57 海の香り
あれから、俺とミンミはまだ取っ組み合うラグリマVSアレイシャさんを放置して岩場の奥へ進んだ。
すぐにニコラとセニヤさんが気付いてくれて、どうやらミンミと顔見知りだったらしいセニヤさんが元気に手を振った。す、すっごい明るい笑顔!
「ミンちゃーんっ!やっほぉーっ!」
「セニヤさーん!」
ミンミがゴツゴツした岩場を慣れた様子で走り、滑ってこけるんじゃないかって心配するほど苔むしてる足場を軽やかに駆け抜ける。おー、すげぇな!あれは慣れてないと絶対に滑ってこけるぞ…!
さすがに俺も慎重に足を進めながら、セニヤさんたちがいるところまで移動する。岩のすぐ傍までちゃぷちゃぷと音を立てて波が打ち寄せるから、足元にときどき水が跳ねた。
岩場に腰掛けているセニヤさんは…本当に物語の中から抜け出してきたような、神秘的な姿だ。長くて青い髪はしっとりと濡れてて、綺麗な貝殻が髪飾りとしてつけられてるのもすごく綺麗。
やっぱり目が行くのは人で言う『足』の部分で、腰から下は想像通り『魚』。ウロコけっこうデカいんだな…、とまじまじと俺が見てると、クスッとセニヤさんが笑った。
「やっぱりヒトには珍しいよね!でも私からしたら、『足』の方がやっぱり珍しいよーっ」
「あ、ごめん、じろじろ見ちまって。…でも、綺麗だなー」
「照れるーっ!私、セニヤ!ミンちゃんは友達で、ニコちゃんもさっき友達になったのーっ!」
「に、ニコちゃ、…ふひっ」
セニヤさんが元気溌剌な様子で明るく両手をばっと上げる。見た感じは俺よりちょっと年上のねーちゃんってところだけど、子供みたいな無邪気さがあってすごく…か、可愛い。
けど彼女のお友達紹介に思わず俺は吹き出した。ミンちゃん、分かります。ニコちゃん、…ぶっふ!そうくるか!男も女も愛称に差がない!でもニコラがニコちゃんて!ジャッテはニコって呼んでたけど、『ちゃん』がつくと破壊力が…っ!
―――ゴインッ!
「あべしっ!」
「何を笑っている?」
やだもう、殴るなんてひどーい!ニコちゃんってばちょっと視線が冷たいじゃないですかー!俺だけ南国の海で凍死するのは嫌ですー!けど…わ、笑いが…っ!
目から氷が出そうな視線を送るニコラとお腹を抱えてる俺、その両者をミンミが呆れたように笑って見ながらセニヤさんに俺を紹介してくれた。
「この子はステイト君。別の国からロロターナに来たんだって」
「へぇーっ!私、セニヤ!スティちゃんでいいよね?よろしくっ!」
「あ、あぁ!よろしく、セニヤさん」
「セニヤでいいから!ねぇねぇ、どこから来たのっ?」
セニヤさん…いや、セニヤが俺に手を差し出した。ちょっとひんやりしてる手を握り返して、俺も近くの岩場に座り込んだ。
「そっちの『ニコちゃん』と同じで、シエゼ・ルキスって国から来たんだ。海はないけどいい国だぜ」
「そうなんだー!私、さっきね、ニコちゃんにそのシエゼ・ルキスって国のお話を聞かせてもらったのー!いいなぁー、私も陸に上がってみたいーっ!」
ぱしゃっと近くの岩場まで、高めの波が勢いよく押し寄せた。そこの近くにいたミンミが小さく声をあげながら、ぴょんぴょんと軽い足取りで波から逃げている。そんな様子を見ながら俺はうーん、と唸った。
「けど、俺は海も自由に泳いで回りたいな。海は陸より広いんだろ?どこにでも冒険し放題じゃねーか」
「海にもいろいろルールがあるんだよぅ。ここからは誰々さんのナワバリ、とか!こっちは大きなお魚さんがいるから危ない、とか!」
な、なかなかに生々しいな。やっぱり海は誰のものでもねーよ!というわけでもないらしい。ニコラが、身振り手振りを豊かに話すセニヤにふと思いついたように聞いた。
「人魚といえど、危ないことはあるのか?」
「もちろん!危ないことばっかりだよ!ふらふらしてたら大きなお魚さんに食べられそうになったり、別のナワバリの人魚が荒らしに来たり!私のお兄ちゃんは、そんな危険から私たちのグループを守ってくれる戦士なのーっ」
ちょうどセニヤがそう答えたとき、またバッシャーンッ!と迫力のある波の音が岩の向こうから聞こえた!ちょっと背伸びして見てみると…あ、まだやってんのかラグリマ達。なんという大乱闘。
ときどきラグリマがアレイシャさんの尾びれをがしっと掴んでみせたり、やっぱりアレイシャさんがラグリマを海に沈めたり、もう忙しい忙しい。両者、ゼェハァ言いながらも辞める気配はナシ。いつまでやってんだ?
