11 訪れた平穏
まだところどころ痛む体をさすりながら、俺は夕方のユハの空を見ていた。
薄い雲が浮かぶ空は少しずつまた朱に染まる。いつみても綺麗だよなぁ。
午後はシルと、今後のことを話してた。できるだけ早く聖セレネに行きたいところだけど、やっぱりちょっとだけ観光もしていきたい。
何をのんきなことを、とは確かに思うんだけど…。綺麗なユハを案内するって約束してくれたガルデに悪いだろ?
それに、今すぐ馬車に乗って移動するのは俺の体力的にちょっとキツいしさ…。
幸い、この町には騎士もいないし。それに、この町から馬車を借りて聖セレネへ向かえば、すぐに聖セレネ国内に入れる。
ここは実質、もうシエゼ・ルキス国の端っこだからな。一日馬車に乗ったら聖セレネに入国できるし、俺たちの目指す聖セレネの聖都もわりと近い。
まぁ、馬車に乗って二日ぐらいだな。お礼にもらった金を使ってもお釣りがくるくらいだ。
てなわけで、だいたいの予定がついたから結局明日は観光してまわることにした。
やっと一息つけるんだな…あー、なんかいつもより2倍ぐらい夕日がきれいだぜ。
夜ご飯の時間になったらガルデとメネさんがまたここの屋敷に来てくれるらしいし、ちゃんと俺の無事も伝えないとな。
部屋の窓から見える夕空を見たまま、俺はまた布団に転がった。他人のおうちって感じの匂いが布団からふわっとあがる。
落ち着いたら逆に疲れてくるこの現象はなんだろうな。シルもシュイさんたちを手伝いに出て行っていないし、なんか…眠いけど退屈だ。
ごろごろーっと布団の上で転がってるとだんだん疲れて、俺は睡魔に身を任せてみることにした。
「ステイトー、ご飯食べられるー?」
シルの声に俺はもそもそっと体を起こした。え、もうそんな時間?俺数分しか寝てない気がするんだけど。
でも確かに、目を開けてみたら窓の向こうはもう真っ暗。星まで出てるし。
廊下からてくてくとシルが歩いてきて、俺の前に座る。
「大丈夫そう?」
「あ、うん。寝てただけ。えっと、食堂ってどこだ?」
「僕が案内するから。立てる?」
まだちょっと足が痛いけど、気にするもんでもないだろ。と、手を床についてゆっくり起き上がろうとすると、ぐらっと体がバランスを失った。
うわわ、あぶねー。シルがそれを見越してたのか、俺の腕と背に手を回してくれた。
「おっと、ありがとな」
「ううん、いつでも頼って!歩けそう?歩けなかったら僕が運ぶけど」
「運ぶって俺は荷物か。大丈夫大丈夫、あ、でもちょっとだけ支えてくれね?」
あはは、と俺の言葉にシルが笑って、肩を出してくれた。悪いな、なんか。シルの厚意に甘えて、俺は支えてもらいながら食堂へ連れて行ってもらった。
情けないなぁ、俺…早くケガ治らねーかな…。明日には治ってるといいけど。
連れて行かれたのは、俺が寝てた部屋の3倍ぐらいは広そうな部屋だった。うわっ、すげぇ!大きくて長い机の上に所狭しと料理が並べられてる!
まだ準備中のようで、だいぶがやがやしてる。シュイさんや、多分その奥さんと思われる人、他にも客らしき人の姿もたくさん見られる。
俺が感嘆してきょろきょろしてると、すぐ下でか細い声が聞こえてきた。
「あの…」
「ん?あ、フゥか」
シルと俺に話しかけてきたのはフゥだった。もう表情は明るい。ぼーっとした垂れ目が俺とシルを映してる。
「どうしたんだ?」
「もう少し、…ここに、いてくれるの…?」
ちょっと期待してる目だな、これは。うわー、かわいい…!シルがにっこりとフゥに笑った。
「うん、明日はユハの町を見て回ろうかなって思ってるよ」
「じゃ、僕も…行きたい」
「一緒に行こうか!あ、でも神子の仕事は大丈夫なのかな…」
確かに。フゥが一緒に行きたいって言ってくれるのは嬉しいけど…と思ってると、ひょこっと突然ルマがフゥの隣に現れた。
「あたしも行く。置いて行ったら許さないんだから。仕事はいいのよ、別に毎日じゃないし。
リェンもしばらくはゆっくり休みたいって言ってたから」
「ルマ。…じゃ、皆で行こうぜっ!」
俺がシルと双子に勢いよく「おーっ」と片手をあげてみせると、にこにこしてフゥとシルがおー!と続いてくれた。ルマも腕を組んで、ふんっと勝気に笑った。
あ、でも実際に案内してくれるのはガルデだし、てかガルデ、この夕食会に来るんだっけ?
