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すのーでいず   作者: まる太
第三章
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氷室の憂鬱 2

 午前中と違い気持ちが晴れやかになり、その清々しい気分のまま太一と話している。

 目の前では、雪と井波さんが洋服屋の前で女の子同士盛り上がっているみたいだ。

 着飾った女の子同士というものはどこか和むものがあるな。 



「なぁ、太一よ? 井波さん、俺と居る時より楽しそうじゃないか?」

「それはどうでしょね。氷兄ちゃんが憧れの人みたいやし、そら緊張してまうのはしゃーないのでは?」

「そうか……だったらいいのだが。雪の友達だし無碍には出来んからな」

「でも氷兄ちゃんってモテモテなんやし、女の子の扱いとか得意やないんですか?」 

「どちらかと言えば不得意な方だぞ」

「そりゃ又どうして? あれだけ周りに居れば自然と上手になりそうなもんやろに」

「馬鹿だな。俺は雪さえ居ればいいのさ♪」

「さいですか……」

 太一に呆れた顔をされているが、そんなことでは俺の心に響いてこない。

 そんな時、雪達がコッチをチラホラ見てくるのに気付いた。

 とりあえず笑顔を向けておく。

 さっきの会話が聞こえていたのかと、少しドキドキしているのは内緒だ。

 しかし、それは杞憂に終わった。2人は又洋服屋の方を向いて囀りだしてしまったのだ。

 なんだったのだろうか? 

「しかし、女の買い物は長いと聞くが、あの様子だと結構掛かるかもしれないな……」

「そやねぇ。このままやと埒あかんし、ちょっと聞きに行きましょか?」

 俺が前の2人を見ながらヤレヤレと言うと、太一も同じ気持ちだったのだろう、すぐに雪達の方に近付いていった。俺も一緒に向かうことにする。

 どうなるか判らんけど、結果を聞かないといかんしな。

 すると、井波さんが何かに注目していることに気付いた。

 どうやら、マネキンについているリボンに興味があるみたいだ。

「おーい、これからどうするねん?」

 太一の声で井波さんは視線を振り払ったが、それでもまだ諦めきれなそうな顔をしているのが判った。

 ならば、アレをプレゼントしたら間違いなく喜ばれるだろう。

 俺のプレゼントはあのリボンに決定した。後は上げるタイミングだよな。

 劇的な方法で渡した方が、お兄ちゃん♪ の株も上がるってもんだ。

 そうこう思案している間に次の行き先が決まったようで、カラオケになってしまった。

 俺的にも何の不服も無く、素直に頷いた。

 雪の歌声は天上のしらべ、聞いてるだけでも幸せになれるのだ。

 太一には、耳がおかしいとか言われたことがあったがな。

 本当、失礼な奴だ。


 

