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ルキスの剣  作者: 夜津
第二章 トルメルの子
57/131

54 貴族で魔族


 「……大丈夫だ、ステイト!こっちだ!」

 「ああ!」

 

 俺は今、フーノット遺跡の地下にいる。前を小走りに進むジョエルを追って、この地下通路を拠点にしてる盗賊団のアジトに忍び込んでる最中だ!

ジョエルの案内でとりあえずストレートに宝物庫まで行くことになり、さっさと『開かずの宝箱』を奪ってすたこら脱出作戦!そんなにシンプルで大丈夫なのか不安になる作戦だよな。


 けど、これには思わぬラッキーがある。地上でジョエルと作戦会議したときに聞いたんだけど、なんと!ちょうど今日は盗賊団のボスが不在らしい!なんでも、ちょっと遠くの町に行く用事が出来たとか。

それで数日アジトを空けるらしく、そのお留守番に残されたのがいわゆる『役立たずメンバー』らしい。ジョエルは正直、このヘタレっぷりだし戦闘力もあまりなさげだからな。やっぱり下っ端だ。

 つまりやる気も戦力もない盗賊団員しか今はここに残されていないうえに、そのメンバーさえ今はお昼寝の時間でスヤァ…というわけだそうだ。

 

 よくそんなんで見張りなんて引き受けたな、とジョエルに言ったら、一人でゆっくり本が読めるからって返事された。本を読むのが好きなのか聞いたら、何故かはぐらかされちまったけど。


 そんなわけで今、俺とジョエルは宝物庫という名のただの小部屋に向かっている。もし盗賊団員に見つかっても、俺が新入りの団員だと言って誤魔化すつもりだ。

なんつーか、それなりの決意と覚悟をしてわざわざここまで来たのに、ちょっと拍子抜け。それでも簡単に安全に終わるならそれがベストだよな!


 遺跡の地下はそれなりにしっかりと作られてる。掘ったトンネルみたいに土がむき出しってところも少ないし、ちゃんと石壁の通路が続いてる。明かりも雑ながら用意されてるし、ここなら確かに住めそうだ。

かつかつと前を進むジョエルが振り返って、小声で言った。


 「もう少しだ!すぐに着く」

 「了解!…って、おい」


 あれ、向こうから人が歩いてくる。くっちゃくっちゃと口を動かしながら、だらだらと歩いてくるのは…団員か?そいつは暗い通路でジョエルと俺を見て、ああん?と睨みながら足を止めた。


 「おい、お前ら。何やってんだあ?」

 「あぁ、こいつ、新入りなんスよ。それでアジトを案内してるんス」


 ぎろっとオッサンが俺を睨み、ハンッと馬鹿にしたような息を漏らして笑った。ムカッ。殴ってやろかとは思うけど…はい、自制自制!俺は両手をこすりながらにへらーっと頭を下げる。


 「いやぁ、こんちはッス!よろしくッス先輩」

 「てめぇ、そんなひょろくてここでやっていけんのかあ?舐めてんじゃねーぞ?」

 「頑張るッス!」


 にへにへー、としながらぺこぺこ頭を下げてると、またハンッと笑ってオッサンが歩き去って行った。……ムッカーッ!なんだあのおっさん!腹立つ!どうせ役立たずメンバーの居残りの癖に!

薄暗い通路の中でも分かるぐらい、ぷっすーと頬をふくらます俺にジョエルが笑った。


 「表情豊かになったんだな」

 「まぁ、な。…昔はあんな腐れオヤジばっかに囲まれて平然と暮らしてたんだもんな、今じゃ信じられねーや。今なら一人残らず殴り飛ばしてるのに」


 土っぽい匂いのこもる通路を更に歩いて行くと、あっさりと宝物庫スペースに辿り着いた。俺がそう分かったのも当然、だって扉で隔てることさえしないただの小部屋に、すっげぇ雑に宝が積んであるだけなんだからな。…お粗末な!

