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ルキスの剣  作者: 夜津
第二章 トルメルの子
48/131

45 戦闘を終えて


 南国への旅が始まったって言うのにさぁ…。もう俺、クッタクタ。出だしからもう帰りたくなってきた。

それもこれも、この魔物の群れが原因だ!途切れることなく次々出てきやがって!もう何体撃破してると思ってんだ、あぁ!?

確かに、この魔物の群れも戦い始めた時よりはだいぶ減ってきたような気がする。ちら、と横目に近くで戦うラグリマを見ても、さすがにそろそろ息が上がって来たみたいだった。


 …まぁ、俺も息が上がってんだけど…!


 「…はぁ…このっ……くっ…ちくしょ!あーもう腹が立ってきた!腹が立つどころか歩き出して飛びそうだ!…はぁっ!」

 「おいっ!…あのな、腹が…歩くとか…そりゃァっ!…変なこと、言ってんじゃねぇぞっ!ふんっ、せいやっ!」

 「…うる、せ、ラグリマ、てめぇ……、動きが、鈍くなってきたんじゃ、ねーかっ!?…は、ぁっ!」

 「…そっちこそ、なァ、……だぁぁあーっ!!ステイト!俺も腹が走り出しそうだ!いい加減にしてもいいよなァ、やってやるぞ俺は!!」

 「走り、出す、とか…、くっそ!やめろ笑わすな!いいぜ俺ももういい加減キレた!俺だってやってやらぁ!」


 ピィーッと俺とラグリマからやかんの湯が沸騰したような音が上がるのが、きっとこの魔物たちには聞こえただろう!もう怒った!疲れた!いくらなんでももう我慢の限界だ!

まだ遠くの方からバリバリドシャーンッ!と盛大な魔法攻撃の音や、ザシュザシュと迫力ある剣撃の音が俺たちのいる辺りにも聞こえてくる。まだニコラやレリアさんたちも頑張ってんだ…けど。

 もうこっちの俺たちは我慢の限界だったのである。……反省はしねぇ!


 俺はギロォッと目の前に構えている魔物3体を睨みつけた!ラグリマは俺の後ろで背中を合わせるように立ってるから表情が見えないけど、多分俺と同じような顔をしてるだろ!


 「ステイト…弱いなんて言って悪かったなァ?どうやら…俺たちは気が合うみてぇだ…!」

 「俺もお前の攻撃、頼りにしてっからな!…さーて、完全に囲まれたけど。俺は鬱憤を晴らそうと思います。…いくぜっ!」


 ガチッ、と俺がナイフを構えた音とラグリマが槍を構えた音が重なった!即席コンビの力、見せてやるぜ!


 「氷に眠れ!リウッ!!」

 「槍撃!シルクロ!!」

 

 ―――バキバキッ!…ズガガガガンッ!!


 俺が両手のナイフを突き出しながら、俺たちを円状に囲む魔物をぐるっと走って回って一閃!ナイフに触れた魔物が、俺も後になってびっくりするぐらいの威力の『リウ』で氷漬けになる!

そして俺に少し遅れ、氷漬けになった魔物をラグリマが槍を横に振り回して薙いだ!俺の作り出した魔物氷がラグリマの槍で見事に破壊されてく…!


 俺たち二人の動きが止まった瞬間、もう俺たちを囲む魔物は全部消え失せていた。…ふぅーっ!やったな!さっと辺りを見回しても、さっきの一撃でこの辺りの魔物を倒せたみたいだった!

ごとごとっとコアが地面に転がる音だけが、曇天の下の森の木陰に響く。…ふっふっふっふ!…やっと、終わった!


 「やったぜラグリマ!俺たちなかなかいいコンビじゃねーか!?あっはっはっは!」

 「ステイトー…そう言いながらコア回収するのやめようぜ?嬉しさ半減だわ…」

 「これは体が勝手に」

 

 俺の爽やかな勝利の言葉にも、ラグリマが苦い笑みを返すだけだった。なんでだよ!そんなに笑顔でコアを高速回収しながら話しかける俺が嫌いかよ!これは体が勝手に動いてコア回収してるだけだからな!

忍ばせていたコアを入れる用の麻袋がパンッパンだ。木の実拾いでもしてるみたいだぜ。…だからぁ、ラグリマさんってば!俺のことつめたーい目で見ないでくださいよっ!


