18 魔玉
俺は、何かとんでもないことをしてしまったみたいだ。
魔法を使えるはずない俺が、魔法…みたいな何かを。魔物を氷漬けにしてバキーン!って。
…でも俺の魔力受け付けません体質は相も変わらず…。いったい何だったんだろう、やっぱり俺じゃなくて他の誰かがひっそりサポートしてくれたんじゃね?
すっかり困惑するシルとバネッサさんに、俺は笑顔を作って見せた。
「ま、なんかよく分からねーけど…!あれだろ、たまに覚醒してピカーン!みたいな、な!」
「いまいち納得できないよ…」
「あたしはまず、あんたの体質とやらから分からないんだけど?」
もやもやー、とした表情で杖を握るシル。と、『あたしが理解するまでちゃんと説明してもらおうか』みたいな笑顔を浮かべるバネッサさん…恐っ!
俺は簡単に、自分が魔法を受け付けない、ということを説明した。そしたらやっぱりバネッサさんは、はぁああ?みたいな胡散臭そうな顔をする。
「あたしは魔法苦手だからよく分からないけどさ、全く魔法を受け付けないわけないだろ」
「俺はなんか、特別なんだとさ。ユハの水の精霊から言われたから本当だと思うぜ」
「あんた、どんな知り合い持ってんだよ」
いやいや、成り行きだって。半ば呆れた表情のバネッサさんだけど、首を横に振ってパン、と手を叩いた。
「ま、いいさ!また時間があるときに考えりゃいい。それよりまだ魔物がうじゃうじゃいるんだ、すぐ行くよ!」
「は、はい!」
「へいへい」
気を取り直そう。俺もあんまり悩んで動きが鈍ったりしたらそれこそ教会からの棺桶だ。まだ召されたくねーぞ俺!
バネッサさんを先頭に、また魔物が多く湧いてる場所に俺たちは突っ込んだ。もう朝の体操どころじゃない!いつまでやるんだよコレ!
その場所で戦ってた別の自警団の男の人に、バネッサさんが「加勢するよ!」と声をかける。男の返事を待たずにまたバネッサさんが衝撃波を飛ばした。
いいな、あれ!どうやってやるんだろう、やっぱりあれも修行の賜物なんだろうな。
俺もシルも、負けじとガツンガツン魔物をぶっ倒していく。それでもあちこちから次々にわいてくる魔物にそろそろ俺も嫌気がさしてきた。
また一体片づけて、ふぅと息をつきながら聖都まで続いてるらしい砂道を見つめる。…ん?なんか向こうからまた一波きてるぞ!
「バネッサさん、また向こうから来たみたいなんだけど!」
「ああもう、めんどくさいね!あんたら気合い入れな!」
言いながらバネッサさんは激しく刀を振るって植物の魔物をみじん切りにする。シルが答えようと口を開く。けどその声は驚きに変わった。
「あ、あれ!」
「なんだ?」
突然黒の閃光が輝き、草原を駆け巡った。あちこちの魔物がそれにぶち当たり、ギャンと悲鳴を上げる。その閃光を追うように、一人の男が走り抜ける。
手にはもう禍々しくすら見える、黒と紫の混じったような色のオーラを放つ大剣。あれ、あの剣…。
「ニコラさんだ!」
「あ、あいつ!ほんとに魔物狩り来てたのかよ!」
もう背中しか見えないけど、あれは間違いなくニコラだ!あの戦闘バカもやっぱり来てたのか。俺たちから少し遠いところにいる戦士たちから声が上がる。
「あ、あの人たった一人で!無茶だ!」
「お前さっきのあの人の戦い方見てなかったのか!?俺たちから離れたところで一人で魔物を一掃だ、とんでもなく強い!」
「ま、まさか…あの方なら…!」
に、ニコラ殿…期待されておりますぞ…。けど、俺も魔剣を手にしたニコラの戦闘を見るのは初めてだ。悪いけど見学しよう。
いやっ、だっていつか倒すべき相手だし!前は呆気なくやられたけど、今回はしっかり観察してやるぜ…!
と、そのとき。遠くなったニコラの姿が一気に黒紫の光に消えた。お、おおっ!?それが、激しく光って、少し遅れて派手な音が俺たちに届く。
―――バリバリバリィッ!