「ラグリマもだけど、アレイシャさんも結構たくましいよな」
「私の自慢のお兄ちゃんだもん!私のいるグループはこのココムビーチ付近をホームにしてるけど、その数100はいるんだよ。その中でもお兄ちゃんは指折りの戦士なの!強いのーっ」
「すごいよね、アレイシャさん。フーゴさんと同じくらいの強さなのかな?いつもフーゴさんがだいたい負けてるんだけど」
ミンミも俺の隣でぐーっと体を伸ばしながら決戦を見つめる。と、そのとき、パキッと結晶か何かが割れるような高い音が聞こえた。え、と顔を見合わせた俺とミンミに、ニコラが黙って『前を見ろ』と促す。何だ?
すると。波間にぷかぷか漂うラグリマが、片手に何かキラキラ光るものを持ってそれを天に突き出していた。一方アレイシャさんは、なんだか悔しそうな表情でそれを見上げている。
『おおおおぉぉっ!!やっと、やっとこの時がきたァ!今日こそ俺の勝ちだなァ、アレイシャの野郎!』
『く、この…っ!卑怯だぞてめぇ!騙しやがったな!?』
『ハンッ!俺はただ、あっちにデカいクジラの影が!て言っただけだぜー?それを信じて振り返るてめぇが悪いんだよ!』
『絶対許さねぇぞ日焼け人間!それ返しやがれ!』
…うん?何やってんだ?会話内容を聞くに、どうやらラグリマがアレイシャさんを騙して不意打ちで勝利したみたいだけど、何を基準に勝負してたんだ?
あーあ、とセニヤが笑いながら声を漏らした。
「お兄ちゃんね、ラグちゃんが私のことを狙ってるって言って、いっつもラグちゃんにちょっかいをかけるのー。ラグちゃんは私にとって、初めてできた人間のお友達なんだけどね!
それで、ラグちゃんもラグちゃんで、ちゃんとお兄ちゃんと向き合って戦ってあげてるんだよー。それで、負ける気がしないお兄ちゃんが、ラグちゃんに条件を付けたの。
あのね、人魚のウロコって万能薬になるんだよ!それで、人魚にとっては大事なもので、もちろん無理やり引っこ抜くとすっごく痛いの!だからお兄ちゃん、ラグちゃんがお兄ちゃんのウロコを引っぺがしたら負けを認めるって言ったのー。
今ラグちゃんが持ってるのはお兄ちゃんのウロコ!だからラグちゃん、初勝利ってわけなんだぁーっ!」
きゃっはー!と明るくはしゃぐセニヤにミンミが笑うのを横目に、俺はそっとラグリマとアレイシャさんを見る。うわー、アレイシャさん怒ってるぞ…!ラグリマといえばドヤ顔決めて、ひらひらと器用に逃げ回ってるし!
ニコラがため息をついたのを聞いて俺も思わず苦笑いになる。けど、突然アレイシャさんの表情が歪んだ。ど、どうしたんだ?
あちゃ、とセニヤが長い髪を少し揺らした。
「ウロコを引っこ抜かれた痛みが出始めたんだよーっ。もう、お兄ちゃんってば!そんなことで勝負しなくったっていいのにね!ときどきお兄ちゃん、すっごくおバカなんだからーっ」
そう言った途端、流れるような動きでセニヤが海に飛び込んだ!バッシャーンッと大きく水飛沫が上がり、ちょっとしょっぱい海水が俺の顔にも跳ねる。うおお、塩っぽい!
