92 終わりへ向かう
眩しい光が収まった時、俺はごつごつした石の地面にうずくまっていた。ざり、と砂の味がしてゆっくりと体を起こす。…塔が、消えてる…。
天高くそびえたっていた『塔』はその姿を消して、延々と続く砂漠が広がっていた。俺がいるのは塔があった場所…、円状の広い石床の広場。見渡せば、シルやノーリ、シェンユゥも同じように倒れていた。
そうだ…ゾイは?ニコラは?まだ頭が追い付かないまま見回すと…、いた。二人とも、石床の広場の真ん中でしっかりと立ってる。…おい、ちょっと待てよ。まだあいつら戦う気なんじゃ…!?
「…!」
すぐ立ち上がって二人の元に行こうとする。けど、ふと気づく。…二人とも、空を見つめていた。…空に、何が…?俺は動けないまま、つられて静かに空を見上げて…言葉を失くした。
―――空が、真っ黒に塗りつぶされていく。
そうとしか表現できない…!ぽたり、ぽたりと黒の絵の具を落としたような…空のシミができていて、それがじわじわと空を食いつぶすように広がっていってる。……あれは、…。
「…いよいよ始まりやがったか」
ゾイの声に、俺は我に返った。始まった?一体何が…。クク、と笑う声は、どこか薄っぺらく聞こえてくる。
「想像以上の眺めじゃねぇか。なるほどな、そりゃ世界も食われるわけだ」
そうゾイが呟く間にも、空の黒色が広がっていく。おかしいよな…、いつもなら雨は空から降るのに。今は空が水溜りで、波紋が広がるように…黒の滴が空に落とされていくように見える。
静かだけど、それは確かに大きな始まりだった。…いよいよ、始まったんだ。
「ノイモント…あれが…」
俺の近くで聞こえたのは、呆然とするシルの声だった。シルも、空の様子に目を見開いてる。気が付いたらしいシェンユゥとノーリも、俺たちの様子にそっと空を眺めた。…俺はまだ、動けないでいる。
「…こりゃ、…すごいなー…」
「………」
ノーリはいつも通りに見えたし、シェンユゥも何も表情に出さない。ただ、…この事態を受け止めきれてないのは、きっとここにいる全員だ。俺だってあんなに聞かされてたけどさ…こんな景色を見たら何も言えない。
夜の闇とも違う暗黒が、世界を塗りつぶすように広がっていく。激しくも煩くもないのに、恐ろしく静かで…虚無を抱えた『終わり』が始まっていた。
―――ヒュオオオォォッ……
「っ、ウィル!?」
この声は!不気味な空から流星のように舞い降りてきたのは、深緑のウロコを輝かせる飛竜のウィルだった。いい子でお留守番をしてるのかと思ったら…飛びまわってたのか?
慌てて駆け寄ると、砂地に着陸したウィルがキョロキョロとしながら焦ったように俺に告げる。
『オカシイ!空ガ…変…。すてーと、空、恐イ…!オレ、飛ンデキタ……、風ノ音、シナイ。鳥ノ声、生キ物、静カ…、オカシイ…!』
「…ありがとう、ウィル。見てきてくれたんだな…ひとまず落ち着けって」
鱗の体をさすっても、ウィルはそわそわと空を見上げるだけ。そりゃそうだよな、この状況で落ち着いてなんかいられない。この空の様子はもう、シエゼ・ルキスの国民たちにも見えてるのか?とんでもない騒ぎになってそうだな…。
けど俺も、この不気味な空に何もできなかった。それほど圧倒的なんだ。世界から少しずつ光が薄れていくような恐怖が、じわじわと俺たちと空を蝕んでいる。
ノイモント。それは、一つの世界に、一つの時代に、耐えきれないほどの力が集まることで引き起こされる災害。普通なら起こりえないそれが今、…目の前で起きていた。
きっと誰もが今、空を見ているんだろう。事情を知らない人間たちは、呆然と空を見上げるしかできない。動物たちは何かを察して逃げ出したり巣に引きこもってるかも。
精霊や、目覚めた竜たちも…この世界を蝕む黒色を黙って見ているしかない。彼らはきっと分かってるはずだ…、俺たちじゃどうにもならないってことを。
ハン、とゾイが鼻で笑う。その赤い目は揺れることなく空を見上げ続けていた。
「…実際に目にしてみないと分からないもんだな。…余計な手出しは無用だ、いや、どんな手出しさえ受け付けない…そんな圧倒的な力が溢れてやがる」
「ゾイ…」
「トルメルさん、アンタの言った通りみたいだな。……これじゃ、魔法でもどうにもならねぇ」
自嘲気味にゾイが空から地へ視線を降ろす。シェンユゥとノーリは、そんな魔王を静かに見つめていた。…横暴でも、乱暴でも、魔族の王なんだ。その王がダメだと言うなら、何もできるはずがない。
今更そう気付いてくれたって何もできないんだけど、な。ただ、無駄な戦いで命を落とすまでには至らなくて良かった。…あのまま戦いが続いていれば…ニコラはきっと…、…そうだ、ニコラは?
