46 シャムロック三兄弟
順調に何事もなく、ただひたすらラグリマの愚痴話を聞かされる以外は穏やかに過ぎていく旅路。どんよりした空も、やがて少しずつ晴れていく。
それにしてもさぁ…。俺はようやく、ようやく!安息の旅ができると思い始めたんだぞ?
このピカピカ輝く夜空の星たちに見守られながら、もうコットリアが目前にまで迫る町で休憩して、明日にはいよいよコットリアに着くだろうってのに…。
この真っ暗で星しか瞬かない夜。休憩のために訪れた村の端っこの空き地で、俺は今宿で借りた寝間着のまま、ぼーっと立ち尽くしている。
全く、夜の散歩なんてするもんじゃねーな。俺は眠い目をこすりながら前に広がる空き地を見つめた。…そこには。
「はーっはっはっは!やはり俺たちシャムロック三兄弟の勝利なのだ!こんなところでトルメルを見つけ出すとは!」
「いよっ、兄貴!さーっすがオレっちの兄貴ー!」
「お兄ちゃんさすがだよー!」
「…なぁ、俺帰っていい?」
俺は夜の散歩で、とってもめんどくさいことに巻き込まれていた。
**
どうしてこうなったかをまず思い出そう!まず、このミュリオ・ハユドに入国して二日。魔物との戦闘もなく、俺たちの馬車は無事に道を進んできた。
んで、さすがに大都市までは行けなかったけど、ちゃんと宿とか市場がある町で休憩をとったりして、いよいよ明日にはコットリアに入国できるだろって話になってた。うん。
んでんで、この夕方にこの小さな村、エイメー村の宿に泊まることになって。ちょうど3人部屋だったからニコラとラグリマと俺で一部屋借りて。
夕食を終えて、風呂上がって、ニコラとラグリマが何か話して盛り上がってるのを見て、ちょっと俺は退屈になったから宿を出て夜の散歩にレッツゴーして。
そしたら村の端っこの空き地で、何やら変な3人組がいたからじーっと見てたら。
魔族でした。てへっ。
んで魔族って相手の魔力察知できるだろ?すぐに、アレッ、お前トルメルだな!捕まえちゃうぞ!みたいなこと言われて。今ここ。
回想終わり。
…さて、俺はこっからどうするべきなんだろう。俺が見つめる先にいるヘンテコ三人組は、びっくりするぐらいそっくり。体格も髪も顔も、暗がりでも良く見える。ほんとそっくり。
俺より少し幼いだろう、まさに元気いっぱいの少年!って感じの三人組だ。全員お揃いの黒い服、クリーム色の髪、くりくりした赤い目。違いが正直分からねぇ…三つ子か?
俺よりガキに見えるけど、…俺を捕まえるとか言ってるから、こいつらも武力で俺を何とかしようって腹か?めんどくせ…。
半ば呆れながら、『キャー兄貴ってばカッコイー!』祭を繰り広げる三人組に声をかけてみた。
「あのさ、お前ら何者?用がないなら俺帰るけど」
「帰っちゃダメだー!キサマ、トルメルを魔界に連れ帰って、我らシャムロック三兄弟が魔界の覇者となるのだー!」
「兄貴かっこいー!きまってるー!」「お兄ちゃんすてきだよー!」
そっくり三人組のうちの一人がビシッ!と俺に指を突き立てながら宣言し、残りの二人がぱちぱちと拍手しながらそれを褒め称えるの図。なんだこれ、緊張感ねーなー。まだ前の黒頭巾のが威圧感あったぞ…。
それに、正直強そうには見えない。大方、一攫千金を狙ってトルメル探しに名乗りを上げたんだろうな…。そんなことを考えながら、俺は背伸びとあくびをした。
「シャムロックだかサメロックだか知らねーけど、もうちょっとわかりやすく自己紹介とかできねーの?あ、一号、二号、三号でいいか。お前らそっくりだし。あと俺眠いんだけど」
「サメロックじゃない!三つ子のシャムロック三兄弟なのだ!魔界では賞金首狩りの超超超エリートで有名なのだー!長男は俺、ショウ!」
「次男はオレっち!ギン!」
「末っ子はぼくちん、ミィ!」
ダダーン!
どこからともなくファンファーレが鳴り響き、そっくり三人兄弟がポーズをとる。はいはいかっこいいね。俺が眠くなかったらもうちょっとリアクションとるんだけどね。もう眠いし帰りたいんだよね。
…って、あれ?さっきこいつら、なんて言った?
