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Fairy's children  作者: 夜々里 春
第一章
8/27

 淡黄色の絨毯が敷かれた居間には、四つの椅子が設けられていた。

 四人以上の人間が入っても、余裕のある広々とした場所だ。

 カーテンを閉め、電灯もつけていないために薄暗い。

 それでも、桃色のカーテンを通して差し込む陽光だけで、辺りは窺える。


 ホテル――浜ノ江ヴィラの一室。

 金城健人は、酷く居心地が悪かった。

 何度味わっても、この感覚は慣れない。

 自分が手配した場だというのに、異様なまでの緊張が体を強張らせる。

 すべては、向かいに座っている男のせいだ。


「今日はキミに頼みたいことがあってね」


 夏が近いこの時期に、男は灰色のコートを羽織っていた。

 加えてサングラス、ハット、と見るだけでも暑そうな格好をしている。

 小柄な体格ではあるが、風格とも言うべき威圧感のおかげか、自分よりも大きく感じられた。

 男の名前は本条隆行(ほんじょうたかゆき)

 恐らく偽名だと思われる名前に対して、物申す度胸を自分は持ち合わせていない。

 いや、持っていたとしても立場的に無理がある。


「BMSP代表、大宮宗司を殺せ」


 耳を疑った。

 目を見開き、健人は唖然とする。

 こちらの様子などお構いなしに、本条は語り始めた。


「人を殺すことは簡単だ。ただ頭を銃でぶち抜けばいい。ああ、キミはまだそういったことには疎いのだったね。なんなら、あとで腕利きのものを紹介してあげようじゃないか」


 人を殺す。

 罪の重い行動だと教えられてきただろうものを、まったく気にした様子もなく本条は淡々と口にする。

 その姿に、健人は背筋が寒くなる。

 逆らえないという意識が強く芽生えた。

 しかし人殺しというワードが、健人に残っていた僅かな正義心に火をつける。


「できま、せん……っ」


 搾り出した言葉は小さかった。

 それでも本条に届いたらしく、一瞬にして本条の表情が険しくなる。


「今、なんと言ったかね? 聞こえなかったな。もう一度言ってくれるか」

「できないと言ったんです。人殺しなんて、わたしには無理だ!」

「キミは自分の立場をわかっているのかね?」


 金城重工は、父親の金城健吾の代で倒産の危機に陥った。

 その危機を救ってくれたのが本条の属している組織なのだ。

 そうした経緯から本条には頭が上がらない。

 なにも言い返せなかった。

 自然と健人は俯いてしまう。

 嘲り笑うかのように本条が声をあげた。

 下卑た笑い声から、健人は味わったことのない屈辱を覚えさせられる。

 怒りを覚え握りこぶしを作るが、それを振り上げることはない。

 面をあげると、狂喜したように本条が立ち上がっていた。


「実に面白い! 滑稽だ! おい、NO.02-C! そうは思わないかっ!」


 両手を広げ、本条は後ろにて立っていたある人物に同意を求めていた。

 NO.02-Cと呼ばれた人物は、恐らく護衛目的で本条に付き添っている。

 真っ黒な戦闘服に、防毒マスクを被った様は本条と同様、この場に不釣合いだ。

 顔は窺えないが、肩幅の広さから男だろうことはわかった。

 マスク男は、本条の問いかけに返答しない。頷きもせず、ただ前だけを見ている。


「言わせておけば……。社長っ!」


 健人の隣にて座る男が、苦虫を噛み潰したような面を見せる。

 護衛という立派なものではないが、健人にも連れはいた。

 秘書としてよく尽くしてくれている彼は、健人が社長になる前からの付き合いだ。

 怒りをあらわにするのは良くないが、彼がそう感じてくれているだけで救われたような気分になった。


「いいんだ」

「ですがっ!」

「……いいんだ」


 秘書の怒りをなんとか押さえ込む。

 その様子を見てか、本条が笑いを止めた。


「おや、気分を害してしまったかな」

「いえ」


 実に白々しい本条の態度に、健人の怒りは頂点を迎える。

 それでも振り上げる拳はないが、反論だけはしないと気がすまない。


「あなたがたがやればいいではないですか。わたしよりも、ずっとうまくやれるはずだ」

「キミ、バカなのかい? ねえ、バカなんだろう? 馬と鹿が合体したあのバカだろう。我々が出来ないから頼んでるんだよ。わかるかい? そして、キミに断る権利はない。まあ、断ってもいいんだがね。その代わり、金城重工は今日で倒産っと。はい、おめでとうっ!」


