20 二度目の力
…。俺はもうすっかり意気消沈だ。背を丸めてとぼとぼと一人で町を歩く。そろそろ人通りの増えてきた朝10時ごろのエッケプレでは、どこからか人々の賑わいが聞こえてくる。
一方俺はできるだけその賑わいを避けるように、それでも不自然にならないように宿への道を急ぐ。
だって…これ…ロザが結局俺を着せ替え人形として結論付けた結果が、まさに女の子の持ってるお人形サンの服に近いフリル付きエプロンドレス。その上ロングブロンド。ピッカピカ。
赤のチェックを基調としたドレスに、やたらカッツンカッツン音を鳴らす靴!俺は童話の世界から出て来たのか、って見た目。
って、こんな女装した目つき悪い少年が童話から出てきたら子供泣くから!さっさと宿についてビリビリにするかフリマで売りさばいてやる!
それにしてもさっきから通行人の視線が痛い…いくら旅人が多いからって言ってもこんな服装で町ほっつき歩く奴なんてそうそうお目にかかれねーけど!
むしろ逆に怪しまれそうだ。今度ロザに会った時は絶対に八つ裂きにしてやる…っ!つかもう会いたくないんだってば!あんの野郎…!
今にも歯ぎしりしそうな俺の表情は多分この服に似つかわしくないだろう。そりゃそうだ。俺だってこんな恰好の女の子がすぐにでもキックかましてきそうな顔してたら泣く。
いいんだよ俺は男だ!俺がロザへの怒りをふつふつと燃やしていると、やっとこさ宿にたどり着くことができた。
基本的に宿は出入り自由。宿泊している客が、他の宿に泊まっている友人などを部屋に呼んだりもできるぐらいから見慣れない俺の今の姿でも止められたりはしない。
それでもロビーやカウンターにいる人たちにじっくりじろじろ見つめられながら、俺はカンカンと音高く磨き上げられた木の階段を上がる。
廊下をガッツンガッツン歩いて、ガチャーン!と勢いよく扉を開ける!どりゃ!
ってアレ?鍵、開いてるのか。ってことはシルたち帰ってきてるんだな。と俺が理解して真顔になった瞬間。
シルがぽかんとしてソファに座りながらこっちを見てた。ついでにそのまま来たのか、ニコラもいたけどすんごい無表情、仏頂面の極み。
…あ、そうか。誰?みたいに思われてんのか。シルが遠慮がちに微笑んで立ち上がる。
「あ、お部屋間違えたのかな?ごめんね」
「いや、間違えてねーけど…やっぱり俺に見えないのか」
なるほど。シルでも俺だと気付かないってことは結構しっかりと変装できてんのか…って喜ばねーぞ!ご丁寧に軽く化粧までしやがって!俺はずかずかと部屋に入り込んだ。
え?という表情で戸惑うシルと、完全フリーズのニコラの前でべりっとロング金髪のヅラをはがす。
「ったく!ロザの野郎、こんな服貸してくれなくてももっと別のがあっただろうに…!」
「えっ!?ステイト!?」
シルが持っていた杖をカターンと落とした。おいおいそこまで驚かなくたっていいだろ!俺は手にあるヅラをぶんぶん振り回しながら肩をすくめた。
「魔玉渡すついでに、服ないかって頼んだらこのザマだ!あーもう次に会ったら全力でボッコボコにしてやる!…ってニコラ、なんで固まってんだよ」
「……」
ベッドの上に投げ捨てたままの自分の服に着替えながら、俺はニコラを見た。シルもつられて見て、そのフリーズっぷりにぎょっとする。いや、こいつ凍ってんの?
シルが、ニコラさーんと声をかけたりゆすったりしてるけどダメだありゃ。何がお前をフリーズさせたんだ。
着替え終わった俺はヅラとエプロンドレスを放り投げ、ニコラに近づいてみた。こいつどこ見てんだ、ほんと固まってる。
…今ならいけるかもしれん。俺はそーっとニコラの服のポケットに手を忍ばせて、
――バシッ
「いって!」
「…つい反射が…」
う、動いたぁぁぁっ!ハッとしたようにニコラが俺の手をひっぱたいてから目をこする。な、何だよいきなり動くなんて!いけると思ったのに、手帳奪取…!
