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すのーでいず   作者: まる太
第三章
66/84

海に来たよ 2

 お腹も満腹になりホテルに……

 なんて素敵なことが起きる訳も無く、僕達は白い砂浜に居るのだった。

 地面から伝わる焼けた砂が、サンダル越しにその熱を感じさせる。

 海辺からは塩を含む生ぬるい風が吹き、べたべたと張り付くのが気持ち悪い。

 太陽は今、一番高い時間帯だった。

 早速、父さんの号令がかかり、男性陣がビーチパラソルや、レジャーシートを引き準備をしている。

 その姿を横目に、僕は母さんと戦う羽目になっていた。

「雪ちゃん。さて、泳ぎの時間よ!」

 母さんの目が活き活きと輝いている。

 それは、まるで楽しい玩具を前にして我慢しきれいないようにみえた。

「ぼ、僕が泳げないのは知ってるよね、皆で泳いでくればいいんじゃないかな?」

「冬君から習ったでしょ? 嘘は良くないわ」

「あれはね、プールで15mを泳げるようになったってだけで、こんな広い海は恐いんだよ。無理!」

「あら? この海岸は遠浅だから奥まで行かなければ、ずっと足が付いているわよ。雪ちゃんが恐がると思ってここにしたのだからね。ママに抜かりはないのよ!」

 ……そこは抜かるべきだよね。

 だったら――

「ほら、僕って暑いの苦手じゃない? 暑いところにいたら体が持たないし、ホテルで涼んでるよ」

「ふむふむ、世間では海水浴は涼む為に来ているのよ? でなかったから夏に来る人は居ないわよね?」

 ……う、手強い。

「ええとね――」

「それじゃ、さっさと着替えに行きましょうね」

 母さんがもう待てませんとばかりに、僕の台詞を遮ってずいっと笑顔で迫ってくる。

 雪ちゃんピンチです。 

 だけど、まだ僕には最後の切り札がある。

 この手段は使いたくなかったけど、背に腹はかえられないよね。

「……判ったよ! ママって苛めっ子だよね!」

「それ程でもないわよ」母さんはおほほと笑っている。

 誉めてないよ! 

 とりあえず、レジャーシートの上にある僕の荷物を取りに行く。

 母さんも一緒についてきた。

 いつの間にか氷兄だけになっており、座りながら荷物番をするみたいだ。

 父さん達は僕と母さんの戦いが長期化すると思ったらしく先に着替えにいったそうだ。

 僕の味方をしてくれる人はいないのか! いないんだろうね……

「雪、早く着替えてこいよ」

 氷兄の期待する視線が鬱陶しい。

 絶対変態なこと考えてるよね。

「僕が待ってるから、氷兄も着替えにいっていいよ?」

「ふっ、雪が逃げるから、その手にはかからない」

「あはは、氷君も良く判ってるわよね」

「まーね」

 母さんと氷兄が笑い合っている。

 ……そうやってられるのも今の内。

 僕の秘策を味わうがいいよ!

 僕は持ってきたトートバックに手を入れて、ガサゴソと目的のブツを探し出す。

 そして、水着の入っている巾着袋を取り出して声を出した。

「あれ? 軽~い……」

 ここで顔がニヤケそうになるのを必死になって堪える。

 母さん達に見せ付けるように巾着袋を振り、印象付けさせたところで袋を開く。

「あ! 水着忘れちゃったー。これじゃー泳げないね。残念だなぁ♪」

 多少、笑い声が漏れてる気もするけど、これが精一杯の演技だよ。

「う、嘘だろ! ああ、俺の楽しみがぁ」

 氷兄は頭を抑えて絶望の声を出している。

 くすくすくす、変態破れたり!

「ええ? 雪ちゃんあのピンクの水着忘れたの? 困ったわねぇ」

 母さんも慌てている気が……しない?

 口調は確かにそうなのに、目が緩んで愉しそうだ。

 何故だろう? いやーな予感全開だよ!

