表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルキスの剣  作者: 夜津
第二章 トルメルの子
56/131

53 フーノット遺跡へ



 いやーっ、心を込めて謝るってすごいことだな!まさか適当に言い訳を述べてたら、お小言をずっと正座で聞かされたり簀巻きにされかけたりするなんて思わなかったからな!

そりゃあ俺だって、女の子と市場に出かけたらまさかダンジョンに挑むことになったなんて結末、想像もしなかったぞ?そう、俺は悪くねぇ!


 まぁ、そう力説したところでニコラさんのお怒りが静まるはずもなく。俺はとっぷりと日が暮れて全ての星が輝き出すまで延々とお説教を聞かされ、もう最後の方なんて呪文のようにメンゴメンゴ言い続けてた。

もちろん更に怒られたからその後は俺の心の限りを尽くして謝り倒したんだけどな。


 何が悪かったって、そりゃもう怒りつくしたニコラが最後に優しくなって、このセリフ。


 『…ひとまず無事ならいい。…夕飯、食いそびれたな。俺が台所を借りて何か作ってくるから待っていろ』


 それが一番沁みる罰だと何故このバカ騎士は気付いてくれないんですかね、と。料理ベタは無自覚なんですね、と。俺は一日の疲れを忘れて全力も全力で阻止にかかる羽目になったわけだ。

そんなこんなで結局普通のご飯にありつけた俺は、その夜は疲れきって泥のように眠った。それが昨日のお説教ハイライトだ。


 そして現在。俺は一人で朝のロロターナの町をてけてけと歩いている。朝といっても朝ご飯は終えたし陽も昇ってるから朝と昼のちょうど真ん中ぐらいになるのか?

今日の俺の目的は、昨日バルバーラ婆さんに教えてもらった『開かずの宝箱』の情報を集めることだ。ほら、鑑定ギルドに預けてたらなんと誰かに盗まれちまったという、例の宝箱。


 鑑定ギルドなんだから貴重なものも扱ってる、だったら尚更そういう防犯には気を配ってると思ったんだけど…まぁ、その辺の話も詳しく聞かせてもらうために、俺はその鑑定ギルド『サークルム』へと向かっている最中。


 ちなみにこの開かずの宝箱のことも洗いざらいニコラには吐いた。隠すと身のためにはならないし、これ以上心配かけるのも悪いし、何よりニコラの料理フルコースセットが恐いから!

そしたら当然の如く俺についていくって言われたけど、正直邪魔だからお断りした。だって考えても見ろよ、俺はその盗人相手に決闘を申し込みに行くわけじゃないんだ。ただ盗まれたものを返してもらうだけ!戦闘は必要ない!

それに俺を誰だと思ってやがるんだ?そう!二年前までは盗賊界をときめいてた元・超凄腕盗賊!えっへん!バカニコラの野郎に捕まるまでは向かうところ敵なしの盗人だった俺を、王都民は『天才』とまで呼んだ!


 つまり。当時に培った盗みスキルを生かして、宝箱を盗み返しちゃおうじゃねぇかという魂胆だ!大丈夫、これは宝箱が必要だから取り戻すだけ!アリシア、俺は悪いことをしてるわけじゃないんだからな!


 そんなわけでなんとかニコラを説得し、ニコラには今日もエルマノスの方へ遊びに行ってもらうことにした。ちょうどエルマノスもニコラを認めたみたいで、すっかり打ち解けてるし。

俺はミンミにサークルムのことだけ聞いて、すぐに町へ出た。ミンミもついて行くって言ってくれたけど、さすがに今回のことはミンミには話せねぇし…。事情は言えなかったけどこっちも丁重にお断りしておいた。


 

 サークルムの拠点はエルマノスの拠点がある通りからは少し離れてて、どちらかというと海より内陸の方面にあった。大きくて落ち着いた木造建築の拠点は、アンティークでずっしりと重みがある。

