!」
早口の説明にものんびりと微笑むベルータさん…!あなたが今から拠点に入って目にする光景は大惨事パート2です…!とは言えないから、すぐにお辞儀して去り、もうすっかり夜も深まった港町の石畳を走り、宿へ!
え?なんか宿に入る前に拠点の方から『うぎゃああああ!』ってギルドメンバーの悲鳴が聞こえてきたり、ベルータさんののんびり声で『まぁ、暴れたのねー…覚悟はできてるわね?』とか聞こえた気がするのは気のせいだ!
―――ドガッシャアアンッ!
…。……。やっぱ気のせいじゃなかったみたいだ…。
**
とりあえずあの後、エルマノスの皆と拠点がどうなったかは深く考えないことにして俺たちはさっさと寝ることにした。寝る前に軽く明日の朝のことを打ち合わせて、な。
だけど今、俺は布団にもぐりこんでだいぶ経つのにまだ寝れないでいる。まだエルマノスの拠点の方からは賑やかな声が聞こえていたけど、寝れないのはそのせいじゃない。
どうも落ち着かないというか…。窓から入ってくる海の匂いも、波の打ち寄せる音もすっかり馴染んで…、これが明日から感じられなくなると思うと改めて寂しいんだよな。
やっと王都に帰れるってのに…、ここでいろんなことがあったからだな。ラグリマとの出会い、ミンミやエルマノスの皆とも…あと塔守の婆さんやティグレさんも。レリアさんやジョエルもそうだし、出会った人が多かった。
もちろんあの貴族で魔族なロランドっていう困ったさんもいたし、人魚の兄妹や……婆さんに貰ったエレアフェンさんの日記も。知ったこと、出会ったこと、過ごした時間が短くても俺にとっては濃い滞在期間だった。
終わっちゃうのか…。
…なんて、しんみりするなんて似合わねーぞ!いつでも遊びに来ることなんてできるし、次は他の…ヨーウェンさんやシルたちも一緒に来るんだ。ロロターナ、いい町だったってちゃんと帰ったら伝えなきゃな。
「……」
最後に一目だけ、海を見たくなった。そっと俺はベッドから抜け出して、窓際へ音と気配を消して歩く。ちら、とニコラのベッドを見ると…あ、寝てる。
ニコラは目を閉じていて、少し開いた口から息が漏れていた。普段より少し若く見える寝顔とベッドのそばにあるテディベアさんに思わず笑いそうになりながら、俺は窓枠の傍に立った。
少し遠くから波の音が聞こえる。不思議に懐かしくて落ち着く、海の鼓動の音。ふわりと漂うツンとした海の香り。…見に行こうと思ってたけど、なんか満足しちまった。
今度来たときは泳いでみるか、と思いながら俺はまた自分のベッドに戻り、腰掛ける。ぎし、と床がきしみ、また俺は反射的にニコラを見た。…よ、良かった。起こしてないみたいだ。
さぁ、俺も寝なきゃ。いくら今から退屈な馬車旅だからって、疲れた状態で乗り込むとさらに気分が悪くなるからな…!
布団に入って目を閉じ、海の波の音に集中しているとあっさりと眠気が襲ってきて…よく眠れそうな気がした。
**
翌朝はニコラに起こされた。いい加減起きろ、と布団を剥がされたところから俺の朝は始まる。なんだよ人が気持ちよく寝てんのに、と思いながら起きると開けっ放しの窓から朝の匂いが流れ込んでくる。
すぐに着替えたり準備したりしてると目はちゃんと覚め、まだ少し早い時間だけど食堂に下りた。
ベルータさんはもう起きていて、にっこりと微笑んで朝ご飯を作ってくれる。…き、昨日あの後何があったかを聞くほど俺はバカじゃないぞ!ありがたく野菜サラダとパン、焼き魚、あと木の実のゼリーをもらう。ぜ、絶品だこのデザート!
食べ終わった頃にはもう馬車が出るまで残り20分。急ぐ俺たちにベルータさんは、いつも通りに送り出してくれる。
「またいつでも遊びに来てね、皆喜ぶわー」
「ありがとうございます!また…今度はもっとゆっくりできるときに!」
宿の入り口で手を振って俺たちを見送ってくれたベルータさんに手を振り返し、俺とニコラは急ぎ足に朝のロロターナを歩いた。まだロロターナの朝市場も開いてないような時間なんだ、…そんな時間に見送ってくれるなんて。
心の中でベルータさんに感謝しながら進むと、馬車乗り場に着いた。ニコラについて行ってみると、一台だけ小型の馬車が用意されていた。馬も一頭だけ…って、運転手さんは?他に誰の姿もない広場で、俺は辺りを見回した。
「なぁニコラ、運転手さんまだかな」
「いや、俺がやる。お前は後ろで荷物番だ」
「は、ハァ!?お前が!?」
に、ニコラ、お前が運転手!?コンパクトな荷台に荷物を積みながら、ニコラが俺を振り返った。
「コスト削減もあるし、他の乗客もいないから寄り道もしないだろ。安心しろ、俺は馬の扱いには慣れているしこのタイプの馬車は何度も乗っている」
「え、あ、…だったら出発時間も何もないだろ、もっとゆっくりしたって良かったんじゃ…」
「…長くここに留まれば、だらだらと出発が遅れていくだろうが」
ニコラのため息交じりの声に俺は納得した。そうだよな、挨拶とかしてたらキリがないし、どんどん離れづらくなるよな…。
ちゃんとした別れの挨拶もラグリマやミンミ、ゼツイさんたち…いろんな人に言えてない。手紙でも残しておけば良かった、と今更後悔しちまう。けどもう連絡先は知ってるし、王都に着いてから手紙書けばいいか。
ニコラに促されて俺も馬車に乗りこむ。ニコラは馬のご機嫌をとりながら前に座り、……あれ。出発しないのか?
