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ルキスの剣  作者: 夜津
第四章 世界の行方
104/131

96 ベルの音

 **



 目覚めたその時、真っ先に体に飛び込んできたのは波の音だった。


 少し遠くから聞こえる波の音に目を覚ました俺は、ゆるゆると腕を動かす。俺が目を覚ましたのは森の中。大きな木の洞の中で、俺は丸くなって眠っていたらしい。


 俺の体には、木の蔦や雑草が絡んでいた。体を動かすと、俺に巻きついていた細い蔦がぶつっと切れる。木の洞から土の地面に這い出ると、潮の匂いと森の匂いがツンとした。

ぼろぼろになった服を着たまま、森を歩く。森を抜けると白い砂浜に出た。目の前に広がるのが海だと分かった時、どうしようもなく懐かしくなった。 


 その時、ふと俺は当たり前のことを思い出した。どうしてそんなことを忘れてたんだろう、とも思った。


 ―――ここが俺のいるべき場所。俺が守る場所。俺はここをずっと守ってきたんだ。…ちょっと居眠りしてただけ。夢を、見てただけ。


 当たり前だった。ここには昔から俺だけがいて、この島を守ることが俺の使命で。…他には何もない。ただ、ぼんやりと長い夢を見ていた気がするけど…それは思い出せない。


 気付けば後は早かった。俺はずっとこの島で一人、時間を過ごした。海を眺め、森と眠り、廃墟で雨をやり過ごし、崖で星を見上げた。そんな毎日が普通で、当たり前で。

外敵がもし訪れたら、全力でそれを拒むだけ。そう知っていた。…外敵なんてこの島に来るはずないことも知っていた。ここは隔絶された島で、他の世界との交流を断って久しいのだから。 


 ―――俺は、島の守り人だ。


 

 ただ、俺の名前だけはどうしても思い出せなかった。


  

 *


 訪れた外敵は、目を瞠るほど綺麗な黒髪をしていた。人間だ。ぼんやりと海を眺める男が、森の木々の隙間から見えた。驚いた俺は呆然として、森の木の枝に腰掛けたまま男を眺める。

さらさらした黒髪が海風になびいている。見えた背は大きく、ちら、と森を振り返る男の藍の目に俺は木から落ちそうになった。


 ―――…どこかで、見たような。


 いや、そんなはずない。俺はずっとこの島にいて、島を守り続けてきたんだから。一人で、誰とも会わずに。そうだ、外敵は排除しなきゃ。

思い直して錆びたナイフを手に取る。今着ている服は、島の中にある廃屋の中で見つけたものだ。教えられた記憶はなかったけど、それを考えることもなく着られた。けれど、このナイフは違う。

ナイフは俺が木の洞で眠っていたときから傍にあった。目覚めた後日、洞を覗いて見つけたこれを、俺はよく使っている。

 

 僅かな動揺を隠すため、俺は廃屋で見つけていた仮面をかぶった。まともに顔を見られるのはどうも嫌だった。


 ―――殺せばいいんだろうか。海に沈めればいいんだろうか。


 …方法はどうでもいい。あの男をこの島から除かなきゃいけない。


 どこかあの男に見覚えがあるような気がした。懐かしい気がした。それを俺は否定し、動揺を隠すように森の木から飛び降りる。あとは本能に従って、無我夢中でナイフを振るう。

男の声も、俺は知っている気がした。いや、知らない。知るはずない。…知るはず、ないのに。


 男の腕を『力』を使って凍らせる。顔を歪めた男は、一瞬小さく笑った。酷く悲しい笑みだった。……やっぱり、俺は…この男を…。

けれど、知るわけないんだ。


 ―――叫んでも、足掻いても、何もわからない。俺を乱さないでほしい。俺はこの楽園の島を守り続ける、そうすべきなんだ。それ以外の何者でもない、…はずだったのに。


 仮面を剥がされても、男の強くたくましい腕に掴まっても、抱きこまれても何も思い出せなかった。ただ心が揺れ続けている。押さえこまなきゃ、そうでないと、…俺が壊れてしまいそうで。

全てを燃やし尽くしてしまおう。この男の全部。俺を乱すこの男は危険で、この島の秩序を壊しそうなこの男は危険で、消すべきなんだ。


 なのに、男の低く、優しく、柔らかい声は俺の胸に軽く刺さった。


 「思い出せ、テレステイア」


 ―――その瞬間、分かった。




 こっちが『夢』だったんだ。




  