「うるさっ!」
「す、すごい衝撃だ…!」
俺は耳をふさぐだけだったけど、見回すと何人か、ニコラの攻撃に中てられて膝をついたり顔面を蒼白にした。えっ、そんなすごい魔力なのか!?
シルも片目をつぶって表情をゆがめてる。バネッサさんは呆然とニコラのほうを見ていた。
そして、光が収まると。…嘘だろ!?あの魔物一波が…消滅してやがる…!
けどニコラはすぐには帰ってこなかった。その辺で何かもそもそと動き回り、やがてのんきに歩いて帰ってくる。魔剣は『空間』に送ったみたいで手元にはない。
ただ、手元には代わりにでかい麻袋がある。なんだアレ。
のそのそとニコラが歩いてくる間、俺たちも残り少ない魔物を片付けた。草原に平穏が戻ると、戦士たちの威勢のいい歓声が上がる。うるせー!
―――オオオォッ!
シルも、やったー!と言いながら杖を天へ振り上げた。バネッサさんもため息をつきながら刀を一度胸元で天へ構え、鞘に納めた。
「しっかし、あの黒髪の若いにーさん。強いねぇ、あんたら知り合いなのかい?」
「あれが言ってたゴリラ。強いだろ?ニコラってんだ」
「…ご、ゴリラ」
バネッサさんが聞いてきたから、俺は半開きの目で肩をすくめた。あーもう、強すぎだっつのバカニコラ。鬼に金棒とはまさにこのことじゃねーか!
あんなのに勝つなんて…俺ってば勇者、と思ったけどやっぱり負けるの悔しいし。やっぱりいつかコテンパンの刑だ。
戦士たちがドドドッと走ってニコラのほうへ行く。ニコラはそれに気づき、持ち前の爽やかイケメンスマイルで返した。くそっ、あの野郎!その笑顔腹立つからやめろ!
俺にはいっつもニヤニヤしたゲスい笑顔しかしないくせに…!外面が良すぎる、詐欺だ詐欺!
ヒーローインタビューかてめぇ、と俺がぎりぎりしながら見てると、ニコラが俺たちに気づいた。えっ、こっち来るのかよ。
ニコラは自分を囲む戦士たちに手で通してくれ、と合図を出しながら俺たちのほうに歩いてきた。シルがそれに気づいて、ニコラに頭を小さく下げる。
「おはようございます、やっぱり来てたんですね」
「ああ、おはよう少年ども、と自警団の方か」
「バネッサ・ガルニカだ。さっきの見てたよ、あんた強いね!ただの旅人じゃないだろ?」
「シエゼ・ルキスで騎士を務めている。それにしても、エッケプレの自警団は皆逞しいな」
「自慢の戦士たちさ」
バネッサさんとにこやかに会話するニコラを、俺は呆れて見ていた。まーたニコニコしやがって。と思ったら、ニコラが膨らんだ麻袋を俺に突き出した。
「こんなものを喜ぶのはお前ぐらいだからな。ついでに土産だ」
「は?なんだよコレ…って、コアじゃねーか!さっき倒した奴らのか!」
うわわ!袋の中には指先に乗りそうな奴から拳大ぐらいのものまで、色も大きさもバラバラのたくさんのコアが入ってる!くれんの!?まじで!
もしかしてさっきもそもそ動き回ってたのは、コア拾ってたのか!
「おっしゃ!たまにはいいことするじゃんかバカニコラのくせに!うっひょー、これ売ったらいくらになるかな、シル」
「えっとー、…今持ってるお金ぐらいにはなるかな…?」
シルも袋を覗き込んで、うわー、と感嘆の声を上げた。おっ、売れば持ち金2倍か!よし、町に戻ったら即売り飛ばそう。ふっふっふ!