あいつ、何やってんだ。さっきから黙って空を見てるだけで、ニコラは一言も発しない。俺はウィルの傍から離れ、円状の広場の中央で空を見つめるニコラの元へ歩み寄る。
砂を踏む音を聞きながら、ニコラの傍に行くと…。…ニコラは俺を見ることもしない。ただ、空を見上げている。まっすぐに、視線で空を射抜くように。
「おい、ニコラ…」
「……」
「ニコラ?」
ゆさゆさと揺さぶっても反応がない。…と、視界の端できらりと輝く何かがある。ニコラの手、その両手に剣が握られていた。片方には魔剣。闇の魔剣は今はしんと静まり返ってる。
それとは反対に。…あまり見慣れない剣が、ニコラのもう片手にあった。美しい宝玉は七色に輝き、ちらちらと光を放っている。僅かな装飾が施されただけなのに、今まで見てきたどの剣よりも神々しく感じる。
聖剣だ。説明なんてされなくても、ちゃんとその気配で分かる。それは元からニコラの武器だったように、しっかりと手に握られていた。
ルキスの魂は今、新たな継承者であるニコラを見守っているんだろう。そして、剣は新たに継承者を迎え、再び力に満ち溢れ始めた。俺のトルメルの力とも、魔法の源である魔力とも違う力を、ニコラは手にしたんだ。
代わりに…、ルキスのように、ニコラの魂は聖剣に縛られちまった。ニコラは次の継承者を見つけない限り…死んでもその魂が安らぐことはない。
そんなものを背負ってまで、ニコラが聖剣を継承したのは…。
もう一度俺はニコラを見上げた。もうゾイも何も言わない。シルやノーリも、聖剣を手にしたニコラを黙って見つめている。と、ニコラが…動いた。
ス、と聖剣を握る手を空へ掲げる。一度、ニコラの藍の目が閉じられる。もう一度開いたとき、ニコラはそっと俺を見下ろして微笑んだ。
「…ルキスから事情は聴いた。剣のことも、あの災いのことも。…俺が聖剣の力をもってしても、完全にあの災いを消し去ることはできないだろう。事態はそこまで深刻のようだな…。
だが、少しでも時間を稼ごう。ステイト、お前はただ見ていてくれればいい」
「…ニコラ…」
「今ぐらい、恰好をつけてもいいだろ?」
―――ニコラが、笑った。
それはシエゼ・ルキスで過ごしたときと同じ明るい笑み。最近はめっきり見なくなってた、少しいたずらっぽくてふざけたような笑み。…なんでだろう、酷く懐かしいような気がする。
そんな顔されたら、俺は頷くしかないじゃねぇかよ…。きっと俺は今、ヘンな顔してるんだろうな。笑えばいいのか、心配すりゃいいのか。…今は、新しい勇者様に任せるしかない、…そうだよな?
ニコラが剣を掲げる。一枚の絵画のようなその光景。音もなくなったような、風も砂嵐も息をひそめる砂漠の真ん中。ヒュン、と軽い音が聞こえた…次の瞬間!
剣から巨大な陣が飛び出た!けどその形は綺麗な円でもなく、歪で何枚も重なったごちゃごちゃの陣。それが結晶のように大きくなっていき、……なんだ、ありゃ…!
俺の目の前の光景。それは、聖剣から飛び出た陣から…結晶が剥がれるようになって、幾本もの剣へと姿を変える!光の剣が、形も大きさも様々に次々と出現してく…!