ニコラが、叩かれた手にフーフーする俺をじっと見た。な、何か?と思って顔を上げたらぷいっと目を逸らされた。…分からんやつ。
「それにしてもびっくりした!いきなり知らない女の子が来たと思ったら、まさかステイトだったなんて」
あはは、とシルが頭をかく。ふわりとサラサラの赤い髪が揺れるのを見ながら、俺ははぁとため息をつく。
「あのまま帰って目撃情報とか出たら面倒だったしな…仕方なくだ。あ、そんなわけで魔玉の回収完了。もうロザには渡したから、さっさとこの町を出たほうがいいかもな」
「そうだね、また僕とニコラさんに連絡が来ても困るし…。とりあえず、ステイトが帰ってくるまで僕とニコラさんは準備を終えたよ。
ステイトが大丈夫ならもうすぐにでも行けるけど…ニコラさん、大丈夫ですか?」
シルがニコラに穏やかな表情で問いかけると、ぎこちないままニコラが頷いた。
「あ、ああ。俺も自分の宿泊していた宿にはもう代金を払っている」
「じゃ、俺ももう大丈夫だ。あ、ロザからもらった服…まぁいいや、わりと薄っぺらいし持っていこ」
ここで服を手放したら、見つかった時に『見慣れない女が着ていた服だ!怪しいぞ!』なんてことになりかねない。荷物にも空きはあるし、仕方ないから持っていこう。
適当に袋につっこんで、俺も自分の荷物を整頓した。慌ただしいな、全く!
シルが先に部屋を出て、ニコラが続く。俺も忘れ物の確認だけして、さっさとその後を追った。
これで魔玉盗難事件のほとぼりが冷めるまで、エッケプレにはしばらく来れそうにないな…談話室とか、レストランとか、まだ行ってないエリアもあるのに…!惜しい…!
でもいずれ、また自警団のバネッサさんに挨拶に来たいし。何より聖剣盗難の疑いが俺にはかかってんだ。さっさとそれを晴らして堂々と来れるまでお預けだな。
宿の代金を払い、俺たちは特に店にも寄らず町を進んでいった。門の方を目指して歩きながら、俺はシルに聞いた。
「俺が騒ぎを起こしたとき、どんな感じになってたんだ?」
「僕たちが議員の人ともめてるときに窓が割れる音がしたんだ。すぐ外がざわざわして、議員さんは真っ青だったよ。
少しして使用人の何人かが部屋に来て、泥棒です!って伝えてた」
想像通りだな。後はもう騒がしくなったから、来客であるシルたちは追い返されたんだろう。シルが、そういえば、と付け足す。
「泥棒は少女だって言ってたよ。けど、羽が舞う2階の部屋から飛び出して消えたんだって。だから、議員さんのお孫さんが天使さんだって叫んでたみたい」
「随分ひねくれた天使なんだろうな」
「あはは、いい天使だと思うよ?お孫さん、使用人の人たちに『天使さんを追ったらダメ!』って何度も頼んでたし」
「…あの子にいいことが起きればいいけどなぁ」
笑いながら歩くシルの隣で、俺はエッダのことを考えた。泥棒をかばうなんて、ザッツヘイネ氏からしたらとんでもないことだろう…。
俺が原因を作っておいてなんだけど、どうかエッダにいいことが起きればいいなぁと俺は信じてもないカミサマにちょっとだけ祈った。
俺とシルの後ろについて歩くニコラは、相変わらずぼんやりとしているみたいだ。…そんなに俺の女装、気持ち悪かったのかよ。
別にへこまないけど、俺も対応に困る…。ニコラはあのヘラヘラニヤニヤと俺にちょっかいをかけては、いつも余裕ぶってるような奴だ。変なの。
結局俺は、そんなニコラの態度につっこめないままエッケプレの出入り口である門をくぐった。
文化の交差点で華やかなエッケプレとはこれでひとまずサヨナラだな。今度来るときはしっかり遊び倒そう。
もう太陽は高く昇り、森と草原が続く遠くまでさんさんと照らす。しかし、数日ずっといい天気が続いてるから心配だ。
だってさ、バネッサさんの話だと、この聖都まで続く道を魔物を倒したりしながら歩いて行ったら1日かかるって話だったんだ。どうしても夜を明かさないといけない。
途中に休憩小屋とかあったらいいけど、地図には特に目印もない。そんなときに天気が崩れたらめんどくさいこと極まりないからな…。
基本的に聖セレネやシエゼ・ルキスは大陸の中心にあるから、穏やかで落ち着いた気候が特徴だ。でも雨だって降るし。濡れるのはあまり好きじゃない。降るなよ雨!
