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ルキスの剣  作者: 夜津
第二章 トルメルの子
39/131

36 暴走

 

 俺がラシマの町に戻った時、もう空はすっかり紫と藍に染まっていた。乾いた風が吹き荒び、俺の髪はぐしゃぐしゃだ。


 さて。とりあえず町に戻ってきたのはいいけど…。俺は静まり返っている町を見渡す。カーテンをしっかりしてる家ばかりだから、店や宿ぐらいしか明かりは見えない。

俺、あの宿に戻ればいいのか?ニコラたちには会いたくないけど、事情を知ってるのは爺さんぐらいなんだし…爺さん、巻き込んで悪かったな。


 俺は人っ子一人見当たらない町をざくざくと大股に歩き、宿の扉をそっと開く。カラ、と遠慮がちなベルが鳴り、俺はカウンターを覗く。そこに、爺さんがまだコーヒーを飲みながら座っていた。


 「…さっきは騒いですいませんでした」

 「いいのです。どうせ客も家族もおりませんのでな…。…それより、お連れの方が部屋でお休みになっておられますぞ」


 髭を触りながら爺さんがほほ笑む。俺は急に申し訳なくなって、深々と頭を下げた。


 「随分心配しておられたので…。どうか、お会いしてあげてくだされ」

 「…いえ。俺、荷物を取りに来たんです。…あいつらには、会いたくなくて。俺の荷物、どうなってますか?」

 「3人別に3部屋取られておりますな、あなたの部屋に荷物はお運びしておりますぞ」

 「…そうですか。…あの、俺の分の代金、俺が払います。あいつらに…俺の分の宿泊代は返金しといてください」


 俺は服の隠しポケットから小銭を取り出し、爺さんに渡した。明らかにワケアリなのに爺さんは黙って受け取ってくれた。…爺さん、ありがとう。

教えられた部屋に、俺は忍び足で移動する。これには俺も自信がある。今の俺は気配も音もない…あのニコラでも気づかないはずだ。


 並んだ3部屋の一番奥に、音もなく静かに入る。家具はあるのにやたら寂しげで空っぽの部屋だ。花瓶の花は元気がない。俺はベッドの上に投げてあった大きな皮袋を背負い、また部屋を出る。

静かに廊下を進みながら、ちょっとだけジャッテとニコラがいるはずの2部屋を見た。


 ジャッテ、せっかくの初めての旅を台無しにしてごめんな。結界、すっげぇ助かったよ。

 ニコラ、…いつもお前の言うことは正しかった。もう俺なんかのこと、忘れてくれ。…ごめんなさい。


 目を伏せて、俺は滑るように宿の入り口まで静かに歩いた。ここで、もしジャッテが、ニコラが出てきて、俺を止めてくれたら?…なんて、あるわけないんだけど。


 カウンターに座る爺さんに小さく頭を下げ、また俺は静かに宿を出た。だんだん暗くなってきたな、風もぬるかったけど冷たくなってきた。薄着してくるんじゃなかった、ちょっと寒い。

俺はざくざくと砂の地面を踏みしめながら町の外へ歩く。これから夜だから魔物は増える一方だろうけど…、今更宿に引き返せねぇよな。



 錆びついた町の出口のゲートをくぐり、俺はすっかり藍色に沈む夜の荒野へ足を踏み出した。

ざく、ざくと小石と荒い砂の広がる大地を歩く。たまに大岩や枯れ木がある程度で見晴らしのいい荒地。さっそく、とばかりにあちこちから魔物の赤い目が見え始めた。


 今の俺は魔物の格好の餌だな。ふらふらーっと夜の荒野に飛び出す人間なんていないんだから。


 どどど、と音を立てて突進してくる狼型の魔物を、俺は無表情に見つめた。あんなにしっかり決意したのにどこか気怠くて、俺はだらんとした腕を魔物へ伸ばす。

グワッと魔物が飛びかかって俺の腕を噛みちぎろうとする。けど俺はなんだか、こうやって俺を見て戦いを挑んでくる魔物にどこか愛おしさみたいなものを感じた。


 ナイフも持っていない手が魔物の口に触れる。瞬間。俺の体からいろんなものが吹き抜けていくような気がして、俺は首をがくんと揺らす。どうして?こんなに、気怠いんだ?まだ寂しいのか?