 「あ、ちゃんと後で山分けするからさ!」

 「あのなァ、…よろしくお願いするぜ!」

 「ですよね!了解!」


 ほら見ろやっぱりラグリマも欲しいんじゃねーか!特徴的なツリ目がにやっと光ったのを俺は見逃さなかったからな!さくさくとコアを拾ってると、森の奥にけっこうデカいコアが落ちてるのが見えた。…やりぃ!

けど、俺がさっきまで拾ったコアはほんのビー玉サイズ程度。あそこにあるコアは握りこぶしぐらいの大きさだぞ?そんなに強い魔物倒してねぇはずだけど…。…ま、いっか。もらっとこ!俺は振り返ってラグリマに言った。


 「ラグリマ!ちょっと奥にコア転がってるから拾ってくる!まだレリアさんやニコラがいるとこに魔物残ってるっぽいし、先に加勢しに行っといてくれ!」 

 「へいへい!すぐ来いよ!」


 ラグリマが向こうに走り去るのを見ながら、俺もちょっとだけ森の中に入る。数歩先に転がるコアはまるまるとしててピカピカで…売ったら高値がつくぞ!へへへ…!

小道を歩いてコアに手を伸ばす。掴もうとする。俺の目が輝く。コアが逃げる。……ん?…逃げる?

 

 慌てて俺はコアを見つめた。…俺、まだ触れてなかったから!けどさっき、勝手に転がったよな!あ、風か!び、びっくりした。

まだほんの入り口なのに、薄暗くて静まり返る森。ちょっと不気味だ。風の音も鳥とかのさえずりも何も聞こえないし…。…風、ふいてない…よな。


 …なーにやってんだ俺ってば!さっさとこのコア拾って、ニコラたちのとこに戻って、………。


 「悪い強欲な男の子は、森の狼さんに食べられちゃうんだぞー」

 「へっ!?」


 な、なんだ!?突然俺のすぐ後ろから、なんとも気怠そうな声が聞こえた!…気配が読めなかった!慌てて振り返った時、ぐわしっと俺の頭が掴まれる!


 「ガオッ!…って」

 「……えーと。アンタ、誰?」


 ナイフを出す間もなく、急いで振り返った先。そこには、ぼーっとした表情の青年がいた。黒い頭巾から緩いふわふわの茶髪が見える。俺の髪より明るい色だ。あと…なんか、目の下のクマがすごい。

だるそうな表情で俺の頭に手を置いたまま、ぼーっと半分しか開いてないような赤い目で青年が俺を見つめた。なんとも間抜けた様子になんだか俺も拍子抜けだ…。


 「誰、かぁ。…くろずきん。少年が一人になるとこ、待ってた」

 「黒頭巾て…。少年て俺?アンタ、この森に住んでるとかなのか?」

 「いんや、違う…。少年、トルメルでしょ?俺と、来て」

 「はぁ!?」


 さっき、こいつ『トルメル』って…!まさか、魔族か!?慌てて距離を取ろうと足に力を込めた瞬間、ぐっと俺の頭に置かれた手が強くなった!…な、なんだ!?

とろとろしてそうな目つきが、薄暗い森の中で赤く輝く。きっと睨みつけると、ふーん、とため息が漏れ聞こえてきた。


 「…やっぱ、その反応…少年がトルメルで間違いなし、なんだねぇ。ね、俺と来て。俺、面倒なこと嫌いなんだよなー」

 「…この手を離せ。じゃなきゃ、攻撃する。…アンタ、魔族だな?」

 「うん。指示で、トルメルを魔界に連れて行くように言われた。…俺、痛いのも戦うのもめんどくて嫌い。少年が俺と魔界に来る、俺は魔界で褒められる、俺は魔界でのんびりライフ。終わり」

 「意味わかんねぇ!…俺は、やることがあるんだ!魔族の為に生きようなんて思わねーぞ!」


 全くこいつから戦意を感じないことが、俺の警戒を強くさせていた。ちょっとピリピリするくらいだ。緊張感のない会話だけど、その隙を探して逃げるまたはこいつを倒す手筈を考える。あぁくそ、コアは罠か!釣られた!

冷静に事態を見るんだ、俺。ここにはきっと、ラグリマも戻ってこないしニコラだって来ない。俺一人でやりすごさねーと。


 慎重に相手を観察することから始める。『黒頭巾』は見た目は俺よりちょっと身長の高い、表情から見るとあまり健康的じゃなさそうな青年。黒いローブを羽織ってるけど、体格は良くないはずだ。

会話と様子からして、あまり俺と戦う気はないらしい。余裕さえ感じるのが腹立ってくる。…武器は見えない。魔族に武器はあまり必要ねーか。

 そして目的。やっぱり俺を探して現れたみたいだな。


 魔族にとって、トルメルは目の上のたんこぶ。きっと魔界では、いよいよ確実になってきた『トルメル』の存在にお高い懸賞金でも懸けてんだろ。かといって、俺だってさらさら魔界に連れ去られる気はない!


