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ルキスの剣  作者: 夜津
第二章 トルメルの子
50/131

47 楽園の種

 

 翌朝。俺は見事に寝坊し、ろくに朝飯も食べないまま宿を飛び出した…と言うか、ラグリマとニコラにずるずると引きずられて馬車に乗せられた。

だから俺も朝のことはあんまり覚えてない!ただ、ハッとしたらもう馬車に乗ってた。もうすっかりお日様が空に上った頃、座席で突然慌てて跳ね起きた俺に、ニコラが苦い顔で言った。


 「…もう昼だ。昼飯を終えて数時間もすれば、コットリアに着く」

 「へっ!?もうそんなに進んだのか!…つか、昨日の三兄弟…どうなったんだ」


 俺の気がかりはそれで。あの、俺を襲ったもののニコラに阻止されたシャムロック三兄弟なる魔族の三つ子君たちはどうなったんだろう。まだ木にくくりつけられてるんだろうか?

そう思ってニコラを見上げると、目を閉じて首をゆっくりと振られた。


 「一応確認しに行ったが、落とし穴以外は何も残されていなかった。朝になって村人の目に触れる前に逃げたんだろうな」

 「…そうか」

 

 ごとん、ごとんと馬車が小石の多い荒れた道を進む。まっすぐ続いている道の向こうには、からっと晴れた空が広がっていた。曇天をミュリオ・ハユドに置いていくような風景だな。

ぼーっとその先に続く景色を見つめる俺に、ニコラが小声でささやく。


 「逃げたということはまだ襲ってくることもありうる。それに、お前の行く先が推測されているなら厄介だ、この先も気をつけろ」

 「…分かってるよ。…追われるって面倒だな。……シルはいっつもこんな不安を抱えてたのか」


 いつものほほんとしてて、危うささえ感じたシル。けど心から祖国アルギークを愛してて、家族も、国民も、皆のことも大切に思ってて。なんとかしなきゃ、と背負い込んで奮い立ってたんだ。

俺とのんきに旅なんてしてくれたけど、俺の知らない場所でシルはもっと苦しんでたのかもしれない。そう思うと、…ちょっと自分が情けなくなる。

 はぁ、とため息をつく俺に、前の座席に座っていたラグリマが振り返って、よぅ、と声をかけてきた。


 「さっきから何の話か分からねぇけど、朝から暗いぞアンタらよぉ!もうすぐコットリアに着くってんだから、もっと盛り上げていこうぜ。『陽の故郷』なんて呼ばれる国なんだからよ!」

 「…そう、だよな。考えるのはやめだ」


 明るくラグリマが言って、にかっと歯を見せて笑った。最初はちょっと怖い人かと思ってたけど、ラグリマはすんげぇ明るくてちょっと抜けてる頼れる兄貴分だ。今じゃ吊り上ったギラギラの目も、頬の傷も恐くない。

それどころか、ラグリマのチャームポイントのようにも思えてきた。

 多分ラグリマは、俺とニコラが単なる観光でコットリアに向かっているわけではないと察している。けど深入りしてこないのは、彼なりに気を使ってるんだと俺もよく分かってた。

なんだか、この馬車の旅を終えてまた離れるのが惜しいくらいだ。


 そういえば、これからの予定はどうなるんだろう?


 コットリアには今日の午後に入国できる。けど、それはまだコットリア共和国の中でも北部の部分だ。ココム海は大陸最南部…つまり、コットリアの南部だからまだたどり着くのには時間がかかる。

ココムの塔に一番近いのは、漁業の町ロロターナ。コットリアの最重要都市…つまり、シエゼ・ルキスで言う『王都』みたいなところだな。


 俺の下調べによると、ロロターナにはいくつかの有名な場所があるらしい。

まず、王族の暮らす城。あと、政治の行われている中心部に議事堂。それと巨大な魚市場が有名なんだってさ。港町だもんな、そりゃ市場もデカいか。


 ちなみにロロターナはものすっごく広い町らしく、生粋のロロターナ育ちのラグリマでさえたまに迷ってしまうらしい。…大丈夫なのか?

