海 2日目 2
お昼ご飯には太一達が取ってきた貝類がプラスされて、僕達の舌を大変満足させた。
正直、期待すらしてなかったのだから、太一の無駄な才能に驚く。
このまま漁師にでも就職してもらって、此処に置いていくのもありではないだろうか、なんて思うのだ。
そうすれば、定期的に新鮮な海の幸を送ってもらえる。
なんて素敵なアイディアだろう!
皆に誉められ気をよくした太一は、明日も獲りにいくと宣言しているぐらいだしね。
現在僕達は、パラソルの影で涼みながら満腹になった体をレジャーシートの上で寛いでいた。
「これからどうしようか?」
「午後からはオレも雪のレッスンに付き合ってやろか?」
僕の質問を聞いた太一が人の悪い顔を浮べた。
もう午前中だけで十分なのに、まだ僕を泳がせる気か!
太一を軽く睨む。
「そんな、恐い顔すんなや、軽い冗談やんか」
「全然そんな感じがしなかったけどね!」
「まぁまぁ、それで少しは泳げるようになったの? 雪ちゃん」
言い合いになりそうだった僕と太一を遮ったのは母さんだった。
「うん……なったよ」遂、目を逸らしてしまった。
別に嘘じゃない――と思う。今なら海の中で歩くこともなんとか出来るしね!
それに、折角人類が海から地上に出て生活しだしたのだから、敢えて戻る必要なんてないんだよ。
しかし、僕の気持ちは伝わらないらしい。
「雪、嘘は良くないぞ、まったく進歩してないだろうが……」
氷兄が呆れたようにぼやいたのだ。
なんでばらすかな!
「氷兄は黙ってようね!」
午前中、氷兄にレッスンを受けていたのだけど、冬耶に教えられた時と大差なく、気持ち1mぐらいは泳げる距離が増えたぐらいなのである。
うん、波もあるし実は3mぐらい泳げるようになったのかもしれないよ!
「はぁ、なんでこう雪ちゃんは水泳だけは苦手なのかしら……誰に似たのでしょうね」
母さんが溜息交じりに首を振る。
僕だって好きで苦手じゃないのに!
「別に僕は気にしてないからいいよ。それに、誰に似たって言われたら、ママじゃないかな? 僕ってママ似だもん」
「え!? そ、そうなんだけどね――」
母さんが急に目を丸くして驚いている。
さっき迄と違い母さんの態度が妙だ……何か隠しているような感じがする。
って、あれ? 今気付いたんだけど、海に来てから母さんが泳いでるところを見たことが無い?
少し過去の記憶を思い出してみた――
いつもこういう処に家族で来ると、海に入るのは父さんだけだった。
母さんはいつも唯眺めて笑顔を向けているだけ……思わずジーっと母さんを見つめてしまった。
「な、何よ雪ちゃん?」
僕の視線が気になったのだろう、母さんが怪訝な目を向けてきた。
「ええとね、ママって泳げるの?」
その瞬間、母さんの体がビクっと震えた。
「な、何を言ってるのかしらこの娘は――わ、私が泳げない訳ないでしょ?」
「お、そういえば俺も母さんが泳いでるところって見たことないなぁ……」
僕の意見を後押しするように、氷兄も顎に手を当てて不思議そうにしている。
疑惑が更に増したね。
氷兄ですら記憶に無いってことは、僕より若い冬耶にも記憶がある筈が無い。
勿論、太一もね。
「ふ、僕が泳げないのはママのせいだったのか、それじゃ仕方ないよね」
僕は母さんの慌てる顔を見てニンマリしてしまった
「わ、私がいつ泳げないって言ったのよ!」
母さんは顔を真っ赤にして反論しているが、誤魔化しきれずに目が泳いでいる。
もう自白したようなものだよ!
「ふーん。じゃーすぐそこは海だし、ママの華麗な泳ぎを僕は見てみたいなぁ」
「え! や、やーね。雪ちゃん、ママはもう年だもの。流石に海で泳ぐのはしんどいわ、若者達で行ってきなさいな」
僕が海を指指して言っても、母さんはまだしぶとく言い訳をしている。
その態度でバレバレなのに、無駄な足掻きだよ。
周りの皆も苦笑いを浮べていた。
「別に泳げなくても恥じゃないよ、ほら僕も泳げないしね。誰にでも苦手なものってあると思うんだ」
うんうんと母さんを諭すように首を上下に振る。
「うぅ」母さんが遂に言葉に詰まった。
勝った! 珍しく僕の勝利。奇跡ってあるのかもと感慨にふける。
これで母さんから泳げと強要されることはないよ!