ニコラとミンミも、ラグリマたちが争ってた場所の近くへ走る。俺もすぐに後を追いかけ、ちょっとつらそうな表情で黙り込んだアレイシャさんを見る。ラグリマはその異変にすぐ気付いたのか、慌ててアレイシャさんに向き直った。
「お、おい!なんだよ、そんなに痛ェのか!?」
「…っ、な、なんでもないっつの!……」
あれは強がってる…!そんなに痛いのか、ウロコ剥がされるのって…って、そりゃ痛いよな。体の一部なんだし…。俺のエスイルで回復できるかな、と足元のアンクレットを俺が見つめたとき。ザバッとセニヤが海から顔を出した。
「もう、お兄ちゃん!ラグちゃんをいじめるからそうなるんだよーっ!ラグちゃんは心配しなくていいからねっ、お兄ちゃんってば調子に乗るからー」
「セニヤ…」
険しい表情で顔をゆがめていたアレイシャさんが、ぷんすか頬を膨らましたセニヤを見てちょっと落ち着きを見せた。おぉ、妹さん効果すげぇな…。ラグリマはぷかーっと浮いたままおろおろしている。ワイルドな顔つきが台無しだぞ。
「や、でも…、そ、その、やり過ぎた、か…?」
「べっ、別にてめぇなんかに心配される筋合いはねぇ!それよりも覚えてろよ、絶対に復讐してやるからな…!」
「いつも先に仕掛けてくるのそっちだろうがァ!」
セニヤがアレイシャさんの手を引いて、ぺこっと頭を下げる。
「ごめんねぇー、今日はもうお兄ちゃんをお説教しておくから!お兄ちゃんも、今皆がパトロールしてくれてるのにラグちゃんをいじめに来ちゃダメでしょっ!海竜さんが目覚めるかも、ってときに怪我してどうするのーっ」
「海竜…?」
セニヤの言葉に反応したのはニコラだった。ぽつり、と小さく聞き返した声に、アレイシャさんが大きな目をきっと開きながら答える。
「あぁ。このココム海には古代より守護竜が眠ってるんだ…。…それで、次に目覚めるのは数千年後のはずだったが、どうやら最近、その守護竜、俺たちは海竜と呼んでるが、それが目覚める気配がある…」
痛、と顔をしかめながら言うアレイシャさんの言葉に、俺はエルピスのことを思い出した。…竜が、目覚め始めている。永い眠りに入ったはずの、各地のドラゴンが。…あれは、本当なのか!
「その海竜って!その、塔の地下で眠っているってやつなのか…?」
「いや。海竜はココム海の遠い沖で眠っている。塔の地下にいるのは海竜よりももっと長い歴史を生きている…、深淵の竜と呼ばれているドラゴンだ。…人間は詳しくないのか?」
「詳しい人は詳しいけど、一般の人はドラゴンが昔はいた、ってことぐらいしか知らないと思う。俺も…グラーバス渓谷のワガママドラゴンしか会ったことがないし」
「渓谷の竜、エルピスちゃんだ!この世界中にいたドラゴンの中で、まだかなり若いドラゴンだねーっ」
く、詳しい!俺の質問に、アレイシャさんとセニヤがさらっと常識を答えるように返してくれた。やっぱこういうことは、人間よりもこうした特殊な種族の方が詳しいのか?それとも俺たち人間が特に無関心になってるんだろうか。
何にせよ、興味はある。セニヤもエルピスのことは知ってるみたいだし、もっと世界中でたくさんのドラゴンが眠っているのかもしれない。
そんな俺の考えを読んだように、アレイシャさんは凛々しい表情で頷いた。
「世界に異変が起きたことは、俺たちの種族も気付いている。実際、海の中でも変化が起きたからな。知能を持たない野蛮な…生き物ともつかない存在、つまりは魔物が海の中にも発生している」
「そうなのーっ。だからグループを守るためにも忙しい時期なのに、お兄ちゃんってばラグちゃんをいじめてばかりなんだからー!」
「あ、あのな!それはセニヤを守るためで…!」
またも慌てた様子でセニヤに向き直るアレイシャさんだけど、もうセニヤもにっこりしてるしラグリマも何か気づいたようだった。心配そうな表情からニヤッと兄貴分らしい笑顔で、少し泳いでアレイシャさんの肩に手を置いた。
「何だァ?もしかして、セニヤさんを守るってのは言い訳で、本当は俺と…つか、人間と交流を持ちたかっただけなんじゃねぇのかァ?なぁなぁ?」
「だーっ!うるせぇ日焼け野郎!沈めるぞ!」
――バッシャーンッ!