どっかにいないかなー、と広い部屋を見回すと、ちょうどメネさんとガルデが部屋に入ってきた。
「ガルデー!メネさーん!」
あげたままの片手を振って俺が二人に声をかけると、すぐに二人は気づいてくれた。こっちに来て、まずガルデが大きくため息をついた。
「ーーったく、心配して損したぞ!元気そうだな!」
「俺はいつも元気だって。ちゃーんと水龍の暴走も止めて来たし、これにて一件落着ってやつだ」
「本当に無事でよかったわ…二人とも、それにルマちゃんとフゥくんも大変だったわね」
メネさんが双子の頭をなでると、二人とも嬉しそうにされるがままになっている。双子はガルデとメネさんをちゃんと知っているようだ。
まぁガルデは双子のお父さんのシュイさんと友達だし、メネさんは町一番の魔法使いだもんな。そりゃ知ってるか。
「なぁガルデ、明日さ、町案内してもらってもいいか?ルマとフゥも行きたいって言ってんだけど」
「俺はいつでも構わないが、お前の体調次第だな。今も一人じゃ歩くのがしんどいんだろう?」
「へーきへーき、明日には治ってるさ。じゃ、今日は屋敷に泊まるから、また明日双子も連れて朝にガルデの家に突撃する」
「無茶すんじゃねーぞ、坊主」
ガルデがぐ、と拳を出す。俺とシルも拳を作ってこつんと当てた。はい、約束!明日は寝坊できないな。
ガルデとメネさんが双子を連れて、シュイさんと奥さんに挨拶に行ったのを見送り、俺は部屋の隅で座らせてもらった。
シルがすぐそばで、どこからか借りて来たのか、堅そうな紙で扇いでくれる。『団扇』って言うらしい。
「暑くない?しんどくなったらすぐに言ってね」
「過保護だなー。俺は大丈夫だから!シルも熱いなら自分に扇げよー」
ぱたぱたと送ってもらう風は気持ちいい。シルは俺の言葉に柔らかく首を振り、また俺に扇いでくれる。お前は執事か。
やがてお手伝いさんらしき人たちの動きも落ち着いてきて、しっかりと夕食の準備ができたらしい。ルマとフゥが俺たちを席まで案内してくれた。
俺たちの席の近くには双子とガルデ、メネさんがいる。みんなで夕食かー、賑やかだな。こんな大人数でなかなか飯食べる機会はないもんな。
客の人たちもみんな着席したところで、シュイさんが立ち上がってあいさつした。
「みなさん、今宵はこの町を救ってくれた旅人の二人に乾杯を!」
うわわ、照れるって!ルマが立ち上がり、ふざけたように俺とシルの手を掴んで手を振らせた。その様子にシュイさんたちや客の皆が笑う。
「乾杯を!」
その場にいる皆が声を合わせ、そう叫んだ。俺もシルと視線を合わせ、乾杯を、と小さな声で合わせる。そしてがちゃがちゃといろんな音が響く夕飯が始まった。
俺も見たこともないような地域料理をいただきながら、ガルデやシュイさんたちの質問に答えたり、冗談を聞いてたりした。
なんか、楽しいな。皆楽しそうに笑ってるし、ご飯も美味いし。
こうやって皆が安心して食卓を囲める風景は、ちょっとだけ俺には眩しく思えた。
夕飯会がお開きになり、客人が皆帰ったころ。シルが片づけを手伝っている間、俺はルマとフゥに暇つぶしの話をしろとせがまれていた。
「話って。別になんもないって、ほら、お前らは手伝わなくていいのか?」
「今日はいいんだって。ね、一個ぐらい面白い話、ないの?」
