59 大会の結末
じりじりと焦がすような日差しがロロターナの昼の広場を照らす。けど、観客は画面の中の光景を見守るだけで、汗が流れ落ちるのも気にしない。
俺もミンミも例外じゃない。どうなるんだよ、と小さく口が開いたまま、誰もが二つのギルドの動向に注目していた。
そのとき、控えめな声でアナウンスが流れた。おぉ?何だ?
『ボランティアの魔法使いの方の好意で、音声を出力させていただきます…っ!』
こ、これは。どうやらかなりの注目度みたいだな…。わざわざ音声出力魔法まで引っ張ってくるなんて。俺も会場の勢いに引き込まれて、じっと黙って画面を見つめる。
相変わらず画面の中ではエルマノスとライデンシャフトの参加者、計6人が互いを探るように視線を合わせている。あの表情の出やすいラグリマでさえ、真剣な様子以外には何も読ませない。こういうところを見ると、やっぱ戦士だなと思う。
誰もの注目の中、まず動きを見せたのはライデンシャフトの剣士、ティグレさんだった。ふ、と力を抜いた優しい微笑みをティグレさんが見せた瞬間、会場の女の子たちが息をのむ音が聞こえてくるほどだ。
『やぁ、エルマノスの皆さん。こんなところで会うとは…、これも何かの導きでしょうか』
う、うわー。鈴の鳴るような綺麗な声だ。さら、と揺れる金髪は薄暗いダンジョン内でも輝いて見えるし、何か圧倒的な風格を感じる。敵には回したくないタイプだな…。さて、この挨拶に答えるのは誰だ?
ラグリマは会話の駆け引きが上手じゃなさそうなのは俺でも分かるし、新参のニコラが迂闊に話に入るわけにもいかない。自然とゼツイさんが一歩前に足を踏み出した。
『よぉ、ティグレ。相変わらず美人さんだな』
『ゼツイ先輩。あなたこそ昨日の琴の演奏は素晴らしかったですね。僕もまたセッションに混ぜてくださいよ』
『お前が来たらファンが全員お前にとられるからなぁ』
あれ、ゼツイさんとティグレさん、なんだか仲がよさそうな。けど、会場は相変わらず緊張感に包まれているし…、うぅ、寒さまで感じるぞ?なんだこの緊張感は?何か因縁が、とミンミを見ると、ミンミは口を押えて状況を見守っている。
俺の視線に気づくと、微かな声でそっと俺に教えてくれた。
「あのね、…ナギリさんとリラさん、すっっっごくね、…仲悪いの」
「えっ?あんなに雰囲気良いのに?」
ミンミの声は風よりも微かで朧なのに、この静まり返った会場ではよく聞こえてしまう。きっと事情が分からないのだろう他の観客たちがそっと俺たちの会話に耳を傾けたことに俺は気付いた。
ミンミもそれに気づいたらしかったけど、僅かに困った顔をしただけですぐに続きを聞かせてくれる。
「ロロターナじゃ有名なの。もともと剣士だったナギリさんは、まだ戦いの才能に目覚めてなかった後輩のリラさんに剣術を指南してたんだけど…リラさんが成長したらナギリさんは何度も何度も負けちゃって。
それでリラさんは当時天才少年剣士と謳われたナギリさんに下剋上をした、として有名になったの。ナギリさんは、リラさんに百回負けたら剣の道を諦めると言ってたんだけど、とうとう現実になっちゃったの。
でもナギリさんは戦うことが好きだから格闘家の道を目指し始めた。ついでに、戦いの才能以前に美しい笛の演奏で有名だったリラさんに対抗するために、琴まで始めちゃったんだって。ナギリさんてば負けず嫌いなのよね」
「…そ、そうなのか…。んじゃ事態は…」
「ナギリさんが冷静でなくなってしまえば…エルマノスにとっては最悪かもしれない」
ゼツイさん、そんな過去が…!俺は目を見開いてそっと画面に視線を戻した。後ろで少しハラハラした表情を隠せないラグリマと、無表情に剣を構えるニコラはいいけど、その前に立つゼツイさんの表情は硬さが取れていなかった。
