15 夜の猫
俺はその後、ニコラに支えてもらいながら、服や食材、アクセサリーの屋台を見て回った。
町の中心に近い通りで、道の両脇にずらりと屋台が並んでるのは俺もわくわくして見ていた。
どっかから音楽が聞こえてくるし、夜なのに人もいっぱいだし、客寄せの声や美味しそうな匂いが漂ってくんのは祭みたいだ!
「ニコラ!あれ何だ?」
「この町の特産品、装飾カンテラだな」
「あれは?」
「魔力射的。魔力を弾丸にして装填し、欲しい商品の番号がかけてある紙片めがけて撃つ娯楽だ」
「そっちのは?」
「この地方特産の果物、エピクタの実……おい、お前けっこうノリノリだろ」
「なにをおっしゃいますかニコラ殿」
だって楽しいじゃねーか!小さい子が風船もって、楽しそうに人波を避けて進んでいくのを見ながら俺はニコラに答える。
俺の回復力もすごいもので、10分ほど歩いているうちに少しずつ足に痛みを感じなくなってきた。
今はもうニコラの袖から手を放して、一緒に並んで屋台街道を進んでいる。
シルとの待ち合わせまでまだ30分ある。ニコラにシルと待ち合わせしていることを言うと、もうそのときにシルと会って話すことにしたらしい。
景品を狙って遊べる屋台を見て回っていると、ニコラがある屋台を見て足を止めた。
ん?何の店だ?その視線の先をたどっていくと…。…うわー、胡散臭い。くじ屋だ。当たりくじを引けば景品がもらえる、古典的な屋台。
でもだいたいこういうのって当たりくじ、すっごく少ないんだよな。俺ならそうする。
「ニコラ、どうしたんだ?」
「…あのくじ屋の一等の景品見てみろ」
「んー?…魔剣か。どうせニセモンだって」
そこにはでかでかと『魔剣』って書かれてる。魔剣ってのは、魔力を込めるとものすごい剣になる代物らしい。普通の剣にも魔力属性を付加できるけど、比じゃない。
けどそれってすごく貴重なんだよなー。俺も前に、まだ盗みやってたときに関わったことがある。
魔剣と同じく、魔槍や魔斧とかもあるけど、魔武器と呼ばれるそれらは昔に魔族が作ってたやつ。人魔戦争以前に人と魔族で交流があった時代に出回ったものだ。
つまり化石みたいなモンだけど、魔武器を作ることに長けた魔族が作ったホンモノは決して壊れないし朽ちないって言われてる。
今じゃ魔族と交流が途絶えたから市場に出回るわけもなくお宝扱い。俺も何度も盗みの対象にして貴族の家にお邪魔したけど全部ニセモンで、未だにホンモノには巡り合えてない。
まさかニコラ、あれ狙うのか?一億あっても無理だ。そもそも、仮に本物の魔剣を市場に出したら剣一本で小さな国の経済が動くレベルのレア物なのに。
こんなしみったれた屋台で景品にされてるわけがあるか。俺は肩をすくめて首を振った。
「金の無駄だって。オモチャだ」
「…いや、以前にどこか弱小の国で新たに魔剣が発見され、それが盗難に遭って行方不明と聞いた。それによく似ている」
「…あ、聞いたことある。…いや、あ、そうか。あれか」
「ステイト?」
思い当たることがある。ぽん、と手を打って一人で納得していると、うわっ。ニコラがすっごく真剣というか燃えそうな目でこっち見てる。
や、やべ。できるだけ自然に、さらっと説明する。
「い、いやさ。俺の前の盗賊団の仲間が、それを盗みに行くって遠征してた時期があったなーって…。俺は下っ端だったし関わってないけど」
「結局どうなったんだ?」
「詳しく聞いてないけど、盗み出して闇市場でさばいたとか」
つ、つまり…ホンモノの可能性も無きにしも非ず…ってわけだな。ニコラがぶつぶつという。