バネッサさんが小声でニコラに問うたのが聞こえてくる。
「いいのかい?」
「ああ、俺もこいつらのお守りだからな。それに、俺は金に困ってないし、こいつみたいにがめついわけじゃない」
聞こえてんぞ。まぁ否定しないけど。いや、否定できないけど…!シルが隣でのほほんと笑った。
「しかし、この魔物の襲来。毎日こんなに激しいのか?」
ニコラがバネッサさんに聞くと、バネッサさんは難しい顔で首をひねる。
「いや、さっきみたいに次々に一波くるってのも珍しいね。数日前から格段に増えてるけど…」
「…やはり、」
ニコラが俺をちらっと見る。うっ、分かってる!聖剣の影響だろ!誰だよ盗み出したやつ…!見つけたらどうなるか分かってんだろうな…!俺の怒りを全身で受け止めてもらうぞ!
けどニコラはバネッサさんにその話をしなかった。ちょうど向こうから、バネッサさんを呼ぶ自警団の若い男が現れる。
「バネッサ、次の魔物の襲来に備えて会議するらしい!」
「あ、ああ!すぐ行くよ!…ってなわけで、ろくに礼も言えなくて悪いね。ステイトとシルヴェスタ、また会えたらゆっくり話、聞かせてもらうからね!」
「はい!」
「それまでに詳しいことが分かればな!」
バネッサさんはアハハ、と笑って、また食堂を出て行った時のように手を振り、自警団が集まっている方に走り去って行った。
見るとそろそろ戦士たちも町に戻ったり、果敢にも聖都への道を歩き始めたりしてる。とりあえずお開きみたいだな。あー…疲れた。もうしばらく戦いたくねー。
俺はニコラからもらったコアのつまってる麻袋を握りしめ、シルとニコラを見た。
「どうする?もう揃ったし、行くか?」
「僕は大丈夫だよ。荷物、宿に置いたままだけど…。ニコラさんは大丈夫ですか?」
「俺はいつでも大丈夫だ。俺も荷物はまだ預けてある」
んじゃ、いったん荷物取りに帰らないとな。あ、でもこれ。コア、早く売っておきたい。宿への帰りに売るか。
俺たちも、ぞろぞろと町へ帰って行く戦士たちと一緒に町へ戻る道を歩き始めた。それにしても麻袋…重い。これが軽く感じるまでは修行だな…。道のり長ぇ…!
市場ですぐ魔物のコアを買い取ってくれる商人を見つけ、換金してもらう。ふっふっふ、またこれでちょっとリッチになったな!ニヤニヤが止まらない俺にシルは苦笑。
そしてニコラはがつんと俺の脛を蹴ってきた。い、いてっ!こいつ!
「俺のひとときの幸せジャマすんな!!」
「お前な。『俺カネ持ってます』アピールしてどうすんだ、スられたいのか?」
「俺からスるやつがいると思うか」
返り討ちにしてくれる!目を細めてドヤ、とする俺にニコラはハァとため息をついた。まぁまぁ、とシルがほほ笑みながら言って、また俺たちは宿通りへ歩き始める。
けどその途中。人けのない細い路地の近くで、何か会話が聞こえてきた。
『…ってなワケで困ってんスよぅ、アネさん!』
『そう言われても困るワ。見ての通り、アタシ今怪我して療養中なの~』
『そんなぁ!カシラに怒られちまいますオレ』
『怒られればいいんじゃなぁい?それか、アナタが突撃しなさいヨ』
…。あれ。この声…。俺はふと立ち止まり、先に行きかけたシルとニコラも数歩進んでから立ち止まった。俺が『しー!』の合図をすると、振り返った二人も黙り込む。
つか、さっき路地から聞こえてきた声…。片方は困り切って今にも泣きそうな男の情けない声。けど、もう片方。独特なオネエ言葉、これ聞き覚えあるぞ!
『しっかしアナタもお馬鹿よネ。魔玉を落としちゃうなんて。それも、人間に持ってかれちゃったなんて』
『だから困ってんスってば!なんか、魔玉持ってったオヤジの家、侵入したくても変なバリア張ってて入れないんスよぅ!』
『あー、魔族封じネ。そんなものまだ残ってたなんて知らなかったワ。じゃあアタシが行っても無駄じゃないの~』
『アネさんならいい知恵貸してくれると思って…!』
『…分かったわヨ、アナタはもうその頭のとこに戻りゃいいワ』
その瞬間。バシュン!と音を立てて路地から何かが空へ飛び出し、すごい速さで向こうの空に消えて行った!って、なんだったんだよ!
「盗み聞きとはワルイ坊や…と思ったら、アナタ!」
――――バスッ!