 行きつけのカラオケ屋で3時間分の料金を払った処で、お手洗いに行ってくるからと別行動することにした。その間に雪達には先に部屋で待っててもらうことにする。

 ――これは時間を稼ぐ為の口実だった。

 先程のお店に戻り、あのリボンを入手しようという作戦である。

 世の中には嘘も方便という良い言葉があるのだ。

 雪は素直なので何も疑った様子が無く、今回はそれがプラスに働いていた。

 雪が行くなら太一もついていくし、そして、井波さんもあの感じでは考えられる状況じゃなかっただろう。後で雪と井波さんがどんな顔するか楽しみだな。

 ――さて、先に誰かに買われたら目も当てれない。ここは一つ急ぐことにした。

 例の洋服屋に入り、目的の物、紫と白のチェック柄のリボンがある事にホッとする。

 そして、購入する際に、店員さんには俺が買ったことを内緒にしてもらうようお願いした。 

 店員さんは快い返事をしてくれた。

 渡す前に知られるのはロマンが無いし当然の処置だろう。

 ああ、そのロマンで思い出した。

 雪には商店街のマロンシューを買ってやることにしよう。

 此処のお勧めのシュークリームらしいのだ。

 だが、とりあえずそれは後回しだな。

 そして、外に出たところで急に声を掛けられた。

「おーい。氷室じゃないか。何してるんだ?」

 一瞬、雪達の誰かかと驚いたが、振り向いてみると安心した。

 そこには、俺と同じサッカー部の連中が3人いたからである。

 もし発覚したなら抜けてきた意味がまるで無い。肝を冷やしたぞ。

 3人は休日だけあって私服姿だった。

 俺同様日焼けしているので、集団で歩いていたら目立つ事この上ない。

「お前等こそ、休日にどうしたんだ?」

 見つかったからには返答せねば勘ぐられるだろう。

「いやさ、暇つぶしって感じでブラブラしてるのさ」

「悲しいかなその通りだ。本当なら彼女とデートとかしてーのによー」

「してーよな。それに引き換え、いいよなぁ氷室は。1人ぐらい俺に紹介してくれよ」

 お前らの暇つぶしに付き合う程、俺は暇じゃないのだが……

「俺だって似たようなものだぞ、彼女なんて居ないからな」

 雪とは恋人未満、妹以上だろう……だが、いずれは!

「でもよー、氷室の場合はその気になれば引く手あまただろ? これだから見た目がいい奴は汚い……」

「「汚ねーよな」」他の2人も頷いている。

「そんな不義理な真似出来るか!」

 全くこれだからこいつ等の相手は疲れるのだ。

「はいはい、モテる男は喚かない。それとだ――気になってたけど、女モノの服屋から出てきたってことは、まさか女の子と一緒なんて事は無いよな?」

「それって雪ちゃんか!」

「どこだ!」

 妙に勘が鋭い奴らだ。だが惜しい事に雪達はカラオケ屋に居る。

 あそこにいれば安全だ。

「ちげーよ。これは頼まれたモノを買いに来ただけだ。実際、今話してる間に誰も近寄って来ねーだろうが」

「それもそうか……お互いわびしいな」

 俺の言葉に納得したらしく、一人が肩にぽんっと手を置いた。

 お前らと一緒にはされたくないと言いたい。

 だが、ここは馬鹿正直に話すべきではないだろう。

 そう懸念していると、ガシっと俺の肩にある手に力が入り、逃げられないようにされてしまった。

「でだ――いつ雪ちゃんを紹介してくれるんだ?」

 明らかに目が据わっている……

 更に他の二人も頷きながら近づいてくる。

 やはりこいつらは危険だ!

 紹介なんてとんでもない、俺の宝物だからな。

「そ、そうだな。お前らの中で西条と仲良く出来る猛者が居たら、考え無くもないな」

 西条の奴は、極度の男嫌いだからな、女になりでもしない限り無理だろう。

 そこまでしたなら、文句は言えん。

「おい、そりゃねーだろ。西条さんと仲良く出来るぐらいなら、彼女なんて普通に出来とるわ!]

「そうだ。無理ゲー!」

「出来ねー出来ねー」

 こいつらも俺と同じ感想らしい。

 だが、西条のおかげで俺の肩から手が離れた。少しは役に立つじゃないか。

「あーあ、雪ちゃんのあのサファイアのような目で見つめられたら、俺の幸福指数は急上昇するんだけどなー」

「確かに、雪ちゃんは天使だ!」

「あの穢れの無い美少女をオレ色に染めてみてーよ」

「「「ふざけんな!」」」

 他の二人に釣られて、つい俺も叫んでしまった。

「なー、氷室ー。頼むって雪ちゃんを紹介してくれって」

「「この通り」」  

 三人一緒に頭を下げている。

 しかし、俺の答えは決まっていた。

「ノーだ! 俺はノーと言える日本人だからな!」

「ひでー!」「鬼!」「悪魔!」

「ふん、なんとでも言いやがれ!」

 結局、中々開放しないコイツらのせいで、余計な時間をくってしまった。

 買ってすぐ帰る予定が、思わぬ障害があったものだ。

 まぁ、それでも目的は達成しているし、後は誤魔化すだけだ。

 雪が相手ならそれも簡単だろう。


 

 案の定というのだろうか、カラオケボックスに戻ると、『サッカー部の連中に会った為遅れた』、という理由だけであっさり納得された。

 別に嘘はついていないのだが、こうも容易に済むと俺だからいいものの他の奴ならどうなるか心配になってくる。

 俺が雪を守らんと駄目だなと再確認した。

 それなのに、雪は俺とデュエットが嫌らしい。

 理由を聞くと、太一としたからもういいという返事だった。

 アイツのせいか……だが今日の俺は寛大だ。

 井波さんが喜ぶ、それを見た雪が喜ぶ、そして、俺も喜ぶことになる。

 この方程式に隙は無い……筈なのだ。

 ということでおまけのこと等気にするのは止めた。俺の方程式に必要ないしな。

 井波さんも雪がいると自分を出せるらしく、俺とデュエットしても平気で、逆にはしゃいでいた感じだった。

 うん、雪が居ると皆幸せになれるな。


 

