31 軽い無茶
「うまっ!やっぱヨーウェンさんの料理美味い!食堂開けばいいのに」
「そんなことないよ。照れるなぁ」
「ヨー兄のお料理、アリシアいちばん好き!」
平和な昼休み。薬草屋の奥で、俺とヨーウェンさん、アリシアは野菜のスープ煮込みを食べている。市場で買った新鮮な野菜を素材にした、ヨーウェンさんの作る深みのあるスープ…たまらん。
この料理を食べるために生きようと俺は思ってもいい。ご家庭の味だー!
「だけど、スティが帰ってきてよかったー!アリシア、心配だった…」
「ありがとなアリシア。俺も帰ってこられて良かったよ」
アリシアがエンジェルスマイルで俺に言う。口元に野菜ついてんぞ天使。ヨーウェンさんも、本当だねと頷く。
「僕も心配だったよ。今日は改めてご馳走を作ろうか。…旅はどうだった?」
「もう大変でした!魔物も出てくるし、戦わないとダメだったし、ニコラにボコられたり、暴走した精霊と戦ったり、魔族に出くわしたり。
けど、いいこともいっぱいあったんです。すんげぇ強い友達ができたり、旅先でいろんな人に出会ったり。正直楽しかったです」
「いいね、僕も旅に出てみたいなぁ…あっ、でも僕は戦えないからね」
「ヨー兄はアリシアが護るの!」
「勇ましいね、アリシア」
俺の答えにヨーウェンさんはにっこりして、勇敢発言を飛び出させたアリシアにもよしよしと頭を撫でる。相変わらずの和みオーラ…もうこの兄妹が可愛くて俺はツラい。
って、そうじゃない。せっかくやっと落ち着いて話せる場が巡ってきたんだ。俺はアリシアが煮込み芋に夢中になっている隙に、ヨーウェンさんに小声で聞く。
「ヨーウェンさん、あの…ヨーウェンさんって弟いるってマジですか?」
「うん。…あれ、もしかしてもうネタばらしされちゃったのかな」
「えっ!?じゃ、じゃあほんとにヨーウェンさんって…」
意外にも、俺が拍子抜けするくらいにあっさりとヨーウェンさんが頷いて、眼鏡の奥の目を糸のようににっこり細めた。それが答えですか…!
「何で教えてくれなかったんですか。今まで…王の兄って」
「兄と言っても腹違いだから…僕は妾の子だからね。僕の母はすぐに城との繋がりを絶ったんだよ。だから実質、もう僕は王家には関係ないんだ。」
「じゃあなんで、ジギスムント王に俺のことを話してくれたんですか…?」
「僕とジギスは個人的に繋がりがあるからね。よく会うんだ。それで仲はいいから、絶対に僕がスティ君の無罪だけはちゃんと伝えておかないとって思って」
穏やかに、落ち着いた表情でゆっくりとヨーウェンさんが話す。アリシアが俺たちを見ながら、何やら難しい話を始めたぞ、とぶすくれてる。ご、ごめんよ、仲間外れにしてるんじゃねぇんだ。
ヨーウェンさんは最後に、そっとウインクする。あっ、確かにその仕草と表情…よく見たらジギスさんに似てる。
「秘密だよ。これを知ってるのはジギスと僕と城の人以外に、スティ君だけなんだから」
「は、はい。…ありがとうございます、ヨーウェンさん。ヨーウェンさんが王に言ってくれなかったら、俺…今も王に信じてもらえてないかも」
「ううん、すぐにジギスは君じゃないだろうなぁって言ってたよ。ただ、王がそう思っても周りにだって力がある人たちはいるんだ。その人たちはずっと君を犯人だと信じてやまなかったみたいだよ」
そっか。王の一声で全員がひれ伏すほど、権力は偏ってない。王一人が個人的に俺を信じてくれてたとして、俺の捜索を辞めさせる権限はなかったんだ。…いずれにせよ、全て結果オーライなんだけどな。
俺も安心して、スープの中から野菜を拾い上げて口に入れる。甘いなー、どうやったらこの味が出せるんだろう。
「それで、スティ君は午後からどうするのかな?」
「騎士宿舎に殴り込みに行きます。ターゲットはニコラ・シフィルハイド。一発殴って帰ってきます」
「ニコラ君か、彼も大変だね。じゃあ今日の夕飯はここでご馳走を皆で食べようか。夜にはここに戻ってきてね」
「はーい!」
「やったー!アリシア、ごちそう楽しみー!」
「俺も楽しみー!」
アリシアがバンザーイ、と小さくて細い腕を上げる。俺も真似してバンザーイするとヨーウェンさんが声を上げて笑ってくれた。この風景だよ、今まで見たかったのは!
