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ルキスの剣  作者: 夜津
第四章 世界の行方
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94 新たな世界

 *

 

 仄かな光、穏やかな波の音。俺は今、どこにいるんだろう。


 歩いているのか漂っているのかも分からない。世界がぼやけて、境界も何もないように感じる。


 ふと、無の世界に音が響く。鐘の音だ。どこかで聞いたような…。


 「お、いたいた!」


 少年の声だ。けど、きっと知らない声。やけに鮮明に聞こえるそれに、俺は返事もできないまま聴き入った。


 「…あちゃ、体が壊れかけてる。魂もぼろぼろだ…。…そりゃそうだ、あんだけ無茶してたんだし」


 体?魂?…俺のことを言ってるのか?ふと幽かな光が形を作る。どこかで見たような気がする少年の表情が悲しげに曇るのが見えた。


 「トルメルの力でノイモントを変換しちゃうなんて、よく実行しようと思ったんだな。それを、世界を丸ごと守るための守護結界に変えちゃうなんてさ。

  あんたのおかげで世界はものすごい変化を迎えてるよ。俺の口からは到底語りつくせないし、きっと世界に生きるみんなも気付くまで時間がかかるだろうなぁ」


 独り言のように紡がれる言葉。俺はその言葉を聞いて酷く安心して、そっと力を抜いた。その瞬間、俺の中から何かが剥がれ落ちていった。少しずつ、少しずつ。


 「…わわ、やべっ。崩壊が始まってる。…治せるかな…けど、きっとまだ間に合うよな…」


 だんだん少年の声が聞こえにくくなってきた。世界が歪む。ぼんやり霞んで、光も闇もない世界にのまれていく。


 「…うん、俺が勝手に決めちゃうのはよくないよな。あんた、まだ俺の声が聞こえる?あんたは今、体も魂も、とんでもない無茶をしでかしたせいで消滅しかけてるんだ。

  けれど、時間をかければ修復できるかもしれない。まだ俺たちの世界にあんたがくるのは早いと思うんだ。だから…」


 ザァ、と波の音がさっきよりも強く聞こえた。つんとどこかで感じたことがある匂いがする。…どうしてか、懐かしい。


 「俺とあんたを繋ぐ場所。島で一人、ゆっくり眠れば…島の生命力があんたの体と魂を戻してくれるかもしれない。けど、あんたが戻ることで島にはまた強い守護結界が張られる。

  あんたは島で生き延びることができるけど、もう他の誰に会うこともできない…かもしれない。もしかしたら今までの記憶を失ってるかもしれない」


 波が寄せる。穏やかな風、柔らかな熱。心地よい声。…俺、今、すっごく眠い。ダメだ、寝ちゃ…。けど…。何か大事な話をされてる気がするのに。

ばらばらと何かが俺からすごい速さで剥がれていく。けど、もう何もわからない。ただ今分かるのは、すごく眠くて…すごく寂しいことだけ。


 「それでも、生きる?」


 鮮明に聞こえた選択肢。もう俺が俺であること以外、何も思い出せなかった。薄く見える目の前の少年が誰なのかも、俺が今まで何をしてきたのかも。全部剥がれていった。

あと少し剥がれたら、俺はきっと消えちまう。俺の真ん中にある芯がそう微かに伝える。最後の力を精一杯振り絞って、俺が俺であるうちに…俺は頷いた。


 「…分かった。じゃ、後は静かに眠るんだ。きっといつか起きられる。……俺が島…導いて…る……ら…、あ…たは…、眠…て…………」


 もう声は聞こえない。姿も見えない。ただ、波の音だけが響いて、柔らかな日差しに包まれた気がした。

 

 ―――眠ろう。今はただ、…………。




 俺の世界は、幕を閉じた。




 *


 *



 闇の脅威が去り、半年が過ぎた。四季が緩やかにみられる大陸の真ん中で、いよいよ冬が去り春の息吹があちこちに感じられるようになった頃。


 シエゼ・ルキス王国では王が一人書類をまとめていた。先ほど王城の会議室で行われていた会議では、新しくなった世界について意見が交わされていた。

ノイモントという脅威が突然去ったあの日から、世界は少しずつ変化を見せた。まず大陸の北東、バームス砂漠の傍に突然新たな土地が現れた。そこには既に、国ができていた。


 かつて時空のはざまに存在していたとされる魔界。それが、あの日から突如、大陸の仲間入りを果たしていたのだ。魔国ノイマーティアと名称が改められ、魔の王と人間の王たちが話し合いを持つ機会を与えられたのである。