さらにラグリマ曰く、町の各地にギルドの拠点があるらしい。有名ギルドになると、結構いい建物を使ってるみたいだ。


 そんな漁業の町ロロターナに着くまで、あとどれくらいかかるのかラグリマに聞いてみる。


 「そのロロターナって、あとどれくらいで着くんだ?」

 「んー、そうだなァ。まず今日の午後にコットリアに入国、夜までに小さい町に着いてそこで一泊。まだ北部だから、最南部のロロターナまではちと時間がいるんだわ。

  明日は北部の中で一番デカい農業の町テラントには着けるだろうから…、明後日の夜ぐらいにロロターナに着くと思うぜ。魔物でも出なけりゃ、だが」

 「テラント?」

 「コットリアは北部は農業、南部…というか、南の沿岸部は漁業で盛んな国なんだわ。内陸の農業都市の中でも、明日に着くテラントって町はコットリアのナンバー2の大きさだ。

  ナンバー1はロロターナだが、テラントも巨大な市場がある。花、穀物、香辛料、野菜、果物…、どれにかけても大陸最大規模の市場がある!」

 「おおーっ!」


 さりげなくニコラが引っ張り出してくれた地図を借りながら話を聞く。ふむふむ、確かにコットリアの地図に大きな都市が二カ所あるな。北の内陸部のがテラントで、南のがロロターナか!

コットリアは楽園だな、農業でも漁業でもすっげぇ豊かだ!この馬車はロロターナ直行便だから、残念なことに明日着けるテラントでゆっくりする時間がない。ああ、なんて惜しいんだ…食材が見たい…。

ツヤツヤの野菜や果物、まだ見ぬ香辛料、南国の花…。俺にとっちゃ食材もお宝だ。農作物の宝庫・テラントに一瞬しか滞在出来ないのが心から悔やまれる…。


 ギリッと歯ぎしりする俺に、ニコラが呆れたように言った。


 「買い物する時間ぐらいはあると思うが…」

 「ニコラ…お前は何故俺の考えていることを理解した上でアドバイスできるんだ。俺は一言も、テラントで食材を見たいなんて言ってねぇんだけど」

 「お前の宝と食にかける情熱は王都の人間ならだいたい知ってるだろうが」

 「うっ。…あ、でも後でロロターナに向かうのに、先に食材を買っても荷物になるし大変か。やっぱり帰りの道で寄った時に食材は買う」


 そうだ、よく考えたら先にテラントで食材買ってもダメじゃねーか。王都に持って帰りたいし…。ニコラは転送魔法とか使えないだろうから、直接王都に食材を送るわけにもいかない。

むー、仕方ねぇな。明日のテラントはちょっと見まわって終わりにするぜ。


 「ま、テラントは巨大市場だけが売りってわけでもないんだわ。そこは、実際に着いてから自分で見てみろよ」


 にぃっと歯を見せて笑うラグリマに頷きながら、俺はまた馬車の行く先を見つめる。テラントには何があるんだろう?…よし!南国コットリア!十分楽しませてもらうぜ…!


 

 **

 

 

 『やいっ!そこの馬車、止まれぇ!荷物と有り金を全部置いていきな!』

 

 …ん?…うおっ、俺ってばまた馬車で寝てた。けどさっき、なんか聞こえたよな。目が覚めちまった。昼ご飯を食べた後って眠たいよなー。

窓の外を見れば、かなり向こうの空がオレンジになり始めてるし。隣でニコラが、ちらっと俺に視線を寄越した。


 「…よく寝ていたな。もうコットリアに入国しているぞ」

 「えっ、マジかよ。記念すべき国境越え、起こしてくれたらよかったのに…」

 「ニコラにーさん、起こそうとしてたんだけどなァ。ステイト、幸せそうに大爆睡だったんだわ」


 ラグリマが座席から立ち上がりながら言うと、ニコラがちょっとだけ目をジト目にして肩をすくめた。ラグリマは馬車の扉まで歩いて行って、扉を開けると外に出て行く。あれ、そういや馬車、止まってんじゃん。

しかも乗客の人たちがちょっとざわついてる。…何かあったのか?

