13 聖セレネへ
バルクスさんの運転する馬車は、水の地を抜けて平原の砂道を走っていた。
今は昼。今日も清々しくなるほど綺麗な青空が広がってて、空に吸い込まれそうな気持になる。
もうメネさんやリェンの作った虹は消えていたけど、俺たちはこの道をストーンとまっすぐ進むだけだ。
少し背が高い草原の間に作られた道をガラガラ、と馬車は走っていく。まだ乾ききらない朝露を乗せた草原が光ってすっげぇきれい。
バルクスさんが安全運転ながらけっこうとばしてくれてる。だからときどき草原や道の端に動物や魔物が見えたけど、すごすごと皆避けていった。
なんだよ、骨のないやつらばっかだな!とは言えない。馬鹿でかくて青い牛みたいな魔物が草原から出てきたときはもう俺半泣き。
シルもいつでも攻撃できるように構えてたけど、走り抜ける馬車に魔物はあまり興味なさげだった。ホッ。
そりゃもうホッなんてもんじゃない。気持ちだけなら俺はウェーイ!とか言いながら馬車から飛び降りて走り出すところだった。
「あと一時間もすりゃ、休憩小屋に着く。そこで飯だ!」
「はーい!」
バルクスさんの声に俺が元気よく返事すると、シルが隣でにこにこ笑っていた。
「どうした?シル」
「ううん、ステイトってけっこう食いしん坊だなって」
「うっ。ま、まぁ…め、飯が美味いのが悪い!」
だ、だってそうだろ!俺がチビガキの頃は味どころか、食べれるか食べれないか。イエスかノーだ。半分はない。
それが今じゃどうだよ。王都じゃヨーウェンさんにも飯作ってもらえたし、旅してる中でもレストランとかユハの伝統料理とか!
エッケプレじゃ何が食えるのかなー、なんて気楽に考えちゃっても仕方ないだろー。
…関係ないけど、一度だけ、本当に一度だけ料理を食って後悔したことがある。
ヨーウェンさんからの頼みごとでニコラに薬草を渡しに行ったことがあって、そのときたまたま昼だったからニコラが手料理を何故かふるまってくれた。
帰りたかったけど死ぬほど腹減ってたから仕方なく!ほんとに仕方なく、けっこういい匂いのする煮込み肉料理を食べた。
…あのときのことはもうやばかった。その美味しそうな匂いと見た目からは想像もできないメチャマズ!どうしてこうなった、むしろどうやったらこうなれる!?
俺でも一万倍美味い飯作るぞ!と顔真っ青にして逃げ出した。その後日、騎士団の下っ端君から、小隊長ニコラ殿は料理だけはどうにも…というコメントをいただいた。
というわけで、ニコラは料理がヘッタクソのメッタメタだ。しかも、当人は普通に食ってるし、「美味い」とか言ってるし。あいつ味覚壊れてるな。
さて。いらねぇ回想はその辺に捨てとこう。
シルが首をこてんと傾げて、綺麗な赤の目を穏やかに細めた。
「じゃあ、僕がまたステイトに料理してあげるね」
「え、あ、でも。お前料理なんてしたことあるのか?」
王子様ってば気を遣っちゃって。どうせお前さんは城のコックに料理まかせっきりだろ。あ、でも熱心なこいつならコックから料理教えてもらってるかも。
と思った俺に、シルがすっごい笑顔で答えた。
「ちょっと自信ないけど、大丈夫!前は皆泣いてくれたんだ。倒れる真似までしてくれて」
あかーん!!これ、ダメなやつ!!俺の直感が警報を鳴らしてる!それ泣いて苦しんでるやつ!それ真似違うただの気絶!だめ!阻止!
