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ルキスの剣  作者: 夜津
第二章 トルメルの子
43/131

40 和解



 翌朝。元気すぎるエルピスのおはようコールに俺は起こされた。ほんとにもう…元気なのはいいけどさ。勝手に部屋に入ってきて耳元で叫ぶのやめろ!

ちなみにニコラは超絶早起きで荒野まで朝からトレーニングに出かけてたらしい。さすが筋トレお兄さん。

ジャッテも騎士団生活で早起きは慣れているとのことで、エルピスが起きる前に起きて勉強してたんだとか。俺たちの朝事情の報告、終わり。


 そんなわけで朝飯をもらってると、外からわいわいと声が聞こえてきた。


 「もぐもぐ……ねぇ、さっきから誰の声なのー?」

 「爺さんが町の人を集めに行ってくれたんだろ?もう集まってるのか?」

 「かもしれないな。この町の人々にとっては、ドラゴンの正体は一刻も早く知るべきことだからな」


 エルピスがジャッテの分のサラダを強奪してるのを目撃しながら、俺は窓の外を見た。うーむ、この角度からだと見えづらい…お、見えた!


 …うわー。人がいっぱいだ!この宿を取り囲むように、入り口にも殺到してる…けど、誰も宿の中には入ってこない。人々の中には、武器を持ってる人までいるぞ!

やっぱりドラゴンがいる、と聞いて警戒してるんだな…。

 俺の隣にジャッテが来て、ふーむ、と声を漏らした。


 「この町、こんなに人がいたんだなぁ」

 「皆、しばらく家から出られなくなっててピリピリしてたんだろうな…早く誤解を解かねぇと」

 

 ガタ、とエルピスが椅子から立ち上がった。俺たちの顔を一通り見回して、凛とした表情で力強く頷く。


 「ボク、行くよ。ボクが恐がったらダメだよね!それに今はもう…お兄ちゃんたちがいるもん」

 「…そうだな!俺たちがいるんだ、大丈夫だ!」

 

 エルピスににっこり笑顔で返してやると、エルピスも歯を見せてにかっと笑った。うぐっ、可愛い笑顔…!お、落ち着け俺!こいつは男!

俺が頭を抱えそうになったとき、食堂に宿の主である爺さんが入ってきた。


 「少し早いかと思うたのですが…町の人を集めておきましたぞ」

 「ありがとうございます。…どうする?さっさと説明するか?」


 ニコラが俺たちに視線を寄越すと、エルピスがすぐに頷いた。エルピスの覚悟が決まってるなら、俺とジャッテも当然頷くしかないだろ。


 「ボク、行くよ。荒野まで出て、広いところでドラゴンに変化する。これも変化魔法なんだけど、これは失敗しないみたいなんだよね」

 「そうかぁ。じゃ、俺たちは町の端っこで見学だなぁ。…そんじゃ、行く?」

 「おう!さっさと誤解を解いてしまおうぜ」


 ばたばたと玄関の方へ走るエルピスを追って、ジャッテと俺が後ろに続いた。ニコラは律儀に、朝飯に使った皿を流しへ運んでからついてくる。…こんなときまでなんつー真面目な…!



 **


 『そんなガキがドラゴンなわけあるか!』『信じられるわけないでしょ!』『町に来たのはそいつじゃなかったぞ!』


 うへーい!うるせー!その誤解を解きにきたんだっつの!と俺が叫ぶこともなく。町の人をなだめるのは、にこにこ朗らかな笑顔のジャッテだ。


 「まぁまぁ!でも、この子が本当にドラゴンで、町の皆さんが誤解をしてただけ、っていうなら誰も困りませんよぉ?生贄もいらないんですし!

  この子が荒野まで出てドラゴンの姿になりますから、皆さんは最近見かけた例のドラゴンとこの子が一致してるか見届けてくださぁい」


 決して輝くような端正な顔つきの男前、ってわけではなく、どっちかというと孤児院のお兄さんみたいな素朴で穏やかな雰囲気を醸し出すジャッテだ。町の人たちがすぐに落ち着いて静まり返っていく。

ニコラが説得に出ても良かったけど、ジャッテが進んで町の人たちに説明を始めたから俺たちは黙って成り行きを見てる。あ、俺は説得とか向かないから論外だ!


 ジャッテが説明している間に、エルピスが小走りに町の外へ出て行った。町から遮るものもなく広がる荒野へ、その小さな姿がさらに遠く、小さくなっていく。エルピスがずいぶん遠くへ移動したとき、人々は完全に押し黙った。

俺たちも黙って、広々とした荒野を見つめる。と、突然!ビカッと激しい光が荒野の彼方で輝いた!慌てて目を覆った瞬間、グオオゥッと風が唸りを上げて押し寄せる!うわーっ!