 **


 徐々に目覚める内側の何か。ふつふつと泡が零れて昇るように、小さくて鮮やかに輝く記憶が蘇ってくる。俺の名前。この男の名前。旅した場所。友達。出会った人。大事な人。綺麗な景色。たくさん、たくさん溢れてくる。

世界を一瞬でぐるっと廻ったような感覚が押し寄せて、視界が淀む。つぅっと温かいものが頬に垂れた時、心の中で俺の声が正しく呼び起された気がした。


 『何泣いてんだよ、情けねぇなバーカ!』

 『お前の目の前に誰が立ってんだよ、もっかい目ぇ見開いて確認しろ!また馬鹿にされんぞ!』

 『思い出したんだろ。俺の名前も、コイツの名前も、…俺の帰るべき場所も』


 ここじゃない、俺の帰るべき場所。カラカラン、と乾いた音を立てる入り口のベル。つんとした薬草の匂い。笑顔で迎えてくれる妹分と俺の保護者代わりの人。市場へ行けばおばちゃんやおじちゃんが笑ってて。

町をふらふら歩けば猫とすれ違う。やんちゃなチビどもの相手をして、飽きたら時計塔に上って鳩と戯れて。んで、屋根の上を走ってたら町の人が俺を見上げるんだ。

 

 笑って手を振れば、ドカーンと爆発でもするように叫ぶ声が聞こえる。俺は舌打ちして、その声の主に言い返すんだ。


 『馬鹿野郎、下りて来いステイト!』

 『バカって言った方がバカなんだぞバカニコラ!バーカ……ってうわ!危ないだろナイフ投げんな!』


 懐かしい。帰りたい。もう全部思い出したから。分かったから。俺を抱きこむのは、その馬鹿騎士だ。…この島まで俺を追ってきたんだ。…ほんと…、馬鹿野郎だ。…俺もこいつも。

けど顔を上げたら、ニコラも泣いていた。笑いながら泣いてた。お説教は後で聞こう。そんな風に呑気に考えながら、俺はニコラに抱きついた。


 懐かしくてたまらなくて、どうしようもなく嬉しくて。


 「ニコラの馬鹿!!」

 「後で……覚えとけ、馬鹿野郎…」


 空は夕暮れ。日が落ちるまで、俺たちは言葉を交わすことも動くこともできなかった。



 *


 夜風が島に吹く。俺は一人、砂浜に寝そべって空を見ていた。俺の手には、俺やニコラや世界中の人を巻き込みまくった全ての始まり、全てのきっかけがある。


 ニコラの聖剣だ。思ってたよりも細く、そっけない聖剣を軽く睨む。…これをアルバートが盗まなければ、今頃こんなことにはならなかったんだぞ。

そうだ、アルバート。あいつ、どこに消えたんだろう。って、そうだ!アルバートどころじゃない!シルは元気かな、シェンユゥやノーリも、ゾイも…。今っていつ?俺、どのくらいここにいるんだ?


 少しずつ現実が俺にじわじわと迫ってくる。…この俺の長い髪。確かに、そろそろ切ろうかな…と思ってたとは言え、肩より長くなってるなんて。どんだけ正気を失ってたんだろう。

いや、ニコラが来なかったら…俺は名前を思い出すことも、記憶を思い出すこともなくここで一人で『島の守り人』をしていたんだな。


 それはすごく寂しい気がする。


 柄のない聖剣の刃に少し触れる。うっかり指先を切らないように気をつけて、そっと撫でる。冷たくて気持ちいい。このただの一本の剣が、世界の闇を引きずり起こしたんだから恐ろしい。

けれど、これがなかったら俺は自分が何者なのかを知ることなく生きることになってた。他人のありがたみをここまで知ることもなかったし、世界を旅することもなかった。


 世界は滅ばなかった。ノイモントは消えた。…俺はきっとうまくやれたんだ。…んで、ちゃっかり生きてる。てっきり死ぬかと思ってたけど、死にたくなかったし…良かった。


 なーんて考えてるから。つぷっと聖剣の刃先が俺の指に食い込み、赤い筋が指に浮かんだ。イテッ…これ、地味に痛くなるやつだ…。けど赤く浮き出た血を見て実感しちまう。俺、やっぱり生きてんだな。

