14 旅人の町
石に彫細工を施した町の門を通り、いよいよ俺たちはエッケプレに着いた。
石畳の地面、あちこちにある種類豊富な建物、それから、町の中心に見えるデカい風車が印象的だ。
馬車の通る広場にバルクスさんは馬車を止め、俺たちに声をかける。
「よぉし、ついたぞ!ここがエッケプレだ。旅人の町というだけに解放感にあふれているだろ?
いろんなところから人や物が集まっているから楽しめると思うぞ」
おお!たしかに!門のところも別に関所みたいに身分とか証明したりしなくて済むし、街中にもいろんな人がいるな。
旅人装束が多いけど、中には明らかに魔術師とか、ムッキムキの剣闘士か何かから、他にも民族衣装の人まで!
すっかり夕方なのに町の中心からはがやがや聞こえてきて、むしろ今からが町の賑わいみたいにも感じる。
建築もさまざまで、文化が混ざり合ってるみたいだ。けど不思議と調和しててすごくおもしろい。あー、早く市場とか行きてぇ。
そうだそうだ、武器とか服とか、料理も!あとは掘り出し市とかでお宝売ってねぇかな。わくわくする。
俺とシルが馬車から降りると、バルクスさんが俺たちに一枚ずつ紙片をくれた。
なんだこれ?不思議な模様が描いてある。不思議そうにそれを見つめる俺たちにバルクスさんが説明してくれる。
「これはこの町の掘り出し市で使える『特殊チケット』だ。ガルデから預かっていたのを忘れていた。
掘り出し市では高価で貴重なものを見ることができるんだが、この特殊チケットを使えばかなり値切れる。
エッケプレ以外でも、掘り出し市が開かれている場所ならどこでも使える。当然一枚につき一回だ。
ガルデからの小遣いだと思えばいい」
な、なんだと!ガルデ…気前良すぎるだろ!
俺もうわさに聞く程度しか『特殊チケット』の存在は知らなかった。これは商人同士で出回ることがあるらしい。
普通、掘り出し市で売ってるお宝はとても一般人じゃ手が付けられないような値の高さだ。でもこれを使えば、…あとは、わかるよな!
でも、すごく貴重なものなのに。俺とシルに一枚ずつ…うわあ。ありがとうガルデ!ちゃんと考えて使わねーと。
それじゃ、とバルクスさんがすぐに馬車に乗り込んだ。
「あ、もう行っちゃうんですか?」
「おう、仕事がつまっててな。お前たちの旅の無事を願ってるよ。またユハに寄ってくれ」
そりゃ、と馬を再び走らせるバルクスさん。俺は大きく手を振り、シルは深々と頭を下げていた。
「ありがとうございました!また遊びに行きますー!」
「お世話になりました!」
ひらひら、とバルクスさんが手を振って返してくれる。だんだんと遠ざかる馬車を見つめ、やがて建物の影にその姿が見えなくなった。
「うーん、僕もあまり実感がないんだけど…とうとう聖セレネまで来たんだよね」
「そうだなー、俺なんか馬車で寝てたし。でも聖セレネってさ、もっとこう…荘厳で静かな感じかと思ってた」
俺はそう言いながら辺りを見回す。
ちょうどここは広場になってて、馬車や通行人が行きかっている。夕方だからか、木の実とか食べ物の入った袋を抱えている人が多い。夕食準備の時間だな。
がやがやしてて、生活感あふれてる。フィリナの町に似てる感じだなー。てっきり聖セレネの町って全部、教会とか立ってておしとやかで静かな感じなのかと思ってた。
どこからかアコーディオンの音が聞こえてくるし。どこからだろう?町の地図もほしいな。
あ、そういや宿も取っとかないと。でも市場にも行きたいし…うーん…!
