23 聖都エリネヴィステ
雑談したり、ときどき襲ってくる魔物と戦ったり、ちょっと休憩したり、出会う旅人に挨拶したり。
俺たちは順調に歩を進め、日が完全に昇る頃にはそっけない砂利道を脱出していた。俺たちが踏む白煉瓦の道は、視界の開けた草原を伸びる。
…ただ、解せないことがある。俺は突然変わった風景に呆然としながら、ぽつりと言った。
「シル、俺の目はおかしくなったのかもしれない」
「…えっと、どうしたの?」
「草原が…紫色に見える」
「あ…そういう品種の草だと思った。見事だよね」
そう。俺の前、というか道を挟んだ両脇に広がるのは紫色の草の原っぱ!緑色はどこいったんだ、と俺は立ち尽くす。…けど俺がおかしくなったわけじゃないんだな。
確かに後ろを振り返ってみたら、綺麗にクッキリ境目があって向こう側にはいつもの緑の草原が広がっている。なんだ、品種変えてんの?
でもそれだけじゃない。俺の目にはもう一つ奇怪なものが見える。また、同じようにぽつりとつぶやく。
「シル、でもやっぱ俺おかしいかもしれない」
「うん?」
「草原にあるでかい岩が…虹色に発光してるように見える」
「あ…そういう品種の岩だと思った。綺麗だよね」
「待って」
ちょーっと待て!そんな品種の岩って何だよ!?ばっとシルを見ると、あれ?っていう顔で首をかしげていた。て、天然…だと…こいつ岩に品種があると思ってんのか…!?
俺は紫草原にところどころ見える、ごつごつした岩がぼんやりと虹色に発光するのを指さした。い、いやアレおかしいだろ!明るいのに光ってることよく分かるし…!
とワナワナ震えてたら、頭上から呆れたため息がつかれた。むっ。ニコラ、なんだよ?
ため息の主は、俺に半開きの目でじとっと視線をやりながら答えた。
「そういう品種だ。ヒカリイシという、光の魔力をため込んだ自然の岩だ」
「……品種?」
「品種」
「魔力をため込んだ岩…?」
「岩」
ぽ、ぽ、ぽ…ぽかーん。まじで?そんな幻想チックな…俺は道から外れて岩に近づき触れる。と、途端にしょげたように岩が光らなくなってしまった。
えっ、俺何かした?もしかして触れちゃダメとか?まさかこれも俺の魔力ゼロ体質のせい?慌てて振り返ると、ニコラが首を振る。
「そいつは、触ったものにため込んだ魔力を分け与える。要するに、魔力回復を助ける岩だ。お前が触っても意味がない」
「…な、なるほど」
手を離すとまた普通にモヤモヤーっと光り始めた。う、うぬぬ。ニコラとシルは近くの岩にぽん、と手をついてじっとしている。うわー回復組たちめ…!
俺が岩に触れたり離したりを繰り返して遊んでいると、シルが声をかけてきた。
「ステイト、そろそろ行こう?僕もこうやって道を歩いて実際に見たりするのは初めてだけど、聖都の近くってこんな風に不思議な風景が多いんだって」
「へぇ、そうなのか…不思議だな、こんな光景があるなんて」
紫の草原、そしてそこにぽつぽつと見える虹色に発光する岩。なだらかに続く丘、まだ見えない聖都…。なんか、聖都ってすっげぇ面白そうだな!
