夏の夜は 5
「よー。太一、久しいな」
軽い口調に反して、目が笑ってないよ氷兄!
「…………」
太一は、無反応だ。
僕の時とは違い氷兄からはツマラナイジョークは出てないよ。
「おいおい、どうしたんだ。折角お祭りなんだから、楽しもうぜ?」
さり気なく、覇気を出して威嚇するの禁止!
「…………」
緊張した空気が辺りに流れる。
祭りの喧騒が良く聞こえる程だった。
「……そ、そうですよね! 祭りは楽しむものやよね!」
そして、太一は何事も無かったかのように明るい声を出した。
……数秒で陥落するとか……頼りにならないなぁ。
ミジンコなんて生易しいものじゃなかったね。
けど今日の僕は機嫌が良いから、余り気にしない。
別に杏飴が2本あるからじゃないよ! これ大事な処、試験にでるからね。
「氷兄、さっさとどっか行ったら? 太一と合流するまでって約束だよね?」
「は? そんな約束した記憶はないぞ! 勝手に作るんじゃない」
僕の台詞に氷兄は少し慌てている。
可哀想な太一に援護射撃をしてあげるよ。
「そうかな? 僕が1人だと心配だからって言ってたじゃない。太一と合流したし、もう役目は終わったと思うよ」
「雪が冷たい……これはアレだろうか、少し距離を置いて、更に俺を焦らすという高等テクニック――本当に雪は可愛いよな」
落ち込んだと思ったら、もう目を蕩けさせて変な視線を送っている変態が居た。
はぁ……なんでこんな気持ち悪い展開になるんだろ。
太一を助けない方が良かったかもしれない。
「そんなこと、一瞬、いや光の速さですら思ったことすらないよ?」
「ふふふ、照れるな照れるな。雪は良い娘だぞ」
何故か氷兄に頭を撫でられている。
……僕は無力だ。でも、頭を撫でられるのは結構気持ち良いね。
じゃない!
「そうやってすぐ触れてこない! 変態禁止!」
頭の上の手を握ってぽいっと投げ捨てる。
氷兄はヤレヤレという風にしてるけど、僕の我が侭みたいに取られてるのが納得行かないよ!
仕方ない、ここは少し……
「太一、氷兄が変態するから守って!」太一に向かって両手を組み、お願いのポーズをしてみる。
いけ太一、木の盾ぐらいの防御力は見せてよ。
せめて、鋼の盾ぐらいには進化して欲しいものだけどね。
「うぇええ、そこでオレに振るかよ! 面白いギャグとかの時だけにしてーや」
ツマラナイギャグしか言えない癖に贅沢な。
「いいから、頑張る!」
「ええええ……」
それでも太一は勇気を振り絞って? 氷兄の様子を伺っている。
木の盾だけのことはあるね。
「ほぉ……太一、なかなか勇気があるな。俺に歯向かうとは成長したじゃないか」
氷兄は軽く睨み、再び覇気を出して脅している。
一般人にそんなことしたら、訴えられるよ!
「いや、その、オレはしたくは無いねんけど……雪がお願いするから」
弱い、弱いぞ太一! そんなことでは、氷兄(魔王)は倒せない!
「雪は、お兄ちゃん♪ と一緒に居たいもんな」
氷兄は僕を見て、バックに花を咲かせながら笑顔を浮べている。
僕以外の女の子が見たら恋に落ちるかもしれないね。
「え、邪魔だから帰って欲しいかな?」
「そうか、そうか――」
「ちゃんと聞いてる?」
おかしい、本心から言ったのに、氷兄にはまるで通じた感じがしないよ。
「本当は居て欲しい癖に、照れなくても良いんだぞ。はっ! これが噂のツンデレか! いやーお兄ちゃん♪ ちょっと感激だな――た、い、ち、はどう思うよ?」
氷兄は太一に反論を許さないと視線に力を込めている。
僕じゃなくて、太一を落としに来たのか!
太一は、口元をひくつかせると、愛想笑いを浮べた。
「勿論ですよ。雪が氷兄ちゃんを嫌う訳が無いねん……」
本当に木の盾だったよ。鋼は贅沢だったかもしれない、せめて鱗の盾ぐらいには進化して欲しいものだね。
「太一もそう言ってるぞ。それじゃお兄ちゃん♪ も一緒でいいよね、雪ちゃん」
「はぁ……もう好きにしなよ。その代わり太一を苛めるのは駄目だからね。判ってる?」
「そんなことした事も無い」
氷兄は顔を綻ばせて喜んでいる。
そんなに一緒に居たいのかな? ヤレヤレだよ。
確かに、最近一緒に出掛けたりしてなかったけど、その分の鬱憤が貯まっていたのだろうか?。
それなら、丁度良い機会だし、少しサービスする方が後々の為かもしれない。
これ以上、変態になられても困るしね。
でも、これ以上って……ランクの上がりようが無いきもする。
なんだかねぇ……
「ふふふ、太一には無理だろうな?」
氷兄が自慢気な表情を見せている。
丁度、射的屋の的になっていた小さな人形を撃ち落とした処だった。
だけど、落としたものはとてもいらない気がするよ。
「氷兄ちゃんはまだまだやね。雪どれか欲しいものあるか?」
太一はフッと鼻で笑いなら、僕に欲しい景品を聞いてきた。
僕はうん? と首を傾げながら、3段に並んでる棚の景品を眺めて欲しそうなものを探した。
すると、すぐに目に止まるものがあった。
前から欲しかった、伝説の熊シリーズでレアと言われる、熊アーサーのフィギュアだ。
握りこぶし大の大きさで、エクスカリバーを持った熊という作品であり、こんな縁日にあるとは思ってもなかった品である。
「太一! 熊アーサー取って! 凄いアレ欲しいよ」
「おう、任しとき!」
僕が指差す先を見て、太一は軽く親指を上げて射的の姿勢に入った。
ちなみに、僕は参加しては居ない。
何故って? それはあれだよ……うん、せ、背がね小さいんだよ!
