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すのーでいず   作者: まる太
第三章
73/84

海に来たよ 9

 その後の戦いは、僕の善戦むなしく氷兄の一方的なものとなる。

 あれよあれよという間に17対3という大差をつけられてしまっていた。

 サッカー馬鹿の氷兄がこれ程まで卓球が強いなんて聞いてないよ!

「氷兄、僕は悲しいよ! 年長者の癖に、年下のあまつさえ肉親の僕に勝とうとする意地汚なさ、何が言いたいのか判るよね!」

 そう言いながら僕はサーブを放った。

「よっと! お兄ちゃんのことが大好きってことだ、よな!」

 氷兄はその球を容赦なく右利きの僕が取り難い左隅を狙いすまして球を弾きかえしてくる。

 僕は――手を伸ばしても届かない。

 結果、点差が更に1点広がってしまった……

「――違うよね! それと女の子には手加減をしないといけないっていう、古来からの法則を知らないの、かな?」 

 僕はこの際使える理論を全部行使することにして、もっと手加減しろという思いを込めてサーブを放つ。

 今度はお得意のスピンサーブだ。

「サー!」

 氷兄が某卓球少女ばりの声をだしてスピンサーブを跳ね返した後、

「手加減はしてるだろ? 現にサーブを全部雪にあげたじゃないか。それって卓球だとかなり有利だよな。俺ってとても優しくないか?」

 余裕で講釈等述べている。

 その間に僕はドライブを掛けられた球になんとか触れることは出来たけど、打った球はドライブ回転に押されコートではなく別の方向に飛んでいった。

 ――氷兄の言うように10点差が付いた時からはんでとして全部サーブ権を貰ってはいる。

 でも、全然勝てる気がしないよ!

 取った3点も実質は氷兄の自滅みたいなものだしね。

 ううう、くそぉ。後2点で負けちゃうよ!

 とりあえず、此処で少し間を取ってみる。

 このまま打ち合ってても負けるのが早くなるだけで、勝利には結びつきそうにないからだ。

 となると氷兄から譲歩を引き摺リ出すか、力を発揮出来なくさせるしかないよね。

 うーん、困ったよ。

「氷兄、僕勝ちたいな?」とりあえず上目遣いでオネダリしてみる。

「う、うん、俺も勝ちたいぞ」

 此方を見ていた氷兄の表情が一瞬だけ緩むがすぐに平静を装っている。

 ……普段なら簡単に落ちるのに手強い。

 そこまでして僕に膝枕をして欲しいのかと声を大にして言いたいね。 

 でも、この方針はいいかもしれない。

 ならば! 以前は、これだけで喜んでいたのだから、可能性はある筈。

「お兄ちゃん♪ お~ね~が~い!」甘えた声を出して小首を傾げる。

「うわ! 判ったよ雪!」

 すると氷兄は別世界の住人と化したように呆けてしまう。

 思惑通りだよ! 

 僕はこの隙を逃す訳も無く素早くサーブを放つと球は氷兄の陣に向かって飛んでいく。

 氷兄は動かない。いや動けないが正しいのかもしれない。

 そのまま、球は氷兄の後ろをコンコンと弾んでいった。

「……はっ! 雪汚いぞ!」

 今の音でやっと気付いたらしい、氷兄はとても悔しそうにしている。

 卓球をやり出してから初めて見せるその表情は僕を満足させた。

 攻略法をさえ見つければ、もう貰ったものだよね!

「お兄ちゃん♪ かっこいい!」

「そうだろそうだろ」

 カコン!

「お兄ちゃん♪ 素敵!」

「判ってるってば」

 カコン!

「お兄ちゃん! 優しい!」

「雪だけだぞ?」

 カコン!

 その都度、変な妄想に浸る氷兄。

 僕は楽々と点を加算させていった。

 ――やがて、点差が19対19になり追いつく。

 小さなことからこつこつととは良く言うけど、僕は頑張ったと思う。

 この攻撃、氷兄は素直に喜んでただけだからいいけど、実は僕にも多大なダメージを与えていたのだ。

 何といっても内容がとても恥かしい。これを意識せずにやれたなら演劇部に所属出来るかもしれないね。

 初めは堪えていたけど今では結構顔が赤くなってたりする。

 肌が白いからきっと目だっていることだろう。

 運動で体が熱くなって上気していると誤魔化すしかないね。

「雪、ちょっと待て! こんなところで本心を語られたら、力が抜けるだろうが!」

 同点になったことでお尻に火がついたのだろう、あの氷兄が慌てている。

 余裕だったのが懐かしいね。

 そもそも、本心って何? ずっと自分の心を誤魔化すのは大変だったんだけどね。

 さっさと勝負を決めてシュークリームで受けた精神的ダメージを癒さないと駄目だよ。

 外はサクサク、中はトローリカスタード、シュークリームは究極の一品だよね!

