日曜日の朝は……
第一章
日曜日の朝は……
翌日、快晴。正にお出かけ日和とでも言う絶好の天気。
目を覚ました僕は、元の男の姿に戻っていた。
FIN
――という夢落ちみたいな素敵な状況に成る訳も無く、リビングで朝食を採っている最中だった。
本日が日曜日という事もあり、家族全員揃っていた。
上座に父さん、僕の横に冬耶、テーブル越しに母さんと氷兄が並んでソファーに座っている。
トーストに、サラダとコーヒーという昨日と殆ど同じメニューはいつも見る朝食の風景である。
だが違う部分もあった。
それは、僕の寝間着を押し上げるように、はっきりと胸の膨らみが形成されていることだった。
だぼだぼの寝間着のおかげで昨日は上手くカモフラージュされていた(僕はそう思っている)が、ブラジャーを着けたことで強調されてしまった結果だ。
これには理由がある。
昨晩、母さんの脅し? でブラを初めて着ける時などは、まるで女装してるような痛たまれない気分にさせられたものだ。
でもいざ纏ってみたらその評価は一変した。
今迄不安定だったモノを固定されたことで安心感が生まれ、背筋がまっすぐなるのも気持ちよかった。
小さく見えたショーツにしても、生地が違うのか履き心地が良く、ぴったりとした感じでお腹の辺りを暖めてくれる。
まるで大事な部分を守ってくれている気がするのだ。
隙間だらけのトランクスがどれだけ頼りないものだったか判らされてしまった
母さんが言っていた”女の子は女の子用の下着を着けるべし”を実感する。
その結果、これは『生活必需品』と割り切ることにしたからなのだ。
だからといって、この雰囲気はなんとかならないのだろうか?
僕はパンを口に含みながら仏頂面になる。
世の中の半分は女で成り立っている。
即ち胸なんていうものはそこら中に溢れているのだ。
昨日の夜もこの格好を見たのだから、今だにチラチラ見られている訳は何?
僕に胸があるのが珍しいのは判るけど、しつこすぎる。
見られる度に恥かしい気分になるのだから、いい加減にして欲しい。
母さんにいたっては、その恥かしそうにしている僕を見て喜んでいるのだから極悪だ。
「ちょっと、そこの男達目線がヤラシイんだけど、あっち向いててくれないかな?」
父さんと、氷兄がパッと視線を逸らしたのを見ると、どうやら自覚はあるらしい。
冬耶はマイペースにご飯を食べているので、見ていなかったのだろう。
さすが冬耶、出来た弟だ。
「パ、パは見てません!」
「お兄ちゃん♪ も見てないからな」
この二人、昨日から母さんがママと呼ばれていることに対抗心を燃やしているみたいで、意地でも僕に言わせたいみたいだ。
「ああっ、そうだ昨日良いもの買ってきたんだ」父さんはそう言うと、食事の途中なのにそそくさと部屋の方に歩いていった。
逃げたな。
「お兄ちゃん♪ は、首の運動をしてただけだぞ誤解しちゃ駄目だぞ」
まだ無駄に足掻こうとするところは図太いを通りこして哀れでもある。
「氷君も駄目ねぇ。まぁ思春期の男の子だから、女の子の体に興味があるの判るけど、妹に発情するのはどうかと思うわ?」
「だ、だから俺は見てないって言ってるじゃん!」
「はいはい」
実の息子に発情する母親が言っても説得力がないんじゃないだろうか?
「でも、雪ちゃんの方もなんとかしないと駄目よね」
「え、どういうこと?」
急に母さんの標的がコッチに回ってきたので、氷兄は助かったという表情をしている。
「簡単に言うと、見られる事に慣れなさいってことよ!」
頭に大量のハテナマークが発生する。
そんな僕を見て母さんがふむと頷いた。
「うーん。今のじゃ判らないかぁ。基本的に女の子っていうのはね、見られることを喜ばないと駄目なのよ。だから、一々こんなことぐらいで目くじら立ててちゃ生きていけないのよ」
「それでも意味判らないって。そもそも胸をジッと見るってセクハラなんじゃないの?」
「確かにそうね。でもそれはマナーの問題で今回言ってる意味とはちょっと違うの。だったら雪ちゃんに判りやすいような例を出すわね」
「うん」
「女の子が身を飾るのは、誰かに見せる為でしょ? 自分一人の為に着飾る人なんていないし、水着にしたって自分の体をより良く見せるモノを選んでいるの。つまりは、見られることは喜ぶべきことなのよ」
「大体言いたいことは判ったけど、別に僕は他人なんてどうでもいいんだけど。実際見られないならそれの方がいいよ。恥かしいから」
「だから、それを治しなさいといっているの。今迄は男の子だったのだから、それでも良かったけど。これからずっと女の子なのよ。練習だと思って家族から慣れていくようにしなさい」
その家族が問題なんだと突っ込みをいれたくなる。
母さんは、性格に難があるとしても同性だからまだ何とかなる。
残りの変態ズなんて、最悪じゃないか。
世間の家族と一緒の扱いをするのはいけないと思うのだけど……
ちょうどこのタイミングで父さんが戻ってきた。
どうやら逃げた訳じゃなかったらしい。
しかし、その手に持っていたモノを見て、あからさまに動揺してしまう。
既に母さんの忠告なんて、記憶から消えた程だ。
そのモノとはズバリ、カメラの事である。
何故そこまで驚くのか――
そうあれは……僕が物心着く前のこと。
善悪の判断もつかないいたいけな子供に対して、父さんのとった行動による弊害だった。
当時、父さんはどうしても女の子が欲しかったのだ。
しかし、長男は仕方ないとしても、続けて生まれてきたのも次男。
