34 夜襲
午後3時過ぎの頃。特に問題もなくスムーズに町へ馬車は到着した。馬車で送ってもらえるのはここまで。…もうちょっと楽したいんだけどなー…。
ニコラとジャッテが馬車を走らせてくれた人に挨拶するのを後ろに、俺は町をきょろきょろ見渡す。
町、というよりは小さな村だな。一応とばかりに町の外周を木の柵で囲んでる。見えるのはたいして大きくはない宿と、民家。それから市場。今いる広場から町の全部が見渡せてしまうほど小さい町だ。
馬車が去ってから、ニコラが俺に話しかけてきた。
「ここがサミラの町だ。穀物を育てることでは国内でもかなり大きな力があるが、見ての通り田舎町だな」
「へぇ。今からどうするんだ?」
「ここから次の町へ歩いて丸一日かかる。どっちみち野宿になるんだ、もしお前が大丈夫なら今から目的地を目指すが」
地図や予定表などを見ながらニコラが言う。ジャッテと俺は顔を見合わせた。いや、俺よりもジャッテのが体力なさそうに見えただけなんだけどさ。それに気づいたのか、ジャッテが笑う。
「俺のことは気にしなくていいからなぁ!こう見えても、持久力は人の倍はある。スティはもちろん、ニコぐらいはあると思うなぁ」
「えっ!?…とても見えない。風が吹いたら飛んでいきそうじゃねーか…」
「それは君もだと思うんだけどなぁ」
どっちもだろ、とニコラがつぶやきながら頭をかく。それにムキーッとなるのを抑えて、俺は頷いた。
「持ち物とかも準備万端だし、行こうぜ。早く着いて早く用事終わらせて、早く帰りたいしさ」
「分かった」
「ああ、それで行こうかぁ!」
うんうん、早く終わらせるのが一番だ!俺たちが町の外へ出ようとすると、町の外への出入り口のあたりで小太りの町のおばさんが声をかけてきた。どうしたんだ?
「旅の方とお見受けしますが、どうかこの先へ進むのであればお気を付けくだされ。近頃は魔物も増えましてね」
「はい、俺たちは大丈夫です!ありがとうございます」
「向こうの町には不吉なうわさが絶えませんので…。旅の幸運を祈ります」
おばさんの見送りを受けながら俺たちは町の外へ出る。長々と続く草原と、その間に通っている一本の道を歩きながらジャッテが言った。
「さっきのおばさんが言ってた『不吉なうわさ』って何だろうね?」
「うーん…やっぱりドラゴンじゃね?」
「ドラゴンならドラゴンって言いそうなもんだけどなぁ。まさか、夜な夜な狼男が街を徘徊してるとか?」
「馬鹿を言うな、ジャッテ。…さっきの町、サミラとこの先の町、ラシマは何かと仲が悪いんだ。それで変な噂が流れるんだろう」
ニコラのつっこみにジャッテが首をかしげた。
「仲が悪いって、何でまた?」
「どちらも農業で生計を立てている町で、規模もほぼ同じ。双子町だとさえ言われるほどだが、ことあるごとにイベントで競っているようだからな」
「へぇー。ニコって物知りだなぁ」
ジャッテとニコラの会話を聞きながら、俺はやっぱりもやもやしたものを抱えていた。不吉なうわさとか…ちゃんと聞いとけばよかった!気になって仕方ねぇよ…!
その後も騎士同期組のだらだらトーク…というか、ジャッテがネタを振ってニコラが答えてるだけなんだけど、それを聞きながら進む。た、退屈だ…。
空が少しずつ夕方の色に染まり始めた頃、俺たちは今回の旅で初めての魔物に遭遇した!相手は同じ種類の3匹、電気をビリビリと散らす虎の魔物だ!何これデカい!
ニコラが素早く魔剣を取り出し、ジャッテは一歩後ろへ下がる。こいつら、ちょっと手強そうだぞ…?俺もすぐに短剣を構えて戦闘態勢に入った。
「雷属性だ。土属性の技を使えるなら頼む」
「了解っと!」
ガシャコンッと機械的な音が響いて俺はジャッテを振り返った。ゆ、弓?どこに隠してたんだろう…と俺がびっくりしていると。
流れるような動作でジャッテが、矢もないのにまるでそこに矢があるように腕を引いた。そして、ピンッ弦が揺れる!
―――ドシュッ
うおっ!?矢、なかったよな!?なのに一匹の虎魔物が矢を受けたように怯み、唸ってる!しかも、突然その虎を中心にそこそこ大きな茶色の光の陣が現れて、ブワッと光った!