橙の髪と麻布の鉢巻が、す、と腕組みをしたゼツイさんの動きに合わせて揺れる。それに対してティグレさんはますますにっこりとし、後ろのライデンシャフトのメンバーも面白くなりそうな事態を余裕の表情で見守っていた。
『先輩、格闘家の姿も素敵ですね。僕は先輩の剣術が好きですけどね、今も』
『…お前こそ、ずいぶん剣を持つのが様になったな。俺は笛を吹くだけの綺麗な坊ちゃんも好きだったが』
『だったらセッションしてくださいよ。ゼツイ先輩、僕の姿が見えたらすぐに演奏止めて逃げちゃうんですから…。僕、寂しいんですよ?』
こ、こ、これはなんだか随分険悪だぞ。こう…、ラグリマとアレイシャさんみたいにギャースギャースうるさく喧嘩するんじゃなくて、…ひ、冷え切ってるというか…。あんなに騒いでいたティグレさんのファンの女の子たちも黙り込んでるし…。
沈黙の下りたまま、刻々と時間が過ぎていく。僅かな間なのに、この重い空気が余計に俺たちに時間の流れをゆっくりと感じさせていた。
静寂を裂いたのはラグリマだった。もう我慢ならない、というように苦い表情でゼツイさんの傍に駆け寄り、ぽんと肩を叩く。
『ゼツイ、やめておけや。町に戻ってから話し合えばいいだろ?ほら、ニコラにーさんも困ってるぜ?』
『…ラグリマ、…そうだな。ニコラさん、悪いな』
『いや、俺は…気にしないが…』
苦笑いするラグリマの言葉に、ゼツイさんが申し訳なさそうに表情を曇らせた。ニコラも小さく首を振り、少しティグレさんの方を見る。ティグレさんの微笑みに何かワケアリだと悟ったのか、ニコラは歯切れ悪く言葉を切った。
このままラグリマが場を和ませて、今回は戦うのを避けてそれぞれが別の道で次の層を目指すように仕向けてくれれば完璧だけど。それがラグリマに務まるんだろうか…?うーん。ラグリマも挑発されたらまずいぞ?
ミンミが隣で息を殺して状況を見守っていた。ミンミの視線はティグレさんじゃなくて、その奥の二人のライデンシャフトメンバーにある。それに俺が気付いたとき、ライデンシャフトの魔法使いのお兄さんが一歩前へ出た。
『やーれやれ。ティグレ君、からかうのはそこまでにしておこうよ?尊敬してるセンパイなんでしょ?』
『そうですね、バートさん。僕、勘違いされてるんですよね…ゼツイ先輩のこと、本気で尊敬しているんですけど。…じゃあ、本題に』
ピリッと場の空気が引き締まったのが画面越しに伝わった。会話の主導権がライデンシャフトに移ったな…嫌な流れだ。エルマノスよりも多いライデンシャフトのファンが、ざわ、と顔を見合わせていたのが視界に映る。
剣を柄に収めたまま、ティグレさんが美しい顔を花が咲くように笑ませた。きゃ、とまた女の子たちからの黄色い声が僅かに上がるのはもうお約束だ…。
『僕と戦ってください、ゼツイ先輩。ここで会うのも運命です。戦ってください』
『…っ!?』
ゼツイさんの表情が凍る。それもわずかで、すぐに鋭いゼツイさんの目がティグレさんを探るように見つめた。凛と言い放ったティグレさんの姿に広場にまた熱気が戻る。ティグレさんが…戦いを申し込んだ!これはやばいぞ…!
「ミンミ、これは」
「なんとか逸らさないと…。…正直、今のナギリさんはリラさんに勝てないはず…!」
広場は徐々に声を取り戻しつつある。ライデンシャフト、とコールが僅かに聞こえてくるのに俺は冷や汗を流した。このままゼツイさんとティグレさんの決闘になれば…エルマノスは負けるかもしれない。おいおい、ここまでせっかく来たのに!
