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すのーでいず   作者: まる太
第三章
53/84

夏と言えば 2

「はぅ……」

 消えて無くならないかなこれ。

 僕の部屋の壁にある、呪いの装備に溜息が出るばかりだ。


 

 意気揚々と帰宅した母さんの手には怪しい紙袋があった。

 それを当然のことのように渡された僕は、投げ捨てたい気持ちを必死に抑えて、中身を部屋のハンガーにかけたのだった。

 そうした方が見やすいだろうという単純な理由からである。

 呪いの装備はその名前に相応しく、薄ピンク色の生地をしていた。

 トップは胸元にリボンがつき、ボトムはサイドをリボンで縛るタイプだ。

 あまり際どくないし、変なプリントや、スク水なんていうネタ装備でもないのだが、これを僕が着ると思うと憂鬱になってくる。

 この際、冬耶にでも着せて、僕はプールサイドではしゃぐ弟を見守るのがいい気がする。

 幾らプールは足が着くと言われても危ないしね。

 そもそも、冬耶は僕が泳げないの知ってる筈なんだから他を誘うべきなんだよ!

 うーん。氷兄の悪い影響でも受けてるのかな。

 それが一番ありそうだし、僕がちゃんと冬耶を導かないと駄目かもしれない。

 そう考えていると、

「雪入るぞー」

 氷兄の声が聞こえ、急に部屋のドアが開かれた。

 その後にコンコンとドアをノックしている。

 順番が逆だろが! 氷兄は壁にある呪いの装備を見て目を見開いた。

「なっ! えっ! うぉ!」

 僕はズカズカ床を鳴らしながら部屋の入り口に近付くと、変な声を上げている氷兄の目の前でドアをバンッと閉めてやった。鍵を閉めるのも忘れない。

 それにしても、このタイミングで来るなんて、変なセンサーでもついてるんじゃないだろうか?

 本気で疑いたくなるよ。

「ちょ、雪、雪ちゃん今の何!」

 氷兄がドアをしつこく叩いているけど知りません。

 その間に、壁に掛かっていた呪いの装備を回収し、ベットの下に投げ入れた。

「雪ちゃーん。お兄ちゃん♪ とお話ししよーよー」

 暑いから狂ったようだ。

 しかし、家中に聞こえる声で叫ぶものだから、僕が恥かしくなってくる。

 もう! 嫌々ドアを開けた。

「氷兄煩い! さっさとどこか行ってよ!」

「やっと開けてくれたな。さて……」

 氷兄は僕の非難等ものともしないで部屋に入ってきた。そして、何かをキョロキョロ見回して探しているのが判る。

 誰も入って良いと言ってないのにずうずうしいよ!

「なぁ雪、さっき可愛い水着があったんだけど。何処に隠した?」

 あの一瞬でよくそこまで判断できると関心する。

 しかし、僕の部屋にはそんなものは無いのだ! あれは呪いの装備だからね。

「知らないよ? 水着なんて僕が持ってる訳無いじゃない。泳げないんだからさ」

「いや、そうなんだけど、ピンク色のビキニを俺は見たぞ! 雪がアレを着るのかぁ、なんか、こう訴えくるものがあるな!」

 形状まで覚えているのが凄いね。

「はいはい、警察にでも訴えられるといいよ。だからさっさと出てって」

「ふーん。で、何処に隠したんだ?」

 全然、聞いてないし……でも、ベットの下に入れたから大丈夫だよね。うん。

 あれ? 今氷兄の目が光ったような。気のせい?