俺が目をキラキラさせながら考え込む様子に、シルがあははと笑って提案してくれた。
「まずは宿に行ってみようよ!地図もあるかもしれないし、市場のことも聞けるかもしれないし。ね?」
「そうだな。この町、宿はいっぱいあるみたいだな。テキトーに回って行くか」
よし!宿探すか!といいつつ、この広場から見えるだけでも宿が2軒ぐらい見つかる。けっこう広い町みたいだったし、…どれくらい宿あるんだろう。
ひとまず歩くか、ということで俺とシルは市場に行ったら何を買うとか掘り出し市とかの話をしながら町を歩き始めた。
レンガ造りや木造などのデザインから素材までさまざまな宿通りを歩く。けど、もう満員の宿も多かった。
それでも十分宿を選べる。俺たちは街中をきょろきょろしながら建物を眺めていた。
道のいたるところにカボチャ型の街灯があって、その中に光の精霊石がはめ込まれてる。少し暗くなってきたこの道を照らしてるのがすごく綺麗だ。
他にもいろんな形の街灯があって、もうすごくおしゃれ。王都はあまり飾りっ気がないしな。俺にとってすごく新鮮な町だ。
宿通りの真ん中くらいまで来たとき、シルが木でできた二階建ての大きな宿を指さす。
「あそこ、どうかな?宿代も高すぎないし。行ってみる?」
「おう、突撃だっ」
確かに小奇麗な感じ!お金も有難いことに余裕があるし、なかなかいいかも。俺たちはすぐその宿に泊まることにした。
宿の中は広くて、俺とシルの泊まる部屋ももったいないくらい広々としてる。料理のサービスも宿でしてくれるし、やっぱり談話室があった。
大きな宿で、俺たちの他にももうたくさん客が泊まってるらしい。部屋に案内されてる時も、他のお客の何人かとすれ違った。
部屋で荷物を整頓したりロッカーに入れたりしながら俺はシルに話しかけた。
「な、これからどうする?早めに夕食もらって、市場見に行かね?」
「そうだね。あ、でも市場って何時くらいにお店閉めるんだろう…」
シルが受付で貰ってきた町の地図をじーっと見ている。荷物の整頓が終わった俺も、ソファに座るシルの後ろから地図を覗き込んだ。
「こういう町ならけっこう夜遅くまでやってると思うぞ。王都でも12時過ぎまでやってたし」
「そっか、じゃあ夜に行っても大丈夫だよね。市場から帰って、疲れてなかったら談話室も覗いてみる?」
「そうだな!俺さ、武器買いたいんだ。うーん、どんなのがいいか…迷う」
「僕も魔法書が欲しいな。掘り出し市も気になるけど」
そういえば。掘り出し市では買うだけじゃなくて、逆に自分の持ってる珍しいものを売ったり調べてもらえたりする。
エッケプレの町は旅人の町って言うだけあって、きっとレアな宝物も巡りに巡ってるだろう。俺もあれ、調べてもらおう。
思い出して俺は荷物を探った。あ、あった。これ、この指輪。ユハに着く前に、鳥のミチテラシが俺に置いて行った指輪。
森の中に落ちてたんだろうけど、もしかしたらけっこう珍しいモノかも。売りたくはないけど、調べてもらうだけ調べてもらうことにしよっと。
俺たちは宿の食堂で豆パンとシチューを食べてから、すぐに市場へと宿を飛び出した。頃は7時!まぁまぁだな。
「いいかシル、スリには気をつけろよ!かといって街中でボッコボコにするのもかわいそうだけど」
「うん!ステイトも、…って、ステイトがスリにかかるわけないよね」
あったりまえだ。えっへん。むしろ俺がスられたら情けなさ過ぎて泣ける。あ、あと。
「それと、俺はもう騎士に追われずに済むけど、シルはまだ追っ手に追われてるかもしれない。
他にもまたロザみたいな魔族と出くわしたら厄介だし、気を付けて行かないとな」
半分、自分に言い聞かせる。もうあんな変な奴に出会うのはこりごりだ…!
