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Fairy's children  作者: 夜々里 春
第一章
3/27

 新海内(しんかいだい)市――通称ブラックマリンシティーは過去、世界で最も酷いとされる海洋汚染地域だった。

 揶揄(やゆ)の意味を持ったブラックマリンの名はそこからきている。


 だが、二○十三年に海洋の汚染物を資源に変換する画期的な取り組みが同市で行なわれ、二○二五年現在では世界で最も綺麗な都市のひとつとなった。

 これを機にブラックマリンは揶揄の意味を捨て、ブランドと化したのだ。


 数々の大手企業の参入により大幅な開発を遂げ、生まれ変わった新海内市には富裕層が多く住まっている。

 その富裕層の子息子女が通うのが、ここ海内学園だ。

 山の一部を切り取った場所に海内学園はある。

 広大な敷地は緑に囲まれ、ゆたかな雰囲気を感じさせてくれる。


 放課後だからか、すれ違う生徒たちは多く、怜は挨拶を何度もかわしていた。

 五分ほど歩いた頃、ようやく前庭に到着する。

 学園の前庭は、宮廷を思わせるかのように大きい。

 専属の庭師を雇用しているからか、温室庭園とはまた違った趣を感じさせている。


 中央にある噴水の向こう、中世ヨーロッパを模した華飾式の校舎が、無駄に絢爛な外観を持って鎮座していた。

 中は、ほとんどが大理石で造られ、人が歩く場所には絨毯が敷かれている。

 一見、豪奢ではあるが、|執拗な飾りなどはなく寧ろあっさりとしていた。


 海内学園に学園長は存在しない。

 運営は、すべて理事長に一任されている。

 もっとも、その理事長が学園の創始者でもあるのだから、権力が集中していようが誰も文句は言えない。

 怜たちは理事長室前に到着した。

 二度、ノックしたあと、ドアを開ける。


「失礼します……って、やっぱりいない」


 中には誰もいなかった。

 高級な家具を取り揃えた客間、という印象を受けるここは、学園の何処よりも金の匂いがする。

 ただ、怜はそんなものに興味はない。


「あそこ、いやなんだよね」

「そんなこと言ったって、行くしかないでしょ。約束なんだし」

「まあ、そうなんだけど」


 室内の右手奥側に場違いな鉄扉があった。

 その先に、恐らく理事長がいる。

 余り気が進まないが、自分に拒否権はない。

 鉄扉前に行くと、目線の高さに声紋認証機が設置されていた。

 投げやりに言葉を放つ。


「凛おばさん、今日はお綺麗ですね」

「……」


 なにも起こらなかった。


「大分違うわね」

「そうかな。じゃあもう一度。凛姉さん、今日はお綺麗ですね」

「少し違うかも」

「凛姉さん、今日もお綺麗ですね」


 カチっと鍵の外れる音がした。

 ようやく当たったらしい。

 毎度の如く本心から入って、次に嫌味、最後におべっかを使っている身で言うのもなんだが、なんとも面倒くさいシステムだと思う。


 扉を開けると、煙たいと感じた。

 白煙が視界に入り、眉を顰めてしまう。

 粗末な部屋だった。

 ただのパイプ椅子に、長椅子が置かれている。

 六畳程度しかなく、理事長室を先に見てしまっているからか、どうしても狭く感じてしまう。

 二十代後半と思しき女性が、煙草を(くゆ)らせながら椅子に座っていた。

 結い上げた髪にぴったりとした暗紅色のスーツを着込んだ様は、怜悧なイメージを抱かされる。


 この女性こそが海内学園理事長、大宮凛(おおみやりん)だ。

 切れ長の鋭い目が、緩慢な動きでこちらに向けられる。


「わたしはおばさんではない。そしてい・つ・も美しい」

「聞こえていたんですか。これは失礼しました」

「毎回毎回、同じこといいよってからに」

「毎回毎回、同じことを言わせている人が言わないでください。あとこの部屋嫌いです」