うわ、何だよお約束か!突然路地から声の主が飛び出し、俺に勢いよく抱きついた!ああもう、嫌な予感してたけど!やっぱりか!
「ロザ!てめぇこの変態!聞いたぞ、魔族はひ弱なんだってな!ぶっ飛ばすから離れろ!」
オネエ魔族、ロザクオレ!妙な香水の匂いを振りまき、俺をホールドする背の高い美麗の魔族!一目見たら女の人、けど中身はただの変態オネエ!
また会うとは思ってなかったのに…!
ズガン!と俺の背後で音が聞こえる。あ、この音。俺がホールドされてる体をがんばって捻って見ると、やっぱりシルがあの冷えるような笑顔で杖を地面に叩きつけていた。
「また会いましたね、ステイトに手を出したら許さないと言いましたが」
「アラッ、赤色ナイトくんじゃないの!と、そっちは?随分イイ男、連れてるじゃない~」
うっぎゃあああ気持ち悪!つか離せ!腰に手回すんじゃねぇ、うぐっ苦し!
イイ男ことニコラは、あまりの突然のことにポカーンとしてる…けど、すぐフォン!と音を立てて魔剣を取り出し、構える。
「敵なら斬る。お前、何者だ」
「イ・ヤ・ダ・ワ~!こっちもナイトさんじゃないの!愛されてるワネ~、茶髪ボウヤったら」
誰が愛されとるんじゃ離せワレェ!薄紫の長いロザの髪が俺の方にも垂れてくる。うげー、切っちまえ!
ニコラは完全にロザを不審者認定したらしい。ぶわ、とあの黒紫の光が剣からあふれ出した。
アラ、とロザが驚いたような声を出す。
「魔剣じゃないの!しかもオリジナル!魔族の中でもブランド品なのに、よく手にいれたわネ~。あと、今日は別に戦いに来たとかじゃないのヨ」
あの、いい加減離さないと怒るぞ俺。もう怒ってるけどもっと怒るぞ。察したのか、ロザが俺をぱっと離し、意味ありげに俺にしか見えない位置から『ウフッ』と笑ってウインクした。
気持ち悪い!いらねーよそんなサービス!
俺は慌ててシルとニコラのそばに走って、ロザに対峙する。
「何の用だよ!」
「優しくしてちょうだい?アタシ、昨日アナタに蹴られた足がまだ痛むのヨ、それに赤色ナイトくんが撃った矢も頭に刺さって大変だったんだから!」
「シル、頭に命中だってよ」
「弓を学んでて良かったよ」
ぷん!と憤慨するように言うロザに、俺とシルは死んだ目で頷きあった。ニコラが俺に小声で聞く。
「昨日言っていた『魔族のオネエ』ってこいつのことか」
「ああ。ロザクオレっていう植物魔法の使い手」
ニコラは俺の言葉に、さらに警戒を強めた。けどそれを見て、ロザは長い睫を瞬かせて両手を上げる。
「だから、アタシは戦う気ないのヨ。ちょっと知り合いが落し物して困ってんのヨ。アナタたちも困るものだと思うワ」
「…はぁ?」
「それがねぇ…魔玉っていうんだけど、アナタたち知ってるかしら?」
知らん。俺はシルとニコラの反応を窺がったけど、二人とも知らないみたいだった。黙っていると、ロザが話を続けた。
「それがね、ちょうど拳ぐらいの大きさの透明な玉なのヨ。見たら宝の石みたいに見えるんだけど、それを落としたら人間が知らずに持ってっちゃったのヨ。
知り合いが奪い返そうとしたんだけど、その人間が住んでるのが魔族避けのトラップを張ったお屋敷みたいでどうしようもないのネ。
魔玉はすっごく貴重。しかも、そこにあるだけで魔物を引き寄せちゃうの!」
…!?ま、魔物を引き寄せるだと!なんつーはた迷惑な…!まさかそれを使って、町を陥れるつもりだったのか!?と思ったらそうじゃないらしい。
「魔族も、知性を持たないマモノがおびき寄せられるのにはめんどくさがって、魔玉なんてメンドクサイものは見つけ次第砕いて壊してるぐらいなのヨ。
けど知り合いってば闇市場の関係者で、どうやらソレ、商品になる予定だったみたい。
このままじゃこの町はずーっと魔玉がある限り魔物に襲われ続けるワヨ」