すぐに動き出すと思った馬車は動かない。なんだ、と前へ乗り出した俺にニコラが、後ろだ、と小さく言う。…ん、何だろう?
そっと俺が振り向くと。
「ステイトくーん!本当に朝、早いんだからーっ!」
「ミンミ!?」
「おいおい、俺のことも忘れんなァ!つかミンミちゃん足速いなァ!」
「…ラグリマも…」
街角から全力疾走してきたのはミンミとラグリマ!すぐに広場に着いた二人は、俺の乗った馬車の傍に来た。…み、見送りに来てくれたのか!
「もう!まだちゃんとお別れの挨拶言ってないよね?寂しいじゃないの」
「そうだぜ、水臭ェ!結局昨日も真夜中まで奥さんに叱られるしよォ、アンタらは黙って行こうとするし!」
「わ、悪かった…。言う暇なくて、…その、ありがとな。こんな朝っぱらから」
ミンミは今日はまだ、あの空色の髪をくくってなかった。いつも三つ編みにしてるからだろうな、すっかりクセがついた長い髪がふわふわになってる。ラグリマも短い髪がぴんぴん跳ねてる。…慌てて起きて来たんだ。
ちょうど俺が両手を合わせたとき、ゴォーン、と深い鐘の音が鳴った。ロロターナ名物、朝の目ざましの鐘だ。この音でロロターナ民は起きて、あと一時間もすれば朝市が始まる。
けど、今日はその目ざましの鐘の音に加えて、何やら楽しげな笛と琴の音が聞こえてきた。お、とラグリマが音の方を見る。
「あの音、ティグレとゼツイだな。結局ゼツイの奴、昨日は帰ってこなかったんだわ。大方、久しぶりにティグレとずっと今まで楽器でもやってたんだろうなァ」
「またゼツイさん、ティグレさんと戦うって言ってたぜ。決着がどうなったかまた手紙でも書いて教えてくれよ」
「よォし、俺が魂込めて書いてやる!」
ラグリマがにやっとして拳を作る。ミンミはその隣で笑ってた。
「私もリラさんとナギリさんが仲直りしたって聞いてほっとしたの。…どう?ロロターナは楽しかった?」
「もちろんだぜ!また…こっちの事情が落ち着いたら遊びに来るよ。な、ニコラ」
「あぁ」
ニコラも馬をなだめながら答えた。ラグリマが笑ってニコラに拳を突き出す。
「今回はニコラにーさんに負けちまったからなァ、次ににーさんが来たときは負けないように俺も修行しねぇとなァ」
「俺も…ギルド・エルマノスの一人であることを忘れないように修行しておこう」
ニコラはラグリマの拳に、ガツンと自分の拳をぶつけて言った。少しの沈黙が降りると、ニコラが俺に少し遠慮がちに声をかける。
「ステイト、…どうする」
「あぁ…。…ラグリマ、ミンミ、ありがとう。絶対またエルマノスに行く。おやっさんにもよろしくな」
「おうよ!任しとけ!アンタも頑張りなァ」
「ステイト君も、シフィルハイドさんも!気をつけてね」
ラグリマとミンミが手を振るのを見て、ニコラはゆっくりと馬を走らせ始めた。ガララ、と馬車の車輪が動き始めると俺は身を乗り出して後ろを見る。二人は明るい表情で俺たちを見送ってくれていた。…さ、寂しくなんて!
俺と目が合うと、二人が静かな朝の広場で叫んだ。
「ばいばーい!また来てね!」「待ってっからなァ!」
「…ありがとう!元気でーっ!」
ガラガラ、と車輪は回る。馬も走る。前を向くニコラの表情は見えないけど、ニコラだって少しは寂しく思ってるはずだ。…これで、俺たちの南国旅行はおしまいなんだからな。
どんどん遠くなる二人の姿を俺は見つめたまま、ずっと手を振り続けていた。朝日が昇って光が差し込み、広場を強く照らしたときに二人の姿はもう光にかき消されてしまったけど。
「…ニコラ。また、来られるよな」
「お前がそう望むなら、いつでも」
シエゼ・ルキスへと走り始めた馬車は止まらない。王都へと続く道は、まぶしい南国の朝の光に照らされている。あぁ、お別れなんだ…港町ロロターナ。すっげぇいい町だったぜ。
波の音は遠ざかっても、俺の耳の中で響き続けていた。