 バキバキッと突然音がして、俺ははっと我に返った。ゴトッと続けて音がする。…あ。魔物、凍ってる。


 俺は詠唱も戦う意思も、何もしてないのに。襲い掛かってきた魔物は俺に触れた瞬間、がっつりと氷に覆われていた。割れるな、と思った瞬間、今まで何度と見てきた光景が繰り返される。

せっかく俺に近づいてきたのに、俺に触れただけで凍って、バキッと割れて霧散する。


 「…そっか。俺、寒いのか」


 夜の荒野にぽつりと響く俺の言葉は、あったかみの欠片もなくって。俺は一瞬、自分の声を疑ったほどだ。…俺、こんな声出せるのか。


 そして、突如。一気に5体ほどの狼型魔物が暗闇から姿を現す。さっきのやつの群れのか?同時に俺めがけて飛びあがる狼を、俺はまた無表情に見つめて手を伸ばす。


 その吐き出す生臭い息に。ごつごつの体毛に俺が触れただけで、5匹の魔物は一気にビシビシと凍ってしまった。なのに俺の力は止まらず、溢れて、溢れて。あれ?俺、今何をしてるの?

どうして俺の手から、どんどん氷が溢れるんだ?魔物も皆いなくなって、俺は一人で広い荒野の真ん中に立ち尽くす。


 ただ、ずっと。川の流れが絶えないのと似てる、それほど俺の手からはバキバキと氷が溢れて止まらないんだ。すっごく他人事みたいに感じて、俺は呆然とその様子を眺める。

足元も、そこらかしこにどんどん氷が溜まっていく。昼間の熱を帯びてるはずの赤い大地も、俺の氷を解かすことはできないみたいで。


 「…あはは。俺、どうなるんだろう?」


 これが暴走かー。なんか、体の奥にたまってたものが全部出て行く感覚だ。俺はざく、ざくと前へ進む。さっきまで俺を囲っていた赤い目の集団は俺の様子を見て、遠巻きに去っていく。一人ぼっちだな。

進んでも進んでも氷は俺の手から溢れて。だんだん頭にノイズが走り、視界が靄を帯びてきたように感じてきた。寒い、寒い。恐い、寂しい、もっと、俺、ほんとは皆といたかったんだ。


 「…あはっははっははは!」


 バキッ、と俺の手が凍り始めた。



 **


 …眠い。寒い、布団はどこだ?なんだよ、手が痛い。頭、すんげぇ熱いのに!熱に浮かされて、ぼんやりしてるのか?俺、今どこにいるんだ?何してるんだ?


 ザザッ、と何も聞こえない世界から不快な音が響く。真っ白の世界が歪み、曇りガラスのように色を映す。映し出されたビジョンは、真っ暗の荒野だった。

俺は両手に氷の剣を持って、黙々と近づく奴らに振り回す。ああもう、めっちゃくちゃな振り回し方だな。俺の特性の俊敏さも、なにも生かせてねぇ。


 俺の視界の目の前には何度も火花が起きてる。俺が振り回す氷が何度も折られ、その度に手から新しい氷の剣が生み出される。俺と戦う相手は苦しそうで、何度も俺に大きな剣を叩きつけてきた。


 なんだよこいつ、恐い顔だな。すっごく苦しそうだけど。俺の手が伸び、氷の剣を相手の胸にまっすぐ突き刺そうとする。それを光の矢が遮る。俺は飛び退き、また氷を暴走させていた。


 ―――あれ?俺、何してるの?戦ってるのか?


 画面を見ているように俺はその光景を眺めていた。痛みと寒さ、熱だけが『俺』にじんわりと伝わる。なのに『俺』は戦ってないんだ。こうやって見てるだけでさ。

じゃあ、俺が戦ってるってどういうこと?俺、どうしてるんだ?何と、戦ってるんだ?


