海に来たよ 5
「あん、いやん、そこ……だめ――ヌルヌルしたのを押し付けないで」
「ゆ、雪姉ちゃん、気持ちいいの?」
「うん、だって冬耶のが、あん、やめて……」
冷たいクリーム状のものが冬耶の手によって僕の無防備な背中を汚していく、敏感な部分に触れる都度、僕は無意識に嬌声を上げてしまい、次第に目を開けていられなくなっていた。
「隆彦さん、気持ちいいわぁ」
横に同様の格好をしている母さんからも甘えたような声が漏れていてご満悦そうだ。
「へ? (ふがふが)」
その時、冬耶の驚きとくぐもったような音が断続的に聞こえた。
何があったのだろうか気になる――が、
「ひゃ! 腰はやん!」
急に楓ちゃん曰く僕の性感帯である腰に触れられたことでビクンと体が跳ねてそれどころではなくなってしまう。
「冬耶ぁ、そ、そこは自分で塗れるから、い――はぅ!」
押し当てられた手が優しく腰を撫でるように動き、力が抜けて続きを言えなくなる。
冬耶の手は大きくて暖かい、クリームの冷たさを中和するようでとても気持ちが良かった。
って、あれ? 冬耶の手はそれ程――
「はぅん! そこだめぇ」
僕の思考を妨害するように冬耶の手が脇腹の方に向かいだした。
むずむずっと体が震え、脳に霧がかかり正常な判断がし難くなってくる。
「冬耶ぁ、もっと優しくしてぇ」
「(ふがふが)」
冬耶の返事が苦しそう――だけど、あまり気にならない。
今も僕の肢体を這うように、手がぬめぬめと動いているのだから。
「あん、そこは駄目だよぉ~」
顎の下に腕を置いてある為、むき出しになった脇の下までも手が侵入してきた。
人に見られることが殆ど無いデリケートゾーンは凄いくすぐったい。
「あう、と、冬耶! ちょっと待ってぇ!」
遂に我慢の限界が来た僕は本気で静止の声を張り上げた。
それと同時に手の動きもピタリと止まる。
これ以上身体がむずむずしてしまったら、あられもなくごにょごにょしてしまうからね。
はぁ、はぁと呼吸を整える。
人に日焼け止めを塗って貰うのが、これ程大変? だとは思わなかったよ。
母さんにされていたらと思うとゾっとするね。
さて、大分落ち着いたし、此処まで塗ってもらったのだから、さっさと終わらせて貰うことにする。
余り時間を掛けてると変態ズが邪な行動を取りそうだしね。
「冬耶、続きお願いできるかな」
「(ふがふが)」
僕がお願いするとゴソゴソした音の後に冬耶の返事があり、再び手の動きが開始される。
様子が変?
「ひゃん!」
急に火照った体に冷たいクリームを落とされるとビックリする。
おかげで今沸いた疑問が霧散した。
冬耶の手は首筋から、まだ塗り終わってない部分を集中的に動いていた。
時に大胆に、そして繊細に動く大きな手は力強かった。
「はぅ! そこはや!」
突然、水着の下にあるお尻に手を入れられ、ゾワゾワっと体に痺れみたいなものが伝わってくる。
「そ、そこは、や、駄目だったら、冬耶ぁ」
僕が文句を言っても冬耶の動きは止まらない、手が触るたびに体が熱く震えてしまう。
「もぉ! ほ、本当に怒るから、ね!」
「(ふが~ふがぁ~)」
僕が気の抜けそうになるのを必死に奥歯に力を込めてなんとか言葉を強めると、冬耶の手も止まり水着から抜けていった。
むぅ、冬耶めぇ、後で絶対説教だよ!
大体、さっきから、ふがふがってふざけてるの!?