そりゃ戦わないルートを選んだって負けることはあるだろうさ。けど、ここで戦うのよりはリスクは低い。ましてゼツイさんがティグレさんに何度も敗戦してる現状でこの賭けに乗るのは大きすぎる!
『…俺は勝ちたい』
―――オォォッ!
ゼツイさんの答えはシンプルだった。その震えた低い声が聞こえたとき、ライデンシャフトのファンたちが歓声を上げた!ティグレさんの勝利を確信しているのか、これから先輩VS後輩の因縁試合が見られるからかは分からない、けど…!
ミンミはぱっと手で顔を覆ったし、ラグリマは目を見開いて槍を強く握っていた。ニコラは険しい表情で、見えない雲行きを見守っているようだった。
俺はもう、ゼツイさんが勝負に乗ってしまったと思ったから、小さくため息をつくしかなかった。…ゼツイさんが負けると確信してるわけじゃない。ただ、あまりにも…負けたときの痛みが大きいんだ。
ゼツイさんは自分の剣の教えた相手であり後輩のティグレさんに、百戦以上の敗北を繰り返して剣を捨てたんだろ?なのに新しく作ろうとした格闘家の道までティグレさんに断たれるのは悲しすぎる。
かといってティグレさんが酷い人だとも思えなかった。ティグレさんにあるのは、純粋な目標だ。きっと本気でゼツイさんのことを尊敬しているっていうのは嘘じゃない。…俺の勘では、そう思ってる。悪意は感じないから…。
これが、ロロターナの武を追い求める戦士なんだ。ゼツイさんがキッと眦を上げてティグレさんを睨むように見ると、ティグレさんは流麗な動作で柄から剣を抜く。シュル、と装飾の施された剣が現れると、広場からまた声が上がった。
『…だが、一つ。ラグリマたちと打ち合わせたい』
『…はい。僕は待ちます。バートさんも、ラドヴァンさんも、いいですよね?』
ゼツイさんの申し出に、ティグレさんが後ろのライデンシャフトのメンバーを見る。明るく、りょうかーい!と叫んだのが魔法使いのお兄さん。それと、黙って頷いたのがあのスキンヘッドの鎧の戦士だ。
ゼツイさんは小さく頷いてティグレさんたちに背を向ける。心配そうな表情のラグリマと、表情の晴れないニコラのもとにゼツイさんが歩み寄って何かを話す。その声は本当に小さく、全く聞こえてこなかった。…何を話してるんだろう?
やっぱり、「負けたらすまない」とかか?だけど戦うことにラグリマとニコラは納得するはずだ。あいつらも立派な戦士だから、この戦いがゼツイさんにとって大事なものだってことは気付いてるだろうし…。
だけどなぁ。さっき少し見えたラグリマとニコラの表情。ゼツイさんは画面に背を向けてるから表情は見えないけど、さっき映ったラグリマとニコラの表情…なんだかおかしかったぞ?
ニコラは少し戸惑いを隠せないようで、逆にラグリマは僅かに笑って吹き出すような表情になった。な、なんだ?ゼツイさん、冗談でも言ったのか?
戸惑うのは俺たち観客だ。どうやらライデンシャフトの3人は、エルマノスの3人の様子には気づいてないらしく彼らは彼らで話し込んでるし…。
すぐにゼツイさんが振り返り、キリッとした表情でティグレさんの方へ踏み出した。装備の篭手を構えて見せ、はっきりとした声でゼツイさんが宣言する。ごく、と俺の喉が鳴った。
『俺はお前に勝ちたい、ティグレ。俺がお前に負けて路頭に迷い、ラグリマの誘いでエルマノスに入ってから今日までずっと俺は技を磨いてきた。来たるべき日に、お前を倒すために』
『…はい』
『だから、俺は…』
ジリ、とゼツイさんが腕を深く構えた。足に力が入るのが分かり、俺は対人戦独特の緊張感をまるで自分が体験しているように感じた。ティグレさんも剣をス、と構えていつでもゼツイさんの攻撃を受け止められるように姿勢をとる。
ミンミが大きな目をもっと開いて、瞬きを忘れたように画面を見つめていた。二人の動きは……まだ…もうすぐ……動く、今だ!