 カラオケが終わり、外に出た時には17時を過ぎていた。

 夕焼けが美しくいつまでも見ていたい気持ちにさせられる。

 余り遅くまで女の子を連れ回すのは良くないし、この辺りで解散することにした。

 それには皆賛成してくれて、商店街の出口に向かって歩いていくことになる。

 俺はというと、どのタイミングで井波さんにプレゼントを渡すか考えている最中だ。

 雪達の前で渡すのは少し照れ臭い。

 かといって、雪の居る場所で渡し、お兄ちゃん♪ 素敵! と褒めてもらいたいような複雑な思いが重なり結論が出なかった。

 だが此処で、井波さんが店頭からリボンが消えているのに気付いてしまった。

 バレる心配は無いと思うが、これで余計渡し辛くなったのは確かだろう。

 現に雪等は、店内に入って確認してくる始末。

 店員さんに口止めしといて本当に良かった。

 井波さんは落ち込んでしまった。買いたかったモノがもう手に入らないと判れば、誰でもそうなるに違いない。

 でも二度と手に入らない筈の物が自分の手に握れたら、とてつもない思い出の品となるのではないだろうか?

 それはもう雪が貰ったカリ○様等、霞むぐらいの差になる筈だ。

 ふはは、勝った! だから俺は何と戦っているのだろう?

 その後、雪の勧めにより井波さんを送って帰ることになった。

 渡す絶好のチャンスだし、素直に受諾することにした。

 それに、折角デートに誘ってくれたのだ。

 帰る前に何かあったら楽しい気持ちも無くなってしまう。

 俺には年長者の責任もあるしな!


 

 雪達とは自転車置き場で別れ、井波さんと彼女の家に向かって自転車を漕ぎ出す。

 井波さんの自転車は赤色、俺のが青。後黄色が居れば信号になるな。

 雪の自転車は白なので、太一にでも買わせると面白いかもしれない。

 井波さんの家は、駅を挟んで我が家とは正反対の位置にあるらしく、時間的には15分程で着くそうだ。

 途中、他愛の無い話をしながら信号を何個か過ぎた辺りで、住宅地に入り始めた。

 外灯も多いし、比較的安全そうに見える。そう辺りを伺っていると、

「この辺で大丈夫です。助かりました」井波さんがペコリと頭を下げてきた。

 ならば、ここが見せ場ってモノだろう。

 丁度近くには小さな公園があるので、そこに誘うことにした。

「了解。それと、まだ少し時間あるかい?」

「あ、はい、ありますけど?」

「良かった。すぐ済むからちょっとそこに寄ってくれるかな?」

 俺が公園を指差すと、彼女は一瞬怪訝な表情を浮べたがすぐについて来てくれた。

 公園の入り口に自転車を止めて、近くのベンチに移動する。

 内部には、コレといった人影は無く、砂場には誰かの忘れ物だろうか小さなスコップとバケツが落ちているだけだった。

 さて……少し緊張してくる。

 しかし、別に悪い事しようとしてる訳でもなく、弱気になることは無いと自分を鼓舞した。

「ええとだ。お昼の約束を覚えているだろうか?」

「お昼?」井波さんはキョトンとした顔をしている。

 ……まさか、忘れてしまったのだろうか?