今まで旅した町とはまた味が違いそうだ。だんだん変わる景色に胸を躍らせながら、再び俺は先へと伸びる整備された白煉瓦の道を歩き始めた。
緩やかな傾斜の丘を降りたり越えたり、足がガッツリ鍛えられそうな道をしばらく行くと…おやっ。分かれ道がある。
今まで一本道で突き進んできたけど、突然二つに分かれてるなんて。その分かれ目まで来ると、看板があった。
「こっち、聖都エリネヴィステ。そっち、ハズレ……ハズレって何だ?」
木製の看板に彫られた文字を読み上げながら、俺は二人を振り返って見つめた。二人も似たような表情。シルも看板をじーっと見つめる。
「ハズレか…気になるね。なんだろう、落とし穴とか沼とかかな?ニコラさんはどう思いますか?」
「いや…俺も前にこの道を通ったことがあるが、そのときは地元民にそっちへ進むのを止められたからな。何か曰くつきでもあるんじゃないか?」
い、曰くつきだとぉ?な、なんだよ…オバケ屋敷とか?それともドラゴンの寝床でもあんのか?俺とシルが『ハズレ』の道を見つめると、ニコラがダメだぞ、と先手を打った。
「余裕のある時にしておけ。思い出したころに来ればいい。どうせろくなもんじゃねーだろう…おら、聖都はこっちだ少年ども」
ぐるっと肩に手を置かれ、シルと俺は聖都への道へ方向転換させられた。シルは素直に頷いたけど…ここでお宝スキーの血が騒がない俺じゃなかった。ハズレか…怪しい匂いがする…!
かと言って突撃しても、本当にドラゴンの寝床なんかだったら俺はそれこそ棺行きだ!いや、棺も用意してもらえないかも…。仕方ない、頭の端にこの気になる『ハズレ』をメモっとこう。
どうせ聖都に着けば情報は集まるんだし…。な、あそこは今度今度!よーし歩くぞ、いざ聖都へ!…チラッ……いや、聖都……でもハズレって…チラッ…チラッ…チラッバキッ!
「こらクソガキ、俺の話が聞けなかったのか?」
「な、何もしてないだろバカニコラ!いきなり殴るなんて失礼だぞ、俺はこうやって聖都に前進してる真っ最中で」
「だったら何度もチラッチラ『ハズレ』の方を見てるんじゃねぇ!お前の首と体は別々に生きてんのか」
突然愛情のかけらもないゲンコツを落とされた俺は、不気味な笑顔で青筋を立てながら俺を見つめるニコラに舌打ちした。ちっ、いつか絶対に『ハズレ』の真相を明かしてやるからな…!
ぷんすかする俺の隣でシルがまぁまぁ、となだめてくれる。それにこくこく頷きながら、俺もおとなしく聖都への道をまた歩き出した。
ひときわ大きな丘を越え、俺は眼下に続く白煉瓦の道を視線でたどって言葉を失くした。…何だアレ…!
シエゼ・ルキスの王都ぐらいの大きさの町が、どどーんと広がってる!けど、その様子はすさまじい。空には何か、白い光の軌跡が浮いている。ゆらゆら点滅するそれは、ときどき町を覆うように白い光を放つ。
光のベールが薄く包むその町は、とにかく不思議!どでかいバルーンが浮いてたり、古風な棟があちこちにズドンズドン建ってたり、遠くにはでっかい城もあるけど…それもまた幻想的。
城は町の奥の湖の真ん中にどどーんと豪華にその姿を見せている。白い壁、青い屋根…まさにおとぎ話のお城!
