夏の夜は 4
色とりどりの提灯が、並木神社に向かう街道の至る処に飾られ、その間には各種屋台が広がっている。
夕暮れ時に輝くその明かりはとても幻想的で、漂ってくる香ばしい匂いや、人々の喧騒がお祭りに来てるのを実感させた。
そんな中、僕と太一は一緒に屋台を冷やかしながら歩いていた。
浴衣だけでもしんどいのに、母さんが態々下駄まで用意してくれてたお陰で、とても動き辛いよ。
「ちょっと太一待って、歩き慣れてないから大変なんだからね!」
「ああ、悪い、さっきから雪を狙ってる有象無象が多くて、妨害に忙しいんや」
太一に言われる迄も無く、いつにも増してうっとうしい視線を大量に感じてはいた。
こういう時に氷兄が居れば、すぐ蹴散らしてくれるから楽なんだけどね。
「そんなに気にしてたら持たないよ。お店で遊ぶか、何か食べようよ。その為に来たんだからね」
「それもそやな。雪にしてはまともな発言や、雪だけに今晩雪が振るかもしれへんな」
「…………」
又そのツマラナイギャグか、何度目だろう――
これは、戦略的放置がよさ気だね。
「反応が無い……あれか、面白すぎて、雪感激♪ みたいな奴やろな」
「…………」
ここで、声を出したら僕の負けな気がするのはどうしてだろう。
「太一君のギャグで、雪ったらメロメロよ、だったりして。それなら照れるわぁ」
「…………」
コメカミの当たりが引き攣り出したのを感じる。だけど、我慢!
「ほらほら、笑いたかったら遠慮することないねんで?」
「…………」
耐えてるのであって、笑いたい訳じゃないんだよ!
「よし、無言の肯定って奴やな。いやーオレってば今日も絶好調や」
太一がうんうん頷いて自己完結させたようだ。
……この脱力感はなんだろね。
きっとアレだよ、馬鹿にはつける薬は無いという奴かもしれない。
それならば、太一も可哀想だよね。
僕も優しく、看護婦、違う! 看護士さんのように笑顔で接してあげようじゃないか。
そう思って、慈愛の篭もった目を向けてあげた。
「なっ! オレが悪かったねん……そんな、憐れむ顔されたら、惨めやろが!」
「寒いこと言うからこうなるんだよ。もうちょっと修行した方がいいんじゃないの?」
何故か苛めっ子を見るような目をされたよ。自業自得なのにね。
「ええねん、ええねん。何を言われたってオレは強く健気に生きるんや」
「どうせなら、僕に優しく、自分に厳しく生きてよね」
「それって、まんまオレのことやないか!」
うわ、よくそこまで言えるな。その自信だけは凄いと思う。
「はいはい、じゃー優しい、た、い、ちは、とりあえず杏飴でも奢ってくれるのかな?」
「なんでそうなるんや。もし、ゲームで取ったなら2本目はやってもええけどな。第一オレは杏よりみかんの方が好きやねん!」
「あっそ。しょうがないなぁ。ケチな太一の代わりに僕が買うよ」
「誰がケチやねん! お金持ってるのに自分で買わないほうがセコイやろが」
むむ、そういう説もあるかもしれない。
けどさ、こんな大変な格好してまで来たのだから、少しは僕に得することがあってもいいと思うんだよね――
太一に奢らせるのは早々に諦めて、目的の杏飴の屋台を探すと少し前に通った場所にあるのを発見した。
食べたい時が買い時だから、今を逃してはいけないのである。
別に業者に騙されてる訳じゃないんだからね!
ちなみに、近くにも一軒あったのだけど、そこは木製のパチンコ台で2個、3個もらえる運試しみたいなシステムが無い店だったので遠慮したのだ。
僕の強運なら、3個貰えるに違いないからね。
多少戻ることになることから、太一には此処で待ってて貰い、僕1人で買いに行く。
その間に、太一はお好み焼きを買って来るそうだ。
広島風の方が僕好みだけど、太一はオジサンの影響で関西風だろうな。
人の流れに逆らい、目当てのお店に向かって歩いていく。
浴衣に下駄だから、少し不安定だ。
そして、数人並んでる最後尾に付こうとした時――
「雪みっけ!」
「ひゃ」
突然、右肩を叩かれ、思わず変な声を出してしまった。
触れられた肩越しに背後を見ると、長身の黒い物体が満面の笑みを浮べていた。
……なんで、ここに居るの?
いや、その疑問は考える迄も無かった。
僕がお祭りに行ったことを母さん辺りに聞いて、追いかけてきたに違いないからだ。
この近所でやってる祭りなんて、並木大祭しかないのだから簡単なものだよね。
そのまま僕が正面を向いても、肩に手が載せられたままだった。
気のせいか、モゾモゾと首筋に移動してきている……
この変態は! パンッと手で払うとやっと離れた。微かに僕の手も痛い。
氷兄は一瞬、顔を顰めたが、すぐに目を細めて口元を緩める。
「やっぱり、雪の浴衣姿は可愛いなぁ。俺の脳内メモリーにばっちり記憶したからな!」
そんなメモリーがあるなら、寝てる間に消去してあげるよ!