だから、とロザが俺たちの言葉を挟む隙もなく続ける。ぴ、と出した人差し指を口元に持って行ってニコリとする。
「もしアナタたちが暇なら、そのお屋敷に行って魔玉を取り返してくれないかしら、と思って。
別にアタシはどうだっていいのヨ、けど知り合いってばしつこいのヨネ」
「それ、ぶち壊してきてもいいんだな?」
「メンドクサイじゃないの、アタシが知り合いに頭下げるなんて。綺麗なまま取り返してちょうだい~」
お、横暴な!ニコラがずい、と前に出てロザに聞く。
「見返りはあるのか?」
「そうネ、この町が魔物に襲撃されることは今よりは確実に減るワ。あとは…アタシからキスとか」
「死ね」
「酷いワ、茶髪ボウヤったら!…そうねぇ、お礼…ふぅ、仕方ないワネ。
魔族のコインをあげちゃうワ。もしたちの悪い魔族に絡まれたら、それチラつかせばいいの。
人間なのに魔族のコイン持ってるってことは、何か魔族と繋がりのある人!と思われてヘタに絡まれなくなるワ」
そう言ってロザはポケットから小さな銀のコインを見せた。確かに、デザインとか見たこともない感じ。シルとニコラが顔を見合わせた。
「どうですか、ニコラさん」
「魔玉とやらのせいで、この町がいつも魔物に襲われるのも困るな。それにちょうどよく、こっちには『盗賊』がいる」
二人が一斉に俺を見る。おい!俺はもう辞めたぞ!良い子の皆のために、そんな良くない仕事は……って、あれ。今回はそのスキルがいるのか。
およそ、魔族避けを張り巡らせてる屋敷なんて町のおエラいさんだ。バネッサさんの話を思い出すと、きっと魔玉を持って行った人間は町の小議会の議員だろう。
ったく、めんどくせ!魔族を毛嫌いしてるってことだから、魔玉の話をしたって信じないだろう。それどころか、宝玉を騙し取りに来たな!とか言われそう。
だったらチャチャッと盗みに入って持ち出すのが一番手っ取り早い。魔物や魔族にピリピリしてる分、盗みに入られることはあまり考えてないだろう。
あーあ、盗賊復活か。でも町の人のため。議員はせっかく拾った綺麗な玉が消え失せて涙目だろうけど、ほっとくと厄介だしな。
「分かった!俺がやるから。もう今から行ってくる、ちょっとその前に準備するけどな。シルとニコラは宿で休んでろ」
「いや、僕も何か手伝うよ」
「俺が適当に用を作って、その屋敷に客として訪ねよう。それで使用人や屋敷の主を相手している間、ステイトが盗みに入ればいい」
えっ、そんなのいいのか?シルもニコラについてく、と言ってるし。確かに、人が分散するのはいいけど…。決まりネ、とロザが微笑んだ。
「屋敷までの道を教えるワ。アタシはずっとここで待ってるから、魔玉を手に入れたらまたこっちに戻ってきてちょうだいネ」
ロザが屋敷への道のりと、その屋敷の特徴を教えてくれた。それを頭の端にメモしながら、どうやって侵入するかを考える。まぁ昼間だし、窓開いてるだろ。
これは窓からコースだな。それに、泥棒避けの魔法とかがあっても俺には効かないから実際に人に見つかるまで気付かれないし!
も、もしかして今までの盗賊生活がけっこううまくいってたのはそのせいだったのか?基本的に、監視やサイレンなどを魔法でつけて防犯にしてるって聞いてたのに引っかかったこと全くなかったし。
なんだよ俺ラッキーだな!それでも誰かに見つかったらそこで終わり。しかも魔玉をどこに隠してるのか分からねーし。
結構長引くかも…。今日中に盗り返せるかな。そんな俺の内心を知ってか知らずか、ロザがお気楽に手をひらひら振った。
「じゃ、頼んだワヨ!茶髪ボウヤ、赤色ナイトくん、イケメン剣士さん!」
言うだけ言ってロザはさっさと路地裏に歩いて消えた。なんだよ放任主義だな!これで俺たちが捕まったらどうすんだ!