自分の子供だから嬉しくないことは無かっただろうが、それでもどうしても物足りなかった。
そこで、母さん似の僕の顔を見て閃いたのだ。
女装させて写真を取ろうと。
母さんも面白がって止めなかったのだからそれは実行されてしまった。
その結果、数多くの写真が撮られてしまった。
幼い僕には、女の子向けの服を着ても罪悪感等沸く訳もなく、親の注文通りに着こなしていった。
そして、雪ちゃん可愛いねぇと誉めるものだから、可愛いといわれるのも当時は喜んでいた。
事実とても似合っていたから、普通だと思ってたのだ。
親が嬉しそうな顔をしているし、良いことをしていると勘違いしたのもある。
しかし、小学校に上がる頃になって、可愛いという言葉でからかわれだしたのだ。
それにより女の子に対してだけ使われる形容詞で男には使われないことを知る。
更に今迄着せられた服も全部女の子向けの服と判明したのだ。
それからというもの可愛いという言葉は大嫌いになったのは当然だろう。
勿論女装など二度としなかったので、変な写真を撮られる事はなくなった。
だが、目の前にカメラがある。
つまりは女になったのを機に、又僕の写真を撮るつもりなのだろう。
自分の息子に女の格好をさせて写真を取るのが趣味な変態だ。
このタイミングで持ってきたからにはそれ以外考えられない。
「いやーお待たせ♪」父さんは嫌がる僕の目線など眼中に無いようで、喜々として自分の席に座った。
「どうこのカメラ、カッコいいでしょ♪」
これ見よがしという感じで手に持っているカメラを見せびらかしている。
しかし、それに食いついたのは予想外の母さんだった。
「隆彦さんそれ幾らぐらいしたの? 高そうよねぇ」
「え……?」たった一言で、父さんは固まってしまった。先程までの威勢は何処へやらだ。
「確か、今月お小遣いが苦しいから、増額してとか言われてた気がするのだけど……どうやって買ったのかしらね?」母さんは最後に笑顔(通称、ヘルゲートスマイル 僕が命名した)までつけている。
「ええと、その、特売セールで1000円だった……のです」
「あら、そうなの? なら私が1000円で買い取るわね。後で転売しましょ♪」
ごー母さん! ごーごー。
父さんに持たせとくのは危険だから、母さんに是非没収されて欲しい。
影ながら応援する。
「いや。それは……困るというかなんというか……」
「あら、どうしてかしら? 原資は1000円なのでしょ、元に戻るだけですよ」
「その、それが無くなると雪くん成長フォトグラフが作れないですし……」
やっぱり僕を撮る気まんまんだったよ! 母さんに更に期待することにする。
「前使ってたのがあるのだから、それで充分ですよね」
「ええと、その、桜子ちゃんひょっとして怒ってます?」
「ぜーんぜん、怒ってませんよ。どちらかといえば嬉しいかしら?」
「そんな風に見えませんが――」
「それは、隆彦さんの心にヤマシイ心があるからだと思いますよ」
父さんの顔が引き攣っている。
「そ、そんな心、あ、あるわけないじゃないですか」
「ならなんの問題もないですよね。今1000円欲しいなら持ってきますけど、後ででも良いかしら?」
「さ、桜子さん。どうしたらこのカメラ見逃してくれるのですか?」
「あら、見逃すなんてとんでもないわ。でも、そうねぇ。今日これから雪ちゃんの洋服を買いに行きたいと思ってるの。結構量買うだろうから、お金かかるとおもうのよねぇ?」
「……幾らぐらいかかるのでしょ?」
「うーん。4.5万ぐらいは覚悟しないといけないわねぇ。一着も服無いんだし」
「そんなにするんですか……」
「あら、隆彦さんが心配することないのよ。ちょっと食費をケチることになったり、このカメラを転売したお金から工面するだけですから。隆彦さんも娘に可愛い格好させたいでしょ?」
「ううう、判りましたよ。そのお金は私のへそくりから出しますよ。それで良いのですよね? カメラは取り上げないですよね?」父さんが半泣きになっている。
「あらそうなのですか。助かりますわ。でしたら折角『特売』で買ったカメラなのですから大事にしてくださいね」
「はい……大事にします」
うわっ!
今のを要約すると、程の良いカツアゲじゃないか。
さすが、我家の女帝だけあって容赦ない。
でも、一個だけ気になるところがあった。
「かあ」やば、どうしても焦っていると母さんと呼びたくなる。
「ママ。別に僕服要らないんだけど? 今着てるのあるからそれでいいよ。どうせ僕のモノ買ってくれるなら。PCでも買ってくれた方が嬉しいんだけど」
「はいはい。PCは隆彦さんに買ってもらいなさい。ひょっとしてまだへそくり隠し持ってるかも、し、れ、な、い、し、ね」
父さんの肩がピクリと震えた。
どうやら本当にあるらしい。
そして、それすら獲物を狩る鷹のように狙っているのかと思うと戦慄する。
「とりあえず雪ちゃん。今日は洋服を買いに行くから予定空けておくのよ。判った?」
「って僕も行くの!」
「当たり前よ! 一緒に行って可愛いの選びましょうね♪」
これにより、僕の今日の予定に買い物というイベントが追加された。
返事は『サー』意外認められないらしい。
リビングでは、涙を流しながらシャッターを押す父さんの姿がとてもシュールだった。
写真についてはしばらく勘弁してあげよう……
やっと、二日目がスタートです。
父親の影が薄かったので、この話は父親を目立たせる為に書きました。
ええと、世のお父さんがんばって!
※ 誤字、脱字、修正点などがあれば指摘ください。
評価、コメントも是非にです。