海 2日目 1
翌日になり、朝から海で遊んでいた僕は昼前にはヘロヘロになっていた。
根本的に暑いのが苦手なのだから、無理も無いと思う。
海の中で涼んでるとしても暑いものは暑いのだ。
決して体力が無かったり、ゲームの遣りすぎや、引きこもりのせいじゃないからね。
「疲れたよー!」
パラソルの下、日陰になっているレジャーシートに倒れるように寝転がる。
太一と冬耶は、昼に美味いもん食わしたるわ! とかなんとかで、磯に海の幸を獲りに出掛けていた。
先程まで一緒に遊んでいた氷兄は、飲み物を買いに行っている。
「あら、雪ちゃん戻ったのね、それじゃ私達が今度出るから荷物お願いよ」
「うん、いいよ」
母さんに寝そべったまま手で合図した。
僕達が遊んでる間に、母さんと父さんが荷物番をしてくれていたのだ。
「では雪くんお願いしますね」
そして、2人は立ち上がると腕なんて組みながら一緒に出掛けていった。
この2人を見ていると、夫婦円満だと実感するよ。
そのまま、うつらうつらと腕を枕にして横向きで寝ていると、
「かーのじょ、1人?」
足元から掛けられた軽い感じの男の声で意識が甦る。
うん、寝たフリをして遣り過ごそう!
此処は公共の場所、寝てる女の子に触れるなんて痴漢行為はしない筈だよ。
「…………」
僕達の間に沈黙が流れる。
「うーん……寝てるのかぁ、凄い可愛いのに残念だ」
――やがて、そう男は呟くと去っていった。
ふふふ、狸寝入り最強だね!
決して、押しに弱いから言い合いになったら負けるなんてことじゃないよ!
僕も、もう高校生なのだ。
いつまでも一人じゃ心配だとか言わせないんだからね!
――安心になったことで、再び眠ることにする。
……どれぐらい経ったのだろうか?
体感的には10分も経ってないと思う。
「かーのじょ、可愛いねぇ」
先程と同じような声を掛けられた。
その少し作ったような硬い声に意識が覚醒する――だけど、また?
寝てる人に声掛けるのが流行なのだろうか?
かといって、ずっと寝顔を見られているのも気持ち悪いし、声掛けてくれるだけマシな気もする。
うーん。
とりあえず、最強スキル狸寝入りを行使する。
さっきのでスキルLV10ぐらいになった筈。
ちなみにMAXは100だけど……
「……………」
勿論僕からは返答なんて無い訳だから、シーンと波や辺りの歓声だけが僕達の間を流れている。カモメの声は生憎と聞こえない。
「ふむ、寝ているのか、ならばちょっとぐらい……」
男がそう不吉なことを呟いたと思ったら、僕に近付いていてくるのを感じた。
ええええ! 今の格好はビキニの水着しか着ていない無防備な姿を晒している。
恐いよ! 目を開けるべき?
でもそうすると、ナンパトークの相手をしないといけないよね?
はぅ!
そう悩んでいる間にも男は更に近付き、すぐ近くに座ったのを感じた。
何をするのかと怯えていると、その男は僕の背中をなぞるように指で触れてきた。
ひゃん! 突然の刺激に体がビクっと反応し、声が漏れそうになるのを我慢する。
何てことするの! 痴漢? 変質者?
頭が混乱する。
その間も指が背中や腰をなぞったり突付いたりして、くすぐったいような刺激が僕を襲い続けた。
う、うん……
「やぁん」
遂に僕の我慢が限界になり、声を漏らしてしまう。
もう狸寝入りは通用しない。それに、これ以上耐えれないよ!
諦めて目を開けると――顔を緩まして僕の表情を伺っている変態がいた。
「…………」
さっきまでの恐怖や焦りが一瞬で消え失せた。
その代わりに怒りと苛立ちが沸々と湧いてくる。
僕はジトーっと睨んだ。
「ただいま、雪!」
爽やかに氷兄は笑っているつもりだろうけど、口元が引き攣っていた。
許せない! 僕が寝てるのをいい事に遊んでいたな!
少しこの変態にはお仕置きが必要だろう。
最近調子に乗り過ぎているよね!
なら――何が一番効果的だろうか?
……素早く思案する。
そうだ! この反応は滅多に無いし効果抜群だろう。
僕は氷兄を無視して、再び横になることにした。
「え、雪? 雪ちゃん!」
氷兄が僕の態度に慌てて喚いているけど――なんだろうね?
僕知らないなぁ。
その後、氷兄が謝るまで僕の放置は続いたのだ。
「ごめん、本当に悪かったって、許してよ雪ちゃん」
氷兄が正座をしながら頭を下げている。
僕の目の前で見せるその姿は、傍目にはとても情けないモノだろう。
だけど! チラチラッっと女の子座りをしている僕の胸の辺りを見ているのが反省しているとは思えない。
女になってから早数ヶ月、この手の視線に敏感になっていた。
本人は気付かれて無いと思っているだろうけど、バレバレなのだ。
「ふーん? だったら、さっきから僕の胸をチラ見しているのはどういうことなのかな?」
「え!」
氷兄は何故ばれたのだと驚愕している。
あっさり認めたか――というか少しは誤魔化すぐらいのことをしろと言いたい。
「つ、ま、り、全然反省してないってことだよね? 帰るまで氷兄とは口聞くのやめようかな?」
「ちょ、ちょっと待て! それは横暴だろ? ホラ、雪の注文したメロ○イエローだって探して買ってきたじゃないか。これで勘弁してくれって、見つけるの凄い大変だったんだからな!」
氷兄はこれで許してとばかりに水滴の付いた黄色い缶ジュースを僕に差し出した。
余り売ってないから期待してなかっただけに内心で少し驚く。
この無駄な行動力を何で他に発揮出来ないんだろうね。
「ありがと、とりあえずこれは頂くけど……」
僕は氷兄の手からメロー○イエローを受け取った。
手に持った缶の水滴が手を濡らし、キンキンに冷えているのが感じ取れた。
「な? これで判っただろ? 俺は雪のことをちゃんとを考えているのだ――いや雪のことしか考えてないと言っても過言ではない! 俺の全ては雪なのだ!」
僕が受け取って安心したのか、氷兄の舌が滑らかになっていく。
というより、変態が加速してきた。
「……そんなことはどうでもいいんだよね。まさか、今ので全部を許して貰えるなんて甘いこと考えてないよね?」
これはちゃんと追求しとかないといけない――今日の僕は一味違うよ!