ああ、またもラグリマが海に沈められた…。忙しい海上を見守りながら、ミンミが小さく笑った。
「どうして素直に遊びたいって言えないのかしらね、アレイシャさんも」
「お兄ちゃん、ああ見えて意地っ張りだからーっ!そこがいいんだけどね、ラグちゃんも分かってくれてるし。お兄ちゃんはラグちゃんと遊んでる時はすっごく楽しそうだから」
だけど、とセニヤが勢いよく海に潜り、またアレイシャさんとラグリマを海の上まで引きずり出す。す、すごい力だ…!
「お兄ちゃんっ!そろそろ帰るよっ!もうすぐパトロールの時間でしょ!」
「あ、そ、そうか…。…じゃあな日焼け人間!首を洗って待ってろ!」
「そっちこそウロコ生やしてから来るんだな!おら、さっさと行け!」
ラグリマが吼えるように言うと、波の打ち寄せる岩場から二人の人魚が海へと消えていった。大きく手を振りながら海へもぐっていったセニヤと、小さく頭を下げたアレイシャさんを見送る。
二人の姿が完全に見えなくなった頃、ミンミが打ち寄せる波の音にも負けない大きな声でラグリマに言った。
「フーゴさん!そろそろ陸に上がって!ナギリさんが呼んでたよー!」
「あ、あぁ!そういや打ち合わせするんだったか…すっかり忘れてたぜ。呼びに来てくれたのか、ミンミちゃんとステイト。ありがとうなァ」
ぽんっと手を打ち、ラグリマが俺とミンミににかっと笑う。短い金髪はすっかりびしょ濡れ、もちろん着替えの服もない様子だ。岩場にずるずると登ったラグリマにミンミがタオルを渡す。さすが準備がいいな、ミンミ。
ミンミは腰に手を当てて、びしょ濡れのラグリマを見下ろしながら声をかけた。
「明日なんでしょ?こんなに遊んでて大丈夫なの?シフィルハイドさんも巻き込んで」
「あァ、ニコラにーさんは心配いらねぇよ!俺もこれぐらいの運動しとかねーと鈍っちまう!な、にーさんよぉ?」
あ、明日?ミンミとラグリマ、何の話をしてるんだ?さっそく俺を置いてけぼりに話が進む…。しかもニコラを巻き込んで?じろ、と俺がニコラを見ると、爽やかな表情で微笑まれた。うげげ、嫌な予感…!
「いつでも準備万端だ。今からでも構わないくらいにな」
「ほらなァ?じゃ、今からエルマノスに戻ってゼツイと作戦会議だな。うおぉ、燃えてくるぜーっ!」
ラグリマがタオルでがしがしと頭を拭きながら、なんだか気合十分に叫んでいらっしゃるんですが。ニコラもイヤーな感じににこにこと微笑んでるし。これは明日、何かあるな?
俺はギギギ、と首をゆっくり動かしてミンミを見つめた。うん?とミンミが首をかしげる。
「ミンミ…その、明日ってさ、何かあるのか?」
「あれっ、聞いてないの!?明日は月に一回行われてる、ギルド対抗の武闘大会だよ!エルマノスからはフーゴさんとナギリさん、あとシフィルハイドさんに出てもらうの」
「ふーん、武闘大会が明日にねぇ…って待て待て待て!フーゴさん?あぁ、ラグリマだな。うん。ナギリさん?あぁ、ゼツイさんだな。うんうん。…シフィルハイドさんなんてロロターナには珍しい苗字だな?いたのか?」
「いや、そうじゃなくて。ニコラさんのことよ?シフィルハイドさん、言ってなかったの?」
「あぁ」
「あぁ…じゃねぇよバカニコラ!どういうことだ説明しろ!」
何をしれっとしてやがるニコラこの野郎!お前シエゼ・ルキスの騎士だろ!何をちゃっかりと異国のギルドに紛れ込んでやがる!そんなに出たいんですか武闘大会!出たいですよねあんなに調べてましたもんね!