舐めるとしっかり鉄の味がして、誰も見てないのにナイスなリアクションを取っちまう。うぇー、みたいな表情。


 ニコラは島の探索に出ていて、ここにはいない。俺は正直、早く帰りたかったんだけど…ニコラが感慨深く島を眺めてこう言ったんだ。


 『本当に、忘れ去られた楽園の島だな。ここでお前と暮らすのも悪くはない』


 殴りました。蹴りました。バカヤロウ森でも走って頭冷やして来いクソ騎士が!!!と砂浜から追い出しました。…あいつ笑いながら森に消えていったぞ不気味な…!

けど、あの笑い方は久しぶりに見た。俺の反応を予想してたような笑みがまた非常に腹立つ。…あぁ、くっそもやもやする!


 あいつと二人で暮らすなんて…。朝起きて、あいつがマズい飯作る前に俺が素敵な朝食作っとくだろ?昼も夜も、アイツのゲキマズ飯を阻止するために俺が飯作るだろ?嫁か俺は。


 いらっとしたので俺は聖剣を持って立ち上がり、伸びた髪を…贅沢にもこの聖剣で!ある意味憎い聖剣でザシュッと!切ろうと思ったんだけど…片手で持つには結構重いじゃねーかコレ。

一人ふらふらしてるところに、呆れたような声が聞こえた。


 「趣味の悪い踊りだな…」

 「ち、違ぇよ!」


 ばっと後ろからニコラが俺の手から聖剣を取り、もう片手で俺の髪をぐっと掴む。ひ、引っ張り過ぎだ痛い痛い!と、ざくっと音が聞こえて引っ張られる感覚がなくなった。…お、頭が軽い。


 肩ぐらいまでニコラが髪を切ってくれたらしい。切った髪を砂浜に埋めるニコラが犬のように見えてちょっと笑いそうになった。…あ、睨まれた。


 「これでいいか?」

 「あー、うん。やっぱ短い方が楽でいいな」


 ニコラが森で取って来たらしい果物を受け取って齧る。並んで砂浜に腰をおろし、波が寄せては退いてを繰り返すのを少しの間黙って見ていた。しゃく、と果物をかじる音が隣から聞こえる。


 「…いい島だな」

 「…俺はシエゼ・ルキスの方が好きかも。賑やかだし」

 「お前専用の別荘みたいなものか」


 なるほど別荘か。どっちかというと実家なんだろうけど。…それでも慣れ親しんだあの町がいいな。あ、待てよ。家賃滞納してどれくらいになるんだろう。


 「ニコラ…あのノイモントからどれくらい過ぎたんだ?」

 「半年だ。…世界は恐ろしく変わったぞ。まず魔王率いる魔国が大陸に現れ、和平の交渉をしている。各地でドラゴンが目覚め、さらに精霊は力を増している。

  世界に様々な力が満ち溢れ、豊かになった反面で魔物はまだ減りそうにないな。騎士団の方でも魔物討伐任務が増えている」

 「は、はんとし……家賃…うわぁぁぁ…」


 どさっと背中から砂浜に倒れ込むと、隣に座るニコラが声を上げて笑った。

 

 「そうだな、早く帰らないとお前の借りている部屋が売りに出されるかもな。王都じゃ皆、お前が死んでるんじゃないかと考えているぞ」

 「ゲッ。知らないうちに墓でもたてられてたら泣ける」

 「…だが、ときどき俺やヨーウェン氏、アリシア嬢が掃除に入っているから安心しろ。家賃はヨーウェン氏と俺で払っている」

 「わぁぁ…ヨーウェンさんありがとう…」

 「俺には何もないのか?」

 

