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ルキスの剣  作者: 夜津
第一章 聖剣の喪失
23/131

22 野宿


 サァッ、と風の音が草原から上がる。夕暮れの空の下、俺は一人で草原に立っていた。

ニコラとシルは少し遠くの木陰で休んでいる。けど俺は休む気にもなれなくて、近くをうろうろしていた。


 あとどれくらい歩けば聖都に着くんだろう…もう俺疲れた。最近戦闘多すぎなんだよ!いいか、俺は兵士になりたいんじゃねーんだって!

ムッキムキになりたいわけでもないし、とにかく平和なダラダラ生活を送れたら十分!


 確かにこの旅に出て、思えばいろんなことがあった。初めての魔物戦…逃走。赤色王子様との出会い。コロシアムで馬鹿騎士から屈辱の敗北。精霊との戦闘。俺の素性の謎。

イベント多すぎだろ。寄り道しなかったらもっと早く聖都へ到着してたかも…だよな。これも縁か何かなんだろうかね?


 けど、まっすぐ聖都だけを目指してたら、こんなにいろんなことを知ることもなかったかも。弱いままだったかもな。それに、出会うやつにも出会えなかった。

夕暮れの空ってどうしてこうも、しめっぽい気持ちにさせるのか…たそがれるー。


 「あーあ、俺もめんどうなことしてんのかな」

 「グルルルル」

 「だよなぁ、このシンプルステイト君が珍しいよなぁ」

 「ガルルルル」

 「何だよ唸ったりして…オワッホアアアアアァッ!!?」


 ってウギャーッ!何か聞こえてくるなー、とか思ったら魔物じゃねぇかあああっ!奇声を上げて俺は跳びあがった!慌てて近くを振り向くと、フギャッ!何コレうさぎ!?

ウサギはこんな豚ぐらいのサイズじゃないしグルルルとか唸るもんじゃねーだろ!待てよ待てよ待てよナイフナイフナイフ!


 俺の奇声は届いてないのか、ニコラたちが駆けつける気配もない。うわっ、遠くに来すぎたか?だけど相手は一体!ウサギにしてはデカすぎる、なんか体毛がチリチリ電気を帯びてる魔物!

雷属性か?いや属性なんて俺には関係ないけど!くっそ、一人でやるしかないか!ついでにあの、氷漬けができないかの実験にしてやる!


 飛び退いて俺はウサギ魔物から距離を取る。真っ赤な魔物の目からはときどきビリビリッと文字通り火花が出る。狂暴すぎだろ!ダッと魔物は走り、俺に体当たりをくらわそうとする。

もちろん俺の素早さには勝てねーさ!ひら、と余裕で避ける。うん、避けるだけならいいんだけど。


 でもここで逃げても、この魔物はそこそこ素早いから多分追いかけられるな。走ってシルたちの休んでる場所にコイツを連れて行くわけにもいかない。

やっぱり戦うんですよねー、もうやだ帰りたい!


 「一日何戦させれば気が済むんだてめーらぁっ!」


 鬱憤を晴らすように勢いよくナイフを突き刺し、裂く!ギュイッと相変わらず気持ち悪い鳴き声が聞こえた瞬間、魔物の後ろ脚が俺を蹴っ飛ばした!

そんなにダメージにはならないけど俺を怯ませるには十分。着地して体勢を立て直したときには、ウサギ魔物の体当たりが炸裂した!


 ―――ドンッ


 「ってぇな!」


 もうぶちギレるぞ!俺はもう片手にもナイフを握り、ビッ、と構える。


 「氷漬け決定だてめぇ!何が電気ウサギだ、ウナギにでもなってから来いっての!!」


 うさぎさんに俺の叫び声が理解できたかは分からない。けど、俺はハズレ覚悟でナイフを同時に突き出しながら叫んだ!


 「凍りやがれ!リウ!」


 と、ナイフがグッサリ刺さる!魔物が悲鳴を上げる同時、また指輪がカチッと光る。すると、俺の手首辺りから何かグワッと衝撃が!それがナイフに伝い、そのまま外に飛び出すように…。


 ―――シュンッ


 「…で、できたのか…っ?」


 一瞬だった。それは、ナイフをギラリと煌めかせて音を立てる。俺は見たぞ、ナイフを突き立てた周りの魔物の毛に霜がついてた!