その辺の道を歩いてる人も、古そうな本とか重そうなカバンとか抱えてたり、いかにも研究者!みたいな…なんというか、頭の良さそうな人たちがいっぱいだ。近くに立ち並ぶ店も古文書などを売ってるところが多いみたいだし。


 けど、ここでずーっとつっ立ってるわけにもいかないよな。ミンミに印をつけてもらってた地図を懐にしまい、俺はサークルムの拠点の建物へと足を踏み出した。


 重くて大きい木の扉を開くと、どこか埃っぽい匂いが中から漂ってきた。建物の中を覗き込むと、エルマノスのがやがやした雰囲気とは違って、図書館と似た静かで落ち着いた雰囲気になっている。

木目が独特な木の床を歩くとぎしり、ぎしりと音がする。少しの話し声がロビーの空間に響き、それでも心地のいい拠点だと感じさせられる。


 えっと、受付は…と。机や本棚の並ぶ広いロビーを歩きながら見まわしてると、近くのテーブルから若い女の人の声が聞こえた。


 「あ、あれ?あなた、馬車に一緒に乗ってた…」

 「へっ?…あっ!魔法使いのお姉さん!」


 突然かけられた声に驚いて振り返ると、一つのテーブルで読みかけの本にしおりを挟んでいたお姉さんがこっちを見ていた。淡いオレンジ色のショートヘアの可愛い感じのお姉さんは、一緒に馬車に乗ってた人だ!

馬車でコットリアに向かってたら魔物が湧いて、倒すのに手伝ってもらったんだっけ。こんなところで出会えるなんて!えっと、名前は…そうだ。

  

 「レリアさんだ!」

 「そうです!レリア・ハンプソンです!えっと、ステイト君ですよね?もしかして、サークルムに何かご依頼が?」


 おおーっ、俺の名前覚えてもらってる!大きな緑の目をにこっと細めて、優しい笑顔でレリアさんが俺に聞いた。あれ、この聞き方は。もしかしてレリアさんって、ここのギルドに所属してるのか?

と思ってよく見ると、腕章が目に入った。レリアさんのしている腕章には、この建物の入り口や内部にもところどころ見られるシンボルが描いてあるから多分レリアさんはサークルムの人なんだ、と思う。


 「サークルムに預けられてた『開かずの宝箱』の話を聞きたくて」

 「あ、あの塔守のババさんからの!もしかして、ババさんに会えたんですか!?」


 レリアさんがさりげなくテーブルの椅子をすすめてくれたのに従って、レリアさんの向かいの席に座る。俺の言葉にレリアさんが大きな目をぴかぴかさせて身を乗り出した。


 「すごいです!ババさんに会える人はすごく少ないんですよ!この町の魔法使いは誰もが会ってみたいと願う人物ですけど、やっぱり難しいんですよ。あ、お茶入れますね」


 目をキラキラさせたレリアさんが手を組んで明るく言い、さくさくとお茶を用意してくれる。い、いいのか?俺、まだカウンターにも行ってないんだけど。慣れた様子でお茶の準備をするレリアさんに俺は聞いた。


 「あの、俺、そんなにおもてなしされるほどじゃ…」

 「いいんです!それに、私はサークルムのギルドメンバーですから!せっかく来てくれたんですし、ゆっくりしていってください」


 にこっとレリアさんがほほ笑むと、なんだか断るのも悪い気がして俺は椅子に深く腰掛け直した。さらっと短いオレンジ色の髪が揺れるのを見ながら、コットリアの女の人って綺麗な人が多いよな、とか思ったり。

けど視界の端でちらちらとレリアさんを見てる男の人があちこちに見えるから、多分レリアさんはこのギルドの中での『憧れの女性』なのかと推測してみる。俺への視線が痛い…。