 『な、なんだあれは…!』『ドラゴン…!?』『まさか…本当に…!?』


 突然の光と風に驚き、慌てて現状を見つめた町の人たちの声が辺りに響く。うええ、砂埃が目に入る!俺もそーっと目を開け、…言葉を失った。


 どでかいドラゴン。その真っ黒な鱗に包まれた体は威厳たっぷりで、ぎろりと動く瞳が俺たちのいる町の方へと向けられる。思わず俺も後ずさりしそうになるような迫力…!本当にエルピス…ドラゴンなんだな…!

ニコラとジャッテも何も言わないけど、ちらっと見えた表情は俺のと似ていた。驚愕、そしてわずかな高揚と興奮。絵本の中の伝説は…目の前だ!


 「エルピスーッ!」


 ―――グオォオオン…


 ジャッテの渾身の叫びが風の吹き荒れる荒野に負けじと響くと、応えるようにドラゴンが吼える!と思った瞬間!また光が爆ぜて風が押し寄せた!うわわーっ、予告とかねぇのかーっ!!


 そして。次に俺たち一同が目を開けた頃には、その小さな女の子みたいな体でまさに風の如く全力疾走してくるエルピスの姿が!…アレ?あの速さ、俺と同じくらいじゃね?


 純粋無垢の笑顔で駆けてくるエルピスを見て、町の人たちのあちこちからため息や歓声が沸きあがる。


 『じゃあ本当にあのドラゴンは…!』『俺たちを襲わないんだな!』『それにあんなに可愛い子だなんて!』『僕、あの子のおムコさんになるー!』


 「やらねぇよー」

 「何言ってんだよジャッテ」 


 何をのほほんと町のガキンチョにつっこんでやがる。だいたいエルピスは男の子で…おっと、夢を壊すことは言わないでおこう。俺は子供たちの夢を護る味方だからな!

エルピスが町の柵を飛び越えてぴょーんっとジャッテの胸に飛び込む!おおっ、感動の再会っぽい!


 「町の皆、信じてくれたよね!」

 「あぁ、大丈夫だぁ!これで安心して王都へ行けるなぁ」

 「やったぁーっ!!」


 くるくるとエルピスとジャッテが抱き合いながらくるくる回るのを見て、町の人たちは安心した表情で笑ったり、ハイタッチしあったりしてる!これでもう、このラシマの町の人もドラゴンに怯えることはないはずだ。

エルピスが居なくなることで、この町の付近の魔物がさらに活性化する可能性はあるけど…。そこは騎士に頑張ってもらおう。


 宿から見ていた爺さんも、ほっとした表情で俺たちに話しかけてきた。


 「いやぁ、まさか本当にあの子がドラゴンだったなんて…驚きです」

 「恐がらせて悪かったって反省してましたよ」

 

 ニコラが、楽しそうに町の人やジャッテに囲まれてるエルピスを見やると、爺さんも力の抜けた笑みを見せた。


 「…あの子は、これから王都へ?」

 「あのそばかす騎士が連れて帰りたいと」

 「…わしも、この町の皆も。あなた方や、あのドラゴンの少女がこの町にまた訪れることを楽しみに待っておりますぞ」


 いや、少年なんだけど…おっと、口をつぐむんだ俺。ニコラが人当たりの良い営業スマイルで、爺さんや町の人たちと会話するのを見ながら、俺も安堵の息をつく。あー、丸く収まって良かった!

久しぶりに安心して、これからも外に出て暮らせることを喜ぶ人々が家から楽器などを持ってきて演奏を始める。うーん、いい音!王都の音楽家も驚きの実力だ!

町の中心にみんな集まって、朝から大きな焚火を焚く。それを囲むように人々が踊り始めた!明るい音楽を奏でて、ぴかぴかの天気の下で楽しげに舞う人たちの姿はまさにお祭り騒ぎ!


 「ボクも踊るー!」


 ぴょーん、と楽しげに人の輪に飛び込んだエルピスに拍手喝采が起こる。その細い体と長い黒髪がくるくると舞い、軽い足取りは熟練の踊り子にも負けないぞ!俺も手拍子をしながら、真昼の焚火を見つめた。

途中でジャッテもエルピスに手を引かれて輪に入り、町の人に伝統舞踊を教えてもらいながら楽しそうに踊る。すっかりなじんだ二人が、町の真ん中で笑ってた。


 いいなぁ、あれ。と思ってると、俺も突然ぐいっと手を引かれる。町のおじさんが、思い切り笑顔を見せて俺に親指を立ててきた。


 「坊主も踊れよ!自由に踊ってくれたらいいんだからな!」

 「え、俺?…ま、いっか!よぉーっし、いっきまーす!」


 ちょっとびっくりしたけど、まぁ…今回の憂さ晴らしってわけで!ろくに踊ったことなんかないけど、俺も踊りの輪の中に飛び込んだ!