「理事長室で煙草なんてふかせんだろう。それに、あっちじゃ話しにくいこともあるしな。とにかく座れ。で、刹もさっさと中に入ってこい。煙草消すから」


 刹は部屋の外に待機していた。

 怜以上に煙草の煙が嫌いなのだ。

 凛が煙草の火を消し、煙が完全になくなったのを確認すると、顔を(しか)めながらようやく部屋に入ってきた。

 刹と共に、凛の向かいに置かれたパイプ椅子に怜は腰を下ろす。


「どうだ。この生活にもそろそろ慣れてきたか?」

「どうでしょうか。自然に包まれてて個人的には気に入ってますけど、できればもう少し庶民的な方が良かったです」


 自分の価値観が一般的であるかはわからない。

 ただ世間的に見て、この学園がおかしいという見解には自信がある。

 どうおかしいかは一目瞭然だ。


「刹は?」

「わたしは別にどこでも」


 発言後、刹がちらりとこちらを見てきたが、視線が交差した瞬間に目をそらされた。

 なんなのだろうか。

 欠点など見当たらない端整な横顔からは、やはり真意は汲み取れない。


「相変わらず愛想がないな。かといって、怜みたいになられても鬱陶(うっとう)しいが」


 なんとも失礼だ。

 反論したかったが、ここで乗ってしまえばなにかに負けたような気がした。

 凛の発言を無視し、話題を変える。


「そういえば俺たちが呼ばれた理由ってなんなんですか? また依頼ですか?」

「いや違う。先日の件だ。お前らが助けた子供がBMSPの出資者のうちの一人だということは既に話したと思うが、おかげで先方が援助金を増やしてくれてな。がっぽりだ」


 お金を得たという事実に口元を不気味に歪ませる凛だが、決して悪徳商業に通じた人間ではない。

 寧ろ正義の側の人間だ。


 ブラックマリンシティーは、東区を除いて例外的にBlackMarinSecurityPolice――通称BMSP――と呼ばれる自治組織が警備を行っている。

 凛は、そのBMSPの幹部だ。

 凛の下で動いている怜と刹も、形式的にはここに属している。


 なぜ、自治組織が全面的に警備を任されているのか。

 新海内市に多くいる富裕層が、保身のために新海内市の警備をより厳重にするよう警察に圧力をかけた。

 しかし、いくらお金を持っていようと一市民を不平に警備するわけにもいかない。

 こうした背景から富裕層の支援を受け発足したのがBMSPだ。


 富裕層による援助を受けているBMSPは総勢約八百人で構成され、人、装備共に充実している。

 そんなBMSPが実績を重ねるのは必然で、市民の信頼は警察よりも上になった。

 もともと富裕層には政界や法曹界に多くの繋がりがある。

 新海内市を警備する権限がBMSPに移行していくのも必然だったのかもしれない。

 唯一、新海内市でBMSPの管轄外となっている東区だが、残念ながら治安が悪い。

 先日、怜と刹たちが解決した銀行強盗事件が起こったのも東区だった。


「ま、思わぬ収入ということで、ご苦労だったと伝えるようにクソ親父から言われてな」


 不機嫌極まりない様子で、凛は言葉を吐き捨てる。

 労う言葉が台無しだった。


「ほんと、嫌いなんですね」

「さっさとくたばって欲しいぐらいだ」


 口に出せば怒られるだろうが、凛は彼女の父と性格がよく似ている。

 共に傲岸(ごうがん)で不器用だ。

 ちなみに、容姿の方は似ても似つかない。

 たぶん母親似なのだろう。


「まあ、今日はそれだけだ。つまらないことで呼び出して悪かったな。仮にも上司からの命令だ。形だけでもこなしておかないとな」


 ため息をつき、凛は荒々しく椅子にもたれ掛かる。

 足を組み替え、机の上にある煙草に手を伸ばそうとし、止めた。


「あ~、もう戻っていいぞ」


 どうやら煙草を吸いたくて仕方ないらしい。

 刹と顔を見合わせ、怜は苦笑しながら席を立った。

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