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ルキスの剣  作者: 夜津
第二章 トルメルの子
55/131

52 塔守のババ



 俺はぽかんと、古代魔法継承者と言って鋭く目を光らせた婆さんを見つめた。

こ、古代魔法って…この塔のシステムを作り上げたとかいうやつだよな?あのパンフレットに書いてあった…。失われたらしいその技術を、この婆さんが?


 「…あー。なんか確かにそう言われればそうっぽいかも」

 「失礼な奴だね。あんたに魔法が効くなら、さっきのでカエルにでも変えてるところだよ」


 俺よりめちゃくちゃ小さな体格のバルバーラ婆さんが俺を睨んでため息をついた。


 「ま、もうここいらの人間で古代魔法を扱えるのはあたしぐらいさね。だからこの塔を守ってんのさ」

 「後継者を探してるって、血族で受け継ぐのか?」

 「本来はそうだよ。でもあたしの息子も孫もてんで魔法の才が無くてね、そろそろ新しく弟子でもとろうかと考えてるんだよ」

 

 俺なら絶対にこんな捻くれた婆さんのところに弟子入りなんてしたくねーな。けどそれを言ったらなんかあのグツグツ泡を吹き出してる液の入ったビンとか投げられそうだから黙っとこ。

婆さんが本をめくりながら俺に言った。

 

 「そんで?お前さん、どうしたいんだい?」

 「へ?…あ、…うーん。俺もいきなり壁ぶち抜けて落ちてきただけだし…って、ここ!こことあの真っ暗な空間は何なんだ?」


 そうだ、なんかのんびりしちまってるけど。あの空間のことも、この部屋も俺には全く把握できてない。窓がないから外にどんな風景が広がってんのかも分からねぇし。まずここはどこなんだ?

俺の問いに、バルバーラ婆さんが本に視線を向けたままそっけなく答えた。


 「塔の地下深くだよ。その真っ暗な空間ってのは、単に迷宮と迷宮を形成している建物の間に広がってる空間さ。隙間。たまたまその隙間の下にあたしの部屋があっただけのことだね。

  深さだけなら単純に考えるとまぁ30層ぐらいじゃないかい?お前さん、どこから落ちて来たか知らないがよほど悪運の強い奴みたいだね」

 「ま、マジか!俺、15層から30層まで落ちたのか…!…なんで生きてるんだろう、確かに」


 悪運が強いのは否めないかもしれねぇ。つ、強いぞ俺の体!と思ったら、婆さんが顔をしかめながらため息をまた大げさについて見せた。


 「だけど、天井を突き破って落ちてきたお前さんは変に光を放ってて、魔法でいう『バリア』を超強力に全身に張ってるような状態だったがね。無意識に張ったんじゃないのかい」

 「…無意識状態におけるトルメルの力の覚醒、なぁ」


 ベッドの上で小声でつぶやくと、婆さんはそれにはあまり興味を示さずに続けた。


 「ちなみにこのあたしの部屋は、古代魔法の研究と塔の管理を行ってるのさ。そこに二つ扉があるだろう?開けると上下に動く足場を作ってあるんだよ。あたしは『エレベーター』と呼んでるがね。

  片方の扉の先にある足場はさらに地下深くへ、もう片方はここよりも地上へ近い方へと昇っていく。どうだい、便利だろう」

 「婆さん、なんで転送魔法陣じゃねーの?それ、婆さん用なんだろ?」

 「あたしゃあの転送魔法陣のフワッとした感じが嫌いでね」


 とことん嫌そうな顔をされたぞ。…って、その『エレなんとか』を使えば俺も地上に戻れるのか!俺は目を輝かせて婆さんに手を合わせた。


 「婆さん!俺にもそれ使わせてくれ!」

 「人に頼む態度じゃないね。気に入らないよ」

 「くそ…。バルバーラおばあ様!魔法の効かない俺に『エレなんとか』を使う許可をください!」

 「エレベーター、だよ」

 「この…!エレベーター勝手に使うからな!」

 「本当に失礼な奴だね」


 婆さんが呆れたように言いながら、本から顔を上げた。カツカツとまっすぐ背を伸ばして俺のいるベッドの傍まで来ると、杖でこつんと俺の額を叩く。い、いてっ!