 笛の音と太鼓の音に合わせて足でリズムをとり、ときどき跳ねたり回ったりしながら俺はのびのびと手を広げる。ぴんと伸ばした指をしならせて、音楽の調子に乗りながら腕を回す!

俺の装備であるペンダントや羽飾り、アンクレットが揺れるのを視界の端に映しながら、俺はくるくると回る。うおーっ、楽しい!


 「やるねぇ、スティ!」

 「お兄ちゃん綺麗ー!」

 「だろ!」

 

 ドヤッ!俺がエルピスたちの近くでぴょんぴょんくるくる踊ってると、ちょっと離れたところで手拍子が大きくなった。その先には、笑顔で手を叩く人々と、それに囲まれて困った笑みを見せるニコラが。

今日は重そうなアーマーとかはつけてないから、ちょっと体格のいい町の人って感じでなじんでるけど…。その手には、町の人に渡された飾りの剣がある。

 普段ニコラが扱ってる、重そうで馬鹿でかいような剣じゃない。柄から剣の先まで凝った装飾が施された儀式用の剣だ。誰だよ持ち出してきたの。


 はぁー、とニコラがため息をつき、目を閉じる。そして、俺たちがにまにまして見守っていると、その剣を手にかっと目を見開いた。おおっ?


 ―――シャンッ


 剣に巻きつけられた紐の先にある鈴が鳴る。きりっとした涼しげな眼を凛々しく見開き、ニコラが体を反らす。ふわっと持ち上げた剣が弧を描き、やがて流麗な仕草で軌跡を描く!

あんなに筋肉があるのに、それを感じさせないしなやかで鮮やかな動きが繰り広げられると、俺や町の皆(特に女の人)の視線がニコラにくぎ付けになる。

 くるくると体と剣が舞い、勇ましくも美しい踊りが音楽に乗せられて始まった!


 「剣舞だなぁ。俺は救護隊だから教わってないけど、宴会に誘われることの多い騎士なら習得してるらしいなぁ」

 「うわあーっ、いいなぁー!ボクもやってみたーい!」

 「…くそ、悔しいけど……」


 綺麗だ…!


 俺ならどう頑張ったって、あんなに滑らかで計算されつくしたような動きはできない。回り、回し、体を折り、剣を宙で滑らせ、鈴の音が鳴り響く。俺はすっかり目を奪われていた。

…なんだよ!バカニコラのくせに…!なんで俺、こんなにワクワクした気持ちでお前なんかを見つめなきゃいけねーんだ!


 俺はいつの間にか強く握りこぶしを作っていた。…だって!あのニコラの剣舞…ああ、くっそ!なんだよなんだよ!


 ときどき目が合うと、ニコラはたまに見せる心からの穏やかな笑みで俺に視線をよこす。すぐにその視線は反らされて剣や焚火、町の人たちから地面と空へ…と縫うように移り変わっていく。

音楽が終わりに近づくと、もうニコラを囲んで町の人たちが手拍子をしながら踊る。ジャッテとエルピスがにこにこしながら見届けるのとは反対に、俺はちょっと険しい表情で、口元だけ弧を描いてニコラを見つめた。


 シャン、と鈴の音が鳴り響いたのは、ちょうど音楽が止まった時だった。鳴り止まんばかりの拍手に包まれ、すぐにニコラは町の若い女の人に囲まれて見えなくなった。…このモテ男が!


 むすっとしてるとエルピスがにやにやしながら見上げてくる。な、なんだよその笑顔…。


 「お兄ちゃんヤキモチー!」

 「んなっ、なっ、何を!?お?お!?あ、あのなぁ!」

 「ふっ…青いねお兄ちゃん」


 こ、こいつ…!やっぱりただの腹黒じゃねーか!馬鹿にしたような笑顔を浮かべるんじゃねー!何様だよこのっ…あっドラゴン様でしたね!くそっ!