―――ブワッ、ジャリッ、ズダダダダッ!!
突如、視界が闇の靄に包まれた!な、何が起きた!?この闇は何だ!?画面が真っ暗だ!何だよさっきのジャリッって!ズダダダダッ!?どうしたんだ、何があった!?
びっくりしたのはみんな同じで、すぐに広場は喧噪に包まれた!皆が口をそろえて、何があった、どうした、と騒ぐ。そのとき、もやもやと変に響くゼツイさんの声だけが響いてきた!
『俺は今は逃げる!戦いたければ日を改めろ!俺は勝ちたいが、今日はギルドとして…エルマノスの3人で大会に勝ちたいんだ!』
―――…ワァアアアアアアッ!!
少しの沈黙の後。会場は割れんばかりの観客の叫び声に包まれた!それは戦いから逃げたゼツイさんへの非難めいた声もあったけど、そのほとんどがゼツイさんの言葉に感動を受けたものだと俺でも分かった。ゼツイさんは…見失ってなかった。
今日はギルドのために勝ちたいんだ、なんて!…ゼツイさん、かっこよすぎるぜ!ミンミを見ると、アハハハッ、と顔を覆ったままミンミが笑っていた。
「…ナギリさん、やっぱりナギリさんだった!ちゃんと気づいてたのね、それでフーゴさんとシフィルハイドさんを導いてくれた。…いつもの爽やかで冷静で、頼れるナギリさんだった」
「…ゼツイさん、信頼されてんだな」
「うん!エルマノスの皆はきっと、こうなるって信じてたのかも。私、まだまだだなぁ…エルマノスの皆にもっと近づかなきゃ」
闇の靄はなかなか晴れない。これはきっとニコラの闇魔法だ。この大会に参加するにあたって、ラグリマとゼツイさんはニコラの使える魔法を把握していたに違いない。それで、逃げるための目くらましをニコラが発動させたんだ。
さっきのニコラの変な表情は、この指示を聞いたからだろうな。てっきりゼツイさんが戦うかと思ってたら、『ここは逃げるから目くらましをしてくれ』なんて言われるなんて…、俺でもびっくりするぞ!
ズダダダッてのはニコラが魔法を発動させた後に3人そろって一目散に逃げたんだろう。その図を想像すると、立派な戦士の青年が揃って真顔で逃げていくってわけか?わ、笑える!まして『逃げる』ことはあまりしないニコラは戸惑っただろ!
もちろん俺なら真顔で走って逃げるけど。…うん?俺はいいんだよ、俺は!
その場に残されたライデンシャフトの3人は、全く同じ表情でぽかーんとして闇が晴れるのを待っていた。じょじょに薄くなる闇の中で立ちすくむ3人は間抜けた表情で、中でもティグレさんは表現しがたい表情だ。
綺麗な顔がコミカルに歪み、えぇーっ!?と遅れて叫び声が出る。優雅で余裕を感じさせていたティグレさんの印象がガラッと変わってしまうぐらいの叫び声にポカーンとしたのは、広場で観戦しているファンの女の子も同じだった。
『そ、そんなーっ!先輩、酷いです!いつからあなたは可愛い後輩を騙すような人柄になったんですか!?』
ご、ごめんなさいティグレさん。その、す、すごく必死そうなその表情がギャグにしか見えません…っ!しかも遠くからウワンウワンとうなるように反響するゼツイさんの声が聞こえてきた!
『お前こそ俺のこと騙しただろうが!俺の初恋返せ!』
会場一同、大爆笑!は、初恋…っ!詳しいことは分からないけど、あれだけ綺麗なティグレさんなんだ。多分ゼツイさんもティグレさんを女の子と勘違いしてた時期があったんだと思われ…ぶっは!もうだめだ!腹いてぇ!
ミンミも声を上げて笑っていた。画面の中では美しい顔をパッと手で覆って『先輩の馬鹿!』と叫ぶティグレさん。ファン減るぞ!