 黙り込んだ俺を不思議がったのか、ぬっと青年が俺を覗き込む。だるそうな口調が、音もない森にぼやーっと響いた。


 「俺も、魔族の一人。トルメルは…魔族を脅かす存在。ほっといたら困るんだよなー」

 「俺だって困ってる!平和に暮らしてた人間の世界が、魔族に聖剣を盗まれてからは魔物が溢れてるし、」

 「俺たちだって困ってた。力ある魔族は戦で聖剣に封印されたし、魔族は小さな世界に閉じ込められた。…今が反撃の時なんだよ」

 「…それは、そうだろうけど…」


 って、納得するなよ俺!『黒頭巾』は相変わらずやる気のない目で、淡々と俺を見つめて話すだけだった。うーむ、口論で勝てる気がしない。どうやったら見逃してもらえるか。

…そりゃ、やっぱこれだろ。俺は突然うつむき、しおらしくつぶやいた。


 「…分かった。魔族だって…困ってんだよな。俺がいなくなれば…いいんだろ…」

 「…戦わずにすんで俺も嬉し、」

 「うそぴょん」


 ―――ドガァッ!


 俺の後ろ蹴り、クリティカルヒィーット!いい音!シュバーンッと空気を切りながら青年が大げさなぐらい吹っ飛んで、見事に森の木にぶつかった!…ハッ!思わず笑いがこみあげてくるぜ!


 「バァーカ!人間だって困ってんだよ!ハイそうですかと魔族の言いなりになるかってんだ!…ってアレ?気絶してる?」


 …よわっ!蹴り一発で沈むなんてさすがに弱すぎだ!敵ながら心配だけど、捕まってたまるか!木の根元でグタァッと沈んで動かない青年を遠目に見ながら、俺はコアだけ拾って麻袋に詰めた。


 「だまし討ちも戦略なんだって覚えとけ!あと強欲な男の子が狼に食べられる話なんて知らねぇけど、強欲な奴ほど生き残るってことも覚えとけ!」


 かなり前、シャハンと話したことを思い出す。あいつ、魔族はひ弱だからグーパン一つで沈むって言ってたよな。ロザもシルの攻撃は痛手だったみたいだし…。…ほっ。

シャハンはいいやつだからいいけど、こんな魔族と毎度毎度出くわしてたらキリないな。今度から相手が魔族だって分かったらグーパンまたは蹴りだ。許せ。


 ぐったりと動く気配のない魔族の青年を置き去りに、俺もさっさと戦場に戻ることにした。魔族の割にはマシそうな奴に見えたけど、やる気がなかったのが敗因だな。ふふん、俺に勝つのは百万年早い!



 てけてけてけーっと森を出て走ると、すぐにラグリマたちの姿が見えてきた。辺りに魔物が完全にいなくなってるから、倒し終えたのかも。俺の姿に気づいたラグリマが手を振って叫んだ。


 「おぉーい!遅い!もう終わっちまったぜ!」

 「悪い悪い!ちょっと時間食った!魔物、いなくなったんだな」


 小高い丘に集合していたラグリマたちに追いつくと、ニコラがハンカチで汗をぬぐいながら首をかしげた。


 「さっき、ピタリと出現が止んだ。…お前、何してたんだ?」

 「コア拾ってた。次の町で換金だな!ふっへっへっへ…」


 俺が麻袋を前に出すと、レリアさんとオイゲンさんが驚きの声を上げた。その後ろで、青年組がぼそぼそと話してるのも見えるんだけど…。


 「な、なぁニコラにーさんよぉ。…ステイト、金に抜け目がないんだなァ」

 「あいつは金と宝の亡者だ。コア回収も趣味だから気にするな」

 「おーい聞こえてるぞお前らー!まぁ否定しない!あとこのコア換金したらちゃんと5人で山分けだから安心してくれー!」


 とりあえず馬車も守れたし、魔族との接触もやり過ごしたし!無事に済んで何よりだろ!なっ!