そして。……一際大きな剣が空に浮かんだかと思った時、それが合図だったように強く輝きながら…空へ飛んで行った!針のような剣たちが空の黒色を引き裂いて駆け巡るその光景は…言葉じゃ言い表せない!
俺はぽかんと口を開けたまま、空を見つめていた。これはもう爆発だ…。真っ黒の空に、美しく輝く剣たちの群れが翔る。流れ星も顔負けの…聖剣の力!
眩しくて遠い空に、出現した全ての剣が飛んで行ったとき。キィン、と高い音がして空が……晴れた!バラバラと黒色の破片が空から剥がれ落ちてく!すげぇ…、すっげぇ!けど眩しい!
破片は空から落ちる間に燃え尽きて消えていった。それがまた光のカーテンのように思えて、なんとも幻想的だ。これは明日の新聞記事が賑わうなぁ、なんて場違いに考えちまうくらい。謎の黒い空、そして光のカーテン、みたいに!
また青い空が見えた時、思わず俺たちは声を上げた。シルと俺は歓声を上げ、ノーリからも声が上がった。ゾイは小さくため息をついていた。
ニコラが剣をそっと下ろす。青い空を背景に、砂の大地。けれど、ニコラは嬉しそうな表情をしなかった。その表情に、シルが不安そうに問いかける。
「ニコラさん……?」
「…これで、終わりじゃない。…いや、…さっきのはただの『始まり』だった。俺が今できるのは、あの程度だ。だが、まだ災いは…」
その言葉が終わる前だった。突然世界が暗くなった。…そうとしか、言いようがない。灯りを落としたのかと思うほど、それは突然。…再び黒色が、空を侵食し始めてる…!それもさっきの勢いとは比にならない速さで…!
「また空が!」
「…そんな…ニコラさん、もう一度…!」
「…何度やってももう同じだろう。あの黒を払いきる前に、俺の体力が尽きるだろうな…」
薄雲に覆われるのとはわけが違う。本当に、世界が闇に包まれていく…!あっという間に真っ黒に塗りつぶされた空の下、俺たちはもう僅かしか見えない視界で光を探す。
そうだ、光だ!俺は慌ててラエアを短剣を媒介に発動させようとしたけど…、ダメだった。俺の声でもラエアの光は見えない。シルが光魔法を発動させる詠唱をしたのが聞こえたけど、ついに光は灯らなかった。
…まずい、見えなくなる。本当に…ノイモントに食われちまう!
ゾイの舌打ち。シルの魔法詠唱。ノーリのあくび…って、この期に及んであくびって…。一瞬呆れた時、またニコラが光の剣を出現させた。その数はさっきより減ってるけど、健気にも光の剣は空へ消えていった。
…先ほどの効果はやっぱりない。もう、聖剣でもノイモントを退けるのが追いつかないってことか…。薄く輝く聖剣をおろし、ニコラが自嘲気味に笑った。
「本当に世界に幕が下りていくようだな。…災いによって滅んだ世界は、後に新たな世界を生み出すんだったか」
「…新たな世界に、俺たちはいるのかよ?」
「…さぁ、な」
ただ、とニコラが続ける。ゾイやシルの魔法詠唱、ノーリがシェンユゥに何か話しかける声、ウィルが悲しげにヒュオォ、と鳴く声と色々聞こえたんだけど、俺にはニコラの声しか今は入ってこなかった。
「もう少しお前といたかった」
「……そんなの、…」
俺もだよ。誰だって失いたくないに決まってんじゃん。王都で待ってるヨーウェンさん、アリシア。市場のおっちゃんやおばちゃんたち、旅の中で出会ったたくさんの人たち…皆に会えないのは嫌に決まってる。
せっかく聖剣を取り戻したのに。…やっと、終わったと思ったのに。ルキスが託した聖剣の力でさえ、溜まりにたまったノイモントには…ついに勝てなかった。
―――もう、いいよな。
