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ルキスの剣  作者: 夜津
第一章 聖剣の喪失
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24 再会と決意

 アストックに連れられて、俺たちは城の前に着いた。鎧に身を固めた門番が、重々しい城の扉の前に立っている。

城にそのまま入るのか?と思ったら、アストックはニヘラッと門番に笑いながら手を振っただけで扉の横にある細い道を歩き始めた。


 黙ってついて行く俺たちに、アストックは独り言みたいに説明した。


 「神殿と城はまた別モンやから、別に聖王様に謁見せなあかんっちゅーわけやないで。

  この細い道抜けたら神殿に着くから、まぁテキトーに。エリネはいい奴やから、そんなに気ぃ張らなくてもええよ」


 湖に浮くように存在する城、そしてその裏にあるという神殿。さわさわ、と水の流れる音だけが静まり返ったここに響いている。

雲の隙間から覗く青空を何気なく俺は見た。…あー、恐い。緊張する。帰りたい。


 いや、帰るためにここに来たわけなんだけどな。


 俺は何を言われるんだろう。正直、不安でいっぱいだ。当然期待も溢れそうなほどにあるけど、やっぱり嫌なことの方が気になるってもんだよな。

何を間違えたか、俺が聖剣を盗んだ犯人だ!なんてことになったらもう…怒りと絶望でやっていけねーよ。


 けど、アストックが道中語った仮説通りでも嫌だ。聖剣を上回るか、同等の魔力を持った魔族が聖剣を盗んだりなんてしてたらそれこそ勝ち目がない。

戦争を起こされたら、人間はあっという間に魔族に支配されてしまう…それもすんげぇ困る。


 どうしてこうなったんだろう。…うん、ひとえにシエゼ・ルキスのザル警備が悪いに違いない。ほんと、どうにかしてくれよ。


 しかめっ面で歩いていたら、やがて細い道を抜けて緑あふれる庭に着いた。

なんか…神殿の庭というより、貴族の家の庭みたいだ。迷路みたいに背の低い木が並んでカットされてるし、バラのアーチとかあるし。豪華絢爛…!

