16 トルメルの民の昔話
俺が慌ててシルとの待ち合わせ場所に戻ると、シルとニコラがそこにいた。ニコラは多分、俺が予めシルとの待ち合わせについて話したのを覚えてたんだろう。
それで先に行ってくれてたんだな、こういうときは気がきく奴だ。
俺がたったか走ってくるのをシルが見つけて、手を振った。
「ステイト!話は聞いたよ、お疲れ様ー!」
「遅くなって悪かったな。ニコラから話、全部聞いたのか?」
二人のところまで行って、シルに事情を聴く。すぐに頷いたシルは、いつもの穏やかな微笑みを浮かべて言った。
「うん。これから聖都まで着いてきてくれるんだよね、ニコラさん」
「ああ。よろしく頼む」
「おっけ、じゃ話が早い。そうだ、ニコラ。これ、証明書」
俺は懐から魔剣の証明書を取り出す。うーん、相変わらずいい手触りの紙…高級な紙って貴重だから、この証明書だけでも売ればバカみたいな大金に変わる。
俺から証明書を受け取って、くるくるとまとめるとニコラはそれをしまいこんだ。…お?そういやあの剣、どこにいったんだ?ニコラの手にはあのデカい魔剣の姿がなくなっていた。
「魔剣は?」
「魔武器は簡単な魔法で別空間に保存することができる。いつでもしまえて、いつでも取り出せるというわけだ」
ぼんっと音がすると、おおっ!確かに、何も手に持ってなかったニコラがあの剣を握ってる。便利だなー、魔法。
これだけデカい剣、ずっと持ち歩くよりはどこかにしまえる方がいいよな。またニコラはその剣を消した。
「でも、すごいですね。魔武器なんて、国家政府レベルで保管されるようなものだから…僕も実物を見るのは初めてです」
シルが興味深そうにその様子を見ながらニコラに言うと、ニコラは柔らかく笑った。
「俺も手にする機会が来るとは思っていなかった。またこの事態が落ち着いたら、元の持ち主に返さないといけないんだがな」
「そうだぞ。ニコラ、てめーの荒っぽい扱いで剣がぶっ壊れたりなんかしたら大変なんだからなっ!」
「そこまで魔武器は弱くないぞ」
ニコラは俺に、こいつ常識ないのかとでも言いたげな呆れた目を向けてくる。差別だ、シルにはあんなに丁寧に接するのに!つか、シルもこんな奴に敬語なんて使わなくてもいーのにさ。
もし俺が魔武器を手にしたら絶対に、真っ先に、光の速さで売り飛ばしてるな。うむ。だって武器を使って仮に傷めたら価値下がって売値安くなるし…!
おっと。そうじゃない。俺たちが行きたいのは掘り出し市だ。話を戻せ、俺。
「んじゃ、予定通り掘り出し市行くか。ニコラも来んの?」
「またどっかのガキが滑ってこけたりしないよう、見張っとかないとな」
にやり、と目を細めて笑う黒髪の騎士。ぎろり、と目をひん剥いて睨む茶髪の善良市民・俺。間でのほほんと笑って見守るシル。おいおい、ツッコミ足りねーぞ!
ほんとムカつくなニコラめ…!いつかコテンパンにしてやる!