「……という事だから、仕方なく! ホテルで待ってるよ。いやー泳ぎたかったなぁ。本当だよ?」

 これぐらい言っておかないと駄目だよね。業とらしい気もするけどこれはあれ! なんくるないさー。

「今の発言に嘘は無いわね?」

 しかし、母さんの思わせぶりな台詞で僕はギクっと体が震えてしまった。

 いや、でも無いものは無いよね?

 水着は出掛ける時にベットの下に隠してきたのだから、母さんが持ってこれるわけが無い。 

 完璧な作戦だよ!

「う、うん……」

「もう一度聞くわよ? 水着があれば、すぐ着替えてくるのよね?」

 絶対無いから、大丈夫な……はず。でも、なんでそんなに聞くのかな?

「う、うん、着るけど無いよ?」

「その言葉を聞いて安心したわ」

 母さんが狙った獲物は逃がさないという感じでニヤリと笑った。

 に、逃げたいな?

 氷兄なら助けて……一応様子を伺ってみると、だめだ、母さんを救世主メシアのように崇めている。

「それじゃ、僕はホテルに――」

「今行っても、チェックインはまだよ? さて、雪ちゃん、ちょっと待っててね」

 母さんはそう言うと、自分の荷物をあさりだした。

 ……なんだろう、どんどん追い詰められている気がする。

「氷兄、アイス食べたいな?」

「よし、水着に着替えたら一緒に食べような!」

 違うだろ……今連れていって欲しいの! 母さんの最後の一言を聞いたら終わりな予感がするんだよ! 

「あら、良かったわね雪ちゃん。早速着替えないとね――」

 背中越しに喋る母さんの自信に満ちた台詞が恐ろしい。

 まさか、母さんの水着を着せようという事なのだろうか?

 でも、母さんの方が僕より身長が……いや、それは触れちゃ駄目だ。

 僕が傷つくじゃないか。

 つまり体格が合ってない。

「氷兄、ジュースが飲みたいな」

「おう、任せとけ着替え終わったら腕組んで買いに行こうな」

 ……その『着替え終わったら』って部分はどう足掻いても消えないのかな!

「それじゃ、忘れんぼな雪ちゃんの為に、ママからプレゼントがあります!」

 母さんがイイ顔で振り向き、じゃーんと手にかざしたモノは2種類の水着だった。

 水色のフリルの付いたビキニタイプ、腰の部分をリボンで縛る可愛いもの。

 もう1つは青と白のボーダーカラーのビキニで、生地以外の部分を黒い紐で縛るというものだ。

「ええと、ママの水着は着れないよ? うん、体格が合ってないからね」

 年甲斐も無く、よくこんな若者向きなのが着れると思うよ。

 その瞬間、

「……今不穏な空気を感じたわ」母さんにジトーと睨まれた。

「え! 何のこと……かな」思わず目を背けてしまう。

 恐いよ! 心を読むの禁止! 

「ふ~~ん?」

 母さんは冷笑を浮べたままだ。

 なんですかこの空間を支配されている感じは。

 氷兄も顔が引き攣ってるよ。

「あのね。ママならその2つも似合いそうだけど、僕には無理だと思うよ。それに、ママの方がスタイルがいいしね。ほら、美人じゃない!」

 自分の親に何を言っているのだろう。

 しかし、人間生き残る為にはこの程度は必要に違いない。

「あら、雪ちゃんたらそんな本当のこと言ってもだめよ、照れるわね。でも、雪ちゃんの可愛さはママを越しているわよ! わたしの娘だもの自信を持っていいわ!」

 ……全てにおいてツッコミどころが多すぎるけど、とりあえず母さんの機嫌が直ったことは重畳だろう。

 しかし、いい年――いやこれ以上想像しては駄目だ。

 又母さんが臍を曲げるに決まっている。

 そもそも、なんで読めるのよ!

「そ、そうかな……」乾いた声で返事するのが精一杯だった。

「そうよ! それに雪ちゃん心配することなんて無いのよ。この水着は雪ちゃんのだから」

「え? どういうこと、母さんが何で持ってるの?」

 どう考えても変だよね?