飛んでくるにやにや視線ビームから思い切り顔を逸らし、見上げた空は面白くないくらいに青かった。



 

 **


 町の人と和解したその日はゆっくりと過ごし、王都へひとまず連絡を送った。伝令魔法を使える道具、なんてものがあるなんて便利だよな。高級だから上級騎士にしか渡されてないらしいけど。

ニコラがエルピスの件についてうまく話をつけることができたらしく、またドラゴンの件も害悪にならずに済んだー、なんて城側ではほっとしてるみたいだ。

 けど、王…ジギスムントさんの思惑は多分、目に見える範囲…というか、手の届く範囲に危険分子となりうるエルピスを置いておきたいんだろう。ジャッテがいればエルピスは安心なんだし…。


 そんなわけで俺たちは王都への帰路についていた。ラシマ、サミラの町を過ぎ、今はサミラの町から迎えの馬車に乗り込んでる。頃は夜。王都に着くのは朝方になるようだな。

ラシマの町からサミラの町へは歩くしかなかったけど、行きの時よりはだいぶ帰りの方が楽だったな。魔物との戦闘はあったけど、余裕のある戦いができたし。傷ができても俺の新しい力で回復できる!

戦闘には向かない『エスイル』の力だが、サポートとしてはすっげぇ役に立つぜ。今の俺にはまだ、回復ぐらいしか力の使い道がねぇけど…!


 ガラガラと揺れる馬車が物珍しいのか、しげしげと見つめたりしばらく騒いでたエルピスは今はもうすっかりジャッテと眠り込んでいる。二人してくぅくぅと寝息立ててる…うわぁ、和む…。

俺はそんな様子を見つめながら、隣に座るニコラに言った。


 「それじゃ、エルピスは騎士団や城側が預かるってことなんだよな?保護者はジャッテとして」

 「ああ。ドラゴンを預かると言っても、ジャッテが制してくれるだろうから子供が一人増えるようなものだな」

 「ふーん…だったらジャッテはしばらく王都から動けなくなるんだな。エルピスをこれ以上連れまわすわけにもいかなくなるだろうし…」

 「恐らく、な。もともと救護隊は王都から出ることは少ない。それに、次の目的地コットリア共和国までは比較的楽に旅ができるだろう」


 だから次の俺の同伴者は、おそらくニコラだけで十分。…えええ…。こいつと二人旅とか息苦しすぎる。来いよ誰か…シルを呼んでやろうかと思ったけど、さすがにダメだよなー…。

黙り込んだ俺に、久しぶりに聞く馬鹿にしたような明るい笑い声がとんできた。


 「そんなに俺と組むのが嫌なのか?」

 「いや、そりゃ、まぁ、なんつーか…改めて二人旅、ってのは…。前はシルもいたし、今回だってジャッテたちがいたし。強さで言うなら文句ねぇけどさ」

 「光栄だ。お前が5人束になって襲い掛かってきても瞬殺する自信はあるぞ」

 「ぶっ潰されたいんだな?あぁん?」


 ぎろっと睨みつけると、ふすっと空気の抜けるような音がニコラの口から漏れる。馬車の外の真っ暗闇の草原に視線が注がれ、それから俺に向き直る。な、なんだよ。その真顔。恐い。


 ニコラの仏頂面にちょっと驚いて身を引くと、突然ニコラが目を細くして明らかに馬鹿にした態度でニヤッと笑った。


 「ま、俺は楽しみにしておこうか?お前といつでも戦って鍛えられるいい機会が巡ってきたんだからな」

 「…いいぜ楽しみにしておけよバカニコラ!氷漬けのカッチンカチンにしてやらぁ!」


 絶対に絶対に絶対に今度こそ!奇襲してぶちのめす!見てろよ、ココム海に突き落としてやるんだからな!

 ギギギ…と音がしそうな勢いで睨みつけてると、突然頭にゲンコツを落とされる。い、いってぇ!


 「だったらもう寝ろ。明日に王都で報告するのに、お前が寝てたら王が怒る」

 「眠らせ方が雑だ!ゲンコツ落とされて安らかに眠れるかこのバカ!」

 

 思わず俺が大声で怒鳴った時。むにゃむにゃ、と高めの声が聞こえてきた。


 「なぁにー…うるさいよぉ…ボク、…眠たいのにぃ…怒るよ…ぉ…」

 「ニコラおやすみ」


 やべぇ。エルピスを起こすわけにはいかない…!もし起こしてみろ、多分この馬車は不機嫌になったエルピスに焼かれるぞ…!俺はぎこちない笑顔でニコラに敬礼し、布をかぶった。あぶねぇー!

ゴトゴト揺れる馬車の中でも、目を閉じてしまえばだんだん眠気がやってくる。いつ寝れるかなー、と考えているうちに眠ってるもんなんだよなぁー…。


 目が覚める頃には王都についてるだろうか?


 結局アリシアへのお土産は何も思いつかないまま、俺たちを乗せた馬車は進んでいくのだった。



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