そのためにも貴重な道具がないか、いざ掘り出し市だ。俺たちがさっきまで見て回ったのは一般市場で、それとは別のブースに掘り出し市がある。
ガルデの気遣いのおかげで、一つくらいなら掘り出し物も買えるかもしれない!それに、ミチテラシが落としてった指輪も価値のあるモンなのか気になるしな。
さすがに夜も深まってくると、どこからか酒臭ーい匂いが漂ってくる。道の隅にたまに酔っぱらいがいるからかな。絡まれないようにさくさくと俺たちは歩く。
さっさと歩いていたからか、すぐに掘り出し市の開かれている場所に着いた。小さな広場みたいなところに、テントやマットを引いた商人たちが自慢の品を並べている。
掘り出し市の品物の珍しさに集まってくる一般市民、一般旅人以外にも、けっこう身なりの良さそうなオジサンやらオバサンがいる。あれはセレブ層だな。
さーて。俺たちも見て回るか…と振り返ると、おやっ?シルもニコラもいない。慌ててきょろきょろとすると、…あ、いた。
ニコラは不思議な装飾が施された剣ばかりが並ぶテントの前で恍惚としてる…。やっぱ恐ぇよ!それと、シル。シルは…お前もか。魔法書らしき書物の並ぶテント前で目をキラッキラさせてる。
あいつら速いな。俺も何かいいものはないかなー、と一人でふらふら店と店の間を歩き回る。店の人もさまざまで、愛想よく手招きする人や、ぶっすりした顔でひたすら客を待つ人も。
俺はその中に、イヤリングやネックレス、指輪などを並べてる店を見つけた。麻布の上に品物を並べ、奥で白髪の小さな爺さんが他の品の手入れをしている。
この店で、あの指輪について鑑定してもらおう。俺はテント前にしゃがみ込み、爺さんに声をかけた。
「爺さん!鑑定してもらいたい指輪があんだけど、今大丈夫?」
「お、大丈夫じゃよ。どれ、貸してみなさい。小物売り歴70年のわしの目にかかればすぐじゃ」
超ベテランじゃねーか!俺はわくわくしながら古びた指輪を取り出し、爺さんの広げた手に落とす。爺さんはハンカチ越しにそれを摘まみ、丸メガネからじーっと目を凝らした。
爺さんすっげぇ真剣。黙って指輪を色んな方向から見たり、かすれて消えかけの彫られた文字を辞書を引っ張り出しながら見つめていた。
俺も身を乗り出して、爺さんのすっごく真剣な様子を食い入るように見つめた。これは…もしかしたら大当たりの可能性!?うずうずする俺に、じいさんがほぅ、とため息をついた。
「いやぁ、びっくりした。よくぞ壊れてないというほど古いものじゃよ。魔力は感じられないから、純粋に素材と技術が良いのじゃろう。
しかし、この素材…一見ただの金属じゃが、こんなものはわしも見たことがない。ふむ、長いこと鑑定業も請け負ったが…この素材は初めてじゃ」
「珍しいの?」
「珍しいも何も。わしもびっくりしすぎて言葉が出ないんじゃ…。良かったのう少年、ズルい商人に見せていたら騙されてタダで取られるところじゃよ。
そしてこの文字も特徴的じゃ。これは人類の歴史にはほぼ登場しなかった文字なのじゃ。こんなもの、どこで拾ってきた?」
「ユハの近くのトーシェって森で、鳥が落としていったんだ」
「トーシェか…あの森なら確かに、このような貴重なものがあっても頷けるのう」
ふむふむ、と爺さんが何度も納得したように頭をこくんこくんさせる。やっぱトーシェの森は財宝の山なんだな…!もっと強くなってから乗り込んでみようか…うひひ。
でも今はそれより指輪のことだな。爺さんがあんまりゆっくり落ち着いて話すから俺もいまいちピンとこないけど…。やっぱこれ、貴重なモンみたいだ。
当然売ったりするつもりはないけど、もうちょっと詳しく知りたいな。
「さっきの文字って、どんな?」
「ああ、お主、境界戦争は知っておるな?」
随分昔の話だな。もち、知ってるぜ。俺が頷くのを見て、爺さんが丸メガネの奥で細い目を少し開いて話し始める。
「シエゼ・ルキス王国の建国者である勇者ルキスが華やかに語り継がれておるが、彼にも当然旅を共にする仲間がいた。
その中に一人、絶海の孤島に暮らしていた男がおってな。その男が使った文字じゃと言われておる。
恐らく孤島で使われていた文字なのじゃろうが…詳しいことは謎のままでな。今もその孤島は見つかっておらんし、伝説扱いじゃ。
じゃが、男はまめなやつなのか、この文字を使った男の日記がまだシエゼ・ルキスで保存されとると聞いたのう。解読は微妙らしいがの。
つまり…この古さ、そしてこの文字から見ても、もしかしたら男が使っておった指輪、ということもありうる」
え、えーっと?伝説の勇者ルキスの仲間の男が使ってた文字?んで、その男は伝説扱いになってる孤島から旅してて?この指輪がもしかすると境界戦争時代の物…だと…!