「闇魔法属性の紋章、シンプルな装飾に大振りの重そうな剣…さらに柄があの模様であの位置に精霊石が…」
「ちょ、この、ニコラ!武器オタク!やめとこーぜ、レプリカだろ!」
「もし仮に本物なら一度預かってそれからその国に返して…」
「こらっ、聞けってば!」
この!一度スイッチ入ると止まらねぇんだな…!もういい。こういうのは俺の出番だ。ぶつぶつ言うニコラをほっといて、俺はそのくじ屋に足を運ぶ。
頭に布を巻いた、胡散臭いおっさんが俺にもみ手をしながら笑いかける。
「これはこれはいらっしゃいませ。くじはいかがですか?一等はなんと!お宝の魔剣ですよ!」
「あのさ、その剣なんだけど!どうやって手に入れたか教えてくれね?」
小声だけど俺は明るく笑顔で言った。無邪気な様子におっさんはテキトーに愛想笑いする。
「もちろん、正統に市場で回ってきたんですよー。ホンモノっていう証明書付きでね」
お。証明書までカッチリ盗むのは俺の所属してた盗賊団のやりそうなことだ。おっさんにねだってそれを見せてもらう。
手触り、すかし、特殊加工、…うわー。ニコラにどう言い訳しよう。…ホンモノだわこれ。多分。少なくとも証明書はホンモノ、と俺の勘が言っている。
俺が仕事で盗んだ今までのニセモノたちは証明書なしに手に入れた。実際、鑑定したらニセモノだったし。でもこれは証明書つきだ。
証明書があってこそ、ホンモノの価値がつく。俺はまた小声で、今度はにやりとしておっさんに聞いた。
「アルバート盗賊団って知ってるか。これ、そいつらが盗んで闇市かけたやつだろ」
「…おや。お客様、お若いのにお詳しい。いかにもですよ。私は運というものを信じておりましてね。
普段は別の仕事で金を作り、あるときは屋台でその高価な品を売る。もしくじを当てるお客様が出たならば面白いというものです」
酔狂だな。自分の手元から離れるってのに。けど、ちらっと屋台の中を見ると結構このくじ屋、儲かるみたいだ。小銭ががっぽり入った麻袋が見える。
「あのさ。これ、一等が当たる確率どれくらい?」
「文字通り万が一ですよ」
おっさんも俺がふつーのまっとうに生きる少年じゃないことはよく理解したらしい。にやにやと揉み手するおっさんに、俺は苦笑してニコラの元へ戻った。
ニコラには嘘ついて、さっさと離れてもらうしかないか。
「ニコラー、行こうぜ。元盗賊のよしみで揺さぶりかけたら、実はアレ偽物だってさ。客寄せパンダらしい。やめとこ」
「…い、一度だけだ。一度だけ…一等がだめでも7等のクマぬいぐるみで…」
「お前興奮のあまり混乱してるぞ。あと話聞けバカ」
ニコラがクマのぬいぐるみとか似合わなさすぎる!思わず吹き出した。でもニコラがふらふらとくじ屋へ行く。おっさんが俺にニヤッとした笑みを浮かべてきた。
はいはい。もう知らん。せいぜいテディベアちゃんでも引き当てて来い。
俺は遠目にその様子を見守る。ニコラがくじの紙を一枚引き、番号を見る。おっさん凍りつく。え?…おっさん凍りついた!
そして。おっさんの悲鳴に似た裏返った声が聞こえた。
「お、大当たりだっ!も、持ってけドロボー!証明書もなチクショウ!!」
な、んな、んなな!?んなバカな!え?アレ?俺にはニコラが超満面の笑みで、剣を姫抱きにして抱えて持ってくるのが見える…。その後ろでおっさんが灰になってるのも。
通行人も仰天って感じでニコラを見てる。うわっ、怖い超笑顔!夢に出そう!やめろてめぇ、道行く淑女の皆さんが顔真っ赤で蒸発しそうだ!俺は灰になりそう!イケメン爆発しろ!