時空のはざまという不安定なものは、闇が去ったあの日に世界から消えた。今まで人間の世界から遠い存在であった魔族が、大陸の住人として現れたことは大きな意味がある。


 魔王は人間の世界を侵略するのではないか、という意見も国内外各地で出たが、意外にも魔王の方から和平の話を持ちかけてきたのである。驚いたのは人間も、魔王の配下である魔族も両方であった。


 半年前から続いた会議。荒く若く見えるが狡猾で強かな魔の王に、シエゼ・ルキスの若き王も負けてはいられない。領土や魔族と人間との関わり方などを話しあえたのはとても有意義だった。

どうして魔王が、素直に新世界の規律を作ることに協力したのか…その理由は本人の口からは明かされていない。


 ただ、このことについてはジギスムント王にも思い当たることがあった。『あの日』以来、その姿を完全に消した一人の少年が関わっている気がしてならないのだ。

少年を最後に見たのは、魔王とその配下二人、そして隣国アルギークの王子と…もう一人、シエゼ・ルキスの誉れ高き新たな『勇者』。


 勇者の帰還は華やかだったが、その当人は表情を明るくしなかった。無事持ち帰った聖剣と、その継承をした新たな勇者の噂はあっという間に大陸中に広まった。たくさんの物語が勝手に作られるほどだった。

しかし彼は勇者と呼ばれるのを良しとしなかった。あくまで一人の騎士である、と言い張り、聖剣を王国へ返還したのである。


 今も彼は一人の騎士として町警備に力を入れている。町の人や観光に来た外国の者から『勇者』と呼ばれると、悲しげに微笑んでその場を去るのだという。


 王も複雑な彼の心境を察している。消えた少年を可愛がっていたのは、他ならぬその騎士だったからだ。王自身も、少年の世話をしていた兄も突然の失踪に心を痛めていたが、悲しみの深さはその騎士と比べることはできないだろう。

そして、少年のことは誰も触れられない話題と化していった。名を呼ぶ者も、半年経った今ではもういない。


 「…あやつめ、どこで寝ておるのか…」


 ジギスムント王も、世界の規律が整う度にあの少年の笑顔が脳裏にちらついた。誰よりも世界の平和を考え、尽力しようとしていたあの少年だけがこの世界から切り取られたようにいなくなってしまった。


 「…何も言わずに消えおって…」


 誰もいない会議室に、若き王の苦いつぶやきが響く。


 *


 城の外、広場では多くの町の民が集い言葉を交わす。賑やかな声、笑う人々、走り抜ける子供。俺は一人、そんな町の様子を眺めながらベンチに座っていた。

上司や知り合いに見られれば、職務怠慢だと頬を抓られるかもしれない。町の民の平和を守る騎士が、何をぼさっとしているのか…兄さんなら容赦なく俺をしばき倒すだろう。寧ろそうして欲しい、と思う俺もかなりまいっているらしい。


 あいつが消えたあの日から、世界がどうも味気ない。


 聖剣を携えて、シルヴェスタと共に王都に帰った時も。王に報告した時も。何を勘違いされたか、『空を覆った闇を祓ったのはこの騎士だ、勇者と呼ぼう』と皆に持ち上げられた時も。 


 ―――俺じゃない。災いを祓ったのは、俺でも聖剣でもない。…あいつなんだ…。


 そう言えば誰もが笑った。『あいつみたいな頭空っぽのガキに何ができたんだ、冗談はよせよ』と。俺の言葉をそのままに受け取ったのは、王やヨーウェン氏、聖セレネの大神官達だけだった。

勇者だと称えられれば称えられるほど、心の中が重くなる。あいつの笑顔まで忘れそうになる。今はもう、誰もあいつの名前を呼ばない。どこに行ったんだろう、と尋ねる者もいない。