おいおいおい!爺さん何をのんびり喋ってんだ!超、どころじゃない、もし爺さんの仮説通りなら、これ…。
…魔武器よりも貴重なモンじゃねーかっ!!おいっ、なんてものを寄越してくれたんだミチテラシ…!ちょ、ちょっと待てよ俺のテンションが静かに上がっていく…!
俺は爺さんから指輪を返してもらい、もう一度じーっと目を凝らして文字を見つめた。相変わらず、文字もあるのかどうか分からねーぐらいに掠れて薄い。
よくこんなのを判別できたな爺さん、さすがプロ。
でも、よーく見れば形は分かる…か…。境界戦争って大昔のことなのに、よくこの指輪このまま残ってたな。なんか、もう文字読めそうな気がしてきた。
「名前でも彫ってあるのかのう?ちょうど、未完成ながら解読書を持っていたんじゃが…」
親切にも爺さんは、持ち物をあさって書物を探し始めた。悪いな、ただの名前とかだろうに。『愛する妻へ』とかだったら感動秘話だな。
爺さんが探してる間に、俺は指輪の文字をなんとか細かく見ようと目を細めた。むむっ、見える気がするのにな。もう片手で俺はすっと指輪をなぞってみた。
「……『愛する島』…?」
…ん?さっき、無意識に俺は何かを言ったらしい。爺さんが顔を上げた。
「愛する島?……おお、そうじゃ!なんじゃ、お主読めたのか?これはトルメルと書いてある。意味は『愛する島』。そういえば、トルメルという民族だったのう、この男」
俺、そんなこと言ったのか?爺さんは目を見開いて『愛する島』と繰り返しつぶやいている。ばらばらと勢いよく数冊の本を開きながら、俺に話してくれた。
心なしか、爺さんの声が弾んでわくわくしているようだ。
「思い出したぞ。男はトルメルという民族でな、この民族はその絶海の孤島に引きこもって暮らしておったのだという。
なんでもこの民族、力もそんなに強くなければ魔法など一切できぬ変わった種族だったと言われておってな。今じゃもちろん、魔法を受け付けぬ者などこの世にいない。
人間、魔族はもちろん、あらゆる動物、植物、果てには星まで精霊の力を引いておるじゃろ。でも、トルメルの民は違ったのじゃ。
命が生まれたころからずーっと絶海の島から出ずに暮らしたトルメルの民に、魔法を渡す精霊すら気付けなかったとさえ今じゃ言われとるよ」
あ、あのー。俺、魔法受け付けませんー…。そんな、大昔の絶海の孤島な民族じゃねーけどさ。俺も精霊に存在を気付いてもらえず、魔力がカラッポとかなのか?ひどい…ひどすぎるぜ。
でもここで話に水を差したくなかった俺は、黙って頷きながら爺さんの話を聞き続けた。
「これはルキスの冒険談にもあるエピソードじゃが。神様は暴れる魔族に腹を立て、魔法を受け付けぬトルメルの民に頼って魔族を懲らしめることをルキスに告げたんじゃ。
不思議な守りに包まれたトルメルの島には今まで誰も辿り着いたことがなかったんじゃが、神から与えられし聖剣の力でルキスはそこへたどり着いた。
初めての客にトルメルの民は怯えたが、勇気ある若者がルキスと話し、快く協力すると言い出したんじゃ。それがルキスの仲間の男じゃな。