シルが市場の地図を見て、指で押さえながら言う。
「僕は魔法書専門店を見てくるね。ステイトは武器だから…、僕の行く店とはけっこう離れてるね」
「ここからまっすぐ行ったところか。じゃ、一応一時間後にまた宿の前に戻ってこようぜ。
それから一緒に掘り出し市見に行くか」
「うん!じゃ、ステイトも気を付けてね」
ばいばい、とシルが笑顔で小さく手を振る。にっこりとして、赤い髪を夜風になびかせながら姿勢よくシルは歩き去って行った。
う、ううん。心配だなー。フィリナで最初に会った時みたいに、スリの対象にされないといいけど…。
って、俺はオカンか。俺も武器の店でナイフ買わねーと!ついでに食べ物とか飾り細工の店も探して行こう。
思わず俺は楽しみがぎゅーっと溢れてきて、石畳の街を一人で走りながら店を探した。
別に街中をてってけ走っていく俺に、周りの人は目を向けない。急いでんのかな―、ぐらいにしか思ってないと思う。
さて、この角を曲がってすぐに武器屋のテントがあるはず!俺はシュバッと角を曲がり、その向こうを見て、
―――引き返した。
それはもう風の如く!シュバッ、ハッ、ススッって感じですぐに戻ってきて角の壁にぴったり背中をつける。うお、心臓がばくばく言う。
どうやら俺は幻覚を見てしまったようだ。この角を曲がったところのすぐに、確かに武器が並ぶ広いテントが見えた。間違いない。
でも問題はその前に居座っている客だ。『そいつ』は店主のオッサンと話しながら、でかい剣をとっかえひっかえして惚れ惚れと見ていた。
…。見間違いのはずだ。あいつがここにいるわけないんだから。もう俺ってば、楽しみすぎて変な幻覚まで見えるようになったんだな!
俺ってばおせっかち!おし。もっかい気を取り直して…。
―――シュバッ、ババッ、ススッ!
…。ダメだー!俺の目はすっかり疲れてるらしい!幻覚消えねぇ!どうしたのかな俺…。まじで疲れてるのか…。
そーっと顔を少しだけ角から出して、向こうのテントを窺がう。ダメ。そいつは確かに存在してるらしい。
他に客がいないのをいいことに、そいつは剣を試しに振ってみたりしてる。はた迷惑な野郎だ。凛々しく爽やかな表情に、綺麗な黒髪。
もうお気づきかと思う。ニコラだ。俺にはニコラが見える。んなわけないはず。あいつはもう王都に帰ってるだろ。
もしかしてあいつ、双子とかいたの!?いや、でもあの着てる簡易鎧。しっかりシエゼ・ルキスの騎士団紋章入ってるし…。
嫌な予感。ほんとにあいつ、ニコラじゃねーの?んなことあってたまるか。そうだ、似てるだけだろ!
でもなー。あの体格に、あの硬そうな黒髪に、あんなでかい剣を惚れ惚れ見てるような奴もなかなかいない気が…。
仕方ない。俺は腹をくくって、角から通りへ歩いて出た。何でもない風に、まったく気づいていないような感じでテントに立ち寄る。
「おっちゃん!ナイフ買いたいんだけど見せてくれよー」
「おう、ナイフ系はこっちだ」
すぐにおっさんはナイフが置いてあるところを指さした。すると、俺の隣から、ん、と声が。
「ステイトか?」
「…ってことは。やっぱりニコラでしたかそうでしたか…」
…やっぱりニコラじゃねーかぁあああっ!!キサマ何故ここに!がっかり、といった感じでぼそぼそと言う俺に、ニコラがバーンと肩をたたく。
「ステイト!死ななかったみたいだな」
「誰が死ぬか、誰が!それよりもてめーだ!なんでこんなところにいるんだよバカ!」
いてぇよ肩!ムキーッ!つっかかる勢いで俺はニコラに怒鳴りつけた。けど、ニコラは涼しい顔でへらへらと笑ってやがる。
「あの後部下といくつか町を回って王都に戻った。そうしたらもう各地で魔物騒ぎが広がって、討伐に行く騎士が足りてねぇらしく。
じゃあ俺もそっち行くか、と思ったら直々に上から俺に指示でな。もうこれ以上人員割けないから、お前を追うのは俺一人に任せるとさ」
「…は?」
「前にお前を捕まえた実績、それからその後も面識があったっつーことでな。俺一人でもいけるだろ、と」
「…いやいやいや。まぁ、魔物討伐に騎士が駆り出されるのは分かるけどさ。俺に、お前が?」
「ああ」
シエゼ・ルキスめ舐めやがって!俺にはこいつだけで十分だと!?まぁ確かに各地で魔物沸いてるなら騎士団大忙しってのは分かるぜ。
実際、もう人々は魔物どうこうで混乱してて、聖剣盗んだ奴のことなんて頭の隅っこにしかないのかもしれないけど。
ハッ。でも待てよ。ここはもうシエゼ・ルキス国外!ニコラが国外でシエゼ・ルキスの騎士特権を使えるはずはない!