 どくん、と鼓動が伝わる。画面越しの景色がだんだん『俺』に近づいてきて、ノイズを激しくする。ひび割れてガサガサ揺れる世界が『俺』と重なった瞬間。


 「…あああああああぁあ!うわあぁあああ!」


 ありえない痛みが俺を貫いた!内側と外側から同時に激しく圧迫されるような、苦しさと気持ち悪さで俺は膝をつく。痛い、痛い!手が凍ってる!凍傷になってんぞこれ!

痛みで俺は荒野を転がった!痛い痛い冷たい冷たい!何だよこの氷!あちこちにあるじゃねーか!誰だこんなのやった奴は!


 「ぐ、あああ、うあああっ!ぅ、ううぅっ…!」


 ジャリ、と口の中で砂の味が広がる。不味っ!じゃなくて!…あれ?俺、…俺だ。もうノイズも、ビジョンも何もない…。ただ痛みと冷たさだけは俺に清算を求め、俺はのたうちまわった。

寒い!冷たい、痛い!誰か、…誰か!


 あまりの痛さで目を開けられない俺の体がぐいっと起こされた。うわ、痛いって!そのまま俺の体が、硬い何かに押し付けられた!ぎゅ、と背まで回るその少しの暖かさに俺はしがみつく。

震える両手は、俺の顔と体に押し付けられている硬い何かを掴む。寒い、もっと寄ってくれ!もっと!慌てて俺はそれに腕を回し、顔を押し付けた。あ、あったかい!や、やった…死ぬかと思った…。


 俺はそのまま強く腕を回したまま、ゆっくりと息を吐いた。痛みと寒さが不思議と和らいで、なんだかまた眠くなる。俺は、結局何をしてたんだろう?…ま、いいや。これで安心して眠れそうだ…。



 **



 …苦し。俺は身じろぎしながら目を開いた。真っ先に飛び込んできたのは、細い鎖が反射した光。ま、眩しい!しっかし、光って。朝かよ、と思ったら辺り一面真っ暗。…夜なのか?もうちょっと寝ようかなー…。

って、あれ?鎖?銀色。…どっかで、見たような?それを目でたどると、星を模った飾りが黒の布地の上に輝いている。…あれれ?これは…?俺が、あいつにあげた…。


 「……ま、さか」

 「お目覚めか?」


 頭上からの声に俺はびくぅっとはねた!待ってくれ。ちょーっと待ってくれ。この声は。この黒の服は、やたら硬い防御装備は。この筋肉で硬い体は、俺をがっしり捕まえているのは!


 「……ニコラ?」

 「…起きたなら一発叩かせろ。覚悟はいいな?……このバカクソガキがっ!!」


 ゴツーン!た、叩くって言ったのにゲンコツは無いだろ!目から涙飛び出たじゃねーか!ぎろっと俺は反射で顔を上げ、俺に怒鳴りつけた奴の目をまじまじと見て、…びくっと震える。

こ、これは……かなり、お怒りだ…。


 俺を見下ろすニコラが、一気に俺に吼えた!


 「てめぇはどうして俺を頼らない!何故俺の言うことを聞かないんだ!なんで俺がてめぇのために涙を呑んで振り回されねぇといけないんだ!腹でも空かせて帰ってくると思えば一人で出て行きやがって!

  てめぇの小さな頭はとうとう、夜の荒野に一人で繰り出しても大丈夫なんて計算を弾き出したのか!?だろうな!じゃないと俺たちに黙って出て行ったりはしないだろうさ!

  俺たちがどんだけ話し合ったと思っている!どんだけ慌ててすっ飛んでここに来たと思ってやがる!来てみたら荒野で一人、氷のバケモノに成り下がってやがるし、このクソバカガキ!!」

 「ぎゃあああうるせぇよ!何で俺がお前の言うことなんか聞かなきゃダメなんだよ俺の親かてめぇ!腹減ったら帰ってくるって俺は犬か!黙って出て行ったのは俺がお前らを巻き込まないために決まってんだろうが!

