海に来たよ 6
雪です。
白い砂浜の波打ち際には、キラキラと輝く強い日差しの下、子供や、カップル達のはしゃぐ姿があります。
砂浜に佇んで座る僕は、海から吹き寄せる潮風に白い髪をなびかせ、時間が経つのを気にせずぼんやりしていました。
このままずっと続けばいい。
そう切に願っていると――
「雪くんの、憂いのある表情貰いです!」
僕の穏やかな時間は一瞬で破壊されることになる。
父さんのはしゃぐ声の後、シャッターの押される音が続いたからだ!
僕はヒクヒクする顔を必死に我慢していた。
何故こんなことになったのだろう?
僕のせいではない筈だ……よね。
決して欲しかった左手キーボードとゲーマー向けマウスを買ってくれるなんて言葉に釣られた訳じゃないんだ。
どうせ父さんの趣味の写真撮影には付き合わないといけなくなるのだから、1時間ぐらいモデルをやって欲しい物が貰える方がマシじゃないか!
ちなみに、氷兄と冬耶も初めは興味深そうに眺めていたけど、長引くと判って海の中に消えていった。
母さんはというと、パラソルの下で幸せそうに熟睡している。
「はい、雪くん! そこで、はにかむようにエヘです!」
「え、エヘ」
痙攣する頬をなんとか誤魔化し、カメラを構える父さんの方を向いて笑顔を作る。
「表情が硬いですねぇ。太一君、出番ですよ!」
「隆彦おじさん了解ねん!」
首を振ってヤレヤレとしている父さんに指示され、太一は自作のレフ板片手に砂浜を踏みしめながら僕に近付いてくる。
どうみても父さんの助手だ。
君は、父さんの助手の前に僕の親友ではなかったのかと声を大にして言いたいね!
「雪、スマイルや! そんなことでは真の浜辺のクィーンになれんがな」
「……何で僕がそんなのにならないといけないのかな?」
「ははは、馬鹿やなぁ。雪より可愛い娘なんて存在しないやろ? ならば、女王の風格を見せて一番可愛い姿を見せないでどうするんや!」
……何処からツッコメばいいのか謎だ。
「それって、僕に何の意味があるのかな?」
「はぁ……」
盛大に溜息を付かれた。
「世の中にはな、やらねばならないことがあるんや。それを、宿命とも言う。雪の宿命は皆を喜ばすこと、即ち、サービスするのが当然なんや!」
何処の聖人だろうね! それって僕だけ永遠に損してるようなものだよ。
「……宿命ねぇ。ちなみに太一の宿命は何なんのかな?」
「ふふん、オレの宿命は簡単や、雪とずっと一緒に居ることやからな! こんなことはっきり言わせるなや、照れるやろが」太一はぽりぽり頬を掻いている。
「ふーん。太一の宿命はそうなんだ、でも僕の宿命は違うと思うんだよね」
「おい、オレの宿命の反応が薄いやろが! もっと他に言うことがあるんちゃうか?」
そっちの方が気になるのかぁ。
「だったらねぇ、氷兄に苛められるのが宿命じゃないかな」
僕と一緒にいるならこうなるよね。氷兄が僕離れする想像が出来ないもん、あの変態は僕の物心付いてからずっとそうだから無理だと思う。
だけど、なんだかんだで二人は仲が良いんだよね。どうしてなのか、さっぱり謎だね。
「氷兄ちゃんか……」太一はウッと言葉を詰まらせてしまった。
自覚はあるらしいね。
「雪くん! マウスですよ!」
「キャハッ♪」
父さんの一言に条件反射で、渾身の笑顔を見せる僕。
「可愛いです! もう、今のは永久保存ですよ!」
「……オレの一言より、マウスのほうが意味あるんかい!」
太一がボヤいてるけど、僕は実利を取るんだよ!
僕の哲学は、取れるときに取る。
どうしてか不利な状況に知らないうちになるんだもん、損する一方なんだよ。
その後、1時間が経過し、約束の時間は終了した。
こんなに長くモデルをしたのだから、左手キーボードとマウスでは安過ぎだったような。「雪くん、次は水辺できゃぴきゃぴした感じで、にゃーんと戯れてみましょうか!」
父さんが変なこと言ってるけどもう関係ないね。
「父さん、1時間の約束だったよね。もう終了だよ!」
「えー、雪くんの魅力は1時間では少な過ぎますよ!」
子供みたいに駄々をこねている。
何歳だこのおっさんは!