…ってしょぼい!案の定、落胆していたところバヒューンと俺は再び後ろ足で蹴っ飛ばされた。わーっ、空が流れていく!


 「いってぇ…でも、いよいよ何かできてきたんじゃねーの?」

 

 ぼふっと柔らかな草の上に身を投げ出されながら俺はつぶやいた。ごろごろと転がる体を何とか止めて立ち上がる。遠くでまだ鼻息荒くする魔物は、俺を逃がす気はないらしい。 

いいぜいいぜ!俺もなんかできる気がしてきたぞ!またナイフを両手でしっかり握り直し、俺は片方を魔物の方へ突きつけた。

 

 「ウサギ野郎!俺の特訓台になってもらうぜ、覚悟しやがれっ!」

 「グルルルッ!」


 やっぱりこんな唸り声で体の大きなウサギさんは可愛くないと思いました。俺はちょっと残念な気持ちを抱えて、またウサギに向かって駆け出した…!




 …けっこう時間がたったころ。もう空も夕方を通り越してきた。まだ俺とウサギは死闘を繰り広げている。いい加減倒せよ、とか思うだろ!けどタフなんだよコイツ…!

俺が負けるわけないのは当然!けどこのお一人様モードのおかげで、俺はめきめきとあの氷漬けマスターに近づいている!


 まぁ、致命傷を与えるようなビキビキッはできてないけどな。キリッ。


 俺の凛々しい表情を華麗に無視して(てか表情の判別はつかないんだろう)、ウサギ魔物が俺にとびかかる!このまま逃げずにいたら、その体にまともに押し倒されるだろう。

そうなったらもうアウト。首根っこ噛みつかれたらジ・エンドだ!いつもの俺なら普通に逃げる、けど。


 そろそろ俺の見せ場だろ!いや、練習成果の発揮だ!思い切りナイフを引き、…まだだ、もう少し、と、魔物が十分に攻撃範囲に入った時!仕掛ける!


 「終わりだ、凍れ!リウ!」

 

 ピキーン!と指輪が輝く。俺は練習中に気づいて確信を得ていた。やっぱりこのリウってのには、トルメル語の彫られたこの指輪が深くかかわってるみたいだ。

瞬間、いよいよさっきまでの何度目の発動よりも強い『感覚』が俺の体を駆け巡った!


 ―――ビシッ!


 ナイフを突き立てた瞬間。俺の中にくすぶっているような『感覚』が外に、腕からナイフを伝って放出される!途端にナイフを刺さった場所から魔物の体が凍りついていく!よっしゃ!


 「成功だっ!きたーっ!」


 あのワームの時とは違って、随分薄い氷だったけど見事に魔物の体全部を氷がつつんだ!やったやった、できたぞーっ!とうとうできるようになった!!見ろよシル、ニコラ!

…って振り返ってもいないんだった。あああこの世紀の成功の場に立ち会ってもらえないなんて…!と俺が喜んだりがっかりしたりでぴょんぴょんしていると。


 ―――ガシャンッ


 「あっ」


 こ、こ、こっ氷割れたーっ!ウサギさん出てきたーっ!イヤッちょっと奥さん、あの子ったらあんなにビリビリ電気散らして!アラマー、反抗期なのねー!

って脳内井戸端会議してる場合じゃねぇ!すっかり油断してた俺にウサギ魔物は怒ったように勢いよく突進し、俺は再び草のじゅうたんへポーンッと吹っ飛ばされたのだった…。





 「おかえりステイ…ト…?」

 「よ、よう…」


 木陰でのーんびり座っているシルが俺を見て言葉に詰まった。うん、驚くのも分かる。ちょっと散歩してくるーって出てったのに、帰ってきたら頭にも服にも草まみれで傷だらけだったらびびるよな。