 そのとき、外から声が聞こえてきた。


 『ここの道を通りたければ金と荷物を置いて行くんだな!ついでに女子供も置いていけ!』

 『寝言は寝てから言いなァ、盗賊共が。さっさと正規ギルドでも作って働けばいいじゃねぇかよぉ』


 …盗賊?さっき出て行ったラグリマは、誰かと話してるみたいだ。ニコラが小声で俺に言う。


 「あと少しで今日の夜泊まる町に着くんだが、どうも盗賊団に出くわしたようだ。ラグリマ曰く、コットリアではよくあることらしい」

 「よくあることって…盗賊団がいて襲われることが?」

 「ああ。…ラグリマだけで十分らしいから、お前は変に首を突っ込むな」


 うぐっ。早速立ち上がって指をぽきぽき鳴らしてた俺にニコラが鋭い刺しこみ!そういや、コットリアはシエゼ・ルキスに比べて治安はちょっと悪いんだったか。ヨーウェンさんが言ってたな…。

でもさすがは用心棒。ラグリマがすぐに対応しに出て行ったってわけか。


 俺はちょっとだけ馬車の窓から顔を出し、声が聞こえる方を見る。うーん、馬車の陰で見えねぇ。声だけが聞こえてくる。


 『ギルドなんか作って地道に活動するよりも、盗賊やってる方が儲かるからいいんだ!さあ、金を置いていけ!』

 『どんな理論なんだかなァ…。ま、話を聞かねぇヤツにゃ、一発ドカンとしてやらねぇと!残念だったなァ、俺が今日の馬車の用心棒だったことがアンタらの不運なんだわ…』


 う、うおおっ!なんかラグリマがカッコいいこと言ってんぞ!ザッ、と地面を踏みしめる音が聞こえる。直後、ガツーンッと鈍い音が響いたかと思うと、すぐにラグリマが馬車に乗り込んできた。…あれっ。


 「終わったぜ。さ、馬車が出るぞー!」

 「早っ!え、もうちょっとなんか無いのかよ!?前に俺と戦ってた時、なんかカッコいい技とかやってたじゃねえか!」


 アッサリ!塩スープよりアッサリ!アッサリ薄味!何事もなかったようにラグリマが座席に座り、他の乗客もポカーンとしてる中でまた馬車が進み始めた。お、おいおい!

俺の言葉に、あー、とラグリマが頬の傷をぽりぽりと掻きながら答えた。


 「技?あ、シルクロか。あんな技出すまでもねぇよ、まさに一発ドカンと槍の柄で殴っただけ!」

 「…うわー…んで、放置か…」


 哀れな盗賊はアッサリとラグリマに殴り倒されて放置されたらしい。俺が頑張って窓から身を乗り出して、放置されてる盗賊を見ようと必死になってる時、ニコラがラグリマに聞いていた。