 と、ちょうど戦いが終わったことに気づいたらしい馬車の運転手さんが、向こうから手を振ってるのが見えた。


 『みなさーん!ありがとうございました、これで進めます!』

  

 レリアさんがそれを聞いてにっこりする。隣でオイゲンさんも息をついた。


 「それじゃ皆さん、お疲れ様でした!馬車に戻りましょうか」

 「ほっほ、そうじゃの!久しぶりの実戦は疲れますのう」

 「よーっしゃ、ひとまず終わりだな!助けてくれてありがとよ!」


 先に3人が歩き始めたのを見てから、ちょっと遅れて俺も続く。ニコラは俺が歩き始めたのを確認して、俺の隣に並んで歩く。


 「ニコラもお疲れさん」

 「…さっきの魔物の出現は、どこか不自然だと思わないか?」

 「思う。…あのさ、俺さっき魔族に会ったんだ。俺をとっ捕まえようとしてるんだと。…多分そいつが魔物で足止めしたんじゃねーかと思うんだ」

 「魔族?…戦ったのか!?」

 「ううん。油断してるとこを蹴っておしまい」

 「…」


 呆気ない俺の説明に、ニコラが物言いたげに見つめてくる。だって本当にこれだけなんだからな説明!ニコラがはぁ、とため息をついた。


 「魔族は単体だったのか?」

 「一人。しかも、すっげぇやる気のなさそうな奴。戦意がなかったけど、追ってこられるのも面倒だったし…魔族って体力がないだろ?だから蹴ったら気絶した」

 「…もし相手が複数だったらどうするつもりだったんだ…」

 「そんときゃそんとき!けど、あの様子じゃ俺を偶然見つけたっぽかったな。いつ情報が広まるかわかんねーけど、これからはちょっと気を付けたほうがいいかもしれねぇ」


 ニコラだって、魔族については多少調べたはずだ。魔族の特性として、圧倒的に人間より多い魔力と深い知識があるけど、その分人間と比べて体力がないこととか。

だから追い払うのは物理攻撃さえすれば簡単だろうけど、じゃあ倒すのは簡単だってのは俺だけの話。魔族の圧倒的な魔法に影響されない、俺だけの状況だ。

 いくら強い魔法を使う人間がいても、やっぱり魔族の魔法には敵わないし魔法に対する耐久も人間の方が薄い。タイマン勝負したら、人間の攻撃が届くまでに魔族が魔法を発動して…人間は負けるだろうな。


 だからこの件は俺も周りを頼るわけにはいかねぇんだ。むしろ、俺が周りを護らなきゃ、な!


 と心の中で決意のポーズを決めた俺に、ズバコン!とニコラの勢いに溢れた頭チョップが!


 「ぐおっ!な、何しやがる!人が決意を新たにしてるときに!」

 「一人でなんとかしようと思うな!もし魔族が対トルメルの武器を生み出したりしていたらどうするつもりだ!」

 「あっ…確かに…」


 そうか、そういうこともありうるのか…。今回のあの黒頭巾がそれを話題にしなかっただけかもしれないんだよな。俺と交戦する気はなかったようだったし。


 「…う、分かったって。なるべく一人で行動するのは避ける。それでいいだろ?」

 「そういうことだ」


 何度目かのため息をニコラがついて、また歩き出そうとする。俺の一歩前に進んだニコラに、俺も声をかけた。


 「だから、な。お前も俺をほったらかすなよ!」


 ま、最近俺に対してやたら過保護気味のニコラが離れるとは思わねーけど!ニヤッとして言ってみると…あれ、なんかぽかんとしてるし。いつもは涼しげな眼が、まるーく見開かれてる。…うん?俺、なんか変なこと言ったか?


 「な、なんだよ…あべしっ!」

 「当たり前だ!この…ほったらかすわけないだろうが」


 に、二回目のチョップが痛さ二倍!お得感の欠片も感じない!ひっでぇ!つか、最後なにモゴモゴ言ってんだよ。チョップの痛さで涙が出てきた目で先を見つめると、大股にニコラが馬車へ歩いて行った。置いてくな! 