そしてそんな庭にふさわしいどころか、庭の煌びやかささえも霞むほどにデカい荘厳な建物があった。


 輝くような壁、というわけでもない。城のように凝った外観でもない。ただ、石の柱が並んで、古さを感じさせるような雰囲気を醸し出す建物があるだけ。

石の階段の向こうはだだっ広く空間があり、やっとこさ入り口にたどり着く…そんなシンプルな神殿。


 庭の入り口に立ちつくし、俺たちは庭と神殿の雰囲気に圧倒されて押し黙ってしまった。

それをアストックが眺め、また満足そうにうんうんと頷く。


 「すごいやろ、この庭の手入れ、オレがやっとるんやで。毎朝頑張って早起きして、エリネのお気に入りの花も世話して…。

  ちょっとでもサボったらすぐに庭の機嫌が悪くなる。伴ってエリネの機嫌も急降下。右腕ってのも大変やでぇ」

 「えっ、アストック一人でやってんの!?」

 「神殿はわりと貧乏やから、庭師を雇う余裕もないねん。実際神殿にも、10人ぐらいの召使い兼神官しかおらんし」


 な、なんと…こんな無駄に広い庭を一人で…!つか、才能にあふれてるなアストック!ちらっとアストックを見て、俺は小声で聞いてみた。


 「そんなに働かせる大神官に、不満とかねーの?」

 「ありまくりや。パシらせる、ゲームに付き合わせる、目を離したらすぐ仕事ほったらかして町に遊びに出ようとする、いつまでたっても一人では家事ができん…。

  魔力と占いの実力はそれこそ、魔族のエリートと比べても遅れを取らへんスーパー人間やのに…エリネも惜しいわ」

 「…ふ、フリーダムだな」


 俺の中での大神官のイメージがどんどん崩れる…!どんな人なんだよその人!顔が引きつる俺の隣で、あははとシルがお気楽に笑った。


 「大神官様も変わらないなぁ」

 「えっ、前もそんな感じだったのか?」

 「僕が前に会った時は、小さい僕を連れてこっそり町に連れ出してくれたんだ。後で二人ともこっぴどく叱られたよ」

 「せやで!エリネも何も言わずに出て行くし、気づいたらアルギークのちっちゃな王子様まで消えとるし!あんときほど町ん中走り回った日、ないで」


 とんでもない大騒ぎだったみたいで、アストックがはぁぁとため息をつく。お、おてんば!シルもアルギークの城を抜け出して下町によく遊びに行ってたんだっけ。

もしかしてシルの城を抜け出す遊び癖は、その大神官とのお忍びのときでついちゃったんじゃないのか…と推測してみる。

 ますます謎の『エリネヴィステ』さんだけど、シルやアストックの話を聞いてると悪い人じゃなさそうだ。

 

 そういえば、とシルが不思議そうに首をかしげた。


 「あのときからだいぶ経つのに、アストックさんはあまり見た目、変わらないですね」

 「オレ、年齢不詳やからな。日々、若作りの努力が絶えへんで」


 えっ。シルがちっちゃいときに会ってたのも、同じような姿だったのか。ほんとこの人、何歳なんだ。ニコラのこともガキンチョ呼ばわりだったし、すっげぇ年上なのかも。

けど顔の半分はモサモサの長い銀髪で隠されていて、本当に年齢が読めない…。謎だ。


 石階段を上り、広々としたロビーのような場所を進むと石の扉が見えた。その前に一人、真っ白なローブに仮面をつけた神官がいる。

アストックや俺たちの姿を確認し、すばやく扉を開けてくれた。話はもう通っているらしいな。


 横を通るときにその神官の人に小さく頭を下げると、同じように仮面がこくりと動いた。最後尾を歩くニコラが神殿内に足を踏み入れると、ゆっくりと扉は閉められた。


 

 神殿の中を俺たちはゆっくり進む。神殿内も荘厳で、なんともいえない神秘的な雰囲気を醸し出している。まっすぐに奥の祭壇まで黒いじゅうたんが続いて、両脇には椅子が並んでいた。

石の壁に石の床。ひんやりとした空気が漂っている。窓も不思議なガラスがはめられていて、見回すだけでも飽きない。俺もぼんやりと辺りを見回していた。

けど、奥の祭壇には誰もいない。アストックに連れられて祭壇前まで来たけど…。大神官は別の場所にいるのか?


 祭壇の傍にはすごく大きな水瓶がある。ちょっと覗き込んでみると、コインや宝石、紙切れなどいろんなものが沈んでいる。占いで使うのかも。

アストックが俺たちを振り返って、口元をにっこりさせた。


 「じゃ、呼んでくるからちょっと待っといて。奥の部屋で準備でもしてるんやと思うわ」

 「はい」

 「おう」


 俺とシルは返事をし、ニコラは黙ってうなずいた。それを確認したアストックは、祭壇の奥の壁にかけられている、すっごく大きいタペストリーをめくって消えた。

なるほど、隠し扉みたいだな。俺は大きな鳥の絵が描かれたタペストリーを見つめて言った。


 「タペストリーの裏に部屋が続いてんのか」

 「うん。地下室もあって、地下室は来客用の部屋になってたり、神官の暮らす部屋だったり、倉庫だったり」

 「そっか、シルは来たことあるんだよな。ニコラは?神殿に入るのは初めてか?」

 「神殿に入ったのは初めてだ。大神官殿をお見かけしたのはまた別件のときだったからな」


 ニコラが顎に手を当てながら思い出して言う。ふーん、と俺が頷いたとき。


 勢いよくタペストリーが揺れて何か飛び出してきた!突然のことで目が一瞬追いつかなかったけど俺の動体視力舐めんなよ!

そいつはとにかく赤かった。針のようにぴんぴんに尖った髪、そしてやたらつりあがってる好戦的すぎる目!全部赤!そして殺気すら放つその視線の先にはシルがいた。

俺が反応する間もなく、すばやくそいつはシルに向かって行った。けど、シルはすぐそれに気付き、ガツンと杖を向けた!