 「コットリアには盗賊や海賊、山賊が多いと聞くが」

 「シエゼ・ルキスに比べりゃな。…コットリアには、貧しい奴も多いんだわ。それはコットリア最大の都市、ロロターナも同じで…裏街道にはスラム街もある。

  生きるのに困った奴らが進むのは賊の世界だ。ギルドを建てるにも金が多少はいる、その金さえも確保できない貧しい奴らは盗賊に成り下がるしかないのが現状だなァ…」

 「…大統領は救済策を出せないのか?」

 「いちいち救ってられねぇ。コットリアも財政的に余裕があるわけじゃねぇんだわ。多少救えない奴らが出てくるのも仕方ない…、しかも盗賊共を取り締まる余裕も国にはねぇ。

  だからギルドが代わりに盗賊共を捕まえる。酷けりゃ、…殺す。捕まえたところで、奴らは一生牢獄の中でスラムよりも苦しい生活をする羽目になるんだからなァ」


 憂うようにラグリマが言うのを、俺は背中で聞いていた。…コットリアも、無条件に明るく豊かな国じゃないんだな。シエゼ・ルキスはあまり貧しい人たちは目立たない。だから俺みたいな盗賊は浮いてただろう。

実際、俺のいた盗賊団は高価な貴重品ばかりを狙っていたんだし。けど、コットリアの盗賊たちは貧しさから犯罪に手を染め、今日を生きるために必死なんだ。


 …それは、どうすればいいんだろう。貧しく生まれただけで、ひどい仕打ちを受けるなんて…理不尽だ。俺は窓から顔を突き出したまま、馬車の中の会話を聞いていた。

ニコラがしばらく黙った後、諦めたように小さくつぶやく。


 「…俺にも、世界の全ての命を平等に救い、守る術など思いつくわけがない。…コットリアでは、賊に対する考えは一般市民にも根強いんだな」

 「あァ。仕方ない、と同情と憐憫さえも持つが、一方では生活を脅かす厄介な存在として憎悪している。当然、いいイメージはねぇよ」

 

 …そりゃ、そうだろう。誰も、自分の荷物やお金、大事なものは取られたくないに決まってる。…もし俺が元盗賊だってラグリマに言ったらどうなるんだろう。…冷たくされるかもしれねぇな。


 俺の目の前で景色が流れていく。外から見たら俺はすっごく間抜けな状態で馬車に乗ってるだろう。胸のあたりまでを窓から外に突き出して、だらーんと外を見てるんだから。だんだん茜に染まる空はちょっと俺をおセンチにさせる。

けど、そっと俺は馬車の中に体を戻した。ニコラの隣に腰を下ろし直してから、俺は思わずつぶやいていた。


 「…誰も、好きで盗賊やってる奴なんかいねぇはずなんだ…」

 「…あァ」


 ラグリマが吊り目を静かに閉じて頷いた。ぼーっとしてたら思い出す俺の古巣…アルバート盗賊団。幼少の俺を拾い、盗賊としては立派に育て上げてくれた奴らは今、どこにトンズラして何してんだろうか。

愛情も友情も好意も何もない、淡々として色のない世界だった。善も悪も何もつかない、空しさだけが積もる日々。その日のパンの欠片が貰えりゃ、なんでもしようと思えた日々。


 …そんな俺を捕まえてくれたニコラは、隣でただ目を閉じて黙り込んでいた。



 **



 その夜は特に何も起きず、俺も安眠できた。宿泊街のある小さな町を出て、今日はコットリア北部の農業大都市・テラントに着く!…はずだったのに。


 「…迂回ルートって…マジかよ…」

 「仕方ねぇなァ、まさかテラントへの一本道が落石で塞がれちまうなんて…」

 「…俺に言ってくれれば壊したものを」

 「ニコラにーさん、男前すぎだわ…」


 ガタンガタンと馬車が行く。俺たちの残念な表情を乗せて。……うおーっ!なんちゅーことだ!落石!?オイふざけんじゃねーぞ!何が落石だ!

俺はなぁ、例え一瞬しか留まれないとしてもなぁ、コットリア最大農業市場のあるテラントに行くのがすっごくすっごく楽しみだったんだぞ!それを踏みにじる落石!酷すぎる!


 現状を説明しよう。俺たち馬車一行は今日中にテラントの町に着いて、一日だけのんびり観光してまた明日には南の最大都市ロロターナへ向けて出発するはずだった。

けど。テラントへ行く一番の近道は森と山を抜ける道だった。そして悲報が舞い込む。なんと!昨日の夜ぐらいに、その山道を見事に塞ぐ落石事故があったのだとか!