完全に勢いを失って置いて行かれたライデンシャフト。可哀そうだけど、これはもうゼツイさんの勝ちだ!
**
その後はもう語ることもない。エルマノスの快進撃だ!出てくる魔物はニコラが一掃、…第29層なんて俺だったら5分で棺桶の世界だろう。けどニコラは魔物に苦戦することなくテンポよく叩きのめしていく。
先頭を走るゼツイさんは何か吹っ切れた表情で、想定外の箇所から襲い掛かってきた魔物を蹴りと殴打の迫真の技で打ち倒す。その素早い攻撃と急所を狙うセンスは確かに平凡な戦士とは一線を画してる!
もちろんラグリマも見事にサポートし、コンビネーション抜群の支援攻撃を繰り出す。その3人の鮮やかなことと言えば、もう観客たちが声を上げるのも忘れて見入ってしまったぐらいだ。
…かっこいいな、と思う。こんなに戦うことが楽しそうで、頼もしく見えてしまう戦士なんているんだな。俺が見た中では一番のチームだ!、なんて…ちょっと眩しいけど、誇らしい。
呆気ない終わりだった。魔物の怒涛の群れの中、ラグリマが前方を指さすとその先にあるのは階段だった。大部屋の中で魔物の群れに囲まれている3人の視線が集まると、ニコラが大きく頷いて魔剣を掲げた!
もうお馴染みとなった黒紫の稲妻が魔剣から飛び出し、波紋のように広がりながら魔物を一斉に貫く。その規格外の強さにアッサリと魔物が霧散し、まっすぐ3人は迷うことなく階段を駆け下りていく…!
――――パァンッ!
広場に祝砲の楽器の音が響くと、広場は天を裂くような歓声に包まれた!
『エルマノス、第30層に辿り着きましたーーーッ!!エルマノス、途中何やらアクシデントもありましたが…やってくれました!ゴールです!!』
―――ワァアアアアッ!!
う、うるさーいっ!けど、俺も思わずぎゅーっと目をつぶった後、天に拳を突き上げた!
「やったーっ!ミンミ!エルマノス勝ったぞ!」
「やったね、やったねーっ!今日はご馳走だぁーっ!」
ミンミさんちょっと喜ぶところがずれてるけど、本当に嬉しそうにピョンピョン跳ねまわってる様子を見てると俺も笑ってしまった。はい!と出された手にハイタッチして、よっしゃー!と叫ぶ!
何だろう、俺何もしてないのに何でこんなに嬉しいんだ?けど、楽しかったし…嬉しいってもんだ!すぐに第30層に着いたエルマノスの3人は塔の入り口に自動送還され、ドドドッとインタビュアーが駆け寄る。
現れたゼツイさんたちは、さっきまで必死に戦ってたのが嘘のように、爽やかに午後の空の下で手を振っていた。…ラグリマ、ニコラも。ラグリマは大きなアクションで喜び、ニコラも口元が緩んでいるのが実況画面越しに見えた。
『お疲れ様でしたーッ!早速ですがエルマノスの3人の戦士に感想をお聞きしたいと思います!今回のリーダー格、ゼツイ・ナギリさんからお願いしますーっ!』
おぉっ、放送がちゃんと聞こえてくる!画面に映ったゼツイさんはハハ、と晴れやかに笑いながら橙の髪をガシガシと掻いて口を開いた。
『これでおやっさんに怒られずに済みます。あと、…俺はまた日を改めてティグレと戦うと思うんで。あのかっこつけバカよりも俺を応援してください!よろしくなーっ』
また広場で笑い声が上がる。ティグレさんとゼツイさんとの戦いは正直なところ俺も見てみたい。二人の過去にまつわる大事な試合なんだろうけど、…俺はやっぱりエルマノス贔屓だからゼツイさんを応援しちまいそうだ。