射的なんていうものはね、いかにして近くまでガンを近づけるかの勝負なんだ。
僕の身長だと距離が長くなるから取れないのが判ってるからね。
つまり、射的なんて僕の敵なんだよ。
僕が膨れている間に、太一は狙いを決めてトリガーを押した。
「あ、太一汚いぞ、それ俺が落とす!」
氷兄が文句を言っているけど、太一の集中力は途切れなかったようだ。
太一の撃ったコルクはポンという音の後、熊アーサーの頭に当たりぐらぐら揺らすことに成功した。
しかし、落ちそうにはなかった。
やっぱり、簡単には取れないよね。
そう諦めそうになった時、太一は素早くコルクをガンに付け、まだ揺れが収まっていない熊アーサーに狙いを定めて再びトリガーを引いたのだ。
ポンと再び音が鳴ると、コルクは台座の部分に命中し、2度による衝撃から今度は呆気なく落下したのだった。
太一はドヤ顔で肩にガンを乗せて格好付けている。
「凄い太一!」
「兄ちゃんやるなぁ」
僕と屋台の親父さんの賞賛する声が重なった。
「くぅ……」
氷兄だけが、何処か不満そうだ。
「ほら、雪これやるねん。大事にするんやで」
「ありがとー」
太一は親父さんから熊アーサーを受け取ると僕に渡してくれた。
手の中の熊アーサーがとてもプリティだよ。射的って素敵だよね。
「雪、他に欲しいもの無いのか!」
氷兄がムキになって聞いてくる。
「そうだね……」
熊アーサーが取れた後だし、他に欲しいものは――って何であるの!
「あの、熊オーディン。前弾のレアで、アーサーとセットにしたいかも!」
グングニルを持った熊、可愛いよね。
「任せとけ!」
氷兄は僕の指し示した先を見て、太一に出来ることが俺に出来ない訳が無いとでも言うように、妙にやる気になっている。
そのやる気で是非共落として欲しいものだね。
氷兄は、ガンを構えて熊オーディンに狙いを定めている。
そして、長い手足を使って、超至近距離からコルクを放った。
そのコルクの弾は、本体に当たらず支えている土台の細い部分にぶつかった。
此処で奇跡? が起きる。
通常はそのまま反射するのだが、何故か人形の背中の間に挟まり、衝撃とコルクの重みで一撃にして後ろに落下したのだった。
「氷兄凄い!」
「うは、兄ちゃんもすげーな」
再び僕と親父さんの声がシンクロする。
「ほら、雪どうぞ。太一のは捨ててもいいけど、これは大事にするんだぞ」
氷兄は、親父さんから受け取った熊オーディンを僕に渡してくれた。
「氷兄ありがと!」
両手に熊アーサーと熊オーディン。凄い嬉しいよ!
「ふふん、1発で仕留めたのだから、俺の勝利って奴だな」
氷兄が勝ち誇ったように胸を張っている。
少しは誉めてあげてもいいかもね。うんうん。
熊シリーズのレアが一気に2体も揃うなんて、今日は凄いツイテルかもしれない。
「ほぉ、氷兄ちゃんがオレよりゲームが上手いと思えないんやけどね」
太一がジトーと氷兄を見ている。
「今証拠を見せてやっただろ?」
氷兄の目も険悪になってきた。
「ならば勝負しますか?」
「おう、望むところだな」
何時の間にか二人の目から変な火花が散っている。
太一はゲームだけは本気になるからね、こんな勝負でも負けたくないのかもしれない。
ちなみに僕はもう欲しいものが無いから、二人の勝負を眺めていることにした。
初めからやる気がないとか言っちゃいけません。
――その二人の勝負は一進一退で、結局5発の弾を使い終わり、氷兄3個、太一3個の同数で終わった。
あれだけ意気込んでだから、もう1回やるのかと思ったけど、それはしないらしい。
なんでも、「雪の欲しい物が無いだろ(やろ)?」という訳の判らない理由だった。
現実的なんだか、よく判らない2人だよね。
氷兄と太一の絡みって実は少ない気がする。
と思って書いてみました。