 ガツン、というのはシルの杖と、飛び出してきたそいつの剣がぶつかったから。俺は驚いて、言葉を失った。


 対峙して剣と杖をぶつける二人は…なんか、よく似てる!穏やかでまったりのんびりサラサラッて感じのシルとはだいぶ違うけど、その少年の正体にすぐ思い当たるものがあった。

刺さりそうなシャープな目、顔立ち、髪、研ぎ澄まされた動き。にやあっと口元が三日月のように吊り上り、やっと声変りが終わったような声が威勢よく叫んだ。


 「よぉ、兄貴!元気そうじゃねーか、くたばったと思ってたぜ」

 「ちょっとだけ久しぶりだね、ルカ。相変わらず元気そうみたいで何よりだよ」


 シルの目がぎらり、と赤く輝いた。やばい、これ戦闘モード入ってる!ぎぎぎ、と杖と剣が悲鳴を上げるが二人の少年はお構いなし!

ルカ、と呼ばれた少年はあの、シルの弟だ!二つ下って言ってたけど、体格も互角で似てない双子みたいだ。


 俺はニコラをちらっと見たけど、全く手を出すつもりはないみたいだ。俺を見て、小さく肩をすくめて目を閉じた。…まぁ、これが兄弟の感動の再会なんだし、水は差さないつもりだけど…。

俺も邪魔にならないように、さりげなくニコラの隣に移動する。そして、傍から見たら決闘でもしてるみたいな真っ赤兄弟を黙って見守ることにした。


 ルカがにやっとして、がつんと剣を強くぶつけてから引いた。当然、いつでも切りかかれるように構えている。


 「どいつもこいつも味気ないやつばっかで、クッソつまんなかったんだぜ。追っ手もウザかったしよぉ」

 「追っ手…一人で逃げてたの?」

 「あ?誰かと行くなんてめんどいこと、やってらんねぇ。ああ、反王家派のうっとーしいのがワラワラと!ぶちのめしてやったぜ」

 「一人で?さすがだね」

 「頭ん中が腐りきってカスカスになってる奴らに負けるぐらいなら、まだ元老院のじじいどもにべろちゅーされる方がマシだっつの」

 「うわ…不気味な例えだね」


 恐い。もうこの空間恐い。本当にここ神殿?ひんやりした空気、なんてもんじゃない。凍りつきそうだ、俺の『リウ』よりも冷たいかも。

ニコラにいたっては目を閉じて微動だにしてない。スリープモードだな、省エネ…都合のいいやつめ。


 「ま、兄貴も健在で、この弟めは泣きそうなぐらいに嬉しいぜ」

 「泣きそうには見えないけど、僕もルカが元気そうで嬉しいよ」

 「フェリ公もその内見つかるだろ。…兄貴」

 「うん。…ルカ、とりあえず剣しまおうか。ここで戦ったらエリネヴィステ様が泣いちゃうよ」

 

 ふ、不思議な兄弟。シルのいつもと変わらない穏やかな口調に、さっきまで野獣のようにぎらぎらしていたルカの雰囲気が急に落ち着いた。すっとおとなしく剣を引き、柄に入れる。

そして。シルが杖をしまうと、ルカが俺とニコラを見た。やっぱりキッツい目!俺もあんなぎらついた目、してたときあったけどさ。


 「こいつら、誰?」

 「僕をここまで連れてきてくれたんだ。こっちはステイト、シエゼ・ルキスの王都出身。こっちの人はニコラさん。シエゼ・ルキスの騎士だよ」

 

 俺の方にはふーん、と興味なさげにチラ見するだけ。むかっ。ほんと話に聞いてた通りの生意気クンだな…!お兄さんが一発社会の厳しさを教えてやろうかコノヤロウ、と思った時。


 ―――バシッ!