 …どんだけ運悪いんだ。


 他にテラントへ向かう道はあるにはあるけど、わざわざ無理してテラントに寄って、本来の目的地であるロロターナに遅れて着くなんてことにはなっちゃいけねぇ!

と、そんなわけで急遽テラントには向かわずロロターナに続く道へ迂回するぞー!…ってことになったのが現在。これを聞いて舌打ちせずにいられると思うか!?

 

 あああ、楽しみにしてたのに…ツヤツヤの高級南国野菜に…ピカピカキラキラ可憐な花に…栄養価たっぷりの果物…。あと、ラグリマが言っていた『実際に見てみたらいい』っていうお楽しみ。

結局何だったんだよ。再び馬車が走り出した中、俺はぶすくれながらラグリマに説明を求めた。


 「…結局、テラントの巨大市場以外の魅力ってなんだったんだよ」

 「あァ、…あそこはなァ、実は小物細工でも有名なんだわ。石細工、金属細工、木彫り、ガラス細工、そりゃもう何でも!細工工房の集まる一画があってよ」

 「うぐぐっ!どうやら俺は本気で自然の驚異と言う名の落石を恨まなきゃいけないみたいだな…!」


 ギリギリギリと歯ぎしりする俺に、ニコラが呆れた口調で言った。


 「帰りに寄ればいいだろう。そういう楽しみは時間のある時にゆっくりと楽しむものだ」

 「そりゃそうだろうけどさぁ…」

 「まぁまぁ、ステイト。ニコラにーさんの言うとおりだと思うぜ。今日の夜は馬車で過ごすことになるだろうが、予定より少し早くロロターナに着けるんだからよぉ」

 

 もっと喜べよ!とラグリマが前の座席から笑顔で振り返って言う。…まぁ、そうだよな。テラントはまた帰りの時にゆっくり見てやることにしよう!ロロターナもいい所なんだろうし…!

もちろんテラントに寄ることができなかったのが不満、っていうのは俺だけじゃなくて他の乗客にもいたみたいだ。そう思うとやっぱり落石は残念だなぁ。誰が落石を片付けるんだろうな。


 それからはずっとラグリマが港町ロロターナの魅力を延々と語ってくれた。さすがは地元民。教えてくれた情報が多すぎてさっぱり分からねぇ!現地で案内しろ!

ところでニコラさん。お前ずっと眠たそうにしてたくせに、ラグリマが『武の祭典』を話し始めた途端に目を輝かせて話を聞き始めるの、やめてくれませんかね。その、目のキラキラが…とてつもなく、痛い…。



 **


 

 夜。山道や森の道を抜けていた馬車は、少し小石の多いザラザラした地面の広がる小高い丘に辿り着いていた。丘の上には小さな修道院があって、一部の乗客はそこで泊めてもらうことにしたみたいだ。

一方俺はお外。というか、修道院の傍で停めた馬車の中で眠ることにした。修道院の中に入れる人数も限られてたし、馬車の護衛としてラグリマとニコラが馬車に残るつもりだったからな。俺だけ抜けられねぇよ。


 あの聖セレネの神官・オイゲンさんが、また馬車に魔物避けの結界を張ってくれた。おかげで魔物の直接的な接触は防げると思うけど、魔族には注意しねぇとな。


 馬車の外で、砂利の地面を踏みしめる。もうすっかり真っ暗で、だいぶ前につけた焚火も弱弱しく輝くだけだ。その傍でニコラとラグリマが座って何かを話してる。…なんか、楽しそうだなー。

俺はちょっと離れたところで、丘に突き出た岩にちょこんと座りこんだ。修道院はもう明かりが消えていて、だいぶ夜が更けてるんだろうと思う。けど、俺はまだ眠たくないんだよなぁ。


 見上げると、空は満天の星。けど、聖セレネへの旅路や王都にいたときに見上げた星空とは少し違うような気がして、じーっと目を凝らす。星の瞬きは何かを訴えかけてるようにも思えて、すごく不思議だ。

見ていると飽きない空に手を伸ばしてみると、ちょうど掲げた手の場所を縫うように流れ星が駆け抜けた。うおっ、綺麗だ!思わず岩から跳びあがりそうになった、そのとき。


 『君にも、この星空が美しく見える?』


 …え?