「グランドアーク!」
ジャッテの声が響くと同時に、突如魔物たちを土壁が閉じ込めた!そして、土壁がドドドドッと崩れて魔物たちを下敷きにする…えげつない技…!
そして虎たちが姿を現す前に、ニコラが走って剣を構える!バチバチッと闇の波を放出しながら大きく切りかかった!
―――ザシュッ!
俺はもう見てるだけ…。土壁の崩れた小さな山ごと斬って、ギュンッと鈍い音がする。ニコラが距離を取って飛び退いたとき、土壁がさらさらと崩れる。そして、そこには2体の魔物が残っていた。
一匹はさっきのでやられたんだな、と俺が思っていると、残りの魔物が二手に分かれて飛び出した!うわっ、一匹こっちに来るじゃねぇか!
俺は慌てて剣を構え、慎重に狙いを定める。バッと虎が俺に上から襲い掛かるよう飛びかかったと同時に、俺は下にもぐりこんで腹にナイフを突き刺す。そのまま…いけっ!
「リウッ!」
バキバキッ!おおっ、成功だ!見事に俺の期待通り、妙な感覚が体を駆け巡って俺の手からナイフを伝って溢れだす。そして魔物を全体氷漬け!よーっし、いけるぞ!
氷が割れて魔物が霧散するのを確認してから、もう一匹の虎魔物の行方を探す。ちょうど離れたところでニコラがしっかり斬りかかり、魔物の断末魔が聞こえたところだった。終わり!
「終わりだな」
「いぇーい、初勝利ー!」
ニコラが魔剣を『空間』へしまう。つかお前、その剣いつ元の持ち主に返すんだよ。その隣で弓をかかげながらジャッテが元気にVサインを作る。あっ、そうだ。その弓!
「なぁジャッテ、その弓の仕組みどうなってるんだ?さっき、矢を持ってなかったよな?」
「あ、これ?これは魔力を矢として打ち出すんだぁ。俺作の改造弓ってとこ?」
それでさっきガシャコンとかいってたのか?つか、改造って…!ニコラがため息をついている。
「騎士団の中にも娯楽クラブみたいなものがあってな。こいつは技術応用クラブで、武器の改造などに携わっている」
「ちなみに上司に怒られた回数は数知れず!騎士団公認クラブの中でも問題の刺激的クラブだぁ!」
楽しそうなところ悪いんだけど、俺は我が国の王都の騎士団がこんなにフリーダムだとは思いませんでした。お前ら遊んでないで仕事しろよ…!
「ちなみに俺は帰宅クラブだ」
「ただの無所属だろ!発表しなくてもいいぞそんな情報!」
キリッとした表情で言ってんじゃねぇバカニコラ!誰得なんだよその情報!
ジャッテがつまらなさそうに、そのそばかすだらけの顔をこしこしとこする。
「ニコもいろんなクラブから誘われてるのになぁ。入ればいいのにさぁ。なんだっけ、前勧誘に来てたところ」
「…伝説の闇鍋研究会」
「うわー…ニコラにぴったしだな。入れよそこ」
スパーン!
俺のさらっとした発言にニコラが華麗な平手!見事に頭をはたかれた俺は、ジャッテに同情の視線を送られた。ニコラが心底失礼な、という表情で俺を睨んでる…いや、事実だから!お前のメシマズは!
「俺の料理のどこが悪いんだ?」
「全部」
スパパーン!
もうやめよう。お前は今度、シルと料理対決でもしとけ。あいつもかなり『伝説の闇鍋研究会』にピッタシの料理の才能を持ってるから。
ジャッテが俺の叩かれた頭をよしよしと撫でながらニコラに肩をすくめた。
「そ、そろそろ行こうかぁ。同じところにいたら魔物も集まるしさぁ」
「そうだな。…俺の料理の何が悪いんだ…?」
「いや、だから…イエ、ナンデモアリマセン」
ニコラにぎろっと睨まれたから俺はまっすぐ視線を前へ向けてギギギ、と歩き出した。はいはい、何も思ってませんってば!こいつの嫁になる奴可哀そうだなー、とか思ってませんってば!