 突如また鈍い音が響いた。慌てて見ると、…うわー。生意気クンったら無謀。ルカはニコラに、好戦的すぎてビームでも出しそうな表情で剣柄ごと叩きつけていた。

当然ニコラは目を閉じたまま、余裕そうに片手でガッシリそれを掴んでいる。うん、それごときの攻撃にニコラがびびるわけない。


 ぎろっとニコラが目を開けてルカを見る。ルカはすっげぇニヤニヤァっと口元に弧を描いて言った。

 

 「なかなかやるじゃん、アンタ」

 「なるほど。最近のガキはどいつもこいつも生意気で困る」

 「シエゼ・ルキスの騎士か。下っ端じゃなさそうだな」

 「割と下っ端だ。恐れ入る」

 「恐れ入るのはこっちだぜ。でもさ、一応俺の方が身分上なんだけど?ルカ・ネフィア・アルギーク。アルギーク王家の正統な王子だ」

 「礼を尽くせ、と?あいにく俺はクソガキに対する礼は持ち合わせていない。多少可愛げがあったら相手してやるが?」


 もうヤダー!バチバチバチィって火花の飛ぶ音が聞こえるー!ルカはいい相手を見つけたとばかりに目をかっぴらいてるし、ニコラも口元をきりっと釣り上げた。

助けてくれシル!と俺がシルを見たら、シルもどう止めようか迷っているようだった。


 「ルカ、失礼だよ。相手に礼を求める前に、自分から礼を尽くすのがルールだってずっと言ってるのに」

 「兄貴だけでいいんだよ、堅苦しいことをやるのはさ。俺は大陸一の剣士になるんだからな」


 「こらっ、ニコラもニコラだぞ!なんでてめぇはいっつもガキ相手にムキになるんだよ、ほっとけってば」

 「悪いな、手を抜くのは苦手だ」


 こーのー!シルはルカを、俺はニコラを引っぺがそうとするけどこいつらスイッチ完全に入ってる!大人気ねーぞてめっ、ニコラ馬鹿野郎!

もうこの神殿はダメかもしれない。ルカが暴れてニコラも暴れてシルまで止めようと必死になったらここ崩れて消えるぞ。


 あ、ハイ。俺は逃げます。こんなとこ無理!俺はまだ長生きしてぇんだよ!



 いい加減俺があきらめてこっそり退出しようかと思い始めたとき。タペストリーの裏からドシャーン!と雷のような声が聞こえた。


 「こらぁーっ!神聖なる神殿でケンカしてんじゃないですわ、つまみ出されたいのかしら!」

 

 ―――ビリビリビリィ……


 静寂と雷鳴。まさにそのまま。俺たち一同はポカーンと、あのニコラまでポカーンとしてタペストリーの方を揃って間抜けな表情で見つめた。

まだビリビリと飾り付きの窓が揺れている。ザザッ、とタペストリーの裏から、その声の主が現れた。



 俺はその途端、夢でも見てんじゃないかと思った。こんな石しかない寂しい神殿に、ある意味ふさわしく、ある意味ではふさわしくない美しい女の人が現れたからだ。


 床までつきそうなぐらい長い、まっすぐに伸びる白い髪。耳にブドウでもぶら下がってんのか、とも思うぐらいにさまざまな色の小さな玉がついた耳飾りを片耳だけに着けている。

真っ白な、俺はなかなか見る機会がなかったけどウェディングドレスのようにふわっと、それでもしゅっとしたシンプルなドレスローブ。刺繍の飾りも白色で、目を凝らさないとそれは見えない。

 

 そして、全てを見通しているような金の目。未来も過去も、なんなら今現在でさえも自由にしてしまいそうな、言葉にできない魅力を放つその人。純白の女性。

長い金の杖を手に持ち、背筋を伸ばすその姿はまさに大神官。威厳たっぷりに、荘厳さもたっぷり。俺は無言で見惚れてしまった。


 くっきりと開いたその目は、悪い子をとがめる姉のような表情で俺たちを見回した。途端になんだか、申し訳ない気持ちになってくる。

一通り俺たちをしっかり見て、女の人は長い睫をすっと下した。沈黙が重い。…俺はどうしていいかわからず、ただひたすらに黙った。


 そして。するっとタペストリーの裏からアストックが出てきて、状況を把握したようにポンと手を打ち、耳をふさいだ。


 …?耳をふさいだ?