 あいつの帰りを待つのは俺以外にもいるだろう。全身泥まみれになって、愚痴を垂れながら帰ってくるに違いない。…そう信じて、半年が過ぎた。だが音沙汰一つない。

今は聖セレネに戻っているシルヴェスタもきっとあいつの帰りを待っているはずだ。当然、俺もあいつが…死んだとは考えていない。


 ―――どこをほっつき歩いてやがる。


 思わず奥歯を強く噛みしめていた。それに気づいたのは、ドンと肩を後ろから誰かに叩かれた後だった。


 「信じられねぇな。これが勇者サンかよ」


 鼻で笑うような低い声にゆるゆると振り返ると、銀の髪の男が立っている。物語の中の吸血鬼を彷彿とさせる鋭い歯、そして赤く輝く目。魔王か、と理解してから俺はため息をついた。

俺の様子に魔王は呆れたのか、つまらなさそうに肩をすくめる。


 「…俺様と戦った時のアンタはどこに行ったんだか。今じゃ野犬にも負けそうだな」

 「……なんとでも言え」


 呟いてからふと考える。魔王と直接会ったのは半年ぶりだが、魔王は半年間シエゼ・ルキス王城に通い、ジギスムント王や他国の王たちと和平の話し合いをしていた。ならば敵の王でもないのだ。…俺の振る舞いは不敬にあたるのだろうか。

しかし魔王は気にしていないようだった。誰がどう見ても情けない俺の姿に、目を閉じて口元を緩めている。


 「会議が終わって広場に寄ってみりゃ、噂の勇者サンがしょぼくれてんだ。馬鹿にしないわけにはいかねぇだろうが」

 「俺に何の用だ、魔王ゾイロス」

 「落ち着け。……アイツ、まだ見つかんねぇのか?」


 穏やかな魔王の表情とは裏腹に、その言葉は俺を突き刺すには十分だった。今まさにそれを考えていたところだ、と思うと頭が痛くなる。俺は大きくため息をつき、首を振った。


 「半年待った。手がかり一つない」

 「…そうかい」


 広場のあちこちから視線を感じる。それは俺に向けられているのもあれば、明らかに魔族である魔王に向けられているのもある。魔王は俺の隣のベンチにどかりと座り、足を組んで広場を眺めた。

どういう風の吹き回しなのか。攻撃的、という印象しかない魔王が和平を申し出たこともそうだが、本気で殺しにかかっていた俺と穏やかに談笑、とは。


 俺の考えを読んだように、魔王が笑った。


 「アイツ、最後にこの俺に言いやがった。魔族の代表として魔界を纏めろ、人間の世界を脅かせば容赦しない、ってな。あんなツラで言われりゃ、守らねぇと夢に出そうだ」

 「…それだけの理由で、か?」

 「それだけの理由で、だ。俺様はこう見えて一途なんだぜ」


 どういう意味だ、と睨むと魔王は笑いながら再び肩をすくめる。少しの沈黙の後、広場の噴水が水飛沫を上げるのを見ながら魔王が続けた。


 「アイツと関係あるか知らねぇが、この俺様とやりあったアンタに情報をくれてやる。まず一つ目に、…今、トルメルの島には誰も近づけなくなっている」

 「…島?」


 鳩が一羽、バサバサと音を立てて羽ばたいた。無邪気な子供の手から逃れ、白い鳩は大空に飛び立っていった。それを目で追いながら問う。魔王のため息が隣から聞こえた。


 「境界戦争以来、実はトルメルの島には出入り自由だったのさ。昔は何人たりとも寄せ付けない守護結界が張られていたが、戦争の時にそれが破られていたっつーわけだ。

  そのせいでトルメルの民族は絶滅に近い状態になった。島は荒れ、目ぼしいものは何もなくなっていたが…ひとまず行こうと思えば行けていた。

  それが、だ。つい先日、気まぐれに行ってみようと試みれば…その島は姿を隠していた。魔力じゃどうにもならない力を感じた。…あれは、島の守護結界が再び張られてる証拠だ」


 …守護結界、か。…俺もこの半年、何もしなかったわけではない。文献や学者の話を聞き、『トルメル』という民族について調べてきた。そんじょそこらの歴史学者には負けないほどに。