「ここは聖セレネだから俺をお前が捕まえるのは無理なんじゃね?」
「まぁな。まだ聖セレネの王家や神官にはお前のこと通達してねぇし、協力は仰げないさ。でも俺が個人でお前を捕まえるのはアリだろ」
「ナシだ!だいたい、前にお前、俺をブッ飛ばしたときに『さっさと聖セレネにつけ』みたいな感じで別れたじゃねーか」
俺の言葉にニコラは頭をかきながら、目を空へ向けてため息をついた。
「だからここにいるんだ。お前とシルヴェスタが聖セレネに向かうなら、この町に来るだろうと踏んでいた。
ここで出会えたら、後が楽だろう」
「楽?」
うん?意味わからん。ニコラは俺たちの行く先を知ってる、だったらもう手が届かないんだから大人しくさぼっときゃいいのに。あ、こいつふざけてるのに生真面目だった。
つーことは律儀に、聖セレネで待ち伏せして俺たちに会って…どうするつもりなんだ?
難しい顔でうなる俺に、ニコラが相変わらず顔を背けたままで言った。
「俺がお前たちと一緒に聖都まで着いて行って、直に状況を聞く。そこでお前がクロならすぐ捕まえられるし、シロなら俺が責任を持ってシエゼ・ルキスの王にお前の無実を主張する」
「は!?じゃあお前、着いてくんの!?」
「悪いか」
な、な、なんだってーっ!?
俺は思わずキョロキョローッと辺りを見回した後、ニコラを大きく目を開いたまま見つめた。
「お、お前が?」
「聖都までの護衛はしてやる。だが、お前がまだ本当に聖剣を盗んでないと決まっているわけじゃねーからな」
え、ちょ、まじで、…まじで。俺は頭の中のちっぽけなそろばんをはじく。戦力…格段にレベルアップ。俺の心の安らぎ…格段にダウン。ぐ…どうすれば…。
こんなときになんでシルがいないんだ!シルがいたら相談できたのに。よし、頭の中でシルが言いそうなことを考えるんだ…。
シルならきっと…『心強いですけど、どうかなステイト?』…うわあああ!シルなら多分、俺に気を遣いつつニコラもちゃんと立てるはずだ!