安全性の欠片もねーな、と思いながら一応ジョエルに確認を取る。顔を上げるだけで無言で頷かれるあたり、『どうぞご自由に漁ってくれ』ということなんだよな。


 えーっと、宝箱はっと。宝の山のコインや宝剣をチラッチラ見ながら…いや、ダメだ!ここで欲を出すな!俺の任務は何だ、言ってみろ!そうだ!開かずの宝箱の奪還、それだけだ!ネコババするのは…今はダメだ!

とは言われてもこの財宝の山だぞ?そっちのでっかい宝箱も気になるなー…やっぱりニコラを呼んで全員まとめてぶちのめしてから全部のお宝を取っても良かったかも。

 そんなことを考えながら宝の山の一角を静かに崩してると、ジョエルが何かを見つけたらしい。俺の隣に来て、ずぼっと小さな箱を引き抜いた!


 その拍子にがらがらっと崩れかける山をなんとか手で押しとどめながら、俺は黙ってジョエルの手にある箱を見る。ちょうど両手で持てるぐらいの、あまり大きくない宝箱だ。ま、まさかそれが…例の宝箱か!もっとデカいのかと!

近くに人がいないのを確認してから、ジョエルが色あせてちょっとぼろっとしてる木の宝箱を俺に渡した。


 「これが、その開かずの宝箱だ。腕のいい鍵開け師も匙を投げ、どんな破壊魔法にもしっかり耐えてうんともすんとも言わねぇんだとか」

 「こいつか…!…どうしよう」


 すぐ開けるか?でも、それだとジョエルの前で俺の力を披露することになる。いや、もうエスイルやらリウやらしてるんだけど、何も知らないジョエルは多分あれを普通の魔法だと思ってるだろうし。

ただ、どう頑張っても一流ギルドが力を出し合っても開けることができなかったこの木箱を、俺がアッサリと開けるところを見ればちょっとは変だと疑うだろ?いくら俺が、ジョエルの知ってる『元・盗賊』だとしても。


 やっぱりここはひとまずそのままお持ち帰りだ!俺はポケットに忍ばせていた風呂敷にササッと宝箱をくるんで、何食わぬ顔で片手に持つ。もともと荷物なんて持ってきてないけど、これなら自然だろ。宝箱が小さくて良かったー。


 「…こんなにあっさりとうまくいくなんて」

 「運が良かったんだ。もしボスがいたら…ああ、考えない考えない。…なぁ、俺の部屋に寄っていいか?荷物をまとめるから」

 「へ?なんでジョエルが荷物をまとめんだよ」


 ぶるっと震えて見せながらジョエルが俺を見た。薄暗い小部屋の中でちょっと見上げた先にあるジョエルの表情はやっぱり不安そうだけど、どこか強くて固い意志を感じる。俺は首を傾げた後、あ、と呟いた。


 「…そっか、お前…ごめん」


 思わず俺はすぐに下を向いてしまった。そうだよ、何を呑気な質問をしちまったんだ。ジョエルはここを出て行くつもりなんだ。…俺のせいで。

ジョエルと俺が一緒にいるのをさっき団員に見られてる。俺がいなくなった後に宝箱がなくなったとばれたら、当然一緒にいたジョエルが怪しまれる。そんなジョエルがここに居続けるわけにはいかないんだ。


 ジョエルは俺を手伝うと決めたときから、今の自分の居場所を失うことを見越してたのか。いくら盗賊団がダメな居場所だとしても、今のジョエルの居場所はここしかないのに…。


 やたら足元の小石が気になる、というように視線を彷徨わせていたジョエルは、俺にハハ、と笑いながら小声で言った。


 「いいんだよ。いつか出なきゃいけない、その機会をステイトがくれただけだ」

 「…ジョエル、ありがとう」

 「…なんだか、むず痒い感じだな」


 ジョエルがふらふらっと小部屋を出て、また薄暗い地下通路を歩き出す。すっかり団員は寝てるのか、辺りは全く音がしなかった。しばらく二人で黙って歩き、ジョエルの部屋に着くとすぐにジョエルが中に入っていった。