やっぱり俺の家はここだ。がつがつと昼飯を平らげながら、俺は改めてそう感じていた。
王都の午後。今は若干曇ってるけど、悪くない天気だ。風も心地いいぐらいに吹いて、町の建物からつるしてある旗をパタパタ揺らしているのが見える。
俺は現在、屋根の上を散歩中。昼飯を食べ終え、けっこう身軽な格好で高い屋根の上をたかたか歩く。
王都の建物はだいたい2階建てか3階建て、ときどきもうちょっと高いのがある。下町は建物が並んで建ってるから、俺にとって屋根の上は遮る人も物もなく快適な道になっている。
たまに旅の人や新米らしき騎士とか、子供とかが、屋根の上を平然と歩いたり走ったり飛び跳ねたりしてる俺を見てびっくりすることも日常茶飯事。
でもよい子は真似すんなよ!俺の経験と体質あってこその特別ルートなんだからな!
城のすぐ隣にある2階建ての建物がいくつかの棟に分かれている、ここが騎士の宿舎。下っ端は狭い部屋とか共同部屋、そこそこ地位のある奴はけっこういい一人部屋だとか。
俺も入ったことはあまりない。立ち寄ることはたまーにあったけど。
屋根からぴょんぴょん跳ねながら下りて、宿舎の前に立つ。えーっと、どの棟にニコラの馬鹿野郎はいるんだっけ?衛兵に聞くか?
俺は建物の影から目立たないように、宿舎を囲む高めの塀の入り口を守る衛兵を見つめる。どうしよっかな、やっぱめんどくさいから止めとこうかな。
そうだそうだ、あいつに一発殴るなんて体力の無駄だ。あー、なんで俺ここまで来たんだろう。おとなしく昼寝しとけば良かった。やっぱ帰ろ。
と、俺が結局くるっと踵を返したとき。宿舎とは反対側の町の中から悲鳴が聞こえた。
『キャーッ!?』『な、なんだコイツは!』『ど、どこかに騎士はいないのか!?』『これ、魔物よーっ!』
ま、魔物!?俺は思わず目を開いて声のした方を見つめた。と、同時に無意識に走り出していた!走り出したことに気付いてから、俺は心の中で頭を抱える。
なんで走り出しちゃったんだよ俺は!そうだよ、騎士に任せときゃいいのに!つか、向こうは小さい広場の方だぞ、町に魔物が湧くってアリなのか!?
あっという間に声がした広場に着く。町のすみっこの広場だからそんなに大きいわけじゃないけど、椅子とか噴水とかがあって市民の憩いの場となるところだ。
そして、そこにいるのは…うわああっ、マジで魔物じゃねーか!何だアレ、なんか噴水の下の水溜に浸かってる…す、スライムか!?
旅の道中戦ったこともあるけど、こいつらは色でその属性が分かる。しかもたいして強くないからサックリ倒せる…んだが…なんで町の中に湧くんだ?
そりゃ、聖セレネ聖都みたいに結界張ってるわけじゃねーから、湧いても仕方ないけど…!
人々は皆噴水から距離をとって立ち尽くしている。慌てて逃げるやつもいるし、びっくりして動けない人も多いみたいだ。しかも、騎士がいない!どこをほっつき歩いてやがる町警備隊のバカ!
俺も思わず、服の中に隠していた短剣を握った。ここにいるのは小さい子連れの女の人とか、老人とか!とてもじゃないけど戦えそうな奴はいない…!
