夏と言えば 4
8/9日 本文の一部を改稿しました。
「よし、お腹も一杯になったし、帰ろうか!」
「駄目だよ! 雪姉ちゃんすぐそれなんだから……これからが本番なの! 流れるプールは言わば水に対する抵抗心を減らす為の遊びなんだよ!」
折角、お昼を食べて満タンに近かった僕のライフゲージが急降下してくる。
「いやさ、折角更衣室に向かってるじゃない。今なら撤収も容易だよ!」
「駄目! さっさと、お金置いてきてよ。そういう約束でしょ!」
ううう、約束は破る為にあるって誰か言ってたよ!
「はぅ、行けばいいんだろ。今日の冬耶は苛めっ子だよね!」
僕は渋々お金をロッカーに入れて、戻ってくるのだった。
「さて、僕達の目の前にあるのは何でしょう?」
「25mプールじゃないの?」
そのプールは4レーンあり、少なからず人が居て楽しそうにしていた。
冬耶が出来の悪い生徒から満足な答えが得れたように頷いている。
「それじゃ、午後からの練習は此処でするよ!」
「えー。断固拒否したいな!」
「雪姉ちゃん。学校でカナヅチですってバレたら恥かしいと思うよ? 中学の時を思い出してみてよ」
中学の時かぁ、うん、端の方で誰にも迷惑はかけてなかったね。
「大丈夫! 何故か皆助けてくれたよ!」
「はぁ……そうやって雪姉ちゃんを甘やかすからいつまで経っても泳げないんだよね」
何その深い溜息、それ程のこと?
「でもさ、僕的には恥かしくないんだけどな」
「…………」無言で首を左右に振られました。
「全く、大人しく入ってよね……」
冬耶はそう諦めたように言うと、近付いてきた。
僕は嫌な予感がして後ろに下がる。そのせいで、後一歩踏み外せばプールの中だ。
「な、何? 目が怖いよ?」
「雪姉ちゃんには初めからこうすれば良かったと思ってね」
雪ちゃん、ピンチです! 背中から嫌な汗が流れている。
「冬耶、落ち着けって!」
「問答無用!」
僕の制止を振り切り、冬耶は素早く間合いを詰めると、徐に両指で僕の腰辺りをツンと押し込んだ。
「ひゃん!」
瞬時に力が抜けた僕は水飛沫を上げてプールの中に落下する。
え、ええええ、ジタバタ水の中でもがく。泳げ無い人を突き落とす、いや自分で落ちたのかは恐怖の2文字しかない。
冬耶もすぐに飛び込んだようで、近寄って来て落ち着かせるように立たせてくれた。
そこで気付いた。足が立つ高さだったのだから慌てる必要なんて無かったのだ。
「雪姉ちゃん、もう大丈夫?」
「むぅ、冬耶のこの仕打ち忘れないからな!」ふんと軽く睨む。
「これも雪姉ちゃんの為を思っての愛の鞭なんだよ。それに、水の中に居ればナンパされないでしょ」
「……あれは、そう、僕って魅力的だよね、うん」
冬耶にはそう言って誤魔化したけど、流石に冬耶と2人だと恋人同士には見えないらしく、僕をナンパする者が結構いたのだ。
それを、お得意の汎用英会話等で撲滅していた為、冬耶に迷惑が掛かってないとも言い切れない状況であった。
「そうだね。雪姉ちゃんは凄い可愛いからね。さっさと泳げるようになろうね」
なんだろ、僕が負けた気がするのは?
「もう! こうなったら泳げるようになってやるからな! みてろ!」
「おお、雪姉ちゃんがやる気だ。初めからそうなら楽だったのに」
なんてね。すぐ引っ掛かるんだから、冬耶も甘いね!
「あ、そうそう、言ったからにはやってもらうからね」冬耶が追認するように笑顔で迫る。
ひょっとして、声が漏れてたの!
「だ、か、ら、雪姉ちゃんは変なこと考え無い方がいいよ。その素直な性格は好きだけど、バレバレなんだからね」
弟に諭される僕って何なんだろう?