とストレートに言ったら多分、この天然君は俺の思ってる以上にションボリするだろう…。マズイと最後まで言わなかったアルギークの城の皆さんにも敬意を示し…。
俺はできる限りの作り笑いで焦りながら言ってみた。
「あ、いや、それより俺が先に作ってやるから、な!王都仕込みの、安い素材でできるだけ美味く、をモットーに俺が作る自信作!」
「でも僕、ステイトに…」
「じゃあじゃんけんで決めるか!勝ったほうが先に作るってのでどうだ?」
「うん!」
か、かかったな!俺はじゃんけんだけは無敗。ってのは盗賊生活のおかげでついた観察力を使い、相手が動いた瞬間に相手が出す手を予測できるからだ。
言っとくけどこれはほんとに無敗。ヨーウェンさん、アリシア、バカニコラ。あと騎士の皆さん、町の市場の商人の皆さん…今まで何度も修羅場を潜り抜けたんだ。
「じゃ、いくぞ!じゃんけん…」
お貴族なシルもじゃんけんは知っていた。シルがぐ、と手を出す。お、これはチョキが来る!俺はわずかに手を開くフェイクをする。
これで動体視力のいいシルも俺の敗北を感じるだろう…だが、そうと見せかけて俺はグーを出す!
「ほい!」
どやっ、俺のじゃんけん術…あれ、れれれ?お?シル…なんで…パーを出してるんだ?えっ?
ぽかん、と俺がシルを見上げると、すごく嬉しそうににっこりと笑って、シルが赤い髪をさらりと揺らした。
「やった、僕の勝ちだね」
「…え、まじか」
う、う、嘘だっ!なぜ!なにゆえ!俺が負けた…だと…。えっ、不敗神話…シル何者だよお前。天の加護強すぎだろ。
「ステイトは観察力も動体視力もいいから、僕がチョキを出しかけたら気付いてグーを出すと思ったんだ。
もちろんフェイクも入れてくると思ったけど…。だから僕はパーに変えてみたんだ」
えへへ、と心の底から嬉しそうに無邪気に笑うその顔が俺には非常に怖く見える。見抜かれてたー!何?ニコラリターンズきちゃうのか?メシマズ同盟?組むの?
いやいやいや。シルが料理下手なんて決めつけちゃだめだ。本当に倒れるほど、涙が出るほど美味いのかもしれない!うおお!希望の光!
俺は引きつった笑顔で普段信じないカミサマに祈るしかなかった。
さて。一時間てのは早い。休憩小屋に着いた俺たちはすぐ食事準備をする。といってもシルが張り切って料理してくれた。
バルクスさんはお昼ご飯を持参してたから、シルの料理は俺とシルしか食べない、ってわけだ。
シルが作ってくれたのは木の実と芋を煮込んだ料理。うん、匂い…異常なし。見た目…木の実の色が出て赤い。お前はどこまで赤色なんだ。
コトンと置かれた深めの皿にたっぷり盛り付けられた芋煮込みスープ。よ、よし。俺は覚悟できたぞ。
「さぁ、召し上がれ」
シルがテーブルの、俺の向かい側の席に座る。にこにこしてるけど、俺の様子を窺がうようにしている。俺はスプーンでそれを掬って、無言で口に入れてみる。
…お、まともじゃねーか心配して損し…ァァァァァア!?お!?辛!いや、甘…酸味、いや渋!?へ、なんだこれうわぁあああ!!?
バターン!
俺は盛大に椅子ごと後ろに倒れこんだ。お、おいっなんか涙止まらないんだけど!
慌ててシルが俺のそばに走って俺の顔を覗き込む。
「ステイト、大丈夫…?」
「へ、へいきだ…!」
「良かった!もっとあるから食べてねっ」
ちょおおお、待って!平気じゃない!兵器!兵器だって!これはニコラも裸足で逃げ出すはず!えぐえぐと涙の止まらない俺をシルが抱き起し、なんかすごく嬉しそうに見てる。
「でも良かった…そんなに喜んでくれるなんて…僕の弟は僕が料理作ったらいつもいなくなってるんだ…」
寂しそうに言われても困る!これは改善の余地あり、なんてレベルじゃねぇぞ!?くそ、ニコラといいシルといい!
でもシルは俺の苦しそうな様子にはまーったく気づいてない。魂飛んでいくぞ…。シルは俺の涙の止まらない顔を、その赤くて綺麗な澄んだ目で覗き込んでいる。
「…?」
「…あ、ううん、ステイトは泣き顔も綺麗だなって」
「…!?」
「僕、泣いちゃったら顔がぐっしゃぐしゃになるんだ。小さいときは泣き虫だったんだよー」
あはは、と言ってシルは俺の体を椅子まで引っ張り上げた。な、なんかさっきすっごいこと言われた気が…!?え、ええい!気のせいだ!