『それは注目の戦いになりますね!皆さん、彼らの今後に乞うご期待!それでは次にムードメーカー的存在、ラグリマ・フーゴさんに!どうぞ!』
『いやーっ、やっぱ勝つっていいってもんだなァ!皆さん、今日は暑い中応援に来てくれてありがとうなーっ!今後もエルマノスをよろしく頼むぜっ!』
ラグリマはパフォーマンスも忘れない。くるくると器用に槍を回して見せ、しっかりとポーズを決めると広場から拍手が上がる。そして、広場の人々がざわ、と期待の囁きを交わすのが聞こえた。インタビュアーのお姉さんもグイ、と力を入れる。
俺はなーんにも気にしないけど、せめてバカ面だけでも見てやろうとニヤニヤしながら画面を見つめる。画面にはまだ汗が僅かに浮くニコラの姿があった。
『さて、それでは皆さん、気になっていた方も多いのではないでしょうか!?圧倒的な強さを見せつけた戦士、ニコラ・シフィルハイドさんですーっ!コメントお願いします!』
『武闘大会に参加したのは初めてでした。素晴らしい経験と応援を、ありがとうございました』
ぶ、ブナンだ。えー、と女の子たちが広場で騒ぐと、インタビュアーのお姉さんにその思いが届いたのか、お姉さんがニコラにまた声をかける。ニコラも愛想よく微笑みながら彼女に頷いた。
『ニコラさん、この戦いを一番見てほしかった人がもしいれば、その方に一言お願いします!』
『そう、ですね…。……俺はお前を守れると納得してくれたか?…と、伝えたいです』
きゃーっ!と声が上がる。ロロターナガールズ、さっそくファン活動でも開始しそうな勢いだ。ニコラの低めの声が広場に響くと、男たちはため息をついて女の人は顔を赤くする。…一方吹き出しそうになっているのは俺とミンミ。
あ、あいつそんな恥ずかしいことを何をぬけぬけと!けどさすがに…、これって俺に言ってんだよなってことは分かる。ミンミも分かってる。だから俺は恥ずかしくて吹き出しそうだし、ミンミは笑いそうになってるという差がある!
「あ、あんのバカヤロウ…、お、お前はいつでも…俺を守ってるくせに…」
「今更納得も何もあるか、…って?もうステイト君ってば!シフィルハイドさんに大事にされてるんだねー、このこの」
「ミンミさんやめてください!俺の心のエネルギーが干からびていくからやめて!」
ミンミがつんつんと肘で小突いてくるのを押し返しながら二人でわぁわぁ言っているうちに、遅れてライデンシャフトが第30層に辿り着いたみたいだった。お疲れ様でしたーっ、とインタビュアーは締めくくって次のインタビューに向かう。
エルマノスの3人が会場の案内係の人たちに控室へ誘導されていくのを遠目に見送る。…呆気なかったなー、と思うけど、そう思わせるほどに鮮やかなお手並みだったってわけだ。
…やっぱ、すげーなぁ。
きっとシルがここのことを知ったら、喜んで参加したがるだろうな。ダンジョンにも闘技場にも、個人参加の武闘大会にも。あいつもあいつで戦闘バカだし…。けど俺にはまだ遠い『武を求める人たち』は、いつも新鮮に映った。
**
その夜は盛大にエルマノスで『祝!武闘大会で総合優勝!』の垂れ幕を掲げてご馳走が振る舞われたり、ミニ武闘大会と称して夜中にエルマノスの他のギルドメンバーたちが試合をしてたりしたらしいんだけど。
俺は昼間に日光に当たり過ぎたのか、ゼツイさんたちが夕方にギルドへ戻ってくるまでにちょっと体調を崩して先に宿でスヤァ…と一眠り。のつもりだったんだけどすっかり爆睡してました!