「僕も…聞きたい」
なんだよー。釣り目と垂れ目が興味深そうに覗いてくる。俺、あまり話とか得意じゃねーんだけど。でもまだ部屋を見ると、けっこう片づけも時間がかかりそうだ。
俺が手伝うにはちょっとまだ体が痛いし。…まぁ、軽く昔話でもするか。
「じゃ、テキトーに作り話してやる。昔な、この国の王都に小さいガキが捨てられたんだ。ガキはまだろくに周りのことも分かってない。
そんなとき、そいつを拾ったのはなんと!巷で噂の盗賊団の親分だったんだ」
「ついてないわねぇ」
「まーな。そのガキは結局、その親分のもとで盗みの勉強をさせられて、それが悪いことだとも知らずにお金持ちからいろんなものを盗んでいったんだ」
「…怖い」
「そうだなー、でもガキは結局捕まったんだ。そりゃ、腹も立った。何が何だか分からないのに盗みをさせられて、揚句捕まえられたんだ。
しかも、盗賊団の親分は助けに来てくれなかった。誰も信じるもんじゃないなって、ガキはたった一人で考えた」
「寂しいやつね」
「そんときはそいつも、自分が寂しいなんて思わなかったさ。でも、幸せなことに、そいつはその後、すごく優しい人に引き取られたんだ。
そこからいろんな失敗をしては怒られたり、諭されたり。そんな中で、怒ったり嫌ったりするだけじゃなくて、他の大事なものにガキは気づいていったんだ」
「…よかった」
「そこからそいつはどうなったと思う?」
にや、とルマとフゥに笑ってやると、双子は顔を見合わせた。ルマは半分呆れたような、けど優しい表情で言う。
「さぁ。今はちゃんと『いい』人に変わったんじゃないの?」
「フゥはどう思う?」
「えっと……もう盗みはしないって決めた、かな…?」
「そう思うかぁ。そいつはまだ自分のことを『いい』やつだとは思ってないし、悪い盗みはしないけど必要なら仕方ないかとも思ってる。
けど今はすごく幸せに暮らしてるんだぜ。
何が言いたいかって、まぁ…人との出会いとかは大切にしたほうがいいってことだな」
最後はぼーっと壁を見ながら話していた。…まぁ、幸せだな。今は幸せな話だ。おかしいな、暇つぶしするだけのつもりだったのに今までを振り返っちまう。
ルマがそんなぼんやりしている俺の腕をつんつんとつついて言った。
「作り話じゃないんでしょ、主人公のガキって」
「どうだかな。もしかしたら俺かもなー」
「あんたなら納得するわー」
小馬鹿にするような勝気な表情で、ルマが息をつく。フゥは俺をぼーっと見上げて、少し微笑んで言った。
「でも…幸せになって、よかった」
「…そうだな」
俺はルマとフゥの頭に手を伸ばして、両手でわしゃわしゃと撫でた。二人のコメントで、少し俺は救われたような気もする。ちょっとだけ安心した。
俺、ちゃんと『いい』やつになれてんのかな?自分じゃよくわからないけど…。最近では、誰かに必要とされることを嬉しく思うようになった。
これは進歩と呼んでいいんだろうか?
「ま、あたしはあんたが仮に元盗賊でも気にしないけど。今のあんたはユハの英雄なんだし」
「僕も…悪い人とは、思えない…から…」
どりゃ、と言いながら俺の手を頭から外すルマ。俺の手に手を伸ばし、そっと触れるフゥ。
まぁ、こんなこと言ってくれる奴らを助けられたなら、それでいいか!