故に魔王の言っている意味は理解できたつもりだ。…トルメルの島に、最近変化が起きているというわけか。


 「…情報一つ目がそれということは、二つ目があるのか?」

 「急かすな、勇者サンよ」

 「………勇者じゃない。騎士だ」

 「こだわりって奴か、ニコラさんよ。…まぁいい、二つ目だ。その昔、守護結界が張られたトルメルの島に初めて上陸できた人間は、聖剣を持つ勇者ルキスだけだった」


 魔王がガタリとベンチから立ち上がる。黒のマントについた埃を払いながらその言葉を続けた。


 「つまりだ。推測するに、忌々しいあの聖剣にトルメルの守護結界を無視できる何かがあるんじゃないかっつーことだ。あとは俺様も知らねぇよ」

 「疑問がある。何故それを俺に伝えた?」


 俺はベンチに座ったまま、陽を背に立つ魔王を見上げる。逆光で見えにくい表情は、少なくとも険しいものではないように見えた。


 「俺にできることがあるならもうやってるさ。俺にできることは、この情報をアンタに伝えることだけだ。直接価値があるかもしれねぇ行動を起こせるのは、残念だがアンタだけだと言ってんだよ」

 「…」


 魔王は、今度は俺に背を向け一歩足を踏み出す。その足元に白く魔法陣が浮き上がった。…転移魔法の陣か。魔力を大量消費する転移魔法が楽に使える点においては魔族が羨ましい。

去り際に、魔王が俺を振り返る。ふん、と鼻を鳴らして魔王が口元に弧を描いた。


 「勘違いすんな。トルメルさんに会いたがってんのは、アンタだけでもなければ人間だけでもねぇんだよ」


 ヒュン、と高い音。魔法陣の中に消えた魔王を、俺は呆然と眺めていた。広場のあちこちでささやくような声が聞こえる。少し薄雲に隠れていた陽が完全に姿を現し噴水の水を照らすと、俺はそっと立ち上がる。

思い思いの時間を過ごしている人々の間を静かにすり抜け、俺は王城への道を歩いた。今が町警備の任務中だということも忘れ、王に会うことだけを考える。


 今聞いたことを話さねばならない。そんな使命感に駆られていた。


 ―――だが、それ以上に。


 「……、……くそっ」


 ―――会いたい。一刻も早くあいつに会いたい。


 思わぬ相手からもたらされた鍵。その鍵を、試さずにはいられない。半年もの間ぼやけていた世界の幕が上がったようで、思わず一人で苦く笑う。

石畳を足早に進む自分の足音が鮮明に聞こえ、目前にそびえる王城が久しぶりにくっきりと見えた。



 * 


 王に先ほど聞いたことを伝えると、すぐに王は俺を城の地下に案内した。隠し階段の先に入ることができるのは、歴代の王と聖剣の正式な継承者のみだという。

黴臭く、冷えた暗闇をランタンが照らす。無限に続くかのようにも思える長い螺旋階段を、王が先に下りていく。


 「…まさかここに入ることになるとは、のう。実は儂も、ここに入るのは初めてじゃ」

 「この先には、何が…」

 「眠り続けた記録と聞いておる。つまり、そう簡単には明かせぬ秘密が眠っておるのじゃろう。王とて興味本位で足を踏み入れてはならぬ、聖域じゃ」


 王はどこか面白がるように言っていたが、実際はそう笑えるものでもないらしい。階段を降りきると、いくつかの扉があった。王は俺を振り返り、いくつかの扉を指さす。


 「ほれ、その扉とこの扉。ここに鍵穴のようなものがあるじゃろ?これは聖剣を鍵代わりに突き刺すと開くようになるのじゃ」

 「倉庫ですか?」

 「似たようなものじゃが、こっちのは『封印』じゃ。開けば、勇者ルキスが封じた『大なる魔』が解放される。奴らは聖剣によって眠らされ、さらにこのように封印されておるのじゃ。

  しかしもう、この扉の向こうでは目覚めておるかもしれぬな。…知ってのとおり、『あの日』以来世界は変わったのじゃ。ドラゴンは全て目覚め、精霊の力は増した。新大陸まで発見されておるのじゃから。