普通の建物も、白煉瓦の四角い建物だったり個性的な色の丸型だったり…なんだろうこの光景。特に統一感がないのに、ごちゃごちゃしてない。
町の床は白いタイル。けど、定期的にそのタイルが鮮やかに色を変えたり、色を持つ光がぶわっと駆け巡ったりしている。俺は息をのみながら、ひねり出すように感想を述べていた。
「こ、この町、生き物みたいだ…!」
「僕もすっごく久しぶりに来たけど…やっぱりすごい…!」
「俺はどうも落ち着かないが…まぁ、この景観がこの聖都の特徴でもあるからな」
今すぐにでもこの丘の道を走り下りて、町に突撃したい!うずうず、とする俺にシルがほほ笑む。
「町はすぐそこだよ。行こうか、いよいよ到着だね」
「行く行く行く!あっ待てよ、俺が入って大丈夫なのか?」
「へ?」
ちょ、ちょっと待て。俺は踏み出しそうになった足をとどめて、そっとシルに確認した。シルは、俺の心配が俺の体質にあることに気づいてくれた。
「あ、大丈夫だよ。確かにこの町は、魔法や魔力でたくさん演出してるけど、それを除けば普通の町と同じ。
それにきっと、ステイトの体質から考えたら、ステイトを標的・対象にする魔法を無効化してるだけだと思うし。
それだと僕の使用人、テシアノをステイトが解呪できたのは不思議だけど…」
「あ、そっか。…なんでだろうな」
俺に向けられた魔法や魔力を良くも悪くも打ち消す体質。それは、俺が魔力を受け付けないからであって、俺が触れたもの全部の魔力を消しにいくものじゃない…ってわけか。
なんつー受け身な。でも、それだと他人をかばったり解呪したり、ってのは当てはまらないから不思議だよな。
俺とシルが顔を見合わせると、ニコラが言った。
「そもそもステイトの体質自体がまだ未知のものだ。今はまだ分からなくても、得したと思えばいい」
「まぁ、いつか分かるならそれでいいか」
でも未知だったらやっぱり、俺が町に入った途端魔法での演出がぶっ飛ぶこともありうるわけで。…い、行ってみないと分からないさ!
「ひとまず行ってみようぜ!俺たち、一刻も早く大神官に会わないといけないんだろ?」
「そうだね。ステイトの無実、ちゃんと証明しなくちゃ」
「聖剣の行方についても情報を得たい。今回は町に入っても寄り道せず神殿へ行くぞ」
うん、よーく分かっております。個人的な気分では観光半分だけど、この聖都には俺の命がかかってる用件があるんだ。味気なくてもさっさと用を済ませないと!
俺たちは紫の草原を横目に、丘を走り下りた。町に近づくほど、この不思議な街から不思議な音楽が聞こえ始めた。
門。俺の知ってる門は、石とかでガッシリ作られてるやつ。だけど俺が見上げる門は、入り口に二つのポールがあり、そこから交互に光が飛び出す…魔法のゲート。
すごく洒落たゲートだな。ぷわっとたまにポールからシャボン玉なんかが吹き出したりして、近くを歩いていた子供がキャッキャと言いながら去って行った。
俺たち3人は門のところで、門番のおじさんに手続きをしてもらっていた。といっても、ニコラに任せてたけど。
「んで、そこの赤いお坊ちゃんは?身分証明とかある?」
「えっと…」
困ったようにシルが、門番の言葉に答えかねている。ニコラが大丈夫だ、と頷くと、シルは荷物をあさって何かの紙切れ…いや、カードだな。カードを取り出して門番に見せた。
すると門番の顔色がおもしろいぐらいにヒューンっと変わる。めんどくさそうに応対していたおじさんが、びしぃっと背を伸ばして敬礼した。
「こ、これは失礼を!」
「え、えっと大げさです。これで証明、大丈夫ですか…?」
「も、もちろんですとも!」
あの反応から見て、さっきのカードは多分シルがアルギークの王家の人間であることを証明づけてるものだな。大神官みたいな大物に会うときには必要不可欠なんだろう。
ニコラもシエゼ・ルキスの騎士団員である証拠なんて山のように持ってるし…。門番が緊張した面持ちのまま、俺を見た。
「さ、最後にあなたは…何か身分証明…」
「…どうしてもないとダメ?」
「いえ、あれば登録が楽なので…ないのであれば、自分の身元を保証できるものがあれば…」
うーん。無いな。俺はちらっとニコラを見る。ニコラは俺を見ずに、門番に声をかけた。
「俺が保証人になる。同じシエゼ・ルキスの王都出身だ」
「は、はい。ではここに、お名前を…」
あまり文字を書くのが得意じゃない俺は、けっこう汚い文字で紙に自分の名前を綴る。一瞬ニコラがそれを見て、軽くため息をつきながら保証人としてサインを残した。
何だよ、そんなに俺の学がないのが悪いか。これでも文字は読めるようになったし、文字も書けるんだからな…別にいいだろ汚くても!