んで今起きました!朝です!…やべぇ、爆睡だった。しっかり寝てた。
朝といってもまだ早朝で、温かい風が昼には吹き込むロロターナなのに、すでに開けてあった窓からはひんやりとした海の匂いを運ぶ風が入り込んでくる。さわ、とカーテンが揺れるのを見ながら、ふともう一つのベッドに気配がないのに気付く。
ニコラはいなかった。ベッドもきちんとされてるし、荷物も置いてある。いつものように早起きして、浜辺でも見に行ってるんだろう。あいつもちゃんと南国旅行を楽しんでるよな…。
さぁて、俺も今日は起きてみるか。ついでに人けのない浜辺で『ラエア』を練習してみてもいいかも。まだ指輪を手に入れたのに発動はさせてなかったからなー。
よいしょ、と俺が足を床に下ろしたとき。
カローンと場違いな鐘の音が響き、ふわりと花の匂いがした。…またか。俺は少し顔をしかめながら、その声が頭の中に響くのをじっと動かずに待っていた。
『やぁ、おはようテレステイア。ラエアの力を手に入れたんだね』
「…まだ使ってないけどな」
『だけど私には、君にはトルメルの4つの力の中でもラエアと一番相性がいいように見えるよ。私は楽しみなんだ、君がまたトルメルをこの世界に戻してくれることが』
明るく楽しそうな声が軽やかに響く。俺は何か言い返そうとして口を開いたけど、俺が言葉を放つ前にその声が先を続けた。
『そうだ、今日は君に伝えておきたいことがあるんだった。…世界の混沌が迫っているよ。緩やかだけど確実に』
「世界の、混沌?」
なんだそら。初めて聞く言葉に首をかしげた俺に、その声はまだ明るい口調のまま告げる。
『そう。私たちはそれをノイモントと呼んでいるんだけど、ノイモントは目覚めつつある。だけど君だけなら助かる!そのためにも早く、全ての力を取り戻してほしい…。私は、私たちは君を失うわけにはいかないから』
「…それ、どういう意味だよ。そのノイなんとかがとりあえず良くないことだって分かるけど、俺だけ助かるって何だよ?他の人は…人間や魔族はどうなるんだ?」
ったく、朝から気になること聞かせやがって!俺は少し頭を押さえ、その声に集中する。声は淡々と説明を始める。
『ノイモントはその名の通り、世界の混沌。まず、たくさんの力がこの世界で輪廻し、世界に順序良く巡るんだ。だけど今…君の世界では、あの神の剣、君たちの言う聖剣が昔の戦争で眠らせた大きな力をまた紐解いてしまった』
「聖剣が盗まれて、封印されてた魔物や力の強い魔族が再び目覚め始めて…、その力にあてられて、もっと古代に眠りについたドラゴンたちまで姿を現し始めた。それがそのノイなんとかの原因になるのか?」
『君は聡いね。その通り。普通は時間をかけて巡るはずの力が、一つの時代に集中しようとしているんだ。力…それは魔力はもちろん、生きる者の力、すなわち生命力、そして君…トルメルの力。全ての力のことなんだ』
「一つの時代に力が集まり過ぎると、不都合なのか?」
『袋に物を詰め込みすぎるとどうなるかな』
袋に、物を。そりゃ袋が強けりゃ破れもしないし…。けど俺の考えを読んだ声は、すぐに答えを明かした。
『世界はそこまで強くはないんだ。それに世界はもともとそんな風に作られていない。…君たちが境界戦争と呼ぶあの戦いから、世界はゆっくりとノイモントに向かっていったんだ。
あの神の剣がなければ私たちトルメルは島から出ることもなく、今も幸せに暮らしているはず。人と魔族は調和し、支えあっていただろうね。…なぜ争いが始まったのかは私も知らないし、分からない。
ただ世界のルールを曲げる、神の力…それを宿した剣はこの世界に落ち、今も混沌を呼ぼうとしている。ノイモントが起きれば、世界は歪に呑み込まれて消滅すると私たちは考えている』
「…そんな」
声は憂う様子もない。ただやけに楽しそうに、淡々と説明する。少しトルメルの民のことを話すときは声がトーンを落としたのが分かった。そして俺は突然の『世界破滅説』に頭がついていけないでいる。