そして男はルキスと共に島を去った。しかし、トルメルの民が島を離れたのはこれが初めてで、それが島を守る不思議な力を解除してしまうとは誰も思いつかなんだ」
昔話を語る爺さんに、俺はすっかり聴き入っていた。俺は顔を上げて、爺さんの重くゆっくりな声に合わせて静かに聞く。
「まさか、残された島の皆は…」
「そうじゃ。最初は何の影響もなかったんじゃが、やがて男が大陸で魔族と戦い、その魔法が効かない体質を世に知らしめてしまうと大変なことが起きた。
魔族たちは自分たちの脅威となるこの民族を探し当てようと躍起になり、醜い人間たちはその珍しい体質を金に変えられると企んだのじゃ…。
かつて何人たりとも訪れることを許さなかったその島の守りがなくなり、そこに魔族と人間が集中した。あっという間にトルメルの民は狩られたんじゃよ。
やがてそれを知ったルキスと行動を共にする男は嘆き悲しみ、たった一人で故郷にも帰れず世界を放浪したという。逃げ延びたトルメルの民を探すためにな」
「…可哀そうだ」
もやもやと心が曇る。煌びやかな境界戦争の戦歴の中に、こんな悲劇があったなんて…。今じゃもう、きっと誰もトルメルの民は生き残ってないんだろう…。
爺さんは優しく諭すように俺に言った。
「しかし、そんなトルメルの民の指輪が見つかるなんてな。不思議なものじゃ。…売っていくかね?わしにそれを買う金はないが」
「売らないよ。なんか、そんな話聞いてたら手放せなくなっちまった」
「最初から手放す気もなかったのじゃろう?」
「そうだけど!」
よく御存じだ。でも、さらにその意思が固まった。民族が違っても、魔法が効かない者同士…俺がトルメルの民の指輪を引き継いでやろう。
今まで大事にしまってきたけど、俺はその指輪をはめてみることにした。ちょうど右手の人差し指にうまくはまった。
少し体があったかくなったような気がする。この指輪…大事にされてたんだろうな。俺も大事にしよう…もしトルメルの民の生き残りに出会えたらすぐに譲ってやるとして。
俺は立ち上がり、本をしまう爺さんに頭を下げた。
「ありがとな。また一つ賢くなったぜ」
「少年のうちは勉強するものじゃぞ。ついでにわしの店の品、買っていかんか?昔話をそんなに真剣に聞いた若いのは久しぶりじゃ。
その見上げた熱心さに、ちょっぴし負けてやろう」
「まじで!やった」
値引きにつられるのよくないけど!けど、爺さんは二つ、小さな小物を格安でサービスしてくれると約束してくれた。
二つで五千G!実際には一つで1万くらいするらしい。大特価じゃねーか!せっかくだし、俺はシルとニコラに何か買ってやろうと考えた。
…えっ。ニコラに、って珍しいなって?ま、まぁそうだけどよ!
シルは今まですごく世話になってるからな。けど…ニコラは…その。ちょ、ちょっとだけ、礼をしようと思ってだな…。
大事なペンダント貸してくれたし、さっきもほんのちょーっとだけ世話になったし…。ま、俺の機嫌が良かったってことにしとこうぜ!
シルには青い水の精霊石のはまった小さなピンブローチ。親指の爪くらいの大きさの、雫を模った煌びやかなブローチ、っていうよりバッジか?