 「何すんだ!」

 「まぁ、勝手に使いな。その代わり、お前さんが使えるのは上へ昇っていく方だけだよ。…各層の壁のどこかに、赤く光る石が埋め込んであるから探してみるんだね。

  その石のある付近の壁は古代魔法で幻覚を作り出してるのさ。お前さんが壁を突き破ったと思ってるのは、その幻覚の壁を突き抜けただけのことだよ。実際に壁はない。だからお前さんは突き抜けられたのさ。

  強い幻覚だから、普通の人間は触れても壁があるように感じる。ただ、お前さんがよく目を凝らせばその壁自体がぶれて見えたりするだろうねぇ」


 じゃあ俺は、たまたまゴーレムに吹き飛ばされた先がその『幻覚の壁』で、運よく突き抜けたのか…。…本当に運があるぜ!もしそこでただの壁にぶつかってたら命も危なかっただろうし…。

つか、この婆さん。ヤな感じの態度でつんつんしてるけど、本当はいい人なのか?悪い人なら俺にそんなこと教えないだろうし。

 俺はじっと婆さんの顔を見つめた。なんだい、とギロッと睨み返されるけど、俺は力を抜いて笑った。


 「なんだ!婆さん、いいやつじゃんか。ありがとな」

 「…うるさい奴だね。これだから若いバカそうな奴は嫌いなんだよ」

 「バカじゃねーよ!」


 バルバーラ婆さんは鋭い目をぷいと逸らして唇を尖らせた。こうやって見ると、ちょっと可愛いところがあるかも。まぁツンケンした婆さんなんだけどな。

俺は体をベッドから動かそうとしてちょっと動きを止めた。いくら俺の自己治癒力が高くても、薬湯貰ってても、さすがにまだ体は痛む。もうちょっとここで休んでいった方がいいかもしれねぇな。


 婆さんがベッドから離れた机にある椅子に座った。ときどき俺の方を見ながら、また本に目を通していく。俺はそれを見ながら婆さんに聞いた。


 「なぁ、婆さん。古代魔法って普通の魔法使いでも習えるのか?」

 「…素質は現代の魔法よりも選ぶね。いくら腕のいい魔法使いでも、古代魔法を扱えるかは生まれ持った素質による。魔法と古代魔法は原理こそ同じだが、全く異なるものなのさ」

 「ふーん。じゃあ婆さんはすげーんだな」

 「褒めたって何も出やしないよ。今までの塔守の役目は古代魔法のエキスパートだったあたしの一族が担ってきたが、それもあたしで終わりさ。また地上に出て素質のあるやつを探さなきゃならないね」

 

 めんどくさいったらありゃしない、と婆さんが首を振る。つまり婆さんは、めったに地上の町へは行かないんだな。あまり人好きじゃなさそうだし、かなり嫌そうに見える。

けど、古代魔法って具体的にどんなルーツをたどってるんだ?その問いに、婆さんは本をめくりながら答えた。


 「ルーツ、か。古代魔法というより、魔法の祖はありとあらゆる『自然』さね。精霊が司り、扱う。もとは精霊に好かれて魔法を使えるようになったのが始まりだとも言われてるみたいだね。

  精霊以外で魔法に長けていたのはドラゴンだよ。あたしの一族も、この地下迷宮の深く深くで今は眠っているドラゴンに教わったらしいからね」

 「ドラゴン!?この地下にいるのか!?」

 「…と伝えられてはいるが、あたしもエレベーターを使ったってそんなに深くまでは下りられないのさ。せいぜい50層までがエレベータの限界。それよりも深くで眠ってるんだろうよ」