ニコラは心外だ、と眉を上げてみせたけど、表情の端にまんざらでもない様子を隠しきれていなかった。
「言っておくが、俺から志願したわけじゃない。ギルドマスターの指示だ。すっかり気に入られてな、昨日付でギルドに入れてもらった」
「もう騎士兼任になるとかどうとかは知らねぇけど、だからって新参のお前がギルドイベントに出場するわけが分からねぇんだよ!」
「本来なら、エルマノスで一番の実力を誇る戦士、バンフィールド氏がゼツイ、ラグリマと共に出るはずだったんだが、バンフィールド氏とギルドマスターに別件の依頼が入ったんだ。その穴埋めにな」
そんなのって許しちゃっていいのかよ、とラグリマを見ると、アハハ、と頭を掻きながらにっこりされた。
「おやっさん公認なんだわ。なんたって、ニコラにーさんが対エルマノス戦をして勝てなかったのはおやっさんとバンフィールドさんだけなんだからな。実質、おやっさんを省けば二番目の実力者ってわけだ」
「…つまり、こいつになら任せられるから張り切って暴れて来い、とおやっさんが…?」
「その通りだ」
……おぉ、なんということだ…。いや、俺には知ったこっちゃないんだけど……、なんだかニコラが楽しそうで腹が立つ…!目を閉じてニッコリするのやめてほしいです!ミンミに助けを求めて振り返ると、ミンミは両手に拳を作ってた。
「楽しみよね!各ギルドから実力者3人を出場させて、ココムの塔の地下ダンジョンを潜るの!どのギルドが一番速く第30層に辿り着くかが勝負!もちろん参加した3人組全員が辿り着いて初めてゴールなの!」
「あれ?ミンミさんすっごく元気」
「もちろん!あーあ、私だって参加してみたいのになーっ…、だけど今回は上位を狙えるはずよね!ナギリさんとフーゴさんはバンフィールドさんに次ぐエルマノスの実力者だし、今回は強力な助っ人もいるからねっ!」
「…あぁ、…うん」
さすがロロターナ民は違う。見てくれよこの俺の疲れてにごり始めた目と、輝きにあふれて光に満ちてるミンミの目の差を!もうわけがわからない。どうしてそんなに戦いたいの?何なの?痛いじゃん戦うの、つらいじゃんか!
では最後に意気込みを伺ってみよう。俺は死んだ魚のような目でミンミ達を見つめた。
「なぁ、ミンミ。大会は楽しみか?」
「当たり前のこと聞かないでよー!」
「そっか。ラグリマも?やっぱ血が騒ぐ?」
「馬鹿にしてもらっちゃァ困るぜ!血が沸騰しそうなんだわ!」
「ふぅん。…ニコラ様、コメントをどうぞ」
「退屈はさせないつもりだ」
はーい!皆やる気満々でしたーっ!……何だよ皆揃って……俺、その間寝ておこうかな…。
俺一人だけが、このドッパーンザッパーンと波の打ち寄せる海の岩場で寂しくたそがれる羽目になったのは言うまでもない…。
**
武闘大会と言っても、それは行われるたびにルールが異なるらしい。
例えば、ココムの塔の地下ダンジョンを制限時間内にどれだけ深く潜れるか、という個人戦とか。ある時は地下のダンジョンとは関係なく、地上の闘技場で単に試合をするだけの時もあるらしい。
月イチで行われるこの武闘大会は、ロロターナ一般市民から別の地域の観光客にまで、幅広く楽しみにされているイベントの一つだという。