「ほら、今日の記念にプレゼントをするというアレなんだが」

「あ、はい! 覚えています。でも、購入している時間なんて無かったですし、デートして貰えただけで十分ですよ」

 良かった記憶にあって、危うく痛い人になるところだった。  

「うんそれならいいんだ。俺は約束を忘れた訳じゃないってことさ。此処に来たのは、それをプレゼントしようと思ってのことなんだ。道端でやり取りしてると危ないしな」

「え?」井波さんが目を見開いた。

「こんなんで悪いのだが、受け取って貰えるかな?」掌大の小さな紙袋を井波さんの手元に差し出した。

「で、でも……」井波さんは躊躇している。

「ほら、遠慮せずに。井波さんの為に買ったものなんだからさ。どうしても要らないって言うなら、帰り道に誰かにあげるしかないな」

「い、要ります!」

 その脅しが効いたようでやっと井波さんが受け取ってくれた。

 井波さんは少し頬を染めて目が潤んでいる。さて、此処からがお楽しみだな。

「あの、開けてみてもいいですか?」

「勿論、気に入って貰えると思うぞ」顔が緩みそうになるのを必死に我慢した。

「では……」井波さんは包装を丁寧に剥がして、ゆっくり中身を見た。その瞬間、

「なっ!」唖然とした表情を浮べて固まってしまう。

「どうした?」

 予想通りの展開に、してやったりという奴だ。

「こ、これって! え、なんで……」

「なんでだろな?」

 井波さんは手元のリボンと俺を何度も交互に見て混乱している。

 それを見て、井波さんに笑いかけた。

 そのまま井波さんは袋から出して現物を更に注視した。

「やっぱり、同じものです。まさか――これを買ったのって氷室さんなんですか? でも、アタシ達とずっと一緒だったのにいつ?」

 まぁ、そう思って当然だよな。この瞬間の為に黙っていたのだから。

 人が悪いと言われても仕方が無い。

「実は、カラオケでお手洗いに行っただろ? あれが大嘘なのさ。あの時間で買って戻ってきた訳だ」

「えええ!」井波さんは騙されたという顔をしている。

「でだ、喜んで貰えたかな?」

「もう、ズルイですよ! こんなサプライズを考えているなんて。大事にしまって一生の宝モノにします――」

「いや、それは勘弁して欲しいな。どうせなら使って欲しい。モノは使われてこそナンボだろう。似合うと思うぞ」

「……はい」井波さんは少し顔を上気させながら、優しく頷いた。


  

 別れる際に、雪には恥ずかしいから気付くまで内緒なと冗談めかして口止めしておいた。

 これが後で有効になってくるのである。俺にぬかりはない!


 

 その後、俺は一旦商店街に戻って雪の為のマロンシューを購入した。

 雪の喜ぶ姿を想像するだけで、自転車を漕ぐ足が軽くなるのが不思議だ。

 家に帰ると、リビングのソファーに腰掛けて、TVを見ている雪の後ろ姿があった。

 今から夜ご飯を作るのだろう。エプロンをしていた。

 このシチュエーション、まるで旦那様を迎えてくれる若妻みたいじゃないか。

 感無量って奴だな。

 さて、雪ちゃん。お兄ちゃん♪ はいつでも万全だよ!

 軽く咳払いして、声を出す。

「雪、お土産だぞー」

「おふぁえりーひょーにー」

 そう言って振り返った雪の両手には、その小さな手に似つかわしくない、大きなシュークリームがあった。

 へ? その場所には俺が買ってきたマロンシューが収まる筈なのに?

「お土産ってなーに?」

 混乱している俺に、雪は口の中に入ってたものを飲んだ後、小首を傾げた。

「いや、さ、これ……」

「おおお! それってまさか……半月堂のマロンシュー?」

 俺が見やすいように持ち上げたマロンシューを見て、雪が目をパチクリさせた。

 愛らしい表情だ。 

「そうだ、『雪だけ』の為に買ってきたんだぞ」

「わーい氷兄ありがとー。お兄ちゃん♪ 大好き!」

 雪は俺の側までトトトと近付いてくると、そのまま抱きついてきた。 

 俺は慌ててつぶれないようにマロンシューをどかす。

 これだ! これを待っていた。

 雪から甘い香りと柔らかい肢体を感じ俺はまさに幸福に包まれている。

 しかし、雪の興奮はすぐ収まってしまい、俺の手からマロンシューを受け取り、それをそのまま冷蔵庫に持っていってしまった。

 今日は短かった……まぁいい、先程の感覚を思い出す。

 ――って、甘い香り? 此処で疑問が沸いてくる。

「なぁ、雪、そのシュークリームどうしたんだ?」

「あ、うん、帰りに太一がコンビニで買ってくれたんだよ。太一も優しいよね!」

 お前か太一! 最後まで俺の邪魔するのは!


氷室視点終了!


ちょっと長かったですけど、強引に2部に押し込みました。


さて、次回は夏といえば……アレです。

ということを考えていたりします。





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