といっても、今の状態なら雨も降りそうにない。空は高く青く、薄い雲すら見えないピッカピカだしな!
ざく、ざくと雑草が生える砂道を歩きながら、俺は辺りを見回す。たまに岩陰や森の木々の影に魔物の姿が見えるけど、特に襲ってくる様子はない。
無駄に体力を使うと後で困るのは当然だし、普通に考えて、自分から進んで魔物なんか倒したくねーよ!少なくとも俺は!
けどシルはちゃっかり杖を片手にニコニコしてるし、ぼんやりしてたニコラも魔物が出る草原に出たからか、ちゃんと周りへの警戒を怠ってない。
なんだよ、そんなに魔物も来そうにないな…と俺は油断していた。すると、どこからともなく音が聞こえてくる。…これは?
―――ズズズッ
「ん?何の音だ?」
「…音はするけど…何もいないよね…?」
俺とシルは、どこからか聞こえてくる音に顔を見合わせて首をかしげた。と、そのとき!ニコラが魔剣を出現させてあの黒紫のオーラを噴出させた!
「!?」
「下だ!後ろへ跳べ!」
言うなりニコラが魔剣を地面に突き刺した!同時に地震みたいな衝撃に、地面が揺れた!うわわ、なんだよ!?俺とシルは後ろへ跳んで距離をあけてから武器を構える。
ズゥン!と音がしてニコラの剣が刺さる地面が盛り上がり、そこから馬鹿でかい何かが飛び出してきた!なんだ!?
ニコラは剣を抜き、一歩下がる。チッ、と舌打ちが聞こえてきたのが耳に入る前に、俺は絶句した。
そこには、俺が腕を回しても一周できなさそうなぐらいに太い、巨大なミミズかヘビみたいな魔物がいた!地面から体を出し、シュウウ、と気持ち悪い音を立ててる!恐い怖いコワイなんだこれ!?
しかも長身のニコラよりも高く体を出してるのに、まだその魔物の体は地面に埋まってる…どんだけデカいんだ!
「こ、こいつ何!?」
「土属性の魔物、グランドワームだ。…こいつは厄介だな」
ニコラが剣を構え、そのぶよぶよしたワームさんとやらに思い切り斬りつける!けど、ぐにんと開いた傷はまたすぐに修復された。
「冗談じゃねーぞ、こいつ!も、もし騎士団の仕事で来てたらコイツ討伐するのに何人いる!?」
「普通は逃げるがやむを得ないなら魔法使い3人は欲しい。当然武術に秀でた者も…5人は欲しい」
「よし逃げよう!おいシル目ぇ輝かせてる場合じゃないんだって!」
ニコラが珍しく、焦ったようにワームを見上げてる。その横でシルがキラキラと輝く赤の目でワームを情熱的に見つめている…いやっ、シルってば戦ってる場合じゃねーって!
俺がワームの横を走り抜けると、突然目の前にまたズボッとワームさん2号が!って、これ尻尾かよ!
ヒィッ、と情けない声を上げて俺が飛び退くと、ニコラがガチャ、と剣を構えなおして叫んだ。
「こいつらはこの辺りの魔物の中でも特に強い部類だ!そうそう見過ごしてくれるわけがない…仕方ないが、ある程度戦って弱らせてから逃げるぞ!
シルヴェスタ、できれば水魔法を使ってくれ!火はそれほど効かない!」
「わかりました!」
シルが少し離れたところですぐ詠唱を始める。ワームがそれに気づき、邪魔しようと体を伸ばす。それをニコラが魔剣をぶつけて邪魔した!うわ、見てるだけでハラハラじゃねーか!