「なんで氷兄がいるの? ひょっとして誰かとデート?」
どうせ違うだろうけど、一応聞かずには居られない。万が一という可能性もあるからだ。
「正解、勿論デートだぞ」
氷兄が意味あり気に僕を見てニヤニヤしだした。
おお! その表情に反して内容は衝撃的だった。
氷兄をデートに連れ出す猛者が居ることに関心したのだ。
自分で言うのも何だけど、僕より難関だと思うんだよね。
ひょっとして遥だろうか? でも遥は楓ちゃんと一緒って言ってたし……
となると、僕の知らない人なのかな、どっちにしても応援しないといけないね。
「そうなんだ、ならこんな処で道草してないで、相手と一緒にいなよ」
「ふふん。何を訳の判らないこと言っているんだ? 俺のデートの相手は、この国、いや、世界を探しても雪しか居ないだろうが!」氷兄が右拳を握って熱弁を振るっている。
……少しでも期待した僕が馬鹿だったよ。
太一を罵れる資格が無いね。
「はぁ……で、これからどうするの?」疲れた声を出す。
「どうするも何も、ほら、先にコレやるよ」
氷兄はそう言って、左手に持っていた3本の杏飴を僕の前に差し出した。
僕は予想外のことに目を丸くしてしまう。
こんな近くなのに、氷兄の左手まで注意を払ってなかったのだ。
肩に載ってたのは右手だったしね。
「え、いいの?」
「当然だろ? 雪の為に買ったようなものだからな。どういう訳か、1本買ったら、ゲームもしないでもう2本くれたんだよ。優しいオバサンだったぞ」
「へぇ、そこのお店だよね?」
「そうだ。ということで、ほら、好きなだけやるぞ」
うん、氷兄はこういう処がいいよね。
「ありがと、じゃ1本頂戴!」
「遠慮するなって、ついでに残り2本もどうだ、3本の方がいいだろ?」
「うん! でも2本で十分だから、1本は氷兄が食べてよ」
「あいよ」
氷兄から2本の杏飴を左右の手で1本ずつ受け取り、自然と笑みが零れてしまう。
えへへ得しちゃったよ。
「でも、よく僕を見つけれたね。これだけ人が出てると探すの大変じゃない?」
一口舐めて、甘酸っぱさを味わった後、氷兄に素朴な疑問を訊いてみた。
現に、歩くのも困難なぐらい人が溢れつつあるのだ。
氷兄は、苦笑いする。
「雪を探すのは簡単なんだ。まず、屋台以外を見ている人の視線を監視する。コレだけで5割の確率で気付くな。雪が近くに居ると皆振り向くからすぐ判るのさ。そして、雪は絶対縁日に来たら杏飴を買うからな。一番手前でゲームの出来る店を見張ってればいいだけだ」
「むむ、そうなの?」
うっとおしい視線にそんな利用法があるとは知らなかった。
そして、よく僕の行動を把握してると関心するしかないよ。
「そうだぞ。大体太一はどうしたんだ? アイツと一緒なのだろ? 雪を1人にするなんて、危険極まりない行為なんだからな」
「太一は、もうちょっと先でお好み焼きを買ってるよ。それと、僕は高校生なんだから1人でも全然大丈夫なんだよ!」
「はぁ……だから俺が側に居ないと駄目なんだ。祭りのようなイベントの時は、結構回りも興奮してたりするから普段より危険度が増すんだぞ。そこに、雪みたいな天然美少女が居たら、ちょっかい掛けない訳が無いだろうが。もし、そんなことしたら俺はそいつを許さんけどな」
その言葉に、以前あった桐木の公園での氷兄が起こした出来事を思い出してしまった。
最後に――うん、忘れよう。脳内メモリーとやらは今リセットされたよ!
おかげで少し頬が赤くなったけど、外が暑いせいだよね。
「それなら、太一と合流すれば帰るの?」
「太一がな」氷兄は不敵な表情を浮べる。
……あーあ、太一可哀想。
頑張れ太一、負けるな太一、氷兄は手強いぞ!
僕は自力解決を諦めて、太一に丸投げすることを決めたのだった。
だってね、氷兄に僕が帰れと指示しても、どうせ僕が言いくるめられるんだもん。
それなら、太一にミジンコ並の希望だけど、望みを掛けたほうが可能性がある気がするんだよ。
ほら、窮鼠猫を噛むとか色々と逆転劇はある訳だからね。
うん、僕は悪くないよ!
そんなこんなで、杏飴を舐めながら、2人で太一との待ち合わせ場所に戻ると、
「な! 氷兄ちゃん!」
太一が絶句したまま、器用にも非難する目を僕に向けてきた。
何度も繰り返すようだけど、僕は悪くないからね!
氷室のターン。
レインボーダー○ドラゴンを攻撃表示で!