あいつ、苦手な水魔法もうまくなりたいって言ってたし、これで助けになればいいけど。
それからニコラ…は魔剣手に入れて調子乗ってるからな。けど俺は結局、細い銀の鎖に闇の精霊石で星を模った飾りのついた首飾りを選んだ。
ペンダントで返すのはなんとなくだ。一目見て、俺がその星の飾りを気に入ったってのもある。
喜ぶだろうか。シルが文句言うのは想像できないけど、ニコラなら鼻で笑ってきそうだ。それされたら一発殴ろう。
「じゃ、これ貰っていくな。爺さん、ありがと」
「うむ。また昔話が聞きたいならいつでも来るとよいぞ」
丸メガネを押し上げながら、爺さんがもう片手でゆったりと手を振った。俺もすぐ振り返して、また掘り出し市のテントの山の中からシルたちを探す。
しっかしわかりやすい。俺が長い物語を聞いていたってのに、あいつら全然動いてねーじゃん。
まずは近くのシルの場所へ行ってみた。シルは俺が隣に来たのも気づかずに無言で数冊の本を見比べている。
「シルー?」
「…………」
「シルってば」
「………あっ、ステイト!ごめんね、夢中になってて」
慌ててシルが振り返り、気まずそうに微笑んだ。いや、別にいいけどすごい集中力だな。魔法書か…俺には全く用のない…。しょぼん…。
「何かいいのがあったのか?」
「うん。火をさらに極めるのと、光もいいかなーって」
「掘り出し市と普通の店じゃ違うのか?」
「全く違うよ!普段見たことのない技を載せたものがあって、すごく新鮮。迷っちゃうな」
シルはどうやら2冊の魔法書の間で揺れてるらしい。お、俺にはまったく見分けつかん…いや、表紙の色は違うけど、魔法言語さっぱり読めないし!
あ、待てよ。結局俺、あの『特殊チケット』使わなかったな。他の店もさーっと見たけど、怪しげなもんもいっぱいで特に欲しいものはなかった。
よし。ここは気前よくシルにやろう。
「シル、2冊買えよ!俺のチケットやるから。欲しいもの無かったし」
「えっ!?だ、ダメだよ!そんな…僕は大丈夫!すぐ決めるから待って」
「いいから!俺、もう剣買ったり面白い昔話聞いて来たりして色々満腹なんだ。シルが欲しいものあるならそっちに使ってくれよ」
ほらほら!ぐい、と困惑するシルの手にチケットを握らせると、おろおろと手を見て俺を見て、をシルは繰り返した。なんだこれ癒し。
けど、少ししたら嬉しそうに顔を上気させてはにかんだ。
「あ、ありがと…!ほんとにありがとう、ステイト!僕、一生懸命練習するから!必ず君を守りぬけるようになるよ!」
「そんな大げさな!逆に、俺がお前を守れるようになるからお前は好きなだけ練習に勤しめばいいんだぜ」
「そんなの悪いよ…けど頑張るね!聖都まであと少しだけど、その間にこの2冊、マスターできるように頑張る!」
け、健気!そして努力家!こんな完璧な王子がいるだろうか、いやいない。うーん、やっぱ俺には眩しいぜシル!赤の目をキラキラさせてシルは2冊の魔法書を抱え、テントの奥へ入っていった。
すぐに出てきたシルはもうすんごいほんわかな笑顔。こんな嬉しそうな顔するんだなー…飢えてる俺がビーフシチュー見つけたときみたいな感じか。
どんだけ食い気なんだ俺、ってのはさておき。この嬉しそうなシルに追撃かけてみよう。
「シル、おかえり。あのさ、俺からプレゼントあるんだけど」
「あ、ただいま…えっ?ステイトから?」
「うん。さっき格安で綺麗なの買ったからさ」
果たして俺のセンスで追撃になるのかね…。ははは、と乾いた笑いを心の中で浮かべつつ俺はさっき買ったピンブローチを取り出した。
「これ、水の精霊石の。もし良かったら、これ小さいから服のどっかでもつけてくれよ」
シルがぽかん、としながら、魔法書の入った麻袋と反対の手を広げた。そこにぽす、と小さなブローチを置く。シルから、はっと息をのむ音が聞こえた。
「気に入らなかったらごめんな」
「…そんなことないよ!これ、…すごくいい物だよね…!僕…僕…ああ、もう…ごめんね、言葉が出てこない」
シルが赤い目が零れ落ちそうなぐらいに目を見開く。うわわ、大丈夫か?俺、まずいの選んじゃった?けど。シルがすぐにブローチを胸元に着けた。
「ありがとうステイト!大事にするね、もう水魔法もメネさんを越えちゃうぐらいに頑張る…!」
―――ボフッ!