そんなぎゃあぎゃあ言いながら進む俺たちは、すっかり周りの気配に注意するのを怠っていた。確かにこの後も何戦か魔物と戦ったんだけど、酷く呆気なくて俺はけっこう調子に乗っていた。
…これが後で、かなり苦しいことになるのだとは誰も思っちゃいなかったんだ…。
すっかり夜になった頃。相変わらず変わらない草原の道の中で俺たちは野宿をしていた。火を焚いたり、飯を食べたり。
今回は補助魔法に優れているジャッテがいるから、俺たちの寝るところの付近に小さな結界を張ることができた。これは場所指定で結界を作るから、その範囲の中にさえ入っていれば俺も身を護れるわけだ。
ちなみに、戦闘で便利な『バリア』…物理攻撃への防御を上げる魔法は『個人』を対象にするから、俺には使えないんだけど。
今回の夜の見張りもニコラがするって話になって、そろそろ寝ようかと俺が空を見上げたとき。
―――ァアオーン……。
…んっ?狼?やだなぁ、いるのかよ。遠くで吼えてるだけならいいけど…。突然聞こえた獣の遠吠えに、俺は寝転がっていた体を起こした。まだ火はついたまま。ニコラもジャッテも座ったまま、気配を探っている。
「おいジャッテ、お前が狼男とか言うからだろー」
「スティ、今更掘り返すなよぉ。…けどさぁ、やな予感」
「…でも、結界張ってるんだろ?見えない壁を作ってるようなモンなんだよな?」
「ああ、けど…よっぽどの数の魔物や、力の強い魔物が結界を壊そうとしたりなんかしたら安全は保障出来ないかなぁ」
と、ジャッテが言い終えたとき!慌てたようにニコラが立ち上がり、一瞬で魔剣を取り出すとそのまま大きく薙ぎ振るった!バシュッと音を出して魔剣から闇の波動が打ち出される!な、なんだっ!?
――グギャアアッ!
「…おっ、おい…魔物かよ…びっくりさせやがって…」
「ほ、本当になぁ…やだなぁニコってば緊張してさぁ…おーいニコー?」
ニコラの突然の攻撃の迫力と、魔物らしき断末魔に俺とジャッテは飛びあがって思わずズサッと寄り添った。び、びっくりさせんじゃねぇよ…!と思ったら。
ニコラが振り返らないまま、静かな声で言った。
「…戦闘の準備だ。ジャッテは補助に回れ、ステイトは…覚悟を決めろ。…囲まれている」
「…えっ?……えっ?」
「…本当みたいだなぁ。よーし、…気合い入れますかぁ。…スティ、言っておこう…結界は信用しちゃいけない、と」
―――ズドンッ!
突然空間が衝撃に揺れた!ぐっ、とジャッテが呻き声をあげる。まさか、ジャッテの張った結界が攻撃されてんのか…!?
しかも囲まれてるだと!?慌てて周りに気配を探り、俺は後悔した。四方八方魔物の気配。静かにざわめいてるけど、暗闇の中で赤い目が爛々と光っている。
「まじかよ…」
「かなりの数だ。個々はたいした強さじゃないから落ち着け。結界が無事の間にできるだけ魔法で周りの魔物を片付けるが、この分だとじきに結界がなくなる。やるぞ!」
「へっ!?」
言うなり、ニコラが詠唱に入った。この夜の闇をさらに濃くするように魔剣から黒紫の靄が溢れて形を成す!
「ダークケイジ!」
グワッと音がして周りからぞわっとするほどの断末魔が上がった!気が変になる!夜闇に慣れてきた目が、無数の魔物の上に黒の光が降り注いで一掃したのを映す。
それでも魔物が次々に押し寄せる!うわぁっ!ジャッテが視界の端で、汗を流しながら結界の強化呪文を唱えているのが見えたけど…これじゃ、結界が壊されるのは時間の問題だ!
かといって俺は直接攻撃しかできないから、結界を出ないように戦うのは無理だ…。リウも、相手に触れることが第一条件みたいだし…、俺はどうする…!?
ニコラが次々に魔法を撃ち込む。そのたびに魔物が消えては、また押し寄せる!どんだけいるんだよ!何度もそれを繰り返してるうちに、とうとうバキンッと空間が割れるような音が響いた!
「悪い、結界が壊された!」
「分かった!ステイト、暴れていいぞ!」
「、くっそ!」
どどどっと魔物が押し寄せて俺たちにぶつかる!俺はすぐ両手に短剣を構え、手当たり次第に近くの魔物から切り付けていった!たいした大きさでもない、そして速くも強くもない!…大丈夫だ、いける!
おびただしい数に押されてるだけだ…こいつら、どこからこんなにやってきたんだ!?
ザッ、ザッと切り付けて俺も少しずつ魔物を減らす。体中擦り傷だらけになっていたけど、まだデカいダメージにはなってない。犬程度の大きさの魔物ばかりだ、俺の速さを見せつけてやる…!