でも俺は、このスープを完食しないと席から立たせてもらえなさそうなシルの超ド級キラキラスマイルに、やっぱり涙が止まらなくなったのだった…。
俺がシルを台所に立たせないための言い訳を死ぬほど考えとこうと励んでいる午後。
すっかり上機嫌のシル、泣きはらした目の俺、そしてそんな俺にビビるバルクスさんの3人はまた馬車に揺られていた。
僕、料理の本とか集めてみようかなーとどんな魔法よりも凶悪な言葉を笑顔でのほほんと言ってのけるシル。
俺はもう疲れ果て、腫れて重い瞼をなんとか押し上げて景色を眺めていた。
もうあの料理のことは忘れよう。二度とシルに料理は作らせないぜ…俺の全てに代えても誓ってやる…!と、俺がひそかな決意を新たにしたとき。
「やばい、魔物だ!今度は退いてくれそうにないぞ!」
前からバルクスさんの慌てる声が!シルがすぐに足元に置いていた杖を取り、ひらりと軽く馬車から飛び降りた。俺もすぐに続く。
バルクスさんは慌てて馬車を引き、だいぶ後方まで下がってくれたみたいだ。
んで、前方に毒々しい色の木みたいな魔物が3体!前にフィリナの森でシルが倒したのと似てるけど、あれよりもちょっと強そうだ…!
ばしん、ばしんと太い鞭のような紫の枝を地面に叩きつけて魔物が威嚇する。シルが赤の目をいつもよりも煌々と輝かせて構えた。
「僕たち急いでるんだ!一気に僕が攻めるよ!」
「サポートは任せろ!」
シルの銀の杖の周りにいくつもの小さな赤い陣が現れた!魔法の詠唱だ!シルが目を閉じて小さな声で詠唱を開始すると、シルの艶やかな赤い髪がバサバサッと激しく風に吹かれる。
同時に魔物たちが一気に鞭のようにしなる枝をシルへ伸ばした!なかなかの速さだけど、俺にはすごくゆっくり見える。
シルの魔法が発動するまでしばらくかかりそうだ。俺はシルの前へ身を躍らせ、すぐにナイフを取り出して空間を一閃する。
いっそ楽しくなるようなピッタリのタイミングで、俺のナイフに魔物の枝が斬られた。ボタボタッと落ちた枝の先がビチビチと気持ち悪く地面で跳ねている。うえーっ…。
詠唱中のシルを守るように、俺はナイフで次々と襲い掛かる枝を捌く。ぼた、ぼたとまるで枝の刺身だ。食えたもんじゃねーけど!
でもなんだか煩わしくなってきた。もう一本ナイフ買おうかな。二刀流ー、みたいな。
そんないらない考えをしてても俺のナイフはちゃんと魔物の攻撃を防ぐ。バキッ、ジャキッ、ザクッ!小気味いいな。
おら、次!と思った瞬間。
俺の腰に突然、しゅるっと枝が後ろから巻きついた。ざわ、と鳥肌が立つ。
「って、後ろか!気づかなかった…この!」
うっわ、びっくりした!ひっそりと後ろから回り込んでたのかよ!
慌てて切り落とすけど俺が怯んだ隙を魔物も見逃さない。今こそ、というように膨大な量の蔓を伸ばしてくる!
おいおい、あれはいくらなんでも防ぎきれないって!俺が思わず目を閉じて身を固くした瞬間。
「業火!オロドルイン!」
突如、魔物の集まっている足元からゴオォ、と勢いよく炎が噴き出した!『勢いよく』なんてモンじゃない、まるで炎の山だ!