  むしろ何でお前がここにいるんだよバーカ!空気読めよバーカバーカ!」


 真夜中だということも忘れて俺とニコラがぎゃあぎゃあ叫ぶ!目覚めた途端にこのムカつき具合!しかもてめぇは俺の何なんだよ!この過保護!バチバチバチッと火花が飛ぶ中に、場違いなほど穏やかな声が聞こえた。


 「あのさぁ、それ…抱き合って言うことじゃないと思うんだけどなぁ」


 へっ!?あ、ジャッテ…!お前もなんでいるんだよ……って、抱き合って、だと?


 冷静に俺は口をつぐみ、自分の状況を確かめた。…正直に報告します。俺の腕はどうやらトチ狂ってしまったようで、この憎きニコラの硬くて仕方ない体にその腕をがっしりと回しています。

そして。この目の前の鬼の腕は俺の背にしっかりと回され、座りこんであぐらをかくように落ち着けた足も、膝を折ってもたれていた俺の体にがっしりと添えられています。


 う、う、うわああああぁあああ!!


 「ぎゃあああ毒だ!毒がここにある!離せぇええええっ!」

 「誰が離すか馬鹿野郎が!どうせ離したらすぐにどっかに行くんだろうが!逃げずに俺の話を聞きやがれクソガキ!」

 

 ぎゅ、とまるで絞め殺すような勢いで俺の背に回された腕の力が強くなった!し、死ぬ!これは殺される…!


 「う…ぐ…っ!」

 「二度と自分だけが死ぬとか、一人で行くなどと思うな!約束するまで離さねぇぞこの阿呆!」

 

 俺の額がニコラの首元に押し付けられた。じんわりと伝わる熱に、俺は抵抗するのをやめる。…あれ、変だぞ?俺、…もしかして心配されてんのか?

ニコラの荒い息が少し俺の髪を揺らす。俺は全力で離しかけた腕を、もう一度緩やかに回す。


 「…心配、させた?」

 「当たり前だ!お前が一人で渓谷の奥の洞窟に辿り着けるわけがないだろう!その前に魔物にやられて野垂れ死にするに決まっている!お前は死にたいのか!?」

 「…死にたく、ねぇよ!もっと生きてたい、もっと色んなこと知りたいんだ!…そのためなら今回だって諦めない!だから、お前らは、」

 「追いかけてきたんだ!宿の主が教えてくれたんだ、装備も荷物も慌てて引っ掴んで全力で走った!荒野に着けば魔物が怯えている。進むとえげつねぇのが居やがった」


 ニコラが強く俺を抱いて離さない。…あったかいな。ざく、と足音が聞こえ、ジャッテが俺たちの傍にしゃがみ込むのが見えた。


 「びっくりしたなぁ。スティ、意識を失ってたんだろうなぁ…恐かった。君、体中から氷と冷気をまき散らして暴れ狂ってたんだ。声をかけても反応しないどころか、俺たちを襲ってきてさぁ」

 「力の暴走だ。お前の心が狂ったんだろう。正気に戻すために戦い始めたが、俺が手加減するどころか本気でやってもてめぇは暴走を止めない。最悪、殺してしまうかもしれないと思っていた」

 

 俺の、暴走。あのノイズでざわつくぼんやりしたビジョン。そうか…俺は…暴走してたのか。戦ってたのは分かってた、けどそれがニコラとジャッテだとは気付けなかった。


 「正気に戻って良かったなぁ。…今日はもうここでこのまま野宿しよう。もう俺たちもくたくたで、町に戻る元気もないからなぁ。俺、結界張るから」


 ジャッテが立ち上がり、結界を張る魔法の詠唱を始める。それを聞きながら、俺はすっかり脱力してしまった。だって、さ。…俺が、ニコラたちを傷つけようとしてたなんて。俺は顔を見られたくなくて、ニコラの胸に顔をうずめる。


 「…ごめん、なさい」

 「…俺も宿で言いすぎた。…追い詰めて、悪かった。…俺はついて行く。お前のやりたいようにしろ。俺の役目は…お前を守ることだったな」

 「もういいんだ!…朝になったらお前らは町へ帰って、」

 「それ以上言うと舌を抜くぞ」


 ニコラに凄まれて俺は続きを言えなくなった。こいつならほんとに舌を引っこ抜きそうだ、と思うとちょっとだけ笑えてしまう。ジャッテが詠唱を終えたのか、笑いながら言う声が聞こえた。