顔や腕にできた擦り傷をさすって俺は笑った。


 「魔物に出くわして、ちょっとな。けど、あのリウってやつ、ちょっとできるようになってきたぜ!今後をお楽しみに、だな」

 「本当に!?す、すごい…!」


 俺もシルの隣に座って、はぁーっと深く息をついた。


 「俺も本当にトレジャーハンターになるんなら魔物ぐらいつぶせないとな。聖剣を取り戻しても魔物は湧くし」

 「そうだね…ステイトがトレジャーハンターになったら、お宝買うね」

 「よっしゃ、待ってろよ!古代遺跡なり森の洞窟なりどこでも潜ってくるぜ」


 ああっ、旅!いいなやっぱり、夢が広がる…!遺跡に眠るお宝、洞窟に眠るお宝、まだ見ぬ海に沈む沈没船のお宝、…はぁ。感嘆のため息が出る。

俺がキラキラと空に広がる星を見ながらお宝に思いをはせてると、ニコラが向こうからてくてく歩いてきた。


 「あれ、ニコラ。森の方に行ってたのかアイツ」

 「焚火をするから薪を集めに行くって。僕も行こうとしたんだけど、休んでていいって言われたんだ。ステイトもいつ帰ってくるか分からなかったし」

 

 まぁ、森はちょっと遠いし、この辺は開けた草原だから視界もいい。シルが一人でいても、奇襲されるには不向きな場所だし安全だと踏んだんだろう。

シルも俺の言わんとすることに気付き、ああ、と首を横に振った。


 「僕は大丈夫だから!魔物が来ても暗殺者が来ても、喜んで戦うよ」

 「だ、だろうな…想像つく」


 シルの心からのにっこりに俺が凍りつきそうになった。うん、魔物が来たらボッコボコ、暗殺者でもボッコボコ。並みの奴じゃ、シルには勝てないだろう。

今度シルに戦いを挑むときは、それなりの覚悟をしよう。こいつは多分、うっかり手加減を忘れるニコラと同じだぞ…!

 ほんとにアイツ、手加減知らねーからな!容赦ない!まだシルはましだろうけど、バカニコラのはマジでシャレにならない!実際にぶっとばされた身として…!


 近づいてきたニコラが、小さく『っくしゅん』とやらかした。ぶふっ、と俺は思わず吹き出す。


 「ニコラ、くしゃみ可愛いな」

 「うるせぇ。誰か俺の噂でもしてやがるのか?」

 「…」


 俺かもー、とか思いながら、ニコラが薪を並べるのを見つめる。シルも手伝って、すぐにポン、と火をつけた。俺たちは火を囲んだり、近くの地面に別の松明を用意した。

魔物や動物避けだ。当然、火に強い魔物なら寄ってくるだろうけど…数も知れてるだろ。


 鞄から干し肉や果物を取り出してかじりながら、ニコラが言った。


 「夜は俺が見張っておくからお前たちは寝ていていいぞ」

 「そ、そんな。僕も起きてます」

 「シルは寝とけよ。別に交代でいいだろ」

 