  きっと『大なる魔』も引きずられて目覚めておるじゃろう。しかしそちという新たな聖剣の継承者がいる限り、封印はまだ破られぬはずじゃ」


 つまりかつての災厄、『大なる魔』を解放するかしないかは俺の選択に委ねられているわけか。当然、俺が聖剣を継承している間に解放するつもりはない。…もう苦労事はこりごりだな。

小さく笑った俺に、ジギスムント王も年相応にニヤリと笑う。そして、最も大きく荘厳な扉の前に立った。


 「用があるのはこちらの扉じゃ。この扉の奥には、ルキスや激動の時代の王たちが残した『記録』がある。世界を揺るがす秘密もあるはずじゃ。

  儂はここで待っておるから、そちだけで必要な情報を探してくると良いぞ。そちを信頼して言っておるのじゃ」

 「…、はい」


 俺一人にだけ記録を明かすのか。王自身の目で確認しなくていいのだろうか、とは訊ねない。王は…聖剣とルキスが認めた俺に、全てを託している。そう気付けないわけがなかった。

王が持っていた聖剣を俺に預ける。半年ぶりに持つ聖剣だが、やはり昔から自分の物だったようによく手に馴染んだ。…それが少し悔しいが、今はこれに頼るしかない。


 ―――あいつが戻るのなら、俺は何だって利用する。それが『勇者』という、偽りの地位であったとしても。


 扉の『鍵穴』に聖剣を挿す。その瞬間、聖剣を中心に大きな陣が現れた。魔法陣とは文字も形も違う、歪で不安定で…何故かそれが美しい魔法陣。学者たちは聖剣の力を、魔力由来とは違う『神力』と呼んでいた。

陣が輝くと、扉が僅かに開く。ジギスムント王が穏やかな表情で頷くのを見た後、俺は一礼して扉を開いた。


 足を踏み入れると、埃臭さが増す。地面が薄く光り輝き、真っ暗な地下の部屋が照らされた。大部屋の内部に浮き上がったのは、いくつもの石版だ。石版が…宙に浮いて漂っている。回遊魚のように緩やかに周回していた。

猫のように飛びついて石版を取るわけにもいかないので、ひとまず奥へと進む。


 部屋の最奥には、大きな台座があった。テーブルのような台座の傍に、小さな石の塊がある。何気なく触れると、突然石板に青い光が走った。光は文字を浮かび上がらせ、掠れた音を出す。


 『…起動、確認。コード883…4度目ノ起動ヲ確認。起動者ノ認証ヲシマス……』


 「…驚いたな」


 思わず独り言が出た。ギギギ、と何かを処理するような音が聞こえた後、部屋がぱっと明るくなった。漂っていた石板が規則正しく整列し、地面の近くに下りてくる。


 『起動者ヲ確認シマシタ。聖剣継承者、称号:デウテロン。旧暦コドリフ暦クランシュ月エゼル、ニ相応スル生誕記録。ニコラ・シフィルハイド氏デスネ?間違イナケレバ中央ノ石版ニ触レテクダサイ』


 …な、何だかよくわからないが。恐らく間違いはないな。恐る恐る中央の石版に触れると、石版に文字や記号が映し出された。


 『記録ノ検索ヲ補助シマス。モニター右ノAパネルニ触レテクダサイ。記録ノ編集・追加ヲ行ウ場合ハ、モニター左ノZパネルニ触レテクダサイ。案内ヲ終了スル場合ハ、モニター下ノボタンヲ押シテクダサイ』


 案内音声はどこから出ているのだろう、と思いながら石版の右側に指を滑らせる。ピン、という音とともに石版に映される様子が変わった。ちょうど映像転写魔法のように、モニターが切り替わる。


 『キーボードヲ操作シテクダサイ。言語依存文字ガ異ナル場合ハ、左下ノパネルデ再確認シテクダサイ。現在ノモードハ、エレウテリア暦シエゼ・ルキス王国仕様デス。更新履歴…エラー。コチラハ閲覧デキマセン』