冬耶に恨みを覚えていると、
「あん! 又、ちょっと待って!」
止まっていた手の動きが再開され、思考が麻痺する。
日焼け止めを塗ってもらっているだけで、軽く変な汗が滲んできた。
「ちょ! そこは駄目!」
冬耶の手が地面に押し付けてることで横に膨張している僕の胸を触りだす。
お尻の時に感じた刺激に等しい痺れが体を襲う。
「冬耶、だ、駄目だったらぁ!」
「(ふが~、ふが~、ふがぁ~)」
だが、今度は、冬耶の手が止まらない。
そればかりか、地面で隠されてる真中の敏感な部分に進んでいる。
このままでは――
僕はガクガクする体に鞭を打ち、
「はぁん、と、冬耶の馬鹿! 止めてっていってるよね!」
後ろを振り返りながらなんとか目に力を込めて睨んだ。
――そこには、しまったと口を開けて僕の胸に手を当てたまま固まっている氷兄と、
「(ふが~ふが~)」
太一に口を押さえられて拘束されている冬耶の姿があった。
「……………」
場が静まり返る。
「あん、隆彦さん、もっとぉ」
その中を、母さんの嬌声が響いていた。
自分で! 残された前面等に日焼け止めクリームを塗り、氷兄、太一、冬耶を、母さん達から離れた人気の無い海の家の影まで連行し、砂地に横一列で正座させた。
横で変な声を出されてたら真剣な話が出来ないからね!
「……何処で死にたいかな?」
早速僕は内容とは正反対にニッコリと天使のような笑顔で口火を切った。
日陰だけあって、高い太陽からの直射日光を受けずにとても心地良い。
3人は僕の出す雰囲気で更に涼しいから寒いになっているかもしれないけど問題ないね。
「――ええと……そやな、雪の柔らかい胸の中でがええかなぁ……」
「…………」
太一の戯言で僕の笑顔が消え、殺気を伴なった死神の目に変化する。
この状態にも拘らず第一声を発した太一には関心するけど、内容が良くないね。
「岬から突き落とすに決定」ボソリ呟く。
「…………」
残りの二人は僕の本気度が判ったらしく躊躇のあまり声が出せないようだ。
僕は首をくいっと振って早く言えと促した。
見上げる形の二人の口元が引き攣っている。
「は、や、く!」
砂地をダンっと蹴って、地の底から響くような低い声で催促すると、
「……ええとね、雪姉ちゃん。僕は氷兄ちゃんと太一兄ちゃんに動きを封鎖されて叫び声すら上げれなかったんだよ。だから……」
冬耶が恐る恐るという感じで答えた。
先程のシーンを見ていた僕には納得する内容ではある。
だが!
「ふーん。でも冬耶も調子に乗って手を動かしてたよね?」
「え、うん――そうかもしれないけど……雪姉ちゃんの背中が綺麗だったから――つぃ……」
冬耶の台詞は徐々に力が無くなり最後にはごにょごにょとしか聞こえなくなった。
「軽く塗るだけでいいのに、余計なことをした冬耶も同罪だよね。だけど! まだ情状酌量の余地はあるかもしれないから良かったね」
「う、うん」
素直に反省している冬耶にはまだ見込みがある。死刑は勘弁してあげよう。
そもそも僕がお願いした為に冬耶が塗ることになったのだから責任の一端は僕にもあるからね。
さて、残されたのは――
「氷兄は海水をたらふく飲みたいよね」
未だに沈黙を守っているだけでなく、下から見上げている内に僕の水着姿に見とれて鼻の下を伸ばしている変態には優しさなど不要だ。
砂浜に生き埋めにして、満ち潮で自然に海の藻屑となるのが人類の為だね。
「…………」
沈黙すること数秒、ジトーっと見ている間に氷兄と視線が交差した。
すると氷兄の頬が赤くなった。
何故そうなる! 日焼けして黒くなってても良くわかるよ!