俺が待たされた時間は本当に僅かで、俺がちょっとぼんやりしてる間にジョエルは出てきた。俺と同じように片手にまとめた風呂敷を持ってる。

 俺が風呂敷を見ると、ジョエルは少しそれを引き揚げながら肩をすくめた。


 「…じゃ、行こうぜ。俺の大事なモンはこの風呂敷に収まるぐらい小さいから楽だろ?」

 「今から膨らむといいな、その風呂敷」


 にや、と笑ってやるとジョエルが垂れ目をまた見開き、言葉を失ったようにぽかんとしていた。な、なんだよ、俺だけなんか恥ずかしいだろ。脇腹を小突いて俺が歩き出すと、ジョエルはまたハハ、と小さく笑って俺の後ろを歩いた。



 **


 

 本当にあっさりした脱出だった。地下通路ではほんとに仕組まれてんのかってぐらいスムーズに道を戻れたし、これは嬉しいことだけど戦闘もなかった。本当は多少、頑張らなきゃいけないかなーとは覚悟してたんだけど拍子抜けだ。

もちろん何もないに限るわけで、俺とジョエルが再び地上に階段で戻ってきたときは二人して大きなため息をついた。


 ざわざわと風に森の木が揺れ、高い空はこのフーノット遺跡の天を囲む。薄くて白い雲が眩しい晴れた青空に流れてくのを見上げ、もう一度大きく深呼吸。すぅー、はぁー。…。……。………。


 「…蒸し暑い!」

 「地下って涼しいんだよなぁ」


 暑い!地下涼しい!地上暑い!何だこの空気は!もやんもやんと熱を含みやがって!来るときはすっかり慣れて気にもしなかったけど、……あっつい!ジョエルを見ても同じで、額をぬぐってる。

ちら、と目があって俺は小さくVサインを作った。


 「…脱出成功!」

 「…ああ!」


 ジョエルが一瞬またぽかん、としてからにこっと笑った。おおっ、ジョエルがちゃんと笑った!こうしてみると年相応で、やっぱり俺よりはちゃんと年上なんだなって見えるけど…どうも頼りないのは抜けないみたいだ。

砂っぽい遺跡を見つめながらぐいっと体を思い切り伸ばした。じりじりと熱が体を焼くような気さえしてくる。あっちぃ…。


 「行こうぜ、ジョエル!団員が気付いたら厄介だしさ」

 「分かっ――――」


 ――――ズサッ!


 突然ジョエルの体が崩れ落ち、地面に倒れた!俺がそれに驚いたのと、ナイフを胸の前で構えたのは同時だった。ガキンッとナイフが金属音を響かせ、俺は目の前を見上げた。おやまぁ、と感心するような声が上がる。


 す、と相手の体格を確認する前に俺は後ろへ跳んだ!ジョエルが倒れたすぐ傍まで跳び、相手から距離を取る。ジョエルをかばうように立ち、改めて俺は突然の襲撃者を見た。…誰だ、こいつは。


 俺と距離をとった先、ちょうど遺跡のオブジェの影にいるのは眼帯を付けた男だった。どっかの王国の貴族みたいな豪華な服と、それにミスマッチな眼帯。艶やかで優雅な青い髪が後ろへぴんぴんはねてる。…貴族?


 「…あんた、誰だよ」

 「おやおや。私たちの城に勝手に忍び込んでおいて、随分態度の大きな鼠もいたものですね」


 落ち着き払った声で、バサリと懐から扇を取り出しながら男が答える。年齢は…少なくともニコラやジョエルよりは上だろうけど、オッサンというにはちょっと若い。俺の警戒した視線にも動じず、ふふんと勝気に笑った。


 「あなたこそ誰なんです?なんともみすぼらしい少年よ」

 「黙れ貴族男!誰がみすぼらしいだと!?」

 「やはり品のない…。仕方のない貧民に教えて差し上げましょう。私はロランド・ボダン・シャノワーヌ。名家シャノワーヌ家の次期当主候補第一権威の…」

 

 ―――ズサッ!