 ドラゴンと聞いたときに、渓谷から王都に着いてきたワガママドラゴンのエルピスを思い出した。エルピスはドラゴンの中でもかなり若いみたいだけど、どうなんだろう。その辺は正直、何が本当かよく分からない。

だってエルピスってさらっと嘘とかつきそうだし、この俺をカイワレなんぞと呼びやがったんだぞ!…まぁそれはおいといて、エルピスがいるなら他のドラゴンもいて当然だな。他のドラゴンが目を覚ますのは時間の問題だろう。


 そんな考えをめぐらせた俺の表情を見て、婆さんが声を低くして聞いた。


 「…お前さん、ドラゴンに会ったことがあるんだね?」

 「へ?いや、その…、あ、あるけど。グラーバス渓谷で。つい最近」

 「…そうかい。シエゼ・ルキスで何か大きな魔法の力が動いたことは知っているよ。大方聖剣でもどうにかなったんだろうと思ってたけど、そういうことかい」

 「婆さん、何か知ってんのか!?」


 最後は独り言のようにつぶやいた婆さんに、俺は思わず立ち上がりそうになりながら叫んだ。あいてて!まだ体が痛い!ゆっくりとベッドに体を戻す俺を見ながら婆さんが言った。


 「察した、というのかね。聖剣が壊れたか盗まれたか、とにかく何かあったんだろう?その影響だろうが、大陸各地の精霊が不安定になったり、ドラゴンのように永く眠っている者たちが目覚め始めてるのさ。

  この近くでも風の精霊が祀られてる神殿があるが、見事に暴走していたよ。そこは神子が治めていたがね。この地下に眠るドラゴンは起きる気配もないが、いずれは…」


 婆さんが俺に背を向けてまた本棚をあさり始めた。その小さな背中を見つめながら、俺はユハでのことを思い出す。…精霊の暴走。やっぱり各地で起きてるんだ。俺は婆さんの背中に言葉を向けた。 


 「…そうなんだ。聖剣が恐らく魔族に盗まれたんだ。魔族は聖剣を魔族の世界まで持ち込んで、破壊しようと企んでるらしい。それで、人間の世界を征服するんだとさ」

 「それでお前さんが勇者になるのかい?」

 「んなわけねーだろ!でも、俺にもできることがあるんじゃないかって思ってる一般人だ」


 俺の言葉に、婆さんが動きを少しだけ止めて振り返る。ほぉう、とにやりとしながら声を漏らした。


 「そうかい、立派なことだね。じゃあコットリアにわざわざ来たのも理由があってのことなんだね?」 

 「そうだ!…って、そうだった!あのさ婆さん、この塔か地下迷宮に開かずの扉か開かずの宝箱みたいなのってあるか?そこに俺の探し物があるはずなんだ」


 本題思い出した!バルバーラ婆さんが塔守なら何か知ってるに違いない!俺はぐ、と拳を作って婆さんの方へ身を乗り出す。婆さんはふぅん、とつぶやいた。


 「あったね。上の塔の最上階の屋根裏部屋の隅っこに置かれっぱなしだったのが。けど、どうしても開かないからあたしが数か月前に引き取ってこの部屋で研究してたのさ。ま、結局開かなかったがね。

  中身が分からないなら外から、ってなわけでその手のものを鑑定する地上のギルドに預けたが、そのギルドがヘマしたらしくその開かずの宝箱は盗まれちまったらしいよ」

 「何だよそれ!?」


 ぬ、ぬ、盗まれただと!?しかも婆さん、興味なさげにけろっと言うな!俺は目が落ちそうなほどカッと見開いて気持ちだけ婆さんに詰め寄った!実際にはベッドの上でもそもそしてるだけなんだけど!


