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Fairy's children  作者: 夜々里 春
第一章
2/27

 緑が多く、のどかな場所だった。

 大小様々な花が所狭しと植えられている。

 ただ、適当に並べられてわけではない。

 どれもこれもが、互いを引き立てるように配されていた。


 ここは私立海内(かいだい)学園が誇る温室庭園だ。

 ドーム状で、その大きさは一度に百人ほど収容しても余裕がある。

 生徒たちの憩いの場として人気が高い場所だった。

 方々から甘い匂いが漂う中、一際強い香りを発している区画がある。

 そこには何種かの薔薇が植えられていた。

 中でも、鮮明な青の花びらを持つ薔薇に、秋坂怜(あきさかれい)は目を奪われていた。


 白のブレザー、スラックス姿は学園の男子用制服だ。

 高めの身長が、男にしては細身な体を浮き立たせている。

 怜自身、嫌っているところだった。

 屈みこみ、青い薔薇に手をやる。


「綺麗な色だね」

「昔はもっと色褪せていたんですよ」


 呟いた言葉を拾ってくれたのは、この温室庭園を任されている園芸部員だ。

 女子用制服の、黒と臙脂(えんじ)のチェック柄スカートを履いている。

 隣で怜と同じように膝を折り、女生徒も青い薔薇を愛でていた。


「信じられないな」

「薔薇には青色の色素がないと言われていて、本当の意味での青い薔薇を咲かせることは実現不可能だと言われていたんです。でも、青色の色素が新たに発見されて、ようやく今の状態になったんです」

「偽りの存在から、やっと真実になれたのかな」

「そう、かもしれませんね」


 自然と親近感が湧いた。

 柔らかな笑みを浮かべながら、青い花びらをそっと撫でる。


「頑張ったんだね」


 心の底から出た言葉だった。

 隣にいた女生徒がくすりと笑う。


「変だったかな。花に話しかけるなんて」

「いえ。おかしくないですよ。わたしもしますから。ただ、会長が可愛いなって思ってしまって」

「まいったな……。可愛いなんて初めて言われたよ」

「いつもは凛々しい会長さまですからね」

「それもなんだかむず痒いね。このまま褒め殺しはちょっと御免だから、そろそろお暇しようかな」

「残念です。少しお遊びが過ぎました」

「まあ、もうすぐあの子が来る頃だろうし」

「可愛い子に追いかけられて羨ましいです」

「求愛だったらまだいいんだけどね。とにかく、今日はわざわざありがとう。色んな花の話が聞けて良かったよ」

「はい。わたしも楽しかったです。またいつでもいらしてくださいね」


 女生徒に別れを告げ、怜はそそくさと温室をあとにした。

 外に出ると、ほとんどが芝生で覆われた庭が目に入る。

 そして、すぐ傍に一本の大樹があった。

 枝葉を幾つも持ち、大きな影を芝に落としている。

 吸い寄せられるように大樹の下に向かい、その場に寝転んだ。

 木漏れ日が目をつく。

 晩春の温かなそよ風に肌を撫でられ、心地よい気分になる。


「いいのかな。俺みたいなやつが人並みの幸せを得ても」


 誰もいない虚空に問いかける。

 気のせいか、草木が揺らめいた気がした。

 世界は幾つもある。

 恐怖に支配された世界や、憎しみに満ちた世界。

 中でも、こんなにも平穏な世界は少ない。

 ここに自分がいてもいいのだろうか。

 ここは自分に相応しいのだろうか。

 今の世界に身を投じてから、ずっと疑問に思っている。


「許されるのなら、ずっとこのままでいたいな」


 また、答えるように空気が動いた気がした。


「そんなのダメに決まってるじゃないですか!」


 空気が自然に動いたと思ったのは、どうやら勘違いだったようだ。

 甲高い声と共に、荒々しい足音が聞こえてきた。

 知っている人物が発したものだとわかる。

 寝たまま応対するわけにもいかず、のそのそと上半身を起こした。


「もう見つかっちゃったか。意外と早かったね」

「意外と早かったね、じゃないです! 捜すのにどれだけ苦労したと思ってるんですか!」


 思わず耳を塞ぎ、顔を顰めてしまう。

 腰に手を当て、憤然たる面持ちで睨んでくる女生徒がいた。

 肩まで伸びた茶色の髪が、さらりと垂れる。

 前髪をピンで留めているため、額があらわになっていた。

 思わず叩きたくなるが、そんなことをすればもっと怒られそうな気がするのでなんとか我慢する。


「ちゃんと聞いてるんですか?」

「あんまり怒ると皺、増えるよ」

「なっ――!」


 女生徒は自分の頬に、額に手を這わせる。

 少ししてからぴたっと止まり、またきりっとした目で睨みつけてくる。


「責任とってください」

「いや、まだ独り身でいたいんだけど……」

「そういう意味じゃないです! 秋坂君がちゃんと仕事をしてくれれば、わたしもこんなに疲れなくて済むのに。まったく、どうしてわたしがこんな人に……」

「そんなに言うなら雪城さんがしてくれればいいのに。副会長なんだし」


 雪城月菜(ゆきしろつきな)

 女生徒の名前だ。

 学園の生徒会副会長を務める月菜は、会長である怜の補佐的な立場にある。

 実は、もともと月菜は会長を希望していた。

 ただ、圧倒的な票差で怜が選挙に勝ってしまったせいか、月菜からの当たりがきつい。

 いや、真面目に仕事をしていないと思われているからかもしれない。

 とにかく勝手に選挙に出馬させられ、自分のあずかり知らぬ所で会長になったなどと口が裂けても言えなかった。


「……会長しかできない仕事がいっぱいあるんです。喧嘩(けんか)、売ってるんですか? 買ってもいいですか?」

「冗談だって。今すぐ行くから」


 つい、でからかいすぎてしまい、本気で怒らせてしまったようだ。

 楽しいひと時ではあったが、これ以上調子に乗ると身に危険が及びかねない。

 早々に立ち上がり、怜は制服についた(ほこり)を払う。

 また、空気が乱れた。


「怜。理事長が呼んでる」


 静かで澄んだ声だった。

 発したのは、いつの間にか月菜の後ろに立っていた女生徒だ。

 月菜よりも背は高く、腰まである髪と、すらりとした長い脚が特徴的だった。

 白磁のような肌は人形のようで、なによりも無表情に近いその顔からは感情を読み取りにくかった。

 彼女の名前は蓮池刹(はすいけせつ)

 この学園では誰よりも付き合いが長い。


「らしいから。雪城さん、ごめん」

「え、えぇえ!? ちょ、ちょっと待ってください!」

「待てって言われても、理事長からの呼び出しだし」

「うぅ~、せっかくつかまえたと思ったのにぃ~……。仕方ないか。蓮池さん、一緒に残ってる仕事頑張りましょっ」

「わたしも呼ばれてる」

「そ、そんなぁ~……」


 ちなみに刹も生徒会役員だ。

 役職は書記。

 なんとなく似合っていると思う。

 月菜は打ちひしがれていた。

 不憫に思えたが、もともと怜が仕事をしなかったせいだ。

 フォローは入れておくべきだろう。


「終わったらちゃんと仕事するから」

「絶対ですからね?」

「わかってる」


 恨みがましい月菜の顔を最後に、怜と刹は理事長室に向かった。

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