「おい一号、さっき賞金首狩りとか言ったか?」
「ショウだ!ショウチクバイ、のショウ!俺たちは魔界でも賞金首ハンターとして有名な三兄弟なのだ!恐れおののけトルメル!」
「ちなみにオレっちはキンギンドウのギンだ!」「ぼくちんはヒフミのミィだよ!」
「聞いてねーよ」
つか、統一しろよ名前…。けど、こいつらが魔界の賞金首ハンター?…見えねー!絶対に有名とかハッタリだろ!俺は寝間着の下に隠しているナイフを取り出すのも忘れて頭をぽりぽりかいた。
見上げればすっかり星たちがキラキラしてるし、宿とか酒場は賑やかだけどこんな空き地まで歩いてくる旅人も村人の姿もねーし。ちゃちゃっとぶん殴って帰ろうか。そうしよう。
「あのさ、俺も暇じゃねーしあっさり捕まるわけにはいかねぇんだ。見逃してくれねーか?もう俺眠いし。ほんと眠い」
「だ、ダメだ!今トルメルを魔界に連れて行ったら、莫大な懸賞金と名誉と安定した暮らしと魔王様のスマイルがテイクオフなのだ!」
「兄貴ー!言っちまえー!」「お兄ちゃんフレーフレー!」
多分テイクアウトの間違いだと思います。ボキャブラリーの少ない俺でもなんとなくそれは違うと思います。あと二号と三号がうるさいです。一号が一生懸命俺に言うけど、もう俺はやってられません。
ふああ、と何度目かのあくびをしながら俺は体を伸ばした。さぁて、これ以上付き合ってられねーし、あまり遅くなると心配かけちまうし。ここは一発…。俺は拳を作り、指を鳴らした!
「聞く耳持たねーなら、ちょっと殴らせてもらうぜ!」
「むむっ、ターゲットが攻撃開始!ギン、ミィ、例のアレを!」
「「了解ー!」」
例のアレ?なんだそれ?まぁいいか。まず、そこで俺を指さしてポーズとってる一号からぶん殴る!年下のガキンチョ殴るのはちょっと気がひけるけど、こいつらも魔族だし…!許せ!
眠さでだるく重い体を引きずり、空き地に走る。空き地の奥で構える三人組に、俺は地を蹴って走って近づき…!
「うおおぉぉおーっっ!?」
―――ズボッ!
突如!三人組の目の前で、俺の体が大きく傾いた!と思ったら浮遊感!地面がすっぽ抜けて、俺の体がなすすべなく落ちる!ぼふっと柔らかい木の葉の上に落ち……ってコレ、落とし穴か!?
「おおおおおい!お前ら!こういうの卑怯だろ罠とかナシだろ!」
「ギン、ミィ、早く網かけて!こいつすっごく跳べるらしいから!早くするのだ!」
「ちょ、待て待て待て!ストーップ、ショウ君ギン君ミィ君!!?」
世は非情である。俺の必死の叫びも虚しく、落ちて崩れた体勢を整える前に奴ら、巨大落とし穴の入り口に網張りやがった!ひでぇ!普通の人間だったら脱出を諦める深さだ!…けど、俺には跳躍力がある!
舐めんなよ、俺の跳躍力!網なんか張ったところで俺にはナイフがあるんだからな!ああくそっ、すっかり目が覚めた!
「やったのだ、やったのだ兄弟たち!やはり我らがシャムロック兄弟の天下なのだ!」
「やったぜ兄貴ー!」「やったねお兄ちゃん!」
ふっふっふ、すっかり油断してるようだな!バカめ、その油断が命取りだ!…あれ?これ、さっきの俺にも言えることだよな?よし、今日からの教訓にしよう。
俺は落とし穴の下に敷き詰められていた、柔らかいふかふかの木の葉を踏みしめた。固い地面の方が飛びやすいけど、まぁいけるだろ。ナイフを構え、網の張った穴の入り口に跳ぶ!
「だらぁっ!」
ナイフが網目の大きい場所を裂く!…ことを俺は当然のように予想していたが!
―――カキンッ!