そうこう悩んでいるうちに、冬耶のレッスンが始まってしまった。
「とりあえず、雪姉ちゃん。水の中で目を開けることは出来るよね?」
「それぐらいは余裕だよ! 任せて――」
はーっと息を吸って水中に潜り、目を開く。
僕達以外も結構な人数の下半身が見え、これが白鳥の例えなのかと実感した。
水上は優雅だけど、水面下は足が激しく動いてるというあれである。
冬耶も僕の後に潜ってきて、僕の目を見てピースサインを送ってきた。
それを合図に、2人で上がっていく。
「「ぷふぁー」」
新鮮な空気が肺を満たし、お互い顔についていた水気を手で払う。
冬耶と違い髪が結構あるからメンドクサイ。
当然冬耶の方が準備するのが早くなるわけで、
「それじゃ、次行ってみよう! 浮く練習ね」
明るい声で次の課題を宣言された。
「……具体的にどうするの?」
「そだねぇ、ジッとしてて」
「え? それだけ」
「うん、海の方が浮き易いけど、プールでも浮上してくるよ。その際のポイントは力を抜いてボーとすることかな。雪姉ちゃんの得意技だね」
そんな特技あったかなぁ? ボケボケしてるとはよく言われるけど、それは何かの間違いだしね。
「ちゃんと聞いてる?」
「あ、うん、聞いてるよ」
考えていたら注意されたよ。
その後、浮くようになると、バタ足、クロール、息継ぎと続けて教わり、終わる頃には15mは泳げるようになった。
何これ僕って天才かもしれないね。
ちょうど小腹が空いてきたので、プールから出て、備え付けのテーブルでおやつのアイスを食べることになった。
「泳ぐって簡単なんだね」
ぐったりしてる冬耶に話掛ける。2時間程教えてくれてたのだから苦労かけたのかもしれない。
「あ、うん、そうだよ。というより、今迄何してたらこうなるの?」
「うーん。なんでだろ? 誰も教えてくれなかったんだよね」
「まぁ、その辺りはよく判らないけど、とりあえずこれで泳げるようになったし、水はもう恐くないよね?」
「そだね。並木のマーメイドとは僕のことかもしれない!」
「そうやってすぐ調子に乗るんだから。でも、良かったよ水を嫌いにならなくて」
なんだかんだで、泳げるようになったし、冬耶には教える才能があるかもしれないね。
「でも、なんで急に教える気になったんだ?」
「うんとね。僕は雪姉ちゃんと楽しく遊ぶだけでよかったんだけど、お母さんから『雪ちゃんが家族旅行に行かないって絶対我が侭言うから、今のうちに泳げるようにしとくのよ!』って厳命されたんだよ。雪姉ちゃんが本気で嫌がったら止めたけどね」
……ということは昨日の朝、何の気無しに言った台詞で、自分で自分の首を絞めていたのか、なんだろこの虚しい気持ちは。
でも、考えてみれば泳げるようになったし、一応僕的にはプラスなのかな。
うーん。どっちだろう。
そして、帰る時になって重要なことに気が付いた。
そう、替えの下着を忘れていたのだ。
来る時に水着のままなのをいい事にすっかり記憶から抜けていた。
しかし、今が夏なので助かった。
おやつを食べていたことですっかり水着が乾き、そのままワンピースを着ることが可能だったのである。
天は僕を見捨ててなかったね。
帰って、母さんにそのことを話したら酷く怒られた。
女の子がはしたないとかなんとか……僕は悪くないと思うんだ!
そして、何故並木マリンパークが空いてたのかも判った。
理由は簡単で、僕達が行く一週間前に、酔っ払いの死体がプールに浮いていたらしいよ。
そんなことなら僕も行きたくなかったよ! 場所は流れるプールだったみたい。
――その日の夜、皆が寝静まった頃。
僕は枕を持ちながら部屋を抜け出し、冬耶の部屋にコッソリと侵入していた。
冬耶はプールで疲れたのだろう、良く熟睡しているみたいだ。
「大丈夫かな……」
起きないように気をつけながら、冬耶が掛けているタオルケットを持ち上げてベットの中に潜りこむ。
うん、コレはあれだよ。別に僕は恐くないんだよ?
冬耶が夜中起きて心細いといけないと思ってだね……
僕が隣に来ても冬耶に変化は見られない、スースー寝息を立てているだけだった。
「それじゃ……僕も寝よう……」
これで安心するね。違う、冬耶の為だから。うんうん。
ふぅ……疲れたよ。おやすみ冬耶……
翌日、一緒に寝てたのがバレて色々言われたけど、僕に後悔は無いよ!
恐かったんだもん! じゃなーい。冬耶が不安になるといけないしね。
やっとプール偏完了!
最近、4分割とかばっかりですね。
1話完結のショートストーリーの方がいいのか迷います。