…まぁ、観るだけなら、ね。こんなの俺は絶対に出たくないぞ。
「ほらステイト君!もうすぐ開式アナウンスだよ!」
「ミ、ミンミさん押さないで痛い痛い」
「あぁもう始まっちゃうー!ごめんなさーい!通して通して!」
「ミンミ……」
人のごった返すロロターナの港付近。町から塔を繋ぐ大きな桟橋は通行止めにされていて、見るからに屈強な各ギルドの男たちに警備されている。その前に押し掛けるのが見物客の山。もう海に落ちそうなほど溢れてます…。
桟橋の入り口あたりに『イベント管理委員』なる人たちが集まっていて、その横にはこれまた強そうな戦士たちがわらわらと…。恐らく参加者だろう、とラグリマたちの姿を探したけど俺には見つけられなかった。
時間は朝。やっとお日様が昇りましたー、オハヨウ!ってな時間に開会式ですよ?寝たいと思いません?ところがどっこい、寝ようと思ってた俺はニコラが準備する物音に起こされ、さらに呼びに来たミンミに激しく起こされたわけで。
ニコラなんて昨日からモリモリと飯食ってるし、気合十分って感じで部屋で腕立て伏せしてたんだぞ。同室の俺、濁った眼。こんなに生き生きと準備するニコラ…予想通りだけどやっぱりうんざりだ…。
ミンミも、ニコラが早めに宿を出て行った直後に来るし。もうすっかり遠慮されてないってのは嬉しいけどさ、ノックもなしにいきなり扉を開けるのは勘弁してくれ!びっくりするから!
もう一度布団にもぐりこもうとする俺をニッコリと笑顔で引きずり出し、さっさと着替えさせてすぐに港へと走り出すその元気なこと!見習いたいけど俺は体力タイプじゃねぇんだよ…。
さて。観光客やら応援に来てる参加ギルドの他のメンバーたちの人ごみをなんとかすり抜けながら、ミンミに手を引かれるままに前へと進んでいく。こんだけうるさかったらすっかり目も覚めるっての!
慣れてきた潮風の匂いを吸い込みながら、熱気にあふれる港を進む。と、最前列とはいかなくても、観光客の集まる桟橋の近くまで移動できた。ミンミ…すげぇな。絶対に市場のタイムセールとかで鍛えてるんだろうな…。
と、俺がいらないことを考えてる時。ちょうど、すっごく広い桟橋の真ん中に一人の爽やかなお姉さんが出てきてぺこっと頭を下げた。手に持ってるのは…短い杖みたいな魔法道具、あれは拡声器だ。お姉さんがそれに口を近づけて話し始める。
『みなさーんっ!おはようございます!いよいよ、今月のビッグイベントがやってまいりました!ギルド対抗、武闘大会がこれより始まりまーすっ!!』
―――オオォオーッ!!
うぎゃーっ、すっごい歓声!思い出した、フィリナの闘技場と雰囲気が似てる!あのザワザワした感じとこの割れるような歓声…っ!あまり思い出したくないんだけどな!
ミンミも一緒になって片手を天に突き出しながら、キャッホーッ!と楽しそうに声を上げてるし。ノリノリだな、といまいち俺はノリきれずにアナウンスの続きを待った。
『ルールは皆さんも知っての通り!参加ギルドから3人、選りすぐりの戦士たちが出場しています!今回は、彼ら全員が第30層に辿り着くまでのタイムで勝負です!
当然第30層までといえば、そこそこの実力がないと辿り着けない難関!!よって今回は、腕に自信のある15のギルドが参加を名乗り出ましたーっ!