俺も引きつった声と顔で、ギギギと機械音でも出しそうになりながらニコラに声をかける。
「に、ニコラ様。まさかとは思いますが、その剣…ニコラ様がお引き当てになりまして…?」
「なんだステイト気持ち悪い。俺の強運舐めるな」
ズガーン!!まじかよ!に、ニコラが!?一万分の!一を!し、信じられないって…!俺なら一生かかっても当てられない…幸うすいし…!グスン。
ニコラが爽やかな笑顔のまま、剣を握りなおす。すると、フォンッと音がして、剣にはめ込まれている石が紫色っぽく光りだした!
「なんだそれ?」
「魔力をこめた。この剣は闇魔法と相性がいいみたいだが、俺も幸いなことに闇属性だ」
「お前、闇だったのか。意外。風っぽい」
振り回したそうにうずうずしてるとこ悪いんだけど、町を壊したらヤバいから耐えろよニコラ。明日早起きして町の外に出て魔物ブッ飛ばして来い。
そのとき!唐突にニコラが俺に剣を向けて素早く詠唱した!思わず身構えたけど、そうだった俺魔法効かないんだ。
案の定、剣の先に現れた黒い魔法陣は完成した瞬間に霧散した。内心ほーっとするけど、それを外に出さないように俺は余裕ぶって笑った。
「な?効かないだろ?つかびっくりするからやめろよ」
「…魔法が効かない、か…思い当たることはあるが、それこそありえないしおとぎ話だな…」
「何が」
「いや。忘れてくれ。それよりこの剣だ。……」
うわぁ。無言で笑顔。やめてくれ。不審者丸出しだぞ、イケメンでも許されねーぞ、騎士団の奴が見てたら幻滅するぞ。俺はもう昔から幻滅してるけど。
「その剣も、盗まれた国に返すんだろ?厄介な物を背負うんだな」
「伝説の、本物の魔剣に触れられたなら本望。思い残すことは何もない」
「もうやだお前の全部がヤダ」
ニコラってば目を閉じて微笑んでる。すっげぇ爽やか。俺たちの会話が聞こえないほど遠くから、ニコラを見つめる女の人たちが顔を赤くして去っていく。
やめとけやめとけ、こんなやついいところひとっつもないから。
と、そうじゃない。いつまでこいつ悦に浸って…。
そのとき。ひらりとニコラの腕から証明書が落ちた。それをニコラが手を伸ばし、取ろうとする…瞬間。
―――パシッ
「あっ」
ニコラの手を掠めて、黒猫が通りかかって証明書を奪い去って行った!ぴゅーん!速!でも俺は気付くと、その後を追って駆け出していた。
後ろからニコラの慌てた声が聞こえる。
「ステイト!足!」
「あっ、忘れてた…けど、もうまったく痛まねぇよ!待ってろ、取り返してくる!」
そうだった足捻ったんだった!けどもう全く痛みはない!治癒速度早くなってるな、俺。そう思いながら猫を追いかける。
猫はすごい速さだけど、俺だってそもそも素早いしリェンからの羽飾りでさらに素早さアップだ!
夜の人通りがある街中を、猫はひゅんひゅんすり抜けて走り抜ける。俺も負けじとその後を追った。
さらに猫が、3階建てくらいはありそうなレンガの建物の排水管をトテテテとつたって上って行く。ずるいぞ猫!
俺は思い切り助走をつけたまま路地に滑り込んで、転がる木箱の山を駆けのぼった。そして、そのまま、『跳ぶ』!
ヒュンッ。軽い。なんだこれ、もう人間業じゃねーよな…!俺が木箱の山を登った高さは、建物の一階の天井にすら届かないほどの低さだ。
なのに今。跳びあがった俺の体は二階の天井を飛び越えた!壁を蹴って建物と建物の隙間をジャンプで上り、俺も建物の屋根の上に着いた。
「っしゃあ!猫!どこだ!」
いた!屋根の上で余裕そうに俺を待ってる!俺が追いかけると、また屋根の上を全力疾走!このぉぉ、待て泥棒猫!
