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すのーでいず   作者: まる太
第三章
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オツカイ 2

 玄関でベージュ色のサンダルを履き、準備万端。

 僕は白いワンピースに身を包み、お外という戦場に向かおうとしていた。

 暑いのが苦手な僕にとって、まさにアンチフィールドである。

 そして、いざ出陣とばかりに右手に白い発砲スチロールの箱を抱え立ち上がった時だった。

「ピンポーン」

 我が家のチャイムが鳴ったのだ。

 タイミングが良いのか悪いのか微妙だけど、すぐに出ることにした。

 目の前だしね。

「はーい、ちょっと待って下さいね」

 ドアを開けると、見たことのあるツインテールとセミロングの女の子二人組が待っていた。

 以前冬耶と一緒にいたところを見かけた女の子達だ。

 二人は僕を見て目を丸くして驚いている。

 こんな短時間で家人が出てくるとは普通思わないよね。

 僕が小首を傾げなら二人を眺めていると、

「「お姉さん!?」」

 女の子達が大声で叫び、そのまま抱きついてくるかのような勢いで迫ってくる。

「な、なに?」

 その勢いに今度は僕が驚く番で、数歩体を後ろに引いてしまった。

「うわぁ、私服姿初めてみました。可愛いです!」

「私のお姉さんになってください!」

 二人は嬉しそうに目を輝かせている。

 一応誉められているような気はするのだけど、ツインテールの娘はまだしも、セミロングの娘の発言は変な気が……

「え、と、うん、ありがとう」

 とりあえず僕はセミロングの娘の言葉は聞かなかったことにした。

「留美ちゃん先走りすぎ」とかツインテールの娘にも怒られているみたいだし、さっきの件に触れないのが大人の寛容ってやつだと思う。

 きっと、外が暑くてテンションがあがってたに違いないよ。

 それでも、イマイチ理解不能な部分が多いけどね。

「その格好。ひょっとしてデートなんですか?」

 僕が戸惑っていると、ツインテールの娘が疑うような目で訊いてきた。

「いや、違うよ。海に出掛けたお土産を届けにいくところなんだよね」

 僕は右腕に抱えている発泡スチロールを揺すってみせた。

「ああ、そうなんですか――」

 ツインテールの娘が安堵したように頷き、同様にセミロングの娘も胸を撫でおろしている。

 その仕草が少し気になる。

 僕に彼氏がいようがいまいがこの娘達には関係ない筈だよね。

 となると……中学生になったばかりだし、デートの相手となると男だ。

 異性に極度の警戒をしているのだろうか?

 最近では、「早く帰りなさい」とオジサンに注意されただけで通報される世情だしね。

 本当に住み難い世の中になったよ。

 あれ? でもそれって――僕は年下の女の子にも頼りなく見えてるってことだよね…… 納得したくないものがあるよ。

 僕は頼りになると結構有名なんだからね。

 トールさんは火力あるし、最高のアタッカーですよ!

 なんて良くFSCCの中で言われるぐらいなのだ。

 それに、この阿南雪、暑い中、外で遊ぶような元気なんてそもそも無いのだ。

 デートなんて発想する必要すらないんだよ。

 家の中でゆっくり寛いでいたいし、外に出てもどうせ碌な目に合わないのが判ってる。

 玄関を開けただけで漏れてくる熱気を感じるだけで嫌なんだからね。


 

 ――さて、このままだと話が進まないし余り時間も無い。

 僕が2人の用件を聞いてみると、想定通り冬耶に会いに来たと判った。

 まぁそれしかないよね。

 勿論僕は速やかに冬耶を呼び出してあげたよ。

 冬耶の目がとても迷惑みたいに訴えかけてたけど、僕が折角女の子が遊びに来たのだから無碍にしちゃだめよ、と2人を応援してあげたこともあり、冬耶は一緒に遊ぶことにしたみたいだ。

 冬耶も僕べったりじゃなくて社交性を広げるべきだと思うんだよね。

 これも冬耶の為だよ。


 

 午前中にも係わらず、太陽に熱されたアスファルトからは陽炎が立ち上っている。

 少し歩くだけでも、体から汗が出てとても不愉快になった。

 帰ったらシャワーを浴びないとヤってられないね。

 さり気なくアイスストームで氷を作り口に含みながら歩いている。

 右脇には勿論白い発砲スチロールを抱えていた。

 お洒落とまでは言わないが、可愛いであろう(母さんが気に入った)格好には相応しくない気もするけど、僕は見た目に関しては特に気にしてないので問題ない。

 文句があるのは海の幸だけあって塩の匂いがするのをなんとして欲しいぐらいだね。

 此処で何故太一の家でなくてお店に向かうかというと、日中に家に行っても渡すべき相手、太一の両親が居ない。

 店舗と家が別になっている為、太一の両親はうちの近所の家から通っているのだ。

 岬おばさんと名指しされているばかりでなく、シュークリーム代までも貰っている。

 もし家に居るであろう太一に渡して帰ってきたのでは、後で絶対お小言を貰うに決まっているよね。

 ニコニコ笑顔でシュークリームを買って戻ってきたのに、母さんにすぐ没収されるなんて恐ろしすぎだよ!