 すっかり落ち着いた俺は、レリアさんが出してくれた茶菓子をかじりながらロビーのテーブルでくつろいでいる。レリアさんも興味深げに俺を見た。


 「だけど私、気になってたんです。ステイト君、最初見たときはすっごく細いから戦えるのか心配で…。けど、最後に袋にぎっしりのコアを回収してたでしょう?強いんだ!と思って」

 「ほ、細…くはないです!最近肉も食ってますから!レリアさんもすっげぇ強い魔法使ってたんで、俺もびっくりしました」

 「ちょっと魔法は得意なんです。だけど、私、遺跡とか古文書とか歴史が好きで…だからここのギルドで働けるのが幸せなんです。まだ駆け出しなんですけどね」


 ハーブティーはシエゼ・ルキスのハーブティーとは全く違う匂いと味がした。なるほど、これがコットリア・ハーブティー…!だいぶ香りが強くて刺激的だ。ふーふーとお茶を冷ましてると、あっ、とレリアさんが声を上げた。


 「開かずの宝箱のことでしたよね!もうお聞きになってるかもしれませんが、あの宝箱は…申し訳ないことに、盗賊団に盗まれてしまって…」

 「婆さんが言ってました。それで、取り返せたら俺のものにしていいって言われたんで情報を集めに来たんです。俺、その宝箱をどうしても欲しいんです」


 真剣な表情でレリアさんに言うと、困ったようにレリアさんが首をかしげた。


 「だけど、私たちのギルドが総力を挙げてもあの宝箱は開かなかったんです…。それでも、欲しいですか?私たちじゃ中身を確認することができないんですが…」

 「大丈夫です!…俺、貰っちゃってもいいですか?あと、その盗賊団についても教えてほしいんです」

 「…はい、ババさんに許可をもらっているのなら、私たちは全く問題はないです。ですが、…取り返すのは難しいと思います…」


 レリアさんがそっと目を伏せて、悔しそうにハーブティーの水面を見つめた。


 「何で難しいんですか…?」

 「…その、盗賊団自体は在り来たりな盗賊団なのですが、どうやらその頭領が魔族らしくて、戦っても歯が立たないほど強いそうなんです。私は戦闘班じゃないので実際には見ていないんですが…」

 「魔族が!?」


 な、なんだと!?魔族の奴ら、盗賊までするのかよ…!それよりもコットリアの一般人であるレリアさんが魔族を知ってるんだから、それほどこの町じゃもう魔族は珍しくもないのかもしれない。

俺は手を止めて、ちょっと考えた。魔族が盗賊団を率いる…何故に。あいつらが金に困る訳ない。だったらきっと、魔族の世界からこっちへ出てきて、盗賊生活を楽しんでるとかか…?


 もしそいつがただのバカならいい。けど困るのは、その魔族が本来は俺を探しに来ていたけど結局盗賊生活を始めただけ、とか。やってきた侵入者が、本来探してたターゲットなら?当然俺を捕まえるはずだ。

そうなれば俺は自ら危険に突っ込んでいくことになる。当然、戦う気はない。それでも、前のシャムロック三兄弟みたく、俺を窮地に追い詰める可能性だってあるわけだ。


 うーん、…だけどここで『そうですか!うわー恐い!んじゃ宝箱は諦めます!』なんて言えるわけない!そうだ、どっちみち考えたって俺は行くしかないんだ!


 ちら、と前のシャムロック三兄弟を思い出す。あと一歩、ニコラが来るのが遅かったら俺はきっと魔界に連れて行かれてた。…今回はニコラの助けは完全にないどころか、他の人の助けもない。

いつから他人をあてにするようになったんだろう。そんな思いが心の端に浮かんだけど、ちょっと違うんだ。頼ることと依存することは違う。俺は今、ニコラの気持ちに頼り、サークルムの情報に頼り、自らの手で宝箱を取り戻すだけ!