シルが花の咲いたような綺麗な笑顔で言ったかと思うと、俺に抱きついた!うわっと!そんなに嬉しいのか!?ぎゅー、と甘えるように背中に腕が回される。
俺よりも少し背の高いシルに抱きつかれて、俺は少しよろめく。けどシルってばもうめっちゃくちゃ嬉しそう…。俺は腕をシルの頭にぽふっと置く。
「良かった、喜んでくれて。今までもしっかり戦って支えてくれてありがとな、シル」
「ううん!ステイトこそ、本当に僕の支えだよ…」
あの。俺もなかなかこうやってハグされることないですからね。結構ほのぼのするんですけど…シル…力入りすぎ…潰れちゃうぞ俺…!
そのとき、近くからヒューッと口笛が聞こえた。
「少年ども、仲良すぎだ。おら、注目浴びてんぞ」
「えっ」
「あっ、ごめんねステイト」
慌ててシルが離れて、えへへと困ったように笑いながら頭をかいた。離された俺は辺りをばっばっと見まわす。すると、ニコラがにやにやしてそこにいた。
しかも市場の商人や客の何人かが俺とシルをぬるーい目で見つめてる…。あのー、怖いです。そこのお嬢さん…顔真っ赤にして逃げないで…。
シルが頭を軽く下げて、ごめんなさいと苦く微笑むとそこらへんの女の人たちや果てにはオッサンまで顔を赤くして去っていく。これだから美形は。
しかも無自覚だもんな。ずるいぞ。お前の欠点はどこだシル。あ、料理か。料理だな。
ニコラがはぁ、と大きくため息をつく。
「お前らな」
「ご、ごめんなさい…嬉しくってつい」
「シルってばまじ癒し」
もうね、こんな弟欲しい。素直で健気で強いとか…あ、だめだ…兄ちゃんのプライドが。すり減る。
そういやシルは長男だよな。ニコラって兄弟いるのか?気になったついでに聞いてみよ。
「ニコラって兄弟いるの?」
「俺は次男だ。3人兄弟の真ん中。兄は生真面目で堅物、弟は体が弱くて寝てばかりだな」
「意外。お前も長男かと」
「俺はけっこう立場弱いぞ。兄には頭が上がらないし、弟を甘やかしてばかりだからな」
あれっ。もしかしてニコラって家庭内ではけっこう重要ポジション?カラッと陽気に笑って言うニコラに俺は少し驚いた。
「いいな兄弟。俺一人っ子…うん、実質一人っ子だな」
「お前は特別だ。それでもヨーウェン氏とアリシア嬢がいるだろう?」
「兄弟って感じじゃないし。ああ、ヨーウェンさん、アリシア…早く会いたい」
ホームシックだ。しょぼーんとする俺にシルがぽふぽふと肩をたたいてくれた。ありがとう、お前もヨーウェンさんたちに会わせてやりてーよ。アリシアは絶対にシルのこと気に入るよ…。
ちょっと王都に思いをはせて、それから俺はまたニコラにもさっさとペンダントを渡しとこうと荷物を探った。
「そういやさっき、ちょっと昔話聞くついでに買い物したんだ。ニコラとシルにって。シルには渡したから、お前にこれやる」
「お前が?俺に?珍しい。毒でも塗ったのか?」
「てめぇは俺をなんだと思ってやがるバカ」
爽やかに笑い飛ばすニコラにぐい、と細い鎖のペンダントを俺は突き出した。
「これ。闇の精霊石がはめられてる」
ニコラがちゃり、と音を鳴らすペンダントを俺の手から受け取った。飾りや鎖をよく見て、ほう、と息をつく。
「高かったんじゃないか?かなりの上等の物だぞ」
「いいから!格安で貰えたから、…そ、その。さっき足捻ったときの礼だ!」