 突然、まるで星の声のように透き通った音が俺の耳に…いや、頭の中に直接響いてきた。自然に俺は目を素早く動かし、声の主を冷静に探す。けど、見つからない。…だって、いきなり頭の中だぞ?

頭の中に響かれたって……え?頭の、中に?


 気配も、ない。…ちょ、ちょい待ち。もう一度よく周りを見るんだ。…どこだ?誰だ?


 『私は君の中にいるんだ。他の誰にも聞こえていないよ』

 「…ど、どういうことだよ」

 『そういうことなんだよ』


 んなの分かるか。って、俺はなんで冷静に話せてるんだ!相手も何も見えねぇし、声もやたら綺麗に透き通ってるのに男か女かも分からない。…だけど、悪意は不思議と感じなかった。むしろ、落ち着かせるような…。

それに、なんだかよくわからないけど、とても懐かしい気がする。俺は少し離れたところにいるニコラたちに聞こえない程度の小さな声で聞いた。


 「誰なんだ?」

 『ねぇ、君にもこの星空が美しく見えるの?』

 「聞けよ。……まぁ、綺麗だと思うけど」

 

 見事に俺の質問はスルーされた。…答えたくないなら別にいいけどさ。俺の心を知ってか知らずか、透き通った声は穏やかに先を続けた。


 『この星空に、君だけが見つけることができる星がある。他の誰にも見えていない星があるんだ。その星をたどれば、君はたどり着ける』

 「…何に」

 『君と私が還るべき場所へ』


 ゴォウッ、と風が突然吹き抜けた。生ぬるい風の中に、何故か爽やかな新緑と甘い花のにおいを感じ、俺は目を見開く。…この匂い、どこかで…。…ダメだ、思い出せない。

吹き抜ける風が俺の髪をめちゃくちゃにし、空へ昇っていくのが分かった。見えないはずの風を無意識に俺は目で追い、また空を見上げる。そのとき、一際強く輝く星があった。

 

 他の星は赤や銀に輝いてるのに、その星だけはまるで異質。見るたびに色を変える、クッキリとして強い輝きを放つ星がある。…これが、さっき言っていた星なのか?


 『そうだよ。あの星が君と私の導き星。滅びた楽園の種。君が辿り着けば、また息を吹き返すんだ』

 「……うーん。理解不能」


 訳わからん。楽園?息を吹き返すって、今は死んでるのか?だいたいお前が誰なんだよ。いきなり頭の中で喋りやがって。透き通った声は、苛立つ俺とは反対に希望にあふれた声で力強く言った。


 『楽園の種は君を待っている。ようやく君が目覚め始めたのだから。…また話そう、私たちの愛しいテレステイア』


 カローン、と高い鐘の音が聞こえ、すぐに声が静まった。空をぼんやりと見上げても、あの強い輝きを放つ星はもう見えない。……なんだったんだ?夢か?テレステイア?人違いですがな。

全く、…やっぱ俺、眠いんじゃねーのか。あんな幻聴が聞こえてくるなんてよ。


 …なんだったんだろう。


 俺が思い返そうとしたとき、バスッと頭に衝撃を感じた。むっ。振り返る前に、聞きなれてる低い声が静かに言った。


 「ガキは寝る時間だ」 

 「ニコラ。…さっきさ、俺、ぼーっとしてたんだけどさぁ」

 「…ステイト?」


 ニコラの奴、俺の寝る前のアラームかよ。折角だから話を聞いてもらうぞ、と俺が切り出した瞬間、ニコラが背後から前に回り込んで俺に視線を合わせる。…うん?