 突然得意気にペラペラと喋り出した男に俺は黙って素早く近づいて背後に回り込み、ナイフを振り上げた!男のド派手な服を少し裂き、男が憎々しげに呻く。


 「ひ、人が話しているときは最後まで聞くのがマナーというものでしょう!?」

 「いや、…なんか面白くなさそうだったし長引きそうだったからつい…」

 

 うん、気づいたら勝手に体が動いて奇襲しちゃっただけなんだって。俺、相手の話をろくに聞かないし…それに。


 「それに、ジョエルに何したんだ」


 ちら、と目を動かすと視界の端でジョエルが地面に伏しているのが見えた。ジョエルはさっきからピクリとも動かない。…この貴族野郎、何しやがった?

俺の厳しい視線に、男…ロランドがニヤァッと口角を上げた。オブジェの影から一歩足を動かし、その足が日光に照らされる。


 「裏切り者に罰を与えたまでです。私の盗賊団を勝手に抜けようだなんて、せめて私に一言挨拶を寄越してほしかったですね」

 「盗賊団…!?まさか、お前…盗賊団の頭か!?」


 ロランドが俺の驚いた様子に得意気に胸を反らし、またバサッと扇を開いて決めポーズをとる。…なんだこいつ、とは後でツッコミ入れよう。


 「いかにも!この下劣で貧相で品のない盗賊団員を優雅に高貴にまとめ上げているのですよ」


 うぜぇ…。背景がキラキラ光ってやがる。どうやら自分に酔ってるらしいロランドを注意深く見ながら、俺はそっとジョエルの傍に移動する。まだロランドが高笑いをしているのを確認し、小声で後ろ手にジョエルに触れてつぶやく。


 「…癒せ、エスイル」


 ―――フワッ!


 ロランドに見つからない程度の光がこぼれ、ジョエルを少し回復させる。う、とジョエルが頭を抱えるのをロランドに見られないように隠しながら、俺はロランドに声をかけた。


 「じゃあ噂の魔族はてめぇか!何でそんなお高い魔界の貴族様がこんなしみったれた遺跡で盗賊なんてやってやがるんだ!?」

 「これも世界を学ぶプランの一つですよ。愚かな人間を下僕として従える練習です。元は父上の命令で、魔法が効かない民族の生き残りを捕まえに来たのですけれどね。案外今の暮らしが楽しいのですよ」

 「…!」


 あからさまに、俺とジョエルに侮蔑するような視線を投げてロランドが笑った。ロランドの青い髪がぬるい風に揺らされてなびく。俺は思わずその様子をゆっくりと見つめてしまうくらいには動揺していた。


 こいつ…俺を探しに来た魔族の一人か!…でも今の様子じゃ、その探し人がこの俺だなんて全く気付いてなさそうだ。ここはもちろん隠し通す方向で行こう、本気で戦うと俺も疲れるしジョエルが巻き込まれる…!

たら、と額から目に汗が流れるのに顔をしかめながら、俺は何も知らない様子で鼻で笑って見せる。


 「…愚かな人間を下僕に、だと?どんなボンボンの魔族だか知らねぇけど、随分言ってくれるじゃねーか。盗賊仕事が楽しいなんて、お坊ちゃんには似合わねーな!」

 「似合うも似合わないも、低俗だと分かっていてもやはり楽しいものは楽しいですよ。少し私の力を、ニンゲンには理解しようにもできないような魔法をちらつかせるだけで怯えるのですからね。

  あなたも私の魔法を見れば、そんな生意気な態度も…変わるでしょうね!」


 ――――フォンッ!


 ロランドが自信満々に片目をにっこりさせ、力強く手を振り上げる!その手を中心に黒紫の魔法陣が浮かび上がり、ギュオンッと風を巻き込みながら闇のボールを作り出した!おいおい、魔法か!