「お前らまとめて塵にしてやるっ!」
ギラッと星明りにナイフが光る。さぁ、ぶちのめしタイムだ!俺は無心になってナイフを振り下ろす、裂く、斬りつける、切り上げる、突く、攻撃のフルコース!ギャッギャと聞こえる魔物の悲鳴に鳥肌が立つ。
何度か危ないと思った時は、色を持った光の矢が目の前に降り注いで魔物たちを攻撃する。ジャッテ、ありがとなっ!
どん、と背中が当たる。魔物かと思ったけど、その大きな背がニコラだと気付いた。背中合わせか、と思った瞬間にはすぐに離れて俺もニコラも自分の目の前の敵を打ち倒す!
ひたすらに、ただ作業のように切り倒す、ぶっ倒す!魔物パニック状態に、俺はだんだん嫌気がさしてきた。ナイフを握る手も恐怖は消えたけど、別のイライラが積もってくる。
「あああっ、もう!キリがねぇな!」
「だいぶ数は減らした!半分は倒しただろう!」
「そうそうー、俺たち大怪我とか追ってないんだからさぁ!最後に気合い、入れていきましょうかぁ!」
俺の苛立ちにニコラとジャッテが比較的落ち着いた様子で叫ぶ。…さすが先輩だな。言うなり、次々に剣を振るっては弓を引く!負けてらんねぇ!
「…じゃあ、俺もイライラぶつけさせてもらうぜ…!」
急に落ち着いてきた俺は、目の前の痩せた炎の犬魔物を睨んだ。周りにいた魔物も突然、俺のこの燃えるようなイライラを察したのか動きが鈍くなる。今だ!俺はザッと魔物に刃を突き立てた!
「すべて凍っちまえ!リウッ!!」
その瞬間。俺は世界が割れるんじゃないかってぐらいの音を聞いた。俺の体から全てが引き出されてしまいそうな感覚が、もう頭から足の先までをぐるっと走り抜ける。それが一気に放出される瞬間、俺の体が波打った。
――――バキバキバキィッ!!
ふら、とめまいがする。ゆっくり目を開けると俺は思わず息をのんだ。
「…なんだよ、これ…。魔物が、全部…氷漬け…」
目の前に広がっていた光景は、俺の短剣が突き刺さった魔物から伝染したかのように氷が広がり、視界に映る魔物全てがその氷に埋められていたものだった。
…これを、俺がやったのか?
呆然と立ち尽くしていると、ピシピシと音を立てて氷が崩れていき、やがて全てが割れて砕けた。草原の広がる夜闇に氷が粉砕する音が響き、ひやーっと冷気が漂う。
ドンッ、と背中をどつかれて俺は我に返った。振り返ると、ニコラが俺を見て、小さく短く聞いた。
「大丈夫か?」
「…俺は、大丈夫。さっきの、全部俺がやったんだよな…?」
「ああ。…お前の力は、お前の心の状態に深く関わるものみたいだな」
俺の心の状態…。確かに、最近成功が続いたのは自信がついていたからかも。たまに綺麗に成功してたのは、俺の覚悟や気持ちが強く振り切れていたからかもしれない。さっきのはだいぶ焦ってたしイライラしてた。
もし俺がこの力を暴走させてしまうときが来たら…それは俺が心をコントロールできてないからかもしれない。
俺は地面に落ちた短剣を拾い上げながら辺りを見回す。もう魔物の気配はしない。さくさくと足音が聞こえ、ジャッテが離れたところから姿を現した。
「さっきの、なかなかの眺めだったなぁ。…けど、無茶したらダメだからな、スティ。落ち着いていこう。これじゃ、スティが暴走したら俺たちじゃ手がつけられないことになるからなぁ、あっはっは」
「そうだな…笑えねーよ」
諭しながら明るく冗談を言うジャッテに、俺は曖昧に笑うしかできなかった。まさか、あんな量の魔物をまとめて氷漬け、なんてさ…。俺自身が一番驚いてるんだ。なんだ、あの力。俺の中に何が眠ってるんだ?