…出し惜しみは、やめなきゃな。そう思うと、さっきまで焦ってたのがウソみたいに落ち着いた。…これが本当の覚悟ってやつなのかな、とどこか他人事のように考える。
ずっと考えてたことだ。確かかどうかは分からない。けど、実行することで…俺の命の保証はなくなる。俺の魂も、どうなるか分かったもんじゃない。
けど、ずっと決めてた。エルフの里でアンルネーセに話してから、ずっと心の中にあった計画。
トルメルの技で、ノイモントを俺が吸収する。その力を利用して、世界に守りをかける。その昔、トルメルの民族がその島にかけていた、絶対安全の守りを世界に丸ごとかける…そんな、馬鹿げた計画だ。
おまけに、ノイモントを吸収するには禁忌を犯さなきゃならない。魔法のルールでも禁忌とされる…『力の変換』。コットリアの塔守の婆さんですら、それは禁忌だと重々しく言っていたこと。
それをすれば、魂を消されちまう。
……なんて、コワイ脅し付きだ。俺も死ぬのは嫌だし、消されるのも嫌だ。だから、覚悟してたくせに、そうならないように祈って避けてきた。けどもう…逃げていいときじゃないんだよな。
暗闇の中、最後の確認のように俺はニコラに聞いた。
「ニコラ。聖剣の継承者になるってことは、死んでからも魂を聖剣に縛られるって聞いたよな。それを…どう思ってるんだ?」
もう暗闇に遮られて表情ははっきりとは見えない。…それでも、その優しい声音で返された言葉は、俺を決意させるのには十分だった。
「例え俺の魂が縛られようと、大事なものを守れるならなんてことはない。それよりも、大事なものを失うほうが…俺はつらい」
「…お前はいい騎士だよ。さんざん馬鹿騎士って言ったけど、…俺が間違ってたのかもな」
「……ステイト?」
…うん。大丈夫。俺はニコラに返事をしないまま、そっと砂の地面に手をついた。…この地につながる全ての生き物へ、俺の力が届けばいい。
「…シル、俺と旅してくれてありがとう。優しいところとか、強いところとか…ずっと憧れてた」
「…どうしたの、ステイト…?」
む、なんだよその言い方。俺が人に感謝もできないようなヤツだとでも思ってたのかよー!…なんて、いつもなら笑って言えてた。
「…ノーリ、ちゃんと仕事しろよな。シェンユゥも…、約束したよな。俺、今度は勝手にいなくならないって。けど、俺がいなくなっても…怒るなよ?
ゾイも魔王なんだからさ、魔族の代表としてちゃんと魔界をまとめてくれよな。今度、人間界を襲おうなんて考えたら…本気で容赦しねぇぞ」
「……」
…返事がないのも結構寂しいもんだな。シェンユゥは仕方ないにしても、ノーリやゾイは何か言い返してくれたっていいのにさ。
「ウィル、聞こえてるか?今度俺がお前に会うときは…どの飛竜より強い飛竜になってろよ」
『…すてーと、ドコカ…行クノ…?』
「…あぁ。ちょっとだけ、寄り道」
ぐ、と地面についた手に力を込める。真っ暗だからもう手元も見えないな…。と、すぐ隣でニコラが訝しむような声で俺を問い詰める。
「ステイト、待て。お前…何をするつもりだ?」
…真っ暗闇になってくれてよかった。もし今、ニコラの顔なんて見たらアレだぞ、般若が可愛く思えるような表情してるに違いない!…けど、怒ってる顔も最後に見たかったかなぁ。
最後の返事にしよう。俺はいつも通りの口調で、誰にも見られてないのに笑顔を浮かべながら大きな声で言った。
「大丈夫だよ。なんとかなる。次にお前らが目覚めたら、もうノイモントも消えてる。世界は元通りだ。だから後は平和にやってくれよ。…俺のことなんて、さっさと忘れていいんだからな」
「ステイト、待て、まさか…!」
「全てを眠らせろ、ヤーヴァス!!」
―――リィィンッ!