俺どうすりゃいいんだよ!俺はニコラとシルがいる場所から、ワームの上半身を挟んで反対側にいる。目の前にはワームの尻尾が伸びたり縮んだりを繰り返しててもう…逃げたい逃げたい逃げたい!
半ばヤケになって俺は両手にナイフを構えた。ああっ、この!ザクザクッとワームを切り裂いてもすぐ再生される上に…この感触、気持ち悪すぎる!
ニコラが闇魔力のオーラを飛ばしながらワームを切り裂くけど、魔力を付加していてもあまり深手にならないらしい。俺に怒号が飛んだ。
「ステイト!直接攻撃じゃあまりこいつはダメージを食らわない!その割にこいつの攻撃方法は直接攻撃しかない!
お前は退いていろ、シルヴェスタと俺でやる!」
「な、何言ってんだ、俺も…!」
わ、分かるけど!魔力を付加した攻撃や魔法攻撃でないとダメージにならないってんなら、俺はお荷物だ…!だからってこんな強敵、一人で逃げて傍観するのも…!
けど、ニコラが俺の方をきつい目で見て、ワームの体当たりを剣で防ぎながら叫んだ。
「お前が無理に戦っても無駄に怪我するだけだ!お前の怪我で余計に足を引っ張るつもりか!」
「…!」
俺は雷に打たれたようにピシッと立ち尽くし、その言葉を何度も頭の中で響かせた。足手まとい。確かに、その通りだ…。
逃げたいのは本音。けど、逃げたくない自分もいる。必死に苦手な水魔法を詠唱し、細々と発動するシル。シルをかばいながら不利な戦いをするニコラ。
それなのに俺だけ、見てるだけなんて。まるで、これじゃ…。
―――バンッ!
突然目の前のワームの尾が、俺の胴を強く打って叩き飛ばした。衝撃と激痛が走り、俺の体が吹っ飛ぶ。ニコラの叫び声が聞こえた。でも、なんか俺は突然のことで理解できなくて。
ぐるぐると頭の中に、『足手まとい』の言葉が回る。二人は強くって、俺も頑張ったけど…こうやってミミズ野郎にぶっ飛ばされるだけ。
酷く鈍く見えた。どさ、と地面に叩きつけられた痛みが体中を駆け巡る。バシュン、とシルが放つ魔法の水飛沫が跳び、ワームがギギィと声を上げる。それでもまた、持ち直してシャーッと威嚇の音を漏らす。
シルはひたすらワームだけを見て詠唱している。ニコラは、顔をゆがめてブワッと黒紫のオーラを溢れさせて叫んだ。
「…ふざけるなっ!!」
ガシュン、と闇魔力で固めた剣がワームに刺さる。ギィ、と悲鳴が上がり、ワームがのたうつ。
俺は、俺は。どうしよう、か?体…痛いな。なんか、くらくらして立ち上がれねぇ。意識はあるのに何も見えなくて、酷くぼんやりする。
「……(嫌だな)」
その時、ニコラがうめいた。ガスンと音がし、何かが叩きつけられる音がする。あのニコラが、押されてる。シルの懸命な詠唱がさらに焦るように加速した。
「…(二人に任せてばかりは)」
―――俺にも、何かできることを!
バン、と俺の頭で何かがとんだ。目が開く。そこからはただ、揺れる景色が見えて。俺の体はこの意識に反してゆらゆらと歩き出す。どこに行くんだろう?すごく他人事のように見えるし体も重い。
何かに操られてるような感覚だけど、これが俺自身の意思でもある気がして…、けどよく分からない。
魔物に歩み寄り、俺の手が伸びて、さっき俺を見事に叩きつけてくれたワームの尾に触れる。ビチッ、と尾がまた跳ねるけど、俺はそれに動じず叫んだ。
今回はハッキリと、俺も自分が何を言っているのかが聞こえた。朝の魔物集団との戦闘と同じ感覚が体を駆け巡り、視界の端で指輪が強く輝く。
「凍てつけ、失せろ!リウ!!」
―――ガキンッ!