シル、あんな技も使えるのか…!魔物の本体が焼かれたことで俺の目の前に迫っていた枝は力なく地面に落ち、やがて燃えて消えていった。
ゴトン、と三つの、硬貨ぐらいの大きさの緑の『コア』が落ちる。ふぅー、と俺はため息をついた。
「もうだめかと。ありがとなシル、やっぱお前はすげーな!」
「ううん、詠唱に時間がかかっちゃってごめんね」
パシ、と俺たちは片手でハイタッチして、それからコアの落ちた前方を見た。すると。
「いやー、素晴らしいわ。アナタたち、見事ね」
突然聞いたことのない声が響いて、パンパンと乾いた拍手の音が聞こえた。な、なんだ?
すると道のそばの大きな木からしゅたっと誰かが降りてきた。うわ、また高いところからのご登場かよ!
現れたのはニコラぐらいの身長がありそうな、かなりすらっとした…お、女?男?
薄紫のウェーブのかかった腰まである髪、踊り子か吟遊詩人みたいなちょっとハデな恰好。
細く切れ長の目の色も薄紫。耳にすごくド派手な宝石の飾りをしてる。
あれ?俺はそのハデな耳飾りに目を引き付けられた。よく見ると、その耳がどこか、変というか…あ!
「み、耳!尖ってる!」
「えっ!?」
俺が指さすと、シルが慌てて目を見開いて相手を見つめた。相手がフフッ、と笑い声を漏らす。
「魔族だから尖っててトウゼンよー。ボウヤたち」
「お、男だ!」
「お、男の人…!」
さっきは突然で分からなかったけど、この声は男!つまりこいつ、オネエ…って違うそうじゃない!さっきこいつ、なんて言った!?
「魔族!?」
「そうよ。久しぶりに人間の国への道が通じてるもんですから、ちょーっと観光に、ネ」
くるん、と肩に降りる薄紫のウェーブ髪をいじりながら妖しく微笑む。髪を弄った手が、紫の口紅が塗られた唇に寄せられる。
「アナタたち、素敵ね。そっちの子、すっごく赤色がキレイ!それに魔法の素質があるのね、アタシも炎は好きよ。燃えちゃうワ」
「えっと…」
シルが困ったように頭をかく。俺も、なんだコイツという目でオネエ魔族を見つめた。
「けどそっちのアナタ、気になるわぁ。アナタってば魔力の匂いがしないんだもの」
オネエ魔族がそう言った瞬間。俺は突然嗅ぎ慣れない匂いに包まれていた。ぎゅ、と背中に腕が回され、俺の頬に薄紫の柔らかい髪が当たる。
嘘だろ、動きが見えなかった!俺は呆然として動けず、ただ離れたところにいた魔族が俺の目の前に移動し、抱きしめられたことだけ気付く。
すん、とオネエ魔族が俺の首元に顔をうずめて鼻を鳴らした。俺にさっきとは比にならないほどの鳥肌がぶわぁッと出る。
「ほんとに何の匂いもしないわネ。人間だって魔力を持つのに?アナタ、不思議。まるで…」
オネエ魔族の言葉は続かなかった。俺は突然解放され、瞬間、さっきまでそいつがいたところにすごい速さと鋭さでシルが杖を振り下ろしていた。
ズガン、と轟音を立てて杖が空を切った後に地面にぶち当たった。砂と石が砕けて土埃を上げる。
「アラ、怖いのネ」
「…僕も、怒りますよ?」
うわっ。そっとシルを振り返って、その表情に俺は思わず凍りついた。シルがすごい笑顔。でもいつもの穏やかで無邪気な微笑みじゃない。
かなり怒ってる。すっごく怒ってる。目がちら、と開くとギラギラと赤く鈍く光っていた。お、怒らせるとああなるのか…。
けど相手は全く動じてない。むしろ楽しそうにウフフ、と手を口に当てて笑う。
「仲いいのネ。やっぱり妬けちゃうー」
オネエ魔族が余裕の微笑みで手をくるんと回した。すると、そこに赤いバラの花束が現れる。
「気に入ったし、自己紹介しとくワ。アタシはロザクオレ。ロザでいいわヨ」
「お、お前!何が目的で…」
「だから、観光。久しぶりの人間の国、何かおもしろいモノはないかしらって彷徨ってたの~」
け、ど!と一回転すると花束からバラの花びらが零れてひらひらと舞う。
「アナタたち、おもしろいからお気に入りにしちゃう!特にそっちの茶髪ボウヤ、アナタの正体、つきとめてあげるワ」
花びらの中で優雅に立つロザが鋭く微笑んだ。ぞくっとする。あれはただのふざけたオネエじゃない…、くっそ、ちょっとあいつが怖い。
魔族ってこんな変なのばかりなのか?それに…こんなおかしな奴なのに、正直戦っても勝てる気がしない。
冷や汗を流す俺の前に、シルがすっと出てその背にかばってくれた。
「ステイトに手を出したら僕が許しません」
「あらっ、ナイトねアナタ!ステキよ~」
「お、俺だって!つか、俺の正体とか期待されてもただの才能のない人間だし」
どぎつい笑顔のシルに、余裕でウフフー、と笑い声を返すロザ。こ、こわい。それに俺、お気に入りされるようなモンじゃないし…。
けどロザは目を細めて、どうかしらと唇をなめた。わっ、顔立ちが美人だから妖艶だ。でもきもい…!