「約束は、約束だもん! ちゃんと守ってよね!」
長かった。苦痛だった。恥かしかったよ。
妙に注目を浴びたから視線も凄かったんだからね。
「仕方ありません。太一くん、お願いします!」
「え、オレっすか!」
「はい!」
太一は困惑した風ながらも、レフ板を片手に僕の元に歩いてきた。
何度目だろうか、但し今度は、自信ありそうにしている。
不気味だね。
「雪、可愛いぞ!」
「はいはい、ありがとね」
変態ズ+1の太一に『可愛い』と言われてもなんとも思わないね。
「少しは照れたりする行動をしてもええんちゃうか?」
だってねぇ、いきなりそんな台詞を出したら、下心丸出しだと判るもん。
「うーん。他の人からなら、そうなるかもね」
「うわ、酷い話やわぁ、ピュアなハートが傷つくわ」
「ぷっ」思わず噴出してしまった。
「ピュアな馬鹿なら判るけど、その顔でピュアなハートって――あ、あれのこと? 大きなお友達が大量発生した為に、女の子向けのアニメ映画を観に来た親子連れが満員で見れなかったことがあったよね。太一は何歳になっても子供っぽいから大きなお友達に混ざってそうだもんね」
「おま、なんてこと言うんや。あれは、雪の好きなガン○ムと一緒で、大人が見て楽しいのを作れば、子供も面白いというコンセプトやねん! 何にも問題あらへんがな」
そこまで熱弁する必要があるのだろうか、でも永遠とシリーズ化してるのは凄いよね。
「ふぅん、まぁ太一の趣味に僕は文句を言わないよ。太一が変なのは僕は良く判ってるからね」
「うぐっ……その話はええねん!」
「そう? だったらさっさと父さんを終了させるように説得してきてよ」
論戦が不利になった太一が話を切り替えてくれたので、これ幸いと軌道修正してみた。
「ほぉ、本当にそれでええんか?」太一が僕の目を見て確認してきた。
急になんだ? この流れで何故その言葉が出るのかサッパリ判らないよ。
「ムカツク反応なんだけど、どういうことなのかな?」
「それはな、このオレが何の考えも無く此処に来る訳がないってことや」
何回も来たけど、特別に意味のあることは無かった気がする。
でも、太一の態度はとても意味深だ。
「な、なんだよ?」少し身構えてしまう。
「だ、か、ら、な、雪の胸をオレが揉んでやろう! 快感で言うことをききたくなるに違いないからな、氷兄ちゃんだけズルイねん!」
警戒した僕が馬鹿だった……此処まで頭が悪いとはね。
「じゃ、撤収ね!」
太一の戯言は聞き流して、すぐにキャンプへ戻るように歩きだした。
「待て! じょ、冗談や!」
「うん?」
太一が必死に掌を見せながらストップと出してくるので、一応止まってあげる。
次アホなこと抜かしたら許さないと目で脅すのも忘れないよ。
太一は一瞬、躊躇したが僕の気が変わるの恐れたのだろう、すぐに口を開いた。
「そ、そのな、アレやねん、エリオンネックレス!」
「へ?」驚きで目を見開いてしまった。
それぐらい、太一の発した一言に衝撃を受けたのだ。
「太一、ど、ど、どういうこと!」
太一の側まで素早く近付くと、思わずガシっと逃がさないようにレフ板を持っていない左腕を抱きしめて拘束した。
何故か太一の表情が緩んでるけどそれどころじゃない!
「ふ、ふ、ふ、欲しいか?」
「うんうん! 僕のトールには1,5倍、攻撃速度の上がるあのアイテムは必須だよ!」
「そうか、そうか、ほな、オレの言うことを2つ叶えてくれるなら譲ってやってもええぞ?」
うわぁ、此処最近、FSCC内で頑張ってたけどドロップしないから諦めかけてたお宝アイテムだよ。
凄い嬉しい! どうしよ。今すぐ戻ってホテルでゲームしたいよ!