どうぞお通りください、と門番に通され、俺たちはゲートをくぐる。
うわー!実際に門を通るとやっぱり町の雰囲気に圧倒される。聖都、エリネヴィステ…なんというか、やっぱり派手で不思議な街だ。
ふわんふわんと色を変える足元のタイル、色形独特でさまざまな建物、どこからか聞こえる不思議な音楽…。
それにびっくりしたのは通行人。子供は皆、制服を着てる。それも種類はさまざまだから、学校がこの町には多いんだろうな。俺ぐらいの年の子も皆制服…。
しかも、大人もローブやら白衣やら…いかにも学者!とか魔法使い!みたいな人も多い。それに、…俺はちらっとまた道行く人に視線を向ける。
とんがり耳が多い。魔族、魔族…ここは魔族が多いのか?しかも、人間の住民も何ら自然にしてるし。
同じことを考えていたのか、シルが言った。
「魔族の人が多いんだよね。勉強熱心で、ここに集まって人間と協力してる方も多いみたい。エルフの人もいるみたいだね」
「エルフか…ユハ行きの馬車で乗り合わせた、ちょっと変なやつがいたよな」
あんな不思議魔族がこの町にはいっぱいいるのか…。やたら魔物や魔族を警戒するエッケプレの町とは大違いだな。
魔族の皆が魔族の世界で暮らしているわけじゃない。不思議なことに、人間は魔界には行けないって聞いたけど…魔族は大丈夫みたいだ。
けど魔界と人間界はクッキリ分けられて、聖剣が盗まれるまで誰でも自由に移動できたりはしなかった。
なのになぜ人間界にちらほらと魔族がいるのか?それは、境界戦争の頃に魔界へ行かなかった魔族が残っているからだ。…と聞いたことがある。
けど迫害がすごいもんだから、こうやってエリネヴィステみたいに魔族に寛容な街にしか集まらないんだろう。当然、数は少ない。
魔族は長命だし、境界戦争の頃の生き残りがいたって不思議じゃない。それに子孫がいるしな。
全く関係ないマメだけど、人間と魔族の間に子供が生まれた例は一度もないらしい。姿は似てるのに、根本的な何かが違ってるんだろうな。
と。ニコラが町の中心へと続く、すっごく太い道を見つめた。門からまっすぐ、奥の城の方へと続くその道の中心には細い川が流れている。
その川ですら虹色にぴかぴかしてんだから、もう目がくらくらしそうだ。
そういや俺が入ったことでこの魔法都市の演出が消える、なんてことにならなくて良かった…と俺が考えていると、ニコラが「向こう、」とつぶやいた。
あ、とシルが声を上げる。俺もつられてそこを見ると、道の向こうから誰かが手を振って歩いてくるのが見えた。ん、もしかして俺たちに手、振ってるのか?
遠くから優雅に、というか呑気に歩いてくるその人を、目を凝らして見つめる。
もっさもさの激しい銀色のクセ毛。あんまりにもモサモサな髪は、目までしっかり覆ってしまってる。あんなんで目、見えてんのかな?