「は、初めから無いから、用事が無いならさっさと消えてよ。僕は忙しいんだからね」

「待て、用事はあるぞ!」

「何?」

「可愛い雪ちゃんの顔を見に来たのだ!」

「……はい、さよなら!」氷兄の背中を押すようにして部屋の外に追い出していく。

「じょ、冗談だ! 話があるんだ!」

 氷兄は顔だけを此方に向けて抵抗しながらそう言った。

 実際、氷兄が本気で抵抗したら僕の力ではどうしようもないし、一応それだけは言わせてみることにした。

「だ、か、ら何?」軽く睨みを効かせる。

「別にそんなに照れなくてもいいだろうに――お兄ちゃん♪ と一緒に出かける為に買ったんだろ?」

「――違うよ! 冬耶とプールに行く為に買ったの!」

 しまった! 慌てて口元を押さえる。

 氷兄はそれを見てニヤリと人の悪い笑みを浮べた。

「ほら、やっぱりあるじゃないか。雪は嘘がつけないんだから、無駄なことは止めるんだな。それに隠した場所も判っているぞ?」

「嘘、なんで?」

 氷兄には見られてなかった筈なのに。

「そりゃ簡単だ。さっき聞いた時に隠し場所を目で追ってたからな。ベットの下だろ?」

 う、知っててからかってたのか! 趣味悪いよ氷兄!

「ああもう! うるさーい。さっさと出てけ!」

 くぅ……押しても動かない。

 無駄に力ばっかり強くなって!

「しかし、冬耶と2人だけってのが許せないな、何時行くんだ?」

「ええとね、明日の9時かな」

 動かないし、さっさと全部言わせて出ていってもらうことにした。

「それじゃ俺が行けないだろ、なんでその時間なんだよ?」

 氷兄が部活で居ない時間を狙ったとは言えないよね。

「僕にも用事があるし、都合が一番良かったんだよね。それに朝の方が空いてるじゃない」

「なぁ午後からにしようよー!」

「だから、忙しいの! 無理だね」

「ひでーよ。俺だって雪の水着姿見たいぞ!」

 僕は見せたくないんだよ! さらば氷兄ふぉーえばー。


 

 氷兄はあの後もしつこかったけど、なんとか振り切ることが出来たのは作戦勝ちである。

 現在は、冬耶と一緒に、家から程近い並木マリンパークというプールに向かうバスに乗っているところだった。

 窓際に僕、その隣に冬耶が座っている。

「冬耶、窓際じゃなくてよかったのか?」

 僕はどっちでも良いし、冬耶が僕を先に座らせたのがずっと気になっていたのだ。

「うん、雪姉ちゃんすぐナンパされるからね。僕と一緒の時は邪魔されないようにしたいんだよ!」

「ふーん。そうなんだ。ならお言葉に甘えようかな。結構断るのめんどくさいんだよね」

「僕が守ってあげるから安心してね!」

 その気持ちだけ受けとっておくよとは言えない。

 僕が冬耶を守らないといけないのだから。

 中学生ともなると大人ぶりたいんだろうね。

「期待してるよ。でも、本当に並木マリンパークって空いてるのか? 夏休みだから稼ぎ時だと思うんだけど」

「そうらしいよ――理由は、雪姉ちゃんは聞かない方がいいかもしれないけど」

「どういうこと?」

「雪姉ちゃんって意外と恐がりだからね。楽しめなくなると困るもん」

 何その思わせぶりな言い方、聞かなければ良かったかも……でも気になるんだよね。

「いやいや、大丈夫だって、これでも僕は高校生だからね。へっちゃらだよ」

「ふーん。後で後悔しない?」

「し、しない、よ。多分」

「なら教えてあげるね……実は――」

 冬耶の真剣な顔に、僕はゴクリと喉をならしてしまった。

 ――その時、

「次は並木マリンパーク前、お降りの方はブザーでお知らせ下さい」

 バス内に音声が流れ、冬耶の台詞がそこで止まった。

「雪姉ちゃん、ボタンボタン!」

「了解!」壁についているボタンを押すと、「ブー」という音がなった。

 ある意味助かったかもしれない。なんか恐そうな話だったしね。

 その後1分もしないで、バスは停留所に到着し、僕と冬耶は運賃を払い降りたのだった。


 

 外に出るとムッとするベトツク空気が体に纏わりつき、太陽がこれから更に暑くなってくるのを感じさせられた。

 夏場は出かけるもんじゃないと本気で思う瞬間だよ。

 並木マリンパークは、市営プールでそこまで大きなプールとは言えないが、それでも例年は人で溢れていた筈だ。

 しかし、現在は違和感を感じる程空いている。

 さっきの冬耶の台詞が頭の中を過ぎってきた。

 でも空いてることはいい事だからとりあえず忘れることにする。

 別に僕が恐いからじゃないんだよ! ホラー映画とか観れるんだからね!

