夏と言えば 3
目の前には全長300m程の流れるプールがあった。
曲がりくねったコースが輪を作るように設置されており、入っていれば永遠流される仕組みになっている。
「さて、何を食べようか!」
「まだ早いよ。それに、何もしてないじゃない。先に泳いでからね」
冬耶はあっさり僕の意見を却下すると、まだあどけない顔に呆れた表情を浮べている。
「衣、食、住って言うぐらい食は大事な要素だろ。泳ぐよりもご飯の心配をするほうが賢いと思うんだ!」
「雪姉ちゃんさ、恐いんでしょ?」
「そうでもないよ? うん、足が付けば問題ないからね」
恐いです。はい。
「僕が居るから安心してよ。なんなら捕まっててもいいよ?」
それは情けない気もするんだ。
「大丈夫、イザとなれば係員さんが助けてくれるから!」
「なんで溺れることが前提なの!」
「だって、泳げないし。エヘ」笑って誤魔化すことにした。
「もぉ、雪姉ちゃんには泳げるようになって欲しいんだからね。楽しいことを大分損してると思うんだよ」
「ほら、僕はネットの波に乗るのは得意だから似たような物だって」
「はいはい、さっさと行くよー! さっきから雪姉ちゃん見られまくってるし、気付いてる?」
くぅ、冬耶に言われなくても判ってはいたのだ。
この肌に張り付いてくる独特の視線をずっと浴びていたのだから。
しかし、ねぇ……なんで流れてるかなぁ……
いや理屈は判るんだよ。泳げないから波に押してもらえば、歩いてても楽しめるっていうのはね。
うーん……
「それじゃ、雪姉ちゃんが来やすいように、僕が先に入るからそこに下りてきてよ」
「えー、本当に入るの?」
「当然だよ!」
はい、きっちり、きっかり断言されました!
その後、冬耶は有言実行するように、プールの中にザプンと入った。
少し勢いをつけたせいで、流されていくのが楽しいね。
このまま――なんて期待が発生するまでもなく、僕の居る場所に壁を伝って戻ってきた。
「雪姉ちゃんの番だよー!」
冬耶に真下から見上げられる形で催促される。
「冬耶の鬼!」
しくしく……覚悟を決めてザプン! というのは無理だから、消極的に壁から後ろ向きに降りていく。
水の中は冷たく気持ちよかった。多少は生温い感じもしたけど、やはり外とは段違いの差だ。
「雪姉ちゃん、入れたんだから大丈夫だよね?」
「冬耶軍曹! ミッションコンプリートです。撤退の許可を!」
「その要望は却下だ。雪ニ等兵を鍛える為に来たのである。さっさと壁から手を放すように!」
冬耶にまだ諦めてなかったの、みたいな顔をされた。
「む……」
実は結構流れがきつくて、壁にしがみついてるのも大変だったりする。
冬耶なんて、良く壁にも捕まらずに耐えてられると関心するよ。
「冬耶、ちょっとコッチ来て背中向けて」
「うん、別にいいけど、どうしたの?」
僕が手招くと、冬耶は何の疑問も持たない様子で言った通りにしてくれた。
といっても、僕に数歩近付いて後ろ向いただけなんだけどね。
「それじゃ、冬耶ゴー!」
僕はそう言うと素早く冬耶の背中に体を密着させておぶさった。
何も僕が泳ぐ必要等何処にも無いしね。泳げないなら泳げる人に頑張ってもらえばいいんだよ。適材適所だね!
「え、何? ひゃ!」
冬耶は驚愕した声を上げると、そのままカチンコチンに固まってしまう。
そのせいで、2人共流されていく。
「ちょ、ちょっと冬耶! 溺れるから!」
今度は僕が驚く番だった。何も動作しない冬耶は今にも沈みそうなのだ。
「………」
反応が無い、冬耶の横顔を見ると顔を真っ赤にさせて焦点があってないようだ。
これは、拙いね。というかどうしてこうなったんだろ?