「…っ!?」
「いやーっ、高かったからなこの網!オレっち、最初はこの網買うの反対したもん!けど兄貴の言った通りだったな!」
「俺の言う通りにすれば万事解決、どんな賞金首も腕の中の猫!はっはっはっはー!」
「だね!この網、魔界でも特級品レベルの物理耐久性と魔法耐久付きの網だもんね!素材から高級だし、ただの剣とかじゃ切れないんだよね!」
ぐおおおっ、こいつらガキのくせにやりおる!何そのハイスペック網!?人間の知ってる網はせいぜい強くてもハリガネぐらいです!魔界の特級品の網なんぞ知るか!
ナイフが通ることもなく、再び虚しく俺の体が木の葉の上に落ちる。見上げると、ぽっかりと丸い穴の上から星の光が降り注いできた。その上から、シャムロック三兄弟のわいわいきゃっきゃが聞こえてくる。
…やべぇ!ちょっと待て、やべぇ!
まさかこんなガキに捕まるなんて思ってなかった!変なネーミングセンスだし、どうせこいつらも噛ませ犬だなとか思ってた!まさか寝間着で捕まるなんて!嘘だろ!?
こんな間抜けた三人組に、しかも見た目年下の小うるさいガキに!ふっざけんな、俺の南国バカンス編がまだ残ってんだよ!こうなったら意地もプライドもねぇ、俺は全力で上に叫んだ。
「おーいお前ら!なんでも欲しい物やるからここから出せ!」
すると。きゃっきゃわいわいが止んだ。おおっ、考えてる考えてる!やっぱりこいつら、単純なガキに決まって、
「エクセレントブリリアントクリスタル・エンゼルエディション」「この世の秘境産イゴス鳥の親子丼」「あの頃の楽しかった思い出」
「んなの知ってるわけねぇだろうがーっ!」
ダメだ!ダメだった!そんなエクセレントナンチャラとか聞いたことねーし、イゴス鳥って何!?いくら食通の俺でも知らん!あと思い出はプライスレス!こいつら…やっぱ魔族だ!変なことしか考えねぇ…!
上から残念そうに相談する声が聞こえてくる。
「じゃあ逃がすわけにはいかないよなー」「ねー」
こんの!あとどんな手がある?リウは…無駄だ、凍らせてどうすんだ。余計に硬くなるだけじゃねーか。エスイルは…何を解除するってんだよ!くっ、ナイフも通らないし、…助けを呼ぶか?
一瞬で俺の頭の中にさまざまな考えが巡る。シャハンから笛貰ってたよな…って、しまった!宿に置いてきた!ピンチの時に何を置いてきたんだ俺は!じゃあラグリマは?寝てるだろうな!
村人は…こんな村の端っこを通るわけない。ニコラだって、どうせ俺の散歩が長引いてると思ってるだけだろ!こうなったらこいつらが網を解いて、俺を回収する時しか隙はないか…!
俺を回収するために網を外す、その隙にダーッシュ!この方法だ!さあ、早く回収するんだ…!と待ち構える俺に、残酷な会話が聞こえてきた。
「んじゃ、空間転移魔法だっけ?」
「っと、その前に兄貴!ほら、あの道具使わなきゃ!魔界からこっちに来るときに支給された…」
「対トルメルの、トルメルの力を完全無効化する針だっけか。どこやったっけー」
…聞こえましたか。奴ら、やっぱりトルメル対策怠ってませんよ。針ですってよ。奴ら、そんなもん開発してたみたいですよ。あれですね、針が刺さった瞬間、俺のトルメルの力が封じられるわけですね。
その網の隙間から、えいって感じで俺に投げるんですね、分かります。俺は動くダーツの的ですね。………うっぎゃああああっ!ダメダメダメダメ!
「ストーーップ!やぁやぁシャムロック三兄弟君!よぉく話し合おうじゃないか!ねっ?」
「兄貴ー、トルメルが何か言ってるぜー?」「どうするー?」
「あっ、針見っけた!魔界の支給班、ケチって一人につき針一本しか支給してくれてない…酷いのだ」
お兄さん聞いてねーぞ!ちょ、待てよ、俺はあの狭い穴の上から3人同時にダーツの的にされるのか!?よ、避ければ済む話だ!俺の動体視力舐めんな!それに、仮に針が刺さっても落とし穴から回収されるときにこいつらを殴れば…!