そう思うと、自然に口が動いていた。


 「教えてください。やっぱり俺、その盗賊団から宝箱をどうしても取り戻さないといけないんです」


 少しの沈黙。柱にかけられた大時計がかちかちと音を鳴らして針を動かすのがふと視界に入るほど、レリアさんと俺は静かに黙りこくっていた。レリアさんは心配そうに俺を見たけど、すぐに目を閉じた。


 「…そうですね。とっても強い意思を感じます。危ないと引き止めたって無駄なんですね」

 「すいません。けど、俺は絶対に取り戻してきますから」

 

 レリアさんが俺の表情をもう一度ゆっくりと見て、優しく微笑んだ。それからいたずらっ子のようにそっと唇に指を寄せ、しー、と息を漏らした。


 「ですが、ギルドがそんな危険な情報をお客様に渡したなんてやっぱり言えません。だから私が、個人的に教えます。こっそりですよ、だから私が教えたことは秘密にしてくださいね?

  ステイト君が強いことは、前の戦いで私も知ってます。そしてその揺れない意思を尊重して、盗賊団の情報とアジトの場所を教えますね。…私は仕事が入っててついて行けませんが、…無事で帰ってくることを約束してください」

 「…はい!ありがとうございます!俺、その宝箱を取り返したらまたここに来ます。…レリアさん、本当にありがとうございます!ほぼ初対面の俺に…そこまでしてくれて」

 

 レリアさんは、当然のことです、とにっこり笑った。


 「人の出会いや縁は奇跡なんです。こうやってまた会えてお話しできたのも何かの縁。私はきっと、ステイト君を助けるためにあの馬車に乗り合わせたのかもしれませんね」

 「…レリアさん」

 「それに」


 うふ、とレリアさんがまたイタズラを仕掛けるような子供っぽい表情でウインクした。


 「ステイト君の傍にいたお強い騎士さん。あの方が、とってもあなたのことを信頼しているように見えたので」

 「…は!?」


 な、なんだよそれは!と言い返そうとしたらレリアさんが軽やかに席を立ち、地図を持ってきますねー、とにこにこして手を振りながら建物の奥へと消えて行った。な、なんだったんだ!

俺は一人、この落ち着いたロビーのテーブルの一つに取り残される。ちら、ちらといろんなところから俺へ視線が向けられてるのがひしひしと感じて、ちょっと居心地が悪かった。

 それにしたって…ニコラが俺を『信頼』しているのかは謎だ。レリアさんは確信をもってるような言い方をしたけど、俺の心は『そうかぁー?』と唸りながら疑問符を連打している。あいつは俺を『信頼』しているのか?

もちろんあいつの本心ほど見えにくいものはないから、俺は敢えてその問いの真実を考えない。見たいとは思わないし、きっとあいつも敢えて俺に見せようとは思ってないはずだ。


 だけど、あれだけさんざん『一人で行動するな!』と言っておきながら、今日は俺の単独行動を了承してくれた。それは何故だ?ニコラが納得したのは、俺の何にだ?


 「案外、分からねーよな…」

 「お待たせしました!」


 俺がため息をついたのと同時に、レリアさんが地図を持ってテーブルの傍に駆け寄ってきた。レリアさんは素早く椅子に座り、ロロターナの町付近が詳しく描かれた地図を広げる。俺の独り言は聞こえてなかったみたいだ。

レリアさんがペンでつつっと道を追うと、そのペンの先がどんどんと進んでいく。すーっと俺もその動きにつられて目で追うと、ペン先はロロターナの町を出て近くの森に出た。海からはちょっと離れてるな。

森の中に灰色のバツ印がつけられてるところがあって、そこにまっすぐとペンが伸びる。印に辿り着くと、案の定レリアさんがペンを動かすのをやめた。


 「ロロターナの南は海、北は丘や山、東と西は豊かな森になってるんです。私たちが探していた盗賊団は、西の森の中にある小さな遺跡を拠点にしているようなんです。

  フーノット遺跡という、境界戦争以前からある古い遺跡です。神殿跡はほぼ崩壊しているんですが、地下に広がる遺跡はまだ綺麗な状態で残されています。調査は十分されたんですが、未だに謎の多い遺跡なんです。