 ラグリマが向こうから早くしろと叫んでるのに慌てて応えながら、俺も馬車へと走った。これから魔族との接触が増えるのか、と思うとちょーっと頭が痛いんだけどな。

 

 


 それからは数日、魔物の群れにも魔族にも特に会うことなく、びっくりするくらい順調に旅が進んだ。訪れる先の町で休憩を取りながら俺たち一行の馬車は軽快に進み、シエゼ・ルキス国をとうとう抜ける。

豊かで穏やかなシエゼ・ルキスの草原をしばらく進んでいた馬車は、やがてそっけない荒地の道を走る。おいおい、道も整備されてねーし砂利だらけじゃねーか。


 今にも雨が降り出しそうな空の下、俺たちの馬車はどうやら『ミュリオ・ハユド国』に入ったらしい。遺跡と芸術の国、なんて通り名があるけどその国土のほとんどは荒地なんだよな。

あまりきれいとは言えないボコボコ道を、馬車がガタンガタン音を立てて走っていくのに慣れるのもすぐだった。


 今回の旅ではこの国に用はない。だから特に大都市にも寄ることなく、二日ぐらいかけて小さな町で休みながら進む予定だ。けど、枯れ木や岩、小さなポツポツした雑草ぐらいしか観るところがない景色はあまりに退屈だな。

ミュリオ・ハユドは軍事力を持たず、また謎に満ちた統治者が治める国。それにまだ未調査の遺跡もゴロゴロあるっていうんだからとにかくミステリアス!気になるっちゃ気になるけど、今回は構ってられませんな。うむ。

 確かにこの国の主要都市に行けば、この寂びれた大地からは想像もつかない華やかで独創的な町もある。また改めて時間のある時に旅行でもしてみたい、ってところか。


 通り過ぎるだけでは味気なさすぎる窓の外の景色から視線を外し、ここのところ戦闘もなく退屈そうなラグリマに声をかける。


 「ラグリマー。暇だから何か話してくれよー」

 「俺だって暇だけどなァ、何を話せばいいんだか…。アンタらは面白い話、ねぇのかい?」

 「ニコラ先輩ー、いかがっすかー」

 「何が先輩だバカステイト。…俺もそろそろ話のネタがない」


 …まぁね。あの魔物の群れの戦闘以来、何事もなく平穏に馬車が進むもんだから、そろそろ俺たちの会話の種も尽きてきている。けど黙って寝てるのもつまんねーだろ?ぐてーっとしてる俺に、ラグリマが唸る。


 「…じゃあ、俺のこの頬の傷の話なんかどうだ?」

 「うおっ、それ触れちゃダメかと思ってた!聞かせてくれよ!」

 「これはなァ、俺がギルドに入る前…ちょうどステイトぐらいの年頃だったなァ。俺の家は代々漁師なんだわ。屈強な海の男で、女は皆素潜りと魚料理のプロで」

 「うんうん」

 「俺も海の男になれ!って親父に放り出されてよ、小さな木船に乗って釣り道具一式揃えて、俺だけが知ってる隠れ釣りスポットに向かったんだわ」

 「うんうん」

 「そしたらな、俺もびっくりしたんだが…なんと!岩場に人魚がいてなァ!これがまた綺麗な青い髪の女の人魚で、琴を片手に黄昏てたんだよなァ」

 「おー…に、人魚!?」

 「あァ、ココム海には普通にいるぜ。魔族とも人ともつかない、独特の種族だな。魔族寄りだとは思うけど魔法は得意じゃないっつってたぜ」

 

 ちょ、ちょっと待てよ、人魚!?それもドラゴンと同じような、『幻獣』の類なのか?ラグリマはあっさりと普通にいるって言ってるけど…。ニコラをちらっと見ると、口出しせずに話の続きを待ってるみたいだし。…まぁいいか。

 

 「そうなのか、続けてくれよ」

 「ま、俺が人魚を見たのはそんときが初めてだ。人魚伝説があるんだが、これが歌声で船を沈めるってやつでなァ。俺はびっくりして、そーっと離れようとしたんだ。そしたら向こうから声かけてきたんだわ!」

 「おぉっ!美女の人魚が!」

 「しかも、向こうも人間と話すのは初めてだっつーことで!俺も船を止めて、海の上で語り合ったんだわ。いやー、良い奴だぜ、セニヤさんは」

 「セニヤさんっていうのかぁ」


 にっこーと幸せそうな表情で語るあたり、ラグリマがセニヤさんとやらに憧れを持ってるのかと思われる。まぁ美女の人魚と語り合うなんて…ねーよなぁ…。べ、別に羨ましくなんて!