 「多分俺が探してるのはその開かずの宝箱だ!俺なら開けられる!その中にトルメルの道具が入ってるはずなんだ!その委託したギルド、何ていうんだ!?」

 「うるさいね、落ち着きな。…確か、『サークルム』だったかね。遺跡発掘、掘り出し物鑑定にかけては一流のギルドだと思うよ。…それで、お前さんはどうするのかね?」

 「そこを尋ねて、盗んだ奴を探す!俺はどうしてもその宝箱を取り戻さなきゃならねーんだ!」


 俺は慎重にベッドから足を出して地面に着けた。まだビリッと痛みが走るけど、歩けないほどじゃない。これぐらいならほっといても治る!大丈夫だ…俺の体の回復は早いんだ。いける!

そうやってベッドから降りようとした俺に、また婆さんが歩み寄って杖で額を叩いた!いてて!


 「だから何すんだ!」

 「焦るんじゃないよ!もうちょっと休んでいきな。お前さん、随分自分の治癒力を信じてるみたいだが、中途半端に体を扱うんじゃないよ」


 なんだよ、と反論しようと顔を上げると、さっきよりもかなり厳しい表情で婆さんが窘めるように俺を見ていた。その強く見開かれた目にぎょっとして俺は言葉を失う。

沈黙の下りた部屋に、ふわりと薬草の匂いが広がる。こぽこぽと音を出して煮え始めたやかんが目についたとき、いいかい、と婆さんが続けた。


 「お前さんが欲しいっていうなら、その宝箱はくれてやるよ。どうせあたしじゃ開けられなかったんだし、鑑定ギルドも匙を投げてたみたいだからね。もちろん、盗人から奪い返すことができたら、だがね。

  ただ、一つ約束してもらおうじゃないかい。その宝箱、くれてやる代わりに中身が何なのかをまた見せに来な。逃げたら許さないよ」

 「…ああ、約束する。…地上に戻ったらすぐに情報を集めるぜ。できるだけ早く、宝箱を奪い返す」

 「…そうかい、期待はしないよ。まぁ、お前さんが泣きながら奪い返せなかったと報告に来るのでも待っていようじゃないか」


 ははん、と婆さんが俺を馬鹿にしたように笑った。いや、これは確実に馬鹿にしている!いらっときて言い返そうと思ったけど、ふと婆さんが楽しそうに口角を上げたのを見て俺は口を閉じた。

なんだよ、婆さん。俺に来てほしいだけじゃねーの?そりゃ、いくら人嫌いだからっつってもこんな地下の部屋にずっとこもりっきりじゃ、な。

 …できるだけ、速く。そうだ、もう地上に帰ったらすぐだ。ミンミやラグリマにそのギルドの話を聞いて、明日にでも事情を聴きに行こう。


 そこまで考えて俺は我に返った。そういや今何時?ミンミ、塔の外で俺を待ってくれてるんだよな…。


 シュポーッと部屋の隅っこで音を立ててぐらぐら揺れ始めたやかんを婆さんが面倒見に行ってる間、俺は部屋に時計を探した。…ない。…ここまで地上から遮断されてると時間なんて関係ないのかもしれねぇな。


 「婆さん、今何時か教えてくれよ」

 「時間なんて久しく考えてないね。…ふん、今は7時だよ。そろそろ地上じゃ晩飯の時間が迫ってるんじゃないかい?」

 「…おいおい、マジかよ。…やべーな、塔に入ったのはまだ昼だったのに」


 言いながら俺は冷や汗をかいた。やべ…ミンミに悪いことした!もしミンミがまだ俺が一人で奥まで進んでると思ってるならいいんだけど、もし、だぞ。もし万が一俺が帰れないと予感して騒ぎになってたら…?

ミンミならきっと、ギルドに戻るだろう。それでギルドの皆やニコラを探すだろう。あのニコラだ、また俺が一人でそんなことしてると知ったら…!いや!ここからは考えるな!