あのスライムの色は…青。水属性か。俺には関係ないけど、…まぁ、火とかよりはマシだな。火だったりしてたら下手すりゃ王都が焼野原だ。水なら酷くても、凍結魔法で水道がパーンってなるだけだからな。
スライムの強さは大きさに比例する。あいつら、強ければ魔法とかも使ってくるからな。ちなみに今目の前にいるスライムの大きさは不明。
噴水の水溜の淵からひょこっと顔を出しているだけだから、まだ体の一部は噴水に潜ってるんだろう。…ちなみに、スライムに顔はねぇぞ。ただのぶにぶにぐにょぐにょ。
まぁ、俺でもなんとかなるだろ…。俺は剣を構えてそっと指輪をなぞった。…あの力、使うことになるかも知れないからな。
俺の意思に呼応するように指輪が光る。よしっ!俺は短剣を両手に構えて噴水の方へ走った。きゃあ、と周りから声が上がる。
「皆はとりあえず逃げろ!巻き込まれても知らねーぞ!」
「あ、あんたはあの元盗賊の少年!やめろ、君も…!」
「大丈夫だ爺さん、さっさと隣の婆さんつれて逃げろ!俺はけっこう戦いなれてるから!」
言いながら俺は噴水に向かって跳びあがる。上から見えたスライムの大きさに、俺はもう一度跳んで逃げ帰りたくなった。
…俺より優にでけぇじゃねーかぁあああ!!つか、隠れて見えなかった水溜のところほとんどスライムじゃねーかぁあああ!あれ、もしかして馬ぐらいあるんじゃねーの?もっとデカいんじゃねーの…?
やばい帰りたいすんげぇ帰りたいハローそしてグッバイ…。だ、ダメだ。そんなことしたら俺の明日からのあだ名はかっこつけヘタレ野郎になる…!
俺は改めて剣を構え、スライムの方へ落下する勢いのまま上から突き刺す!こいつらは悲鳴とかは上げない。ただ、ザシュザシュと俺が剣を素早く切りつける音だけがそこに響く。
ぐわっとスライムが形を変えて俺に襲い掛かる!バーカ遅いぞ!…といいながら、アレに当たったらけっこう痛そう!
スライムが巨大な拳のような形になり、俺に何度も殴りかかろうとする。俺の速さならこれを避けるのには十分だ。すっすっと避け、何度も剣を切りつける。
正直、こいつらスライムなどの不定形の魔物には、打撃も切り裂きもあまりダメージにはならない。打撃は吸収され、切り裂かれてもすぐ治してしまう。魔法攻撃が有効だ。
けど、俺が短剣で切り付けるのはあくまで隙を窺ってるだけ。隙ができればそこに剣を突き刺し、『凍てつけ、リウ!』でバキバキドカーン!って魂胆だ!
つか、それまでに騎士が来てくれると助かるんだけど…何をもたついてるのか、なかなか騎士が来ない。くっそ、もし俺が不意を突かれてやられたらどうするつもりだコノヤロウ。
びよーん、とそのでっかい体を自由に伸縮させながら、何度もスライムが俺に殴りかかろうとする。でも、俺が避けるということを学習したらしい。ふいにスライムが動かなくなった。
と、思った途端。俺の足元と頭上に、俺をサンドするように青い光の陣が現れた!なるほど、魔法攻撃に切り替えるわけだな。
ビカッ、と強く陣が光る。が、俺は気にせずまた両手の剣を何度もスライム本体に突き刺す!へっへーん、魔法は俺には効かねぇんだよ!
案の定陣が霧散し、諦めず何度も陣が現れる。不発を何度も繰り返し、ようやくスライムもおかしいぞと学習したのか、また直接攻撃に戻ってきた。
それにしても、埒が明かないな。スライムの攻撃は俺には当たらず。俺の攻撃はたいしたダメージにもならず。しかも、その体のデカさのせいでいろんなところからパンチがとんでくるから隙もないし!
リウを打ち込みたいけどなかなかタイミングが掴めない。よし、一旦距離をとろう。
そして俺が、噴水の縁を蹴って後ろに飛び退こうとしたとき。ギュンッ、とすごい速さでスライムから何本もの腕が飛び出して俺を追った!うぎゃーっ、逃がすつもりはないのかぁーっ!
けど俺の跳躍の速さを舐めるなよ、所詮鈍足鈍重のビッグスライムちゃんが追いつくわけなど、
―――ギュルンッ
「あっ」
…あっ。あ?…あー。…うわああああああ!掴まれてる!俺の!足!ホールドされてる!飛び退っていた俺の片足に見事にスライムの腕が巻きつき、あっという間に俺は本体の方へ引っ張られた!
「うわああああ足だけヒンヤリする止めろ俺なんか食っても美味くねぇからーっ!」
―――ボムッ!