  だからよく分からない間は観光客の方を近づけるわけにいかず、一応非公開とされています。改めて調査を、と思っていた頃に盗賊団が居ついてしまって…」

 

 頷きながら俺も地図を見つめた。フーノット遺跡、か。盗賊団ってとことんそういう拠点が好きだよなぁ。洞窟か遺跡か空き家のどれかだもんな。けど、と俺は顔を上げた。


 「戦闘班とか、他のギルドが遺跡から盗賊団を追い払おうとしなかったんですか?」

 「したんですけど、そのときにその魔族の頭領に皆倒されてしまったんです…。命を落とす前に慌てて撤退して、今も傷の残る仲間がいます」


 レリアさんが哀しそうに目を伏せて祈るように手を組んだ。…やっぱりその盗賊団をぶちのめそうかな、と考えに揺れる。だって、まだ遺跡を調査しないといけないんだろ?なのに居座りやがって!

それはどう考えても俺の自分勝手だ。ニコラがここにいたら、きっと俺をまずは叱って止めるはず。お前の目的は何だったんだ?と問うはずだ。…そんなの、分かってるけど…。


 俺の心の中で天秤がぐらぐらと揺れている。俺の目的だけを達成するのと、盗賊団ごと追い払うのと。…だけど、今の俺には答えが出せない。行ってみないと分からねぇよな。


 そっと俺は立ち上がり、レリアさんに頭を下げた。


 「レリアさん。俺、気をつけて行ってきます!」


 びしっと背筋を伸ばしてぐっと拳を作る。俺の表情を見て、レリアさんは哀しそうだった顔を少しずつ柔らかくして、淡く微笑んだ。


 「…いってらっしゃい、です!地図をどうぞ、あなたが追う光を掴めますように」


 

 **



 蒸し暑い。もう、…あちぃ。さっきからギャアギャアと鳥なのか魔物なのか未知の生き物なのか、正体がよく分からない鳴き声が森に響いてるし。

俺は今、一日の中で最も暑くなる時間帯、この悲しくなるほど蒸し暑い中…。南の青々として生命力に溢れる森の中を彷徨っている。あ、あてもなく迷子とかじゃねーぞ!一応地図には従ってる!


 レリアさんと別れた俺は町で早めの昼食をとり、すぐに西の森へ向かった。今ここ。刺すような日差しは森の木が陰になって遮られているものの、この植物独特の青臭い匂いや蒸し暑さ、ブンブン飛ぶ虫に苛立つばかりだ。

ちょっと油断してたら木の根っこに躓きそうになるし、道なき道を歩くのも骨が折れる。…俺は森の申し子だとかいうエルフや、森の民とかじゃないんだぞ。いくら身体能力が優れてても、こんなとこ走れない。


 しかもときどき魔物が湧いてるから困るってもんだ。邪魔なツタがあるなー、と思ってたらいきなり腕に巻きついてきたり!慌ててリウ発動、危うく木の魔物に捕まるところだった。


 それでもだいぶ森に慣れてきたころ、ようやく俺は遺跡らしきものがある広場の近くに出た。ここらでちょっと気配を窺いながら慎重に進んでいこう。ここからはどこに盗賊団が潜んでるかも分からないからな。


 見渡すと、石の地面が乾いた砂に埋もれるように広がっている。壊れて崩れてる石のオブジェ、枯れてる木が広場に見えるけど、もう少し先に進めば民家よりは大きいかなってぐらいの石の建物があった。

多分それが神殿の跡なんだろうな。すっかりあちこちが崩れて、建物としてはその役目を果たせなくなってる。太い柱はむき出しで、壁もぼろぼろ。少し触っただけでもっと崩れちまいそうだ。


 さすがにそんなところを盗賊団が拠点にするはずないから、きっと地下へつながってる扉がどこかにあるはずだ。そっと森の木々に隠れながら広場の周りを歩き、建物跡の裏まで移動する。

そっと進める足はもちろん音なんて立てない。気配という気配を探りながら進むと、建物の裏に誰かいると分かった。やっぱり裏か!