「ははは、桜子さんの負けですね」
「でも、晴彦さん!」
笑っている父さんに、母さんが詰め寄った。
「まぁまぁ、落ち着いて下さい桜子さん、それに泳げなくもいいじゃないですか」
「で、でも……雪ちゃんが苛めるのよ?」
え! 僕が苛められてるの間違いだよ!
「そんなことありません、雪くんは優しい娘ですからね。桜子さんが悲しむようなことはしませんよ」
「本当に?」
父さんに説得されていくらか落ち着いたのか、母さんが僕に確認してきた。
正直な処、このネタでしばらく弄りたかった――
こんなチャンスめったに無いもの!
でも、親に意地悪するのは良くないよね、ううう。
「うん、する訳ないじゃない。僕だって泳げないんだからね」
「はぁ、良かったわ。たったの25mしか泳げないなんて流石に恥かしいものね」
え?
安堵の表情を浮べる母さんの言葉に、僕は固まってしまう。
普通に泳げるじゃないか!
25mも泳げれば十分だよ。
「なんだ、泳げるじゃん」
「そうだよ、お母さん」
氷兄と、冬耶も同様の意見らしい。
「そうやね、やっぱり泳げないのは雪だけですわ」
そして、太一は余計なことを言うのだった。
父さんはそんな僕達を微笑んで見守っていた。
母さんの弱点ゲットと浮かれた僕の立場は……
「じゃ雪の目標は25mな!」
「そやね。25mも泳げれば十分やしね」
氷兄と、太一が変な目標を掲げて頷きあっている。
僕は逃げたいよ? 冬耶助けて!
僕と目の合った冬耶は、
「雪姉ちゃん。この旅行中にそこまで泳げるように頑張ろう!」
無邪気に応援してくれた。
僕の味方――居る訳ないよね……
「「さぁ行くぞ(ねん)」」
氷兄と太一は方針が決まったという感じでサッと起き上がると、今度は僕の両腕を掴んで、無理やり立ち上がらせた。
こういう時体重が軽い僕は簡単に持ち上げられるから不利だ。
そして、
「い、いやぁ~~~!」
ずるずると海に向かって引き摺られていく、僕の悲鳴が海岸に鳴り響くのだった。
冬耶はその後をトコトコと呑気に付いてきている。
父さんと母さんはニコニコとそれを楽しそうに見ていた。
――翌日の午前中は海で過ごし、お昼過ぎに現地を出てからやっと我が家に帰ってきた。
もう夕暮れで、強い日差しが弱まってオレンジ色に塗られた光が窓ガラスに反射し、幾分涼しくなった生暖かい空気が漂っている。
ポストには3日分の新聞が溜まっており、それを引き抜いて僕達はリビングに向かって入っていく。
家の中は3日間誰も居なかったので、少し埃っぽい気もしなくもない。
「雪ちゃん。何か冷たいもの頂戴」
「いいよ」
母さんがふぅ疲れたとローソファーに腰を下ろすと、早速僕にお願いする。
それと同時に
「僕も」「俺も」「わたしも」「オレも欲しい」
他の皆も釣られて訴えるのでついでに全員分用意することにした。
我が家の飲食担当は僕なので、これは仕方ないだろう。
自分自身喉も渇いていることもあり、素早く冷蔵庫に入っていた麦茶を人数分コップに入れてリビングに持っていく。
その際に入れられた氷は僕特製のアイスストーム、やっぱり美味しい方がいいよね!