乾いた鈴の鳴るような音。その直後、バタッと何かが倒れる音が聞こえた。…パワーアップさせたトルメルの力で、全力のヤーヴァス。きっと…今、世界中の全てが眠りについた。…俺以外の、全てが。
誰も、世界が壊されようとする恐怖に震えなくてもいいんだ。…きっと、皆が次に目が覚める頃には…俺がすべてを終わらせておくだろうから。
そしたらまたいつも通りの日々が始まっていく。アレは何だったんだろうな、と言いながら、元通りの世界が巡りだす。
…責任重大だ。けど、もう俺しか残ってない。…俺は何も見えない空に向かって叫んだ。
「トルメルの意思…いや、エレアフェン!起きろ!」
カローンと鮮やかな音、そして花の香り。南国行きからこの声を聴くことはなかった。…俺に何度も干渉してきた『トルメルの意思』、それはかつてはトルメルの島の人で…禁忌を犯したために魂を奪われ、『世界のシステム』に組み込まれた人。
姿は相変わらずないんだろうけど、クスクスと場にそぐわない笑い声が聞こえた。
『テレステイア、久しぶりだね。それにしても…エレアフェンなんて懐かしい名前だ。…君は私と同じ過ちを犯そうとしてるのかい?』
「過ちじゃない。俺は正しいって信じてる。そんで、俺は死ぬ覚悟はできてても死ぬつもりは全くないからな」
『…分かった。…ならば、私が導いてあげよう。君の望む結末へ、そして…新しい世界へ』
ボゥ、と目の前に光が集まった。どんな魔法も、俺のラエアも拒んだ闇が、そこに光を受け入れる。光は一人の髪の長い女性の姿になり、俺の手を取った。
『禁忌を犯してでも守りたいこの世界、か。…もう私は諦めたよ。だから、君に折れてあげよう。…最後の同胞である君の機嫌を、これ以上損ねられないね』
手を握り返すと、温かさが伝わってきた。行こう、と彼女が…エレアフェンが微笑む。彼女の前には光の道ができる。真っ暗な世界で、光の道を…虹でも渡るように歩いて行く。手を引かれるまま、俺もついて行った。
振り返ったって何も見えないのに、俺は最後に振り返る。暗闇に閉ざされた世界は、もうエレアフェンと、彼女が歩く光の道以外は何も見せてはくれなかった。
「…また会おうな…皆。……ニコラ…、待っててくれよな…」
温かい手に引かれ、光の道を進む。眩しさを少しずつ増していく光の道で、さぁ、とエレアフェンが立ち止まった。目の前には、光が溢れる大きな渦。…ここは本当に現実世界なのか?そもそもこの光の道も、何なんだ?
そう聞こうとしたとき、彼女の言葉が俺の思考を遮った。
『そう、ここはもう半分、現実ではないよ。概念の世界、とでも捉えればいいのかな?今君の目の前には、大きな渦がある。ここに、ノイモントの概念が渦巻いているんだ。
君が今からここに飛び込んで、その力を精一杯使ってノイモントと戦えば…世界の結果は変わるかもしれない。ただ、君はしばらくもう元の世界には戻れない』
「…なるほど。ノイモントに俺が負けたらどうなるんだ?」
『君もノイモントに呑み込まれて消滅。世界は滅んで、また新世界が生まれるよ』
…彼女の案内はここまでらしい。光でできた彼女は、もう俺を見て柔らかく微笑んでいるだけだった。
『でも、行くんでしょう?』
「…当たり前だ!」
不思議と俺は落ち着いていた。だから、後は何も考えない。…必ず帰ってくるんだ。世界を守って…また皆に会うんだ。じゃないと、今度こそ怒られるんじゃ済まないからな!
軽く助走。トトトッ、と軽い足取り。
―――俺は、まっすぐ光の渦に飛び込んだ。
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消えていった少年を見つめ、エレアフェンは微笑んだ。…何か、大きな変化が巻き起こる。この世界に、今までの滅びに無かった新たな変化が起きることを彼女は確信していた。
それを証拠に、彼女という存在が少しずつ消え始めていた。
『…私とは違うんだね、テレステイア』
長きに渡る孤独が、いよいよ終わりを告げようとしている。人間の勇者、ルキスの魂も永い時間この世界に閉じ込められていたようだが、継承式を終えた彼の魂もまた『向こう』へ戻ろうとしている。
彼は人の魂であったが、エレアフェンはすでに魂ではない。終わることのない『世界のシステム』である彼女が消え始めているのには、大きな意味があった。
―――システムを変えるほどの変化が起きようとしている。
それを起こすのは、紛れもなくあの少年。光の渦に躊躇うことなく飛び込んだ、少々危なっかしいがまっすぐな少年だ。もう導くこともないだろう。…あとは少年自身が道を見つけるはずだ。
それは僅かな時。光の渦は激しく光を吐き出しながら、やがて小さくなって消えていく。
―――その頃には、既に彼女の姿も消えていた。