 何にしても早く戻るんだ、俺!そのためには…、この傷ついた体を回復させるしかない。…いっちょ、やるか。


 俺はすぅーっと大きく息を吸った。そうだ、全身に力を行き渡らせろ!空気を取り込め!例えこの部屋が埃っぽくて狭くて薬草の煎じてる匂いが充満してるんだとしても!

ゆっくり、吐いて吐いて吐いて…。いよっしゃ!俺は婆さんが訝しげにこっちを見ているのも気にせず、両手を祈るように組んで言った!


 「癒せ、エスイル!」


 ―――ビカッ!


 ま、眩しっ!?俺のイメージの『ポォウッ』の淡い光とはかけ離れた、まるで雷でも落ちたような光が溢れだして俺を包んだ!ドクン、と体の奥からまた力が溢れて外へと飛び出していく…!

その光が収まって俺が目を開けると。…おおおっ!体中の傷が消えてる!おまけに頭の傷とか動かなかった手もピンピンだ!足も、さっきまであんなに弱ってたのが嘘みたいだ…!


 「よっしゃ!大成功!」

 「…お前さん、何をしたんだい。それがトルメルの力だってのかい?」

 

 震える声が聞こえて、俺はそっちを見た。すると、婆さんが眉間にしわを寄せることも忘れてぽかんと俺を見ていた。その目にあるのは探究心と好奇心…。さすが、魔法使いだな。ちょっと俺は得意になってへへん、と笑う。


 「そうだぜ。俺はこの回復と開錠の力と、ものを凍らせる力の二つを使える。宝箱を取り戻すことができりゃ、新しい力も追加だ!」

 「…研究し甲斐があるね。お前さん、あたしの実験に付き合わないかい?」

 「遠慮する!こう見えても俺、けっこう忙しいんだよ」


 ば、婆さんの目がマジだ!慌てて俺は荷物や服を確認して、『エレベーター』とやらに繋がるらしい扉の前に立った。後ろから婆さんがちょこちょこと歩いてきて、扉についていたボタンの一つを押した。

ギュイン、とボタンと扉が光ると扉が勝手に開き、確かにその向こうに小さな部屋があるのが見えた。


 「この部屋に入るのか?」 

 「そうだよ。塔の裏にある扉から出られるから、人目につかないように慎重に出な。もし誰かに見つかって騒ぎになると厄介だからね」

 

 人が3人ぐらいなら入れそうって感じの小部屋に足を踏み入れると、床がグワンと光る。おおっ!なんか古代の建築っぽい!ロマンがある!目を輝かせる俺に、婆さんが呆れたように鼻を鳴らした。


 「いちいち反応がガキっぽいんだね、お前さんは。…それじゃ、報告に来るんだよ。逃げたら承知しないからね」

 「分かった分かった!…婆さん、情報と看病、ありがとな!」


 俺が手を振った時、ちょうど扉ががしゃんと勝手に閉じられた。うおっ、びっくりした!婆さんがどんなツラしてたか見損ねたじゃねーか!口を尖らしてると、ゴウンゴウン、と音が聞こえてきた。あ、あれ?床というか部屋、動いてる?

これがその『エレベーター』ってやつなのか!なるほどな、足場ごと一気に地上へ直通ってわけか。それなら俺でも地上へ苦労せず戻れる。


 しばらくすると音が止んでまた扉が開かれる。扉の開かれた先はすぐ外だったけど、人はいないみたいだ。ここは…塔の入り口の裏か。そういえば塔の裏まで回る道は何故かバリケードで封鎖されてた。

足を外へ踏み出した瞬間、ぶわっと潮風が俺に吹き付けた。しょっぱい匂いに顔をしかめ、もう一度目を開けると…おおおっ!すげえ!