 なおも補足案内を流し続ける音声を無視して、俺はパネルに『トルメル』と打ち込む。決定パネルを押すと、少しの時間をおいてから記録が石版上のモニターに並べられた。

よく見れば石版の後ろ側に、数枚の石版がするすると入っていく。さっきまで宙に漂っていた石板の幾つかだろう。記録石版とでもいうのか?なら、この大きな台座は本体なのだろう。


 本体に記録が残された石板を読み込ませ、情報を表示する。基本的だが、面白いシステムだ。…これも魔力ではなく、聖剣と同じ『神力』に依存したシステムなのだろうか。


 恐らくルキスが残したと思われる記録を読んでいくと、中には自分が知っている記録もあった。だが、それはもう知り尽くしている。任務の空き時間、休日、その時間のほとんどをトルメルについての学習に回したんだからな。

同僚や上司、部下からもよく言われるようになった。騎士を辞めて学者になるのか?と。それもいいと考えていた。


 自分の知らない隠された情報を探さなければならない。何も見つからなければ、またあいつへ近づく道が伸びてしまう。…希望を与えられた後に叩き落される絶望は、何よりも暗く深いことを俺は知っている。


 だが、まだ世界は俺に希望を与えるつもりらしい。一つの項目が目に入った時、俺は石版を壊す勢いでパネルを叩いた。


 『項目表示:トルメルの島へ行く方法』


 『大陸南西の遺跡の国にて暗号を発見。座標と思われるそれを、聖剣の宝玉に入力する。宝玉を二度指で叩き、座標番号を宝玉面に指で書く。入力後再び宝玉を指で二度叩く。

  聖剣所有者及び所有者に触れている者を座標先へ転移させる。座標番号:I4ts771-lim65。

  なお別項目に【大陸座標記録】一覧を作成。聖剣所有者のみ、座標記録の複製の持ち出しを許可する』


 すぐに座標記録の項目を開き、案内に従って紙媒体のコピーを作成する。しばらくすると台座の足元部分から一冊の本が発行された。古びた紙だが、俺にはこれが全ての希望に見えた。

そっと本を抱く。大して太くはないこの一冊。…これがまた、俺たちを繋ぐはずだ。


 俺はそっと操作を終えた。終了、のボタンを押すと再び幾つもの石版が宙に浮かんで漂い出す。明かりが少しずつ落とされ、仄かに部屋を照らすのは足元の床だけとなった。


 ―――行こう。今すぐに。 


 外はもう夕暮れが近づいているだろう。…だが関係ない。あいつに会えるのなら、真夜中だろうが関係ない。…あの馬鹿を探しに行こう。


 「…感謝する。ルキスと…聖剣を与えた誰かに」


 パチン、と部屋の奥の台座の電源が落ちた。



 *


 王は何も俺に問わなかった。ただ、部屋の扉を閉じて地上への階段を上るとき、俺は王から聖剣を預かった。…俺が頼んだのではなく、王が望んだことだった。


 「シフィルハイドよ。やはり聖剣はそちが持っておくべきじゃ。今までは、ルキスの肉体がないために聖剣を『台座』へ安置しておったが、今はそちと言う立派な継承者がおる。

  聖剣も、他に使う者もない城の隅に置かれるよりは…認めた継承者と共にある方が良いじゃろうしな。…これは、そちが誓いをたて、道を切り拓く為に与えられたものじゃ。

  …あやつが帰ってこれば、王国主催で正式に…そちに聖剣を譲り渡す式典を開くつもりじゃ。覚悟しておくのじゃな」


 …王は全てを見通す目で俺を見ていた。聖剣を渡された時、俺は…どんな顔をしていただろうか。階段を上り終え、玉座の間に辿り着いたときに王は俺の肩を強く叩いた。


 「さぁ、早く…あの馬鹿者を連れ戻すのじゃ!」

 「…ありがとうございます!」


 玉座の間に他の者の姿はない。俺はただ一人、王に見守られて聖剣の宝玉に『座標番号』を書く。二度指が宝玉の面を叩くと、足元にあの歪な陣が浮かんだ。

余計なことを考える暇もなく、陣から眩い光が飛び出して引きずり込まれる感覚がした。強く握った聖剣が、空間と空間を越えていくのを確かに感じた。


 ―――転送が始まる。


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