 ぷいっと横を向いてると脇腹を小突かれた。ごにょごにょと礼を呟いてから、今度は小さく独り言ちる。


 「そっか…ゾイもちゃんとやってんだな。和平なんてすげぇな。ドラゴンが目を覚ましてももうノイモントが来る気配もないし…本当に世界って変わったんだな」

 「お前がやったんだろうが。…俺は何もできていないというのに、世間から祭り上げられてるんだぞ。聖剣の継承者だ、勇者だ、と」

 「…お前もちゃんとやったよ」


 苦いニコラの言葉に、俺は横を向いたまま返す。…そうだ。ニコラの言葉と行動がなければ、俺は決断できなかったかもしれない。

世界のために、守るもののために魂を差し出したコイツを見て…俺はようやく動けた。ただの弱虫で臆病者だ。…俺も、笑ってやろう。


 「勇者様バンザイ、聖剣バンザーイ、…ってか?いいじゃん、勇者だぞ?歴史に名前残るじゃんか」

 「やめろ。…俺はただの騎士だ。たった一人の奴のために国宝を使ったんだぞ」

 「ん?お前恋人いたっけ?やるな…王都に残した恋人を密かに守るため…泣けるエピソードだな」


 たった一人、ね。からかうように笑うと、ニコラが目を閉じて笑った。


 「王都に残していない上に恋人じゃねぇぞバカガキ。……気付いて言っているならお前を砂に埋めて俺だけ帰る」

 「待てよ連れて帰れ」


 よいしょ、と起き上がる。そっと立ち上がって、浜辺の傍に一本立つ大きな木へ歩み寄る。洞の多いこの木は、使えそうな物を放り込んで棚代わりにしていた。

一つの洞に手を突っ込んで、探し物を取り出す。チャリ、となるそれを、浜辺で座っているニコラに渡した。


 「…ありがとう。全部終わったんだよな…だから、これ返す」


 いつかニコラからもらったペンダント。…これはずっと俺の首にかかってた。俺が『守り人』として目覚めた時、外してこの洞に突っ込んでたんだけど。

思い出せた今返しとかないと忘れてしまいそうだ。ニコラは黙って受け取って……アレ。すっと立ち上がって、またペンダントを俺に着けなおす。おいおい待て待て待て。


 「違う違う。お前に返してるんだって。俺に着けてどうする」

 「言っただろうが。返したかったら俺を倒してからだ、と。…まさか俺を倒せる自信がついたのか?」

 

 …こいつ…!にやりと笑うニコラはもういつも通りで、俺は吹き出す。あーあー、そうですか!俺はニコラの足元を蹴りながら言った。


 「俺が勇者様を倒す一人目になってやるよ!覚悟するんだな!」

 「…そうだな。そこまでお望みなら、俺も聖剣で戦うしかないな」


 チャリ、とペンダントが俺の首元で輝く。星の光は海を照らし、輝かせた。俺たちの声、風の音、海の音。ここにはそれしかない。…世界の果てに二人きりだ。

けれど俺たちに果ては似合わない。


 一際大きな波が押し寄せ、足元に少しだけ水が辿り着いた。それが砂浜に浸みて消えるのを見つめてから、そっと言った。


 「…今から帰っても夜だし、アンデッドモンスターと勘違いされそうだな。どうせなら、晴れた朝に帰って町中ひっくり返すぐらい驚かせるほうがいいよな」

 

 森の木々が風に揺れる。ふと思い出した、お気に入りの場所がこの島にある。俺はそっとニコラの手を掴んで引っ張った。


 「今日はここで寝て、朝になったら帰ろうぜ」

 「ステイト?」

 「こっち、来い」


 おとなしく腕を引かれるニコラを連れて、砂浜を後にし森を抜ける。森を少し超えた先、そこには廃墟の町がある。…と言っても、崩れた石の建物が少しあるだけだ。

そこを横切り、別の林の方へ抜けると小さな広場に出る。円状の広場はちょうど島のど真ん中に位置してるらしい。


 住民の憩いの場だったんだろう。大きなテーブルとベンチがあるここに、俺はよくいた。


 「ここでよく雑魚寝してた。眠くなったら適当に寝ろよ」

 「…あぁ」


 俺は大きなベンチを占領して、横になる。朝が来るのが待ち遠しかった。もう一度瞬きしたら朝になっててほしいくらいだ。早く、皆に会いたい。ヨーウェンさん、アリシア、町の皆に。シルやゾイ達にも。

そのために、長い夜を越えなきゃいけない。


 と、俺が横になってる頭側から音が聞こえた。薄目を開けるとニコラがベンチに座っていた。俺の頭の横にニコラの膝。そのまま寝たら体勢ツラいだろうに…と思いながら俺は目を閉じる。


