夏と言えば 1
「ねぇ、雪姉ちゃん、行こーよ~!」
「はいはい、雪姉ちゃんだよ~」
冬耶の声を聞きながら、僕はノートパソコンでFSCCを遊んでいた。
もう少しで、インスタンスダンジョンのボスを攻略するところだ。
朝から遊べるなんて、夏休み素敵過ぎるよ!
「雪姉ちゃん聞いてるの?」
「聞いてるぞー」
前衛の盾持ちキャラがボスを殴ると同時に、そのボスの背中をパーティーに向けさせる。 アタッカー陣が、盾持ちキャラにヘイトが溜まるのを待っていた。
「ねー。ちゃんと聞いてよー!」
「聞いてるってば~」
「もう!」冬耶が癇癪を起こした声を出したと思ったら、僕の肩を持って揺すってきた。
頭がぐわんぐわん動いて気持ち悪い。
「判った。判ったから揺すらないで、少し待っててよ」
「むぅ……約束だからね!」
やっと冬耶が手を離したことで、平和が戻った。
その頃には十分なヘイトが溜まり、パーティーがボスの背後から攻撃を開始した。
僕の大槌、魔法使い達の破壊スペルが炸裂し、ボスのHPはがんがん削られていく。
何回も大技を繰り出すボスを、僕達は回避しながらHPを減らし続ける。
そして、誰も死傷者を出すことなくボスが地面に崩れ落ちたのだった。
……この後はお楽しみ、ドロップアイテムの時間である。
「来い! 僕のエリオンネックレス!」
PTの一人、太一の操る剣聖にゃん姫(回復キャラ)がドロップアイテムを参照している。
『剣:本日のドロップは! エリオン!』
『『PT:おおおおおお!』』
『剣:クローク……』
終わった……太一後で殴る。
ちなみに、エリオンネックレスとは攻撃速度1.5倍になる優れもの、前衛職垂涎の一品であった。
エリオンクロークはこのボスの外れドロップ、毎回倒すと落ちる御馴染みのゴミ装備だ。
「で、冬耶? 何の話だっけ?」
僕は振り返り、後ろのベットに腰掛けていた冬耶に話掛けると、冬耶はむくれたように頬を膨らました。
「もう! 全然聞いてないんだから。プールに連れて行ってってお願いしたじゃん!」
うわ、よりにもよってプールなのか……拷問だね。
何を好き好んで裸同然の格好を披露しないといけないんだ。
そんな羞恥な真似出来ないね。
「うーん。プールねぇ。それなら氷兄に連れていってもらえばいいと思うよ」
「氷室兄ちゃんと行ってもツマラナイもん」
氷兄使えないなぁー。
「だったらほら、咲ちゃんと留美ちゃんだっけ? あの2人と行けばいいんじゃないか? 冬耶の歳なら保護者と行くより、友達同士の方が楽しいだろ?」
「あの2人と行くと僕が大変なんだよ。雪姉ちゃんは大好きだから楽しいもん!」
そう言われると悪い気はしないんだけど。
プールはねぇ……
ああ、そうだ。
「でもさ、残念ながら僕は水着が無いんだよね。いやー本当は行きたかったなぁ♪」
うちの学校にはプールなんて代物が無い為、僕には水着を購入する理由が無かった。
これこそ完璧な言い訳だね。
「ええ! だったら水着買おうよー!」
「それは無理。だってお金無いもん。仮にそのお金があったとしても、携帯代にしてフリーダムを満喫するけどね」
「むぅー!」
折角の夏休み、携帯代さえ無ければ、朝起きてからずっとFSCCをプレイ出来るのだ。 でも、普通の人はバイト代で携帯を払ってたりするし、それを考えると家事ぐらい温いものかもしれない。結局料理だけが僕の担当になったしね。
「ということで、諦めるんだな。氷兄かさっきの2人と行っといで」
「うう、雪姉ちゃんの意地悪!」
冬耶はそう言って部屋から出ていった。
意地悪も何も、体育の着替えですら恥かしいのに、水着なんてありえません!
それに、僕カナヅチだから、泳げないのに行っても楽しくもなんともないよ。
お昼ごはんの準備をし、母さんと冬耶の3人でリビングでご飯を食べている。
氷兄は部活の練習、父さんは勿論仕事で不在だった。
本日の献立は、オムライスと卵スープ。
オムライスは安売りしていたデミグラスソースをかけただけの手抜き料理だけどね。
時間が掛からず美味しい。ビバレトルト!
「さて、雪ちゃんお話があります!」
あらかた食べ終わってお腹一杯になった頃、母さんが思わせぶりな台詞を吐いた。
この言い方、過去に良い思い出が無い。
「な、何?」
「ママは酷く悲しんでいます。弟の冬君がお願いしたのに、雪ちゃんは遊びに連れていってあげないのね」
母さんはヨヨヨヨとばかりに泣いたフリなんて始めた。
涙が全然出てないから、本当にフリだけど。
「冬耶!」
僕の非難の視線を感じて、冬耶がビクリと肩を震わせた。
「だって、雪姉ちゃんはお金が無いから水着買えないって言ったじゃない。だから、お母さんにお金貰えれば買えると思ったんだよ……」
く……正論だ。
「勿論ママは、雪ちゃんの水着代なら幾らでもお金を出してあげるわよ」
母さんはそういうだろうと判ってたよ。だから催促しなかったのに!