つまり、すっごくヤバい状況になるぞ、ってことだよな?その、いろんなものが世界中で目覚めて、ありとあらゆる力の均衡が崩れてオシマイになる、と。あまりにも現実味がないけど、数年前とは違って魔物が世界に溢れてる今ならわかる。
―――これは、なんとかしないとダメだ。
「おい、俺だけ助かるってことはどういうことなんだ…?」
『君がトルメルの全ての力を取り戻し、あの宙に浮かぶ星を吸収すれば…君は楽園の種になる。トルメルだけの、トルメルのための楽園をあの孤島で復活させることができる。
それができれば、想像のつかない力を秘めた君は完全な楽園を作ることができるだろう。神の力さえ呑み込むノイモントですら壊すことができない、たった一つの絶対安全の楽園ができるはずなんだ』
「だから俺はさっさと残りの力を集めて、星になったトルメルの力の集合体を受け取って、一人で楽園を作れ…って?…ふざけんな。他の人たちはどうなるんだ」
『トルメルはトルメルの民だけで暮らしていたんだ。もともと会うことさえなかったはずの魔族や人間なんて、気にしなくてもいいでしょう?』
当たり前のことを言うようにしれっと告げる声に、俺は首を振った。そんな世界、いらない。…俺はもう大切な人たちに出会っちまったんだ。見捨てるわけにはいかないし、俺だって自分がトルメルだって自覚はまだ薄い。
こんなことを聞いてしまった今、俺に何ができる?やっぱりネーディヤ帝国にある氷の城へ行って、すぐにでもヤーヴァスの力を手に入れるべきか?いや…今からでも間に合うと信じ、聖剣を追いかけるべきか?
『テレステイア、君はトルメルだ。人間や魔族なんかとは違う、楽園に住むことを許された民。君は幸せになるべきなんだ』
悲痛な声だった。今まで淡々と、どこか楽しそうな口調で話していた声は、必死に俺を説得する声色で俺に語りかける。だけど、俺はそれに頷くわけにはいかないんだ。
「…教えてくれてありがとうな。けど、やっぱり俺だけ一人ぼっちで楽園を作るなんてできない。…俺が幸せになるべきなら、俺は皆と幸せになるべきなんだ。だから俺はまだ探すよ。…俺の大事な人たちと生き残れる方法を」
この声が俺を想って告げてくれているのはもうよく分かっていた。今まではわけわかんなかったしちょっと不安だったこの声も、今はもう俺の大事なものの一つに思えてきた。
俺に何ができるか分からないけど、まだやれることは残ってる。
声は俺の決意を分かってくれたのか、最後にそっと教えてくれた。
『…ノイモントはまだ遠いけど、大きな力が目覚めるほど足早に訪れる。…神の剣が封じた大きな魔力はまだ眠りが深く、ドラゴンも一部しか目覚めていないから時間はあるんだ。
私もしばらくは眠りにつこう。私だって、大きなトルメルの力の塊なのだからノイモントを近づけているのかもしれないね』
―――それでも、君の幸せだけを願っているよ。愛しいテレステイア。
カローン、と鐘が鳴る。どこか物悲しいその奏が響き、花の匂いは遠くへ消えていった。
俺は朝日の差す部屋の中、呆然とベッドに座り込んでいた。もう外に散歩に出る気も起きなくて、深く深呼吸する。体に入ってきた空気の中には、あの花の残り香がある気がした。
そのとき、トン、トン、と小さな足音が部屋に近づいてくるのが分かった。足音と気配ですぐにニコラが帰ってきたんだと確信し、俺は気付かないうちに表情を緩める。
ガチャ、と扉が開くとニコラが入ってくる。その藍の目が俺を見て、起きていたのかと呟く。あぁ、と俺も返事をしてニコラをじっと見た。
いつも俺を守ろうと戦うニコラに、俺は何度も心配と迷惑をかけている。ろくに感謝もできない俺に呆れた表情をいつも見せながら、それでも俺のことを思ってくれる。ふと、ニコラがすごく大事に思えた。
「おはよう、ニコラ」
「…?…あぁ、おはよう」
突然の挨拶に首を少し傾げながら、柔らかく笑んで返事をしてくれる。なんでもない南国の朝だけど、この朝を守るためなら何でも頑張ろう…そんな決意ができた、俺にとっては大きな朝だった。