一つのギルドに3人、それが15チームあるということは、一気にいくと問題が出るのでは?とお思いの方!安心してください!5つずつ、3グループに分けての大会です!それでは今から紹介しましょう、まずは第一グループです!』
お姉さんのアナウンスと共に、まず5つのギルドが出てくる。そこにエルマノスの3人はいなかったから、紹介アナウンスが流れてる間、ミンミに解説をしてもらってた。
「うーん、私の見た感じだと、最有力は左から2番目のギルド、『オノールオルカ』かなー。あそこも戦闘系ギルドで、最近では魔物の討伐ばかりしてるらしいから」
「ミンミ、他のギルドのことも詳しいんだな」
「趣味なの、いろんなギルドの情報を集めること。それに、やっぱりそこは偵察もかねて、ね?」
にこっとミンミが笑ってみせる。俺はその笑顔に、たくましいなぁと感心しながらまた桟橋へと目を向けた。第一グループの紹介が終わると、次は第二グループが紹介される。またもエルマノスはなく、俺はちょっと首をかしげた。
「これって順番は抽選なのか?」
「うん、多分。力量差はあまりないと思うけど…、でも、最後のグループに自然と強いのが集まっちゃってるかも」
さらっと第二グループの紹介が終わる。と、いよいよ最後のグループ紹介だ!ミンミの言葉も気になるよな…、強いのが集まってる、って。俺はずらっと並んだ5つのギルドをじっくりと見つめた。アナウンスが続いて流れる。
『それじゃあ最終グループいってみよーっ!左から、クヴァドラータ!先月のギルドランキングでトップ5に入った戦闘系実力派ギルドでーすっ!』
いかにもヒャッハーッて感じのちょっとガラの悪そうな3人の若者がビシッとポーズを決める。衣装もいらない装飾がついてトゲトゲじゃねーか。ぶつかったら痛そうだ。
次に出てきたのは…あれ?美女が三人。しなやかな細い女の人が、綺麗な踊り子装束で並んだ。観客からもひゅーっと口笛が上がる。うわー、おしゃれな化粧だ!
『次は、癒しの踊り子ギルド、ラファンダール!うわぁ色っぽくて素敵です!しかしその美しさの反面、実はとっても強い魔法使い系のギルドなんですーっ!』
「きゃああ、ラファンダール!私、あの人たちのファンなのー!」
「これは浮気じゃないよな」
ミンミがテンションを上げてぴょんぴょん跳ねてるけど、ミンミさん、あなた一応エルマノスの一員なんだから自分のギルドを応援してあげましょうよ…!
『どんどんいくよ!次は正統派な高貴なギルド、ジャスペティア!なんと構成しているギルドメンバー全員が貴族出身というロイヤルなギルドでーすっ!』
カチャ、と揃った動きでお揃いの刺突剣を天に掲げて礼をする。ロロターナにはあまり似合わないけど、シエゼ・ルキスなら羨望の眼で見つめられそうなギルドだ。
『おっとーっ、ここでギルドランキングトップの常連です!何でもこなしちゃうオールマイティーギルド、ライデンシャフト!律儀で真面目で実績のある、言わずと知れた有名ギルドですねーっ!』
ギルド、ライデンシャフトが紹介された時の歓声と言ったらもう…!耳が壊れそうだ!今までの紹介、そのどれよりも大きく熱のこもった歓声が朝の港に盛大に響く!そ、そんなにすげぇギルドなのか!?
ムキムキのスキンヘッドのおっさんが、大剣と盾、あとすっごい鎧を装備してる。あと魔法使い風のローブのお兄さん、あとは…あれ?あの剣士の人は…女の人?金色の髪が長くてしゃんとした美人さん…!
「あの剣士の人、女の人なのか?」
「と思うよね。私も最初はそう思ってたんだけど、あの人は男の人なの。ティグレ・リラって人で、この町の美青年コンテスト堂々の第一位、町の人のギルド所属者人気投票でもいつも一位なのよ」
あ、あれで男!?切れ長の綺麗な目をしたティグレさんが、スッと剣で礼のポーズを見せるとそこら中から女の人たちの悲鳴みたいな黄色い声が聞こえる。う、うおぉ…ロロターナガールズ、すげぇ…。
「ちなみにリラさんはこのロロターナの剣士の中では一、二を争うほどの実力者なの。綺麗な人だからって油断すると痛い目を見るのよね」
「ミンミはあんな人はいいなって思わないのか?」
「うーん。綺麗で素敵だけど、特別ファンってわけではないかなぁ」
さっきから観客中からティグレさんコールがかかってる中、ミンミは首をかしげながらさらっと答える。男の俺でもギョッとするほどの美青年さんだけど…。…まぁ、俺は美青年は見慣れてるから。シルとかロザとか諸々。
アナウンスのお姉さんもうっとりした顔をぶんぶん振り払ってから、コホンと咳をして次の紹介に移った。
『こ、コホンッ!では、最後のギルドです!こちらも超有名、ギルドランキング上位の常連!渚のお騒がせ者、オールマイティーギルドのエルマノス!人情に溢れた人気のギルドですーっ!』
き、きたっ!ミンミと俺は前へ身を乗り出しながら桟橋を見つめた。ラグリマが、いつも持ってた槍とは少し違う、短めの槍を持ってそれを振り回しながらアピールしてる。ゼツイさんも手に着けた篭手を天に突き上げた。
うーん、やっぱり南国の戦士たちは絵になっていいよな……って、え?何か忘れてないかって?何を?…あー、いや。見えない見えない。否、見ません。あんの戦闘バカのことは見えませんー…。
『ねぇ、ちょっとあの黒髪の剣士のお兄さん、かっこよくない?』
『私もそう思うー!だけどエルマノスにあんなお兄さんいたっけ?』
『ちょっと待ってよあの男前!えっ、黒髪マジ綺麗!イケメンーッ!』
『しかも剣めちゃデカい!あんなので戦えるのー!?』
…イケメンは滅びていい。こんなに南国のお姉さんたちに持て囃されるなんて、滅びていい。一生懸命見ないようにしてるのに、ミンミがガシッと俺の肩を掴んで揺さぶってくる!やめろー!