 木に隠れ、ちらっと見る。建物の裏には地下へとつながる階段があった!けど、その前を誰かが塞いでいる。なるほどな、見張りか。階段の入り口の傍でぽつーんと座って本を読んでるみたいだ。の、呑気だな…。


 さわさわーっと風が吹いて木が揺れても、ぎゃあぎゃあ鳥が鳴き出しても見張りの男は気にしていない。ただボロボロの本をひたすら読み続けていて、見張りの役目を忘れてるようにも見える。

もちろん俺がその機を逃すわけない!こんなにも油断してる見張り、俺が今まで遭遇した見張りの中ではいなかったぞ。今回は楽勝だな。


 ぎゃあーっと人が叫ぶような声で鳴く鳥がまた激しく鳴き出したとき。俺は少し遠くの石のオブジェにその辺にあった石ころを投げた。ひゅーんっと綺麗に飛んで、カツンッと音を立てて砕け散る。

見張りの男がようやく顔を上げてのそのそ立ち上がり、オブジェを見に歩き出す、今!俺は一気に飛び出して男の背後からとび蹴りをかまし、見事に倒れた男の背に馬乗りになって首に刃をあてがった!


 「声出したら、分かるよな?」

 「…ぐっ!やりやがったな…!」


 もちろん俺は殺すつもりはないんだけど。まだ若くて、たいして体格も良くない男に囁いて少しだけ手に力を込めた。男はじり、と動くけど俺だって逃がすわけにはいかない。ごめんなー。

ぎゃあぎゃあと鳴く鳥がぴたっと声を潜めては再び鳴く。小さな虫が砂の上をひょこひょこ歩くのを見ながら、俺は男に聞いた。


 「なぁ、開かずの宝箱ってあるんだろ?それだけ教えろよ」

 「…お前みたいなガキに言うことはねぇ…!」

 「ふーん。じゃ、別の奴に聞こうっと」


 せーの、と言いながら一旦ナイフを上に持ち上げたとき。じたばたっと俺の体の下で男が慌てふためいた。おっと!


 「お、俺が教えるから!殺すのは勘弁してくれ!後生だ!」

 「物分かりが良くて助かるぜ」


 へっへっへ、殺すつもりなんてなかったんですけどね!この手の奴らはちょっと脅すとすぐに素直になってくれるから下っ端っていいよな!

男の手首を後ろ手に縛りつけながら体を起こさせる。ようやく俺はそのとき、ちゃんとその男の顔を見た。やっぱり若いな。ニコラよりちょい年上かってぐらいの、手入れのなってないぼさぼさな茶髪で目が垂れている下っ端君だ。

けど、下っ端君は俺の顔をまじまじと見て、ああ!と声を上げた。な、なんだよ!?

 

 「お、お前!アルバート団長が拾ってきたガキ…!」

 「…は…!?な、何でそれを知って……あれ、どっかで見たような」


 俺を見て垂れ目を思い切り見開いた下っ端君が、わなわなと俺を見て震える。けどそれは俺も一緒でびっくりオドロキだ!どっかで見たような、と思うのと同時に一瞬、アルバート団のことを思い出す。俺が盗賊をしていた頃の、盗賊団だ。

団長はアルバート・イグジー。俺を拾ったクソオヤジで、俺に必要最低限の言葉と食べ物と寝床を与えた人間だ。そいつを中心に、シエゼ・ルキスの貴族を主に狙って盗賊活動をしていたんだ。

そのときの団員はそこそこ多かった。その中でも俺は最下級の扱いを受け、誰も名前を付けてくれることのなかった俺は『ガキ』と呼ばれていた。俺をガキと呼んで蔑んでは遊ぶ、そんな団員ばかりだったんだよなぁ。

けど俺が活躍し始めるとそいつらは俺を遠巻きにし始めた。だから俺も敢えて誰ともつるまなかったけど、そういえばこいつはその団員の一人だったんじゃないか?