ひいぃぃっ!体にまで一気に巻きついてくる、つかこれ吸収されてる?もしかしてコイツ、俺を体内に閉じ込めて窒息させるつもりか!じょ、冗談じゃねえ!
けど、そうこうしてる内に俺の首から下の体はもうスライムの中!綺麗な青の半透明なスライムボディに俺が埋まってる状態…やばい首だけしか残ってない!しかも、体動かねぇし…!
もういい、この際俺ごと氷漬けにでもなれ!とうとうヤケで、俺は叫んでいた。
「凍てつけぇぇっ!リウッ!!」
―――ビキッ!
お、と、止まった!突然俺を飲み込まんとしていたスライムが動かなくなる。凍ったのか、と見てみたら…一部だけ凍っていた。俺の指輪をしている手を中心に、まーるくスライムの中身が凍ってる…。
けど、やっぱり術の完全成功とはいかなかったか…。この隙に逃げるか、と思ったところで事故発生。
俺が中途半端なリウを発動させたことで、スライムは体内の一部だけ凍ってしまった。当然、俺の腕はその氷の中で。
…ぬ、抜けない。体が抜けない。…。…うん。
「結局ダメじゃねえかああああ!」
俺の絶叫が、誰もいない広場にこだました。あっ、市民の皆様、ちゃーんと逃げたんですね。おっけー。…あー、またスライムさん動き出した。ほっぺぐりぐりしてくる…べたべたする。俺はもう終わりか…。
…とでも思ったかバーカ!俺は最後の最後まで反抗してやんよ!くらえっ、俺の噛みつき攻撃!
―――ブヨンッ
「……」
しなきゃよかった。なにこの感触。俺は口元に近づいてきたスライムの腕にガッツリと噛みついたわけだが、その感触のなんともいえなさに言葉を失った。何コレ…質の悪い肉?何気に弾力性強すぎる。
もっぎゅもっぎゅと地味に俺が噛んでいると、スライムさんがとうとう怒った!俺を握りつぶすかのように、突然力が入る。や、やばいか…。噛みつき攻撃にも力が入らなくなってきた。
圧迫にだんだん意識がなくなってくる。うへー、スライムに殺されましたとか、かっこ悪すぎな…俺…。
と、そのとき。雷鳴のような声が轟いた。
「深淵の塔より鉄槌を下せ!バラド・ドゥーア!」
―――ズギィンッ!
う、うわっ!突然黒い閃光が激しくうねりながら押し寄せ、ぐっさりとスライムを貫通した!すると、硬かったスライムが突然液体になって流れ、やがてそのまま全てが融けてでっかいコアが地面に転がった。
俺の口の中にもスライムが融けた液体がドボォッと入ってきて、慌てて咳き込みながら吐き出す。うぐぇ…どうにも表現しようのない不気味な味がする……。
それより、さっきのって…。げぇげぇ言いながら俺が頭を上げると、向こうから悠然と歩いてくる男が。
…寝癖の付いた黒髪。今目が覚めましたオハヨウって感じの目。あまり覇気はなさげ。鎧もろくに着けずにヨレヨレくっしゃくしゃの薄着で、ただ片手には黒紫のオーラを煙のように吐き散らす馬鹿でかい剣がある。
「…に、ニコラ…」
「なんでここには管轄の騎士がいねぇんだ。後で怒鳴り散らしてやる…」
あらっ、ご機嫌斜めだ。うっ、ゲホッゲホッ。だ、ダメだ…まだ気持ち悪い…。鼻がつーんとする。溺れたときみたいな感覚だな…。
ニコラが俺の傍まで歩いてきて、はーぁ、と大きくため息をついた。
「さっき町の民が宿舎の前で、広場に魔物が出たって叫んでな。だが、どいつもこいつも騎士は昼寝だのサボリだの…。俺なんて戦いたくて、反射で仕事ほったらかして来たっつーのに」
「ニコラ…通常運転だな…」
大丈夫、こいつはいつもの戦闘バカだった。安心しました。まだ咳き込む俺にバシーンッと勢いよく背中を叩いてくる!痛い!ゲホッゴホッ!
「そしたらひょろくてちっさいのが見事に死にかけてるしな。お前、それで俺に勝ちますとかギャグか?」
「うぐっ…ゴホッ、油断したんだって…!ケホッ、あんとき掴まれなかったらタイミング合わせてリウで凍らせてたのに…!コホッ」
ニコラが背中を叩いたせいで、昼飯まで逆流しそうな勢いだ!くっそ、加減ってもんを理解しやがれバカニコラ!