「もしかしたらアナタ、魔族の皆からモッテモテになるかもしれないのよぉ?魔力のまったくない人間なんて…。
せっかくだから教えてあげるけど、魔族は皆、魔力を人間なんかとは比べられないほど持ってるのヨ。
だけどそこに魔力を持たず、受け付けない人間がいたら?アタシの攻撃、アナタに効かないはずよネ」
そう言った瞬間、ぱちんとロザが俺に向かって手を突き出して指を鳴らした。…うん、何も起こらない。
「さっきのは?」
「アナタに攻撃しようとしたの。成功したらアタシの指から真っ黒な茨が出て、アナタをちょっと刺激的に包んでたわネ」
げっ。闇魔法か?植物魔法か?刺激的、なんてもんじゃないはずだ。成功してれば俺は多分、茨でメッタ刺しになってたはず。
ひゅーっと背中が寒くなる。あー…ほんとに魔力ありません体質でよかった…。
けど、ロザは満足そうにうんうんと頷いてた。
「ね?アタシ、無力でしょ?アナタみたいな人間はとーっても珍しいのヨ。魔族が魔法を使えばいくらでも人間なんて支配できるワ。
けどアナタにはアタシの自慢の魔法は効かない。魔族の長もアナタを服従させられない。ウフフ、おもしろいわよねぇ」
「な、何がおもしろいんだよ…」
「思い通りにならないオモチャ、とってもステキじゃない?」
その瞬間。シルの目が見開かれた。シルの足元に黒くて太い蔦が現れてシルの足をがんじがらめにした!
それを俺が見たとき、俺はまたロザに抱きしめられてた。息が当たりそうなほど近い顔に、思わず俺は赤くなったり青くなったりだ。
「な、何だよ!?」
「アタシのおもちゃにならない?」
「…な…、…!?」
へ、へ、…へ…
「へ、変態がァァァァァっっ!!!」
ドガァッ!
うっぎゃあああっ!!俺は思わずロザに頭突きをかまして、片足で思い切りその俺より大きい体を蹴り上げていた!その体が草原にすっ飛んでく。
あっ、でもさっきいい音した!でも鳥肌ァァ!!シル!助けてくれーっ!
半泣きでシルに駆け寄ったらシルがもう足元の蔦を燃やして外していた。シルは思い切り強く俺の手を握って後方へ声をかける。
「バルクスさん!今です!」
「お、おーう!」
戸惑いがちなバルクスさんの声が後方から聞こえた。すると馬車がすごい勢いで走ってきた!え、おい!
さっきのことですっかり混乱して反応できない俺の体を横抱きにし、シルは馬車から出ていた取っ手を掴んだ!うわ、すげぇ!
シルは抜群のタイミングで馬車に飛び乗る。俺もシルに横抱きにされたままぽーんと馬車内に放り出された。うおっ、鼻打った痛ぇ!