 俺たちが口々に抗議しても、ニコラは穏やかに口元をゆるめて首を振った。


 「俺は仕事柄、こうやって魔物の出没しやすい場所で夜中に見張りをすることにも慣れている。

  それに、寝ていたらどこぞのバカガキが顔に落書きでもしかねないからな」

 「うげっ、何故ばれた」


 ぎろっと睨まれるのをふいっと無視して、俺も干し肉を噛む。最近は美味いモンばっか食ってたから、こういう素朴な食事も久しぶりだな。

硬い肉を引きちぎりながら、俺はニコラに言った。


 「それでお前が一睡もせず、明日また魔物と戦ったりしたときにへろへろだったら許さねーぞ」

 「そんなんで騎士が務まると思ってんのかお前は」

 「そうだけど、絶対に体調に響くだろ」


 ニコラが、はぁと呆れた。シルはそれを見て、ちょっと困ったように微笑んで俺とニコラの攻防を黙って見届けている。


 「あのな。それだと、交代したら全員が体調に響く、ということになるんだぞ。

  いいから寝ておけ。どうせステイト、お前が起きて見張りをしていても、魔物に襲われたら全員起こすつもりだろう。

  俺なら大体の魔物ならお前たちを起こす前に片づけられる。それともなんだ、俺の寝顔をそんなに拝みたいのか?」

 「こ、この!んなわけねーよてめぇの寝顔見てなんのメリットがあるんだ!」


 にやっと笑うニコラに俺は近くの小石をヒュンッと投げる。けど、かつんと地面に跳ね返ったそれは力なくニコラの傍に落ちた。

それをニコラは拾い上げ、そのまま後ろへ勢いよくヒュンッと投げ捨てた。な、なんだよ。


 そのままニコラは涼しい顔ですっくと立ち上がり、くるっと後ろを向いて魔剣を出した。それを一振りすると、もう闇が深まってきて薄暗い草原にまた闇魔法の閃光が走る。


 すると、遠くでギャンッと魔物の声が聞こえた。何事もなかったようにニコラはまた薪のそばにどかっと座って言う。


 「このように、結構狙われやすいんだ。シルヴェスタは魔法も使えるし武術の心得もある。だが、お前一人を戦闘に放り出すのは無謀だと自分でも分かってるだろう」

 「お前は俺の保護者かよ。俺だって、多少はさっき練習して、あの氷漬け使えるように励んでるんだからな」

 「毎回あの威力でそれができるならいいが、できないだろう?」

 「…うぐぐ」


 そんな、一日で発動させてマスターするなんてできるかよ。ぎりぎりと干し肉を噛む俺を横目に、ニコラが星空を見上げてゆっくりと言った。


 「シルヴェスタは、魔法一つ覚えて完全に使えるまでどれぐらいかかる?」

 「え、えっと。簡単なのなら一日で、ちょっと難しければ三日ぐらいは。本当に難しいのだと、1年以上苦戦しているものもあります」

 「魔法の才に長けてもこれだ。俺は武術派だが、新しく学ぶ魔法一つに納得するまで、一週間はかかる」


 意外だ。シルは確かに、魔法も武術もすごい。ニコラも、悔しいけど俺にとっては一番パーフェクトな人間だ。それなのに、やっぱり努力を重ねてる。

だったら俺だって仕方ないよねー、と甘えるわけにもいかねぇけど。俺の考えをなぞるように、ニコラが続けた。


 「ステイト、お前は自分なりにやりたいことをすればいい。どうしてもお前のやるべきことが夜の見張り番だっていうなら代わってやる」

 「…はいはい。ここは騎士団小隊長ニコラ・シフィルハイド様に全部お任せします」


 けっ、もうずっと夜の番してろ!明日の昼間に居眠りしながら歩くがいいさ!俺はブチッとまた肉をちぎってシガシガと噛む。…聖都でごちそう食べたい…。


 もう食べ終わる頃には辺りは真っ暗になっていた。すっかり野宿だから時計も何もないけど、まだ寝るには早い時間だろう。だけど、ニコラは明日の早朝にまた出発するつもりみたいだ。

そんなわけで、俺とシルは早く寝ることにした。毛布も何もない、固い地面での雑魚寝は俺は初めてじゃないけど、シルには不自由だと思う。


 ごろーんと焚火の近くで横になって、しばらく俺はごろんごろん寝返りをうったり星を見たりしていた。ニコラを時々見ると…こいつどこ見てんだろう。

いつ見てもどっか遠くの方をぼんやり眺めてる。その横顔が、パチパチと音を上げて燃える焚火の赤い炎に揺れていた。


 シルも似たようなもんだろ…と思ったら、爆睡!やっぱりか!前も思ったけど、こいつ睡眠に入る時間が短い!どうしたらそんなにすぐ寝れるんだよ…

いっそ羨ましい。俺はいろんなことが気になってあまりすぐには寝つけないし…。


 仕方ないから、俺はガッツリ目を開けてニコラを観察していた。そのうち飽きて眠くなるだろ、という算段。けど、ニコラは俺の視線にも気づかず、ぼーっとしている。

珍しい…。こいつは変なところでしっかりしてるから、こんな風にたそがれてんのを見るのは俺も初めてだ。

 

 気づくだろうか。俺は小声で、ニコラ、と呼んでみた。ぱち、と瞬きをして、ゆっくりニコラが俺を見る。シルが爆睡してるのを確認してから、小声で「何だ」と返してきた。

俺も何となく黄昏モードに入っていたから、小声でぼそっとしかしゃべれない。


 「もし俺が本当にトルメルの民なら、どうなるんだ」

 「…世界の歴史学者が目を剥くだろうな。シエゼ・ルキスの王もお前を丁重に扱うだろう」

 「そんなに変わんのか?」

 「そりゃ、そうだ。俺なんかじゃ手が届かない位置にお前は行けるさ」

 「…変なの。じゃあ、もしかしたらお前が俺に頭を下げる日が来るかも、ってことか?」

 「下げるどころじゃない。俺みたいな騎士じゃ、会うこともままならないだろう」


 心なしかそれが寂しそうに聞こえて、俺は思わず地面を見た。ば、バカだな。あのニコラだぞ?せいせいする、とか言うに決まってる。

仮に俺がトルメルの力を持ってて、条件に当てはまってたとしたって俺は何も変わることなんかないのに。シルの友達で、ヨーウェンさんのバイト、アリシアの兄貴分、ニコラの目の上のたんこぶであり続ける。