 「俺だけ帰れ、なんて無しだからなぁ!今まで誰もじかに見たことがなかった伝説のドラゴンだ、見とかなきゃ損だよなぁ!帰ったら騎士の皆に自慢することにする!」

 「…ニコラ、…ジャッテ……ごめんな。ありがとう」


 ニコラが俺に回した腕を動かし、俺の頭を小さな子供をあやすみたいに撫でた。あんなに寒くて痛かったのに、寂しかったのに、空っぽだったのに。俺はもう痛みも何も感じなくて、ただあったかくて満たされた気持ちになった。

何より…ニコラが、あんなに怒ってくれたのが今更ちょっと嬉しくなったんだ。てか、なんだよあの言い方!俺を頼れ、とか言うこと聞け、とか約束するまで離さない、とか…ご、誤解招きそうだ!


 ちょっと顔が熱くなってくる。ち、違うから!これは別にニコラの言ったことのせいじゃなくて、あ、暑いんだよ!


 「ニコラ!い、いい加減離せよ!」

 「…もう一人で行かないと約束するか?」

 「……ちゃんと、相談する。黙って出て行くのは…これっきりにする」

 「なら、いい」


 ばっとニコラの腕が離れた。すっかり俺の体は内面から熱が次々に沸きあがってぬくもってた。ちょっとふらふらする体を起こしてくぅーっと伸びをする。ひんやりした夜の荒野の風が気持ち良かった。

ジャッテが冷やかすように、座りながら俺に笑う。


 「そのまま寝かせてもらったらいいのにさぁ」

 「冗談!ニコラだぞ!?」

 「でもさっき、スティが倒れたのをニコが支えたとき、スティってば自分から抱きついてたの俺見たんだからなぁ」

 「…!?」

 「幸せそうに眠ってたから俺もニコも無言で待ってたんだよなぁ。ちなみにその戦闘から2時間ほど経ってる。けどまだまだ夜は長いから、ひとまず寝る!ほら、なんなら俺が抱っこしてやろうかぁ?」

 「別にいいです!寝る!」


 う、嘘だろ!俺から抱きついてたなんて…あ、でもすっごく寒かったから…そうだぞ暖をとるためだけだ!他意なんてあるもんか!


 俺は焚火もない暗闇の中で横になった。暴走していたときに受けたんだろう、あちこちの擦り傷がヒリヒリ痛む。寝てたら治るんだろうけど…。


 「明日には渓谷を下り始める。最奥の洞窟がどこにあるのかは分からないが、かなり時間がかかるだろう。体力を戻しておけ」

 「…うん。ニコラも、ジャッテも…休めよ。俺と戦った時、苦しかったんだろ?」


 俺の弱弱しい声に、ふん、とニコラが鼻を鳴らした。


 「お前ほどじゃない。ジャッテと交代で起きているからお前は寝とけ」

 

 その声はもう落ち着いていて、さっき激昂したことなんて嘘みたいだ。いつもみたいに余裕を感じさせる口調。情けないけど安心して、俺は目を閉じた。


 結局俺は二人を、そして宿の爺さんもだけど、見事に巻き込んで渓谷を目指すことになっちまった。ドラゴン?もう知るか。出たら出たときだ!運よく会わないっつーこともあるだろ…!

明日はあの赤の大地の裂け目へ下りていく。乾いた風の吹く荒地を通り過ぎて、深い深い谷へ。


 覚悟を決めてしまうと、どうにも恐怖が薄れてしまうものらしいな。正直…ドラゴンのことを考えても、昼みたいにパニックにはならないし。本当に恐いのは、トルメルの事実がどんなものであるかということだけ。


 …なんだか眠れなくなりそうだ。ごちゃごちゃ考えるのはよそう。俺は瞼の裏に映る全てをかき消して、ただひたすら微睡へ落ちる。


 いずれ分かることを考えるなんて、無駄なんだよな。それでも俺の瞼の裏には何度もいろんな光景が浮かんでは、泡のように消えていった。

 


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