 もちろん俺がいちいち覚えてることはないから、そうかもってぐらいしか思えない。けど、さっきこいつはアルバートの名前を出した。つまり、こいつは…。

そう思うのと同時に俺はそいつの胸倉をつかみ、思い切り顔を寄せて聞いた!

 

 「アルバートの野郎は!他の奴らは!?まだこの辺で活動してやがるのか!まさかここを拠点にしてる盗賊団ってのは…!」

 「ち、違う!盗賊団はお前が捕まってからすぐ解散になったんだ!アルバート団長はすぐに行方をくらまして、他の奴らは王都から逃げてばらばらだ!俺はだからこっちに逃げて…」

 「…そうか」


 俺はそっと男から手を離した。…ちょっとは気になってた、アルバートの行方。俺を見捨てていったいどこへ消えたのか。まだ盗賊を続けてるなら、いつか見つけてぶっ飛ばすつもりでもいた…んだけど。

やっぱりそうは簡単にいくもんじゃねーな。解散したってのは引っかかるけど…。じろっと男を睨むと、男がびくっと肩を震わせる。


 「…ほんとのほんとにアルバートのクソ野郎の行方を知らねぇんだな?」

 「知らない!ほ、本当だ!…それより、お前だよ。捕まったのに何でこんなところにいるんだ!?」

 「ちょっと助けられて今は一般人ライフを満喫中なんだよ。シタッパはまだ盗賊団のシタッパやってるんだな」

 「し、シタッパじゃない!俺はジョエルだ!」


 シタッパはジョエルという立派な名前をお持ちのようだ。憤慨するようにジョエルが垂れ目を開いたのを見ながら、はいはいと流す。


 「んで。ジョエル君は俺のことを助けてくれるんだな?」

 「むっかー!ガキ!お前、捕まってアルバート団長に恥をかかせたのにエラそーだぞ!」

 「アルバートのオッサンのことなんぞ知るか。お前こそそんなに盗賊生活が好きなのかよ。アルバート団が解散したときに足洗えばよかったのにさ」

 「そ、それは…」


 ジョエルが砂まみれになってる髪を揺らしてうつむいた、そのとき!森の木陰から突然鳥みたいな魔物が飛び出してきた!魔物は俺を見ていない、だったらジョエルを狙ってるのか!おいおい、犬ぐらいの大きさはあるぞ!

ジョエルがひぃぃっと情けない声を上げる。俺は咄嗟にジョエルと魔物の間に割り込み、気付けばジョエルをかばっていた!それを自分で理解したのと同時に、ぐさっと魔物の爪が俺の腕を深くひっかく!いっつぅ!


 「やりやがったな!」


 俺は反対の手でぐわしっと魔物を掴み、ぎゅっと力を込めた!

 

 「凍てつけ、リウ!」


 ―――バキバキッ!


 もうすっかり慣れた感覚が俺の体の奥から吹き出して手をすり抜ける。あっという間に氷漬けになって割れた魔物が、コロコロと転がるコアを残して霧散。それを目で追いながら、俺は傷口をさすった。


 「…あいてて」

 「お、おま…ガキ、俺をかばって…」

 「気にするな、治るから」


 慌てて俺に駆け寄ってきたジョエルは、俺の腕の傷を見てヒェッと声を上げた。ほんと情けないな…と呆れながらすぐにエスイルで傷を癒す。ふわっと溢れた光が俺の腕から離れると、傷はだいぶ薄くなっていた。