俺の手を伝い、何かよくわからない力が放出された。そのあたりで、今度こそしっかり『俺』の意識がちゃんと体に戻ってくる。
目の前にはビキビキと凍りついていくワームがいた。やっぱり俺が凍らせたのか、とどこか他人事の続きを見ているように俺はその様子を眺める。
地面の下まで氷がビシビシと音を立てて這い進む。俺はそれをただ見つめていて、詠唱をやめたシルにも、剣を止めたニコラにも視線を送ることができなかった。
やがてニコラの目の前にいるワームの上半身が少しずつ氷に覆われ、完全に氷漬けになった瞬間。
―――バキッ!!ガラガラッ
…割れた。呆然としていた俺もその頃にはちゃんと理解した。やっぱり俺は…魔法じゃない何かの力を、使える…!
突然氷漬けになって割れて消えたワームに呆然とするのは俺だけじゃない。シルがまた杖をカターンと落とし、ニコラまでその剣を持つ手に力が入らないのか、わなわなと震えている。
…どうしてだろう?何が俺に、謎の氷漬けの術を発動させてるんだろう?いつも使えたら便利なのに。
自分の手を見つめ、俺は首をひねった。と、ニコラが小さく声をかけた。
「ステイト、さっきのは…」
「…俺もよくわからない。朝も魔物と戦ってたらできた。けど、魔法じゃないみたいなんだ。…これで2回目だけど…何なんだろう」
さっき、指輪が光ってたよな。もしかしてこの装備が発動の鍵になってるとか…?けど、そもそも氷の術が魔法じゃないなら何だってんだ?
いつかちゃんと向き合わないといけない問題だ。俺が顔を上げたとき、ゴトンと何かが落ちる。
あ、コアか!茶色のそれはごろごろと転がり、ごつんと俺の足元にぶつかって止まる。…子供の頭ぐらいの大きさはある…こんなのを、俺が?やっぱり信じられない。
シルが俺に駆け寄って、泣き出しそうな表情で言った。
「ごめんねステイト、僕がもっと速く詠唱できてたら…!」
「いや、シルはすげぇよ。俺こそ何もできなくてごめんな。ケガは大丈夫だ」
こいつはいつも自分を責めるよなぁ。俺が足引っ張ってるだけなのに。シルはいつも、誰に対しても優しいからときどき心配になる。
そういえばワームに叩きつけられた胴ももう痛みは消えていた。相変わらずの治りの速さに俺はもう苦笑する。こんなに早く治るなら、俺もう不死身じゃね?
良かった、と息をつくシルの後ろから、ニコラが剣を持ったままざくざくと歩いてきた。…やっぱり。思った通り、ニコラはかなり真剣な表情だ。雷が落ちるかも。
ニコラは低い声で、俺に言った。
「さっきの術は、お前にも分からないのか?」
「うん。心当たりも何も…。あ、でも指輪が光ってたっけ」
俺は指輪をはずしてニコラに渡した。ニコラはがっしりとした指でそれを摘まみ、よく見てまた俺に返す。
「…でもさ、聖都で大神官とかに聞けば何か分かると思うし。とりあえず助かったー、でいいのかな」
なんとなくこれ以上追及するのが俺は恐くなった。なんで『恐い』と思ったのかは分からねぇけど…。なんだろう、奥底の何かを掘り当てる気がした。
ニコラは何かを言いかけて、また口を閉じる。けど、意を決したように俺とシルを真剣なまなざしでしっかり見つめてから重々しく口を開いた。
「…昔、まだ境界戦争をしていた頃。魔族を退ける、魔力ではない特殊な力を持つ一族がいた。
その一族がトルメルだ。前にお前が、この指輪を鑑定したときに聞いたものだ。俺には…その力が、トルメルの民だけが使えると言われている力にしか思えない」
「それって、どういう…」
「確証はないが可能性としては十分にありうる。ステイト、お前はトルメルの民の生き残りなのかもしれない」
俺はニコラの言葉を何度も頭の中で繰り返した。もう絶えてしまったと言われている、伝説の中での…絶海の孤島に暮らしていた一族。
ニコラのその言葉の意味をしばらくしてからようやく理解し、俺ははぁ?と思わず間抜けた声を出した。い、いやっ、そんなわけないだろ!