 俺が首をかしげた瞬間。再び雷鳴のごとき声がドシャーン!とこだました!


 「ここは神殿ですわ!大陸で一番の魔法権力を持つ、大切な場所なのです!ルカ!あなたも私と約束しましたわよね、お・と・な・し・く・しておくと!

  それを見事に破りやがって許しませんことよ!あなたが強いのは百も、二百も、三百も、とーっても承知のこと!そんなあなたが暴れたらこのオンボロ神殿などすぐに廃墟になりますわ! 

  今度またその戦闘馬鹿っぷりを発揮してくれたら、あなたを一週間ずーっとアストックの代わりに庭掃除係に任命して見張りますからね!」

 「は、はい…」


 ひきつった表情でルカが頷いた。そして俺の、最初にこの人を見たときの胸の高鳴りは見事に崩れ去った。あっはっは、とアストックの盛大な笑い声が響く。


 「エリネ!初めてのお客もおるのに最初からぶちギレとは…やるやんか!」

 「うっさいですわアストック!あなたもさっき、私が久しぶりに頑張ってこの大神官の正統なドレスローブ着てた時に、よくも『老けたんちゃう?』など言ってくれましたわね!

  あなたこそいい加減前髪をお切りになりやがれですわ!ああもう、ここは一発、神秘的で威厳ある大神官として登場するつもりでしたのに…!」


 お、おう…やっぱりイメージが音を立ててドンガラガシャンだ…。ルカに至ってはもう尻尾を丸めた子犬みたいな表情だし、ニコラも、あのニコラでさえもマヌケ面を直せない。

はぁーっと、その神々しいまでに美しい顔をオッサンのように歪ませて、へっ、と大神官が続ける。


 「全く、いいですわね?やりなおしますわよ?アストック、もう一回裏の部屋に戻って。そこの4人、ちゃんと並ぶ。そしてさっきのことは忘れる。

  よろしいですわね、ハイ忘れた、きれいさっぱりあなたたちは忘れた、じゃあテイク・ツーですわ」


 スタスタスタ。


 俺たちは言われるままに、適当に並んでおく。タペストリーの裏に再びアストックと女の人は戻って行った。そして、数秒後。


 バサァッとタペストリーが風もないのに派手に翻る。かつん、かつんと石の床に足音を響かせて再登場したのは女の人、そしてその後ろに恭しくついているアストック。

バン!とでも効果音をつけたくなるような綺麗な姿勢で、厳かに女の人が俺たちを見回す。そして、まるで絵画の中の人のように神々しく微笑んで見せた。


 「私の名前はエリネヴィステ。聖都と聖セレネを守る、第24代目の大神官ですわ。この度は、遥々遠路より会いに来てくださって本当に嬉しく思っております」

 「改めて。オレは大神官付きの補助神官、アストック。困ったことがあれば気軽に頼ってや」


 しん、と静まり返った空気に、その凛とした声と飄々とした声が響く。俺たちも神妙な表情で二人の言葉の続きに聞き入った。 


 「あなたたちがここに訪れること、その理由、だいたいは分かっておりますわ。私にできることならば、なんでもお力になります」

 「そそ。この通りテイク・ツーをとりたがったり、口も悪くて、歴代でも群を抜いて問題児の大神官やけど、腕は確かやで…あいたっ!」

 「うるさいですわ、さっきのことは忘れたんじゃありませんの?」

 「この通りオレに対する愛情の詰まった暴力も数知れん、残念なお姉さんやけど…あたたっ!」

 「アストック、後で覚えてろですわ」


 …な、仲いいのか…?俺とニコラは笑っていいのかどうしていいのか、って表情で、ルカとシルは『何だいつも通りだな』みたいな微笑ましい表情で見つめてるし。

ごっつんと勢いよくゲンコツを落とされる頭をさするアストック、そして彫刻のように完成された清廉な姿の若き大神官エリネヴィステさん。

なんていうか…まーたキャラ濃いのきちゃったな。俺は緊張感もぶっとんで、もう目を半開きにして微笑むしかなかった。うーん、なんだろう…しまらねぇよな…。



 エリネヴィステさんが、シルの方を見てにっこりと微笑んだ。

 