ぽす、とジャッテが俺の頭に手を置いた。俺とほぼ同じくらいの目線で優しくジャッテが微笑む。
「一番びっくりしたのはスティだよなぁ。でも、今回は俺たちも助かったんだしさっ!俺も結界を強化するから、安心して寝とけなぁ」
「…ありがとう、ジャッテ。ちょっと落ち着いた」
「ああ!ほら、ニコも。ちょっと気配を探るのに油断してただけだろ。よし、全員目立つケガはなし!我らの勝利!ほらほら、焚火のところ戻ろうかぁ」
ジャッテがニコラの背をぐいぐい押しながら焚火の方へ歩いて行く。俺も…ちょっとだけ落ち着いた。俺の体調に異常はない。ちょっとイラついてて、大きな力が出てびっくりしただけだ…結果勝てたんだし、いいじゃねーか。
ただ、今度からは自分の気持ちをコントロールしていくのも考えよう。暴走なんてさせるかよ。
少しずつ慣れてきた力に、俺は調子に乗ってたんだ。改めて反省しよう…。俺は短剣をしまいながら、両手をそっと見つめた。
「何してるんだぁ、スティーっ!結界外に放り出してもいいのかぁーっ!」
「わわわ、待ってくれ!今行くから!」
離れたところから叫ぶジャッテの方へ俺は走り出した。やめてくれ、俺だけ危機にさらされるなんてお断りだぞ!
…それにしても、この力。きっとこの先の渓谷の洞窟に残された手がかりが、この力についても何かを教えてくれるはずだ。今は俺にとっては不安定な力だけど、とりあえずなんとか駆使してみよう。
俺の新しい課題だな。
改めてジャッテが張り直した結界の中で、俺は少し焚火に近づいて丸まった。パチパチと薪が爆ぜる音を聞いてると、俺の疲れた体は勝手にこてんと眠りについていく。…おやす…み…。
**
すぅすぅと寝息を立て始めた少年を見て、そばかす顔の細い青年が友人に話しかけた。
「なぁ、ニコ。スティって結構子供っぽいんだなぁ。それに、俺が思ってたより…普通の子だ」
「…まぁ、な」
複雑そうな表情の友人は、さらに焚火に薪を放り込んだ。パチ、と火の粉が暗闇に煌々と舞いあがる。
「…何かと純粋で素直な奴だ。盗賊なんかに拾われてなけりゃ、もうちょっと可愛げもあっただろうにな」
「そっか、小さいころに盗賊に拾われたんだっけかぁ…。ま、今は幸せそうなんだろぉ?ほら、あのヨーウェンさんとこに面倒見てもらってるんだって?」
「ああ。…ったく、こいつはいちいち人を心配させやがって。いつまでもガキだな」
はぁ、とため息をつきながら頭をかく友人に、ジャッテはにかっと笑った。すっかりゴミの付いた片眼鏡を外し、ハンカチで拭きながら話す。
「しっかし、重荷だろうなぁ。自らの意思でない盗賊生活、冤罪オチの逃亡の旅、さらには出生の秘密は幻の民族なんてさぁ。不憫にも程があるなぁ」
「それだけ聞けば悲劇のヒロインだな。似合わなさすぎて笑える」
ジャッテはよく知っている。この友人が盗賊だった少年を捕まえてそこから繋がりができてから、友人は少し楽しそうだったことを。友人が持っている日記を兼ねた手帳の半分は、少年のことが綴られているのだろう。
仲いいよなぁ、と口には出さずにくすっと笑って少年の寝顔をもう一度見た。早くも熟睡。幸せそうなそれに、ふぅと息をつく。
「さっきの力もすごかったなぁ。秘めたるポテンシャルは無限大っつーのかなぁ」
「だから心配なんだ」
へぇー、人の心配なんて珍しい。つか、本人が起きてる時にそう言ってあげればいいのになぁ。
ジャッテはどっちも素直じゃないよなぁ、と焚火に手を伸ばした。冷えた手をさすりながら温める。友人が空を見上げながらつぶやいた。
「幸あれ、と願うばかりだ」
「俺が幸せにしてやる!とか言ったらかっこいいのにさぁ」
「馬鹿か」
そう言いながらも力なく笑う友人に、ジャッテは眠る少年を起こさない程度に声を上げて笑った。いつもより饒舌な友人をもっとからかっておきたかったが、これ以上やると自分にも剣が降ってきそうだ。よそう。
「ま、この子は何もできないわけじゃないんだ。大人らしく見守ってやるのもいいと思うけどさぁ。…俺眠いから寝る。見張りよろしくっ!」
「…ああ。また起こす」
ごろん、と横になってジャッテは目を閉じた。こんなにお悩みの友人を見るのも楽しいからしばらくはこれをネタに振り回してやろう、と考える。
最後に目に映った星の明かりは、雲のない涼やかな夜空を憎いほどに飾り広がっている。
一つぐらい俺にくれたらいいのになぁ。
夜空に無言で訴えて、ジャッテもまた眠りについた。明日は早い。いつまでも薪が燃えて爆ぜる音だけが静寂の草原に響いていた。