俺が知ってるトルメルの民ってのは…確かに俺も同じように、『魔力を持たない』ってことだけど…。
魔力でない『力』を持つなんて、あの爺さんは言ってなかった。
シルが黙って俺とニコラをかわるがわる見つめた。きっと、声をかけようと言葉を探してるんだろう。俺だってどう反応すりゃいいか…。
まずは何を突拍子なこと言ってんだ!ってとこか?俺が魔力を持たないのはそうでも、そんな幻みたいな一族の生き残りなんて思えない。
というか、俺みたいなのがそんな一族の生き残りならもう…申し訳なくて洞窟に引きこもりたい。
かといって、ニコラの言葉を全否定もできない。俺の両親は不明だし、さっきの『リウ』っていう氷漬けもよくわからないまま。
俺は、反応を待つニコラに首を横に振るしかできなかった。
「いきなりそんなこと言われても分からねーよ。絶対に、そうじゃない可能性のがデカい!どっちみち、本当にそうなのか調べるなんてできないし」
「…聖セレネにはあまりトルメルについての文献は残っていないだろう。境界戦争で活躍したトルメルの男についてなら、シエゼ・ルキスに戻れば資料がたくさんある。
お前が気になるなら、聖都で身の潔白を証明してからシエゼ・ルキスの王都で調べればいい」
ニコラがそういって、フォン、と魔剣を消した。俺はワームのバカでかいコアを抱え上げ、どうしようかと途方に暮れた。シルがそっと小声で俺に囁く。
「…さっきの、『リウ』も気になるけど…確かに今は、早く聖都に着くことが一番だよね。もしステイトがトルメルの民について気になるなら、僕も手伝うから」
「ん…ありがとな。けど俺、なんとなくまだ知るのが恐いというか…。…いや、まずは聖都だ。俺の素性以前に、聖剣の問題のがデカいんだし!」
な、と俺が明るい表情で言いながらコアを空いてた袋に詰め込むと、シルがこくんと頷く。ニコラもその後、俺に声をかけてきた。
「トルメルのことは今は気にしない方がいいかもしれない。突然混乱させて悪かった。
それから…さっきのように危なくなったら、シルヴェスタと俺を頼れ。俺たちが不利な戦闘なら、お前に頼ることになる」
さっきは焦っていた、とニコラが少し目を伏せる。俺も、ニコラが俺のためを思って言ってくれたとは分かってる。だから何も言えず、頷くしかできなかった。
俺が頷いたのを見て、ニコラはやっと表情を緩めた。それを見上げて、俺もちょっとだけほっとする。
俺にとって、シルがにこにこして何事にも新鮮そうに、楽しそうに触れていく姿が日常。
ニコラが俺に軽口をたたいて、いつも余裕ぶって俺をからかったり…悔しいけど、頼もしい姿を見せてるのが日常。
俺だって、こんな難しいことを考えるのは嫌いだ。俺は俺!まだ弱くたって、足手まといなんて思われないようになってやる。
誰かをかばったり守る力がまだ俺にはないかもしれないけど…。それでも、俺だって!
ずっしりとしたワームのコアの重さを感じながら、俺はまた再確認する。いつかちゃんと調べよう。あの氷漬けの力のことも。
俺はそれを荷物と一緒にまとめて担いだ。よっしゃ!俺は今のことに向き合わないと!なんだったら、この道中にあの『リウ』をマスターする勢いでやってやる!
「さて、行こうぜ!もうあんな巨大ミミズ倒したんだから残りは雑魚だ雑魚!蹴散らすぞ!」
「うんっ、僕に任せて!」
「…さっきまでしおらしかったくせに、よく言う」
「うるせーニコラ!ぜってーにあの氷漬けマスターしてやるんだからなっ!」
シルが、復活した俺の隣で拳を天に突き上げる。ニコラはまた、俺に軽く笑って言った。俺はジメジメモードを長引かせないぞ!
俺のシルの真似をして、短剣を天にビッ、と勢いよく突き上げた。きらりと日の光に指輪が輝く。
俺にはまだ分からないことがいっぱいある、けど。一個ずつ、やらなきゃいけないことから進めて行けば自然に見えてくる気がする。
まだだいぶある聖都エリネヴィステへの道をまた俺たちは歩き始めた。
頃はまだ、お腹を空かせるにも早い午前だった。