 「お久しぶりですわね、シル。ルカったら、あなたと弟のフェリーチェのこと、ずっと心配してたんですのよ」

 「わ、エリネ!何言ってんだっ」

 「本当に?やっぱりルカは優しい子だよね、悪ぶってるけど」

 「う、うるせーよ兄貴!俺はただ馬鹿な兄弟が勝手にくたばってねーかと思っただけで…!」


 うわー、ルカの顔真っ赤!髪も目も赤いのに飽きねぇな。シルもすっごく嬉しそうにルカの頭を撫でようと手を伸ばして、慌ててルカがその手を叩き落としていた。

兄弟仲は良さそうで安心だ。さっきの再会バトルっぷりが苛烈というか衝撃で吹っ飛びそうだけど、シルにとって家族に会うのは悲願だったんだしな。


 エリネヴィステさんは、そんな兄弟王子を微笑ましく見つめて、にこやかに続けた。


 「ちなみに安心してくださいね、フェリーチェとあなたたちの使用人のテシアノは、今頃町の近くの森で再会してると思いますわ。占いで出ましたの」


 す、すげー。占いってそんなことも分かるのか…って、それぐらい分からないと俺の罪がどうこうなんて分かるはずもないか。

でもちょっと不安。もしその『占い』が魔力に依存してる魔法の一種なら、俺には効かないわけなんだけど。大丈夫なのか…?


 俺がそんなことを考えていると、ちょうどエリネヴィステさんは俺とニコラに向き直って頭を下げた。ふわり、と長い白の髪が揺れる。


 「こんにちは、騎士様はお久しぶりですわね。そこの少年はとっても不思議なお客様ですわ」

 

 えっ。分かるのか?って、俺が『不思議』って…やっぱり俺の体質は「ふーん」で済まされるもんじゃなさそうだ。

隣でニコラが、すっと膝をついてエリネヴィステさんの前に跪いた。


 「再びお目にかかれて光栄です」

 「いいんですわよ、気楽になさって。どうやら公式任務ではなさそうですわね。…そこの、少年のためでしょう?」

 「…はい」


 びくっと思わず俺は体を震わした。エリネヴィステさんの金の目は、慈しみを持ってニコラを見つめた。そして、そのままスライドするように俺に視線が向けられる。

俺、硬直。な、何を言えばいいんだろう…?えっと、体質から?本題の無罪を証明してほしいことか?あ、でも聖剣の行方も…!