ひらりひらりと猫は夜の空を駆ける。実際には屋根の上の追いかけっこ!俺はもうヒヤヒヤだぞ!
俺だってまだ死にたくないけど、ここで証明書を取り逃すのも癪に障る!猫は遊ぶようにあっちへ、こっちへ。屋根から屋根へと飛び移って、俺は何度も足が滑りそうになった。
こんなことしてたら盗賊時代思い出す!屋根の上ダッシュは日常茶飯事。当時は音もなく気配もなくできた。今はやる気ないけどな!
しばらく繰り返してたら、ゴォンと鐘の音が聞こえた!8時を告げる鐘だ!シルと待ち合わせ時間が近い!このクソ猫がァァァッ!
猫は屋根の最後まで来た。渡る屋根はもうないし、ここらで観念しろ!猫は動きを止めておとなしく座る。よーし、いい子だ。俺が慎重に近づくと、ぺっと証明書を口から離した。
ありゃ、アッサリしてるな。遊んでほしかっただけなのか?
俺が証明書を拾い上げると、猫がニャーオと小さく鳴いた。なんだよ、戦友に挨拶か?お前の走りと跳躍、なかなかだったぜ、みたいな?
俺がそっと猫に歩み寄って手を差し伸べた、と、そのとき。突然足元がすっぽ抜けた。
「…おっ?」
「ミャッ」
―――ガラガラッ!
ちょ、ま、うわーっ、落ちる!と思った時にはもう一瞬の浮遊感。そしてドシン、と衝撃!痛っ!ぽすっと俺の頭に追撃するように温かくて柔らかいものが落ちてくる。
「ミィ」
「お、お前か」
猫か…び、びびった…!俺はちょっとだけ不安になって猫を抱きかかえた。猫が少し暴れたけど無視して、とりあえず証明書は懐に入れておく。
それにしても、ここ。真っ暗だ。屋根を踏み抜いた俺たちは、どこかの建物の屋根裏部屋にでも落ちたらしい。しかも窓ないし。踏み抜いた天井から月光が差す。
なんだ、けっこう天井が近い部屋だな。俺が跳べばまた屋根の上に戻れる。
こんな出口もあるのかないのか分からないような場所、いるだけ損だぜ。じめじめする。盗賊生活してた頃は大喜びだろう、こういうところにお宝が隠されてんだからな。
「いいか猫、屋根の上に戻るぞ」
「ミッ」
こいつ言葉分かってるのか?猫はじたばたして俺の手から逃れようとしてる。むむっ、素直じゃないやつめ!俺は猫をぎゅっと抱えて、
「あの、すませんーっ」
「うひゃあああああああッッ!!?」
アアアアアアッ!!?だ、お、え、ちょ、は、うわあああっ!?誰誰誰!突然間近でかけられた声に俺は悲鳴を上げた。そのとき猫を強く抱きしめすぎたらしく、逃げられる。
反射で後ずさった俺は背中にゴツンと衝撃を感じた。痛っ、壺かこれ!?ドタン、と音を立ててまた俺は後ずさる。
「ちょっと待てよ誰だ!俺最近夜目が効かなくなってんだ、正直に正体をよろしく!俺はステイト、猫を追って屋根を踏み抜いた!