俺の表情が少し硬くなったのを見たのか、ドヤァって感じでロランドが空いてる片手で自分の髪を掻き上げる。ファサッと揺れる青い髪とは反対に、バチバチと激しい音を出しながら闇のボールは光を放っていた。


 俺が少し焦ってるのはもちろん、俺の身に危険があるからじゃない。俺はどうにでもなるけど、俺の足元で転がってるジョエルがどうなるか…!俺にジョエルを抱えてすぐに逃げる体力はないぞ!

俺の体質はあくまで、自分を標的とした魔法を打ち消すものだ。この魔法が俺だけを攻撃対象にしてるならいいけど、魔法の攻撃範囲が広範囲に及ぶならジョエルに被害が及ぶのは間違いない。

もちろん俺が魔法を無効化したら、俺がトルメルだってバレちまうからそれもできれば避けたいけどさ…!


 どうする。…どうする。一歩俺は後ずさり…、


 ―――チャリッ


 …チャリッ?小銭?さっき俺が足を動かしたとき、なんか聞こえた。いつ攻撃されるか分からない状況なんだけど、俺は思わずズボンのポケットに手を突っ込んで音の主を探した。…あ、何か入ってる。


 「…コイン?」


 すっと取り出してよく見てみると、何枚か硬貨がポケットに入ってた。おっと、買い物のお釣りを入れっぱなしにしてたのか…。しげしげとそれを眺めてると、その先の方向で魔法を撃つ準備をしたロランドが叫んだ。


 「…いったい何なんです?この魔法が見えないのですか?余裕ですね、少年」

 「あ、悪ぃ。なんかコイン見つけて…あれ、このコインって魔族のコインじゃねーか」


 ちょっと視線の先のロランドが唇をヒクヒクさせてたから、ちょっと無視してたのが可哀そうになってつい謝る。なんで謝っちまったんだろう、と自分でも後で思ったんだけど、俺の言葉を聞いてふいにロランドが首をかしげた。


 「…魔族の、コインを?何故人間のあなたがそんなものを?」

 「うーんと…、あ!そうだ、ロザだ!ロザから貰ったコイン、いつの間にかポケットに入れてたんだな」


 ぽんっと手を叩きながら、俺は指先につまんだコインをまたじっくり見た。そのときにちらっと足元を見ると、ジョエルが俺と目を合わせてまた大人しく砂の地に倒れているふりをした。よしよし分かってんじゃねーか!

ここでジョエルが復活したら、ロランドはまたジョエルを襲う。悪いけどジョエル、ここは俺に任せて大人しくしててくれ…。


 んでまた顔を上げる。俺は、無視し続けたロランドが怒ってるだろうなと予想して顔を上げたんだけど、俺の予想はだいぶ外れることになる。


 あの自信満々、余裕たっぷりにクソ生意気な様子で魔法の発動準備をしていたロランドは、その表情を一変させて目を大きく見開いていた。


 「…ロ、ロザ…!さっきあなた、ロザと言いましたね!?ま、まさか…そのロザというのは…植物魔法を得意とする、薄紫の髪の…!」

 

 声、震えてんぞ。どうやらロザは有名人らしく、突然ぷるぷる震えながら悲鳴のように叫んだロランドに俺は驚いた。ロランドの準備していた魔法が掻き消えるのを見ながら、こくっと頷く。


 「あぁ、オネエ魔族の」

 「で、では…あなたは…ロザクオレ様の…お知り合いですか……!?」

 「様ぁ?あいつそんなに偉いの?」


 コインを思いっきり振りかぶって勢いよく投げる!キランッと光を反射しながらまっすぐに飛んだコインは、突然落ち着きなく慌てふためき始めたロランドの胸に当たって地面に転がった。ロランドはそれを拾い上げ、ひぃ、と悲鳴を上げる。


 「こ、この印は…!…っ!?」


 ―――バシュンッ!