なんて考えてる場合じゃない!
「冬耶、冬耶、動いて!」手で軽く頬を叩くと、
「は、雪姉ちゃん、何するんだよ!」
冬耶の非難する声が聞こえ、やっと浮かび上がってくる。
危なかった。
「別に普通だろ? ハイドー冬耶って感じかな? 僕ってば騎士の素質があるかもしれない!」
「もう! そうじゃないでしょ!」
「じゃーなんだよ?」
「む、胸が当たってるんだよ……」冬耶が言い辛そうにぼそりと呟いた。
「へ?」
それでやっと気付いた。確かに胸をつぶれるぐらい押し付けている事に……
だから、冬耶が赤くなったのかぁ? って
「ええええ! 冬耶のエッチ!」
慌てて手を放した為に、ブクブクブクと沈んでいく、そして、もがいてるところを、素早く振り返った冬耶が助けてくれた。
「雪姉ちゃん、手放しちゃだめだって、ほら」
冬耶の差し出した両手にしがみつく。少し及び腰なのは愛嬌だね。
「冬耶が変なこと言うからだろ!」
「だって雪姉ちゃんが……するから」
最後の方は聞きとれなかったが、冬耶の頬はまだ赤みが残っていた。肌が氷兄と違って白いから良く判る。一方の僕もまだ赤面していた。これは太陽に焼けて火照っているからという事にしておく。
その後は、冬耶の協力の下、流れるプールを堪能することが出来た。
最初は冬耶に手を取られたままだったが、徐々に慣れてきて、最後には一人でスイスイ歩けたぐらいだ。
うん、流れるプールって楽しいね。
これは夏の定番かもしれないよ!
なんて、少し天狗になってしまったぐらいである。
そうこうしてる間に、お昼が近付き僕達はご飯を食べることにした。
「冬耶、何食べたい?」
ロッカーからお金を取り出してきた僕が食べ物の屋台を指しながら尋ねた。
「うーん。あれがいいかな。パパ・ア・ラ・ワンカイーナ!」
「へ? 何それ?」
冬耶の選らんだメニューに思わず間抜けな返事を返してしまった。
「そんな反応しないでよ。何か良く判らないから頼んでみようかなぁって思っただけなんだから」冬耶が拗ねている。
「いや、そうなんだろうけどさ、パパ・ア・ラ・ワンカイーナなんて聞いたこと無い料理良く頼む気になるよな」
「だってさぁ、メニューにあるってことは味は保証されてるんだよ。だったら記念になるし頼むのもありじゃない」
そういう考え方もあるのか、意外と奥が深いね。
って無い無い。
「そこはさ、こういう処では定番を選ぶのがいいんじゃないか? 定番だからこその安定感。外しようがないだろ?」
「でも雪姉ちゃん。下手なラーメンとかよりロマンが無い?」
う、その言葉には弱いんだよね。
「い、いっちゃう?」
「うんうん、当然だよ! 勇者とは勇気ある者のことなんだよ!
「よし、男は度胸だよね!」
「雪姉ちゃんは、女の子だから愛嬌をきわめてね」
ううう、別にいいじゃん。度胸でも……
冬耶に乗せられて頼んだパパ・ア・ラ・ワンカイーナは普通盛りが特盛りに化けていた。
雪姉ちゃんが一緒だと絶対お得だよね、とシミジミ言われたのはどういうことだろう?
そして、味はジャガイモのチーズソースかけみたいな感じで、とても美味しゅうございました。
誰だろうね、聞いたことないから駄目とか言ってた人は。
世界にはまだ僕の知らない美味しいものがあるね。
シュークリームだけに目を向けていては駄目かもしれないよ!
パパ・ア・ラ・ワンカイーナ、とても美味しそうで、長い名前ということで採用してみました。ペルー料理ですし、機会があれば試してみたいですね。