ここがあんたの部屋なら全力で謝るからっっ!!」
「ま、待って!静かに!おいら、ここに閉じ込められてんだよ!」
「へ…?」
あれ。随分切羽詰まった男の声が聞こえた。男、というより少年?けっこう高いな声。相手が見えないからよく分かんねぇけど…。
つか、この声どこから聞こえてるんだ?さっき、随分近くで聞こえたけど。後ろか?いや、後ろにはでかい壺があるだけみたいだし…。
「ね、あんたさ!おいらを助けておくれよ!礼はするから、えっとステイシアだっけ?」
「ステイト!ステイシアだと女名だろ!俺の声が女に聞こえんのかてめー!」
「だ、だから静かにってば!おいら、壺の中にいるんだ。だからあんたの姿が見えないんだよ!」
つ、つぼぉ?もしかして、さっき俺がぶち当たったこれか?振り返って壺をこんこんと叩いてみる。陶器だ。確かにこれだけデカけりゃ、俺でも入れそう。
上には木の蓋がされてて、その上にも何かテープみたいなのが張られてる。だんだん暗闇に目が慣れてきたからよく見てみると、変な文字が書いてあった。
「中からじゃ開けられないんだ。変なテープとか貼ってあるっしょ?それ、べりっと破って蓋開けてくれる?」
「お前、何か事件に巻き込まれたとか?」
「拉致監禁だよ!酷いもんさ!」
へぇ…。ちょっとかわいそうになってきた。気づいたら黒猫が傍に来て、じっと様子を見守っている。
俺は脆いテープを破って木の蓋を持ち上げた。すると。
ぐっ、と壺の中から伸びをするように少年の上半身が現れた。白い布みたいなのを頭に一周だけ巻きつけ、暑い地方とかにありそうな布巻きの服装をしてる。
それから、首元にごてごてした宝石やら羽やらの首飾り、んで両耳にはシンプルな小さいリングが特徴的で暗闇の中でも輝いている。
「あーっ、出られた!ったく、突然捕まえてくるなんて酷い世の中になったもんだよ!」
「え、えーっと…?」
「お。あんたかステイシアちゃん!なんだ、けっこうやんちゃそうだな。親近感沸くよおいら!」
「だからステイシアじゃねーよ!」
なんだこいつ。黄緑っぽい色の、短くばさばさに切られた髪。んで暗闇の中でもよく見える、ピカピカした大きな金色の目。歳は…見た目は俺と同じくらいか?
そいつはぐいと手を伸ばして俺の両手を掴むと、ぶんぶんと振って無邪気に笑った。
「おいら、シャハンってんだ!バームス出身…おおっ、そこにおわすのは我が相棒、ラフィーク!もしかして助けに来てくれたのか!」
「ミャッ」
おお!?黒猫が俺の肩へジャンプし、またすぐに跳んで少年の胸へとダイブ!こいつの猫なのか?シャハンと名乗った少年は黒猫をよしよしー、とあやす。
「何々?身軽そうなガキンチョを見つけたから連れてきたって?おおっ、やるねラフィーク!さすがおいらの相棒!」
「ちょ、ちょっと待てよ!俺、その猫に連れてこられたのか?」
ま、待てい!俺を置いてくなよ、訳わからん!つまり、この少年シャハンが捕まって、健気にもこのラフィークとかいう猫が助けを呼びに行っていたと?
「ん、おいら、数日前に捕まったんさ。おいらが魔族だから、魔物をこの町に来るように仕向けてんだー、って濡れ衣着せられて!
おいらにそんなことできないっての!おいらはただの風の魔法使いなのにー。
んでおいらの猫、ラフィークはおいらを助けてくれそうなやつを探し回ってくれてたんだなー」
あらま、冤罪…。俺と同じだな。しかし、魔族と間違われるなんてこいつ何をやらかしたんだ?そんなにすげぇ魔法使いなのか…?
俺は目をピカピカさせているシャハンに問う。
「あのさ。もしかしてすっげぇ魔法使いとかなのか?魔族に間違われるなんてさ。それに、バームスなんて地名聞いたことないんだけど」
「おっ。違う違う。おいらが魔族なのは間違いないよ。バームスは人間と魔族の世界の境界にある砂漠で、あんまり有名じゃないんだろーね」
ふーん、そっか。そりゃ、俺も知らな………ん?