「はいはい、後2点ね、氷兄は何処のシュークリームを買ってくれるのかな?」

 余裕過ぎてニンマリしてしまう。

 パスカルのジャンボシューやルクレールのミルクシュー、お手軽にコンビニのプレミアムシューもいい、どれも捨て難いよね。

「そ、それは勝ったらだろ? まだ負けてないし……」

「うん、そうだね。さっさと決めてあげるよ」

 まだ闘志を失っていないのは立派だ。

「いくよ!」

 少しサービスして、打つ前に掛け声を出してあげるよ。

「…………」

 氷兄は珍しく真剣に僕の動作を見逃さないようにしている。

 僕は此処で、普段なら絶対言わない言葉で相手に止めを刺すことにした。

「お兄ちゃん♪ 大好き!」

 叫んだと同時に球をラケットで打ち出す。

 氷兄は、どうせ夢見る男子になっているから、決まったも――

 そう思って氷兄を見ていると今迄とは明らかに違い、先程の僕のように表情をニンマリとさせていた。

 更に何事も無かったかのように動くと、球を打ち返してくる。

 完璧に油断していた僕は、反応出来ない。

 球は自陣でコンと1度弾み、僕の横をすり抜けて背後の床を転がっていった。   

「な、な、な、なんで動けるの!」

 取っておきの台詞なんだから、おかしすぎるよ!

 慌てる僕と違い氷兄は落ち着いている。

 さっき迄のあれはなんだったの?

「うん? 別に動こうと思えばいつでも動けたんだがな――だけど、あっさり動いちゃうと雪が本心を語ってくれなくなるだろ? だからギリギリまで堪能させてもらっていたのさ」

「……ひ、酷いよ!」

 氷兄の掌の上で弄ばれていたのにやっと気付いた。

 うう、さっきまでの台詞が頭をよぎってくる。

 恥かしいのを我慢して言ってたのも全ては勝てるからだったのに、実は氷兄を楽しませていただけなんて……詐欺だ!

「なんでだ? 雪が自分から言い出したことだし、俺が強制した訳じゃないぞ?」

「そうだけど……」

 確かに僕が悪知恵を働かせたのだから文句を言う筋合いは無いのかもしれない。

 でもね――ああ、もう! 僕の馬鹿!

 なんでこうなることを想定しとかないのかなぁ。


    

 勝敗は――

 騙したつもりで騙されていた僕が勝てる訳も無く、氷兄にあっさり負けることになった。

 はぅ……手に掴み捕る寸前だったシュークリームが零れ落ちていったよ……

 涙が出てきそうだ。

 更に後2戦もあるというのに、満身創痍の状態である。


 

 続いて戦ったのは、太一に負けた冬耶だった。

 お互い負けた者同士の対戦でもある。

 僕は年長者の意地を発揮して、冬耶と対戦した。

 中々手強い冬耶、その猛追で何度もヒヤリとさせられた。

 しかし、その逆境に何とか耐えると僕の番になる。

 人生経験の差か受身になった冬耶は脆く、そのままなんとか勝利をもぎ取ることが出来たのだ。

 一応の面目躍如という形である。


 

 そして、最後に残ったのは太一。

 ここまでに多大な精神力と体力を消費した僕は太一に勝つことは最早不可能だった。

 21対10という大差での負けである。

 男の体力と女の体力の差が出たのかもしれない。

 氷兄があれ程強かったのなら、最初に太一と対戦したかったよ。

 終わってから言っても仕方ないけどね。

 予断だが、冬耶は全敗だった。


 

「冬耶は中学生だしな、罰ゲームは無しにしてやるよ」

 全勝してご機嫌な氷兄が沈んでる冬耶に優しい提案をした。

「え? いいの?」

 突然の物言いに冬耶が驚いている。

「おう、兄としては弟から搾取するなんて非道な真似は出来ん。お前の小遣いだと3人分を支払うのはキツイだろ?」

「うん、そうだけど、やる前に決めたことだし……」

 冬耶はまだ逡巡している。

 それを見ていた太一が、

「氷兄ちゃんが遠慮ならオレもええで。オレにとっても冬耶は弟みたいなモノやしな」

 冬耶に笑いかける。

「……太一兄ちゃんもいいの?」

 冬耶が笑っている太一と氷兄を交互に見る。

「「ああ(ええで)」」

 2人は一斉に頷き、3人分を支払わないといけないと思っていた筈の冬耶の顔が幾分明るくなっていた。

 残るは僕――

 僕も冬耶は可愛いから、勘弁してあげたい。

 でも、2敗している今、冬耶からしかシュークリームは貰えないのだ。

 情と利益で揺れる僕を氷兄が追い詰めてくる。

「勿論雪もいいだろ? まさか、冬耶から本気で貰う気なんてなかったよな?」

 ……貰う気だったのに。

 だって、僕は膝枕をしないといけないんだよ? その分をどっかから補いたいよ。

 冬耶を見ると無しになるのを期待しているのがはっきりと判った。

 ううう、もう!