ユハの双子の悪い見本で、エッダの中での天使のオネーサンで、個性的な魔族たちの知り合い。ちょっとだけダメな過去をもってるだけ。


 それを失くすのが嫌なのかもしれない。だけど俺はもう、自分は半分ぐらいは普通の人間じゃないのかも、と思ってる。線引きされるのが悲しいとかじゃない。それによって何かが変わることが恐い。

じゃあ俺が何者かなんて分からないままの方がいいし、分かっても誰にも言わなかったらいい。自分でひっそりとしてればいい。当然、俺はそうするつもりだった。


 あーあ。めんどくせっ。俺は寝返りをうってニコラに背を向けながらつぶやいた。


 「ニコラは?」

 「…ん?」

 「俺がトルメルだったら、どう思うんだ?」


 俺はニコラが笑い飛ばして、何も変わらないと言ってくれるだろうと期待していた。けど、ニコラは沈黙する。重い静寂が漂って、軽く笑う声が聞こえた。


 「似合わねーな、と思う」

 「…は?」

 「クソガキの極みであるてめぇが、俺じゃ手の届かないような幻の存在だなんて笑わせる。似合わないにもほどがあるだろ」


 すぅすぅとシルの寝息と、パチパチと薪が爆ぜる音が夜の静寂に重なった。俺、今どんな顔をしてるんだろう?鏡がなくてよかった。

きっと俺、今自分じゃ見てられないような顔してるに違いねぇ。思わず吹き出して、口元がほころぶのを必死に止めようとした。


 「ばーか。やっぱりニコラはバカニコラだな」

 「…お褒めに預かり光栄だ」

 「…俺、やっぱりちゃんと自分のこと調べる。聖都でも、シエゼ・ルキスの王都でも、もっと資料のあるところでも…この聖剣事件が落ち着いたら」

 

 そんなことしなくてもいいのにな。無罪を確定させて、王様にあっかんべーかまして、ヨーウェンさんのところでまた働いて、ときどきユハとかに遊びに行って。

騎士の皆さんやらギルド所属の皆さんやらが頑張って聖剣の行方を探すのを適当に応援しながら、いつもの一般市民生活を謳歌すりゃいい。


 だけど気になるもんは気になる。ちょっとでいいから、自分のことと自分の力を知りたくなった。俺の言葉にニコラは小さく鼻を鳴らし、穏やかな口調で俺に答える。


 「誰も止めないさ。あんな死んだ目をしていたてめぇが自分のやりたいことを見つけただけで、俺はあの時てめぇを捕まえて良かったと思える」 

 「…リベンジはするからな。絶対にぶっ飛ばす。闘技場でのことも忘れんなよバカニコラ」

 「ああ。いつでも相手になる」


 不敵にニコラがにやっと笑ってみせたのを、俺はまた寝返りをうって視界の端に映していた。その首元に、俺があげたあのペンダントが揺れていた。

それがゆらゆらと振り子のように動くのを見てたら、だんだん俺も眠くなってきた。今だ、寝ちまえ。瞼を閉じて、周囲の音を聞きながら少しずつ俺は意識を沈めていった。


 おやすみ、と優しい低い声が聞こえた気がした。

 

  

 