 ということで、さっさと冬耶と2人で料金を支払い、腕にゴム制の入場時間を示すバンドをつけて、更衣室で別れた。


 

 更衣室には先に着替えている人達が居て、それを横目になるべく人が居なそうな場所に移動する。

 皆同性だからってのはあるのだろうけど、良く躊躇せず裸になって着替えれると関心した。

 僕には無理だもん!

 現に少し赤くなってる気がする。

 しかし、僕はこのことを想定して無かった訳じゃないのだ!

 早速、コインロッカーに荷物を入れて、今日着ていたベージュ色のワンピースを脱ぎ始めた。

 終了! 

 ふははは、水着を下に身に着けていた僕に抜かりは無いのである。

 どうせ僕のこと、着替えるのに手間取るのは判っていたのだ。

 いつもそれで遊ばれるんだからね。

 何事も経験は大事なんだよ!

 だけど、体がスースーする……どうみてもこの面積って下着だよね。

 恥かしい……似合ってるのが悔しいけど。 

 うん、帰ろう! 目的は達成したに違いない。

 プールにはちゃんと連れて来たしね。一緒に遊ぶとは一言も口にしてないもん。

 でもなぁ、冬耶悲しむよな。だから友達とくればいいのに。

 うー。 

 悶々と悩んでいたら、何時の間にか変な注目を浴びているのに気付いた。

 はぅ……行くよ。行けばいいんだろ! 皆が僕を苛めている……

 苛めNOだよ!



 外に出ると、冬耶が既に待っていた。

「冬耶お待たせ!」片手を上げて合図する。

「雪ねーちゃ……」

 冬耶は嬉しそうに僕の方を向くと、そこまで言って硬直した。

 その間に僕は近付いていく。

「………………」

 冬耶の真横に来ても反応が無かった。

 うーん。どうしたんだろ?

 フリフリと顔の前に手をかざしてみた。

 すると、やっと冬耶はハッとした顔をして動き出した。

「雪姉ちゃん、可愛い!」

 実の兄……くっ、姉に向かってそれは無いだろうと思うんだけど。

「はいはい、それじゃ帰ろうか!」

「えー! なんで着いたばっかりなのにそれなの!」

「いやさぁ、この格好恥かしいんだよ。ある意味罰ゲームみたいな気がするんだよな」

「そんな事無いって。すごい似合ってるよ!」

 誉められても嬉しくないのはなんでだろう……

「はぁ……で、何処から行くの? 足のつかないところはいかないからな!」

「判ってるよ。雪姉ちゃーん泳げないもんね。どうせなら今日中に泳げるようになる練習でもする?」

 別に海とか行く気が無いから問題ないんだけどね。

「うーん。気が向いたらな。別に泳げなくても困らないし」

「ええ、友達とかと出かける時に困らない?」

「うん困らないね。家でゲームしてたほうが楽しいもん」

「はぁ……」冬耶が顎に手を当てて盛大に溜息をついている。

 何故に……まるで僕が間違ってるみたいだよ!

「いやいや、だって泳ぐような場所に行かなければいいだけじゃないか、なんだその反応は」

「雪姉ちゃん判ってないよ。夏にプールやマリンスポーツしなかったら勿体ないじゃない」

「別に、山好きの人だって居るだろ?」 

「だったら、雪姉ちゃんは山遊びするの?」

「し、しないけど……」

「ほら、それだったら泳げるようになって、見返してやればいいんだよ!」

「そういうもの?」

「そういうものなの!」

 あれ? なんか違うような。そもそも、誰を見返すの?

 うーん。オカシイ、騙されてる気がする。

 

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