 俺の目の前には暗くも落ち着いて波を立たせる海が広がっていた。ちゃぷちゃぷとすぐ近くの足場から聞こえてきて、見ると数歩先には海が広がっている。ときどき背の高い波がこの石の足場に乗り上げていた。


 いっそ泳ごうかな、と考えちまうほど近くにある海はざーん、ざーんとその声を夜のココムビーチに響かせている。…ここ、俺だけの特等席だな。誰も来ないし、こんなに綺麗な景色が見えるんだから。


 ふと賑やかな声の聞こえる方を見ると、あの桟橋が見えた。その先に続いているのは、すっかり薄暗くなって夜の色に染まりつつある中を照らす、街の灯り。ぽつぽつ、きらきらしてる。

波の音に混じって町の方から楽しそうな楽器の音が聞こえてくると、俺も早く帰らなきゃ、と思い直す。ここでゆっくりするのは、宝箱を奪い返してからだ!


 塔の周りのあまり広くはない足場を走り、人目があまりない間に俺よりちょっと背が高いかって大きさのバリケードを飛び越える。なんだ楽勝だな。こんなバリケードでよく誰も塔の裏へ行こうなんて思わないんだな。


 と、何やらがやがやうるさい声が夜のココムの塔の入り口のあたりから聞こえてくる。うん?…って、あれは!ミンミとエルマノスの皆さん、ついでにニコラじゃねーか!

すぐ行かなきゃ、と思ったけどちょっと気になったから俺は物陰に身を隠して、ばれないようにその集団を見つめた。


 ミンミが塔の入り口で、必死に説明してるのを他の奴らが真剣に聞いてる。あ、ラグリマもいるじゃねーか。


 「だから、早く行かなきゃ!こんなに遅くなるのはおかしいの!」

 「さすがに、なァ。いくらステイトが強いとしても、昼にダンジョンに入って今になっても戻らないってのは、ちょーっと遅すぎるわな」

 「私がダンジョンに誘ったから…。…ステイト君、無事でいてね…!」

 「ミンミ嬢、ラグリマ、心配するな。どうせあいつのことだ、どこかでだらだら迷子になってやがるに違いねぇ」

 「そう言いながらニコラにーさん、さっきからその魔剣から出てる魔力のオーラがやべぇ」


 うわわ。遠目に見ててもすっかり心配させちまってるのがよく分かる…。ミンミは泣きそうだし、ラグリマもどこか焦ってる感じだし、ギルドの人たちもざわざわしてる。

おまけにニコラだ。ニコラを見てみろ。あの魔剣。魔力の集合なんだろうけど、靄みたいなのをぶしゃーって吐き出してる。ニコラ自体は冷静に見えるけど、こんだけ付きあってりゃ分かる。…早く無事だって分からせないとまずい!


 俺はそう思った瞬間ズダダダッと皆の方へ走り寄ってニコラにタックルをかました!


 ―――ドンッ!


 「っ!?」

 「よ、よーお皆!なんだよシケたツラじゃねーか!どうしたんだっ?今からエルマノスの皆で地下迷宮に挑戦するのかっ?」

 「ス、ステイト君!?」


 にこにこにこーっと笑顔で手を振りながらギルドの皆を見渡すと、ラグリマがハァァ、と大きくため息をつき、ミンミが目を見開いた。他に来てくれてたギルドの皆も顔を見合わせてる。

 

 「ぶ、無事だったの!?私、待ってたけどなかなかステイト君が出てこないから…何かあったのかもと思って、ギルドの皆を呼んじゃったの…」

 「あ、ああ!無事も無事!いやー、なんか出られたんだけど近くにミンミが見あたらなくて、ずっと探し回ってたんだ!なんか悪いな、その、心配かけちまったみたいで」


 たははー、と頭をかきながら笑うと、ギルドのお姉さんやらお兄さんやらが笑いながら、何だよもうー、と言ってくれた。ミンミがほっと息をついて微笑み、ラグリマも俺の頭をはたこうとして手を上げ、…止めた。うん?