「ほらっ、シフィルハイドさんよ!やっぱりかっこいいって噂になってるみたいね、ステイト君も自慢の相棒さんじゃないの?」
「んなことねーっての!あいつが相棒なんてないないない!だいたいまたいつもみたいにヘラヘラしてるんだろ……」
ちらっと、その噂になってる黒髪剣士のお兄さんを俺は盗み見た。どうせ愛想よくへらへらと笑ってんだろ、と思ったら…俺の予想は裏切られる。
緊張しているわけではないんだろうけど、その表情はすっかり『仕事モード』に入ってて凛々しい。厳しくも見えるその表情は真剣そのもので、すでに手に構えた魔剣もゆらゆらと闇の魔力を僅かに放出していた。
けど、俺がそれを見てた一瞬。ニコラとふと目が合った。…しゃーねーな!俺が小さく拳を作って少し前に突き出してみせると、ニコラがふっと肩の力を抜いたように笑った。そこでまたキャアッと女の人の声が上がるわけですが…。
それも気に留めてないようで、ニコラは空いてる片手でふと首元を探る。何してんだ、と見ていると、ニコラがぎゅっと首元から探り出した何かを強く握ってみせた。…あ、あれは!
ニコラが手を離すと、その手から小さな光が転がった。銀の鎖に小さな星の形をあしらった飾りのついている首飾り、あれは俺がエッケプレであげたやつか!闇の精霊石を使ってあるから確かに戦いの助けにはなるかもしれない。
ミンミもそれを見ていたのか、じーっとニコラの方に目を凝らしながら言った。
「あ、あれって精霊石をはめたアクセサリーかな?お守りみたい…。素敵だね、大切なものなのかな?」
「…だったら、ちょっとは嬉しいけどさ」
「…もしかして、ステイト君があげたの!?」
「…うーん…」
思わず零れてしまった言葉にミンミが驚きながら俺を見た。俺は白とも黒ともつかない返事をしたまま、ぽりぽりと頬をかく。あいつ、ずっとつけてるんだろうか。律儀な奴。
ミンミがにこにこしながら、そうなんだー、と小声でつぶやいて何度もうなずいてるのはちょっと恥ずかしかったけどさ…。
流れ出した詳しいルール説明のアナウンスを聞きながら、俺も服の下に隠してあるニコラからもらった首飾りに無意識に触れていた。それに気が付いたときには、もうニコラは客から背を向けて桟橋をラグリマたちと歩き始めていた。
遠ざかる戦士たちの背中は堂々として、誰もが自信に満ち溢れている。きっと俺があの中に入っても場違いに小さな背中になるに違いない…そう思うと悔しい。
「俺も追いつけたらいいのに」
「私も。…だから今、頑張るんだよね。さ、もうすぐ第一グループがスタートするよ!ちゃんと見て、技とか盗んじゃお!」
ミンミの明るい声は、俺のもやもやした気持ちをすぐに晴らしていく。更に光を放って昇りだした太陽を見つめながら、俺も強く頷いていた。