 どぎまぎしてあたふたと口ごもっては音にならない音を発する俺に、エリネヴィステさんは首を緩く振って優しく言った。


 「ええ、あなたの抱えることはたくさん。だいたいは把握しておりますわ」

 「えっと、その…お、俺、ステイトです」

 「ステイト。いい名ですわ」


 その言葉に、俺はユハのメネさんを思い出した。同じことを言って、優しい微笑みをくれたメネさん。そうだ、メネさんに雰囲気が似ているんだ。

だけどどこか、エリネヴィステさんは落ち着きというか、穏やかさがまたメネさんと違う。遠くから見守ってくれる、というよりは傍で応援してくれるような雰囲気。

 俺たちとアストック、その場にいる全員の表情を確認してからエリネヴィステさんが瞳を閉じた。


 「私が、ステイト、そして騎士様、シルたちにも伝えなくてはいけないことはたくさんありますわ。

  眠くなるほどに、もう面倒にさえ思えるほどに。だけどその中に、あなたたちの探す答えの助けとなるものがあるかもしれません。

  しかし、所詮それは情報。私があなたたちに贈ることができる小さな欠片。進むのはあなたがた。私はあなたたちを間違った方へ導くこともありえますわ。

  それでも知りたい、分かりたい、と思われるなら…」


 当然だ。情報を手にして活用するのは俺たち自身。あくまでエリネヴィステさんは、アドバイスをくれるに過ぎない。…それでも知らなくちゃ。

エリネヴィステさんは、俺たちの表情を時間をかけて確認した。


 シルは俺の方を見て、強く頷いた。そうだ、シルはもうひとまず弟たちの無事を確認できたから…もう目標を終えたんだ。

それなのにこうやって頷いてくれる。シルは、俺のことを見届けてくれるつもりなんだ…。


 その隣でつまらなさそうに剣柄をつつくルカ。こいつはあまり興味なさげ、というより俺たちの事情を知らないから興味がないのだろう。


 ニコラは跪いた姿のまま、じっとしていた。俺がそっちに視線をやっても俺を振り返らない。すっげぇ集中力、きっと俺の視線にも気づいてないんだろう。


 アストックは相変わらず、見える口元だけをにんまりさせてタペストリーの傍に控えている。エリネヴィステさんがそれをちら、と見て言った。


 「私に着いてきてください。奥に机と椅子がありますわ。時間がかかるので落ち着いて話しましょう。

  ステイト、そして騎士様、あとは…シルも、見届けたいのですわね」

 「はい。僕の用はまだ終わってません。ステイトが安心して王都に帰ることまでが、僕の望むことですから」

 

 シル…。ありがとう。もうお前は安心してくれていいのに。俺はきっと大丈夫だからさ。

急に俺は寂しくなった。俺の聖剣盗難の事実がシロであれクロであれ、俺は王都に戻る。弟たちと一緒に、祖国が安定するまで聖都に匿われるシルとはこれでもうしばらく会えない。

俺が王都を出てできた、初めての同年代の友達。ビビりでかっこつけなのに、戦えない情けない俺とは正反対の…優しくて勇気ある、飾らない強さを持つ王子。

 

 たった少しの間だけだったのに、本当はもう離れたくなかった。まだ一緒に戦ったり、魔物を討伐したり、いろんな町を訪れて遊んだりしたかった。

いや、できるようになるんだ。改めて俺が胸を張って、こいつに会いに来れるようになるためにも…俺は知らなくちゃいけない。本当のことを。 

  

 「俺、知りたいです。知らなくちゃ。聖剣のことも、俺が盗んだのかどうかも、…俺自身のことも」


 まっすぐ俺はエリネヴィステさんを見つめた。金の目と俺の視線がぶつかる。まるで星でも飾ってるみたいな輝きに負けないよう、俺も強く見つめ返した。

エリネヴィステさんは、無言のままのニコラを見つめた。シルの言葉にもしっかり頷き、にっこりと少女のように微笑んで言った。


 「大丈夫。ステイト、あなたは大切に思う人がいるでしょう。彼らもまたあなたを大切に思っているのですわ。恐がることなんてありませんのよ」


 恐がるもんか。俺の帰りを今も王都で待ち続けてる人がいるんだ。俺が遊びに行くのを待っててくれる人たちもいる。そして、そばにいてくれる奴も。

俺は強く頷いて答える。今までの中で、一番自分の声がハッキリ聞こえた瞬間だったと思う。


 「俺の意思です。結果が、答えがどうであれ俺が変わることはありません」

 「…いい返事ですわ」


 荘厳と安穏さを湛えたエリネヴィステさんの表情が、強く、まるでいたずらっ子のように微笑む。ばさっと白いドレスローブを翻し、タペストリーを指した。


 「さぁ、いらっしゃいませ。私の答えをお聞かせいたしますわ」


 シルがすっと背筋を伸ばす。ニコラが音も立てず立ち上がり、まっすぐタペストリーの奥を見つめた。

ルカはアストックに連れられ、別の部屋に行ったみたいだ。残された俺たちは、タペストリーの向こうへ静かに消えて行ったエリネヴィステさんを追った。


 これから続く長い話。

 俺がこれからの先の道を決める、大切な話。


 そして、このエリネヴィステさんの話は、俺に大きな決意を持たせ、決断をさせることになるのだった。


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