「お待たせ!」
皆の前にコースターを置き、その上に麦茶の入ったコップを載せていった。
1人用のソファには父さんが座り、3人掛けのソファに座るのは母さんと冬耶、それに太一。その対面の2人掛けのソファーには氷兄が座っていた。
空いている氷兄の横は僕の定位置で、キッチンから一番近い場所になる。
「「「「ありがとう(です)」」」」
皆はお礼を言わと、各々コップを持って喉を潤しだした。
「うん、なんだかんだで雪ちゃんの麦茶が一番美味しいわね」
「確かに――なんかコツでもあるんやろか?」
「違うだろ、雪が作ったものならなんでも美味いんだ!」
「雪姉ちゃんの愛情が篭もってるもんね!」
「雪くんの愛ですか、素敵な響きです」
誉められているのは嬉しいのだけど、愛情なんて込めてないよ、とそこの我が家の変態ズに言いたいね。
そうして暫くの間、今回の海の雑談で盛り上がっていたら、、
「それでは、そろそろ夜になるしオレはこの辺りで家に帰りますわ」
太一が時計を見ながら言い出した。
「あら、なんなら夜ご飯も食べていけばいいじゃないの? 雪ちゃんの手料理食べたくないの?」
「いや、それは食べたいんですけど……」
太一は母さんの台詞に僕を見ながら逡巡している。
どうやら遠慮しているらしいね――素直じゃないよ。
仕方ないので、や、さ、し、い、僕は後押ししてあげることにした。
「別に1人分増えても大差ないし、太一も食べていけばいいじゃない? なんなら、氷兄の分を食べればいいよ」
「ちょと待て! 何で俺の分なんだ! 俺は雪の手料理食べたい! 冬耶の分ならいいぞ」
「え、なんで僕のなの! 僕も雪姉ちゃんの食べたいよ!」
むむ、軽い冗談だったのに……氷兄が大人気なく反発するから冬耶まで割をくってしまった。
冬耶を巻き込んじゃ駄目だよ、まったく。
ならば、
「じゃ、父さんの分にしよう。ということで太一食べていきなよ」
「ええええ、待ってください! パパの分は嫌ですよ!」
あれ? 父さんなら冗談が判ると思ってたのだけど……
予想外の慌てっぷりに少し罪悪感が沸いてくる。
長距離の車の運転や、旅行に連れていってくれて感謝しているのだからね。
「よし、ママのにしよう。言いだしっぺだしね」
「………………」
母さんは皆と違って、ただ黙って僕の目を見て笑っただけだった。
ひぃ!
凄い恐いよ! この冷たいのに強い僕の背中に寒気がしたもん!
「じょ、冗談だよ? うん、太一、材料は余ってるし、遠慮することないよ?」
僕はそう言うしかなかった。
冷蔵庫を開けた時に確認しているから間違いないのだ。
太一は苦笑している。
何故僕が笑われなくてはいけないのだろうか! 元はと言えば太一のせいだよね。
「太一、本当に要らないの?」
ジトーっと半眼になる。
「ちょ、待つねん。なんで悪者を見るような目をオレがされないとあかんのや。遠慮して帰ろうとしてるだけやんか?」
「太一ね、我が家で遠慮するなんて今更なんだよ。遠慮する余裕があるなら、僕にシュークリームでも持ってくるといいよ」
うん、我ながら名言だね。氷兄から貰ったのは食べ終わったし、シュークリーム分が足りないよ。
「いや、それなんかちゃうやろ?」
だが太一には通じないらしい。
まだまだ修行が足らないね。
一回、死んで界○様に修行してもらうといいんじゃないかな。
その後なんだかんで、僕の手料理を食べて満足しながら太一は帰っていった。
家族以外には余り作らないとはいえ、太一にも好評だったのだから、僕の腕前も随分と上達したと実感した。
伊達に5ヶ月近く料理ばかりしてた訳じゃない証拠だね。
母さんが食べ終わり、「何処に出してももう大丈夫だわ」とかなんとか言ったせいで、その後は酷い目にあったけど……
だって、「俺(僕)が貰うから!)」「わたしの目の黒いうちは認めません!」とかいう変態ズが喚きだしてしまったからだ。
海でも疲れて、家でも疲れる、僕の安住の地は何処なんだろう。
やっぱり、2次元の世界なのか……
あ! エリオンネックレス! はっと気付く。
なんだかんだでまだ貰っていないよ!
気付いた時には太一は居なかった。
長かった海編終了です。
本当は、肝試しも入れようか迷ったのですが、阿南家だけで消化するのも勿体ない? と考えて、他に持っていくことにしました。