「ま、魔族?」
「おう、いえす」
「み、耳…?」
「暗闇だと見づらいっしょ?ちゃんと尖ってるよぅ」
ごと、と壺の中から出てきてシャハンが俺の前にかがみこみ、俺に耳をよく見せてくれた。あ、ほんとだ尖ってる…。……ファッ!?
「ままま魔族!!?」
「声が大きいって!魔族と人間で偏見強いの困るよー。おいら、人間も魔族も大好き!おいらね、数日前から住んでた砂漠がおかしくなって旅し始めたんだ」
「え、えっ?」
「砂漠!砂漠の妖精が自我を失っちゃうし、砂嵐酷くなるし!おかしいなー、どうしてかなと思って砂漠を出て旅してたら…。なんか、魔族ってだけで捕まっちゃって」
え、あ、うん…こいつはいいやつ、だよな?もう俺、魔族って言われたらロザみたいな変な奴しかいないのかと思ってた…!
けど目の前のシャハンはどこにでもいそうなやんちゃで元気で明るい少年。やたら目がピカピカしてるけど、それぐらいだ。
シャハンは困ったようにかぶりを振って、大げさにため息をついて見せる。
「人間の国にもう魔族なんて姿を見せないのは知ってたよ、おいらだって。おいらの一族は魔族の世界も人間の世界も行き来できるけど、砂漠から出ない掟だったし。
識別ある魔族はちゃーんと人目につかないところでひっそり暮らしてることも知ってる。けど、ちょっと前からどうしてか、二つの世界の境界がおかしくなって。
魔族の皆が人間の世界に旅したい放題になってた!それで警戒されてんだろうけどさー、そんなに悪いもんでもないよ、魔族」
きゅぴん、とウインクされても困ります。俺、迷惑な魔族にしか会ってないもん。ロザとかロザとか。あの馬車で出会ったエルフはノーカンな。ほとんど話してないし。
困惑して言葉を探す俺の両手をぎゅっと握って、シャハンがにっこりした。
「ステイシアちゃんは人間っしょ?魔族についてどう思う?」
「いや、だからステイトだって。…俺は、魔族については詳しく知らないからなんとも。けど、この途中に変な魔族に出会ってるから印象は良くない」
「どんなやつ?」
「オネエで恐くて、俺のことおもちゃにしたいって言ってた」
「わーお。そいつはおいらでも逃げ出すや」
気の毒そうに肩をすくめてシャハンが言う。良かった!やっぱりロザだけがおかしいんだな!すっごく安心した。安堵の息をつく俺を見てシャハンがへへ、と笑う。
「ステイシアちゃん、運が悪かったんだねー。言っとくけど、魔族って魔法が強くてちょっと変わってるけど、だいたいひ弱だからグーパン一発で沈むよ。
小指を角にぶつけただけで一日寝込むやつもいるし」
「うわっ。そんなに弱いのか。あと俺ステイトだから」
「ひ弱っしょー?おいらは砂漠仕込みで多少鍛えたけど!あ、そだそだ。助けてくれたお礼しなきゃね。何したらいい?」
こいつ、俺の話聞いてないな!むかっとするけどサラサラッと流される。こいつのドライ加減は砂漠の砂か何かか?
黒猫とシャハンが見つめあい、うーんやらミャーやら声を上げて考え込む。いや、別に礼なんかいらねぇのに。てか、早くここから逃げたほうがいいんじゃ?