「ま、作り話だからな!ほら、片づけほとんど終わったぞ。もう外も真っ暗じゃねーか。子供は寝る時間だぜ」
「あんただって子供じゃない!」
「…え、えっと…」
反応もそれぞれな双子に、俺は必殺技を突きつける。
「早く寝ないと、明日寝坊するぞ。寝坊したら町案内、置いてくからなっ!」
「…おやすみなさい」
「い、いいわよ寝てあげるわよ!いい夢見るのね!」
うわっ、効果覿面だな!双子はまた手をつないで、すたこらと去って行った。それと入れ替わるようにシルが廊下から現れる。
「片づけ終わったよー。どうする?お風呂沸かしてもらってるんだって。入る?」
「うーん…俺は体拭くだけにしとく。なんか俺も眠くなってきたし…シルは?」
目をこする俺にシルはこくんと頷いた。
「じゃ、僕も。なんだか、ステイトが無事だって分かって安心したから疲れちゃった。今日は早く寝て明日に備えようか」
俺に合わせてくれなくてもいいのに、と思ってシルを見たら、ちょうどシルが口に手を当ててあくびをしていた。上品だな。俺なんか大口開けてあくびするのに。
シルがまた俺の体を支えて立ち上がらせてくれる。昼にいた寝室へ連れて行ってもらいながら、俺は明日には体が治ってるようちょっと祈った。
気が付いたらもう朝だった。どうやら俺は、布団まで運ばれたら即寝てしまったっぽい。昼間あれだけ寝てるのになー。
ちょうど朝ご飯の時間の前だったみたいだ。俺が布団から起き上がるのと同時に、シルが俺を呼びに部屋に入ってきた。
「おはよ、シル」
「おはよう、ステイト。よく寝てたみたいだね。今から朝ごはんだけど…先に傷、見せて」
そういえば、傷。昨日まではずきずきしていた腕や足も、そういえばあまり気にならないな。
服をめくってみると…あれ。痣が、傷が…全部消えてる。ぽかん、として俺は腕を見たままシルに言った。
「シル、傷とか全部なくなってんだけど」
「え?…わ、本当だ…!いくらなんでも…早いね」
シルが俺の足とか腕とかをまじまじと見つめる。俺もびっくりして、どこかに傷が残ってないか、腕を回したりしてみた。けど、やっぱり完治してる。
おいおい、二日だぞ?今までもこんなにケガが早く治るなんて、なかったはず。確かに薬草は効いてるんだろうけど…それを差し引いても治りが早い。
「…けどまぁ、治ったんならそれで儲けものだな。そいやっ」
布団から跳ね起きてみる。文字通り、びょんっと布団から飛び出た。うわ、体軽い!しかも、痛みとか全然ないし!
前より良くなってないか、と思ったけど、そういえば身体能力向上の『羽』をリェンにもらったんだっけ。そりゃ能力上がってるよな。
「見ろシル!完治だ完治!ひょっほーっ!」
「あ、朝から跳ねてちゃダメだよ…。でも、治って良かった!さ、朝ご飯食べに行こう?ルマちゃんとフゥ君ももう起きてるよ」
ぴょんぴょん布団の上で跳ねまくる俺に、シルが肩をすくめながら笑った。あ、そうだ!今日は観光だったな。俺が寝坊してたらバカにされるだけじゃすまねーぞ!
「おしっ、なんか腹も減ったし!行こうぜシル!」
「うんっ!」
今度は先に俺が部屋を飛び出し、シルがいい返事をしながら俺の後ろに続いた。うおーっ、体が軽い!思い切り体を動かしたくなるぜ!
もう朝ご飯を食べ始めていたルマとフゥ、それからご両親とお手伝いさんたちにあいさつして、俺たちもすぐに朝ごはんをいただいた。
俺の体が完璧に治ったのを聞いて皆驚いてたけど、これでひとまず心配かけずにすむわけだ!そう思うと気が軽いぜ。
それからすぐに準備して、屋敷を出る。空は快晴!雲一つない青空だ!ちょっとあったかいぐらいだし、遊んで回るにはもってこいって感じだな。
俺たちがガルデの家を訪ねたのはちょうど朝の8時を告げる鐘が鳴った頃だった。
ガルデは家の前で草むしりをしていた。その背中をどん、と叩き、ガルデによっと手を上げる。
「おはよっす!見ろガルデ、俺の体調完璧マックスだぜ!」
「おお、おはよう坊主ども。って、本当か!?あの傷を一晩で…どんな薬草使ったんだ」
俺がぴんぴんしてるのにガルデは目を見開いて驚いていた。ついてきていたルマがあきれた様子で言う。