 ロランドがコインを確認したとき、音を立ててコインから光が飛び出した!まさにレーザービームみたいに飛び出た光は、地面を削って軌跡を描き、またバシュンッと音を立てて消える。うおおっ、びっくりした!

ロランドの驚きようと言ったら、もう最初の登場時の余裕はなんだったのかって慌てっぷり!ジョエルよりも情けなく見えるそれに笑いをこらえながら、俺はコインの光が地面に描いた模様を見つめる。


 …読めねぇ。地面に子供が石で落書きしたようにしか見えないそれは俺をがっかりさせるのに十分…だけど、ロランドが更に表情を凍らせた。なんだよなんだよ、魔族の文字なのかよ!


 「なんて書いてあるんだよ」

 「…『この子に手を出すなら許さないワヨ(ハートマーク)』…って…」

 「ぶふっ」


 ぶっふ!これが吹き出さずにいられるか!?正直なところ笑えばいいのか後でロザを殴りに行けばいいのかよく分からないけど、ご丁寧にロランドがそのまま読み上げたことに吹き出さざるを得ない…!…ぷふっ!

あ、おいジョエル!お前は大人しくしてろ!ぷるぷる震えてんじゃねぇ!


 「あ、あ、あなたは…ロザクオレ様の何なのですか!?」

 「うーん…何だろう。知り合い?」


 ひょんなところから浮き上がったロザの話題に興味がないわけじゃねぇけど。…だってこいつ、貴族なんだろ?しかも結構エラそーな感じの。そんなお貴族ロランド様が恐れをなすロザクオレ様って何モンだよ、って思うだろ。

だけどここで問い詰めなくてもいい。気になることは当人に聞きゃいいんだからな。…どーせまたロザとは会うことになるんだろうし、そのときにでもとっちめてやろう。


 俺がロランドを振り返ると。ロランドは震える手でコインをしっかり掴んで、俺にぺこーっと頭を下げてきた!って、えっ!?


 「うわ!?いきなりどうしたんだ!?」

 「ろ、ロザクオレ様のお知り合いとは知らずに!大変な無礼を!」

 

 ロランドの表情は、綺麗なまでに体を折り曲げたおじぎのせいで見えない。え、え…でもいきなりこんな風になるか!?手の平を返してる、というか手首大回転だ。俺は言葉を失ってしまった。お前それでいいの?とさえ思える。

もちろんこれは願ってもないチャンスなわけで。ロザの存在とコインのおかげでこの場をうまくやり過ごせそうだし、俺が盗み返した『開かずの宝箱』も不問になってる。


 もう一度ジョエルを見ると、少し顔を傾けて俺に視線を合わせてきた。逃げよう、とその目が語ってるのはよく分かる。俺もそうだな、と頷きそうになって…ちょっと止まった。…何か、引っかかる。


 俺とジョエルは無事にこの盗賊団のボスだと恐れられてるロランドから逃れることができて、俺も宝箱を奪還できたしジョエルは盗賊から足を洗うつもりなんだ、ハッピーエンドじゃねぇか。

何が引っかかるんだろう、と思った時にふとレリアさんの言葉が脳裏によみがえった。


 ―――『遺跡から盗賊団を追い払おうとしたのですが、頭領の魔族に皆が傷つけられてしまって…』


 それだ!なんとなく自分がいらないことに首を突っ込んでしまった気がしたけど、それがなんだってんだ。俺はその言葉を思い出したときに、自分が冷静になる前に一歩足を踏み出していた。


 「…なぁ、ロランド。ついでだから俺、お前に言いたいことがあるんだよ」

 「な、なんですか!」

 「楽しいから、とか言って人を傷つけるのを辞めろ。盗賊団なんて辞めちまえ、…それより面白いことを教えてやるよ」


 ロランドがぱっと顔を上げた。その表情の中に、眼帯で片眼が隠れた中にもロランドの『プライド』や『悔しさ』、俺への復讐心を直感で感じる。ロランドが恐れてるのは多分ロザで、俺を恐れてるわけじゃない。

俺が『そんなことやってるならロザに言いつけちゃうぞ!』みたいなことを言ったら効果覿面だろうけど、それは俺のプライドが許さないから却下!