残された俺たちは、これからどうするか考える。ちょうどそのときに9時の鐘が鳴った。
「…じゃ、俺は変装とかしたりするから。お前らどうすんの?」
「できれば盗みに入らずに、穏便に事を済ませたい。無駄になるかもしれないが、俺とシルヴェスタで真っ向から対話に出てみるつもりだ」
「魔族嫌いの議員さんで、しかも落し物を勝手に持って帰っちゃってるなんて後ろ暗いかもしれないけど…。ステイトが危ない橋を渡らずに済むならそっちの方がいいからね」
もう二人の意見はまとまってたみたいだ。けど、真っ向から正直に『あの透明な玉は魔物を呼ぶんです!』なんて言って聞いてもらえるのかね…。
もしその議員が玉に愛着持ったりして、手放そうとしないなら俺の出番だな。ダメと分かったらその場ですぐ盗もう。後で盗んだらシルたちが疑われてしまう。
結局危ない橋じゃねーか。ま、俺が2年前までしてた生活よりはだいぶイージーモードだけど!俺の勘、鈍ってないといいけどな…うわ、心配。
「宿に帰ってからもう別行動だ。ステイト、お前は9時半に乗り込め。俺とシルヴェスタは15分後に行く」
「門前払いされるかもしれねーぞ?」
「市民にいいツラする議員が客を追い返すわけがあるか。いざとなれば、俺がシエゼ・ルキスの騎士だと明かせばいい」
自信満々にニコラが言う。確かに、戦いにおいても会議においても政治においても、ニコラはまだ若いくせに経験豊富だ。今回だって『大丈夫』と踏んでのことだろう。
こいつの性格上、かなりヤバい状態にならない限りは無茶しない。魔物を町に呼び込んでるっていう現状も、すぐに死人が出るようなモノじゃないからな。
シルも納得済みみたいだ。俺がちょっと不安そうな視線を送ると、にっこり笑って首を傾けた。
「大丈夫だよ、僕もしっかり話すから。さすがに僕は身の上を明かせないけど…ほら、見ただけで『異国人』って感じでしょ?
旅人を受け入れるエッケプレの町なのに、そのエッケプレの議員が旅人の話も聞かない、なんて悪いイメージつけたくないだろうからね」
ま、まぁそこまで言うなら。正直、俺がニコラとシルを心配するというよりは、二人のほうが俺を心配してるだろう。
けど舐めんなよ。俺は王都をすっげぇ(悪い意味で)騒がせた、人呼んで天才盗賊少年。今まではちんたらと魔物から逃げ出し、ことごとく情けない姿を見せてばかりだったけど、とうとう本領発揮の時間だぜ!
あと30分か。そろそろ急がないと。俺はニコラとシルに片手をあげて言った。
「じゃ、俺行ってくる!俺のことは気にしなくていいから頼むぜ!」
「おい、仮にお前が捕まったらどうするんだ」
「バカニコラ!俺が捕まるわけないだろ!」
ったく、あいつは!もうちょっと俺の腕前を信用しろっての!シルを見てみろ、いつもと変わらず「頑張ってね!」なんて言ってくれるんだぞ!やっぱ癒し!
俺は人通り少ない朝の町を走り抜け、荷物のある宿へ直行した。当然、俺はこの『依頼』をちゃんとやるつもりだ。たとえ頼んできたのがあのロザだとしても。
実際に町に魔物が引き寄せられてるならたまったもんじゃないからな!気持ち的には魔玉なんて見つけ次第ぶっ壊したいところだ、けど…魔族のコインも気になるし。
さて、いっちょやりますか!
俺は宿の階段を駆け上がりながら、これから後のことをイメージする。よし、成功するはずだ!余裕の仕事も気を引き締めてかかる、それがプロ!
なにより、あの疲れ切ったバネッサさんたち自警団やフリーの戦士、聖都から派遣されてる戦士が多少楽になればいい。
やるべきことを頭に思い浮かべながら、俺は部屋に滑り込んで準備を始めた。まだ朝。さんさんと晴れやかに窓辺を照らす光に、俺は少しだけ目を細めて持ち物をまたあさり始めた。