「フツーの薬草よ。別に高級種でもないし…。こいつが体力馬鹿なんじゃないの?」
「うるせーなルマ。確かに治りは早いって言ったけどさ」
シルとフゥが俺を見て、良かったねーってほんわかしてるのとは対照的にルマは相変わらずの強気だ。一方ガルデはほっとしたようで、俺の頭をぐしゃぐしゃ撫でる。
「ガキは元気なのが一番だ!なんにせよ、治って良かったな」
「うおぉ、もとからのクセ毛がもっと酷くなるだろ!」
「んで、今から町を案内していいのか?正直、俺よりも優秀なガイドがそこにいるんだが」
ガルデが俺の頭から手を放しながら笑う。ガイド?あ、ルマとフゥか。まぁ神子だもんな、この町のことは知り尽くしてるか。
と思ったらルマとフゥは首を横に振る。
「今日はあたしも観光客だから」
「僕も、です」
「お、そうか。じゃあ俺に任しとけ!まずは町の外の湖群を見に行くか?ああ、町の中心の噴水もいいな。
昼飯はこの町で一番美味い食堂を紹介してやるぜ。午後からはすぐそこの『学校』に寄るぞ」
ガルデがすぐそこの建物を指さす。そういや、ここが学校になってる施設なんだっけ。
「でも、なんでまた学校?」
「町に来るとき、シルヴェスタが水魔法を習いたいって言ってただろう。今日の午後はメネが特別授業を開いてやるってさ。
ルマとフゥも水魔法を習ってる最中だし、一緒に行けばいい」
俺の問いにガルデが答え、シルが嬉しそうに顔を輝かせた。って、ルマとフゥも魔法使えるんだな。神子特有のあの不思議な技だけかと思ってた。
あー、でも俺は魔法授業を見に行っても意味ないな…。魔法使えません宣告されてるし。
かといってぼーっと過ごすのも…。ちょっとだけ体を動かしたい。
「なぁガルデ、この町に武闘道場とかないのか?」
「あるぞ。この町じゃ、剣、弓、格闘技の3つに部門分けされてるが」
「俺、そっち行っていいか?俺魔法の才ないし、ちょっと対人で戦ってみたいし」
「ああ、分かった。じゃあ午後から連れて行ってやる」
おっしゃ!リェンからもらった羽飾りがどれだけ俺を助けてくれるか、確認しとかないとな。そう思った時、俺の首元でチャリ、とチェーンの音がした。
そういや、ニコラからのペンダント、ずっとつけっぱなしだったな。魔法防御の助けになるってことだったけど、俺に魔法が効かないのが分かったし…。
外しちゃおうか?と細い鎖に指をかけ、…ちょっと迷ってやめた。これはニコラに返すやつだ。忘れないようにつけとこう。
それじゃあ、出発だ。ガルデを先頭に、俺たちは雑談をしながらユハの町の中を歩いて回った。
ユハの湖群はいつ見ても壮観だ。草原にぽつぽつと遠くまで見える湖といくつもの川。背があまり高くない草の原が広がり、大地が生き生きとしている。
湖は晴れて青く染まった空を反射して、明るく萌える草原に青い広がりを見せていてすごく絵になる。これは確かに、自然名所にも選ばれるわけだ。
しばらくそのあたりを歩き回り、この辺りの気候や湖の形成の説明云々を聞いているとすぐに昼になった。町に戻って、生活感あふれる小さなお店に入る。
ガルデ行きつけの店らしく、店主のおじいさんも値引きしてくれた。ユハの町の伝統料理のコメ料理を食べて、いよいよ『学校』へ向かう。
俺はここでいったんシルたちとはお別れだな。
「じゃ、また後で授業の成果見せてくれよー」
「うん。なんとかマスターしてみるよ」
「あたしたちもあんたをギャフンと言わせるような魔法、教えてもらうんだから!」
「びっくり、させます…!」
おお、気合入ってる。学校施設の入り口で待ってたメネさんのもとにシルたちが行き、施設の中に入って行く。俺はガルデに連れられて、学校の裏へ歩いた。
「病み上がりで大丈夫なのか?」
歩きながらガルデが俺に聞く。俺はそれにふふん、と胸をそらして答えた。
「元気すぎて恐いぐらいだ。ちょっとは体動かしとかないと、鈍っちまう」
「お前は何と戦ってんだ」
「バカ騎士をぶちのめすために日々努力してる」
「喧嘩も大概にしとけよ!ガッハッハ」
俺の真顔の返事にガルデが吹き出した。当たり前だろ!俺の一番の敵はニコラ・シフィルハイドただ一人!他は雑魚だ雑魚!