「あとこの針、刺さると気絶するようにも仕組まれてるんだよね、お兄ちゃん」
「まじかよミィ!オレっち、もうちょっとで自分の指に刺すところだった…」
「ギン、ミィ、落ち着け!この針は俺たちが刺さっても痛いだけなのだ!対トルメルにのみ、気絶効果が望めると説明書にある!」
魔族はなんちゅーもんを開発してくれてんだ!針に触れたら終わりかよ!こんなもんが俺を探しに来た魔族全員に持たされてるとなれば…やばいぞ。とてつもなく、俺は不利だ。
ひょこっと頭上のぽっかり空いた穴に、そっくりな三人兄弟が見えた。…俺の年貢の納め時がこんなところで来るなんて。せめてもの足掻き、と俺は穴に埋まっていた小石を取って兄弟の方へ投げつけた。
「くらえっ、このっ!ついでに針落としていけ!そんな危ない物投げるんじゃありません!」
「いたっ!ちょ、ちょっと、石を投げちゃいけませんって魔界の幼稚園でも教わったのだー!あいてっ!」
「良い子は真似しちゃいけないんだからな!俺は今を生きるのに必死なだけだ!ていっ!」
「いたっ、アイタタッ!も、もういい!俺が小石の囮になるからギンとミィはさっさと針を投げるのだ!」
「「了解ー!」」
させるか!慌てて残りの二人に攻撃するも、三人同時に攻撃できねぇ!しかもストックの石が尽きてきた!ギラッと頭上で針が輝く。これは…いよいよ…。
「観念するのだーっ、トルメル!」
「ふ、ふざけんな、この、やめろっ、助けろ誰かぁーーーッッ!!」
俺の叫び声と言えば、後で冷静に聞き直すことができるならきっと俺は大爆発をしていただろう。それぐらい必死の、多分俺の人生で一番必死の叫び声だったと思う。
投げる石が尽きて、頭上では三兄弟が揃って針を構えて。それぞれの構える針が星の光に反射し、やたらキラキラと見えた。見える三人の頭上を通り越し、背景の星空ばかりがやたら目に映った。
ゆっくりと景色が見える。あーあ、俺、寝間着で捕まるのか。間抜けだな。ちゃんと荷物持ってきてたら笛でシャハンの助けも呼べたのに。最後のトルメル、ここで散る、か。
シルとの約束も、ヨーウェンさんやアリシアにお土産を渡すことも、楽しそうな南国の旅も…。全部叶わないのか。なんで散歩なんか思いついちまったんだろう。
「三、二、一で針を投げるのだ、準備はいいな兄弟たち!」
「いいぜ兄貴!」
「いいよお兄ちゃん!」
「何も良くねーぞクソガキども」
…へっ?
さっき頭上で聞きなれた声がした。俺の見上げる視線の先で、三兄弟が同じ顔で同じ驚きの表情を浮かべる。その瞬間。ギュインッ、と風を切る音がしたと同時に低い声が唸る!
「ガキは寝る時間だ!」
「に、人間!?」「ちょ、なんだよあの剣デカ…ッ!?」「まずいよ、まずいよ…!」
同時に三兄弟の狼狽える声。刹那、突然三兄弟が吹き飛んだ!うおおっ、何が起きた!?穴の上からドガンッと激しい音が聞こえ、再びシィンと静まり返る。…ま、まさか。
ざくざくと空き地の荒れた地面を踏みしめる音がした。眠そうな声が、ん、と呟く。
「あいつら…気絶してやがる。弱過ぎだ」
「…その声は、まさか」
俺が意地でも名前を呼びたくなかった奴が、ぬっと穴の上に網越しに見えた。ふん、と鼻を鳴らして肩をすくめ、俺を見下ろす。
「…元気そうだな?」
「…ニコ、ラ…」
「一人で出歩くなと言ってまだ時間も経っていないのにこのザマか。いや、気づかなかった俺も間抜けだな」
ニコラが、いつもと変わらない表情でそこにいた。べりべりと網を剥がし、俺の見える範囲から姿を消す。ずりずりと穴の上で音がし、続いてバサバサと聞こえる。…何してんだ…?
