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「ねぇ~? 金城って人がここに泊まってると思うんだけど。部屋、どこか知らないかしら?」
「申し訳ありません。宿泊しているお客様の部屋をお教えすることは――」
艶のある材木で埋め尽くされた空間は広く、あちこちに灯された山吹色の電光は上品な雰囲気を醸し出している。
ここは、浜ノ江駅周辺では最も規模の大きいホテルだ。
いつものごとく仕事着にサングラスをかけるだけの変装をした怜は、ロビーにてあるものを見ながら遠い目をしていた。
カウンターに身を乗り出した凛が、フロントの中年男に話しかけている。
それだけならまだしも、胸元を肌蹴させ、蠱惑的な笑みを浮かべているのだ。
男の視線が胸元にきていることなど意に介した様子はなく、むしろ誘っているかのごとくひけらかしている。
「そんなこと言わないで、ね? これ、彼が書いた紹介文。確認すればわかるわ」
胸ポケットから幾度かに折られた紙を凛が取り出し、男に手渡した。
手に収まるほどに折られた紙を男が広げていく。
それが広げきられることはなく、男はおもむろに自分の内ポケットに紙をしまった。
恐らく、凛に買収されたのだろう。
「確認いたしました。金城様のお部屋ですね」
「ええ」
「少々お待ちください」
男が目を落とし、なにやら手を動かしている。
怜の位置からでは窺えないが、恐らく金城の部屋を調べているのだろう。
「あれ、なに」
「あれって?」
怜と同じように、隣に佇んでいた刹に問いかける。
待っているようにと言われたこの場所から、凛までの距離は大体五メートルほどだ。
それなりに繁盛はしているようで、チェックイン待ちと思われる客が辺りを行き交っていた。
「あれはあれだよ」
指を差さずに、目線で伝える。
わざわざ視線の先を追ってくれたあと、首を傾げながら刹が訊いてくる。
「凛姉さん?」
「そう」
「どうかしたの?」
「いや、あの凛姉さんがあんなことすると気持ち悪いなって」
「演技だし、仕方ないんじゃない?」
「まあ、そうだけど」
いつもの粗暴な姿を見慣れているからか、女の魅力をふんだんに使っている凛に違和感を覚えてしまったのだ。
というか、見たくなかった。
「BMSPだって言えばいいのに」
「ここがブラックマリンなら、それで通るんでしょうけど」
自分のいる場所が、新海内市の外だということを忘れていた。
そもそも、凛に保護されて以来、市外に出ていなかったのだ。
もしかすると、これからも新海内市から出ることはないのだと、感覚的に思い込んでいたのかもしれない。
「おら、お前たち。なにしてる。さっさと行くぞ」
いつの間にか、凛は用事を終えていたようだ。
エレベーターホールに向かって、そそくさと歩いて行ってしまった。
刹と共に、怜は慌てて追いかける。
先程とは打って変わり、凛の態度はいつもの粗暴なものに戻っていた。
安堵するが、同時にあることを考えてしまう。
大人の女性とは皆、あんなものなのだろうか、と。
隣にいる刹を見ながら言う。
「できれば、刹はあんな風にはならないで欲しいな」
「ならないわよ」