「いいよ。冬耶は僕の可愛い弟だからね!」

 やけっぱちになってそう言うしかなかった。

 くすん。シュークリーム食べたかったよ。


 

 部屋に戻った僕は、早速太一にせがまれて膝枕をさせられていた。

 太ももの上には太一のニヤケタ顔がある。

 氷兄はちょっと用事があるとかで別行動をし、部屋に居た父さんと母さんは興味深々と此方を伺っている。冬耶は晴れて自由となり大人しくテレビを見ていた。

「めっちゃ気持ちええ。極楽やわぁ」 

「ひゃ! 動くな!」

 僕は思わず声を出し、股間の近くでモゾモゾ動く太一の額をペシッと叩く。

 硬い髪の毛があたってくすぐったいんだからね!

「痛! なんてことするねん。勝負で負けたんやからオレを満足させないと駄目やろうが!」   

「……だからやってるじゃないか、膝枕はするけど動くのは禁止なの。なんでこんなのがいいのか判らないよ」

「めっちゃ気持ちええからに決まってるからやろが!」

 台詞の勢いは良いけど、内容と太一の表情に締りが無いから格好付かない。

「太一君いいわねぇ。私も後で雪ちゃんにしてもらおうかしら」

「でしたら僕も雪君にして欲しいですね」

 太一の様子に感化されたのか母さんと父さん迄怪しいことを言い出した。

 母さんなんて指を咥えて見ている。

 気にしないことにしよう。

 僕は苦痛なんだからね。

「次動いたら終了だから判った?」

「めっちゃ横暴や! 生きてるんやから多少はしょうがないやろが。雪の湯上りの匂いも堪能できるし、ぷにぷにしてる太ももは最強やよな!」

 そんな、生々しい感想を云うな! 凄い恥かしいんだからね。

 嬉しそうに、この夏の太陽のように燦々と輝く太一の顔を見ると呆れるしかない。

 大体、うちの親の前なのによくこんなこと出来ると関心するよ。

 あれ? 逆にうちの親の前だから出来るのかもしれない。変態ズの仲間だし……

 それぐらい太一は我が家に馴染んでるからね。

 むぅ……


 

 ――太一が満足するのはその後15分も経った後だった。

 酷い目にあったよ……

 この後に氷兄の番が待ってるのかと思うと更に気が重くなるよ。

 そのまま悶々と、夕ご飯を待っていると氷兄が帰ってきた。

 手にはビニールの袋を持っている。

「雪、雪、これなーんだ?」

 氷兄はそのビニール袋を僕に見せつけてきた。

「え?」

 ビニール袋にはカラフルな英語の名前が書かれており、中に何か硬そうなモノが入っているみたいだ。

 他の皆もなんだか判らず首を傾げていた。

「それが何?」

 素っ気無く聞き返した。

 僕の頭の中は今からの苦痛のことで一杯なのだ。

「まぁ、まぁ、そう言わずにこれ持ってみろよ」

「うん……」

 氷兄はその袋を強引に僕に押し付けると、僕がどんな反応を示すのか心待ちにしていた。

 訳もわからない僕は手の中にあるビニール袋を確認する。

 中身は結構軽くしっかりした箱のようだ。

 そのままビニール袋の中身を見ると、白い紙で出来た箱が入っていた。

 これは、まさか!

 思いもよらぬ展開に逸る心を抑える。

 そして、白い箱を開くと、そこには――

 愛しい柔らかそうな狐色の生地に包まれた物体が6個並んでいた。

「氷兄これって!」

「どうだ、嬉しいだろー? 雪の大好きなシュークリームだからな」  

 氷兄は僕が目を丸くしてるのを見てしてやったりという感じだ。

「で、でもなんで?」

 僕は賭けで負けたんだから、貰える訳が無いのだ。

 まさか、又、卓球の時みたいに見せるだけというだまし討ちをするつもりなのだろうか?

「いやさ、最初からオレが勝った分と冬耶の分は雪に買ってやろうと思ってた訳だ。でも雪は太一にも負けただろ? だから、一人2個として合計6個って訳さ」

「く、くれるの?」

 もう騙されないからね。駄目っていっても返さないけど!

「ああ、それは雪のモノだから好きに食べていいぞ」

「凄い嬉しい。お兄ちゃん♪ 大好き!」

 自然に笑顔が零れ出ていた。

 やっぱり氷兄は優しいよね!

 それに、冬耶の分までちゃんと考えてたなんて、年長者だけのことはあるよね。

 一方の太一は顔を引き攣らせている。どうしたんだろう?

「それじゃ、氷兄膝枕してあげるから、ちょっと待ってね」

 これは大事に食べるんだ!

 機嫌の良くなった僕はシュークリームを部屋の冷蔵庫に入れに行きつつ氷兄に笑顔のままの顔をを向ける。

「オレは別に今じゃなくてもいいぞ、太一で疲れてるだろうからな」

「え?」

 その予想外の台詞に思わず立ち止まってしまった。

「「それなら私(僕)に膝枕を」」

 という母さんと父さんの戯言は当然放置した。

 静かだと思ったらこれだよ。

 だけど氷兄どうしたんだろう? 正常に戻ったのだろうか……

 うん、ないね。それだけは無いとはっきり判るよ。 

これで海1日目終了、第三章もきりよく30話になりました。

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