よく考えろ俺。俺は公正公平に考えなきゃ。戦力なんて上がるどころの話じゃない。ほぼ無敵だ。ニコラが負けたことなんてのは見たことない。
しかもこんな不器用・大雑把・能天気なクセしてやるときゃやる男だしなこいつ…。礼儀も作法も身についてるし…。おいおい、俺だけ庶民じゃねーか。いや、貧民だ。
はぁああ。ダメだ。ここはもう承諾しよう。そのほうが…悔しいけど、あと僅かの聖都までの旅の安全性が格段にアップするんだ。
俺はぐっと下を向いてから、ニコラを見上げた。ニコラは俺の様子をうかがっている。言うしかないか。
「分かった。その方がシルにとっても安全だろうし。…あいつ今、追われてんだよ。お前も気づいてると思うけど」
「アルギークの王子ってことなら、個人的に判った。今、アルギークの国内は王派と軍派での内乱だから、その影響かとは思っていたが」
「ん。で、表向き殺されたことにして聖都まで逃げてんだ。聖都まで行けば大神官が匿ってくれるらしい」
俺の状況説明にニコラが頷く。
「なら追っ手を見つけたら俺が相手をする」
「でもお前、騎士だろ。それでアルギークとシエゼ・ルキスが戦争とかになったら」
「騎士と分からない服装でいればいい。どうせ今も、武器と服を買いに来ていたところだしな」
あ。そうだった、ここ店の前。こんな重要な話、一般の市民な武器屋のオッサンの前でしても良かったのか?俺は慌ててオッサンを見たが、オッサンは黙って頷いていた。
いや、頷くってなんでだよ。と思ったらニコラが、ああ、と言う。
「この店主は元シエゼ・ルキスの騎士だ。俺も顔なじみのな。今はここでひっそり武器屋をやってる」
「おう。お前がニコラの知り合いだってんなら安くするぜ」
や、やすく!!俺は思わずニコラの両手を取ってぶんぶん振りながら笑顔で何度も頷いた。
「し、知り合いも何も!めっちゃ仲いいっすよ、ねーニコラ殿!」
「きもちわる」
「ニコラこの野郎」
死んだ目で見てくるニコラに俺は勢いで鳩尾チョップを繰り出すが、あっさり避けられた。くっそ。でもオッサンはその様子に大きく笑ってナイフを何本か出してくれた。
「まぁ、平和そうだな。ニコラ、てめぇにこんな元気な弟分がいるなんて知らなかったぞ」
「とんでもねークソガキだ。刃こぼれした武器で十分だぞ」
「後でてめぇシメる。誰がクソガキだ」
オッサンに笑顔で返すニコラに俺は歯ぎしりした。そう言いながらもナイフを見せてもらう。大きさ、重さ、金属の質、あと装飾。俺に合うのを選ばねーと。
何本か持ってみたり、持ち替えてみたりする。俺が今使っているナイフは一本。これをなくせばもうトホホだ。
だからここで、あと2本くらい買っとこうと思う。今のと合わせて3本になれば、二刀流も夢じゃないし。あとはストックだったり、戦うときに応じて変えたり。
今持っているナイフは、俺が王都からずっと苦楽を共にしてきたナイフとよく似ているやつだ。扱いやすいし、これは買いだな。
あともう一本か。うーん、どれにするか…。大きめにするか、硬いやつにするか、…迷うけど楽しい。
俺が前に並べられたナイフたちを、目をこれ以上なくキラキラさせながら見る。隣でそんな俺をニコラが見ていた。
「なんだよ?」
「お前、戦うことには興味なかったんじゃないのか?」
「あー。だって…魔物多いし、シルばかりにも頼ってられないし。俺だって強くなりたいからさ」
「…そうか」
心なしか穏やかな声が聞こえた。ニコラを振り返って見上げると、…あれ。なんか、優しい表情。いつもの陽気でふざけた笑みじゃない。
こいつ、こんな顔できるのか…と俺が見ていると、突然ニコラがにっこり笑って俺の頭を上からぐっしゃぐしゃに撫でた。うわ!?
「何すんだよ!」
「いーや!ただの盗人のクソガキが多少は成長したみたいで、俺も嬉しいぜ」
「ば、おま、何を!多少の成長どころじゃねーぞ、こちとらお前がいない間にどんな目に遭ってたか…!今ならてめぇを倒せる気がするくらいだっ」
全く!こいつ突然何を言いやがる!そうだぞ、俺だって強くなってんだ!さっさと武器買って装備集めてまた一発ぶちのめしてやる!