呆然として動けない俺の上に、向こうから声がかかった。
「おい、自分で出られるだろ」
「あ、う、うん」
そうか、網は剥がしてくれたんだよな。どんな顔していいか分からなかったけど、とりあえずこの落とし穴から脱出しねぇと。改めて俺は足に力を込めて、思い切り上に跳んだ。
穴から出た瞬間、夜の涼しい風が俺に吹き付ける。地面に着地した瞬間、俺の目に、あの三人組があの網でしっかり捕まえられてるのが見えた。
ぎゅ、と網をくくり、ニコラが何事もなかったように歩いてくる。俺の傍まで来ると、足元にかがんで近くに落ちていた人差し指くらいの長さの針を拾い上げた。
「あの三つ子、針を投げるとか言ってやがったな」
「それ、対トルメルの道具らしくて…。俺が当たると気絶して、トルメルの力を封じられるらしいんだ」
「そうか。厄介なものを開発してくれたな、魔族ども」
ニコラが人差し指を、針を持つ片手に向ける。グオッと音がしたかと思うとニコラの指のあたりに闇の渦ができ、そこに針が吸い込まれていった。淡々とニコラが言う。
「闇魔法だ、針をそのままにしておくわけにもいかねぇ」
「……ニコラ、ありがとう。俺、油断してた」
俺はまだまともにニコラの目を見られないでいる。…だって、ニコラは俺に一人でどこかに行くなって言ってたんだよな。忘れてた。それを破ったんだし、その上今にも魔族に捕まりそうになってたし。
どんなお説教が飛んでくるか…。次にニコラがため息をつき、その次に放たれるお説教を覚悟する。
けど。ニコラはため息もつかず、俺から目をそらして手を伸ばした。ニコラの大きな手が、ぼすっと俺の頭の上に乗る。グローブも何もしていない素手が、俺の髪をわしゃわしゃと撫でた。
…あれ…?
「…助けに来るのが遅れたな。…ほったらかして悪かった」
…ニコラ、怒ってない…?そっと顔を上げると、思いっきり顔を俺からそらしてるけど、別に俺に怒っているようではなかった。けど、やたら手の力が強い。
これなら強く叱りとばしてくれた方が良かったかも、と思いながら俺もどう答えていいか、必死に考える。……謝ろう。今回は俺が全面的に悪いんだから。
「え、…いや、そんな、……。…ごめん、一人で散歩なんか思いつくんじゃなかった」
「魔界からこっちに来ている魔族が増えているとはいえ、こんな田舎の村にもいるとは思わなかった。お前を護ると言っていたが、これじゃ王にも怒られるな」
「油断してたのは、お互いってことでいいのか?」
「ああ。…お前が無事で、何よりだ。…本当に」
ぴたっとニコラの手が止まり、俺はその手に自分の手を伸ばした。剣を握ったり訓練したりしてるから、スベッスベの手とは言えない。男らしい、がっしりした手だ。俺の細い手とは大違い。
今日もお前に助けられたな、と思いながら少しニコラの手をさすった。…俺はこの手が、嫌いじゃない。
「…ありがとな。お前ばっかに活躍させないよう、俺も頑張るよ」
「…お前を甘やかすつもりはないが、あんな必死の叫び声を出させないように努力しよう」
「ば、お前!蒸し返すな!せ、せっかくいい感じでまとめてたのに…つか聞いてたのか!」
「村の中を走り回っていたときに聞こえた」
こ、こ、この…!けろっと言うな!ちょっと恥ずかしいんだぞ!うおおっ、思い出さない思い出さない!俺は助かったんだ、こいつに恩ができただけ!はーい終わり!