けど、次に話をつづけたラグリマの表情が苦々しいものに変わった。


 「ああ、セニヤさんは可愛くて優しくてお人好しで、ちょっと歌は下手なんだが俺のダチになってくれてなァ。けど、こっからが問題だった」

 「も、…問題?」

 「あァ…思い出しても腹が立つぜ。…セニヤさんには、兄貴がいやがったんだ」

 

 メラァ、と何か燃えたつものが見える…気がする。もしかしてアレか?ラグリマがセニヤさんに惚れて、『妹さんを僕にください!』的なアレか?はらはらと見守る俺と、うつらうつら寝ようとしてるニコラにラグリマは話を続ける。


 「俺はまだセニヤさんと話してただけで、別にセニヤさんに惚れたわけじゃなかった。いい女の子だなと思っていただけだった…が!」

 「…が?」

 「セニヤさんの兄貴が!人間の俺が人魚のセニヤさんを誑かそうとしてると勘違いしやがって、俺の船をいきなり沈めやがったんだ!こう、いきなり船がドーン!と何かにぶつかって転覆して!」

 「うおおっ!?」

 

 ここから、ラグリマの…セニヤさんの兄人魚に対する長い愚痴が始まったので、勝手に俺が簡略化してまとめよう!


 セニヤさんの兄はアレイシャさんというらしい。アレイシャさんは妹のセニヤさんをすっげぇ大事に思ってて、そのときは散歩からの帰りが遅かったセニヤさんを迎えに来てたらしい。

けど、セニヤさんを見つけたと思ったら、何か肌の浅黒いムサそうな人間の少年が小舟に乗ってセニヤさんと話してたのが見えたという。アレイシャさんは愛する妹が人間に捕獲されそうになっていると勘違い。

…そして、ラグリマの船に突進。転覆。海の中で大乱闘。息が持たなくて死にかけたラグリマを慌ててセニヤさんが助け、セニヤさんを通じて誤解が解けたのだという。その大乱闘の時にアレイシャさんにつけられた傷が、あの頬の傷だとさ。


 …なんか、深いエピソードがあるんだな…。そうしみじみと俺が感想を返したときには、ラグリマはぷっすーと音が聞こえてきそうなほど怒っていた。おいおい。


 「しかもまだあの野郎、俺がセニヤさんを狙ってると勘違いしてやがるし!セニヤさんが何回勘違いだって言っても聞く耳もたねぇし!俺が一人で小舟に乗って海に出ようもんなら、ものの10秒で転覆!くっそー!」

 「そ、そんでラグリマは別にセニヤさんに恋してる、とかじゃないんだよな?」

 「セニヤさんは素敵な人だが、俺にとってはダチの一人だ!それにセニヤさんのタイプは髭のダンディな老紳士だとよ!それにしてもアレイシャの野郎!俺のことストーカーでもしてんのかって遭遇率!腹立つ!」

 「落ち着けって!冷静に話し合ってみろよ、ただの妹思いのお兄さんじゃねーか、な!」

 「前なんか夕方の砂浜で物思いに耽って黄昏てたら、突然の水鉄砲だぞ!『またセニヤを狙いに来たな、てめぇ!』って!ゆっくり海にもいけねぇんだわ!」


 いっそとっ捕まえて食ってやろうか、とぼやくラグリマになんだか俺は疲れてきた。…それ、アレイシャさんも疲れねーのかな…。毎日海辺でラグリマが来るのを監視しては攻撃、って。

 

 「…それ…仲、いいんじゃねーの?」

 「んなわけあるか!くそ、今度こそ水辺から引っ張り出して刺身にしてやらァ…毎度毎度俺を海ン中に引きずり込みやがって…おかげで泳ぎ上達しちまったじゃねーか…」


 やっぱそれ、…仲いいんじゃねーの?喧嘩するほど、みたいな…。ツリ目をさらに吊り上げてギリギリギリと歯ぎしりするラグリマを横目に、俺はニコラに声をかける。


 「な、なぁニコラ、お前もそう思うよな?…」

 「…」


 ね、寝とる!おま、寝とる!人の話を聞き流して呑気に寝てやがる!待ってくれよ、このままじゃ俺一人でラグリマの愚痴を聞き続けなきゃならねぇってことか!?


 「ステイト!こうなったらヤツがどんだけ最悪なヤツか語り明かすぜ俺ァ!」

 「ひえーっ、もう勘弁してくれよーっ!」


 ラグリマのスイッチを押してしまった俺はこれから数時間、ずーっと退屈な風景の続く道のりを、延々と妹思いの兄人魚について聞かされ続ける羽目になったのだった…。

うぅ、退屈しのぎにしてもめんどくさすぎるぜ…!早く馬車、どっかの町に着いてくれよ!切実に…!



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