 代わりに俺は、ニヤァッと不敵に笑って見せた。


 「お前の探し人、知ってるぜ。魔法の効かない民族の少年、だろ?ロザから聞いたんだよ。そいつ、今はもう北のネーディヤ帝国に向かったって話だぜ。あ、これ俺とロザしか知らない秘密の情報だからな。

  利益はお前が考えればいいと思うけどさ?こんなとこでいつまでも人間をいたぶって遊んでるのと、さっさとネーディヤに行って例の少年をとっ捕まえてお前の貴族としての価値と名声を上げるのとどっちがいいのか、なんてさ」

 

 もちろん嘘ですけどね!だってその少年俺だし!俺、ここにいるしぃー!魔族の癖に魔力探知もしないで目の前の俺の正体に気づかないのがバカなんですぅー!と心の中で笑い転げながら、表向きにはまじめな声で言う。

ロランドを見守ってると、一瞬にしてその表情が変わった。見事に釣られてくれたらしいな!ロランドが真剣な表情で考え込み、何かを天秤にかけてるのが手に取るようにわかる。すぐにロランドは顔を上げた。


 「ロザクオレ様の情報に間違いはありません!こんなくだらないことをしている場合ではない…、私は北へ向かいましょう。…ふふふ、これで私の将来も安寧ですね……私の手柄ですよ…ふふふ」


 言うなり、ロランドの姿はブオンッと靄のように現れた闇に包まれて消える。真昼の遺跡に現れた闇の靄は場違いにも程があるけど、すぐにその闇が晴れる。ロランドの姿はもう消えてたから、さっきのは空間転移魔法だろう。


 ……。………ふっふっふ!


 「大・勝・利ーっ!!ぶわーっはっはっは!笑いが止まらねぇぜ!バーカ!さんざん北で寒がるんだな!はっはっはーっ!」

 「…」

 「いやぁ私利私欲に溢れてる坊ちゃん魔族は扱いやすくて助かるぜ!最初の余裕たっぷり感でゴリ押しすれば俺も焦ったのによー!うっへっへっへ!」

 「…あの、ステイト」

 「…あ、ごめんジョエル。もう起きていいぞ」

 

 俺が遺跡の真ん中で一人で高笑いしてると、足元のジョエルがもそもそと動いた。砂の付いた顔をぬぐいながら、ジョエルが俺を複雑な視線で見つめた。…な、なんだよ。助かったんだからいいだろ?


 「…いやぁ、俺、話よく分からなかったけど…つまり、ボスを騙したってことだろ?あんなに小物っぽかったけど、ボスは強いんだぜ…?」

 「強くても強くなくても騙される方が悪いしあいつなんて小物だ小物!まだニコラの方が立派だな…って、そうじゃねーな。せっかく騙されてくれたんだ、手下の奴らが気付く前にトンズラしねーと」


 起き上がるジョエルの背中の砂をはたきながら、俺は遺跡を見回す。改めて見ると、綺麗なところじゃねーか。周りは自然にあふれてて、朽ちた石像に絡むツタとかは絵になる。早くここをレリアさんたちが調査に来られるといいけど。


 さぁて、またあの鬱蒼とした南国の森を抜けなきゃいけないのは気が重いけど。ジョエルが一緒だから、話し相手には退屈しないか。それにジョエルの今後も一緒に考えてやらねーと。


 荷物を確認して、俺は『開かずの宝箱』を包んだ風呂敷を握りしめて森へと歩き出した。少し遅れて、ジョエルが情けない声で、置いてくな!と言いながら着いてくる。それに適当に返事をしながら俺はちょっと考えていた。


 …結局、ロザって何者だったんだ?



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