 母さんはふふふとしてやったりな表情を浮べた。

「雪ちゃんの水着を買いに行ったのはわたしでしょ? 大事な愛娘にたった一枚しか買わない訳ないじゃない。後でプレゼントして喜んでもらおうと思ってたのよね」

 それは、新手の嫌がらせじゃないだろうか?

「別に嬉しくないんだけど……大体、その大事な愛娘とやらに裸同然の格好をさせるのはどうなのかな? 僕は恥かしいから嫌なんだよね」

「……雪ちゃん良く聞くのよ。女は見られて美しくなるものなのよ!」

 ドドーンと母さんの背後に雷が鳴った。

 これぞ神のいかずちとでもいうような盛大なものが。

「僕は、見られたくないの!」

「ふふふ、雪ちゃんはね。女の子としての自覚がなさ過ぎるのよね。それだけ可愛いのだから少しは見せびらかしなさいな」

「嫌なものは嫌なの!」

「でも、さっきわたしと約束したわよ――ね? 水着があったら着替えるって」

 う、それを言われると困る。

 大体、母さんが僕の水着を持ってるなんて知ってたら言わなかったよ。

「そ、空耳じゃないかなぁ?」

 笑って誤魔化すことにした。

「氷君聞いてたわよね?」

「え? うん、そうだなぁ、水色のフリルを俺は着て欲しいかな」

 氷兄は突然話しを振られて驚いた様子だが、持ち前の変態志向ですぐに戯言を口にしていた。 

 ……答えになって無い挙句に、変なリクエストまでしてるし。氷兄の馬鹿!

「氷君? き、い、て、た、わよね?」

 母さんの口調がきつくなる。

 それにより、氷兄がハッとし、

「ああ、聞いてた聞いてた。水着があったら着替えてくるって」

「そうよね」

 母さんは氷兄の発言にうんうんと首を縦に振ってご満悦な様子だ。

 脅迫にしか見えないよ!

「そ、それは、僕が持ってたらって話だから……」

 弱い抵抗だけど、之しか残されてない。 

「いいえ、み、ず、ぎ、があればです」

「ううう」がくりと首を落とすしかなかった。

「それじゃ雪ちゃん着替えに行くわよ。リクエストの水色の水着を着せてくるから氷君はそこでお留守番しててね」

「おう、母さん早くな! 雪の裸をすぐ見たいからな!」

「こら、言い方が駄目でしょ! せめて柔肌あたりにしときなさい!」

 どっちもどっちだよ!

 僕は母さんに引き摺られて更衣室に連れていかれるしかなかった。



 そして、更衣室では――

「はーい、雪ちゃん脱ぎ脱ぎしましょうね」

 母さんが指をワナワナさせて僕に迫ってくる。

「ひ、1人で着替えれるから、近付いて来ないで」

 僕は母さんから逃げるように壁まで後ずさる。

「いいのよ。いいのよ。生まれながらの姿を見れるのはママだけなのよ!」

 その母さんが一番問題なんだよ!

「ほ、本当に大丈夫だから――恥かしいからね?」

 母さんの方が身長が高いから、自ずと上目遣いになってしまう。

「あーん。その怯える仕草も可愛いわ!」

 その僕の意思は通じないらしく、体を揺らしながら悶えている変態がいた。

「ママストップ! ステイ、ステイ!」

「雪ちゃん。ママは犬じゃないのよ! あら、猟犬のように脱がして欲しいのね判ったわ!」

 母さんは残忍な目をすると、僕に襲い掛かった。

「きゃ!!」


 

 哀れな子羊である僕は――

 素っ裸に剥かれて、水着に着替えさせられたのだった。

 終わった際に母さんの顔がテカテカ輝いていたのは何故だろう。

 酷い、酷いよ! もうお嫁にいけないよ! あれ? 行く気なんて無い?

 うーん。それよりも、この僕の傷ついた心を癒してくれるのは何処にあるのだろう?

 思い出した! アイスとジュースを奢ってくれる筈だ。

 氷兄からたかることにしよう。

 でも、氷兄も変な視線を向けてきそうだし、はぅ水着なんて大嫌いだ!

 他に誰も人が居なかったのが唯一の救いだった。


 

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