「えぇ? 俺と雪の仲だろ? これでいいじゃないか。昨日シュークリーム買って上げただろ?」
「うっ……」
それを言われると弱い。
昨日の夜も美味しく頂いたのだ。
ふわふわしてて、クリームが大量に入ってたシュークリームはとても美味しかった。
まだ4個残っているので、ホテルに帰ったら食べるんだ!
「許してくれよぉ」氷兄が上目遣いをしてくる。
大男の氷兄がしてもちっとも可愛くないけどね。
「じゃー、もうあんなこと2度としない? だったら許してあげるよ」
「それは無理!」あっさり氷兄に否定された。
……僕は妥協した筈だよね? どういうこと?
ノーと言える日本人を見たよ。
そこは嘘でも『しない』じゃないのかな?
「だって、雪の体が魅力的過ぎるのがいけないんだからさ、その白くて柔らかそうな胸、すべすべした肌に包まれた小さな肢体、透き通る青い瞳や艶やかな白銀の髪、全てが男を魅了するのだから仕方がない!」
氷兄が真剣な目をして右手の握りこぶしを掲げながら力説している。
でも、内容がとても恥かしいよ!
「い、いきなり、何言ってるの? 変態なの? 馬鹿なの?」
僕は少し赤面してしまい、それを誤魔化す為に強く言う。
「俺は馬鹿ではない、雪についてはいつも嘘を付かないので本心だ!」
断言された……けど、変態の否定は無いんだ。
全く照れた様子も無いし、ある意味凄いね。
僕だったら絶対無理だよ。
「本心だろうがなんだろうが変なこと言っちゃ駄目なの!」
「だ、か、ら、雪が可愛すぎるからいけないんだって!」
「えー、僕のせいなの? 絶対違うよ! 氷兄が変態だからだよ!」
「雪のせい――これが世の真理だ。だってネットアイドルでも簡単に1位になっただろ?」
「う……」
良く覚えるなぁ。僕としては忘れたい汚点なのに……
それに、あの件では、氷兄に濡れ衣を着せたから、後で酷い目にあったんだよね。
「じゃ、雪のせいでふぁいなるあんさー?」
言葉に詰まる僕を氷兄が余裕綽々という感じで追い詰める。
「ち、違うよ!」
「でも、反論は無いんだろ? 諦めるんだな!」
「むぅ――」
こういう時、太一なら悪知恵を働かして切り抜けれそうなのに!
何か納得出来ないよ!
「それで、良く寝てたみたいだけど疲れは取れたのか?」
「あっ! そういえば……取れてるかも」
氷兄に言われてそのことに気付く、少し寝たことでダルさが消え体力が回復していた。
「そかそか、良かったな」氷兄は僕の頭を撫でてくる。
ちょっとくすぐったい。
「むぅ、何か誤魔化された気がするよ!」
「気のせいだろ、さて、雪の疲れも取れたなら、今度は俺の番かな?」
「へ? な、何?」
予想外の言葉に僕は素っ頓狂な声を出した。
ご機嫌な感じの氷兄から邪な黒いものが見えるよ。
いつも見えている? なら、どす黒いのが見えるよ!
「いやぁ、雪の飲み物を買って来てお兄ちゃん♪ すごい疲れたのさ、だ、か、ら、休憩したいなぁと思うんだよな」
「へ、へぇー、今誰も居ないから、ゆっくり休めるんじゃないかな?」
嫌な予感が更に強くなってくるよ!
「そこでだ――」
やなところで切るなぁ……
「雪に癒して欲しい訳さ!」
「ぼ、僕に?」
まさか、又お兄ちゃん大好きとか言わせたいのかな?
こんな人前で言うのは嫌だよ!
「そそ、つまりは、昨日の勝利者権限の膝枕してくれ!」
「…………」
僕は絶句した。
このタイミングを待っていたのか――
明らかに、浴衣でやるより今のビキニの格好でするほうが恥かしい。
服が無い分、直接氷兄の頭が触れることになるのだ。
騙された!
「勿論、嫌とは言わないよな?」
「えーと……嫌かな? うん、他の時にしてあげるよ! そうだそうしよう!」
氷兄が諦めてくれることを祈りつつその表情を伺う。
氷兄は僕の意見なんて聞く気は無いらしく、この後のことを思い浮べて顔が緩んでいた。
諦める気なんて更々無いらしい。
「だーめ! 敗者は勝利者に従うのだ!」
そして、案の定の台詞。
「ううう……」
ガクリと頭を落とすしかなかった。
誰だよ膝枕なんて言い出したの! 太一か……この恨み忘れないからね!
2日目はそれほど長くは無いので、数話で終了します。