そのとき、ひゅおっと肌寒い風が渦巻き、思わず震える。寝間着のままだったんだ…寒い…。
そんな俺を察してニコラが空き地に背を向けた。
「宿に戻るぞ。あの魔族三兄弟なら気にするな、思い切り剣でぶっ叩いたから気絶している。その上に網で巻いているしその辺にあったロープで木にくくりつけてある。ついでに目隠しをして手足も縛っておいた」
「…鬼か」
俺でもそこまではしないぞ。…けど、…殺してしまわないのはニコラの優しさだろうか。遠目に見える、すっかり気絶してきゅーっとなってしまっている三兄弟。それだけ見ると、なんだか子供をいじめた気分だ。
いじめられたのは俺だから、それを思い出せば腹が立つしかないんだけどな。
…このまま放っておこう。空き地から道へ歩き出したニコラを追って、俺も一歩踏み出す。もう二度と俺の目の前に現れてくれるなよ、と心の中でなかなか優秀だった三兄弟に呟いて。
**
「…それで、この惨状は何だ?」
宿屋に戻ると。部屋にラグリマの姿はなく、食堂へ向かうとそこにもいない。そこで宿屋の向かいの酒場へ入った瞬間、びえーっとむせび泣くラグリマの姿が目に飛び込んできた。…お、おいおい…。
他の客はそんなラグリマを気にすることもなく、わいわいがやがや楽しそうだ。ただ、カウンターで見た目はちょっと老け気味の肌が浅黒いお兄さんが泣いてるだけ。…い、異質。
一瞬ニコラが『めんどくせっ』という顔をした。そしてさっきのぼやき。おいおいニコラにーさん、あんたの方が仮にも年下なんだぞ…。そんな『めんどくさすぎっ』って表情しなくても。
カウンターに歩み寄ると、カウンター内の酒場の親父が困ったように俺たちを見てきた。
「お客さんの知り合いかい?参ってるんだ、助けておくれよ。さっきから人魚?の悪口ばっかで、とうとう泣き出してさぁ」
「…泣くまで言うか」
呆れてラグリマに目をやると、びえーっが聞こえてくる。ニコラが親父に軽く頭を下げ、カウンターに座った。
「泣き上戸ってやつだろう。親父さん、水二杯頼む。ステイト、水貰え。…おいラグリマ、こんなところで泣くな」
「だってよぉ、だってよぉ!前なんか、ひっく、俺のお手製の木船を盛大に沈没させやがったんだぜ、奴は!うぃー、ひっく、俺の苦労も知らないで…酷すぎる!」
「…やっぱり水追加だ。親父さん、こいつにも水を頼む」
「はいよ」
「っくしょー!なぁにが人魚だ!この世の人魚はセニヤさんだけで十分だァ!ひっく!アレイシャのバカ野郎!今度こそ三枚おろしで、うぃっ、ウロコ全部ひっぺがしてやらァ!」
「…ステイト、これは何の話だ?」
「…そっか、お前寝てたもんな…」
親父さんがでかいジョッキに水をなみなみと注いで俺に渡してくれた。冷たい水を少し口に含んで、俺も『めんどくせっ』の表情を浮かべる。やっぱりアレイシャさんの愚痴か、あのラグリマの天敵という…。
ラグリマの話を寝てて聞いてなかったニコラがすっかり困惑の表情を浮かべる。…酔っぱらいの言うことなんかいちいち相手にしてられねーよ。
ラグリマの隣に座って、ぺしぺしとラグリマの背を叩いてみる。けっこう筋肉ついてんな、さすが海の男。
「もしもーし、ラグリマー?人魚ってあのアレイシャさんだろー?いいじゃんか、次にコットリアに帰った時に決着つければ。けど殺したらそのセニヤさん、泣くと思うぞー。妹なんだろー?」
「ひっく、セニヤさんは、泣かせたくねぇ…。あああっ、俺はどうすればいいんだァ!どうすればあの人魚野郎を!ぶちのめせる!うおおおっ」
「めんどくせ(落ち着けよラグリマ)」
「ステイト、セリフと考えていることが逆だ」
あらま、俺としたことが!…しっかし、このままほっとくわけにも。一応、明日も早いんだし…。こんなところで馬車の用心棒が飲み潰れて、二日酔いになるのもアレだろ。
ニコラを見ても、目を合わせてくれない。なるほど今回は助け舟はないんだな。しゃーない。ステイトくんスペシャル、いっきまーす。
「ニコラ、その水のジョッキ貸せ」
出してもらった三つのジョッキを固めて置いて、俺はそっと手を触れる。集中、イメージ、よし、いける!
「凍てつけ、リウ!」
ピキピキッと音を立てて、見事に水が凍った!すっかりリウを制御できるようになったみたいだな、俺も。練習するって大事だな。ラグリマを挟んだ向こう側でニコラがほぅ、と小さく息をついたことにちょっと誇らしくなる。
さてさて。ここにキンッキンに冷やした氷の塊が3つあります。そーれーをー。
―――ピトッ
「どやさ!」
「う、う、うおおおぉっ、冷たっ!?な、な、なんだァ!?」
ガタガタドタンッとラグリマがカウンター席から転げ落ちた!そんなに冷たいかぁー?ちょーっと頬と首元に当てただけじゃねーかよぉ。ふっへっへっへ!