 ガササッ、と草が揺れるような音に俺は目を覚ました。がばっと起き上がると、もう空の向こうが薄明るくなっている。ちょっと曇ってるけど、涼しい朝だ。

焚火の燃えカスが黒くまとまっていて、近くには荷物のカバンがある。シルもニコラもいない。あれっ、俺けっこう早く起きたつもりなのに。


 すると、さっきの草が揺れる音だったのか、近くに茂るちょっとだけ背が高い草のところから何か飛び出してきた。


 う、うさぎ!慌ててナイフを取り出そうとしたけど、よく見たらそれは電気を発することも、目が血走っていることもなく、ただの小さな可愛い野ウサギだった。

たまたま飛び出してきたのか?俺をちらっと見て一瞬動きを止めた。けど、慌てたようにまた草むらへ引っ込んで行った。


 そんなに俺、怖い顔してた?ちょっとショック。俺、王都でのんびりライフ送ってた頃は広場の鳩捕まえるのの名人だったのに…。鳩可愛いよな。


 ぽっぽっぽと鳴く鳩を思い出してほのぼのしていると、足音が聞こえた。くるっと振り返ると、シルとニコラが並んで草原から歩いてきた。

なんだよ俺を置いてけぼりにして…みたいな目で見つめると、シルがあははと笑いながら手を振った。


 「おはよう、ステイト!ちょっとニコラさんと戦ってたんだ」

 「へっ!?朝からこいつと!?」

 「朝でも昼でも夜でも俺は構わない。シルヴェスタがこのまま成長すれば、俺もそのうち負かされるな」


 ニコラがからりと笑い、シルがぶんぶんと首を振る。


 「とんでもないです。やっぱりニコラさんは強いな…全然魔法も効かないし、攻撃も防がれちゃうし」

 「シルヴェスタは攻撃を避けたり受け流すことがまだできていない。守りを覚えるのも重要だ」


 あれ。俺を置き去りに師匠と弟子が成立してる。ま、まぁな、二人はけっこう根っこでは似た者同士だと思うし…さ、寂しくなんて…!

楽しそうに訓練の成果を語る二人に疎外感を感じる…。め、女々しいぞ俺!俺は師匠なんていらねぇよ、無敵だからな!うん!寂しくねぇってば!


 俺はガサガサッとカバンから木の実を出して、目ざまし代わりにがぶっと頬張る。すっぱ!目が覚めるどころか、走り出しそうな味だ…!

ニコラたちも自分のカバンをあさり、爽やかに訓練後の朝飯を食べている。なんだよこいつらっ、ちょ、ちょっとうらやましい…!


 いいもん俺も後でやるもん。一人でできるもん。お一人様モードばっちこいだもん。じとーっとする目を止められず、俺は視線を落としてずっと果物ばっか食っていた。


 まだ朝日は昇らない。遠くが明るいだけの早朝。俺はすくっと立ち上がり、体をほぐしながら伸びをした。

うーん、朝の空気はやっぱいいな。澄み渡ってて、草原の生き生きした匂いをわずかな風が運んでくる。遅起きしたら、もうムッとする空気しかないし。

 それに、壁と建物に埋められた王都で過ごしてきた俺にとっては、やっぱり緑に囲まれて起きるなんて滅多にないことだ。新鮮!


 俺がそんなことをしている間に、二人も食事と準備を終えたらしい。シルが俺に声をかけた。


 「そろそろ行こうか!今から歩けば、お昼までには着けるかもしれないよ!」

 「いよいよ聖都か…!ひとまず旅が終わるんだな、あーっ長かった!たった数日なのにな!」

 「こら、浮かれてるなよ。油断してたらまたワームに食われるぞ」

 「うげっ。勘弁してくれよ…」


 人が爽やかにしてるところにとんでもない水を差してくるなこいつ…!ニコラを睨むと、涼しい顔でスーッと横を歩かれた。シルも、気をつけなきゃ!と両手にこぶしを作って気合いを入れている。

何はともあれ、今日中には絶対、聖都エリネヴィステに到着だ。


 俺の無実。シルの安全。ニコラの仕事。全部、聖都にたどり着けば一段落つくわけだ。感慨深いな。


 ニコラが焚火の後を踏みながら俺たちに言った。


 「もう少しして日が昇れば、また魔物が活発化するぞ。楽で涼しいうちに進む」

 「はいっ!頑張ろうね!」

 「おーっし!しゅっぱーつ!」


 俺とシルが並んで歩きだし、またニコラが後ろをついてくる。これで位置が定着してないか…?まぁバランスいいし、別にいいか!

このトリオでの冒険もあと数時間で解散だと思うとちょっと寂しいけど…。まだやることは山のように残ってんだからな!うん、めんどいから今は考えないでおこう。


 どんな町なんだろう、エリネヴィステって。聖都、魔法都市、学術都市…いろんな呼ばれ方してるけど。綺麗な街なのか?イメージでは派手そう。


 まだ見ぬ目的地に思いをはせながら、まだ明けきっていない朝の草原を歩いた。少しの曇り空の隙間から、明るい日の光が地面に繋がれるのを待ちつつ。

静まり返った道には、俺たちが踏む砂利の音だけがひたすらに響いた。

 


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