 「よーし。………なんだよ、その顔」

 「…な、なんで俺なんて庇ったんだよ」


 ジョエルが、暑さのせいなのか何なのかよく分からない汗をたらっと流しながら俺を見る。俺より少し高い背が、ちょうど俺のいる場所に影を作った。俺はふと空を見ながら、さらっと答える。


 「ジョエルが怪我するからだろ。俺は治るの早いからいいんだよ」

 「よ、よくない!そしたらお前が怪我を…それに俺は今、お前の敵なんだろ!最初に襲って来たじゃねーか!」

 「落ち着けよ。助けてほしくなかったなら悪かったな。それに最初から殺す気なんて俺にはなかったし、俺は『開かずの宝箱』だけに用があるんだってば」


 ジョエルを見ると、あまり納得していないようだ。なんかぶすくれてるように見える。なんだよー、助けてほしくなかったのかよ。ケガ損だな。足元に転がってるコアを拾って、ジョエルの服のポケットにそれを突っ込んだ。


 「盗賊やってるってことは生活に困ってんだろ?後でこのコア売れよ、安いレストランで朝飯頼めるくらいの金にはなるからさ」

 「…お、お前……。…なんか、俺が思ってた奴とは違うんだな」

 「何が」


 ジョエルがまたうつむいて、ぽつりと言う。小さい声だから、森で騒ぐ鳥や虫の声にかき消されそうだ。


 「盗賊団にいたお前は、それこそ暗くてギラギラした目がヤな感じで。近づいたらすぐに刺されそうな雰囲気だったし、言葉なんてひとっことも話さなかったじゃねーか。団長の言うことだけ聞いてさ。

  だけど今のお前は…俺なんかを助けるし、明るいし、なんつーか…本当に眩しいんだよ。だから…驚いたっつーか」

 「…まぁ、俺も色々あったからな。そんなにいい奴にはまだなれてないけど」

 「…名前は?今は、なんて名前なんだ?」


 その質問に目をぱちくりしたのは俺だった。へっ、と間の抜けた声を出してジョエルの顔をまじまじと見ると、ジョエルは垂れ目をぱちぱち瞬きさせながら俺の答えを待っていた。…なんだよ、照れくさいな。


 「ステイト。俺を助けてくれた人が名前を付けてくれたんだ」

 「…そうなのか」


 ジョエルがじっと地面を見て、何かを決意したように顔を上げた。うん?どうしたんだ?俺が首をかしげてると、ジョエルが縛られて動かせない手の代わりに少し頭を下げた。


 「ステイト、俺はお前に力を貸すよ。…その開かずの宝箱、確かにこの地下にある。俺が案内してやるよ、…嘘じゃない」

 「…そう言われると嘘っぽいよなー」

 「ほ、本当だ!だって、お前は俺を魔物から助けたし、コアまでくれたし…、俺と話してくれるし…。お、お前を見てたら、俺も何かしなきゃって…」


 もごもごとジョエルが言いながら目を逸らす。それを見て、思わず俺は噴き出した!ふふっと口の端から笑い声を漏らしながら俺はジョエルの背後にまわり、ジョエルの手首を縛っていた縄をほどいた。


 「なんだよ、お前いい奴じゃん!ジョエル」

 「は!?え!?ち、違う!」

 「何が違うんだよ、やっぱり助けてくれねーのかよ」

 「いや、そうじゃない…!」


 あたふたしながら言うジョエルににこっと笑って、その手をぱしっと叩いた。驚いて目を丸くするジョエルにぐっと拳を作って見せる。


 「共闘だ。ジョエル、お前のこと護ってやるから案内頼むぜ!」

 「…あ、ああ!ステイト!」


 ごつん、とジョエルの作った拳が、俺の拳にぶつかった。一瞬だけ、強く輝く陽の光がこの遺跡を照らし出した…そんな気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