慌ててラグリマが立ち上がり、俺とニコラを指さしながら叫んだ。
「お、アンタら戻ってきてたのかァ!?つか、さっきのは何だ!?俺、何をして…」
「はーい酔いが覚めたところでそろそろ寝ましょうかラグリマの兄貴ー」
「親父さん、騒がせて悪かったな」
どうやら俺たちが愚痴を聞きに来てたことも気づいてなかったらしい。すっかり目が覚めたラグリマをずるずる引っ張りながら酒場を出る。会計はニコラがしてくれてるみたいだ。
先に俺とラグリマが外に出て、涼しい風に当たる。ぽつぽつと町の明かりも消え始める頃だった。
全くもう、とラグリマを見上げると、状況がよく分かってないらしいラグリマが目をこすりながら言った。
「だってよぉ、ニコラにーさんと今度勝負しようぜって話しててなァ。それで盛り上がってふと気づいたらステイトがいないってことになったんだわ。
にーさん、装備もつけずに慌てて飛び出していったから俺も探しに行こうかと思ったんだが…まぁ任せようと思って。酒場に行ってたんだわ」
「お前、酒飲んだらすんげぇ泣くんだな。大の男が情けねー」
「…なるほどなァ。酒を飲んだら記憶がないんだが、ギルドの仲間にいつも笑われる理由が分かった」
パンッと自らの頬を力強く叩いているラグリマに笑いながら、俺は宿の方へ歩き出した。それ、ギルドの人が敢えてラグリマに教えてなかったんだろうなー、とか思いつつ。
けど、すぐにラグリマに呼ばれて俺は足を止めた。
「けど、なァ。ステイト」
「なんだ?」
「あの冷静そうですんげぇ強いニコラにーさんが騎士のくせして、一般人のちょっと戦える少年って感じのアンタに付き添ってるのが不思議なんだわ」
「…そうか?まぁ、成り行きだけど…」
いや、とラグリマが首を捻る。
「騎士は本来、隊とかまとまりで活動するんだろ?俺たちギルドみたいに柔軟でもない。…アンタは何者だ?…ハッ…まさか、アンタ…」
「…え?」
ギラン、とラグリマの目が光る。な、なんだ!?思わず俺は両手を握りしめ、構えていた!ラグリマが俺をズビシッと指さし、叫ぶ!
「ずばり!実は王族とかで、お忍びでコットリアに旅行中なんだろ!?」
「…いや、そうでもないんだけど…」
「隠さなくてもいいぜ!そのいかにも育ちが悪そうで雑で粗い態度も、本当は上品で丁寧な王族の姿を隠してんだろ!?」
「俺の友達は王族だけど、いっつも上品で丁寧で戦闘だけは荒々しかったぞ」
ヒュンッと頭の中を赤色王子様ののほほん笑顔が掠めていった。シル、にじみ出るお上品さがあったもんなぁ…。つか、失礼だろラグリマ!どんだけ俺の態度は悪いんだ!
まだ納得のいかない様子のラグリマに、俺は曖昧に笑って見せた。
「俺の育ちは最悪だ。詳しく言いたくないぐらいに。…けど、もしかすると王族以上に異質な存在かもしれない」
「…それって、どういう…」
「なんでもねーよ。ニコラはそんな俺を護るなんてほざいてるバカだ。…俺をほっとけばいずれ騎士団長の座も狙える器のくせして、あいつはバカなんだよ」
と、そのとき。ちょうど酒場の扉が開いてニコラが出てきた。それを見てから俺は、黙って肩をすくめて見せた。ラグリマが『?』という表情を、少しずつ柔らかくして最後に微笑む。
ニコラが歩いてきて、そんな俺たちを訝しげに見つめた。
「…なんだ?その表情は」
「別に何でも。お前の部屋にリボンのついたクマさんのぬいぐるみが飾られてることなんて一言も話してねーよ」
「え!?ニコラにーさん…そ、その、いいよなァぬいぐるみは!俺もセニヤさんからクジラのぬいぐるみ貰って飾ってんだわ!はっはっは!」
「ステイト。…後で覚えておけ」
きゃー!ニコラさんってば恐いー!その睨みだけでリウと同等の氷が発生するレベル!ちょっとの身長差があるけど、ラグリマと肩を組んでウェヒヒとか変な笑い声をあげながら宿屋に退散する。
その様子をニコラが大きな深いため息をつきながら見て、ゆっくりと俺たちの後に続いた。
…明日、起きられるんだろうか…。それだけが心配だな。