歩くたびにもふもふと揺れる銀の髪の、黒いローブのその人は…なんていうか、胡散臭そう。
近づいてきたその人は、ちょっと離れたところから俺たちの方に叫んだ。
「なんやー、シルやないか!大きくなったやんーっ」
「え、えーっと、あ、大神官様の…!」
へっ!?独特の方言みたいな言葉で叫んだ…青年か?男にシルが思い出したように目を見開く。知り合い?と小さく聞くと、シルが頷いた。
「すっごく小さいときに、一度だけ来たことがあるんだ。あの人は大神官様の右腕の人だよ」
「ええっ!?」
あ、あの胡散臭そうなモサモサさんが…?前髪で覆われた目を見ることはできなかったけど、目の前まで来て立ち止まった青年がにやっと口元に笑みを浮かべた。
「いやいや、ほんまに…あーんなちっさかったのに…。オレもびっくりやで。覚えてくれとる?」
「は、はい。大神官様の右腕の…確か、アス…えっと…」
「うんうん、上出来!アストックやで、よろしくなぁ。気軽に呼んでな」
モサモサ青年はアストックというらしい。俺たちを一通り見まわし、ふんふんと頷いた。
「エリネの言うとおりやな。シルと、でっかい騎士のにーちゃんと、ちょっとちっちゃい元気そうな子」
「ち、ちっちゃ…!?」
ズガーン!…は、は…初対面の人にそんなこと言われるなんて…し、失礼極まりないな!けど、はっとして俺は聞き返した。
「お、俺たちが来ることが分かってたんですか…?」
「敬語なんて堅苦しいで、いらんよそんなん!エリネがオレに、迎えに行って来いってパシらすんやわ」
あっははと高らかに笑うアストックに、俺は首をかしげた。
「エリネって?」
「ああ、大神官。一応この町の第二権力者やで。一番は聖王様な。代々の大神官は、この町の名前…『エリネヴィステ』を名乗るんや。やからエリネ」
だ、大神官!つ、つまり大神官は俺たちが訪ねてくるのを分かってたのか…それで、右腕の人…アストックにお迎えを…。…やっぱり、すげえな大神官。
こんなことなら、やっぱり聖剣の行方とかもアッサリ分かるんじゃないか?
アストックが一歩下がり、優雅に手をひらりと回し、華麗な礼を見せた。
「遥々遠路よりいらっしゃって、お疲れ様でした、やな。オレの主、エリネが神殿で首を長くして待っとる。疲れとるとこ悪いけど、まずオレと来てくれへんかな」
ニコラが騎士としての礼を、すっと流れるような動作で見せる。シルも流麗に、ぺこりと礼をする。一方、礼儀作法など煮ても食えない俺はポカーンとそれを見つめていた。
な、なんだろう…俺だけこの庶民感…。あはは、とアストックが笑った。
「ええねんで、元気な子。普通の人はその反応や」
「俺、ステイト。名前で呼んでくれよ、元気な子って…子供っぽい」
「あっはは!オレから見たらそこのでっかいにーちゃんも皆ガキンチョやで」
ぶふっ!アストックって何歳なんだろう?思わずアストックの言葉に吹き出すと、パシーンといい音を立ててニコラに叩かれた。
「俺はニコラ・シフィルハイドだ。ガキはこいつだけにしてくれ」
「くっそバカニコラ!いちいち暴力振るうんじゃねーよ!」
「お、落ち着いて二人ともー…!」
慌てて仲裁に入るシルを見ながら、アストックはまた大きく笑った。
「なんや、皆仲ええやん!ま、神殿までまだ距離あるし、いろいろ話しながら行こか。質問にも答えるで」
とん、とアストックが胸を叩きながら言う。そして、また来た道を振り返りながら続けた。
「こっから見たらいろんな建物あるやろ?このまま、まーっすぐ行ったら城やんな。やけど、神殿っぽい建物はないやろ?