「バルクスさん、全速力で!あと備品の弓借ります!」
ちょっと目の前にお星さまが見えてクラクラする俺の耳に、そんなシルの切羽詰まったけど低い声が聞こえた。
ガチャガチャと音がして、それから弦が震える音がする。直後、ギュンッと音がした!弓…?俺は弱弱しく声を出す。
「し、シル…?」
「ステイト、怖かったよね。もう大丈夫、追撃しておいたから」
つ、追撃…。シル…逞しくなっちゃって…。でも俺、もうさっきのショックやらなんやらで力入らね…
馬車がガランガランと勢いよく走る中、俺は安心と気の緩みで意識を失ってしまった。
目が覚めてもお星さまが見えるような気がした。けど、違う。ちゃんと馬車だ。夕方の空が見えて俺は飛び起きた。
「っ!」
「あ、ステイト!よく寝てたね」
お、お…?シルが俺に優しく声をかけてくれる。俺は辺りを見回して聞いた。
「こ、ここは…。街道、か?」
「うん。ステイトが気を失ってる間に平原を抜けて、綺麗に整備されてる道に出たんだ」
見ると、あの草原はもうなかった。片側に林、片側には小川の流れる白煉瓦の街道が続いてる。しかも、光の精霊石を入れた街灯まである!
なんだよー、俺が寝てる間にすっかり綺麗な景色に変わっちまって!俺たちの乗る馬車以外にも、向こうからやってくる馬車や徒歩の旅人の姿もある。
「聖セレネに入国したんだ。もうステイトが騎士に追われる心配はしなくっていいんだよ」
辺りをぼーっと見回す俺に、シルがそう教えてくれた。そ、そっか!聖セレネまで来たのか!ふ、ふぅー。寝てたから感動がない…。
でも、これでもうシエゼ・ルキスの騎士を警戒しなくて済むわけか。てか、もうここまで来たら会うこともないだろうけど。
それでも聖都エリネヴィステにたどり着くまで油断は禁物だ。魔物はどこにでも出るし、シルの追っ手は国を越えてくるだろうし、何より…。
「あの魔族!もうだめだ俺の心がグッサグサのメッタメタに壊れる!」
「落ち着いてステイト。もう大丈夫だから。…けど、警戒するに越したことはないよね。
あんなのが魔族なんて…早く聖剣を探さないとね…僕も手伝えたらいいんだけど」
シルが深くため息をついた。そだ、聖剣。早く聖都に着いて情報を得ないと!俺もはっとした。
ったく!あの変な魔族のせいで時間くった!ロザだっけ?もう二度と会いたくねぇ…!あんなのに会うくらいならニコラの料理食わされるほうが随分マシだ!
いや…それも嫌だけど…。あぁ、俺の苦手リストが増えてしまった。ニコラの次に魔物、そして魔族、ロザクオレ。追加でシルとニコラの料理も。
あんな魔族をぶっ倒せるようになれるなら、俺毎日道場に通ってムッキムキになろうかなぁ、とさえ思う。いや、もうなろう。本気で。
さらに俺の決意が増えたところで、バルクスさんの声が前から聞こえた。
「途中全力でとばしたからか、予定より早く着けそうだ!前を見ろ、もうエッケプレは目の前だ!」
まじか!俺とシルは前へぐっと体を乗り出した。お、おお!確かにこの道の先に町が見える!
木造や石、レンガ、さまざまな建築があるみたいだ!遠目からでも、そのいろんな文化の混ざる町が見える。あれが旅人の町、エッケプレかっ!
俺はすっかり魔族ショックも忘れて目を輝かせた。いろんな情報が集まり、いろんな旅人が訪れる町!市場も異国間交流にあふれてそうだ。
シルも前を見ながら明るい表情でつぶやく。
「とても楽しそうだね。僕もわくわくしてきた」
「おしっ!俺、そろそろ武器を増やそう!着いたら市場行くぞーっ!」
ナイフ!ダガーでもいい、ルマの持ってた短刀みたいなやつでもいい!そろそろ服とかも新調したいしな!
そう思うと俺も楽しみになってきた。あと少しで聖都にも着くんだ、気を引き締めながら楽しんで行こう!
期待に会話が弾む俺たちを乗せ、バルクスさんの運転する馬車はエッケプレへ、ガランガランと音を立てる。
夕方の爽やかで涼しい風が、少しだけ町の食べ物屋台の匂いを運んで俺たちの鼻をくすぐった。