 少しして眠気がやってきた。そのとき、ゆるゆると俺の頭を撫でる手の温かさを感じた。…昼寝する猫を撫でるような手つきに少し笑いそうになる。けど、眠気はさらに増した。

もういいや、このまま寝ちまおう。悔しいけど、…この手に撫でられると落ち着いてしまう。安心しちまう自分がいる。今日ぐらいは、それを認めてもいいかと思った。


 

 そういえば、いつか見た夢だ。絶海の孤島の真ん中で、誰かと寄り添って眠る夢。あれはニコラだったんだ。


 穏やかで静かな夜。再び光が射すまで…少しだけの眠りに落ちた。もう目覚めるのは怖くない。おやすみ、と囁かれた声に小さく頷いた。



 **


 朝日が昇ると共に、俺達は島を後にする。ニコラの聖剣があればまたここに来ることもできるらしい。瞬間移動もできるなんて便利な聖剣だよな…。

聖剣の使用者であるニコラに触れないと俺も一緒に移動できないってのはちょっとアレだけど。ニコラの手をちょっとだけ掴むと、ぐっと握り返されて驚いた。声を上げる間もなく次の瞬間には光が溢れて世界が塗りつぶされる。


 少しの浮遊感を越えてから、世界の匂いが変わったのを感じて目を開く。草の匂い。乾いた風の匂い。…目の前には草原が広がっていた。


 朝の草原に他の人の姿は見あたらない。けど、すっごく懐かしい景色。草原を越えて、少し道を歩けば…。慣れ親しんだ俺の帰るべき場所がある。あの向こうに見えるのは…王都を囲む壁だ!

ニコラを振り返ると、ニコラは聖剣をそっと下におろしながら柔らかく微笑んでいた。


 「半年ぶり…いや、お前にとってはそれ以上だな。久しぶりの、お前の帰るべき場所だ。…一番最初に行きたい場所へ向かうといい」

 

 その言葉を聞いて真っ先に思い浮かんだのは…やっぱりヨーウェンさんの薬草屋だ。ヨーウェンさんが待ってる。アリシアもきっと…待っててくれてる。あの間抜けたベルの音が…俺を迎え入れてくれる。

そう思うとたまらなくなって、俺は数歩草原を蹴るように走った。けど、走ってからあれ?と思って振り返る。ニコラはまだじっと立ち止まり、俺を見守っている。


 …なんで?


 「…ニコラ?お前も王都に帰るんだろ?」

 「ゆっくり歩いて帰るさ。…ヨーウェン氏たちとの再会に、水は差したくない。先に行って、元気な顔を早く見せて来い」


 ニコラは聖剣を手に、風そよぐ草原を遠く眺めた。…変な気の遣い方しやがって。俺はまたずんずんと数歩戻り、今度は俺からしっかりニコラの手を掴んだ。


 「ステイト?」

 「お前も行くんだよ!俺は行く場所が多いんだし、その…お前のこと邪魔なんて…思ってねぇから!」


 全くこれだからバカニコラは!俺はもうニコラの顔を見ずに、ぐんぐんとニコラの手を引っ張って歩く。ニコラは遠慮してるのか、最初はゆっくり俺に手を引かれていた。…けれど。


 突然グイッと手を引かれる。そう思った次の瞬間、ニコラが俺の手を握り直して俺を追い越した!いきなりだったからつんのめりそうになる俺に、手を引くニコラが言う。 


 「だったら早く行くぞ!今日は忙しくなるだろうからな!」


 振り返って笑うニコラは…すごく嬉しそうで、すごく楽しそうで。唖然と立ち止まりそうになった俺も…思わず笑ってた!頷いて、手を離した後は二人で競争するように王都へと走る。


 ―――会いに行こう。皆に。


 ふっふっふ、町の皆の驚く顔が楽しみだぜ!せいぜいひっくり返って驚くんだな!


 少し前を走っていたニコラを一気に追い越す。ヨーウェンさんの薬草屋のベルの音が早く聞きたくて、アリシアの驚く顔が見たくて、…また皆に会いたくて走る。



 草原から吹くのは追い風。懐かしい王都の門を、俺たち二人は走り抜けていった。

 



 

 ―――カラカラーン、と間抜けたベルがドアを開いたときに鳴り響いた。




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