 「ラグリマ?」

 「…いや、ステイト、後ろ、…」

 「え…?…あ、やぁだ!ニコラさんじゃないですかぁー!いやいやいや、ほらほら見てくださいよ夜のココムの塔!あんなに神々しくって綺麗なんだからそんな怖い顔ヤメテお願いします」


 ラグリマが俺をはたこうとした手でツイッと俺の背後を指さす。俺、振り返る。俺、一瞬固まるも動揺を極力見せないように超笑顔でココムの塔を指さす。視界の端に映るミンミ、そっと目を逸らす。

…ニコラ氏。俺に負けない超爽やかスマイル。この奥様方が見たら血を吐きながら卒倒するような爽やかスマイルは、俺にとっても物理的に血を吐けるほどの凶器なのである。未来形で。


 「いやほんとにすいませんでしただからそんな顔しないでくださいマジで」

 「ステイト。まずは無事で何よりだ。ついでに報告をしておくと、対エルマノスの試合だが俺は45人抜きを果たした。ちなみにエルマノスの総勢は48人だそうだ」

 「あらますごいですねさすが俺たちのニコラお兄さん!だけどそんな笑顔なのに抑揚のない声で言われても恐怖心煽られるだけだからやめてください」

 「次の相手にかかろうとした瞬間に試合の中断でこっちへ来た。俺がお前に対してどれだけ心配したかはいくらバカの結晶のお前でも理解できると思う」

 「誰がバカの結晶だてめえ殴るぞコラでございます」

 「いい度胸だ。次の相手はお前だ。お前を倒せば46人抜きだ」


 ―――ドゴゥッ!!


 次の瞬間。平坦な口調でしゃべり続けていたニコラが、目にも止まらない速さで俺に美しいキックをかました!ぐはっと言う間もなく俺の体が崩れ落ち、ひょいっとニコラに担ぎ上げられる。こ、コノヤロウ!

普段の俺なら元気に反抗してるところなんだけど、あの、どんな技術なのか存じ上げませんが…こんなに意識はっきりしてるのに体がぴくりとも動かねぇ…!口から魂が出そう…!


 「………!」

 「言い訳は後で聞こうか。…エルマノスにはこのバカのために集まってもらい、申し訳ないことをした。ミンミ嬢にも、迷惑と心配をかけたな。宿でしっかり叱っておく」

 「ま、まァ…ギルドの奴らは好きで着いてきたんだし、な!気にすんなよ、というか…ステイトを気遣ってやってくれな?」

 「えっと、ステイト君は何も悪くないの!ステイト君のことは…」

 「…分かっている。いつものことだから気にしないでくれ」


 な、なにがいつものことだ!バカ騎士!だけどニコラの肩に荷物みたいに担がれてる俺からはその表情が見えず、また視界の隅で苦く微笑むミンミとラグリマしか見えなかった。他のギルドメンバーの人も、もう帰って行くし…!


 「た、…たす…け…」

 「ご、ごめんねステイト君!必ずお詫びはするから!」

 「あ、あァそうだステイト!ゆっくり休んでからまたギルドに顔出しなァ!とりあえず今は、その、…や、休んだほうがいいと思うんだわ」


 俺が助けを求めて視線を向けた先で、ミンミとラグリマは非情にも足早に桟橋を渡って町の方へ歩き始めた…!ひ、酷い!こんなところでこのクソバカ狂暴騎士と二人きりにさせないでください!お願い!

かたかたかた、と音でもなりそうな具合に俺は首を動かし、ちょっと上ずった声で一応謝罪の言葉を述べてみる。


 「…に、ニコラさん…ご、ごめんなさーい…」

 「続きは宿で聞く。下手なことを言えば海に投げ入れるからな」

 「その方がマシだぁああああーっ!!」


 だぁああーっ!ぁああーっ…-……。


 夜のココムの海に、俺の必死の叫び声だけが波の音に混じって響いたのだった…。


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