って、こいつなんでこんなにヨレヨレで来てるんだ?
「コホッ…。お、お前、なんでそんな寝癖とかヨレヨレの服とかで来たんだ?しかも靴、右と左逆じゃね?」
「昨日から徹夜で報告書を書いて、朝から今までうつらうつらしてたらこれだ。部下も上司も『魔物恐い』とかぬかしてやがるから俺が来た。騎士の怠慢で市民が死ぬなど言語道断…だが襲われてるのがお前で良かった」
「最後のどういう意味だ、失礼だなてめぇ!…ゥゲホッ!」
俺なら襲われててもいいのかよコラァ!咳き込みながらニコラの胸元を引っ掴もうとすると、ニコラは俺の手を軽くあしらってあくびをした。
「そうじゃない。…さっきの魔物はそこそこ手強そうだったからな。もしお前の位置に普通の市民がいたら、強い魔法を打てなかった。魔力にあてられるからな」
「あー、さっきのバラドなんとか?って魔法?…やっぱり上級魔法なのか」
「俺でも普通は使うのを躊躇う程度にな。…くっそ、ねみぃ。寝起きに上級魔法は体に悪いな。…今日はもう仕事サボるか」
なんだ珍しい。あの真面目ニコラが仕事をさぼる宣言するなんて。…て、こいつフラフラしてるぞ?大丈夫か?
「おいニコラ、なんかお前、フラフラして……」
「…」
目の前が突然影になる。なんだ?と思う間もなく。俺の傍で立っていたニコラが突然ひざを折り、がくっと倒れた。そのまま座りこんでいた俺に直撃!
その体格良い体が俺の上に被さるように落ちてきて、ニコラの頭が俺の胸に沈んだ!う、うわっ。
―――ボスッ
「…重!ってまじでニコラ大丈夫か?おーい、重いから起きろ!ニコラってば!…おいほんとにどうしたんだよ」
「…」
…えっ。ちょっと。顔色悪いぞ。いつもなら蹴っ飛ばしたいところだが、俺の体によりかかっているこいつはどうも…なんか、変だ。顔色悪いし、…まさか、無茶したのか?こいつが?あのニコラだぞ…?
俺も困って動けずにいると、足音が聞こえてきた。
「おーい、君ぃ!大丈夫かーっ…て、そこで倒れてるの小隊長じゃねーかぁ!」
首だけギギギ、と動かして声の方を見てみる。あ、騎士だ。ひょろくて片眼鏡の、そばかすが多い青年。手には救急箱を抱えてる。その後ろを何人かの騎士もついてきていた。遅いぞてめーら!
「来るの遅ぇよ騎士!って、違う。ニコラの様子が変なんだけど、こいつ大丈夫なのか?」
そばかす騎士が駆け寄り、ニコラの顔色を見てああ、と苦笑した。
「疲労だな!大方、寝不足とか体力と調子があまり良くない時にデカい魔法でも使ったんじゃねーのかぁ?」
「あっ、さっき…バラドなんとかっていうやつ使ってたんだけど」
「…バラド・ドゥーアかぁ?それだったらまぁ倒れるわな。その技、騎士団の中でも数人しか使えない闇属性の大技だしな。あ、俺はこの小隊長の同期のジャッテ・ケイン。ここらで魔物が出たって聞いたから駆けつけた。
けが人がいるなら治療するが」
ジャッテがきょろきょろする。ついてきていた騎士は、地面にちょっと大きな青いコアが転がっているのを見てから、ぐったりしてるニコラを見る。
「ま、まさかシフィルハイド殿がやられたのか…?」
「いや、違う違う。俺が襲われてて、こいつがデカい魔法を体調不良のくせにぶっ放して反動でぐったりなんだとさ」
不安そうに囁きあう騎士に俺が説明すると、騎士たちは何か驚いた様子でまたこそこそ話をしていた。…まぁ、ニコラが倒れるなんて珍しいけど…。
つんつん、とニコラの頬をつつく。でも眉ひとつ動かさず目を閉じて動かないニコラに、ちょっとだけ俺は心配になった。ジャッテが、ふぅんと言いながら救急箱を開ける。
「じゃあ、町の人はもう皆逃げて、君と小隊長が巻き込まれたってわけかぁ。あ、こいつは大丈夫だ。薬草つっこんで薬湯風呂にでもぶち込んで、ちょっと寝かせりゃ完全復活するさ」