実はちゃーんとあるんやけど、こっからじゃ見えへん場所にあるねん。ズバリ、城の裏!つまり、この道をまーっすぐ行って、ひとまず城まで行かなアカンねんな」
なるほどー。確かに、丘の上から町を見下ろしたときも、正面から見てたから城の裏側は見えなかった。
ほな、行くで。そう言いながら歩き出したアストックに俺たちはついて行った。
どこからか聞こえてくるこの不思議な音楽は、実は音楽じゃないらしい。不思議なことだけど、これ、この町を演出しまくってる魔法が共鳴して奏でてる音なんだとさ。
この音が強いと、町にいる皆の魔力が溢れてるってことらしい。逆に弱いと、その日は調子が出ないんだとか。
まさに魔法都市だよな。俺にはちょっとだけ肩身狭いけど、すごくおもしろくていい町だと思う。
シルがアストックに、真剣な表情で歩きながら聞いた。
「僕の兄弟、来てませんか?」
「ん?あ、そういやおるよ!数日前に来て、同じこと言われたわ。ルカやな」
「ルカが…よかった」
あ、その名前。シルが心底ほっとした様子でつぶやいたその名前は、あの使用人テシアノが言っていたな。俺の視線に、シルがうん、と嬉しそうにうなずく。
「僕の二つ下の弟。すっごく気が強くて、なんていうのかな…勝気?生意気?元気…?喧嘩っ早くて荒っぽいんだ」
「うわ、シルからは想像つかな……ごめんついた」
一瞬、シルが嬉々として戦う様子を思い出した。うん、あの豹変っぷりからすると似たような兄弟いても不思議じゃないや。
「テシアノとは会えなかったんだね…だったらあとはフェリだけ…テシアノが見つけてくれたらいいけど…」
目を閉じて祈るシルの横顔を黙って見てると、アストックが明るく言った。
「だーいじょうぶ!今頃会えてるかもしれへんで、弟君と使用人君。エリネがなんか言うとったわ、また神殿に着いたら聞いてみ」
「…はい!」
「せやから敬語やなくてええのに…シルは直れへんな」
「ご、ごめんなさい…」
あはは、と笑うシルに、ニコラが優しく声をかけた。
「よかったな、弟たちも無事みたいで」
「はい。すごく安心して、なんだか力が抜けちゃいました」
「ほんと良かった!これでひとまずシルは安心だな」
俺の言葉に、くるっとアストックが振り返ってこくこくと頷く。その度に前髪がもさもさと揺れる。
「せやせや、問題はキミなんやんな。聖剣、盗まれてもたんやったっけ?」
「あ、うん。俺がやったって濡れ衣着せられて」
「んで、エリネの力を頼りに来てくれたんやな。聖剣がらみは向こうさん…つまり聖剣の力が大きすぎて、エリネも困っとるんやわ。
そやからステイト、キミがわざわざこっちに来てくれたのは大正解やで。ステイトの無罪証明は、エリネに直接見てもらわな分からんからな。
聖剣の行方も頑張って探しとるけど苦戦中や。そろそろ何か掴めるかもって言ってたけどな」
でも、とアストックが笑いながら付け足した。
「ぶっちゃけどう考えてもキミ、無罪やな!気になるのは聖剣の行方が分からんっていうことや。人間が盗んだら確実にエリネの占いで分かるからな」
明るく冗談でも言うように放り出された、アストックの言葉。だけど、それが俺たちに深く刺さった。
立ち止まった俺に、ニコラが同じような表情で見つめてくる。シルもアストックの言葉を理解して、アストックを振り返った。
アストックは口元をにやにやさせている。俺は、自分の無罪がほぼお墨付きであることよりも、その後の方が気になった。
「…人間が盗んだら、分かるっていうのは」
「ああ。人間がいくら頑張っても、聖剣の力をごまかすなんて無理や。なんせ、聖剣と同じくらいか、聖剣以上の魔力が聖剣を隠すのにいるんやから。
世界中の人間全員集まっても、聖剣の力には及ばんって言われとる。やけど、魔族ならちゃうやろ。魔族の持つ魔力はデカいで。
膨大な聖剣の力を塗りつぶして隠せるほどの魔力でも持っておかんと無理や。…と、そこまでは仮説で。あくまで『そうかも』の世界やねんけどな」
詳しいことはエリネに聞いてや、ゆうても最新情報がさっきのオレの仮説やねんけどな。
そう付け足して、またアストックは前を向いて歩きだした。
俺は頭を必死に回転させながらその後ろに続いた。…さっきの話なら、つまり…聖剣は魔族に盗まれてるかもってことか。
…まずいってどころじゃない!そんなことになったら、人間が支配されるなんてあっという間じゃねーか!俺は自分の無罪の可能性が高まったことを素直に喜べないってわけか…!