「……ありがと。でも僕って暑いの苦手だし、真夏に出掛けるのはしんどいんだよね」
これならどうだ!
「あらあら、水の中に入りに行くのだもの、涼しいでしょ? 冬君もそう思うわよね?」
「うん。涼しいから行くんだもん!」
「いやいや、それは甘いね。皆その発想だからイモ洗い状況になってて、疲れるだけだって!」
「確かに一理あるわね」母さんが考えだした。
後一押しだ!
「お母さん、そんなことないよ! 昨日出掛けた友達が空いてたって言ってたもん!」
「なら、問題ないわね」
冬耶の説得にあっさり母さんは意見を翻してしまった。
これは拙い……何か無いか必死に考える。
ならば、母さんじゃなくて冬耶を攻略することにした。
「冬耶は一人で行くのは駄目なのか?」
「うん。ツマラナイもん!」
「そうか、だったら2人なら問題ないよな?」
「うん、そうだけど……知らない人とか太一兄ちゃんとかは嫌だよ」
ふふふ、掛かったな。
「ああ、大丈夫だよ。ママと2人で行ってくればいい」
完璧だ。何このシナリオ、自分の才能に驚くよ。
「「ええ!」」2人から非難の声が上がった。
「この歳でお母さんと一緒は恥かしいよ!」
「さすがに、ママも少し恥かしいわね」
僕も恥かしいんだよ!
「ママなら大丈夫だよ。美人で若いもん。どうみても20代だよ。きっと皆に羨ましがられるよ」
「あら? そうかしら」
ふふふ、母さんのって来たよ!
「お母さんと一緒に出かけたなんて知れると、僕が後で何言われるか判らないよ!」
「冬君大丈夫よ。きっとお姉さんと一緒って思われるわ」
くくく、頑張れ冬耶。母さんに勝てるかな?
「それでもだよ! 大体お母さんは大事なことを忘れてるよ。雪姉ちゃんが水着を持ってないと、海とか一緒に出掛けれないんだよ?」
僕はそれでも一向に構わないぞ!
「確かに大問題ね。やはり、雪ちゃんに水着は必須よね」
うそー。あっさり形勢が不利になったよ。
「その時はほら、僕は食べ物とか食べてるから大丈夫だよ!」
「でもね。ママは自慢の一人娘を皆に披露したいのよ!」
……しなくていいからね。
「ほらほら、ママの水着姿なら僕なんて霞むから問題ないってば!」
「そうかしら、でも雪ちゃんの可愛さはママを越してると思うのよね。ならこうしましょう。私達2人で浜辺を制覇するのよ!」
「うん。僕も雪姉ちゃんとお母さんが制覇するところ見てみたいよ!」
「冬君は良く判ってるわね!」
くう、やるな冬耶、まさか母さんを使いこなして見せるとは……
これは戦略的撤退をするべきな気がする。
「――さて、ご飯も食べたし、僕は行くね……」ソファーから立ち上がり、食器を重ねはじめる。
「待ちなさい雪ちゃん!」
「はい……」
母さんの獲物を狙う鷹の目に、思わず作業を止めてしまった。
僕はまるで野ウサギのようだ。
「後で一緒に水着を買いに行きましょうね♪」
「ええええ、なんで!」
「なんでじゃないの! 雪ちゃんのことだから、いつまで経っても買わないで、夏が終わるなんてこともありえるでしょ!」
さすが実の母親だよ……良く存じてらっしゃる。
「でも、僕これから約束があるから無理だよ!」
「なら、明日でもいいわよ?」
うう……どうあっても逃がしてくれないらしい。
ならば、せめて被害は最小限にすべきだろう。
「それなら、こうしない? ママが買ってきたものを僕着るから、好きなの買ってきてよ」
どうせ一緒に出掛けても、玩具にされた挙句僕の意思なんて反映されないんだから、初めから母さんの好みに任せた方がマシってもんだよ。
「本当? それならいいわよ――その代わり、必ず着るのよ!」
初め母さんは訝しむ視線を向けていたが、僕の意見を聞き終わるとすぐに機嫌が良くなり笑顔を浮べた。
僕からすると、狩った獲物を食す前のように見える。
[うん。でも露出のキツイ恥かしい奴は嫌だからね」
「その点は大丈夫よ。雪ちゃんはセクシー系じゃなくて、可愛い系ですもの。すごい可愛いの選らんでくるわ」
母さんはすごい楽しそうだ。勿論、冬耶も喜んでいた。そして、僕だけが無力だ。
あれ? でも水着を手に入れてもプールに行くとはまだ言ってないよね?
「わーい。これで雪姉ちゃんとプールにいけるよ!」
「良かったわね。冬君」
あっさり退路も経たれた……もうあれだよね。氷兄が居ないだけマシだよね。
はぅ……どうして僕こんなに妥協してるんだろ。
酷い、酷すぎるよ!
とりあえずはプールから(笑)