 矢継ぎ早に言葉を連ねたあと、醜悪な笑みを浮かべながら本条は拍手し始める。

 屈するしかないのだ。

 健人に残された道は他にない。

 自分の情けなさに打ちひしがれていると、本条が拍手を止めて顔を寄せてくる。


「そもそもだね、BMSP代表の大宮宗司をこのまま放置していればなにが起こるかわかるかね?」

「い、いえ」

「そんなことだから、キミはバカ呼ばわりされるんだ」

「呼んでいるのはあなただけですっ」

「あ、そうだったかな? まあ、どうでもいいんだよそんなこと」


 傍若無人な振る舞いを取る本条が、完全に場を支配していた。

 勢いよく椅子に座った本条は、足を組んだあと再び話を継ぐ。


「『新海内の鎖国化』だよ」

「鎖国、ですか」

「本来の鎖国とは意味に齟齬があるがね。住民以外は市内に立ち入りができなくなる」

「そんなことできるわけが――」

「例えばだよ、新海内市すべてが個人の所有する土地となればどうなる?」

「……まさか」


 本当に買収するつもりなのか。

 たしかに一個人の所有地となれば可能かもしれない。

 だが、ありえない。

 ありえないとは思っていても、あの新海内市だ。

 規格外の富を持ち、規格外の行動を取る。


「そのまさかだ」

「し、しかし! 例えできたとしても運送が停滞して、様々な不都合が――」

「もちろん、そういった場合には許可が下りるだろう。ただ、問題はそこではない。どこの組織が取り仕切るのか、という点だ」

「順当に考えれば、BMSPでしょう」

「そう! そうなんだよ! 鎖国化に伴い、恐らく新海内市内のセキュリティー関連は完全にあのクズどもが掌握することになる! すると、東区がどうなるかわかるかね!?」


 唐突にローテーブルに両手をつき、本条が身を乗り出してくる。

 見たくもない汚い肌が、健人の思考を停止させた。

 身を仰け反らせ、本条から精一杯の距離を保つ。

 健人が答えずにいると、本条がさらに顔を寄せてきた。

 生ゴミのような腐臭が鼻をつき、思わず健人顔が歪む。


「奴らは狡猾(こうかつ)だ。ただでさえ真っ黒な東区は事実上、崩壊するだろう」

「崩壊するだなんて、そんな大げさな……」

「カバなキミでもわかるだろう?」


 放たれた言葉は、健人に重く圧し掛かる。

 他人事ではなかった。

 競争相手が多くひしめく東区ではあれど、得意先でもあるのだ。

 東区がなくなれば、中央区参入への足がかりがなくなってしまう。


「まあ、我々はそれを防ぎたかったわけだ。まだ妨害する余地はあるんだが……。ふむ、臭うね」


 椅子に深く座り直した本条が、唐突に鼻をすすりだした。

 やがて立ち上がり、部屋のあらゆる場所を嗅いで回る。

 最終的には健人のスーツに鼻を押し付け、何度も息を吸い込んできた。


「キミ、臭うねぇ。うん、すごく臭うよ」

「そ、そうでしょうか? 二時間ほど前にシャワーを浴びたばかりなのですが」


 あなたの口臭では、と言える勇気はなかった。

 満足したのか、やっと本条が離れてくれる。

 そのまま背を向け、健人から遠ざかる。


「あの、どこへ?」

「ん? ああ。キミ。誰かと会うときはさぁ。臭いはちゃんと落とさないとだめだよ。これから長い付き合いになると思っていたんだけどね。くさ~い人とはごめんだ」

「なっ、なにをふざけたことを!」


 健人のことなどもう眼中にないようで、本条は振り向きすらしない。

 ただ臭うから、という理由だけで商談が破綻しようとしている。

 ばかげている。

 ありえない。

 しかし、それでも縋るしかない。

 本条に追いすがろうとしたそのとき、


「じゃ、消臭よろしく。NO.02-C」


 マスク男がゆらりと立ち上がった。

 見上げるほどの身長が、確かな威圧となって襲いくる。

 決死の争いなどしたことがない自分であったが、初めてその感覚を味わう。


 健人は、終わりを理解した。

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