慌ててニコラの腕を払いのけ、俺は店主のオッサンに声をかけた。
「おっちゃん、これとこれにする!お代は?」
「そうだな、格安にしとくか」
オッサンが提示したのはかなりの格安。思わず頭を下げて受け取った。結局買ったのは、手持ちのナイフと同じタイプの奴と、もう一個は重くて硬いやつ。
重いナイフはもっぱら防御用にするつもりだ。俺だっていつも攻撃を避けれるわけじゃないし。
ニコラも大きな剣が並べてる辺りをまたぽーっと見ていたけど、買わないらしい。
「俺の剣は今ので十分だからな。皮鎧でも買いに行くか」
「っつか、ニコラ。お前、俺とシルに着いてくるって言っても…もうお前、宿も取ってるだろうしどうやって連絡するんだ?」
武器屋の前のテントから立ち去ろうとするニコラに、一応だけど俺は確認しておくことにした。ニコラは、あ、と声を上げる。考えてなかったな。
「じゃあ明日にまたどこかで待ち合わせるか。この町のシンボルでもある風車広場は分かるか?」
「あ、あの風車。そこの広場でいいのか?」
「ああ。そうだな、…朝の9時くらいか」
「へいへい。シルにも言っとく」
ニコラは俺の返事を聞いて頷き、人通りのない道へ歩き出した。ここは町の路地でもけっこう狭いところだから、こんな夕食時には人が少ないんだな。
あ。そういや。
俺は前に考えていたことを思い出した。まだニコラを実力で倒すのはちょーっとだけ、ほんとにちょっとだけど自信がない。
けど腹立つから奇襲しよう。前に考えたのは、ニコラが大切に毎日真面目に記録をつけていると噂の手帳を奪うことだ。
ふふふ、俺のスリ技が久しぶりに唸るぜ。あいつメモ魔だからどうせポケットに手帳放り込んでるだろ。
俺は心の中では思いっきり悪魔の笑顔になって、実際には何もない風を装ってニコラの背を追いかけた。
「おーい、ニコラー!言うの忘れてたことあるんだけどさ!」
「あ?」
ニコラが振り向く。ちょっと俺が走りすぎて勢いをつけすぎたと見せかけ、ぶつかった隙にスるという魂胆だ。
ニコラまであと数歩、というところで俺は何かにつまずいてよろけるふりをする…はずだった。
―――ツルッ
「うわあああっ!?」
やっべガチで滑った!スローモーションのように俺の視界が変わる。瞬時に視線が俺の足元に移ると…ば、ば、バナナだと!ベタな!誰だポイ捨てした奴!
俺は前のめりに倒れる。うわー、地面とキスするなんてお断りだぞ!
―――ボフッ
…あれ?地面…じゃねーな。ちょっと硬いけど。俺は思い切り顔面から何かにぶつかっていた。ふわ、と嗅ぎ慣れない匂いがする。
…待てよ。待てよ。よぉし、落ち着け。俺がゆっくり顔を上げると。
「相変わらずマヌケだな。あとやっぱチビ」
「う、わ、わ、わぁぁニコラ!!?」
ニコラが俺を受け止めてくれていた。…ってうわああああ!ニコラ!え!うわあああ!俺は慌てて体を離そうとしたけど、ニコラが俺の肩の後ろに手を回してて動けない。
「ニコラ離せぇぇっ!」
「そこでありがとうの一つも言えないのがお前らしいな。足ひねったんじゃねーか?見せろ」
ハッ。い、いや。お前限定だ礼が言えないのは。これがシルなら泣いてお礼言ってた。で、でもニコラに…うーん…。
とか言ってると、ニコラがしゃがんで俺のバナナを踏んだ足の靴を脱がす。そのとき、ズキッと痛みが走った。
「ってぇ」
「バカだな。バナナで足捻る盗賊がどこにいるんだ」
「もう盗賊やめたっての!それより、別にこんなの痛くねーからだいじょぶ」―――グキッ
っっっ地味に痛い!くっ、天罰か!カミサマ、やっぱあんたとは仲良くなれない!ちくしょー…!