ニコラを見上げると、険しい表情をしていた。シルも、アストックの背を不安そうに見つめている。
「アストック、もし本当に魔族が聖剣を持って行ったなら、取り戻せるかな」
俺の問いに、アストックは振り向かずに答えた。
「…どうやろな、相手が問題やろな。それこそまた全面戦争が起きてもしゃーないかもしれへん」
そやけど、とアストックが強く言って振り向く。
「まだはっきりした結論は出てへんし、誰も何も言えん。やけど、ステイトがエリネに会えば、無罪かどうかはハッキリ言えるようになるで」
「…そう、だよな。あくまで仮説。俺が何をどうしてか犯人、って可能性も無きにしも非ず…か」
いっそ、そっちの方がいいかもしれない。俺が盗んでた方がましかもしれねーな。当然、魔族が盗んでた!と確定したところで俺は何もできないんだし…。
今やるべきことを。できることからやらなくちゃ。できないことをやれるわけがねーんだ。
「ありがとうアストック。俺、早く大神官に会いたいぜ」
「おうおう、エリネは人情派のバカ親切、それでいて大胆なそこそこの美人や。惚れてまうで」
……え?
俺は、『大神官』という言葉からすっかり爺さんやばあさんを想像していた。老齢のベテラン!みたいな。俺のポカーン顔に、シルが言った。
「僕も小さいときに出会ったけど、そのときはお姉ちゃんって感じだったからね」
「…爺さんとか、ばあさんじゃなくて?」
「そうだなぁ…今だったら、エッケプレのバネッサさんぐらいの歳かな…?20代後半ぐらい」
…わ、若!そんな若い人で大丈夫なのか!?せ、聖都の…つまり聖セレネ王国の第二権力者だろ!?俺の驚きに、ニコラが首を振った。
「人を年齢で見るな。俺も任務で見たことがあるが、しっかりした方だと思った」
「…な、なんかますます不思議だ…」
どんな人なんだろう。バネッサさんみたいなサバサバアネキ系ではないとは思うけど…。
そうこうしてるうちに、いよいよ湖が近づいてきた。ピッカピカタイルの町に突如現れる湖ってのも、また不思議だけど!
「さぁて、まずはお城やな!オレに着いてきてなーっ」
ばばん、と片手を挙げてアストックが城を指した。い、いよいよか。あと少しで、俺の一つの段落が終わるわけだ…!さっき、アストックに無罪だと言われたけど…やっぱりちゃんと大神官に聞かないと。
シルも弟に会えるんだ。ニコラも、俺のことを見届けられる。城を前に、俺たちは緊張した面持ちで立ち尽くした。
そんな俺たちを見渡し、満足そうにアストックが頷いた。そのまま、湖から城にかかる橋の真ん中を歩いて行く。
俺たちも、それぞれの覚悟と思いを抱えて顔を見合わせた。
…とうとう。ここまできた。
俺は橋の木を踏みしめながらアストックの後を追った。集中していた俺にはもう、町から聞こえてくる不思議な音楽も耳に入ってこなかった。
あと少し。もうちょっと。シルを安心させてあげられるまで。ニコラに胸張って無罪だと言えるまで。
…どうか、俺に教えてほしい。どうして俺が疑われたのか。本当に俺は何もしてないのか。そして、俺は何者なのか。
こつ、と足音が響く。さわさわと静かに流れる橋の下の湖に、少し視線を落としながら俺は先へ進んだ。