「…………」
静かに時は流れ浜辺の歓声が聞こえてくる。
太一と冬耶が緊張のあまりゴクリと喉を鳴らした。
そして――
「雪が悪い!」
氷兄が口を開いたかと思いきや、斜め上を行く暴言だった。
「……犯罪者が言うにことかいてそれ? 信じられないよ!」
僕が怒るのは当然だろう。
「いや、犯罪なのは雪の身体だ! その陶磁器のような白い肌がピンク色に染まり、柔らかな肢体を揺すって艶のある嬌声を出されたら、正常な男子たるものあれぐらいするのは当然だ! 俺は悪くない!」
「なっ!」
その具体的な物言いに今度は僕が赤くなってしまう。
実際、甘い声で鳴いていたのは事実なのだ。
くぅ……
僕の勢いが落ちたのを見て、氷兄が追い込みをかけてくる。
「雪も自覚がある筈だ。現に太一や冬耶も同じ症状になったのだからな。雪が魅力的過ぎるのがいけないんだ!」
「そや、雪が美少女すぎるのがいけないんや!」
「う、うん、雪姉ちゃんが可愛すぎるからつい……」
さっきまで殊勝な態度だった太一と冬耶も喚きだした。
そんなこと言われても……僕にはどうしようもないじゃないか。
「ほら? コイツらも同じ意見だ。俺だって雪が大人しく冬耶に塗って貰ってたら何もしなかったさ、だけど……アレでは抑えておくなんて不可能だったんだ」
「でも、僕は見張っててってお願いしたじゃないか、なのに勝手に交替して――」
「それはな雪の喘ぎ声がでかすぎるんだよ。つい見たくなっても仕方ないって」
「うぅ……でも、でも」
怒りで忘れてたけど、思い出せば思い出す程恥ずかしさが増してくる。
僕は人前でなんてことしてたんだろう……はぅうう。
「ということだから、俺達は無罪だよな!」
氷兄が爽やかに笑って終了とばかりに立ち上がろうとする。
それを見てマズイ! 恥かしがってる場合じゃないと、自分を叱咤した。
「待って! 脇の下やお尻とか胸を触った件はどうなのさ! セクハラだよね!」
絶対あれはやりすぎだよ!
「俺はお尻とオッパイを触ったが、脇の下は太一だから関係ない!」
「……えぇ! 何その屁理屈、触ったことは確かなんだから責任取ってよ!」
「責任?」
急に氷兄の目が輝き出した。まるで少女漫画の瞳みたいに星が煌いている。
い、嫌な予感がする……
「そ、そうだよ! 僕の心は傷ついたんだからね!」
「ふむふむ、それらなら責任取って俺と結婚すれば問題ないな! 雪から望まれるとは思わなかった。お兄ちゃん♪ の気持ちに遂に応えてくれたのか!」氷兄は凄い嬉しそうだ
……何かがオカシイよ?
「なんでそうなるのさ! 責任を取って僕に有利になることをするってことでしょ? 意味不明だよ!」
「心の傷を癒すには、一生をかけて償うのが当たり前だろ? 相思相愛で大事にするから言うことなしだ」
「え、ええええ、何か変だよ!」
「だったら、オレも脇触ったし、雪と付き合うことで償うわ。雪なら好きやから問題なしや」
え? 太一もそれなの?
「おい、太一はプラモでも買ってやれ、俺が結婚するんだからな!」
「氷兄ちゃんも聞いたやないですか?、雪がはっきりと脇と言ってましたし、オレも誠意を見せますわ」
「遠慮しろ太一」
氷兄が睨みつけ、太一は怯えながらもなんとか首を左右に振って拒否していた。
「二人ともズルイよ。僕も雪姉ちゃんと――」
そんな中、冬耶までこの二人に汚染され始めた。
……なんでこんなことに?
その後、3人が僕を取り合って言い合いを始めた。
大体、おかしいんだよね? 僕は触られた被害者の筈……
にもかかわらず……この展開、何処で間違えたんだろ。
はっ! そうか全ての元凶は母さんだ。
母さんが日焼け止めなんて出さなければ――
でも、母さんは僕の肌のことを心配してくれただけだよね。
、はぅ、この怒りを何処に捨てればいいんだよ!
――がくりと肩を落とすしかなかった。正直者が馬鹿を見る世の中って間違ってるよ!
書いてて、雪を騙すのは余裕だね! とか思ったのは内緒です。




