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Fairy's children  作者: 夜々里 春
第一章
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 川島陽子(かわしまようこ)は、新天地に足を踏み入れていた。

 耐薬品性の床材はいつ見ても慣れない。

 光沢を持った真っ白な色合いに、目を酷く刺激される。

 ジュラルミンケースを片手に、目を細めながら歩く。


「どうだね、川島君。これからキミが働く場所は」


 声をかけてきたのは、少し前を歩いている男だ。

 歳は四十代か。眼鏡をかけ、白衣のコートを羽織っている。

 今年で三十路を迎える川島は、生体工学の研究者として世間から高い評価を得ていた。

 その実績を買われ、勤めていた研究所から引き抜かれ、やってきたのが今いる研究所だ。

 手に持っているケースの中には必要最低限の生活用品が入っている。

 研究所に住み込みで勤めることを提示されたが、独り身に断る理由はなかった。

 それに、この道を選んでから人生を研究に費やす覚悟はしている。


「どう、と言われましても……」


 すごい、というシンプルな感想ならばすぐに言える。

 事実、川島が案内された場所には、一般企業がおいそれと手を出せないものや、見たことのない機器を少なくとも五十は見かけた。

 これほどの資金を一体どこから捻出しているのか。

 先ほどまではそんな疑問を抱いていたのだが、今は目の当たりにしている光景に気を取られていた。


「なぜ子供がこんなところにいるのでしょうか?」


 一般の学校に使われる教室と同程度の部屋が幾つも存在し、その中に小学生ぐらいの子供が十人ずつほど入っているのだ。

 川島が歩いている廊下とは、分厚いアクリル板で隔たれている。

 どの子供も外見は健康体だが、瞳に光が宿っていないように見える。

 しかし好奇心はあるのか、この研究所で新参者である川島をじぃっと見つめてきていた。

 方々から何十もの視線に曝され、川島は背筋が寒くなる。

 研究所に子供という組み合わせから、嫌な予感がしてたまらなかった。

 人体実験、というフレーズが脳裏を掠める。


「後にすぐわかる。それよりも、最後に見せたいものがある」


 川島の緊張とは裏腹に、前を歩く男は何事もなかったかのようにさらりと次の話題に移行した。

 なんだか恐ろしくて、先ほどの話題を蒸し返そうとは思わなかった。

 八人乗りの昇降機を使い、B4と表示されていた階層からB2まで移動する。

 男に連れられるまま、やはり真っ白な床上を歩いていると、不意に、水の流れる音が聞こえてきた。

 同時に、前を歩く男から突拍子のないことを問われる。


「キミは妖精の存在を信じているかね」

「妖精……ですか? 小さくて可愛らしい、あの?」

「形はさして重要ではない。始まりは決まっているが、今では人によって様々なイメージがあるはずだ。とにかく、いると思っているか、いないと思っているか。どちらだね」

「自分の目で見たわけではないですし、かといっていないということも証明できませんから、どちらとも言えません」


 妖精に限ったことではない。

 一研究者として、この考えは川島の信条でもあった。


「賢明な答えだ。わたしも、キミの立場ならばそう答えていただろう。では再度、質問しよう。もし、自身の目で妖精を見たならば、キミはどうする?」

「実際に直面してみなければわかりませんが、わたしならすべてを投げ打ってでも追究すると思います。それだけの神秘的要素が妖精にはあるでしょう」

「素晴らしい回答だ。そう、それこそが我々機関が創立されたきっかけだ」

「えっ、どういう――」


 ことなのか、説明を要求しようとしたところで突如、視界に入った眩しい光に目が眩んだ。

 俯いていた顔をあげ、緩やかに目蓋を開けると、プロの野球場に近いぐらい大きなドーム状の部屋が映った。

 これだけの土地をいったいどうやって手に入れたのか。

 そんな疑問が脳裏をかすめたとき、中央にある圧倒的な存在感を放つものに目を奪われてしまう。

 信じられないほどに澄んだ水の中に根を張り、巨大な幹が天高く伸びる様は神々しいという感想しか思い浮かばない。


 そこに、一本の大樹があった。


「我々の総帥は妖精を見たのだよ。この《生命の樹(アニマ・ツリー)》の傍で、ね」


《生命の樹》は十階建てのビルよりもさらに高い。

 多くの枝葉を持ち、天辺は緑で覆いつくされている。

 あたかもそこに森が存在しているかのようだった。

 外縁には水上に足場が設けられ、人が歩いても問題がないようになっていた。

 左右の奥にある部屋でなんらかの作業を行なっているのだろう。

 ガラス張りの壁を隔てた向こう側に、人型のなにかを入れたポットや、見たことのない機器が幾つも見られた。


「妖精顕現計画――通称Fairy manifest plan――。今、目の前にある《生命の樹(》から妖精を生み出す、崇高なる我々の実験だ」


 いつしか、男の声が遠く聞こえるほど川島は《生命の樹》に見惚れていた。

 世界にこんなものが存在したのか。

 ただ目に入れただけだというのに、感動すら覚えてしまう。

 これだけの神秘的要素を含んだ存在ならば、さらなる神秘を呼んでもおかしくはない。

 直立したまま《生命の樹》を見つめる川島に、男は言った。


「ようこそ機関へ。我々はキミを歓迎する」

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