するとニコラが俺の捻った足の部分に手をかざした。ふわ、とその手から小さな光が溢れる。
「あ、治癒術」
「…いまいち感覚がないな」
「そうだった。俺、魔法を受け付けない体質らしくてさ。その…心遣いは…う、嬉しい、けど…」
「魔法を受け付けない?」
ニコラが手をかざしたまま、立ち尽くす俺を見上げた。ニコラに見上げられる日が来るとは!と小さく感動するけど、そうじゃないそうじゃない。
「うん。ユハの水の精霊に言われた。あと魔族のオネエも言ってた」
「お、お前どんな体験してきたんだ…。…いや、その体質。そんなわけないはずだ、ありえない」
ニコラが一瞬呆れたように俺を見たけど、すぐ真剣な表情になった。げ。俺、こいつの真剣な顔苦手だ。なんか、俺まで背筋伸びるし落ち着かなくなる。
「ありえないってのは俺も聞いたけど。実質、ほんとにそうなわけで。だからペンダントももったいないことになってんだけど」
「そのペンダントは別にお前にやるが…」
ニコラからもらった魔法攻撃を軽減してくれるペンダントは俺には不要なわけだ。だって魔法効かないもん。けど、これはいつか返す時のためにつけとく。
けどニコラは難しい顔で考え込むように俺から視線を外した。でもすぐに首を振って、はぁ、とため息をついた。
「まぁ、後で考えるか。薬草は宿に置いてきた…歩けるか?」
「歩ける!」
―――ズキッ
「うっ」
「お前な…。…俺も一緒にお前と店回ってやるから。もっと痛くなったら肩を貸してやる。
なんならおぶってやってもいいが」
「べ、別にそんなのいいから!ほら、さっさと行け!」
くっそー!手帳どころじゃなくなった。明日には治ってるだろうけど、これ結構痛い…。しかも肩貸してやるって…てめぇ背が高いから肩借りたら俺の足多分浮くぞ。
しっしっと手でニコラを振り払うと、ニコラが立ち上がって俺の腕を掴み、ニコラの服の袖を握らせた。
「これでマシだろ。ほら、どこ行くんだ?」
「う、うるせ!別にいいっつってんだろ!」
袖を離そうとした瞬間、ちょうどまた足が痛んで思わず俺はニコラの服の袖を強く引っ張った。それをニコラが見て、また優しい表情を見せた。
「ほらな。今はお前も俺も敵じゃないだろ。頼れるときに頼るのも上手な生き方ってやつだぜ」
「……い、今だけな」
優しい口調と暖かい諭すような笑みに、俺は顔を逸らした。はは、と楽しそうな笑い声をニコラが隣で上げた。
「そういや、さっき言い忘れたって言ってたが。なんだったんだ?」
あ…。そうだった。でも、アレ嘘ですなんて言えない空気。何か言おうと頭をフル回転させると、ぽーんと頭の隅っこにその言葉が転がった。
ちょっと俺はその言葉に抵抗する。けど、今じゃないと言えないかも、と思うと決意する前に言葉が出ていた。
「あ、ありがとなって」
うっわぁあああ、もう無理!逃げたい!ぜってー笑うぞこいつ!そう思ってニコラを睨みつけようとキッとニコラを見ると。
嬉しそうに微笑んで、ぽんぽんと頭を何度か軽くたたいてこう言った。
「それが言えるようになったなら、ちゃんと成長してるな」
ニコラはゆっくり歩き出した。俺も慌てて遅れないようについていく。人もいないのに、人ごみを迷子にならないようにしてる親子か兄弟みたいだ。
袖を引っ張りながら無言でついていく俺に、ニコラはときどき振り返って、また前を向いて歩いていく。
小さい頃に誰かとこうしたかったのかな、と俺はふと思った。
夜風は街中を緩く通り過ぎ、だんだん賑やかに聞こえてくる町の中心へ俺たちを誘っていた。