じーっと瞬きもせずにニコラが俺の顔を凝視する。その表情には俺をからかうとか、そんな意思もなさそうで。ぽかんと俺がしていると、ニコラがばつが悪そうにまた俺の頭を撫でた。


 「…何があったか知らんが、…泣くな」

 「はぁ?」

 「気づいていないのか?」


 唐突なニコラの言葉に思わず眉を寄せる。ニコラは手袋を取って素手になると、その指を俺の目元に持ってきた。ん、マジで何だってんだ。すっとニコラの指が俺の目元で動き、そっとニコラが言った。


 「泣き止みそうにないな」

 「へ?……あれ?おっかしいな。本当だ」


 暗闇の中でわずかにニコラの指先が光った。慌てて俺も自分の手を目元に当てて、その時初めて自分が泣いていることに気づいた。なんでだ!気づかなかった!


 「…いよいよ俺はおかしくなったな。幻聴を聞くわ、涙が理由もなく出るわ、しかもそれに自分で気づかないわとボッコボコだ」

 「幻聴?」

 「なんかさー、俺にしか見えない星があって、そこをたどったら俺の還る場所に辿り着くとか、楽園の種が俺を待ってるとか、テレステイアとか…意味わかんねぇだろ」


 涙をぬぐいながら、訝しげに聞くニコラに話す。本当に、なんで俺泣いてるんだ?泣く要素あったか?いやいや。あんな透き通った声でも泣くほど感動するわけじゃねーだろ。

ただぽろぽろと勝手に流れるだけで。ほら、あくびとかしたときみたいに。

 俺の言葉に、ニコラは黙り込んだ。数歩分離れているだけなのに、暗闇はうつむいて考え事するニコラの表情を隠している。


 少しの沈黙の後。ニコラは素手のまま俺の手を掴んだ。じわ、とあったかみが手を繋いだところから流れてくる。


 俺が顔を上げると、ニコラがもう一度片手で俺の頭を撫でた。


 「寝るぞ。少し疲れたんだろう、今は考えなくていいことだ。ラグリマはもう馬車に戻った。ここにいたら体が冷える」

 「馬鹿だな。もう南国なんだから冷えるほどじゃねーよ。蒸し暑いくらいだ」

 「ならいい。…さぁ、戻るぞ。予定が早まったおかげで、明日の午後にはロロターナに着くんだからな。早く寝ろ」

 

 ニコラにぐい、と手を引かれて俺は座っていた岩から降りた。前を歩くニコラの背を見ながら、またあの幻聴のことを考えようとして辞める。…きっと、疲れてるんだな。

どうしてか、触れなきゃいけないのに触れてはいけないことのような、そんな気さえした。その理由も、今の俺にはよく分からない。


 ニコラに連れられて馬車に戻る頃には、涙も止まって眠気が現れ始めていた。うん、やっぱり俺、疲れてただけなんだ。寝よう寝よう。

それに、あの後ニコラは何も言わず、空いた座席で寝転んだ俺にただ一度だけ頭を撫でるだけだった。…変なの。

  

 寝転んで目を閉じても、浮かぶのはあの輝く星。匂うのは新緑と甘い花の匂い。聞こえてくる優しい声は、俺が微睡んでいる間もずっと囁き続ける。同じ名前をずっと。


 ―――だからそのテレステイアって、誰のことなんだよ。


 言葉にならないモヤモヤした心とどこか懐かしい感覚を感じながら、ゆっくりと俺の意識は眠気に吸い込まれていった。

俺が完全に眠りに落ちる前、誰かがテレステイアと呼び続ける中、何故かニコラがステイトと呼ぶ声が重なった気がした。



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