「太一がなんで持ってるの? あれって手が出ないぐらい高い価格だから太一の財産じゃ買えないでしょ?」
一緒にプレイしてるんだから、太一と僕の財政ぐらいは把握している。
2人の全財産を合わせても少し足りないぐらいの相場なのだ。
「いやさ、今朝海に来る前に、ゲームの露店を見物してから来たんや。するとな、露店主が多分価格設定をミスったのやろな、桁を1つ間違えた状態で販売してた訳よ」
「つ、つまり?」
太一が気付いて買ったってことだよね?
じゃなかったら、僕にあげるとか言えないもんね。
うう、僕にも運が回ってきたよ!
太一は僕がその結果を理解したのを見抜いたらしくニヤリと笑う。
「雪の予想通り、オレが即購入してやったねん。売主は痛いやろけど、自分で設定した金額だから文句も言えないやろな」
「うわぁ、太一ありがとー! 持つべきものは親友だよね! うんうん!」
「さっきオレのことを馬鹿とか言ってへんかったか? あの時、オレ凄い傷ついたんやけどなぁ。雪の気持ちはよく判ったし、オレのキャラはエリオンネックレスなんて使わんからな、露店で転売して一気にお金持ちだ」
「もぉ太一意地悪しないでよ! ねっねっ僕にくれるよね!」
僕は太一の左腕を拘束してる両腕に力を込めつつ、ぴょんぴょん跳ねて催促する。
一瞬、太一は呆けた顔をしたがすぐに慌てだす。
「わ、判ったがな! 雪にやるがな――その代わりさっきの約束は守るんやぞ!」
「うんうん、ありがとう。でも――エッチなこと以外だからね!」
「そ、それは」
「何?」ギロリと睨むと、
「……判ったねん、それでええねん。うう、今の条件だと勿体無かったような……」
太一は、まだブツブツ言ってるけど、一度口に出したからには反故しないと思う。
「ほらほら、太一も言ってたじゃない、この浜辺一可愛い僕のスマイルをこんな近くで見れるんだよ? 幸せ者めぇ」
「はぁ……まぁそれでええわ、あと1個目のお願いは、もう少しの間、隆彦おじさんに協力することやからな」
「そんなことでいいの? 太一は謙虚だね」
少し意外だ。
「まぁな、隆彦おじさんにはいつも世話になってるからしゃーないわ」
言葉はあれだけど、太一の表情は恩返しが出来て嬉しそうに見える。
本当にうちの両親を好きなんだね。
一方の僕はさっきまで疲れてた体が軽やかになっていた。
病は気からっていうのは良く聞くけど、気分が優れていると疲れも消えるんだね。
「ああ――それとな雪、後で文句言われそうやから言っておくけど、十分エロ成分は貰っているんや」
「どういうこと?」キョトンとしてしまった。
太一には特別変なことさせてないよね?
「判らんか……まぁオレはずっとこのままの方がええんやけどな、さっきから雪がオレの腕に胸を押し付けてくるから、凄い気持ち――」
僕はそこまで聞いた瞬間、視線を太一と僕の間に向けると、パッと手を離して後方に逃げた。
太一の言うように僕の白い二つの頂が太一の腕を挟むようにしていたのだ。
「はぅうわぁあああ」
顔が凄い暑くなり心臓がどくどくと波打っているのを感じる。
「た、太一のえっち!」
半分潤んだ瞳で太一を睨む。
「雪が抱きついてきたんやろが、それに、黙ってればそのままええ思い出来たのに、あえて言ったんやから、オレって紳士やろ?」
「うううう」
その通りだと冷静になれば良く判る。
海に来たせいで開放的になったのだろうか? 普段の僕なら絶対しないことだよね。
はぅ、今日は恥かしいことばかり起きてるよ!
水着か、これがいけないのか、明日も海に来るだろうからTシャツでも着てようかな。
その後、父さんのシャッター音と、僕の泣き声が数十分に渡り浜辺に流れた。
よくよく考えれば、もっと別の方法でも貰えたのでは?
後悔先に立たずであった。
雪、太一、雪パパの組み合わせって珍しいですよね。