君は?とジャッテが俺に薬草を差し出す。けど、俺は怪我の治りも早いし別に目立つケガはない。咳もおさまったし。…問題はニコラだな。
すっかり体重全部を俺に預けてくるもんだから重い重い。…まぁ、いいさ。俺が聖都で薬の副作用に寝込んだとき、こいつは俺の傍にいてくれたんだ。今だけ居てやるよ。借りは返す。
「ところで、君ってあの子だよなぁ。元盗賊の少年の」
「ステイト」
「やっぱりかぁー。いや、面白かったからなぁ。少年が魔物に一人で挑んでる、って市民の人が騎士宿舎まで来て言っててな?少年の特徴を聞いた途端、小隊長ってばろくに装備もせず飛び出したから」
「こいつ戦闘バカだから、魔物と聞いて飛び出したんじゃね?」
「どんな魔物、とも聞く前にだったけど。俺たちは救護班だから準備に手間取ってちょっと遅れちゃったんだなぁ。んで、どんな魔物?」
「でっかい水属性スライム」
「…えー?スライム?例え建物ぐらいの大きさのスライムでも、上級魔法なんて使わずとも倒せるだろうに…。小隊長焦ってたんだなぁ」
えっ。今度は俺がびっくりした。あんなでっかいスライムなら、もう上級魔法じゃないとサックリ叩けない!とかかと思ったら違うのか?ジャッテの表情は呆れてるようにも見える。
「小隊長も可愛いとこあるんだなぁ。ま、いいや。後でいじってやろ。…んで。この立派な体格の小隊長を宿舎まで運びたいんだけど」
ジャッテの言葉に俺はニコラを見た。…うーん、起きる気配なし。しかもここにいる騎士はとてもじゃないけどニコラを運べそうな奴はいない。救護班…ひょろい。俺も人のこと言えないけど。
「うーむ。やっぱ体格良い奴呼ぶか?それより担架の方がいいか。うん。取ってくるからちょっと待っててくれなぁ」
俺が頷くのも見ずに、ジャッテは素早く別の騎士にコアの回収や現場状況の確認、他に怪我人がいないかの確認を命じて騎士宿舎がある方角へ道を走って行った。
残された騎士たちもばらばらと動き始め、広場には俺とニコラがぽつーんと残される。
…しっかし、とうとう町の中にも魔物って湧くようになったんだな。普通、魔物って人のいない場所にポヤンと湧くもんだし。やっぱり聖剣がなくなった影響が色濃くなってきたんだ…。
ますます騎士団が可哀そうになってくるぜ…。
「お前もやっぱバカだなー。なんだよ、上級魔法じゃなくてもスライム倒せるらしいじゃんか。かっこつけだな。しかもその反動で倒れるとかバカの極みだろ」
俺の言葉は独り言になる。すっかり寝ているニコラには聞こえなかったはずだ。少しだけ頬を引っ張りながら、俺はニコラにつぶやいた。
「…俺なんかのために無茶しなくたっていいのにさ」
あーあ。せっかく会えたけど殴る気が失せたじゃねーか。そのままじっとしてるとすぐジャッテが何人かの応援を連れて帰ってきた。
「そいじゃ、こいつは運ぶなぁ。今日は休ませるから、君も小隊長をからかうならぜひ明日来てくれよぉ!」
「はーい。お疲れさん」
応援の騎士やジャッテがニコラを担架にのせ、えっほえっほ言いながら運んでいくのを俺は見送った。…散々な午後だな。やっぱ帰って昼寝しよう。
俺も疲れた体を引きずって帰ることにした。もう今日はおとなしくしとこ。
明日からハニの日記とか、博物館の資料とか見て回ることにして。…ふぅ、疲れた。やっぱり一人で戦うのってしんどかったんだな。今までは同行者つまりシルが強すぎたってのもあるけど。
俺のリウも完全に発動成功には至ってなかったし…。課題が山積みだ。
だんだん空が曇ってくる。雨が降る前に帰ろう、と俺は少しだけ早足に歩いた。ぬるくなった風が吹き抜け、髪を揺らすのを感じながら。