 このオツカイの唯一の楽しみなんだからね。



 太一の両親が経営する喫茶矢神は並木駅前商店街の片隅で営業している。

 商店街は夏休みだけあって若者が多かった。

 片手にファーストフードを持ちながら友人と話す者、カップルで腕を組みながらウィンドウショッピングをしている者、多種多様な人達で賑わっていた。

 僕は、それを横目にひたすら目的地を目指す。

 此処で、少し止まって休憩でもしようものなら何時ものパターンが待っているのは間違いない。

 只でさえ危なっかしいと言われている僕なのだ。注意するのは当たり前だよね。

 でも皆心配しすぎだと思うんだ。

 今更ナンパの1人や2人問題ないんだからね。

 そもそも生ものを持っているから、余計な時間を掛けられないよ!


 

 途中で十字路を左折し、目的地である喫茶矢神が見えた。

 今風の某大手コーヒーショップではないが、趣があって過ごしやすそうな、雰囲気の良いお店だ。

 大きなウィンドウの前には白いテーブルが並べてあり、外でも飲食が楽しめるようになっている。  

 現在は、こんな暑いなか外に居るのは苦痛らしく人は居ない。 

 入り口のドアを押して中に入ると、「カランコローン」ドアベルが鳴り響く。

 店内のカウンター席にはサラリーマン風の男の人が1人コーヒーを飲んでいた。 

 窓際のテーブル席にはお客さんはいなそうだ。

「いらっしゃいませ!」 

 早速、女の人が明るい声で挨拶をしてきた。

 岬おばさんである。

 艶のある長い黒髪は頭の上の方で縛ってポニーテールにし、愛嬌のある太一に似た顔で微笑んでいる。

 胸元からは喫茶矢神と描かれたエプロンをつけていた。

 僕は岬おばさんの居るレジカウンターに向かって近付き、

「岬おばさん、お久しぶりです」

 頭をペコリ下げて挨拶をした。

「へ?」

 岬おばさんは、急に名前を呼ばれたことに目を丸くしていたが、

「あ! ひょっとして雪ちゃん? うわぁ……」

 すぐに僕のことに気付いたらしく、今度は嬉しそうに目を輝かせ始めた。

 ……その反応がまるで母さんのようで背筋がぞっとした。

「は、はい、そうです」

 僕は少し顔が引き攣っているのをなんとか誤魔化す。

 久しぶりに会ったのに失礼だよね。

 実際に女の子になってからは会っていなかった。

 以前は1ヶ月に数度は顔を出していたのだけど、男から女の子になった姿を見せるのは恥かしく不義理な真似をしていたのだ。    

 太一の両親だし、事情も知っていると判っているから来たけど、それ以外なら絶対無理だよ。

「あら、あら、まぁ、まぁ」

 言葉の調子は軽いものの岬おばさんは僕の体を上から下まで舐めまわすようにジーと眺めている。 

 に、逃げたい……

「な、なんですか?」

「いやね雪ちゃん。何をそんなに怯えているの? 以前のボーイッシュな格好でも十分可愛かったけど、やっとお洒落に目覚めたのね、そういう格好すれば更に可愛いと思っただけよ」

 うふふと岬おばさんは笑っているけど、目が捕食者の目をしている気がするよ。

 此処に長時間いるのは拙い、面倒なことが起きるとシックスセンスが警告している。

「あ、ありがとうございます? それで、ですね――」

「そうそう、折角遊びに来てくれたんだからゆっくりしていってね。最近来てくれないで寂しかったのよ」

 岬おばさんは僕の言葉を最後まで言わせてくれなかった。

 ううう、危険バロメーターが急上昇しているよ!

「それでですね――」

「はい雪ちゃん、そこに座ってね」

 再び岬おばさんに遮られ、カウンター席の端の方を指差された。

 はぅ……どうあっても帰してくれないのね。

 モノだけ置いて逃げる訳にもいかないし……

 僕は諦めて渋々席に座るのだった。押しに弱い訳じゃないよ!

 間逆の席に座っているサラリーマン風のお客さんは我冠せずと新聞を読んでいた。

 岬おばさんはすぐに調理場でオレンジジュースを入れて僕に出してくれる。

「はい、召し上がれ」

「いただきます……」

 ニコニコ笑顔がとても気味が悪い。

 流石母さんの親友だよ!

 母さんと岬おばさんは高校時代からの繋がりらしいのだ。

 僕はストローでオレンジジュースを一口喉に流し込む。

 このやるせない状況での一服の清涼剤に感じた。

 だけど……ジーと見られているのは嫌過ぎるよ。

「何ですか?」

 小首をかしげて尋ねる。 

「はぁ……可愛いわぁ」

 岬おばさんは少し呆けて溜息交じりに呟く。

 意味不明だよ!

 これはさっさとオレンジジュースを飲み終えて帰るのが正解とみた。

 時間が経てば経つほど難易度が上がる高ランクミッションだね。

 岬おばさんに僕の意図がばれないように、オレンジジュースの量を減らしていくが、ストローで飲んでいるので、中々量が減らない。

 そう焦っていると、

「ねー雪ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけどなぁ?」

 岬おばさんが甘えた声を出してきた。

 はぅ……もうちょっとだったのに!

 丁度飲み終わったオレンジジュースの氷がカランと鳴って落ちた。


あけましておめでとうございます。


忙しくて更新がおくれてすいません。


おまけ2を読んだ後だと、前半部分はより楽しいかもです。



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