つんっ!思わず俺はニコラから体ごと視線を逸らして後ろを向いた。顔なんて見てられねーよ。けど、後ろからニコラがまたチャリチャリと音を立てる。
「…ステイト、似合うか?」
「へっ?」
名前を呼ばれて振り向くと、もうニコラがペンダントをつけていた。少し日に焼けた肌、その首元に光る小さな黒の星飾り。良かった、結構似合ってんじゃん。俺は素直に感想を述べる。
「うん。さすが俺が選んだだけあるな」
「…まぁ、そうだな。そういえば、勉強嫌いのお前が昔話を聞くなんて珍しい。何の話だ?」
…珍しいのはお前だ!さっきの俺の軽口に当然反応すると思ったら、目を伏せて微笑んだりなんかして。恐い。って、違う違う、昔話か。
「トルメルって民の昔話。俺と同じで、魔法を受け付けない民族だったんだとさ。もう皆死んじゃったらしいけど…」
その言葉に、シルは心を痛めたように表情を曇らせただけだったけど、ニコラの表情はぴんと厳しくなった。
な、何?地雷踏んだ?ニコラは言葉を選ぶように、内心あたふたする俺に真剣な表情で言う。
「…お前は心当たり、ないのか?」
「初めて聞いた。この指輪、旅の途中で拾ったんだけど、これを鑑定してもらったら教えてもらえたんだ」
なんだそんなことか。あ、でも。なんか俺、さっきこの文字読めてたとか爺さん言ってたような。『愛する島』…ふと転がり出てきた言葉だ。
「トルメルって『愛する島』って意味なんだってさ」
「…そうか」
初めて知った知識を自慢するように俺が言うと、ニコラはふっと笑うだけだった。考え事してるみたいだな…なんだろう、何か引っかかるんだろうか。
と思った時。ゴーン、とまた鐘が鳴った。おおー、深みのある音。シルが向こうにある時計塔を見上げた。
「9時だね。そろそろ宿に戻る?」
「だな。もう買い物しないだろ?」
「…ああ。まぁ、今考えても仕方のないことだ…」
ニコラってば何考えてたんだ?引っ掛かりは俺にまで回ってくる。あー、もうモヤモヤするなー。諦めたようにつぶやいたニコラが続けた。
「では、俺はまた明日に風車広場にいる。朝9時だ。遅れたら近所で魔物狩りでもしてると思ってくれ」
「分かりました」
「相変わらずの戦闘バカだな…」
「僕たちも行ってみる?」
「…お前もだった戦闘バカ」
こいつら何が楽しいんだ、あんな魔物と戦って!頼もしいけどお前らが恐いよ俺!いや、俺も新たに二刀流を生み出すべきか…?
広がる戦略にちょーっとだけ夢中になったら、ニコラがバシッと俺の肩をたたいた。
「じゃあな、少年ども!帰り道は滑ってこけないように気をつけろよ!」
「はーい!」
「レモン踏んでずっこけろバカニコラ!」
あいついつまで引っ張るんだよこのやろ…!怒りでヒクヒクする顔で無理やり笑顔を作り、俺は超爽やか笑顔で宿まで去って行ったニコラを見送った。
その後、シルに「こけたの?」と聞かれた時の俺の気持ちを30文字以内で今度答えさせてやる。
結局俺たちも、その後はだらだら話しながらカボチャのランプが灯されて明るい通りを歩いて帰った。
談話室で話す元気はなかったから、そのまま風呂入ったりちょっとお菓子つまんだりして、明日に備えてさっさと寝ることにする。
まだ窓の外から賑やかな声や音楽が聞こえてくるけど、不思議とすぐに眠気がでた。今日も難しい話とかいっぱい聞いて疲れたしな。
それじゃ、おやすみ!シルにそう声をかけたら、もうムニャムニャしか返ってこなかった。