けど、ピコーン!と口で効果音をつけながらシャハンが言った。バッと懐から小さな棒みたいなものを取り出し、俺の前でひらひらする。
「おいらが作った笛あげる!おいら、これでも風魔法は極めてるからね。瞬間移動とかできちゃうし、耳もすごくいいし。
おいらが死にそうでもない限りなら、笛を吹いてくれた時にいつでも駆けつけちゃうよ!」
「えっ!?いや、たった一度のことでそんな。悪いよ」
シャハン、どんだけ暇な奴なんだ?そんなめんどくさいヘルパーやるだなんてさ。表情豊かにころころと顔のパーツを動かし、シャハンは俺に指をさしながら言う。
「おいら、今回が初旅!生まれてこの方、ずーっとバームス砂漠に閉じ込められてさ。長が許してくれたから旅に出れたけど、皆魔族に冷たいし。
そんな中、特に魔族を毛嫌いしないしどことなくシンパシー感じちゃうステイシアちゃんに出会えたのは、きっと何かの縁だと思うんだよっ!」
「だからステイシアじゃねーよ」
「いーじゃんステイシアちゃんで。似合ってるよ?おいらのこともシャーちゃんでいいのに」
「良くないって!」
漫才か!けらけらと楽しそうなシャハンに思わず俺も表情が柔らかくなった。
「ま、それで!また会いたいし!おいら、笛を持ってくれてる相手のところならすぐに移動できるんだよぅ。
ちょっとおいら、今急ぎだからね。さっさとシエゼ・ルキスに行きたいんだ。だからまた時間あるときにゆっくり話そうよ!」
「俺とは逆方向だな。俺は聖都に行きたいから」
「了解!また会えるときはおいらの友達とかも紹介するよっ。それじゃっ、笛ね!」
ぎゅ、と掌を広げたくらいの長さの笛を渡された。黒くて硬い、木でできてる笛だ。小さく文字が彫りこまれてるけど、俺の読める字じゃない。
「ほんとにいいのか?」
「いいって!むしろ、お断りされたらおいら悲しくて泣いちゃう」
うえーん、と泣き真似するシャハンに俺は笑ってしまった。あはは、変なやつ!ひょうきんってこんなやつのことを言うんだろうな。
しゃーねーな。受け取っておこう。また暇なときにお呼び出ししてやる。
「じゃ、貰っとく。改めてまた話そうぜ」
「おっけー!じゃあ脱出しますかね!ステイシアちゃん、跳べる?」
「おう」
それを聞いてシャハンがにかっとする。同時にシャハンの体が浮いた。見えない風に乗って舞い上がるみたいだ!いや、その通りだったんだろうけど!風魔法を利用してるんだろうな…!
シャハンの体は猫を抱えたまま、俺たちが踏み抜いた天井の穴を通る。それを俺も追って跳びあがる。軽く体が浮いて、しゅたっと屋根の上に着地した。
「そいじゃ!おいらはここで失礼するよぅ!ありがとね、ステイシアちゃん!」
「だから!ステイトだ!またなシャハン!」
屋根の上でももう体を浮遊させていたシャハンに、俺は叫んだ。ふわっとシャハンの体が高度を上げ、ばいばーい!と楽しそうな声だけ残して一気に飛んで行った。
いいな、あれ!移動めちゃくちゃ楽じゃねーか!もう夜空に紛れてシャハンと相棒の猫の姿は見えないけど、あれだったらすぐにシエゼ・ルキスにも着くだろ。
さて。俺もすぐにシルと合流しなくちゃ。あ、あと放置したニコラも。証明書返さねーと。
それに…。俺は足元を見る。ぽっかりと、赤いレンガ屋根に開いたでかい穴。これはオーナーに見つかったらやべーな。それに、捕まえてた魔族が逃げ出してんだし。
俺も早くずらかろう。ここからだとどう行けば宿通りに近いかなー。
そして俺もまた、屋根の上を猫のように走り出した。さえぎる物は何もなくて、ただ夜風が並走するだけ。月明かりの下で俺は一人、屋根の上を走って跳んだ。
後から聞いたことだけど、この俺の夜の全力疾走お散歩は、後々に『夜を駆ける猫』として伝説になったりならなかったり…。とかな!
夜の猫。それもいいかもしれない。ミャー、とどこからか吹いた風が黒猫ラフィークの声を乗せてきた気がした。