あいつは格闘とか剣技がアホみたいに強いから、俺も地道な努力を重ねないといけない。俺の魔法効きません体質もあいつのまえでは意味をなさないのである。ちくしょう。
そうこう言っている間に、学校施設よりも少し大きな施設についた。大きな扉があって、その中からはビターンだのドカーンだのバキッだのなんだの聞こえてくる。
もうこの音だけでだいぶ過酷だなー、帰ろうかなと俺は思った。
「どうだ?入るか?」
「あ、当たり前」
「んじゃ、どうすっかな。俺ぁ、道場の主とダチだから話つけてやる。来い」
ガルデの人脈広いな。まぁ、この気さくな感じからしても知り合いは多いんだろうなあとは思うけど。
扉を開けると、すぐに熱気が迫ってくる。おお、広いな。壁も床も木でできているこの道場では、ひたすらに何人もが格闘技の組み手をしてる。
「ガルデ、ここは格闘技しかやってないのか?」
「ああ。ここは第一道場。第二道場で剣技、第三道場で弓を専門に訓練している。まずは主がいるこの道場から訪ねていかないとな」
部屋とかはなく、もう入った途端からズドーンと全部道場。あちこちからビターン、バターンと人が地面に叩きつけられる音が聞こえてくる。
端の通路を通って俺たちは奥に進んだ。道場の一番奥では、大きな布の上に座って瞑想か何かをしているおじさんがいる。
髭も髪も真っ黒で長い。頑固そうな表情で、いかにも道場の師範って感じが溢れてるな。ガルデが近づくと、片目が開いた。
「む、お前か」
「よう、キトビ。相変わらずだな」
キトビさんというらしいおじさんは、ガルデの後ろにいた俺をじろっと見る。
「えらく細いのを連れて来たな。弟子入り志願か?」
「いや、ちょっと暴れたいらしい。ステイト、こいつが道場の主だ。東方の格闘技を極めている」
「あ、こんにちは」
キトビさんがすくっと立ち上がった。ガルデと同じくらいの歳に見えるけど、だいぶ体が鍛えられてるのが服越しにも分かる。
俺が頭を下げると、キトビさんが厳めしい顔を少し柔らかくして俺に握手の手を差し伸べてきた。
「私が道場をまとめているキトビだ。お前はずいぶん細く見えるが、戦えるのか?」
「俺、ステイトです。あまり力は強くないけど、素早さなら自信あります」
握手を返した途端。その握手されている手に力が込められた。あ、やべ。そう思った瞬間ぐるんと腕を中心に力がかけられた。
でもなんか、ゆっくり感じる。俺の脚が浮き、キトビさんが俺を試して投げ技をかけようとしているのに気付けた。
俺は腕を掴まれたまま体を折り、両足でキトビさんの腹を思い切り蹴った。その反動で腕がキトビさんの手から抜け、俺の体はびゅんっと後ろに飛ぶ。
そのままバク転するのと同じ要領で俺は体を回し、スタッと着地する。うおお、ちょっとびっくりした!
今までよりも攻撃に反応できるようになってる!これも羽飾りのおかげか?それとも、ちょっと強くなれているんだろうか?
「なるほど。私の攻撃に反応するとはなかなか筋があるな」
「握手ぐらい落ち着いてさせてくださいよー」
俺は余裕っぽく笑って見せるけど、内心けっこうびくびくしていた。これは確かに、縦続けに攻撃されたらただのサンドバッグにされるだけだな。
でもさっきのでキトビさんに認めてもらったようだ。長いひげを撫でて大きく頷いてくれた。ガルデも感心したように腕を組んで俺を見ている。
「よし。お前の武器はなんだ?」
「短剣です」
「では、第二道場だ。剣技を学ぶ者の中には短剣を使う奴もいるだろう。久しぶりの飛び入りの客だ、私もついて行こう」
ご親切な!俺、そこまで世話見てもらっていいんだろうか?けっこうキトビさんの顔恐いから、もっと冷たくあしらわれると思ってた。
さっさと先に行くキトビさんの後ろで、俺の考えを見通したようにガルデが小声で俺に囁いた。
「あんな強面のくせに、根は親切でお節介な奴だからな。あの厳めしさは仮面だと思えばいいぞ」
「あ、うん」
なるほど。人は見かけによらず、だな。俺もすぐにガルデと一緒に、第一道場を出るキトビさんを追いかけた。
さぁて。俺の力はここでどれくらい通用するんだろうか?
ちょっと緊張するけど、やっぱりわくわくして俺は足早に第二道場へと向かった。




